「と、言う事でライオンを魚で手懐けて家猫にしたいんだけど」
「待て待て待て、何がどうなって、んなトチ狂った解答がでやがった!?」
炭炉の調子を見た後に小休憩を取っていると、仕留めたらしい子鹿を担いで帰って来たカナメの第一声がそれだった。
子鹿を川に降ろしたカナメは、やり遂げたぜと言わんばかりに微量な汗を額から拭った。
「いやほら、前に家の庭にマタタビ植えたんだーって教えたじゃん? それが今すくすくと育ち過ぎてライオン一家の寝床になってるっぽいんだよね」
「……お前の家って確か学校に近くなかったか?」
「そだね、鹿の群れが変な感じだったから辺りを探ったら見つけてね。杠と大樹を回収しておくべきかなーって」
「確かにな。復活液が出来ていざって時に出会す可能性が高ぇのか」
だから先手を取ってライオンと仲良くしようだなんで無謀な事を考えたのかこの猫狂いは……。
学校の裏庭の一角にこっそりと猫スポットを作ろうとしていた奴が言うと情熱と積極性を感じるなぁ、それがただの猫ならまだしも野獣に向くたぁ思わなかったけどよぉ……っ!
「カナメ、先んじて言うが無理だ」
「え、なにゆえ」
「ライオンの食事量は日に四、五キロの生肉で雄は倍食うぞ」
「……え゛っ、雄一匹に雌四匹だから十キロに二十キロで計三十キロ?」
「最低で、な」
一日釣りで時間潰れるっつーの。
人の夢とは儚いものだ……、とその場で崩れ落ちたカナメは地味に芸術点の高そうな倒れ方をしていた。
流れる様に膝が折れて両手を地面に付けて、よく文末に多用していたorzの様になっていた。
そうして、今にも死に掛けと言った具合に顔を上げて懇願の声を漏らした。
「せんくうー……、全自動沖合漁業マシーン作ってー……、日に五十キロくらい取れるやつー……」
「無理無茶にも程があるわドアホ」
まぁ、間延びした気の抜けた声なので十中八九冗談だろうが、三割、いやこいつの事だから半分くらいは思ってそうだ。
バイト先の雀荘を決めた理由が、煙草禁止で猫の居る喫茶店風だったから、とか言ってたからな。
猫を膝に抱えながら打つ姿は看板娘に恥じぬ格好だったらしく、割と人気があったとか何とか。
確か店長が父親の友人で、日曜日の居心地の良いリビングをイメージした雀荘なのだとか。
一階が事務所兼倉庫で、二階が煙草禁止猫有りのエンジョイ雀卓、三階が煙草酒オーケーのガチ雀卓に別れていて、件の麻雀ヤクザは三階を賭け金有りのシノギ場所にしようと画策してあれこれしてたとか言ってたな。
……カードゲームの世界宜しく、麻雀で勝敗を決めてそれに従ったあたり潔いヤクザではあったんだよな、内容は潔く無いが。
こいつのバイト先である麻雀喫茶猫猫での事を思い返して思わず溜息が出た。
「じゃー、取り敢えず杠は回収で良いよね。と言うか大樹も回収して良いんじゃない? その復活液を作るのに硝酸が要るってんならまとまった量必要でしょ」
「まぁ、確かにな。こっちに越して来たから硝酸を取りに行くのも容易だし、研究するなら量があるに越した事はねぇ」
「そしたら硝酸の所に土器を設置して、二人は回収だね」
驚いた猫みてぇに地面に接地したまんまの恰好で跳んだカナメが立ち上がり、……服の裾からチラッと見えた肌色を指摘せずにしておいた。
適当な丸太に座っていた俺の隣に腰を下ろしたカナメは、ニッカリと笑みを浮かべて此方に顔を向けた。
……ポジティブシンキングの化身と呼べる大樹とまではいかないが、大概こいつも頑強メンタルだよなぁ。
普通、ライオンが野に解き放たれていたら慌てふためくだろうによ。
あぁ、いや、こいつの場合猟友会に顔を出してた事もあってその経験から気丈なのか。
「因みに聞くが、熊とか狩ったりしてたりするか?」
「勿論、と言いたいところだけど流石に止められちゃったからしてないね。猟銃でズドンとする光景は見た事はあるけども」
「付いて行ってたら同じじゃねぇか?」
「んや、道中で出くわしてベルで威嚇しながら追い詰めてるのを遠目で見てたんだよ。いやぁ、凄かったなぁ。歴戦のマタギ、って感じで凄い恰好良かった。美味しかった」
「……おい、最後の感想で語るに落ちてんぞ」
「熊の手が珍味って言われる訳だね」
「食ったのかよあれ……。因みに味は」
「ゼラチン質の部分と肉の部分がとろとろになるまで煮込まれててね、それでいて肉球の所はコリコリしてて面白かったなぁ。コラーゲンたっぷりって感じだから味は言葉にし辛いかなぁ」
「へぇ、因みにライオンはくっそ不味いぞ」
「何処で食べたの!? と言うかどんな伝手で食べたのさ」
「海外に行った時にちょいとな、肉食だからアンモニア臭きつかったぜ」
確かエボラの調査でアフリカに行った時だな、珍味だ、と騙されて食ったんだっけな……。
肉はかってぇし、味はクソだし、アンモニア臭で鼻が曲がるかと思ったわ。
今思えば、調理してた奴の腕前も関係してたかもしれねぇな。
明らかにアレ冷凍の肉だった様に思えるしな……。
香辛料で匂いを誤魔化してたから口に含むまで分からなかったのがほんっとうざかった。
「まぁ、犬と違って猫は食用に向かないって聞くしねぇ。悪食すら口にするのを拒否するレベルらしいし」
「賢明なこったな。だから、緊急的に仕留めても保存食にすんなよ」
「する訳無いでしょ、基本的に肉食はくっそ不味いんだから、管理されてない野生なら尚更に酷いだろうし」
「……美味かったら食うって聞こえるのは気のせいか?」
「命には感謝しなきゃ、ね?」
てへぺろと言う擬音が聞こえてきそうな顔をして、カナメが二ヒヒと笑った。
姿かたちが猫からやや離れているライオンだからこその反応だろうな、トラだったら断固拒否してたに違いない。
恐らくだがライオンとトラではトラの方が生存率は高かっただろうから、生息地が広いのはトラだろうな。
ライオンと違ってトラの方が木登りが得意なので柵から抜け出せる可能性は非常に高い。
と、言っても登れる環境がある事が大前提なので、結局のところライオンとトラの生き残りは半々だろう。
檻の方に居たら共々抜け出せない事だろうしな。
しっかし、雄に雌が既に番に居たと言う事はそれなりに増えている可能性は高い。
実際、季節的に繁殖に適している時期だしな、今。
近くに海がある事もあってミネラルは取れるし、近場では鹿がほっつき歩いている訳だし。
大体三ヵ月ちょいで三から五匹だったか、何かしらの要因があって増えていないのか、それとも単純に見つけていないだけか。
どちらにせよ、俺らに降り掛かる可能性はあるから楽観視はできねぇな。
「んじゃ、暗くなる前に回収に行こうか」
「だな、硝酸の生産量を把握するには丁度良い機会だしな」
カナメが立ち上がったのを機に俺も立ち上がり準備に掛かる。
此処から硝酸の洞穴までは十数分で、学校までが一時間しないくらいだったか。
今は竹縄で作られた草履があるので距離は変わらなくても歩ける速度が段違いだ。
俺に大樹を持ち帰る筋力は無いので手押し一輪車とそこそこ深い土器、短い石の短槍とアトラトルを腰紐に差し込んでおく。
ついでに唐辛子を乾燥させて粉にした物と砂を混ぜた赤砂利を入れた革袋も用意しておく。
真正面から戦うのは無理があるからな、逃走に使えるもんを用意するのは当然だ。
カナメが教えてくれなかったら、いつかばったりライオンと出会して必死の逃走劇を開幕していたに違いない。
何の手段も無く出会すとかマジで勘弁だ、流石に死ねる。
「それじゃ、千空隊出陣だね」
「……まぁ、この格好ならそう言う感想になるわな」
斥候と狙撃手と護衛も出来る頼もしい副部隊長に苦笑しつつ、行くぞ、と声を掛けて歩き出す。
ライオンが藪から飛び出して来るかもしれない運転を肝に銘じながら、手押し一輪車を転がしてカナメの背を追う。
学校跡へと向かう道すがら、時折カナメが矢筒から矢を抜き掛ける事があったが自重させた。
人間二人を並べた一輪車に獲物まで乗せる気かお前は。
農耕な狩猟民族の血でも騒いでいるのだろうかこのワイルドハンターガールは。
「えー、でも気を抜いてる獲物が居たら狙い付けない?」
「時と場を考えろ、別日にしろそれは。最優先事項を履き違えるなっつーの」
「はーい」
森藪からライオンとこんにちわする事なく、杠が絡め取られた裏庭へと無事辿り着く。
するすると上に登ったカナメが纏わり付く幹などを除去するのを見上げていて、ふと遠目ながら短パン気味のズボンの隙間から肌色が見え隠れするのに気付いてしまった。
……前と違い、覆い隠す物が無い事を失念していた俺は気まずく辺りの見張りに視線を外した。
揺れ動く小さな尻に目線が向いていた事を気付いている様子はなかったので、そっと胸の中に仕舞い込む事にした。
だなんて考えていたら、カナメが降りて来て深刻な顔で言った。
「千空、大変だ。乙女の貞操のピンチだ」
「は?」
一瞬、覗き見未遂が気付かれたのかとひやりとしたが、今何をしていたのかを思い出して……、あぁ、そう言う事か。
すっとこいつが求めるであろう物がある場所へと指を向けた。
そこには鬱蒼と生い茂るツタ系の葉っぱに着飾られた木が存在し、それを見たカナメが一つ頷いてサムズアップを掲げた。
……やっぱりな、衣服はとっくの昔に朽ちてるからダビデ像宜しくモロ出しだからなんとかしたかったんだろう。
巻き付けられる様な葉っぱとツタを回収したカナメが再び上へとするすると登っていく。
そうして、胸元と股間部をぐるぐる巻きにした杠の石像を回収してきたので一輪車へと転がした。
「ふぅ、一応大樹を回収する時は千空宜しくね」
「あぁ、デカブツのデカブツは隠しといてやるよ」
余分に取って来たのだろうツタと葉を一輪車に乗っかる杠に乗せたカナメは、たははとそっぽを向いて苦笑する。
……あ゛ー、前回辺りで見てたか、そりゃまぁ見えるよなぁ。
股間を隠している器用な石化をした石像は少ないし、大樹は腕を伸ばした仁王立ち状態だったからな。
このまま大樹も一緒に回収しようと考えていたが、杠を乗せた一輪車はそりゃぁもう重かった。
一輪車の車輪がゴムタイヤで出来ている訳では無いので、進みは勿論スムーズには進まない。
足元はしっかりと土であるし、踏み固められる程に踏まれていないのでやや柔らかいのもきつい。
途中でこっちの苦しみに気付いたカナメが、モデル歩き宜しく一本になる様に歩いて足跡を付けて踏み固めてくれなければもっときつかった事だろう。
「ぜぇはぁーっ、ぜぇはぁーっ、や、やっと着いた……」
「アレだね、一輪車の前に紐を付けてオレも引っ張る感じで行こう」
「背に腹は代えられねぇ、すまん、頼む」
一度本拠点に戻ってきた俺はぐったりと椅子に座り込み、杠の石像を安置しに行ったカナメを見送る。
今までが精々五キロ以下の重さだったから問題無いと思ったが、流石に三十キロ以上はあるであろう人間はきっつい。
ぬるい水を飲み干して一息吐いた後、先程よりかは近い距離である硝酸の成る洞窟へと再び一輪車を転がしていく。
竹縄を使ってカナメが前で引っ張ってくれた事により一輪車は悪路を軽快に進んでいく。
ライオンが忍び寄る脅威が頭から抜ける程に、一輪車の操作が俺の体力を削り取っていく。
洞窟に付くまでに再び呼吸が荒くなり、足よりも地味に両腕がパンパンな感じがする。
「あー……、大丈夫そ?」
「な、なんとか、な。戻ったら炭の様子を見てからぶっ倒れる予定だ」
「あらら、まぁしゃーないか。二輪車や三輪車にして楽になるって感じでもないしねぇ」
「天然ゴムを何処から手に入れる必要があるからな、望みは薄いぜ流石にな」
「だよねー。竹でサスペンションとか丸めたらワンチャンいけないかな」
「重さ、いや、大きさによるか。小型のはできねぇな。まぁ、丸太くり抜いたこれよかは楽だろうな」
「表面に傷を付けたらグリップ力ついたりするかな?」
「どうだろうな……。はぁ、まぁ、改良は後で良い。デカブツ回収してさっさと帰るぞマジで」
「だね、じゃあ宜しく」
渡されたツタの葉を受け取って、天井から滴る硝酸でちっちゃな滝行めいた事をしている大樹を転がして退かす。
持って来た土器を設置して硝酸の確保はこれで良い。
後はこのデカブツを隠せば準備は完了だ。
比重の重い頭側をカナメに持って貰い、二人でおっちらほっちらと洞窟を出て一輪車に転がす。
当然ながら杠よりも倍は重い大樹の運搬は過酷を強いられたが、カナメが引っ張ってくれた事で比較的楽に達成できた。
男女に別れて破損箇所が無いかを確かめて、額の汗を拭って一仕事終えた達成感に浸る。
向けられた掌に右掌を当てて達成感を共感しつつ、何事も無く終わった事に安堵の息を吐いた。
「そしたら二人は貯蔵庫の所に運んでおこうか」
「そうだな。……万が一このアホが目覚めて走り出さない様に、こうしとくか」
「わぁお、大胆だね大樹」
両腕を前に突き出した格好であるので、壁際に杠を置き、大樹を壁に向けて配置する。
……此処で壁ドンと言うと隣の壁ドン警察が出張るので口にはしないでおく。
野生野苺ワインが残り一週間強と言ったところであるし、ぼちぼち準備しねぇとなぁ。
取り敢えずカナメにラボの建設を頼むか……。