石の上にも三千七百年   作:不落八十八

41 / 57
#41

 檜の板で作った簡易的な露天風呂を一日掛けて作った翌日の事、オレと千空は貯蔵庫から一つの土器を取り出してそっと居間の机の上に置いた。

 板に刻んだカレンダー替わりの日数経過の記録は二十七、つまりはあの日千空と出会った日を四月一日と設定した日から二十七日が経過した事を示していた。

 天才的な千空はカレンダーの重要性を疑問視していたが、凡人なオレはふと日付を忘れる事があるので日記めいた感覚でこつこつと刻んでいた訳だ。

 

「こいつを用意してから三週間はまだ経ってねぇが……」

「正確には明日で三週間だけど、まぁ、匂いからして誤差だよねって事で……」

 

 日課として掻き混ぜ続けた事で匂いの変化は分かっていたが、予め決めていた三週間は様子を見ると言う取り決めから試飲をせずにいた。

 けれども、流石に味のついてない水をメインに飲み続けていれば白湯と言うバリエーションがあっても飽きは来る訳で。

 ちょっとだけ水に溶かして苺ジュース擬きにしちゃ駄目かな、と言うオレの提案に、同じく飽きを感じていたのだろう千空もまた少しの逡巡の後にOKを出したのだった。

 と、言うのも仕込んだあの日から量が要るだろうと野苺を潰した予備を幾つか用意していたので、まぁ少しぐらいなら、と折れてくれた訳だ。

 竹で作ったなんちゃって笊で果肉などを取り除いた野苺汁がお椀の土器へと移っていくのを見届け、出来上がったそれを見ればカビなどが繁茂している様には見えはしなかった。

 念のため、お互いに小指で掬い取ったそれを舐めて見れば微かにであるが酒精の感じを味蕾が捉えた。

 ……同時に、前世で飲んだ水増しされた可哀想なワインの味を彷彿させる味の微妙さに肩を竦めた。

 

「……この野苺ワインは出来損ないだ、飲めたもんじゃないね」

「なんでワインの味を知ってるんだ未成年?」

「…………それはそれとして」

「おい」

「それは、それとして! 弱いけど酒精を感じるね」

「ったく、飲み尽くすんじゃねぇぞ? 振りじゃねぇからな。……まぁ、そうだな。くっそ不味いが、あくまで工業用だ、何も問題はねぇ」

 

 つまりいつかは常飲用、事業化するって事だな千空!

 そんな期待を込めた視線を向けたら胡乱な眼差しを返されたのでしらを切っておく。

 飲酒しながらの麻雀楽しいんだもん、なんかこう破滅への旅路って感じでさ。

 缶ビールに焼き鳥頬張りながらやる麻雀は麻薬的なんだよ。

 ……いやまぁ、オレの名前からして麻雀関係だろうと全国麻雀部活路線のヤマを張ったのが外れたので、ならば闇深暗黒麻雀系か、と思い至ったスタイルだったんだがね。

 カードホビー系列な潔いヤクザさんしかトラブらなかったけども。

 麻雀ファイト、レディ、ゴー! みたいなノリだったしなぁ。

 あの青春百合麻雀な漫画にオレが登場するとしたら、対局中に焼き鳥食べると焼き鳥にならない、あたりの能力だろうか。

 戦績的にそんな感じなんだよな、偶然だろうけども地味だなぁ……。

 

「ちっとばかし薄いが、アルコールを抽出するなら蒸留だから問題ねぇな。ただ、量が不安だが」

「なんでオレを見ながら言った千空? 流石にこんなの飲み干す程悪舌じゃないよオレぁ」

 

 んべっ、と舌を見せながら心外だと抗議すれば、千空の視線が伸びた舌及び口腔に向けられていた。

 ……随分と熱い視線だな、火傷しそうな気分だ。

 あー……、うん、体勢が問題か、前のめりになって口を開いて舌を伸ばす少女の姿だなんてセンシティブ極まりねぇわ。

 右手の人差し指と親指で輪っかを作り口元に当てて、妖しいメスガキな表情を浮かべて揶揄ってみると効果は覿面だった。

 凄まじく気まずい表情になり、頬をやや赤らめた千空は思わずといった様子で視線を逸らした。

 初心なやつめ、愛いやつ愛いやつ。

 

「んで、その憂いを払うのが此方になりまーす」

「……は?」

「松葉の新芽と水飴と水を混ぜて発酵させといた松葉酒だよ、まだ未完成だけども」

「やっぱり飲酒常習犯だなテメー。うちでつまんでたの知ってるからな」

「バレてたかー。煙草は吸わないから健全の範疇でしょ、適度な量だったしさ」

 

 こっそりと仮拠点から移設しておいた松葉酒の入った土器をお出しすると、この酒カスぅと言わんばかりの視線が向けられた。

 だが、この松葉酒を作った理由はオレが酒精を欲しかったのもあるが、一番の理由は薬膳酒のためだ。

 松葉酒は松の新芽という時限な材料が必要であるが、残りは砂糖と水で作れるお手軽レシピ。

 効能は抗酸化作用に血行促進作用とデトックス作用であり、此処に各種慈養強壮の漢方素材を加える事で未文明サバイバルにおいて一番重視すべき健康を守る術になるのだ。

 と、力説してやれば複雑な表情を浮かべた千空が訝しげな眼差しを向けてきた。

 

「んで、未完成ってのは発酵が足りないって事か」

「そゆこと。今の完成度は5%以下だからねぇ、ジュースにしかならないよ」

「……完成すると幾つだ」

「大体15%くらいだね!」

「日本酒並じゃねーか、問題点は?」

「作れる水飴の量が少ないから発酵が弱いんだよね。これも結局糖分をアルコールにするからさ。大根とじゃがいもの畑は作ったけど収穫は半年ぐらい先だし。松の葉の新芽を集めて酵母みたいにしとけば後々で量産できる……かも?」

「ビール酵母みてぇなもんか。ドライイーストみてぇにしておけば大量生産も夢じゃねぇわけか」

「そそ、果実からワイン作るのも良いけどサブプランはあった方が良いよねって準備しといたんだ」

 

 むふー、と誇らしげに無い胸を張ってみれば、やや訝しさの抜けた視線になったが、呆れた色は抜けてなかった。

 

「……はぁ、なら野苺と組み合わせれば尚更に発酵できたんじゃねーか?」

「あっ」

 

 元々が養命酒の様な薬膳酒を目的としていたので、松の葉のみの物を用意したかったが故のミスだろう。

 今回作るのはアルコールを取り出すためだけの工業用の物、味を気にしなければ混ぜても良かったかもしれない。

 というか完全に薬膳酒として飲む方向に頭が舵切っていたので当然の結果と呼べるミスだった。

 

「……ま、今後の研究の一つだな。カナメが言う様にサブプランはあればある程良いしな。良いサプライズだったぜ」

 

 だなんて慰めの言葉を受けたオレはその場に崩れ落ちた。

 へへっ、どうせオレは呑んだくれの不良少女だよ……。

 わしわしと項垂れたオレの頭を千空が撫でてくれたので機嫌を直すとしようか。

 実際問題、野苺から糖を抽出して松の葉で発酵させた方が早いのは事実だし、ジャムみたいに煮詰めて濃縮してから仕込めば良いかな。

 最初は蒸留のための冷却装置と煮詰めの土器を連結していたが、上部に冷やすための水を据える関係上温度差で土器の破損が懸念された事で改良版になっていた。

 アルコールの気化温度は大体68.5℃程から始まるとされており、水の気化温度よりも低い事を利用して温度調整によって気化した物を冷却装置によって液体に戻すのが蒸留の原理だ。

 この蒸留した物を幾度も蒸留していくとアルコールの度数は強くなっていき、俗に言うところのウイスキーや焼酎、果てにはスピリタスといった物が分類される蒸留酒となる訳だ。

 

「……で、どうやって温度の調節するの?」

「……どうすっかな」

「えぇ……」

 

 と、言う事で弱火でじっくりとことこと煮る事が確定したのだった。

 水を入れた土器を使って試行錯誤を繰り返し、程良く離れた位置で長時間の蒸留作業で午前中が潰れた。

 昼休憩を取り、蒸留して精製された物を集めて再び蒸留する流れを繰り返し、漸く出来上がった物を竹筒の容器に密封する。

 

「一応これで理論値96%のアルコール、で良いのかな?」

「お手製だからイマイチ確証はねぇけどな。嗅いだ感じはそれ相応って具合だからまぁ大丈夫だろ」

「ねぇ、千空」

「なんだ、カナメ」

 

 四個の土器で作った野苺ワインから精製されたそれは土器一個分に満たないぐらいの量しか作れなかった。

 理由は単純に野苺に含まれる果肉部分によりそもそもの量が少なかった事もあり、この竹筒二つに収まる程度の量しか出来なかった事は想定内、らしい。

 

「……実験にこれ、足りる?」

「んー……、足りないな! ピペットできっちり測れる訳じゃねぇんだ、完成は相当厳しいもんになるだろうな」

「ですよねー……」

 

 野苺と松の新芽によるアルコール原液の量産が必要不可欠となった瞬間だった。

 早速千空はあの洞窟から硝酸の入った土器を取りに行き、オレは手渡された竹筒二本を千空ラボの貯蔵スペースに仕舞い込んだ。

 量も少ないし、おちょこサイズの小さいビーカー擬きとして細い竹を節切りしたのを用意しておくかね。

 こういうのって分量というよりも比率だから量が少なかろうが%が合ってれば良い筈だろうし。

 ついでに貯蔵庫から集めた燕の石化物もこっちに移しておくか。

 

「ふぅ、なんだかんだでいっぱい増えたなぁ」

 

 千空の石化解除の研究に必要そうなものを片っ端から詰め込んだラボの一角が埋まったのを見て独り言ちた。

 これから千空は研究のために此処で頑張る訳だし、松の新芽とかの回収とかドライ化とかもやらなきゃなぁ。

 数ヵ月、一年、もしくは数年は掛かるかもしれないが、千空ならきっと遣り遂げてくれるに違いない。

 そのためにもオレは生活基盤の強化を進めないとなぁ、主に食料関係。

 研究が完了したら杠と大樹も生活に加わる訳だし、お腹が空かない様な状況にしておかないと。

 食料の養殖となると現実的なのは蛙だろうか、肉にして良し、出汁にして良しのタンパク質だ。

 もしくは少しだけ遠出をして淡水魚が釣れそうな場所を探して生け簀を作るのも手だろう。

 塩もあるから鹿肉を塩漬けにして保存食を作るのも良い。

 ……やれる事は多いな、松葉酒を薬膳酒にするための鹿の角とかの加工もそろそろ手を出すべきか。

 

「くはは、生きるって大変だぁ」

 

 思わず笑みが零れる程に遣り甲斐が、生き甲斐のある生活に満足感が込み上げてくる。

 嗚呼、漸く地に足を付けて生きているという心地になってきたのもあって良い気分だ。

 うーん、未文明サバイバル、最高だな、たーのしー。

 そう言えるだけの気力と余裕がある事の幸運を今は噛み締めて居たかった。




松の新芽による発酵でアルコールを作れるのは、原作初期には無かった野菜が今作にあるから出来たのであって、多分見つけていたら千空も作っていた事でしょう。
砂糖ってサトウキビやらの植物が必要なので、科学畑から取れない物質であるので難易度高いんですよね。
自然の力でしか精製できない砂糖ってマジで凄い物質だよなぁ、と色々と調べてて思った次第であります。
人工甘味料のスクラロースとかも、始まりの部分にショ糖が必要なので化学的な甘味料といえども自然の力が必要なのだと思うと、自然ってすげー、だし、砂糖から人工甘味料作るとか、かがくのちからってすげー、となるので、クロムくんが「すげぇ!」を口癖にするのも分かる気がするぜ。

ちなみに今作に大根やらじゃがいもがあるのは、葉の付いた上の部分やら分割された姿でも土に植えたらまた生えてくる様な強さのある野菜だからですね。
決壊したダムの洪水などでスーパーマーケットから土砂交じりに排出された先でまた生えてそうだなぁ、と思った次第で。
アスファルトから這い出たド根性大根とか生命力の化身だよねっていう。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。