石の上にも三千七百年   作:不落八十八

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 大木から態々八分割して薪を作るよりも四分割で事足りる木を選んで伐採した方が手っ取り早い。

 手に持つこれが石斧ではなくチェーンソーなら話は違うが、未だ自他共に認めるもやしな俺が肉体的な無理をしても意味は無い。

 ……無い、無いのだが、朝の一件で生じた煩悩を打ち払うために、一心不乱に大木を樵る馬鹿をしていた。

 お前なぁ、お前、……はぁ、何度も思い返してしまう思春期染みた頭の厄介さに付き纏われ、幾度となく溜息を漏らす。

 

「……飼い主に甘える猫じゃねぇんだからよぉ」

 

 昨日の一件からスキンシップに味を占めたらしいカナメの過激過ぎる肉体接触の感覚が忘れられない。

 革の衣服越しでも分かる、むにゅりと弾力性のある小振りな胸が腹部で潰れる感触が。

 寝汗が留まりやすい髪が顎の真下に鎮座し、胸板に頬擦りしてくる度に香ったカナメの匂いが。

 そして、俺になら良いかな、だなんてルビが振られていそうな言動の数々に俺の情緒は揺れに揺れていた。

 男女間の清い友情が存在していると思ってんのかよ、この雌猫はよぉ……。

 

「……心頭滅却すれば火もまた涼し、ってか。いやもう、どっかで一発抜いた方が返って冷静になれる気がするな」

 

 俺とて比較的健全な男子高校生だった訳で、精子の劣化と言う観点からルーチンと言うよりも義務で処理していた頃もあった。

 性の悦びを知った猿の如く発情期めいた感覚は無かったが、試しに女友達だった時のカナメで抜くだなんて馬鹿な考えを浮かべてしまい……。

 ……まぁ、カナメの事を女として認識してしまった訳で。

 それ以降何となくスる気になれずに今までなぁなぁと過ごしてきた訳だが、今更になって込み上げてきた性欲に苦しむ羽目になるとは欠片も思いもしなかった。

 よくよく考えてみれば、俺や大樹とは違いカナメは普通に一般家庭の恵まれた生活をしていたんだったな。

 父親が居て、母親が居て、たまに休日に何処かに食べに行く様な、関係も良好な家族が居た。

 ……そんな女子高生が仲が良いとは言え男友達と一つ屋根の下で雑魚寝してる状況が二週間経っている訳で。

 当人が意識していなくても家族の触れ合いに飢えていると仮定すれば、今朝方の一件は説明できてしまう。

 大方俺を従兄弟や親戚と仮置きして、男友達よりも近い距離、それこそ十年来の幼馴染の様に接しているに違いなかった。

 

「んな状態で手ぇなんか出せるかっつーの……」

 

 愛の無い肉欲だけの関係に爛れるだなんて事は百億%選ばない選択肢だ。

 それに加え、寄り掛かる相手として信頼を得ている現状で肉欲に負けて手を出すとか最悪過ぎんだろ。

 ズブズブの依存関係で今後の関係が破綻するっつーの。

 そんな中で大樹や杠が復活してみろ、気まずくて仕方がねぇわ。

 

「……はぁ」

 

 樵りに樵った薪の山を横目に石斧を放り、炭炉に入れる薪の選別をしていく。

 奥に入れる物は形の良い使いやすそうな物を、手前に入れる燃料となる物を選んで並べる。

 炭炉は約二十センチ程の厚さで作ったので崩壊する事は無いと思いたいが、入り口を潜る度に少し不安を感じる。

 地面に書いた設計図通りに正確に作れた、とは言い切れない。

 何せ使う道具から全部手作りの炭炉だからな、ヒューマンエラーは付きものだと分かってるが故に気になってしまう。

 

「……ミリやセンチもいつか復活させねぇとなぁ。流石に目算でやるには正確性に劣るからな」

 

 悪しきヤード・ポンド法は良い機会なので滅んで貰おうそうしよう、だなんて事を考えながら炭炉に薪を立たせていく。

 奥半分が炭になる予定の薪で、次に壁になる様に丸太を並べて、段々と大きさを小さくしていく。

 と、言うのも、炭になる予定の薪は直接火に巻かれて燃えるのではなく、炭炉内の温度を高温にしてやり自然発火させ、酸素を介さない燃焼を促すために奥に追いやる。

 炭素化するまでに他の化合物は揮発するので、最後には炭化した木材が残る訳だ。

 木は根から葉へと水を吸い上げて全身に送る維管束を張り巡らせているので、炭化するとこれが空気の通り道として残る。

 ふと炭で焼くと遠赤外線効果で美味しくなるんだよ、と蘊蓄垂れるカナメのドヤ顔が脳裏に浮かんだ。

 波長の長い遠赤外線は金属以外の物体によく吸収される特徴があるので、熱された金網の熱さで焼けるのではなく、吸収した遠赤外線によって共鳴した事で熱振動が引き起こされ熱エネルギーが生じて加熱される訳だ。

 なので焦げる前にしっかりと火が通ってジューシーな食感と味を楽しめるんだとか。

 ……料理に関する情熱はしっかりしてるからなぁカナメは。

 

「まぁ、百夜の缶ビールをこっそりと飲んでたのは少しやり過ぎだがな」

 

 両親が飲んでいる銘柄と同じだから、と新しい物とキンキンに冷えた物をトレードしていたらしく、冷蔵庫の前で首を傾げていた百夜の困惑の声で事態が発覚したのだった。

 まぁ、百夜は俺が気を利かせて新しいのを入れていたんだろうと勘違いしていたが、んなことした覚えの無い俺はこっそりとキッチンを覗く事で事の顛末を知った。

 夕飯の食材と別に買って来たのだろう焼き鳥を頬張りながら、くぅーっと缶ビールを呑んでいる光景が見られたのだった。

 焼き鳥と缶ビールを楽しみ終えたカナメが、買い物バックから缶ビールを一缶取り出して冷蔵庫に仕舞っていたのを見て全てを察したのだった。

 恐らくながら、自宅でそれをやると発覚する恐れがあったので、怒る人の居ないうちでやっていたのだろう。

 実に美味そうに飲むものだから、好奇心から俺も同じ事をしてみたが珈琲の苦味とはまた違った苦味は慣れないもので良さを感じられなかった。

 まぁ、珈琲と同じで飲み続けて飲み慣れないと感じられない境地なんだろうな。

 ……待て、高校生で飲み慣れているってどういう事だ。

 

「……あいつ、まさかバイト先の雀荘でも飲んでやがったのか?」

 

 一番の可能性は其処だったし、何より焼き鳥と缶ビールを嗜む姿に貫禄があったので初犯ではない事は確かだった。

 空きのある雀卓に着いて、点棒の代わりに焼き鳥や缶ビールを押収するカナメの姿が浮かぶ。

 カナメだからなぁ……、遣り兼ねねぇなぁ……、最初は焼き鳥だけだったんだろうが、勧められて缶ビールにも手を出したんだろうなぁ……。

 実際、バイト先の雀荘では看板娘的なポジに居たのは確かなので、可愛がられていた可能性は高い。

 ……まぁ、カナメの両親は酒豪系なので、酔い潰れてしまって……、だなんて展開は無さそうなのが救いか。

 

「野苺のワインを飲み尽くされない様にしなきゃな。まぁ、味はアレだろうから問題は無いか」

 

 だなんて事を考えながら薪を並べ終えたので、入口を煉瓦と粘土で閉じていく。

 と言っても燃焼用の薪を燃やすための空気は必要なので、適度に空気穴を作って開けておく。

 上半分を残して準備を終えたので、弓切り式送風機を空気穴に向けて設置して小さな竹椅子を置いておく。

 火口となる解した竹に火種を点け、中に入れて手前の細かい端材に火を点ける。

 一部が生木なのでやや燃え難いが、送風機で適度に調整した風を送って絶やさずに燃やしていく。

 ある程度火が安定したら、煙突口から漏れ出る煙を採取するために用意した細工を見やる。

 パイプだなんて便利な物は無いので、川に向かって竹の筒を繋げて伸ばし、川の中に半分程埋まる形で冷やされている蒸留用の土器に送り込むと言う力業で完成させた。

 蒸留用の土器の隣にこの前作った竹水車を設置し、絶えず頂点に冷えた水が掛かる様にしてあるので土器が温まる事は無いだろう。

 

「……いっそ、川の上に橋を掛けて生産拠点作った方が良いかもな。水車で絶えず冷えた水を送る水冷式なら冷蔵庫代わりにもなる」

 

 よくある田舎町で川の水を使ってスイカを冷やす様な考えであり、井戸を掘るまではそれで代用しても良いかもしれない。

 水上拠点か……、生産コストが半端無いが得られる利点も多いし、何よりもカナメが喜びそうだ。

 石器時代さながらな生活環境に水道インフラなんて物は無いので、水車を利用した水道を通すと言うのは意外と理に適っている考えに思えてくる。

 温めるには火を使えば良いが、冷やすとなると一気に難易度が上がるのがネックだな。

 木酢液の蒸留を効率的にするために50℃から150℃の間の低温帯で採取するのがベスト。

 竹筒を伝って水が流れる様に土器に穴を開けた物を上部に設置してはいるが、はたして上手くいくだろうか。

 川の方へ行き、蒸留用の土器の隣に容器として用意した土器を見やれば、上手い事いったのか水滴が落ちていくのが見えて一安心した。

 

「もうちょっと効率良くするにはどうしたもんか……。水冷式のパイプ宜しく長くして冷やすしかねぇだろうが……」

 

 やはり、水上拠点を考えるべきではなかろうか。

 トイレを疑似水洗式にできるし、風呂の水を溜めるのも楽になるし、食材を低温に保つ水冷式冷蔵庫が一番魅力的と言える。

 流石に此処まで揃えればカナメの不安も大方解消できるに違いない。

 だが、石化復活液を作った後の事を考えると水上拠点では賄いきれないだろうな。

 ――それ、オレらがやるべき事かな?

 だなんて、カナメの言葉が脳裏に浮かび、溜息が出る。

 あぁ、そうだ、こんな事を俺が、俺たちが必死こいてやる必要なんてものは本当は無い。

 それこそ、一軒家を建ててカナメや大樹たちとのんびりと一生を過ごしていた方がよっぽど建設的な生き方だろう。

 だが、それでも、俺は科学で笑顔を与える科学者で在りたいんだ。

 三千七百年前に引き起こされた人類総石化の謎を解き明かし、科学によって人類の復興を成し遂げる。

 一歩ずつ、間違った道に踏み外しては正しい道に歩き直して、繰り返して積み重ねた歴史めいた実証を経て、科学は現代に成ったんだ。

 科学が人類を救うだなんてチープでありきたりなストーリーって訳だ、くははっ、唆るぜ。

 この大スペクタクルは一生掛かってもきっと見終えられない未来への懸け橋になる。

 この世には未知が溢れてる、それを全て解き明かして、次のステージに行かなきゃならねぇんだ。

 知らない事しか無い宇宙の謎を解き明かすために、俺はずっと宇宙に恋焦がれてきた。

 人類総石化だなんてとんでもない段差が生まれたが、人類の底力がありゃ科学と言う杖で踏破できるに決まってる。

 

「……先ずは一歩だ、何事も検証と実証から進めねぇとな」

 

 目の前で良い感じに燃えている木材を見つめながら、上半分も空気穴を作りながら粘土と煉瓦で閉じていく。

 薪を放れるだけの穴は残しておいて、三日は燃やし続ける事になるので当分はこれに付きっ切りだろうな。

 ……あ、カナメに三日は掛かるぞ、と言ったが冷やす工程を考えたらもう少し掛かるな。

 そもそもの話、三日と言うのもあくまで規模の比率で出しただけの憶測の数字だ。

 それ以上掛かる可能性だって普通にあるので、何度かやって効率的な炭作りを考える必要だってある。

 この本拠点を広げる事を考えて、拠点近くの木々を伐採する事に専念するか。

 今回使ったのは生木だったが、伐採してある程度乾燥させた物の方が効率が良いのは当然だ。

 冬の間は伐採なんてできないだろうから、それを加味して今の内から少しずつ蓄えていく方が良いだろうな。

 ……目に見えて物資が倉庫に貯まっていたらあいつの不安もちったぁマシになるだろ、多分。

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