石の上にも三千七百年   作:不落八十八

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 カナメが狩猟に出掛けたのを機にすっかり忘れていたトイレなどを済まし、炭炉の前にどっかりと座る。

 そして、ふと辺りを見回して違和感に気付く、あるべき物が無い、と。

 ……あいつ、藻塩を天日干しするって言っておきながら狩猟に気を取られて忘れてるじゃねぇか。

 まったく、と炭炉の中を見てから、昨日持って来た土器の中を見やる。

 中にはみっちりと一度漉したらしい海水に漬かった褐藻類の……ホンダワラかこれ。

 よくもまぁ、藻塩に必要な海藻をピンポイントで見つけてきたもんだな、と感心してしまう。

 藻塩の作り方はとても簡単であり、海水に浸しては天日干しをする、と言う繰り返し作業だ。

 最後に藻ごと炒って水分を飛ばして不純物を飛ばせば藻塩の完成となる。

 炭炉の近くかつ日当たりの良い場所に竹の余りを並べて石で固定しておき、上の汚れを落としてから海水漬けの藻を並べて天日干ししていく。

 

「最初期の燻製肉の失敗は多分乾燥が不十分だったんだろうな。猪肉で量が量だったのも原因の一つだ。冷蔵庫やらが無いから早めに作ろうとして焦ったか?」

 

 当時の気温は涼しい方ではあったが、塩が十二分にあったかと言うと否と言うしかなかった。

 本来、燻製をする時は半日から一日は低温乾燥をして水分を抜いてから燻煙を行なうのだが、ソミュール液の温度や肉の量の多さに検分が行き渡らなかった可能性が高い。

 むしろその出来栄えで常温で一週間以上保ったことの方が逆に凄いくらいだ。

 だが、そのボロも徐々に露見し始めた様で騙し騙し使うにも食材と言う生死に直結する物なので、そこらへんが真面目なカナメは許容や妥協ができない。

 実際、まだ食べれそうな物もアオダイショウの餌として切り捨てていた事もあり、その目の観察眼はシビアだ。

 ある程度消化して、残りは三分の一あるかどうかと言う具合なので、今回狩猟に向かったのは正解だったかもな。

 

「……もっと高性能な釣り竿を作るか。竹紐も細いには細いが大物相手にはバレちまう大きさだろうしな」

 

 それは釣果にも反映されており、イワシやアジと言った比較的小さな魚群は竹紐でも釣れているが、それ以上の大きさの物は釣れていない。

 竹紐に代わる、耐久性があって細い糸の様な物を作る、となると幾つかの選択肢が頭に浮かぶ。

 

「ナチュラルガット、動物の腸の外側を使って作る耐久性もしなりもある代物があるじゃねぇか」

 

 テニスラケットやヴァイオリンにも使われていたりもするナチュラルガットは、かつて羊の腸から作られていたが長さが必要になったため牛の腸から作るのが主流になった。

 生ものなので当然腐食の懸念はあるが、低温燻煙で対策したり漆をコーティングしてやったりすればメンテナンス次第で長く使える強靭な糸になる。

 腸の外側の薄い膜、腸間膜と呼ばれる部分を素材にするので取り扱いは大変であるが作る価値はあるだろう。

 

「堤防跡辺りに桟橋でも掛けてやれば深い所の魚も釣れる様になるな」

 

 ただでさえ水産資源が爆発的に増えている現状だ、釣果がボウズになる可能性はきっと低いだろう。

 桟橋を掛けられたら岩場に引っ掛かる可能性が減るので、無人式の釣り罠も使えるようになる。

 と、言っても魚が引いたら呼び鈴宜しく鳴子が打ち鳴らされると言う半手動だけどな。

 マンパワーが足りない今なら検討しても良いかもしれないな。

 陸での狩猟はカナメには悪いが非効率的と言うしかない、主食を魚に切り替える事も視野に入れるべきだろう。

 炭炉の様子を見て問題無さそうなのを確かめてから腰を上げた。

 ナチュラルガットを作るにしても耐水性を得ないと釣り竿のリールには使えない。

 そうなると探すべきは漆、古くから水を弾いて色艶の良い色彩から人気のある樹液だ。

 漆の木を探すのは簡単だ、非常に剛腹であるが一番効率的だからするしかない。

 ひたすらに森を歩いていき、ぴりっとした違和感を感じるまで木々の間を歩き回る事だ。

 

「……昔から漆に対して敏感だったからな」

 

 幼少期に森林公園にひっそりと生えていた漆に触れてしまい、頬が真っ赤に膨れ上がった事を想い出す。

 帰って来たら百夜が誰にやられたと大騒ぎしていたが、漆かぶれだと発覚してから深い溜息を吐いていたのを覚えている。

 歩いて歩いて、炭炉から立ち上る煙を目途に方角を確かめながら歩き続け、漸く肌に鳥肌が立つ様な感覚が浮かんだ。

 辺りを見やればかつての森林公園のあった場所に居た様で、もしかしなくてもあの時の漆が未だに残っていて増えたんじゃなかろうか。

 漆の木と思われし木々が立ち並んでおり、試しに石斧で引っ掻いてみれば白い樹液が浮き出ていた。

 この樹液は一本につき180g取れれば御の字と言った具合であり、その希少性から殺し掻きと言う遣り方が残っていたりする。

 一年で少しずつ掻き取っていき、出尽くしたら切り倒して資源にすると言う遣り方だったか。

 根を残しておくと十年程で再び樹木が伸びて再採取が可能になるんだとか。

 竹筒に迎えるために、くの字を下向きにして彫りを付ける。

 ナチュラルガットに使う分さえ今は取れれば良いので少なくても問題はない。

 この樹液は木が傷を治そうとして生み出すものなので直ぐに量を取れる訳ではないのがネックだな。

 竹の端材で作った竹刷毛で浮き出た白い樹液を絡め取って竹筒に移していく。

 ……ウルシオールに反応した肌に違和感を感じるが、今は耐える時だ。

 

「……次来る時はカナメに任せるか」

 

 一つ、二つ、三つ、と漆を取っていくと段々と顔がぱんぱんに腫れ始めてしまい、そこまでの量を取れなかった。

 マスクや手袋を用意しないと駄目だろうな、と思いつつマーキングを兼ねて紐を一本の漆の木に巻き付けて印にする。

 漆の外皮を削り過ぎては木を枯れさせる原因になり、浅過ぎると樹液が出て来ない事もあり見極めが大変だったが、目の前に群生している木々を見て要らない心配だったかもしれないとふと思ってしまった。

 ……いや、適当な管理をして全滅させるのがオチだな、人間のよくあるエゴの末路だ。

 むしろ、職人の仕事であると尊ぶ方が樹木を長生きさせてくれるに違いない。

 漆樹液の原液を入れた竹筒に封をして、未だに立ち上る煙を目印に本拠点へと真っ直ぐに帰る。

 そして、戻ってきたら漆群のあった場所の方角に振り返り、しっかりと場所を記憶しておく。

 帰宅するまでに頬の腫れはある程度引いていて、反応が敏感だからこそ治りも早い自分の体質を実感する。

 流石に顔を腫らしたままでカナメに会ったら心配されるだろうしな。

 本拠点の中を見やるとリビングに色々と物が増えていて、竈コンロの近くに水瓶用の低いコンロが増設されていて絶賛煮沸消毒中のようだった。

 どうやら仮拠点から本格的に此方に引っ越す算段の様で、食料品の土器も右側の冷暗所の部屋に移っているようだった。

 

「ん? こいつぁ……、狸か? いや、アライグマか」

 

 食料の入った土器とは反対側の壁にぽつんとあった土器を見やれば濁った水が入っていた。

 棒で掻き混ぜて中身を確認してみれば、アライグマと思われる尻尾と毛皮が浮かび上がってくる。

 樹皮を煮出した植物性タンニンの液と思われるものに漬かっている毛皮を見て、ほんと容赦無ぇなと苦笑する。

 アライグマの見た目は普通に可愛い分類に入るだろうに、兎を全力で狩るカナメに出くわしたのが運の尽きだな。

 なんかもうマタギとして生きていけそうなカナメの逞しさを再確認しつつ、炭炉の様子を見るために本拠点を出る。

 一日程燃やし続けて中央の丸太も良い感じに燃え始めている様で、温度を確かめてみれば木片は容易く自然発火する程の熱を発していた。

 煙はまだ白いままなので現状維持を続け、空気穴が詰まってないかを確かめてから良しとする。

 

「今の所は順調だな。木酢液の方も見に行くか」

 

 川原の方へと続く竹に沿って歩き、途中で川の水を筒を冷やす土器に足してから川で冷えている土器の隣にある、上部からの蒸留を留める方の土器を見やる。

 すると底の方にそこそこの量の液が溜まっているのが見えて思わず笑みが浮かんだ。

 此方にこれぐらいあれば、隣の煙を受け止めている方の底である程度の量が溜まっている事だろう。

 まぁ、この液は油分とタールと木酢が混ざった物なので数ヵ月静置して分離を待つ事になる。

 遠心分離機を作れば短縮できるので、大体2500rpm、一分間に2500回転する様な物を作りたいところだが、そんな高性能なもんを作れる訳無いので舞い切り式の火起こし器擬きを作るか。

 そこそこ大きな物を竹紐と竹で組み、上部を固定して先端を丸めた棒と皿状の石を土台にして作っちまえばそれなりのもんができるだろうな。

 作るのは……、まぁ、今から作ると夕暮れになるので明日でも良いか。

 仮拠点からの引っ越しをしているであろうカナメの手伝いでもすれば丁度良い時間だろうか。

 だなんて思っていたら川原の端の方を手押し一輪車を押して歩いてくるカナメの姿が見えた。

 

「引っ越すには早くねぇか?」

「んー、そうかな? 十円玉を溶かして青銅の物を作り始めたら本格的にこっちに住処移すでしょ?」

「まぁ、そうだが……。こっちだと風呂ねぇぞ」

「逆に言えば風呂だけなんだよね、無いの」

 

 ……あんだけ風呂が欲しいと意地を張ったカナメが妙にごり押してくる。

 いやまぁ、仮拠点よりもこの本拠点の方が立派な作りをしているのは確かだし、炭炉の世話を考えると此方に移動するのは効率的だ。

 

「と言うかさ、炭作り終えたら青銅の工具を作るじゃん? そうなると檜の加工も出来る様になるって事だから下準備しなきゃだし、早めに移ってた方が良いんだよ」

「ふぅん、本当にそれだけか?」

 

 成程な、と納得できてしまったので他の理由が無いか訊ねてみれば、何やら言い辛そうな様子で頬を掻いた。

 手押し一輪車を本拠点の近くに置いたカナメは振り向いて神妙な顔で言った。

 

「千空、杠たちを復活させる研究がそろそろ始まるって事を忘れてない?」

「……あ゛」

「加えて、二人が住む環境や衣服とか用意しなきゃならないんだよ。二人っきりの生活に慣れ過ぎてて忘れてたかもしれないけどさ」

 

 最近のカナメとのアレコレですっかりと忘れていたが、アルコールの完成は残り一週間強と言った具合だった。

 そうなると拾ってきた石化したツバメなどで研究するための準備を始めるべき頃合いだった。

 あ゛あ゛ー……、カナメが言い辛そうにしてた訳だ。

 俺とカナメだけの共同生活が続いていく、そういう方向に頭が働いていた。

 よく見ればカナメの頬が若干染まっており、俺がすっかりと忘れていた事から察してしまったらしい。

 生活面で先の事を色々と考えていたカナメだからこそ、大樹たちの加入の事を忘れずに居たのだろう。

 

「まぁ、うん、研究がいつ成果を出すかも分かんないし、二人だけの生活がもっと続くかもだしね」

「あ゛ぁ゛ー…………、いっそ、殺せ………………ッ!」

「あはは……、まぁ、千空も男の子だしね。溜まってる……ってやつなのかにゃ?」

「肉体労働に思考割り振ってただけだっつーの!!」

 

 ニタァとチェシャ猫の様に瞳を笑わせたカナメが揶揄ってくるので反射的に叫んだ。

 肩を竦めたカナメが一瞬思案顔になり、あー……、と納得した様に頷いた。

 俺の科学に対する情熱を思い出したのか、肉体労働漬けの日々に放り投げられた事実に思う所があったらしい。

 

「確かに千空、ちょっと逞しい感じになったもんね。腕の筋肉とか増えたんじゃない?」

 

 そう言って俺の二の腕を徐に掴んでにぎにぎと確かめたカナメの言葉に、話題のすり替えに成功した事を確信し内心で溜息を吐く。

 実際、カナメの狩猟の甲斐あって今の俺の健康状態は百億満点と言って良いくらいに好調だ。

 ブッシュクラフトに長けたカナメによってあっと言う間に竪穴式住居の拠点が出来上がった事で、他の事に手を回せた事もあって進捗は順調。

 そして、肉体労働する日々が健康的な食事に支えられ、俺の身体は頗る成長した。

 身長の成長は止まったようだが筋肉の成長は日進月歩の三歩進んで二歩戻ると言った感じで普通に育つ。

 一周り、と言うのは盛ったな、半周りくらいは筋肉はついている気がする。

 

「流石に大樹には負けるけどな」

「そりゃまぁ、そうだけどねー。比較対象が悪いよ、君なら同じ科学部の人たちでしょ」

「だな。でもまぁ、お前に任せっぱなしにはいかねぇよ」

 

 あぁ、任せっきりにはしねぇ、人と人が支え合って人の字を作る様に、力を合わせて生き残る。

 そして、俺たちで人類の文明を取り戻す、そのための科学だからな。

 狩人であるカナメと科学者である俺、無尽蔵の体力お化けの大樹に器用裕福な杠。

 俺らが生活基盤を作り上げ、四人でそれを発展させ、石化から復活させた奴らと共に文明を作る。

 そしたら……、……ま、その時になったら考えりゃ良いか。

 

「よぉし、炭作りも順調だ。青銅で工具作って、川の水の動力を強化して、やれる事を増やしてくぞ」

「それじゃ、先ずは腹ごしらえだね。美味しいの作るよ」

「あぁ、頼んだぜカナメ」

 

 ……よし、話題は完全に逸らせたな、このまま忘れてくれりゃ良いが。

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