石の上にも三千七百年   作:不落八十八

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#44


 無事大樹と杠を復活させた後の出来事だが、顔を真っ赤にした可愛いカナメに纏わりつかれた事以外は特になかった。

 俺とカナメの寝室と真逆に用意した大樹と杠の寝室に案内してやった時はわたわたしていたが、カナメの力強いサムズアップにより後押しされて就寝の流れになった。

 翌日の朝、日課のようにカナメと並んで水瓶から綺麗な水を使って洗顔したりしていると、顔を真っ赤にしたままの寝不足そうな二人が気まずそうに歩いて来た。

 

「おやおや、お二人さん昨日はお楽しみでしたね?」

「林間学校のコテージを思い出したぞ……」

「あはは……、流石に恥ずかしさで、その、……ね」

「い、今からでも遅くないから男女別にするべきでは?!」

「あん? なんだ大樹。杠の横で寝るのは嫌か?」

 

 ニヤニヤと揶揄う気満々の千空が笑みを浮かべてそんな事を宣った。

 大樹は当然ながら、嫌ではない、嫌では無いが、と狼狽えながら言葉が小さくなっていった。

 まぁ、それはそうだろう。

 何せ片思いの相手が無防備に隣で寝てるシチュエーションだなんて青春真っ盛りなイベントだしな。

 

「ま、そのうち慣れるよ。案外ハマると思うよ、うん」

「ワオ、実感の籠った発言だねー? もしかして二人は……」

「んや? そういう関係じゃないよ、まだ、ね?」

「……は?」

 

 だなんて事を真顔でぶちかましやがったカナメについ視線が向く。

 ニヒリとチェシャ猫の様な悪戯っ気のある妖艶な笑みを浮かべたカナメが貯蔵庫に向かったのを見送って、揶揄われたと思う半分、マジで言ってるんじゃないかと心がざわつく。

 一見それは他の雌に自分の雄が奪われない様に牽制する姿に見えるが、普段の行いからして揶揄いの一種であるとも取れてしまう。

 甘さのある苦虫を噛んでしまったかのような心地に陥った俺を杠はアハーと苦笑していた。

 ……大樹と杠と言う住人が増えて、身の安全が増したから余裕が生まれているのだろうな。

 つまり、揶揄い半分マジな気持ち半分と読み取れてしまう訳で。

 …………流石は自称恋愛マスターだなぁおい、こっちの反応を見て楽しんでやがるなこいつぅ。

 けどまぁ、カナメが俺に告白して来ない理由は昨日言ってたしな、まだ恋愛と言う気持ちが分からないってな。

 

「何て言うか……、元気になったねカナメちゃん」

「だろ? 一ヵ月前から右肩上がりにあんな調子だ。元気溌剌なのは良いんだがな」

「あはは……、まぁ、憔悴してるよりかは良いんじゃないかな」

「だな」

 

 大樹と杠に居間にある水瓶の使い方を教えて、何時ものように戻ってきたカナメと入れ替わる様に川の便所へ向かう。

 ぼっとん式の厠はまだ作れていないので川へ垂れ流す方式であり、ルールとして屋根の所に入ってますよの印として旗を上げる事にしている。

 四方を囲っているが足元は空いているので空気の循環はしっかりとしており臭いが残る事は無いのが救いだな。

 川に垂れ流した後は水をすくって尻を洗い、水を切ってから壁に置いてある水瓶で石鹸を使って手を洗って出る。

 温かい便座にウォシュレットのあったかつてのトイレが恋しいが、一ヵ月も使っていると慣れるもんだな。

 本拠点に戻ってくるとカナメと杠が貯蔵庫と居間をちょこちょこと行き来しており、食事の準備のレクチャーをしているようだった。

 大樹は居間の椅子に座りその様子をそわそわとして見ていたので、俺も隣に座る事で緩和してやる。

 

「因みに食事は交代制とかじゃなくて余裕がある奴がやる仕組みだからな。俺が研究に煮詰まってたり、カナメが革鞣してたり、杠が衣服作ってたらテメーが作るんだぞ」

「マジか!? う、ううむ。恥ずかしい話だが料理なんてした事が無いぞ!」

「いや、カナメに一度教えて貰っただろうがお前。まさかあれ以降してないのか?」

「いいや、作ったぞ。野菜炒め!」

「……安心しろ、ここじゃ焼いて塩振ったのが精々だ。お前レベルでも大丈夫だし、俺でもなんとかなる」

「そうか! それは安心だな! ……? ……それは飽きが来ないか?」

「仕方がないだろ、食料だってカナメが燻製やら藻塩やらで味のヴァリエーションを増やしてくれているが、根本的に食材が少ねぇんだ」

「うーむ、それは困ったな。そうだ! 鶏を探そう! 卵があれば彩りが出る!」

 

 鶏か、大樹にしては良い線突くな。

 実際のところ、適当な飼料で無精卵を産んでくれる鶏を養殖できれば良質なタンパク質を得られるからカナメも喜ぶだろう。

 しかし、問題が幾つかあり、そもそもの話であるが鶏が絶滅してないか不安な所だ。

 と、言うのも、かつて日本で飼育されていた鶏は雉の仲間のヤケイを品種改良された家畜だ。

 家で無精卵を取れるからとペットとして飼っていた物を手放したり、養鶏所から脱走するケースで野生に還るパターンはある。

 しかしながら悲しい事実であるがそのまま野生化できる可能性は低いだろう。

 そのため、三千七百年が経った今でも生きているとなれば野生に適した鶏と言う事であり、先祖返りしてヤケイのそれになっている可能性は高い。

 

「もしも日本で鶏が居るならそう言った関係でセキショクヤケイに酷似しているだろうな。身体の羽根は赤く、尾っぽが黒い鶏だ。何処まで先祖返りしてるか分からないが、痩せぎすだから食肉は適さないだろうな」

「居る可能性はあるんだな千空! ならば、きっと何処かに居るだろう」

「……テメーのそのポジティブシンキング、今はおありがてぇ限りだな。今は良いが追々牧畜を行なうなら鶏は是非とも欲しいところだ」

「そうなると畑も広げないといけないな」

「あぁ、その場合は伐採して広げるか、近場を探して畑に適した場所を探すなりしなきゃな」

「力仕事は任せろ千空! 幾らでも耕してやるぞ!」

「おーおー、そうだな。東京ドームも目じゃねぇくらいに耕させてやるよ」

「東京ドームか! ……どれくらいだ?」

「46755平方メートルだな」

 

 実際に数字を聞いてフリーズした大樹のアホ顔に肩を竦めつつ、今後の展望を考えると畑の拡張はしてぇな。

 今の所出来ているものは、大体纏めると……。

 本拠点、居間と寝室二部屋、貯蔵庫だけの竪穴式住居でちゃんと屋根がある。

 俺のラボ、炭炉、小さな畑、川辺の簡易トイレ、簡易露天風呂、ぐれぇか。

 こうやって羅列してみると案外少ないもんだな、これで生活が成り立っているのは二人で生活する分には十分だったからか。

 

「畑の拡張も良いが、それよりも早急に作らなきゃならねぇもんがある」

「何を作るんだ? スマホか?」

「……スマホ、な。電気も怪しいこの環境で、電波のでの字もねぇのに使えるもんなら欲しいなぁ!!」

「成程、つまり異世界スマホ的な」

「異世界にスマホがあっても使えないんじゃないかなぁ?」

 

 カナメたちが汁物と塩漬け肉を焼いた物を運んできてくれた事もあり、会話は中断する事となった。

 並べられた朝食を前に掌を合わせていただきますと輪唱し、食事を進める。

 がつがつむしゃむしゃという擬音が聞こえてきそうな大樹の食いっぷりに、カナメが貯蔵庫を見ながら心配そうな表情を浮かべていた。

 

「それで、何の話してたの?」

「スマホが欲しいと言う話をしていたな」

「ちっげぇーわ、ドアホ。今後早急に作らなきゃならねぇものの事だ」

「今でも色々あると思うけど……、えーと、ホラ、ドレッサー室とか?」

「入れる衣服がねぇだろ。井戸だ」

 

 大樹と杠は小首を傾げていたが、カナメは成程ねと頷きを返していた。

 そう、確かに近場に川があるため水源を確保していると言えるが、井戸を作るのは何も煮沸の手間を省きたいからという理由で言っている訳ではない。

 

「確か、現代の冷蔵庫とかが無かった江戸時代とかでは、井戸水を利用して食材を冷やしてたんだよね。基本的に地下水は土によって断熱されてるから冷えてるからね」

「そう言う事だ。これから春が過ぎて夏に移り変わるが、この拠点の貯蔵庫が日陰にあると言っても常温が高くなるのは目に見えてるからな。井戸があればそこから冷たい水を汲めるから、そのまま地下室にしちまえば冷暗所として活用できる」

「おぉ、確かに今は冷蔵庫も冷凍庫も無いからな。良いアイデアだ!」

「涼しい恰好の服も揃えて作っておきたいね」

「幸い此処は川の近くで盆地だからな、地下水のある地層まで浅い可能性が高い。つーことで大樹、これをお前に任せたい。体力自慢のテメーだからこそできる仕事だ、頼めるか」

「応ともっ! 何処を掘れば良いんだ!?」

「大雨で水位が上がる事を考慮して川原から少し離した位置、まぁ、この拠点の前辺りだな。地下室を作る事を考慮して後で設計図を書いてやるからそれ見て掘れ」

「任せろ!」

 

 冷たい地下水を利用した地下室を作る事ができれば腐敗による食中毒の心配も抑えられるからな。

 是が非でも井戸は早急に作っておきてぇ、冬に氷を大量に作って氷室を隣接できれば最高だな。

 

「そしたら杠はオレが皮鞣しの方法を教えるからそれをマスターしてくれ。その後はもうちっと見栄えの良い服を作って欲しいかな」

「うん、分かった。こんな時だからこそお洒落に決めないとね! 頑張るよ!」

「ついでに紐の量産も出来る様にしといてくれ。竹紐もそろそろ量が心許無いからな」

「青銅製の斧があるから竹を割るのも楽になったしねぇ。そこらへんもしっかり教えておくよ」

「あ、あはは。お、お手柔らかに、ね?」

 

 と言った感じに大樹やカナメに仕事を割り振り、朝食を終えて後片付けをしてから行動を開始する。

 前と違って俺とカナメだけでやっていた事を分散し、他の事にも手を出せるようになったのは僥倖と言える。

 さて、大樹に設計図を書くと言ったが、地面に直接書いといてやった方がこのアホには丁度良いか。

 棒を持って来て井戸の予定地に立ち、片足を軸に人間コンパスとばかりにその場で回転して円を書く。

 その隣に一メートル四方の四角を二つ並べて、□□〇の予定図を描いてやる。

 

「こっちの丸が井戸、その横二つは氷冷場を作るための階段とフロアの予定だ。取り敢えず、この真ん中の四角を……そうだな、二メートルくらい掘れ。その後隣の四角に階段を作ってから井戸な」

「地下室みたいだな!」

「そーだよまんま地下室だっつーの。井戸はそのまま直下掘りして貰うが、その周りを補強する壁を並行して作らねぇといけねぇから後だ後。先に手前を作って下準備してから本命の井戸だ」

「うむ、井戸と言うと相当深いだろうしな。流石にそこに生き埋めは勘弁して欲しいぞ」

「安全第一にな、それでは今日もご安全に」

「ご安全に!」

 

 ノリ良く唱和してから切っ先の様に尖った剣スコップで穴を掘り始めた大樹を背に、木材などを置いている素材保管場所に足を進める。

 深くなってからは土の排出はバケツリレーになるので、今のうちに木材と竹を使って樽の様なバケツを作っておく。

 半分に割って乾燥してある丸太を一センチを目指して木板状に叩き割り、カンナとノミを使って円状に成形し底を作る。

 チーズのピースの様な形に四分割に割れている丸太の先端を切り落とし、長方形の板を作るために内側から叩き割っていく。

 一番幅の短い長さに合わせて他の板の幅を調整し、カンナを使って平たい長方形の板を作っていく。

 そして、此処からが最難関の要所である側面の傾きを削る工程だ。

 まぁ、頭の中で大体の角度を算出しちまえば、現実の板にそれを出力するだけだがな。

 十四個の側板を作って竹紐で纏めながら円状に組み合わせてから、一個一個を微調整していく。

 竹紐で仮固定してから、竹の表皮を薄く剥いだタガを使って本締めを行なってきっちりと固定して、上から底蓋を嵌め込んでやれば不格好ながら樽バケツの完成だ。

 上側に穴を二つ開けて竹紐を通して余裕を見て結び、持ち手に革の端材を縛れば完成だ。

 

「……ふぅ、一個作るだけでも大した労力だ。もう何個か作らねぇとな」

 

 でけぇサイズなら竹釘を使って固定もできるが、バケツサイズとなると割れちまうから楽はできねぇ。

 樽を作る時に使う銑という工具を作って量産の流れを作るのも良いかもな。

 ……ふと、樽を量産した事で嬉々としてじゃがいもでアクアビットや焼酎を作ろうとするカナメの姿が浮かんだ。

 銑を作るのは当分先だな、と嘆息して二個目の樽バケツの用意に取り掛かった。

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