石の上にも三千七百年   作:不落八十八

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 カナメに過去の確執とも言える内容を推理された司は十カウント以内に上半身を起こすも、世界王者とは思えない満身創痍な様子だった。

 先程までの新時代のリーダーになります、と言わんばかりの雄々しさは出鼻を砕かれた事で消沈していた。

 ……カナメはこう言う所があるからなぁ。

 それあなたの感想ですよね、と言わんばかりに現実的な筋道を立てて相手を叩き潰そうとする様は、いつぞやの麻雀ヤクザを追い払った時のそれだった。

 

「とまぁ、色々と言ったけども別に獅子王くんを害するつもりは無いんだよ、ホントダヨ。自分自身でも勘違いしてるみたいだから折れ曲がってる所から修正しただけでさ」

「……勘違い? 俺の大人を嫌う理由がかい?」

「うん、と言うか自分で言ってたよね。君はさ、暴力を振るったおっさんを敵視したり有権者に敵意を見せてるけど、君が抱く怒りの本質はそこじゃない。そんなものは責任転嫁した八つ当たりに過ぎないんだ」

 

 カナメは司の心を見透かすかの様に視線を合わせ、机の上に指を組んで両肘を置いて口元を隠した。

 相手への印象を緩和させるためか分からないが、鋭い視線だけが司に魅せられた。

 

「君が本当に後悔してるのは、首飾りをあげられなかった事じゃなくて、大切な妹の手術に立ち会えなかった事、そして挙句に臨床的脳死により会話の機会すら得られなかったからだよ。兄として傍に居られなかった、そんな自分に対して怒ってるのさ」

 

 カナメの言葉に思う所があったのだろう、何かを言おうとして口を閉じた司は何処か弱々しい印象を受けた。

 

「それにね、人の怒りって長続きしない感情なんだよ。薪に焚べた火と変わらない、薪が無くなればたちまち消える。おっさんへの怒りが本当に今も燃焼してるって思ってるのかい? 本当に?」

「それは……」

「君の事を知るために聞きたいんだけど、ご両親との関係は良好だった?」

「……母さんは未来を産んだ時に亡くなった。……今思えば未来の病弱気質は母さん譲りだったのかもしれないな。父は……、母さんが亡くなるまでは良い人だった。悲しみを忘れるために酒へ溺れて、我を忘れて暴力を振るうまでは仲の良い親子だったと思うよ」

「……そっか。……あぁ、うん。だとしたら君の理想は、心の汚れた大人の居ない社会の構成は、妹の未来ちゃんのためにしたかったんだね。兄として妹を守るために」

「……そう、か。……あぁ、君に指摘されるまで俺は、薄汚い心の年寄りたちを駆逐すれば穢れの無い世界を作れると思っていた。……いつか、未来が目を覚ましてくれる日が来たら、そんな綺麗な世界で幸せを享受して欲しかったからだ。だからこそ、選別が必要だと、純粋な若者だけを生かすべきだと考えていた……」

「因みにだけど、石化から蘇生する時に修復する作用があるみたいでね。身体に残った石化片を治すだけでも周辺箇所を回復してくれる事が分かってる。脳死状態であっても全身が石化している状態で蘇生されれば」

「……未来も、目を覚ますかもしれない……?」

 

 司は縋る様な声でそう呟いた。

 ……成程な、過剰なまでの大人への忌避感は幼少期のDVと他者からの理不尽な暴力によって構築されたものだった訳か。

 カナメの状況証拠からの推理により、態々パトロールを行なうくらいに被害を被った漁業協同組合員から怒りの鉄拳を喰らったのだと理解して、凝り固まった価値観に罅が入った。

 実際、絶滅危惧種を狩猟する様なタイプの密猟と違い、魚介類の密猟はその安易さと常習性から被害額は恐ろしい事になるだろう。

 漁に出るためのガソリンの高騰化、漁獲量の低下、そんな状況で起死回生に打ち立てた養殖プロジェクト。

 それはもう丹精込めて育てたそれが、無法者による私利私欲で無価値どころかマイナスになりゃ、生活が苦しくなった原因を殺してでも止めてやろうと考えるのもまぁ無理ねぇだろうな、法が許さないが。

 顔が変わるくらいに、と司は誇張していたが、精々打撲痕が残って頬が膨らんだり目元に青タンが出来た程度の筈だ。

 じゃねぇと司も入院する事になって、妹の手術代と重なりそれどころじゃない事態になってた筈だろうからな。

 最低でも歩いて帰れる程度の被害だった筈だ、幼少期の子供相手に大人げないと流石に思ってたんだろ。

 司自身密猟と言う行為の悪辣さを理解できる頭はあるだろうし、こうしてカナメに指摘された事で被害者でありながら加害者として勘違いされて起きた出来事だったと認識が改まった筈だ。

 ……挙句の果てに、妹が臨床的病死によって延命治療以外に助けられない事で生じた感情の行き先を、身に降り掛かった暴力から汚れた心の大人と転々として嫌悪感に育て上げちまったんだろうな。

 それも全ては妹により良い暮らしをさせてやるため、か、良いお兄ちゃんしてるじゃねぇか司。

 

「それにね、未来ちゃんの事を思うなら獅子王くんがやる事は大人の駆逐じゃないよ。と言うか段階的にも十数年は先の話だよ彼らの復活は。そんな人数を食わせていくための設備、今の此処にあると思う?」

「……確かに」

「うん、と言うか、千空は最終的に人類の総復活を目標に掲げてるけど、メイン目標は宇宙に行って未知を探求する事だから現代社会の復興は二の次だよ」

「……そう、なのかい?」

「あ゛ぁー、まぁ、そうだな。夢を叶えるために人手が欲しくて復活させる、って具合だな。今すぐに世界に飛んで石化から復活させる旅を行なう気は一ミリも無ぇーよ。と言うか時間が足りねぇわ、非効率的だっつーの」

「それも……そうだね。なら、俺たちが敵対する理由は無い、それどころか協力して行く事ができそうだ」

「はっ、そもそもお前と敵対する気はさらさらねぇよ。それにお前、言っただろ。二度と危険は訪れないってな」

 

 俺の言葉にはっとした様子で見開いた司は、それはもう笑っちまうくらいに呆けた顔だった。

 そして、口元を手で覆ってから瞑目し、考えを纏めたのだろう破顔して笑顔を見せた。

 

「……ふふふ、そうだった。約束を破る所だったね」

「唯一無二の武力、頼りにさせて貰うぜ。なぁ、司」

「あぁ、改めて誓うよ。武力担当として君たちの力になる事を」

 

 がっちりと握手を交わし、爽やかに笑顔を浮かべて新たな仲間を手に入れた瞬間だった。

 あっぶねぇー、何とかカナメがペラ回ししてくれたおかげで司と敵対する最悪は免れた。

 内心で冷や汗ダラダラだが、得られた成果は最高の結果と言えるものだ。

 司を復活させてから微かに纏っていた剣呑な雰囲気が霧散したのを見て、心底安堵した。

 ……カナメは司の怒りを、嫌悪感の正体を暴いた様に見せたが少し違っていた様に思える。

 司は単純に大人と言う生き物が嫌いだったんじゃないか、と。

 自分を守ってくれなかった父親が、理不尽に暴力を振るった中年男性が、総合格闘技の世界王者になって知名度を得た事で群がってくる有象無象の大人たちが、煩わしくて仕方がなかったんじゃなかろうか。

 嫌悪する大人の居ない世界を作りたい、そう願ってしまうくらいにそういう事を味わったのなら。

 カナメは妹想いのお兄ちゃんであると言う綺麗なオチを付けたが、内心抱えた感情は燻ぶっているかもしれない。

 つまるところ、大人が大嫌いな妹想いのお兄ちゃん、と言うのが司に相応しい見解なんじゃねぇか?

 そんな俺の思考を察しているかのように、握手を外した司はふっと意味深な笑みを浮かべた。

 ……石化復活の管理はしっかりと握っておこう、そう思わざるを得なかった。

 表立って敵対する可能性は減ったが、後々に方針を巡っての論争で頭角を現す未来が見えた。

 

「さてと、それじゃあ改めまして狩猟担当の司くんです、仲良くしてあげてね!」

「ああ! 司の妹さんを直ぐにでも見つけてやらねばな!」

「あ、あはは……、なんかもう味が分からないくらい凄かったね……」

「随分と警戒させてしまったようだね、申し訳無く思うよ。そして、ありがとう大樹。君の力を借りられるなら百人力だろう」

「おうとも! 大船に乗った心地で乗船してくれ! 千空! 早速午後は司のために動こうじゃないか!」

「まぁ待て大樹、そもそも司の妹が居る病院の場所が分からねぇだろ。で、どうなんだ?」

「手術を行える医師が此方にしか居なかったみたいでね、海が見えるあの病院に大阪から移ってきたんだ。……あぁ、大丈夫だ、場所はしっかりと覚えている。何度も顔を見に行ったからね」

 

 ここ等で海が見える病院っつーと……、あぁ、あそこか。

 前に塩を作りに行った砂浜の近い所にある大病院だな、距離としては最良の当たりだ。

 そうなると人数分、いや、戦力になる三人分の鉄製のスコップはあった方が良いだろうな。

 ……つっても、強度の関係でそれなりの量になるな、直ぐには用意はできねぇ。

 

「千空、そしたら青銅のツールを溶かして鋳型でスコップ作っちゃおうよ。司くんと大樹の二人分を作っておいて、残りの三人でもう一回砂鉄を集めて製鉄しようか」

「……いや、砂鉄集めは全員でやる」

「へ?」

 

 効率的な行動で定評のあるカナメの提案を蹴って、あえて砂鉄集めを全員でやる事を提案してやった。

 意外そうな表情を浮かべた司に、二ッと笑みを浮かべて言ってやった。

 

「仲間外れは駄目だろ、なぁ司?」

 

 目をぱちくりとしたカナメは、何が言いたいのかを理解したのか納得の表情を浮かべた。

 武力があるからと作業に追いやるのではなく、それ以外の事も一緒にやる。

 それは俺たちが仕事で繋がる作業班ではなく、仲良しこよしのグループである事を強調するための主張だった。

 目を少し見開いて驚いた表情を浮かべていた司は、やれやれと言った様子で笑みを浮かべて頷いた。

 

「そうだね、自分が使う道具の材料なんだ、手伝わせて欲しいな。何分砂鉄集めは初めてでね、やり方を教えてくれるかい?」

 

 同じコミュニティの仲間であると仲を深めるなら共同作業が一番だ、と林間学習で学ばなかったかカナメ?

 煩わしい大人の会話じゃなく、若者らしい行き当たりばったりな遣り取りで良いんだよこいつにはな。

 それはもう楽しそうに笑う司を見て、カナメもこいつの扱い方を察したようだった。

 フレンドリーに対等に接する事、それが司と関係を作るのに一番の特攻だろうな。

 




勝った!第一部、完っ!! と言いたくなるような成果ですがまだまだ第一部続きます。
コメントでアニオリで司の過去に言及があったとの事で、調べてみれば原作者監修のアニメだったので正史として扱いました。

司と言うキャラは現代が産んだ悲しきモンスターめいた立ち位置にあるんですよね。
小説版の「声はミライへ向けて」で、金(貨幣)が嫌い、限りの有るリソースを奪い合う現代社会が嫌い、大人の論理で動くそのゲーム(社会)が嫌い、という一面が書かれてたりします。
先の一件で辛酸を舐めたが故に暴力と言う力を得た司くんは、強きを挫き弱きを助けたいと言う感情を抱えながら世界王者に成り上がります。
そして、より弱き者から奪う側になりたくない=損得利益にしがみつく大人になりたくない、と言う感じの感情を抱いている訳ですね(要約
詳しく知りたかったら小説版読もうね!

要するに大人が嫌いなんですよね司くん。
その反発心で石像破壊と言う自覚している殺人行為に手を染めちゃうくらいには。
なので、唯一無二の実妹たる未来ちゃんの存在が特攻として活用できる訳ですね。
「兄さん、ぼっちなん!?」(小説から抜粋

「貝を集めていた――中年男が言うには盗んでいた少年は顔が変わるほど殴られたよ」
と言うシーンなんですが、文字通りに顔が変わる程、つまりは頭蓋骨の何処かが変形するくらいに殴られてたらそれはもう傷害事件なんすよ。
その場合、加害者であるおっさんが捕まったりする描写が入るし、何ならそこまでされたら司くんも入院してないとおかしいんですよ。
となると、おっさんに殴られて顔が腫れ上がるくらいで済む程度だったと考えるのが妥当なんですよね。
……最後の、殴られたよ、の部分のせいで複数回殴られた様に見えるけど、実際はアニメの描写的に一発だったんじゃね、と考察しております。

☆追記
読み直したら九巻に延命装置に繋がれる前に立ち会った司くんの描写あるやんけ。
顔が変わるほどって書いてあるのに、右頬に湿布と左頬に絆創膏だけじゃねぇか!?
やっぱり子供の頃の記憶だから誇張しちゃった感じなんだろうか。

なお、司の早期仲間入りは「初めての友達になれたかもしれない」だなんてしゃらくせぇ事言ってたので二次創作権限で捻じ曲げてやろうと虎視眈々としてた結果だったりします。
おらっ、これでお前も『友達』だ!(ファミパンの亜種
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