石の上にも三千七百年   作:不落八十八

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 お気に入りのタオルケットから匂う安心するそれとは少し違った香りが鼻孔に充満していた。

 それに不快に感じない温度に包まれていて、何処か安心する心地だった。

 このままもう一度寝てしまいたい、と言う三大欲求が鎌首をもたげるが、鳴る直前の目覚まし時計を止めるかのような気分でそれを押し退ける。

 もそもそと目を開いて状況を把握して――……、っと、危ない、心地良さに二度寝をキメる所だった。

 起き上がろうと上半身を起こそうとして、目の前に広がる真っ暗闇と人肌の壁に漸く疑問が浮かんで――。

 

「み゜ッ」

 

 自身の状況に変な声が漏れ出る程に驚愕してしまい、冷や汗が流れて心臓の鼓動が高鳴り始めていた。

 せ、千空の胸元に抱き着く様にして顔を埋めているのだと、自分の寝相の悪さを今はっきりと自覚した。

 恐る恐る胸元から額を外して頭上を見やれば、呆れ顔とやれやれ顔が混ざった表情を浮かべる千空の顔があった。

 

「よぉ、目は覚めたか」

「う、うん……、その、いつから……?」

「ざっと二十六分くらいだ、お前が背中に腕回してがっつり組み付いてるから抜け出せねぇんだよ」

「スッ――……、自分、二度寝良いっすか」

「良くねぇわ馬鹿」

「っすよねー……」

 

 若干左腕が痺れているが千空の背中に回されていた両腕を外して、お互いに竹ベッドの上で上半身を起こした。

 あっるぇー……、オレそんなに寝相悪いタイプだったろうか。

 そういやキャンプした時に朝起きたら隣で寝ていた杠を胸元に抱き抱えてた時があったような……。

 かつての家で寝てた時には抱き枕を使ってないし、……いや、掛け布団を丸め込んで抱き締めてた事はあったか。

 もしかして……、オレ寝てる時に何かを抱き締める寝癖があったりする?

 

「その……、ごめんね?」

「別に構わねぇよ、お前がそっちの方がストレス抱えないってんならな。何なら抱き合ってから寝てやろうか?」

「そこまで子供じゃねぇわっ!? いやまぁ、少し離れた添い寝状態ではあったのか……? ううん」

 

 千空を抱き枕にして寝る、とか字面やっべぇ破廉恥行為であるが、それは同棲している恋人の所業では?

 だがまぁ、人肌の温もりと千空の匂いに安堵感を覚えていたのは確かな事だった。

 少しだけ心の疲れが取れた様な、そんな気分ではあるけども。

 ハグをしたら幸せ成分のβエンドルフィンやらオキシトシンが出てストレス緩和に良いんだっけか。

 ……ふむ、実験の価値あり、だろうか。

 上半身を起こしただけの千空に向かって飛び付く様に首に手を回して抱き締めてみた。

 

「なっ、おまっ、……まさかと思うがβエンドルフィン感じようとしてんのか?」

「ん、意外と良いね、これ……。安心すると言うか、少し落ち着く」

「……せめて一声掛けろっつーの、いちいちぶっ飛んだ思考を読み取る身にもなれよ」

 

 だなんて溜息を吐きながら、此方の背中に腕を回してくれた千空がぎゅっと力を入れて抱き締めてくれた。

 おぉ、これは……、成程なぁ、何処ぞの青色サヴァンな少女がいーちゃんに充電と称して抱き着く訳だ。

 触れ合う所から生じる互いの熱が重なって、充電されて熱くなるバッテリーの如く熱を帯びていく。

 高鳴る鼓動がお互いに緊張している事を如実に示していて、非日常感を演出していた。

 ……うへへ、少し病み付きになっちゃうなぁこれ。

 あんまり続けているとその中毒性で日が暮れてしまいそうなので、名残惜しいが腕の力を弱めて離れる。

 お互いに顔真っ赤であるが、不思議と性欲は込み上げて来ず、胸の奥が温かくなった気がした。

 

「よーし、充電完了。今日も頑張ろー!」

「お前なぁ……、はぁ、まぁいいか」

 

 朝の日課にしようかな、だなんて思いつつ、上機嫌で身嗜みを整えて朝食を作る。

 燻製ベーコンと野草とじゃがいものスープを作って一緒に食べて今日の動きを伝え合う。

 オレは海へ塩作りに、千空は昨日作った炭炉で木炭を作るとの事だった。

 

「ほほぅ、そしたらアレかな、今後の調理は炭で調理だね」

「つっても金網が無いだろ、土器で作るとなると大変だろ……って、もう作ってんのかよ」

「ふっふっふ、台所マスターのカナメさんを舐めない事だな。作ってから、あれ、これ今使い道無いな、って死蔵してた逸品だぞ」

「いつもそれしてないかお前?」

「備えあれば嬉しいなって」

「それもいっつも言ってないか、ん?」

「……はい」

 

 はいはい、短絡的に飛びつくお馬鹿さんですよーっと。

 手間が省けたな、と肩を竦めた千空だが少し顔がにやけてるの見え見えなんだからな。

 まったくもぉー……、今日は帰ったら焼肉パーリィだ。

 

「因みに木炭の完成は三日くらい掛かるからな」

「えっ」

「量を減らせば早くなるが、本末転倒だしな。そもそも三日で足りるかどうかも分からんし」

「そりゃまぁ、そっか。本業の人でも数週間って話だしね」

「備長炭の話か? 流石にあそこまで本格的なもんはうちの炭炉じゃ作れないからな」

「ざんねーん。いつか大きいの作るの?」

「人手が増えて、需要があればな」

 

 むくれたオレの頭をわしゃわしゃと撫でた千空がくつくつと笑っていた。

 いや、子供扱いし過ぎでは?

 確かに一喜一憂する姿は子供のそれだったかもしれないが、オレ一応女ぞ?

 だがまぁ、こう言うスキンシップもまぁ良い物だな、許してあげようじゃないか。

 さながら飼い主に頭をわしゃわしゃされる犬の様な感じだった気がしたけども。

 此処で、気安く触り過ぎでは、だなんて言ってしまうと紳士な千空の事だからスキンシップを減らしかねない。

 それは少し寂しくなるので今は甘んじて受けようじゃないか。

 

「……何かアホな事考えてんな?」

「んや、別に?」

「まぁ、良いか。……気を付けて行って来い」

「はーい、んじゃま、行って来るよ」

 

 三枚打弓に矢筒、そして釣り用の道具に海藻石鹸、そして巻き取り棒を装備する。

 巻き取り棒は長い棒の先端に、フォーク宜しく三又になる様に短い節切りした細い竹を縛っただけだ。

 さながら海を楽しむ子供のそれだが、実用性に特化した大人の装備なのである。

 

「……大人の装備とか言ってるのがなんか子供っぽい様な」

 

 ……まぁ、気を取り直して海へ向かおうか。

 素潜りは川と海が合流している地点の近くで行い、終わった後は速やかに身体を洗える様にしなくちゃならない。

 そのため、塩作りの拠点を合流地点の近くに移動させないといけないんだよな。

 海水は真水と違って目を開いても痛みを感じたりはしないが、含まれる物が未知数なので衛生的な水で洗い流せる環境を作っておかないと後々に詰む事になる。

 一時間ちょっと掛けて海の簡易拠点、と言うには質素で簡易的過ぎではあるが、色々と置かれた場所へと辿り着いたので移動を始める。

 川原が近くにあるためそこから手頃な石を持って来てコンロ台にし、海から少し離れた場所の川の水を汲んで煮沸消毒し、静止させて浮いた物を取り除いてから蓋をして冷やしておく。

 

「……あ、この前千空が持って来た硝子の破片を竹と合体させてゴーグル擬き作れば安全だったのでは?」

 

 だなんて今更過ぎる気付きを経て少し項垂れてから、次回に用意しようと頭を切り替える。

 大きな水瓶型の土器に海水を只管汲んで八割程まで満たした後に火に掛けておく。

 最初の煮詰めの時には沈殿物を取り除く必要があるので藻を加えて煮るのは次の煮詰めの時だ。

 なので、この海水が煮詰まるまでの間に素潜りで海藻を取りに行かないといけないわけだ。

 

「んー……、誰にも見られてないとは言え、こんな日中に真っ裸になるのは……恥ずかしいなぁ」

 

 貫頭衣のノースリーブに短パン擬きではあるが、大切な場所を隠せる唯一の肌着と言って良い。

 一時間程は離れた場所に千空が居ると理解していながらも、外で脱ぐと言う行為に背徳感を感じてしまうのは何故だろうな。

 ……止めよう、深掘りすればするほどドツボと言うか墓穴と言うか、うん、転がり落ちる気がする。

 風などで飛ばされない様にそこそこ重い中くらいの石を乗せて重しにして、素潜りするための準備を終える。

 一応入る前に柔軟をしてから筋肉を解しておき、水を飲んで水分補給をしておくのを忘れない。

 男は度胸、女は愛嬌、前世と現世で陰陽混じった今のオレは†最強†と言うべき存在だろう。

 心も落ち着いて準備万端となったオレはゆっくりと海に近付いていき、クラゲっぽいのが居ないかを目視確認してから足先から入水していく。

 んー……、やっぱ冷たいな、春に成り立てと言う気温も相まってそこまで温くはない。

 少しずつ温度に慣れ始めたので、膝、腰、胸、肩と足が付く間は歩いて行き、息を吸って――潜った。

 汚す者が居ない三千七百年の静謐を経たからか、波打つ水面と違って海中はクリアな視界を得られた。

 至る所に海藻が身体をくゆらせ、その隙間から魚群めいた量の小魚が通り過ぎ、それを狙う中くらいの魚が追いかけていく。

 特段無い砂浜からの先がこれだ、養殖などをしていたであろうポイントとかだったら大量繁殖して凄い光景が見れるんじゃなかろうか。

 

「ぷはっ、ふぅー、水産資源ぱねぇわ。こりゃ農耕しなくてもマサル式捕ったどぉーで一ヵ月一万円で過ごせるくらいに生きていけそう」

 

 まぁ、一万円あっても使う所が無いけどな、ははは、ストーンジョーク。

 だが、素潜りしてみて分かったが、本拠点を此方に移してもいいくらいに水産資源が豊富なのは魅力的だ。

 漁港のあった沖の方なら養殖もしていただろうし、更に期待できる事だろう。

 本格的に桟橋を作って漁港拠点として作っても良いかもしれない。

 

「……いっそ、道を繋げてトロッコ通して行き来出来る様にした方が効率的だな」

 

 マインクラフトの様にお手軽に作れたりしないのが難点だけどな。

 そう考えるとある程度の人数は復活させても良いかなぁ、と思いつつ巻き取り棒で海藻を引き上げる。

 色合いとしては黄色みのある褐色であり、ぱっと見だが松の葉っぱの様な形をしている。

 かつてここ等一帯は旧末広漁港を跡地に作られた海の公園に位置するので、船を沖からの波に攫われないようにする堤防が遠くに見えていることもあり繁殖場として適している。

 素人知識ではあるが、多分求めていたホンダワラと言う褐藻類に属する海藻だと思う。

 似ているものでアカモクと言うのがあるのだが、そちらはのこぎり状で切り込みが深く薄ぺらいのが特徴で、手の中にある物は違っている様に見える。

 まぁ、間違ってたら間違ってたで出来上がりで発覚する事だろう。

 巻き取り棒を逆回転させて解いて、丸めて持って来た紐で縛っていく。

 ホンダワラの根元に紐を括って縛り隣に次のを縛る、これを繰り返して一本の触手めいた見た目になったので午前の素潜りはこれで完了だ。

 砂浜に戻り、若干シバシバする目を擦らずに海水を煮ている合流拠点に戻る。

 

「おー、半分くらいになったかな。流石に量が量だし、火力もしょぼいしなぁ」

 

 水瓶土器を覗いてみれば海水は半分くらい、いや、半分以下になっていた。

 となると日の位置とお腹の空き具合からしてお昼手前くらいかな。

 煮沸消毒済みの水も冷えていたので顔を洗って目元を重点的に綺麗に洗い流す。

 近くの枝を圧し折り、葉っぱを取って持って来たお昼用の燻製肉をぶっ刺してコンロの火で焼いていく。

 燻製肉が遠火で焼けるのを待つ間に川の水で一度身体と髪の塩気を洗い流し、石鹸を使って綺麗な水で再び洗い流しておく。

 うーむ、そこそこの量を作っておいたけど使い切っちゃったな。

 髪のキシキシ感も若干あるので何かしらでフォローを入れたいが……、海藻って別に髪の毛に効かないからなぁ。

 追加で川の水を煮沸して、上澄みを取り除いてから粗熱が取れたらもう一度髪を洗ってさっぱりする。

 んー、千空のために髪伸ばしたいけど切りたくなってきたな……、いやまぁ、伸ばすけどさ……。

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