石の上にも三千七百年   作:不落八十八

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#40

 カナメに立派なラボを作って貰った翌日、俺たちは一心不乱にカンナで削って小さな板を作りまくっていた。

 午前中に二人で檜を伐採し、真っ直ぐに割れる様に導線のために溝を入れて薪割り宜しく叩き割ろうと準備するまでは良かった。

 問題は俺らに知識はあれども技術が無かった事だ。

 檜風呂に用いるための板はなるべく平らで真っ直ぐであるべきだし、何なら接地面のカンナ掛けもするつもりだった。

 ……だった、んだ。

 パッカーンと割れる、だなんて安易な考えは数度と打ち込んだ青銅製の斧が刻んだ跡の様にぐちゃぐちゃになった。

 

「……原因はまぁ明らかだな。伐採したばかりの生木が綺麗に割れる訳がねぇ」

「……乾燥もしてなければ防虫もしてないから中身はランダムだし。……うへぇ、あのキモい絵面思い出しちゃった」

 

 漸く半ばまで割れたその断面から腐臭と共にうじゃっと這い出た虫たちにカナメは即座に逃亡し、蚊遣火セットと台所の火のついた薪を掴んで一心不乱の大殺虫したのがつい先程の事だ。

 鳥肌が立つ素振りを見せて背中を震わせたカナメは死んだ目を浮かべて手を動かしていた。

 今は半分に割った檜の丸太から当たりと外れを分けた上で使える部分を燻煙乾燥させ、加工している真っ最中と言う訳だ。

 また簡易的な湯船型の風呂を作り、本格的な物は後日作る事にした。

 ……じゃないと落ち込んだカナメの機嫌は治らないだろうしな。

 簡易風呂は座り込んで丁度良いくらいの深さに掘り、中で炭を焼いて表層を焼成してから檜の板を敷き詰めて完成だ。

 前のはウッドアッシュモルタルが剥がれて来てしまい耐久性に難があったからな。

 檜の、と言うよりも木材で風呂を作りたがってるのはそれが理由だろう。

 カナメは、白發中と言う少女は、最善を得るために安牌を求め続けている様に見える。

 最善を打つために次善の選択肢を増やしては風呂敷を広げに広げ、石橋を叩いた挙句に隣に鉄筋橋と渡し船を用意する様な知識と強かさが垣間見える。

 今思えば、あの日大樹を通じて俺と友人になった事も何かを求めての事だったんじゃないかと思う。

 ――科学部の麒麟児、ね。汎用人型決戦兵器とかチェンジゲットしたりパイルダーオンするスーパーロボットとか鉄の棺桶と呼ばれそうなのとか作れたりする?

 ……だなんて、何と闘うつもりだテメーと言った戯事を抜かす始末だった。

 ただ、その揶揄う様な内容の問いが、絶望の淵から救いの綱に手を伸ばす仕草に見えて仕方が無かった。

 

「……何でか、手を離しちゃいけねぇなと思ったんだったな」

 

 カナメが檜の板の微調整を俺に任せ、簡易風呂予定地を掘りに行って此処に居ないが故にそんな事を呟いた。

 大樹と言う善性の化身により人間性をラーニングしたからか、当時の俺はカナメの事を気にかけていた。

 まるで死期を悟った猫が如く、死に場所を探し彷徨う様子でありながら、あるかもしれない希望をついでに探す様な雰囲気をしていたからだ。

 ……そういや、俺の髪色やツンツン具合に酷く関心を持ってたっけな。

 先天性の髪質だ、と答えたら仄かに陰のあった瞳に光を灯して何故か懐かれたが。

 

「…………そう言えば」

 

 小さく、それはもうか細い声で、可能性あるな、だなんて呟いていたっけなあの時。

 そして時々、確定かなこれは、とか意味深な事を呟いて頷いていたりもしていた。

 ……何らかの思惑があって俺たちと連んできた事は明らかだが、それが悪意から来るものとは思えなかったし、何よりも焦り疲れた様子でもあった。

 その反動からか悩みから解放された雰囲気で溌剌としており、余裕が出て来たのか俺に猫宜しく擦り寄る回数も増えている。

 縋るための依存対象と言うよりも、お気に入りの毛布の寝床と言った様子なのが、俺の理性をガリガリと爪研ぎ宜しく削っている現状である。

 家族関係は良好に見えたし、周囲の人間関係も悪くは無かった筈だが、マジで何に恐れていたんだ。

 

「……ま、良いか。本拠点に越して来てから精神的に安定して……」

 

 その精神的余裕からか、一段階上がったスキンシップをする様になったのは困惑の極みだが。

 男友達にする様な内容じゃねぇだろ勃起チェック。

 まさかと思うがライオンに出会して命の危機を感じて生存本能が刺激されての事じゃねぇよな。

 種を残そうとする動物的無意識が突き動かしている可能性は……、割と有り得るな、未文明サバイバルの真っ只中だからな……ッ!!

 ……いやまぁ、何となく、俺の自惚れで無ければそう言う感情を向けられている事は分かる。

 何せ、大樹と杠と言う焦ったいサンプルを見続けて来たが故に、それに当て嵌まるのでは、と思う所が多々ある。

 

「……ぁ゛ー、大樹、すまん。これは確かに踏ん切りつかねぇわ」

 

 あの日、全人類が石化されたであろうその日に、杠に告白をしようとしたお前を揶揄ってマジで悪かった。

 関係性がどっちに転ぶか分からないこの感覚から逃げて胸の内に秘めようとする心地が理解出来てしまった。

 科学とはバトンリレーであり歩みの歴史だ、それに連なる科学者の一端として俺は立っているというのに、もう一歩先に進むための足が動かない。

 恋愛、という化学式と計算式で算出できない感情に振り回されている心地があった。

 大樹が杠に恋い焦がれる様子を見て常に疑問に思っていた、人を愛するというのはどんな感情なのだろうか、と。

 雄が雌と交尾をしたいという肉欲的で本能的な感情なのではなく、その先にある、いや、その前にある相手を想う心は文字で形容できるが事象として体感する事は難しい。

 母親と父親が産んだ子を大切にする感情が愛情と形容されるならば、その前段階であると形容されるべき恋とはどういう感情なのだろうか。

 俺には分からず、大樹は知っているその感情とはいったいどう言ったものなのだろうか。

 知りたい、と脳裏で燻る知識欲が、もう知っているだろ、と囁く本能に煽られている気分だった。

 ……嗚呼、もしくは、この形容し難き感情ありきの名状できない声にならないこの言葉こそが、恋、なのだろうか。

 

「……わっかんね」

 

 思わず口から出た言葉に頭が冷えていく。

 脳裏の大樹が、考え過ぎだぞ千空、とアホみたいなドヤ顔で笑った気がするが、分からない事を確かめたくなるのは科学者の常だ。

 止まっていた作業を再開して、檜の板の表面をささくれない様にカンナで整えていく。

 黙々と風呂板を量産し終えて、簡易風呂予定地に向かうと既に掘り終えたらしいカナメが仕切り壁を打ち込んでいた。

 ……相変わらず仕事が早くておありがてぇこった。

 一メートルに満たない長さの四角に掘り込まれ、木槌で転圧された様子が見えて随分と頑丈そうに作られていた。

 後は此処に檜板をレンガ宜しく積んでいき、隙間を埋めれば完成な訳だ。

 

「何というか……これはこれで趣があるね?」

「……だな」

 

 出来上がった簡易風呂を見て、温泉街にありそうな足湯っぽさがあったが流石に言葉を飲み込んだ。

 簡易と称するには完成度が高いというか、露天風呂と称するのが正しいだろうか。

 まだ一ヵ月も過ぎていないが、作り上げた建築物の経験が活きていると言うべきか。

 前回は湯沸かしに焼いた石を放り込んでいたが、そのまま入れると風呂の底が痛みそうと言う理由で焼いた石を受け止めるために平たい石板を隅に設置する方針となった。

 出来上がった露天風呂へ川の水を土器リレーして汲み入れて焼いた石を投入して待つ事数分、ぐつぐつと沸き立つのを確認して湯水の煮沸を二人で見届ける。

 

「おぉー……、結構良い匂いするね」

「一応乾燥はしてるしな、若干燻煙の匂いもするが……まぁ許容範囲だろ」

「そうだね。湯加減は……」

 

 先走って徐に指を突っ込もうとするカナメの手をぺしりと叩き落とし、てへりと舌を出してペコちゃんしたのを見て肩を竦めた。

 オール擬きな木板で焼き石を何個か取り出して温度の上昇を止めて、掻き混ぜて空気を含ませて温度を調整してやると隣でカナメはヨオ~ホホ~ヨイと口ずさんでいた。

 

「草津か」

「次の拠点は温泉地帯に作ろうね」

「引いちまうか源泉」

「正直憧れるよね、自宅に温泉引くやつ」

「掃除が大変そうだけどな」

「ぁー……、まぁ、掃除の疲れも温泉で取れるでしょ」

「成程な、近くの温泉ってーと……」

 

 大体の方角に視線を向ければカナメも追従して顔を向けたが、こてんと首を傾げていた。

 箱根だ、と教えてやれば、箱根かー、と暢気な声が返ってくる。

 

「温泉街が丸ごと温泉の湖になってたりするのかな」

「どうだろうな。仮にそうなってても火山の噴火で埋まってそうだが」

「え、だとしたら掘り当てる所からしなきゃじゃん」

「あ゛ー……、流石に湧き出てる所があると思うぞ、間欠泉みてぇにな」

「噴水みたいにぶぁーするやつだっけ」

「あぁ、三千七百年も経ってるんだ、そういう所が増えてても可笑しくはねぇ」

 

 だなんて会話をしてからカナメに一番風呂を譲ってやり、俺はそそくさと拠点の方へと戻って竈に火を入れた。

 遠くからあ゛ぁ゛あ゛ぁ゛だなんて気の抜ける声がぼんやりと聞こえてくるあたり、大分お気に召したらしい。

 ついでに夕飯の準備もしておくか、少し早いが多少は誤差だ。

 燻製にした小さいアジを叩いてから団子にしてつみれ汁にし、カナメがごっそりと採取してきた食べられる野草群を土器から一掴みして水洗いしてから投入して塩で味付ける。

 メインになる燻製した鯖を捌いておき、竹の葉の皿に乗せて並べておく。

 今焼いちまうと俺が出る頃には冷めてるし、何より加減が強火しかない石板では後に託すのはリスキーだ。

 ……にしても、苦無く食事が出来る環境が出来てるのは本当に有り難いな。

 かつての縄文人宜しく木の実を潰して鳥の卵を混ぜて焼く様な素材の味100%な物を食べるのではなく、燻製して風味と塩気のある魚類や食べられる春の野草に塩漬け肉が食卓に並ぶのは今の環境では感動物だ。

 

「まぁ、それに……」

 

 一人で食べる飯よりも誰かと食べる飯である、と言う事が一番の要因なのかもしれないけどな。

 対面して子供の様に食べていた百夜の朗らかな顔が一瞬浮かび、そして、隣で溌剌な顔を浮かべるカナメの笑顔に入れ替わった。

 ……此処にあの五月蠅い大きな馬鹿も居てくれればもっと美味く感じるのだろうか、だなんてセンチメンタルな感傷を抱いて溜息を吐いた。

 一人じゃないと分かっているからこそ、俺だけになった途端にこんな事を思ってるんだろうな。

 夕方を越えて一番星が輝き始めた頃合いの空を見上げ、簡易風呂でくつろいでいるであろうカナメも今頃見上げている事だろうと思いながら。

 いつか、そこに辿り着くと決心した時の事を思い返しながらそっと手を伸ばして――。

 

「どうしたの千空?」

 

 掌の指の隙間から見えていた欠けた月と入れ替わる様に、小首を傾げたカナメの顔がそこにあった。

 随分と長い間、宇宙に想いを馳せていたのだと理解したのはしっとりと濡れた髪や上気した顔色を確認したからだった。

 なんでもねぇさ、と適当に誤魔化して夕飯の続きを任せて簡易風呂へ向かう事にした。

 

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