石の上にも三千七百年   作:不落八十八

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 カナメに作って貰ったラボで只管に考えを纏めては脳内のメモ帳に書き綴る。

 と、言うのもナイタール液はエタノールと硝酸の溶液である事は確かだが、今手元にある素材が天然物とお手製の物という事から硝酸10%以内で作る正規のナイタール液と同等かと言われれば否と言わざるを得ない。

 

「……はぁ、カナメが野苺を摘んでこなきゃ、今頃物理的なアプローチでこの燕を解明しようとしてただろうな」

 

 手に持った石化した燕を眺めつつ、幾つか見つかった燕の小さな羽根を濾過した硝酸に浸した物を見るが進捗は無い。

 エタノールに硝酸10%以上含まれた物は爆発の危険性がある事から限界を知るために、試しに小さい竹ビーカーでエタノール9:硝酸1の割合で作った物を作成して見たが爆発する事は無かった。

 となるとエタノールが理論値に達していないか、そもそものこの硝酸が硝酸擬きである可能性も在り得る。

 そもそもの話、あの洞窟で得られた液体は蝙蝠の糞尿から精製されたであろう硝酸であるが、正確には硝酸塩であり硝酸ではない。

 と、言うのもオストワルト法やハーバーボッシュ法などの硝酸の生成と違い、糞尿などの尿素からアンモニア、亜硝酸、硝酸と変化していく方法は硝化菌の発酵によるものだからだ。

 実際、天井から滴り落ちているあの硝酸の液体は、天井の何処かにある蝙蝠の巣で溜まった糞尿が硝化菌により生成された硝酸塩が雨などの濾過水などを通じて零れ落ちているだけだ。

 つまり、俺はエタノール擬きと硝酸塩液でナイタール液擬きを作るしかない訳だ。

 硝酸塩を硝酸にする事はできないため、真に硝酸を作るとなれば金属物質の媒体が必要になるため難易度が爆上がりする。

 

「最初は爆発する割合、そもそも爆発するかのデータが必要だな……。可能性がある以上安全性を確かめねぇと持ち運びも厳しいかもしれねぇ」

 

 ミニ竹ビーカーで大体30ml、駄目だなこの量だと検証だけで使い潰す。

 ピペットがあれば一滴ずつ調べられたが、そんな便利なもんはありゃしねぇ。

 やや撥水性のある葉っぱを拾って来て折り畳んでピペット代わりにしてみたが腕の震えで滴数が変わるわ一滴の大きさが一定じゃないから駄目だった。

 どうしたものか、と竹椅子の背凭れにどっかりと背を任せるとやや低くなった視線になった事で作業机の横に備わったそれを見つけた。

 竹筒で作られた小物入れ、だろうか。

 細かい器具を入れるのに便利なもんをカナメは前もって作ってくれていたらしい、助かるぜ。

 

「ん、こいつぁ……」

 

 それは一見ただの細い棒だったが、よく見れば持ち手が太く、先端側が細く削られていた上に徐々に細くなる溝が彫り込まれていた。

 あからさまにぽっかりと開いた持ち手側の窪みへ水を垂らし、先端を下に傾けてみれば溝を辿って水滴が零れ落ちた。

 ……助手として完璧かよ、手先器用だなぁおい。

 滴下による実験が可能になった事で手間が大幅に削減され、危険視していた爆発する可能性を探れるようになった。

 これにより半々程の比率で爆発する可能性が帯びる事を確認でき、安全マージンと呼べる安牌を得た。

 後は只管に濃度の比率を変えた溶液を作り、砕いた燕の石化片に掛けて調べていくだけだ。

 一滴一滴を慎重に加える精密作業となった事で時間は掛かるが総当たりするだけで良いのは気が楽だった。

 何かしらの変化が見られない状況は続き、想定していた比率全てを熟しても石化片は元には戻らなかった。

 

「……どういう事だ、前提が間違ってたか? 俺やカナメが復活した時の状況からして硝酸の影響は確かにあった筈だ」

 

 石化状態だなんてそもそもがファンタジーに足を突っ込んでいる状態であるが、物質として存在している以上何らかのプロセスを持って生じた結果である筈だ。

 ゴーゴンの蛇の目を見てしまい石化するだなんてとんでも理論よりも、この掌に乗っかる石化した燕や数週間前の俺らという現実に存在している証拠がそれを物語っている。

 で、あれば、状況証拠として硝酸を浴びていた俺らが復活できた事は正解の道を辿る道標になる。

 雨や風による風化――否、カナメは崖の下の窪み地帯に居たとの事だから決定打成り得ない。

 何かしらの生物による物理的接触――否、それが本当なら巣作りされていたカナメは俺よりももっと早く復活していた筈だ。

 浴びた硝酸の量――やや是、あの洞窟から流れた物を浴びていた俺と硝酸塩溜まりに居たカナメは一定以上浴びていたと言える。

 後考えられる事は……、意識があったか、とかか?

 

「これが一番可能性は高いか? 五体不満足な石化した人間が多い上に、意識を保っていた俺やカナメ、恐らくではあるが大樹の身体には欠損部位は無かった。杠はそもそもクスノキに巻き込まれていたから身体が保護された状態だしな」

 

 そもそもの話、三千七百年も意識を保っていたとして、動く脳のエネルギーは何処から来たんだ、となる。

 飲み食いできない状態で意識を保つ、つまりは脳を動かすためのエネルギーを石化状態にした何かは保有していた。

 ……石化した状態はカナメが言っていた様にコールドスリープの亜種であり、石化状態による生命維持を可能としていたと言う説が現実味を帯びてきたな。

 そうなると浸透する量に問題があったのかもしれないな。

 燕が未だに意識を保っているとは思えない、つまりは石化状態を保持するためのエネルギーを使い果たしているとは言い難い訳だ。

 エタノールと硝酸塩の比率を9:1、8:2、7:3、6:4、5.5:4.5にしたものを用意し、石化片を入れて暫く放置して経過を見る事にした。

 先程の考えが正しければ、この溶液は所謂DoT、毒ダメージなどのスリップダメージの様な形で石化状態を維持するためのエネルギーを徐々に減らしていくための腐食液だ。

 つまり石化した大樹を洞窟で硝酸塩溶液の滝行をさせても石化が解除されなかった理由は、DoTの数値が低過ぎて総ダメージ量が低かったからと言い換えられる。

 

「ククク……、良いねぇ、良い感じに煮詰まってきやがった。久々にやる手探りの実験、唆るぜこれは」

 

 実験をする時はその内容や工程を考える時間も楽しいが、この試行錯誤に溺れる過程もまた捨てがたい。

 にっちもさっちも行かず、三歩歩いて二歩下がる様な日進月歩な過程こそが科学の歩みと言えるからな。

 松葉酒と野苺によるアルコール素材が量産され、理論値アルコールの生産目途が立てば一%ずつ刻む方法も試せるようになる。

 カナメと言う最高の助手のお陰で俺はこの現象を解き明かす事をとことん追求できる訳だ、おありがてぇ限りだぜ。

 ……と、研究を始めて一週間ぐらい経っている訳だが中々進捗は進まなかった。

 お手製エタノールと硝酸塩の組み合わせによるナイタール腐食液の正解が目に見えて出て来ない事もあり、五里霧中といった散々な経過が残酷にも過ぎた。

 あーでもない、こーでもない、と数値を変えては作り直してを繰り返していると、ひょこりとカナメが顔を出した。

 

「進捗どうですか?」

「うぐぁっ、や、止めろカナメ、それは研究者にマジでキくからよ……」

「うーん、何が駄目なんだろうね」

「さっぱり分からん。そもそもの話だが、ナイタール液はエタノールと硝酸の溶液であって、エタノールと硝酸塩の溶液じゃねぇからな。加えて、石化現象のメカニズムが分からない以上、暗闇で手探りし続けてるみてぇなもんな上に当たった感触すらも掴めねぇ」

「何も分からない事が分かった、って感じかな」

「まぁ、そうなるな。悪ぃがカナメ、次のエタノールの準備をしておいて貰って良いか? そろそろ量が心許無くてな」

「かなぁ、と思って作っておいたよ。試飲してみてスピリタスに近い感じの酒精になるくらいのをね」

「……ん?」

「へ? いやほら、スピリタスって度数96%じゃん? なら千空が言ってた理論値96%ってスピリタスの事じゃんね?」

「…………因みに何回蒸留した?」

「え? そりゃ七十数回ぐらいはしたよ? スピリタスって大体それぐらいは蒸留するお酒だし」

 

 青天の霹靂だった。

 そうか、俺は販売されているアルコールの度数や臭いなどは知っていても、本当にそうなのかは嗅いだだけじゃ分からない。

 だが、此処には実際にスピリタスというポーランドのウォッカを飲んだ事のある不良娘が居た。

 あの日作った野苺ワインから作ったエタノールの主導は俺がやり、その完成度も俺が十分だと思うくらいの物だった。

 蒸留回数が三十数回の半端な物を俺は理論値エタノールだ、と宣ってしまった訳だ。

 後々で素材に問題があるのではと蒸留回数を気にする事が無ければ、俺はきっと理論値に届かないエタノールで実験をし続けていたに違いなかった。

 

「じゃあ、なんで野苺ワインで作ったエタノールの時に言わなかったんだ?」

「へ? お酒の度数と工業用のアルコールの%って同じなの? オレは理論値96%のアルコールってのを知らなかったから千空がこれだって言ったからそうなんだって頷いてただけなんだけど」

 

 あ゛ぁー……、そっか、そうだよなぁー……。

 こいつはマタギ系ガールで飲酒常習者の不良娘であって、俺と同じ知識を持ち合わせている研究者じゃねぇもんなぁ……。

 なまじっか話が合うからか素の知識の差異を疑問視してなかった俺が悪かったし、何よりも少し違う気がするがなんとかなるだろと若干手を抜いた俺が原因のミスだ。

 違ったの、と小首を傾げながら手渡された竹筒を受け取り、再度実験をして見れば7:3の割合で混ぜたお手製ナイタール溶液はあっさりと燕の石化を解除したのだった。

 科学の歩みとは、分からない道を手探りで調べ続けた過程であり、結果を礎に高みを目指すものだ。

 地道な努力を、時に真っ直ぐに、時に回り道して、進み続けたからこそ開かれる道なのだとすっかりと忘れていた。

 理科室で市販のエタノール液を握っていた時と、竪穴式住居のラボでお手製のエタノール液を握っているのが同じだと思っていたのか俺は。

 少し歩みが狂えば正道から外れる学問なのだと俺はこの日、心で理解した。

 E=MC²、アインシュタインが築いた科学の基礎の上に俺が立っている事を忘れていた。

 

「……科学から離れていた日が多過ぎたからか、どうも日和ってたみてぇだな俺は」

 

 石化から解き放たれた燕がその羽で空へと飛び立ったのを見送り、椅子の背凭れにどっかりと倒れ込む。

 もしもこれが、サルファ剤の様な人の生死に直結するような物の調合だったならば、俺はとんでもないミスをしていた事だろう。

 ……横着する癖、流石に矯正した方が良さそうだな。

 あの馬鹿共の集まる理科室できゃっきゃと実験していた時と違って、今は未文明サバイバルの真っ最中だ。

 溜息を吐いて石化を解除する復活液を手に取り、近くにあった石化した燕にぶっかける。

 数秒の浸透を経て内側から飛び出す様に石化の殻を破った燕が飛び立つのを再び見送る。

 

「理論値のアルコール七割、濾過した硝酸塩溶液三割、これが石化復活液の比率だな」

 

 漸く掴んだ人類復活計画の第一歩、燕による動物実験は終わったから次は人体実験か。

 ……流石にこのまま大樹たちにぶっかけるのは勇気がいるな。

 カナメが作っていた無縁塚から適当なパーツにぶっかけてみて人間にも使えるかどうかを確かめてみるか。

 首の根元の石化片に違和感を感じながら小首を鳴らして伸びをする。

 ラボの机に取っ散らかっている物を片付けてから、次に進む事にしようか。




色々と調べてみて、エタノールに10%以上の硝酸を加えると爆発の危険性があるという文を見てから小首を傾げ、改めてコミック第二巻の「奇跡の水30対アルコール70」の数値を見て首が九十度曲がって宇宙猫しました。
更に調べてみれば糞尿から成る硝酸は厳密には硝酸塩であり、ハーバーボッシュ法などで作られる硝酸とは別物と言う事実に突き当たり、だから10%以上でも問題無かったのかなぁと。
化石にナイタール液を掛けると柔らかくなり割れる様になるとの事ですが、即効性は無く長時間浸けた後の結果なので、お手製エタノールと硝酸塩溶液で出来た石化復活液はDr.STONEの石化現象に対して特攻があった、という感じなのでしょう、タブンネ。
半々の比率で爆発の可能性がー、とか書きましたが信憑性皆無で話を進めるためのご都合主義なので忘れて結構です、はい。
そもそもエタノールと硝酸塩7:3でナイタール液になるのかもアレなので。
有識者の方が居たら捕捉宜しくです。

原作の石化復活液の誕生に時間が掛かったのは明らかに千空の悪癖(横着癖)が理由に挙げられるかと思いますが、恐らくは十月(大樹復活)→十一月(ワイン製造)→冬→春(成功)という流れにして、司との追いかけっこの土台を作るためかな、と。
夏は熱中症、冬は雪中により低温症を引き起こすので、司との追いかけっこをさせるには難易度がえぐい上に、司帝国建設の時期としてもきついスタートを切る事になるので。

ぶっちゃけ、目分量で土器コップを傾けて実験させるよりも、一滴ずつ入れられる道具があれば千空ならあっさりと作れただろ、と。
加えて、千空は科学畑の人ですが、主に宇宙へ飛翔するための熱量が主軸なので、エタノールがアルコール理論値96.6度数の物である事は知ってても味や匂いまで理解し尽くしているとは思い難いのでこういうオチになりました。
横からカナメが適当にがっちゃんこしたら石化復活液ができちゃった、みたいなご都合主義全開なのは流石にちょっとね……。

……え? 長文書き連ねてるけど結局はさっさとZ=1に繋げたかっただけだろって?
それはそう。そこまでに42話も使ってるんだぜこの小説(白目
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