妙に身体が温かいな、と思うのも束の間、むしろ暑いレベルだなと意識が浮かぶに連れて思考が働き始める。
見やれば昨晩泣きじゃくっていたとは思えない笑顔を浮かべてすやすやと眠るカナメが俺に抱き着いていた。
……普段なら腕を抱かれる程度だったが、今日は一段と近寄って来ていたようだった。
一見ボーイッシュさが目立つカナメだが、こうして胸元で潰れる小さな胸や肌に触れる柔らかな感触と何処か甘さを感じる体臭の匂いなどで女の身である事を感じてしまう。
実際、中性的で美形だから男装でもしたら少女漫画に出てくる様な童顔のイケメンのポジに立つ事だろう。
…………まぁ、何が言いたいかと言うとだな、こうして女っ気溢れる事をされると男として意識せざるを得ないと言う事だ。
「……隣で寝てるのが俺で良かったな」
かつて科学部に所属していた馬鹿共なら此れ即ち据え膳とばかりに手を出したに違いない。
脳裏で理性と言う牢獄に入れられたあいつらが何処ぞのノスタル爺宜しく「抱けぇ!」と叫んでいる様な気がするが無視して起き上がる事にした。
だが、俺の胴に巻き付いているカナメのせいで起き上がる事はできず、それどころか反対の意が無意識に込められているのか密着度が増した。
外から漏れる明かりの具合からして既に明朝である事は間違い無いし、大樹たちが居る事からこのままで居ると抱き合っているのを見られかねない。
それは何とも恥ずかしい、恋人の関係ならまだしもまだそんな関係じゃないんだからな。
まるで仲の良い女幼馴染に異性を意識したかのような主人公めいた心地になりつつ、どうしたものかと思いながら自由だった左腕を動かして背中を優しく叩いてみる。
「おーい、カナメ。朝だぞ、起きろ」
……起きる気配無し、ぐっすりと寝てやがる。
万策尽きたな、と諦めて抱き締め返して見る事にした。
暑さを感じて寝苦しさから起床してくれないものかと期待しての事だった。
「んへへ、せぇんくぅ……」
駄目だ、めちゃくちゃ甘ったるい可愛い寝言を漏らしやがったこいつ。
俺が出てくる夢でも見ているのか幸せそうにむにゃむにゃとしてやがる、こっちの気もしらねぇでよぉ……。
もちもちとほっぺを摘まんで起きてくれないかと期待するが、懐いた猫の如く頬擦りしてくる始末だった。
どうしたものか、と天井を仰いでふと若干影が差したのに気づき――。
オホホ、何も見てませんわよ、と言った表情を浮かべたニヤニヤ顔の杠の存在に気付いてしまった。
どうにかしてくれ、と小声で頼むも、大樹くんには遅れるって言っておくね、と返された挙句にサムズアップして出て行きやがった。
……どっと疲れた気分になり、目の前にあったカナメの頭頂部に顎を乗せて目を瞑る。
久しぶりに怠惰に二度寝でもするか、と諦めたのだった。
「あ、あはは……、ごめんね千空。こんな時間になっちゃって」
「砂鉄取りで疲れてたんだろ、多分。構いやしねぇよ」
その後に目を覚ましたらしいカナメがあたふたし始めた事で目を覚まし、ホールドは無事解除されたのだった。
少し遅めの朝食を二人で取りながら談笑していると、やけにカナメが視線を外すなと違和感に気付いた。
普段なら此方の目を見て話すと言うのに、俺の顔を見るのが恥ずかしいといった感じで視線を逸らしていた。
……今更ながらに昨晩カナメを抱きしめて慰めた事が原因かもしれないと当たりが付いた。
少し、臭過ぎる遣り取りだったかもしれない、気障な台詞も吐いた気がするなと思い返して気恥ずかしさが込み上げる。
そんな気まずい昼食を兼ねた食事を取り、カナメには再び砂鉄の確保を頼んで川へ行って貰った。
明らかに雌な顔をしてる同級生を近くに侍らせたら効率落ちるってーの……。
「……と、言う事で氷冷室を掘るのは頼んだ」
「ああ! よく分からんが分かったぞ!!」
棒で土壁に説明を書き込んでから大樹に氷冷室作りをぶん投げて、俺は製鉄のための準備を行なう事にした。
製鉄に必要な物は簡易溶鉱炉と鞴付きの鍛冶場、そのために必要不可欠な耐火煉瓦を作る事から始める。
耐火煉瓦は木炭を作る時に隅に置いておいた焼成した粘土塊を砕いて粉末化したシャモットと粘土を混ぜたシャモットレンガを採用する。
二段階式粘土選別で作った良質な粘土に砕いて潰したシャモット粉末を加えて混練し、長方形に成形して日干しを行なう。
しっかりと水気が抜けてから焼成しないと罅割れの多いクズになるからな、時間が掛かるが仕方がない必要な一手間だ。
「次は……鞴だな」
作るのは刀鍛冶職人の職場にある火床と呼ばれる手動で行う送風機構たる差し鞴だ。
密閉した長方形の箱に送風口へと続く弁を作り、竹で作った水鉄砲の様にピストン構造で風を送る機構だ。
便利な釘など無いので嵌め込み式で長方体になるように板を加工し、組み合わせてから接続部に漆を塗って空気が漏れない様に密着させる。
中のピストンになる正四角形の板をカンナで微調整しながら見極め、3回の失敗を経て漸く完成させて一息吐く。
昔ながらの桐箪笥の様にすぽりと入ってすーっと抜ける塩梅に仕上がるまで神経を使ったので疲れが噴き出る。
後はこれに繋げる柄を作ればほぼほぼ完成だが、樹皮を剥いて真っ直ぐな太い枝を探す作業は根気がいるもので殆どこれに時間を掛けた気がする。
漸く見つけた時には夕方に差し掛かる頃になっており、作業は暖炉という光源のある居間に移るしかなかった。
「……そうだった、手先めちゃくちゃ器用な手芸部が居たじゃねぇか」
「アハハ……、流石に私も時間掛かったけどね」
柄の枝に合う穴の開いた蓋を作るのに杠へ助力を願ったら数分であっさりと完成しやがった。
ピストン部分も杠に任せておけば早かったかもしれねぇなぁと畑違いの技術に手を出す苦労を思い知ったのだった。
作って貰った部分を取り付けて試行錯誤して、弁を経由して前後へ動いた時に送風されている事を確認する。
細かい調整を終えて送風口に竹筒を取り付けてやれば差し鞴の完成だ。
これの隣に耐火煉瓦で木炭を取り囲む壁を作ってやれば出来上がりという寸法だ。
日干ししたシャモットレンガを回収し、夜露に濡れないように中に仕舞い込む。
大体やるべき事は終えられたな、と一息ついて白湯を沸かして喉を潤す。
「あ、千空。オレにもちょーだい」
「ん」
「さんくー」
白湯を注ぎ足した湯呑みを受け取ったカナメが冷ましながら飲むのを見て、ふと自分のやったやらかしに気付いた。
しれっと自分の使ってた物を貸してしまった、各自専用の湯呑みがあるってのに何やってるんだ俺は。
……まぁ、カナメだし良いか、と思いながら振り返って――目を見開いた。
そこには普段の鹿革の貫頭衣スタイルの恰好ではなく、猪革で作られたのだろうジャケット風の上着と腰巻を合わせ、弓の弦対策と思われるアームカバーを装着した山賊スタイルのカナメが立っていた。
湯呑みを俺に返したカナメは俺の反応に小首を傾げたが、合点がいったように頷いてみせた。
「あぁ、これね。杠大先生が一昼で仕上げてくれたんだよね。そろそろ梅雨が始まって夏が来るからって涼しいのを作ってくれたんだ。どう、強そうでしょ」
「……あ゛ぁ、そこで強そうの言葉が出るのはお前らしいわ。まぁ、似合ってんぜ。THE狩人って感じだ」
「へへへっ、でしょ。射損じた事無いけど、良い感じのアームカバーも作ってくれたんだよね」
だなんてアームカバーをぺしぺしと叩くカナメは嬉しそうで何よりだ。
……胸前を交差する紐でお洒落にしているジャケット風なせいで、健全な肌色が観音開き宜しく見えてるのは目に毒だけどな。
カナメの胸のサイズだと横から覗けば頂点が見えてしまうのでは、と心配が脳裏を過ぎったのだが問題無さそうなのが少し疑問だった。
と、視線を胸元に向けていたのは失敗だった。
此方の視線の先を感じ取ったのだろうカナメがチェシャ猫の様にニヤァと笑みを浮かべたからだ。
「ふふん、残念ながらチラ見え対策はされてるんだなぁこれが。脳漿鞣しで柔らかくなった雌鹿の革を内側にヌーブラ宜しく取り付けてるからズレないんだよ。それに、こうやって前屈みになっても隙間があんまりできないようになってるよ」
だなんて挑発するように蠱惑的な笑みを浮かべたカナメが近付いてくる。
あからさまに前屈みになって背中を反らした状態になるも、言っていたように胸元の対策がされているようで見える事はなかった。
……恥じらいを少しは持てや、と抗議のチョップを加えたら、テヘペロと姿勢を戻した。
「とまぁ、こんな感じで良い感じな訳だね。狩猟もしやすい様に動きやすく作ってくれたし」
「そーかい、そりゃよかったな」
「んふふ、後は弓胎弓の完成でパーペキかな。杠に手伝って貰ったから良いのができそうなんだよね」
「……三枚打弓でも過剰じゃねぇか?」
「やだなー千空、火力はパワーなんだよ。それに予備は幾つか作っておきたいからね」
そうだったこいつ火力厨だったな。
いつしか技術革新でコンパウンドボウに進化させそうだな、といつかの話を思いつつ、火薬手に入れたら猟銃にワープ進化しそうだなとも考え至る。
「……因みに猟銃の扱いは?」
「へ? 弾こもってないのを近くで見せて貰っただけで触っては無いかな。爺ちゃんたち甘い割には厳格だったからね」
「そうか、なら良かったわ」
「あはは、千空、弾丸作るの大変なんだからね。そんな簡単に扱えるだなんて思って無いよ」
「……てめぇ、その口振りだとリローディングした事あるな?」
「ハンドロードなんて知らないかな、手詰めなら知ってるけど」
「完全にダウトじゃねぇか、誤魔化す気ねぇだろ」
「コストダウンと命中率強化のためにって言ってたかな。鉛からしっかり作るんだよ、よく手伝ってお小遣い貰ってたなぁ」
「厳格爺何処に行った!?」
……鉱物資源取りに箱根へ向かう予定だったが早計だったかもしれねぇ。
テヘペロと舌を可愛く出して誤魔化しているカナメに肩を竦めつつ、ワープ進化しないように見張ってないと駄目そうだな。
……ほんと、こいつと居ると飽きねぇな、そんな事を考えて不思議と口角が持ち上がる。
と、同時に手綱をしっかりと握ってないと駄目だな、と過去の言動から滲み出る過激派の雰囲気を思い出して肩を竦めたのだった。