石の上にも三千七百年   作:不落八十八

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 不意に目が覚めて、微睡みの水面から外界に浮かんだかの様に現実に放り出される心地だった。

 普段よりも肌寒くて思わず毛布を手探ってから、触り心地の良い髪に手が触れてーー。

 

「……前にもこんな事あったような」

 

 薄ぼんやりと差し込む弱々しい朝日で部屋の中が辛うじて見える様になり、抱き抱えていたのはかつてのお気に入りの長い胴のネコを模した抱き枕ではなく、すやすやと眠る千空の頭だった。

 いつぞやの様に起きている様子はなく、今度はオレが抱き抱える構図となっていた。

 外から聞こえてくるやや強めの雨の音も相まって、静けさに自然の音色が乗って非常に心地良い。

 ……なんか起き上がる気分じゃなくなったな。

 肌寒さから千空の体温の心地良さに段々と惹き込まれてしまい、温い布団の中に戻るが如く緩めた抱擁を強めてしまう。

 やや硬めの鞣革と言えども顔の感触が分かるくらいだ、千空もオレの小振りな胸に埋めている事でその柔らかさを感じるだろう。

 同年代の思春期少年にやる事ではないな、と頭の片隅で思いつつも、まぁ千空にならいいか、と怠惰が頭の中を占めた。

 今生の性自認はふっつーに女性寄りであり、なまじ前世の男の身体を知っているが故にあまり忌避感は無い。

 ……いや、嘘吐いた、流石にガチムチマッチョやチャラ男みたいな雄っぽいのは嫌悪感がある。

 少女漫画然としたBLでは抜けないが、見た目が男の娘だったり中世的で女性らしさを感じる同人誌ならギリ抜ける、くらいの塩梅だろうか。

 実際、千空はマッチョの反対側のモヤシであるが、女性で言うところのスレンダーに値する身体付きをしている。

 ヒョロガリの進化先の痩せ気味に分類される千空だが、今の生活を続けていればそれなりに筋肉がついて良い感じになる事は間違いない。

 

「……まぁ、一番の理由はそこじゃないんだけどな」

 

 千空は蛭魔顔と言うか、悪人寄りの相貌をしている訳だが非常に顔が良い。

 悪徳を積むタイプの悪人ではなく、マッドサイエンティストに成り切れない生来の良い子さが垣間見えているのも良い。

 そして、何よりもこの世界で誰よりも安心をくれる人だった、と言うのが腑に落ちる理由だった。

 結局のところ、未だに落ちて来ない青い空に必要以上に怯え過ぎていただけだ。

 人類総石化と言う分かりやすい乖離点があった事で、かつての現代時空とはパラレルな、それも漫画っぽい世界に転生した事は分かった。

 仮に、オレが物語のキャラクターだったとしてもミリ知らなオレが中身の時点でそのキャラクターは原作のキャラクターには成り得ない。

 まぁ、運命の揺り戻しやら修正力で人生をなぞっている可能性はあるにはあるが、それを採点する事はオレには出来ない。

 いつか来たる何かしらに備えて準備だけをしていたオレがそれをなぞっているとは到底思えないけども。

 同じ顔、同じ能力、同じ成長を果たして原作キャラの姿になっていたとして、中身が違えば趣味嗜好は変わるし、考えも変われば、出会いも台詞も変わる事だろう。

 ならば、それはもう原作キャラではない、二次創作的な原作キャラに似たダレカでしかないのだから。

 仮に、中の人が必死に原作キャラ成り切りプレイをしていたとしても、結局のところ原作キャラのトレース思考をしているだけの、誰が何を言おうとも原作キャラなんだおじさんの様な二番煎じでしかない。

 ……そう考えると暫定主人公である千空に擦り寄ってるだけのモブじゃね、オレ。

 ま、まぁ、そう言われないくらいの活躍はしてるよな、フィジカルなハンティング的な感じで。

 うーむ、貢献度レースをちゃんと走れてるのだろうか、勝利を信じて、と叫びたいけども。

 もしかしたら原作ではオレ以外の誰かが千空の隣に居たのかもしれないしなぁ。

 ……大樹とか?

 千空がフィジカルに弱いから、フィジカルな親友である大樹を隣に据えるのは王道だ。

 もしくは科学部の女子とかか?

 化学式で恋の方程式を解くみたいな展開でサバイバルが……展開されたとしてそれ面白いか?

 無いな、この世界が何かしらの作品であるとメタ張って考えてみても面白そうではない。

 と言うかそれをやるならサバイバルでやる必要ねぇな、普通に放課後の科学部とかで展開すべきだ。

 となれば、人類総石化後に誕生した新人類の女の子とのボーイミーツガール展開とかか。

 地上でそれっぽい発展の感じはしないから、仮に栄えているとしたら地下とかか。

 ……でもあの総石化の緑光ふっつーに壁とか貫通して石化させてきたからなぁ、地下に逃げる発想はしないか流石に。

 

「んん……、っ!?」

 

 胸元で目が覚めたらしい千空の焦りを感じるが、後頭部を抱く腕を緩めない。

 意識せざるを得ない状況を作る事で、少しでも気にして貰うための先行投資だ、卑怯とは言うまい。

 実際、エロは全ての耐性を貫通する万能属性である、古事記にもそう書かれている。

 イザナミとイザナギの記述で最古のエロ本呼ばわりされてるしな。

 前世の価値観からして、今の千空の状況は役得な筈だ。

 ……筈、だよな……?

 マッドサイエンティスト系って人との触れ合いを無駄な行為と忌避しがちなイメージがあるが、科学部を建て直した功績のある千空は違うよな……?

 ……少しだけ腕を緩めたのは内緒だ。

 頭を引っこ抜けば抜け出せる状態であるが、千空に動きは無い。

 ……、…………、………………。

 思わずチラッと薄目で胸元を見やれば、やや耳を赤らめた様子で静かな千空のつむじが見えた。

 ……ど、どっちだこれ?

 オレの寝相の悪さに呆れて耐久してるのか、そう言う気が実はあって甘んじているのか。

 ……つい魔が刺して足を動かして膝を押し当てるようにて探り――あっ(察し。

 しっかりと男の子している突起物の感触があったので、こんなオレでも色気を感じてくれているらしい、一安心。

 と、安堵していると胸元からすぽっと抜けて顔を出した千空が複雑そうな顔で叫んだ。

 

「テメェ、それはライン越えだろうが……ッ!?」

「へへっ、つい」

「つい、でンな事するな痴女かテメェは!?」

「……ごめん、そう言うの嫌だった?」

 

 そこで露骨に黙り込む千空に、小悪魔な角と尻尾が生えて来そうな気分だった。

 あぁ、うん、世にショタコンが居る事実を魂で理解できたかも知れない、可愛いわ今の千空。

 目が覚めてしまったなら仕方がない、有無を言わさずに再び胸元に抱きしめてから囁く。

 

「むごっ、ま、待てカナメ」

「外、雨だし、寒いからさ、もうちょっとだけ、ね?」

 

 お互いの体温を循環させるために、だなんて口実で延長を申し出ると、肯定の意なのか無言でオレの腰に腕が回された。

 ……あったかいなぁ、色々と。

 肌寒い外気も相まってお互いの熱がよく分かる。

 ついでに、爆速の心臓の鼓動も伝わってしまっているかも知れない。

 ……あ、もしかしてそこからオレの心情を汲み取ってたのか。

 今更に恥ずかしくなり頬が熱くなるが、幸いそれを見られる事は無い。

 露出は無し、触れ合いのみ、ヨシ、健全だな。

 だなんて、午前中を何にもしない時間にして二度寝したオレらは昼頃にむくりと起きた。

 毎日腹一杯に食べてる訳ではないので、空腹ゲージが切なさを越えてもはや飢餓の領域だった。

 

「ゲームだったら餓死で一度埋まってそうなくらいお腹減った……」

「……あ゛ー、血糖値足りねぇから頭回らねぇ……」

 

 二人してぅ゛ほ゛ぁ゛ーと腹ペコ状態なので、腹の中に盛るペコするべくクッキング開始。

 いつもと違い千空も台所にエントリーし、燻製した鯖を焼く係を請け負ってくれたので倍の速度でブランチが出来上がっていく。

 野草と大根の塩漬け鹿肉のスープに燻製鯖と燻製したイワシっぽいのを机に並べ、いただきますを皮切りにかっ喰らう。

 

「「はぁー……」」

 

 いやほんと食事のインフラしっかりしといて良かったなぁと白湯を啜る。

 食後の珈琲なんて贅沢な物は無いので、今度たんぽぽでも見つけてたんぽぽコーヒーに加工するかなぁ。

 見やれば千空も白湯に物足りなさを感じていたのか、此方を見て何気無く頷いた。

 ゴーサインと見て良いだろう、もうちょい食事のレベル上げないとなぁ。

 

「千空、何処かに水溜りと言うか池作って牛蛙繁殖させよう、鶏肉養殖するよりも手軽だし」

「お前のその逞しさに頭上がらねぇわ。と言うかカエルも食えるのかよ」

「鶏肉みたいな味で骨髄から出汁取れるんだよ。アライグマ仕留めてる時点で今更じゃない?」

「方向性がちげぇだろ……。あ゛ー、蛇の件あったか、今更だったわ」

「千空……、今未文明サバイバルしてるんだよ?」

「だよなー……、ほんと今更だったわ。本当に隣にお前が居てくれて良かったわマジで」

 

 いやまぁ、花の女子高生なら嫌々盛りの子供くらいに忌避感と嫌悪感で否定から入る様な内容だしな。

 あれもこれも嫌、だなんて言ってたら流石の千空も放り出すんじゃなかろうか。

 木の実で飢えを凌ぐ小動物みたいな生活だったりするんだろうか、それはそれで健康的ではあるか。

 ただ、そうなると毛皮を得るのが大変か。

 でも千空なら一度フィジカルを試してみてから罠を仕掛ける方向でチャレンジするか。

 

「雨、止まないねぇ」

「あぁ、そうだな……」

 

 外からしとしとぽっちゃんと降り続ける雨模様を見ながら、暖炉を兼ねている竈に火が入った事で温まったリビングでまったりと時間を潰す。

 手元の白湯をちびちびと飲みながらぼんやりと過ごす時間も、まぁ、いいもんだねたまにはさ。

 

「……随分と生き急ぐ様にしてたなぁ、って思っちゃった」

「あ゛ぁー……、何に焦ってたんだ?」

「んー……、生活基盤って言うか、生きるための環境が足りてない事に恐怖があってさ。もしも、食料が駄目になったら、もしも、病気になったら、とかとか、色々と考える事が多くてさ……。元々、杞憂するタイプの人間だった、って言うのも理由だったかな」

「ふぅん、それにしちゃ冷静沈着に見えたが」

「本当にそう思ってる?」

 

 ふいっと首を動かして顔を露骨に逸らした千空は飲んでいた白湯を置いて頬肘をついた。

 そして、何とも複雑そうな百面相を濃縮した様な表情で首裏をぽりぽりと掻いていた。

 あ、こりゃー、大分ヤキモキさせてたなー、これ。

 でもさぁ、かつての現代と違って薬の類が無くて、漢方ぐらいしか用意できない環境はストレスフルになるじゃん、しゃーなしでしょ。

 

「まぁ、なんだ。仮にぶっ倒れても何とかしてやるから安心しろ。頼れる科学の知識がお前を守ってやるよ」

「ははぁ、ありがたやありがたや。と、言う事で科学教を作って最高司祭を名乗る権利を君にあげよう」

「いらねぇわ、んなもん。宗教なんざ触れないに越した事ねぇだろうが」

「それはそう」

 

 白湯を啜って喉を潤してから、机の上で腕を組んで頭を乗せる。

 千空の科学ラボ、明日晴れたら作ろうかなぁ。

 

「千空、ラボを作るとしたら何が欲しい?」

「はぁ? あ゛ー、棚と屋根と広さ」

「簡潔で有難いね、どこら辺に作ろうか」

「万が一の事を考えて此処から少し離すべきだな。全焼しても移らない程度には」

「ん? それなら防火性があれば近くても良いって事?」

「まぁ、そうだが。あ゛ー……、物によっては臭いがきついのもあるから、解決できたとしても離してくれ」

「あい、了解。防火性と換気のしっかりした屋根がある棚付きのラボね」

「仕事が早くておありがてぇ限りだぜ」

 

 防火性かぁ、壁に泥を塗って土壁風にしておくかぁ。

 天井は少し高い方が良いかなぁ、竹を割ってしならせてドーム状にしようか。

 ラボだし手洗いは出来る様にした方が良いし、そう考えると川に近い方が良いかな。

 炭炉の管理は千空がしてるし、その面倒を見るためにも入り浸るラボも近い方が良いか。

 そしたら、川沿いに炭炉の裏辺りに作ろうかな。

 あーしてこーして、と明日行なう作業の事を考えながら机の上で転寝しつつ時間を潰したのだった。

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