杠に竹紐の作り方などを伝授してからというものの、持ち前の器用さを発揮して凄い勢いで大量生産されているのを見て唖然とする。
オレの作った物よりも遥かに細いのに素材は同じという、正しくプロの技を見せつけられた事で衣服類はもうぶん投げる事にした。
井戸作りに奔走している大樹の様子を尻目に、弦を変えて更に調子のよい三枚打弓の試射をすべく本拠点から遠出していた。
本拠点前の川の反対側、かつては自然公園などがあった辺りに足を運んでいた。
杠に編み直して貰ったおニューの竹鞋は使いやすく、ささくれも少ないから痛みも無いので助かる。
獣道もなんのその、藪を分け入りながら辺りを探索していると木の洞から顔を出す可愛い顔があった。
鼻をひくひくと動かして辺りを見回す兎を遠目で観察し、外に出てきたのを機に拾っておいた木の実を近くに転がす。
近過ぎず遠過ぎずの位置に転がった木の実の様子を見守り、数分の待機を強いられながらも弓に矢を番えた。
そして、匂いを確かめてから口に咥えた瞬間を見計らい、矢を放った。
風切り音に敏感な反応を示した兎だったが、耳を反応させただけでその場から動かなかった事が災いし、その円らな瞳に鏃が食い込み絶命に至った。
その場に倒れ伏した兎から鏃を引っこ抜くと余計な物も付いていたので近くの葉っぱで拭い取る。
矢の具合を確かめ、一度放った物を入れる矢筒の方へ仕舞い込む。
「先ずは一羽。……ついでに鶏とか見つからないかな」
羽根に見立てられた兎の耳を掴み、木の洞の近くに死体を設置する。
血の臭いを嗅ぎ取ったのか、洞の中から番と思われる成熟した兎が飛び出た。
死体に近付いた所を容赦無く仕留めて、もう一羽確保できた事を喜んでおく。
計二羽の兎が取れたので一旦川辺に戻って血抜きのために、竹で作った籠に入れて川に沈めた。
生き物の腐敗は自らの体温が原因で進むので、肉の温度を下げるために常温よりも低い川の中に沈める訳だ。
そして、身体を循環する熱の塊である血液が浸透圧の問題で傷口から流れる事によりその効果が上がり、抜けきった頃には温度も下がって臭みの薄い食肉になるのだ。
「幸先の良いスタートだね。……あ、仕留めず繁殖用に確保した方が良かったかな」
番を仕留めた事もあり少しだけ期待して先程の木の洞に戻り、中を探ってみればふわふわとした子兎が五羽程居たので背負い籠の中に放り込んで持ち帰る事にした。
確か、兎は二、三週間ぐらいで毛が生え揃うんだったかな、大きさ的に半年ちょっとぐらいだろうか。
冬から春ぐらいで成兎くらいの大きさになるだろうし、非常食に丁度良いのではなかろうか。
本拠点に戻り、居間でシュババババと普通の方の紐を作っている杠が居たので任せる事にした。
「へい、杠。可愛いお土産だよ」
「あれ、カナメちゃん早かったね。って、ワァオ!? こ、子兎? ちっちゃ可愛いのが五羽も!?」
「うん、親の二羽は仕留めたんで帰ってきたら鞣し方教えるね」
「……わぁぉ、さ、サバイバルだもんね。命に感謝しないとだ……」
……思ったよりもドライだな? この分なら心配は要らなそうだなぁ。
リュックサイズの背負い竹籠から五羽を別の竹籠に移し、杠にパスする。
貯蔵庫にある葉っぱは食べられる野草だから食べさせると良いんじゃないかな、と一言添えておく。
「……ねぇ、もしかしなくてもこの子たちって」
「うん、非常食ABCDEだよ。食肉に良し、毛皮に良し、見てくれも良しの有能な非常食たちだね」
「し、シビアだぁ……、でもちゃんと可愛いとは思ってるんだね」
「そりゃまぁ、でもオレ猫派だから兎はまぁ別に良いかなって」
「そういう問題かな!? う、うぅ、愛着持っちゃいそう……」
「まぁ、繁殖できる非常食候補ってだけだから、落選したらペットとして飼って良いと思うよ」
「そうなんだ……。繁殖って言うと牧畜も予定してるんだね」
「じゃないと魚オンリーだしねぇ。まぁ、干物みたいにして大量に貯蓄しておくっていう手はあるんだけど、やっぱお肉も食べたいじゃん?」
「それは……そうだけどもぉ……」
無造作に選んだ一羽を手に乗せてしまった杠は、掌でちょこまかと動く子兎にメロメロの様子だった。
まぁ、好きにすると良いさ、仮にお世話失敗しても皮を剥いでから蛇の餌にでもすれば良いし。
でもこの様子だと兎肉も食べられ無さそうかなぁ、杠は。
「兎が駄目ならやはり蛙を養殖する池を作るしか……」
「え゛っ、……ごめんうさちゃん、蛙は無理ぃ……!!」
そっと竹籠に戻されたのを見て、その二択なら兎を選ぶのか、と地味にドライなところがある一面を知ったのだった。
加えて、保存食用の溜め池の計画は止めといた方が良さそうだなと心の内に秘めておく事にした。
取り敢えず竹籠の中に野草を放り込んで、竹の器の水を設置して狩猟へ戻る事にする。
「あ、川にある竹籠の中に二羽血抜きしてるから見たくないなら気を付けてね」
「……わぁぉ。うん、分かったよカナメちゃん」
そう言って紐作りに専念し始めたのを見て肩を竦めた。
オレってサバサバ系女子だからーと厚顔無恥な真似ができたら楽だったんだけどなー、と思いつつ居間から出た。
けどこっそりと繁殖用に子兎を飼い始めたらそれはそれで後々面倒な事になるじゃんね。
いやまぁ、ぶっちゃけ大量繁殖させないと食肉として足りなくはなるだろうし、結局のメインは魚なんだけどね。
魚魚野菜肉魚魚魚肉野菜、みたいな感じでたまに食べる分くらいになるぐらいかなぁ。
小麦とかお米、それこそ大豆とかが見つかれば食のレパートリーが一気に広がるんだけどなぁ。
野生の稲とか無いかなーと探すも、流石に見つからず、精々が猫じゃらしと言う別称しか知らないアレぐらいしか見つからなかった。
途中で見かけたはぐれの鹿に目を付け、様子を観察しながら弓に矢を番える。
見た感じ一匹で、連れ添いは居なさそうだ。
群れから追い出されたのか、はたまた自ら飛び出したのか、どちらかは知らないがオレたちの糧になって貰おうか。
呼吸を止め、引き絞る右手に力を込めて――解き放つ。
不意に動いた事で狙いが外れ首筋に突き刺さった、一射目の衝撃で足をもつれさせた隙を狙って二射を放つ。
後ろ脚の腿を狙ったそれは少しずれて関節を射抜き、痛みによる呻きを発しながら逃げ出すも不格好な逃走だった。
基本的に四足歩行の生き物はいずれの足を負傷し、骨折しただけでも致命傷になる。
治る傷ならまだしも複雑な骨折や肉食動物の噛み痕などの裂傷は野生で生きていくための余力を削る事になる訳だ。
ひょこひょこと片足を庇いながら逃げ出す鹿の後頭部の後ろ、首筋を狙って放つ。
脊髄か重要な神経を射抜いたのだろう、刺さった途端にショック死した様にその場で勢いよく倒れたのを見て口角を上げる。
負傷した野生の生き物はその上に立つ捕食者に食われる可能性が上がるため、負傷=死と捉えても良い。
だからこそ、明確な古傷を残して生きている個体が居ればそれは歴戦の野生であり、身を持って学習したそれらを用いて精一杯に生きようと足掻く。
傷痕が無く、成熟も浅い若い個体が狙い目であるのは言うまでも無く、こうしてオレらの糧になる訳だ。
「川辺までは……少し遠いか。此処で血だけ抜いちゃうか」
小さな木鍬で地面を掘り、そこへ青銅のナイフで首を切り落として俵持ちして手早く血抜きを行なう。
時折前のめりになって肩で腹部を押し上げて圧を加える事で促しながら、頭を見て角の大きさが小さい事から雌鹿と判別する。
若い個体は雄でも角が小さいからぱっと見で分かり辛いんだよね。
若い子供は柔らかいから美味しいんだよね、だなんて若干サイコパスみのある感想を抱きつつ血抜きを続ける。
「……まだ足りないなぁ」
千空が石化復活液に悪戦苦闘していた一週間くらいの半分を釣りに、半分を狩猟して過ごしていた。
塩作りと並行して釣れたら直ぐに開きにして、砂糖の無いソミュール液擬きに漬け込んで翌日に狩猟している間に干して干物に。
仕留めた四匹の鹿は皮を鞣して、脚は丸ごと塩漬けにして土器の中で犬神家して貰い、数日分のブロック肉を取り分けたら後はハーブと腸詰めにしてボイルしてから燻製した。
四人で贅沢に一ヶ月、普通で二ヶ月は過ごせる量は作れたと思う。
……大樹がよく食べるので修正は必要かもしれないが、概ね保存食は間に合った筈だ。
「千空が増やさないなら、だけど」
オレらは千空をリーダーとした仲良しグループであるため、基本的に千空の意向に沿う事になる。
今は井戸作りに精を出しているので良いが、氷冷室予定の部分まで作り終えたら金属類が欲しいと行動し始めるに違いない。
そろそろ三千七百年も埋没した鉄筋を利用して製鉄を考えるだろうけど、どう見ても無理筋だ。
銅と違って鉄は酸化させ喰らうバクテリアの存在があるため、とっくの昔に喰われ尽くしているのがオチだろう。
何となく千空もそれには気付いているだろう、何せレトロゲームショップから十円玉を回収したのは千空だから。
ぶっちゃけ、製鉄に使えるくらいのが残ってるなら千空の腕っぷしじゃ金庫破れないだろうし。
そのため、鉱物資源を得るために遠征を考えるのは目に見えている訳で。
「その時に人を増やすかどうか、はてさてどっちかな」
拠点の維持のために増やすのか、はたまた行群の足しにするのか。
このまま四人で行くかもしれないし、オレと千空だけで行って杠たちを残すのも手だ。
もし増やすなら先に言っておいて欲しいけどね、その人らの寝床とか作らないといけないし。
鹿の血抜きが終わったので落ちていた頭を血溜まりの中に放り込み、土で埋めて供養する。
肩に俵担ぎして来た道を戻り、先に仕留めた二羽の兎と入れ替えて冷やしておく。
兎の首を切り落とし、腹を縦に切り裂いて内臓を取り出して土器に移す。
蛇の入った土器の中を見遣れば既に鹿の臓物を平らげていた様なので、おかわりとばかりに兎の内臓を放り込む。
本来なら生きたラットとか生き餌と呼ばれる餌を用意すべきだが、そんな物を捕らえてる暇は無いので適当に生肉を与えている訳だ。
前よりも少し成長したのか太ましくなった三匹に笑みが溢れる。
デカければデカいだけ脱皮の抜け殻が大きくなるからな。
「あ、後で杠に蛇の事言わないとだ。食事の準備の時にうっかり開けて逃しそうだし」
いや、逃しはしないか、テンパって器用に蝶結びにしそうではあるが。
笊蓋を閉めて重しを置いて逃げれないよう封じておく。
居間に居るであろう杠に声を掛けようとして、ふと入口に影が差したのを見て其方を見遣る。
ぜーはー、と草臥ている千空に、良い汗かいたぞ、と朗らかに笑う大樹の二人が戻って来たようだった。
チラッと杠を見遣れば同じく顔を向けていたので、考えている事は同じらしい。
「「おかえり」」
異口同音に発せられた言葉に対し、ニッと笑みを浮かべた二人は顔を正面に向けたまま口を開いた。
「「ただいま」」
こんな未文明サバイバルの中で、おかえりとただいまを言える事に嬉しく感じる。
願わくば明日もまた、だなんて事を脳裏の片隅に追いやって笑顔を浮かべた。