石の上にも三千七百年   作:不落八十八

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 雨で一日潰れた昨日と違って今日の天気はからっと晴れ渡っていた。

 あ゛ー……、ついでに俺の心の中も晴れ渡ってくれていたら言う事は無いんだがな。

 俺とカナメの関係は、同級生の友人の男女である、筈だ。

 だが、昨日の一件を機に少しそれが揺らいだ様な心地だった。

 白發中と言う少女は一言で称するならばハンターだ。

 古めかしく言うならば森小屋に住まう狩人と言うべき性格を芯に持っていると言えよう。

 

「距離感近過ぎねぇか……?」

 

 普通、同年代の異性を胸元に抱え込むか?

 ましてや勃起してるかどうかを露骨に確かめに来るものか?

 ……はぁ、悶々とした心内を晴らすために溜息を吐くも曇りは晴れない。

 未だに頬に硬い革越しに当たるむにっとした感触が残っているようで、密着して寝汗の匂いと共に香るあいつ自身の体臭と言えるそれが鼻孔に漂っている様な錯覚すらある心地だった。

 嗚呼、分かっている、今の暮らしが同棲と言っても過言ではないくらいに近い状態である事は。

 寝床を共にしていたのは間違いだったかもしれない、けれどもカナメの精神安寧に繋がっているのなら続けるべきだと理性が物語っている。

 問題は三大欲求の本能と言うべきか、現代生活と打って変わった安定した睡眠時間も相まってテストステロンがしっかりと分泌されているためか、思春期の少年かよとツッコミたくなるぐらいに悶々としているのが原因だった。

 つまり、カナメと言う異性に今の俺は分かりやすい程に意識してしまっていると言う事だ。

 据え膳食わぬは男の恥だぜ、と脳裏で科学部の馬鹿共が揃ってアホ顔ピースで訴えかけてくる心地だった。

 

「……ラボにベッドでも付けて貰うか」

 

 炭炉の中身を確かめながらそんな事をボソリと呟いて現実逃避をしつつ、目の前の俺の心の中の様な惨状に目を瞑った。

 大半の薪は見事に炭になっているが、半分程は生焼けと言うか炭素化に失敗している物が多々あった。

 原因を思い浮かべるならば昨日の雨で炭炉の外壁が冷えた事で温度管理に失敗した事だろう。

 もしくは、密閉が早過ぎたか、三日ではなく四日程見ておくべきだったかもしれない。

 炭炉の入り口に庇を取り付けて雨の日でも面倒を見られる様にしておくべきだったな。

 改善点は色々とあるが、入口付近にできた灰の山を土器に移してウッドアッシュセメントの材料として仕舞い込む。

 炭炉のメリットはメインである炭、副産物である木灰と木酢原液が作れる事なのでこれからもチャレンジしていくべきだな。

 木酢原液を溜めた土器を抽出管から取り出して、雨でかさ増しされていたりしないかをチェックしておく。

 空気穴から雨が入らない様に作っておいて正解だったな、カナメの凝り性が少し移ったかもしれん。

 

「さぁーて、本来なら数ヵ月から数年は静置して取り出す木酢液だが、実験に使う便利器具がありゃその過程を短縮できる訳だ」

 

 と言ってもコイルや磁石だなんて便利なものはないので水車の改造品だけどな。

 竹を節で割って桶状にした水車を大中小の並びで作って、一番加速する小の部分に木酢原液を遠心分離機宜しく設置すりゃ完成だ。

 勢いを増させるために川を一部区切ってやや傾斜を作って上部をダムみてぇにして放出口を絞ってやれば良い感じに加速を見せてくれた。

 つっても回転速度はお察しなのである程度分離したら静置が安定だけどな。

 炭炉の裏手でラボを作ってくれているカナメを少し眺めてから、次にやる事を思案する。

 カナメが川原で拾い集めてくれていた黒曜石と蝋石の入った土器を覗き込むと流石に黒曜石の方は量が少なかった。

 火山岩の混じる川原と言っても目当ての物が手に入るかは流石にガチャだ。

 むしろこれだけの蝋石が集まった事を感謝するべきだろう。

 パーライトセメントの方は難しいので、蝋石粘土を主軸とした溶鉱炉作りをするべきだな。

 石を組んで泥で固めて、内側を蝋石粘土で塗り固める方針がベターってところだな。

 本命である製鉄の前段階として十円玉から青銅を作り出すのが今回のメインイベントだしな。

 

「青銅の融点は精々900℃いかないくらいだからな……。炭を使えば楽々クリアだ。それこそ蝋石粘土で器を作って炭で囲んで焼けば溶けるだろうしな」

 

 溶かした青銅を粘土を固めた鋳型に流せば青銅製の道具の出来上がりって訳だ。

 やっぱり青銅は科学的に腐らないから今の状況だと評価が高ぇし、何なら磨き上げれば鏡になる。

 ……年頃の年齢だしな、手鏡くらいは欲しいだろカナメも。

 と、言う事で掘り出した十円玉の表面を覆っている汚れを除去して、酸化銅も取り除いた素材が必要になる訳だ。

 素材を入れた土器群の中から十円玉が入ったやつを取り出して、水を入れた小さい土器と空の土器を用意する。

 空の土器の中に塩を入れて飽和する量の水を加えて食塩水を作っておく。

 そして、細かくした竹の先を一部割いたのを並べて挟み込んでから紐で縛った、竹ブラシを片手に十円玉を水洗いして表面の汚れを除去したものを食塩水の入った土器へ放っていく。

 川原の水は大体中性と呼ばれるph7前後である6.5~8.5だが、火山岩の取れる此処の川はphが8.5寄りであるのに加えて、食塩である塩化ナトリウムに含まれる塩化物イオンが錆びた酸性部分を溶解する手伝いをしてくれる訳だ。

 これで表面の錆びた部分が中和されて綺麗な十円玉に戻る事になる。

 

「……ま、そんな楽にはいかねぇよな」

 

 あくまで表面の錆びが取れるだけで、傷の付いた部分から内側まで錆が至ってしまったものは使い物にならない。

 一キロ無いくらいの量から三分の一がそのまま使用できそうなもので、残りは三千年の波に負けたようだった。

 この様子だと一度インゴットみてぇにして不純物を取り除いた物を作った方が良さそうだな。

 そうすれば斧ヘッドとノミ、まぁ薄い手鏡くらいの量はできるだろうな。

 手鏡は平たい丸い石に纏わせて表面だけにコーティングすれば事足りるだろう。

 

「……いや、斧のヘッドは幾らか重さが欲しいし、もう少し、と言うか全部取ってきた方が良さそうだな」

 

 カナメの言っていたレトロゲーセンから回収した量は片道でなんとか持ってこれる量だけだった。

 その時はガラス片も回収してたので十円玉の量は片手の土器に収まる程度しかなかった。

 後々の事を考えれば、鋳型で鋳造するよりも鍛造した方が斧みたいな頑丈性を重視する道具は良い筈だ。

 そうなると木槌で鍛造なんて出来ないのでハンマーのヘッドも作る必要がある。

 先にハンマーヘッドを作ってから斧ヘッドを鍛造し、斧ヘッドの反対側を鎚状にしてやれば良いか。

 

「んで、鋳造ハンマーを溶かして水車で動く鍛造用のハンマーを作っておくか。デ・レ・メタリカ、先人の知恵ってのはおありがてぇもんだな」

 

 追々鉄製のものを作るとなりゃ流石に人力はきっちぃ。

 ……大樹が居ればどうにかなるか、あいつを鍛冶屋に仕立て上げるのは将来的に有りだな。

 鉄筋コンクリートジャングルだったかつての現代の名残として、土の中で埋まってる鉄筋を再利用できれば良いんだがな。

 建造物に使われていた鉄筋は鉄鋼なので刃物の類はこれを利用したいもんだ。

 かつて製鉄に使われていた踏鞴場は、簡単に言えば粘土で作った煙突に巨大な踏んで使う鞴を両側に取り付けられた物だ。

 煙突状にする事で空気の流れを下から上に突き上げさせ、空気を取り込みやすくした形状を巨大化させた訳だ。

 小さい物で例えるならばスウェーデントーチだろうな、丸太にL字の空気穴を抉り抜いて着火剤を真上の穴に差し込んで使う物だ。

 煙突効果と呼ばれる内部と外部の温度差によって、下から空気を吸って上から吐き出す自然現象を利用している訳だ。

 これにより、内部は温度が上がって密度が下がり、低密度になった事で浮力が生じて外に出るんだが、この時に生じた圧力によって下から空気を吸い込む訳だ。

 暖炉で生じた煙が部屋内に充満せず、煙突の先から外へ吐き出されるのはこの現象が起きているからだ。

 

「専用の水車を作って製鉄用のブロアーを作らねぇとな……。くくくっ、やる事が多くて大変だな」

 

 ……だからよぉ、早く石化から復活しろよ大樹。

 お前ぇがいねぇとできねぇ事が多いんだ、自慢の馬鹿体力を活躍してくれよ。

 非力な自分の弱さを噛み締める度に考えちまう、お前の居ない世界はちっとばかし広過ぎるぜ。

 

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