石の上にも三千七百年   作:不落八十八

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 梅雨明けの箱根への遠征に必要な物を用意するのに割と時間が掛かったが、司が大分張り切ったお陰で目下の最重要物資である保存食が完成に至ったのは本当に助かった。

 此処から箱根までは直線距離で大体八十kmちょいなので、地形で回り道する事を考えると百kmくらいは行くだろうな。

 荷車の荷台へ乗せるために土器のままだとデッドスペースが多いので、木箱を作って収納ボックスを取り付けた方が良いだろう。

 万が一荷車が壊れた時に持って行ける様に設置は固定じゃない方が良いだろうし、浸水を考えれば荷台の床にベタ付けは駄目だ。

 と、言う感じに機能を付け足していき、荷車を魔改造した。

 

「……なんか自走する棺桶みたいになったね」

「……言うな、自覚しちまったじゃねぇか」

 

 道中で雨が降った時用に上部の蓋も取り付け、扉の様な形にして利便性を高めた事で、傍目から見たら車軸に車輪の付いた棺桶みたいになっていた。

 けらけらと笑うカナメに若干気恥ずかしさを感じるが、笑って貰えるだけまだマシか。

 

「どうせなら黒く塗って八つ足くらい生やした西洋風の棺桶にしようよ」

「……? すまん、ネタが分からん」

「あっ、そうだったアレは単行本に乗って無かったからなぁ、まぁいいや忘れて」

「と言うかんなゲテモノにする訳ねぇだろ未来が怯えるだろ」

「そうかな、意外とガッツあるから大丈夫じゃないかな」

「変な教育してやるなよ、司にしばかれるぞ」

 

 ぺしぺしと荷車を叩いたカナメは顎に手をやって何かしら思案した後、川を見て何か思いついたのかニンマリと笑みを浮かべた。

 

「ねぇ、千空。一度試走してみない? これ」

「あん? 既に悪路と川の運行に問題無いのは検証済みだぞ」

「ありゃ、そうなの? これでこの横にある川の先まで行ってみたら面白いかなっと思ったんだけど」

「それはもう大樹と司が実証済みだ。……もはやサーファーのそれだったけどな」

「なにそれ、ちょっと見てみたかった」

 

 むぅと唇を尖らせて若干拗ねたカナメは荷台の扉をぱかっと開けて中に潜り込んだ。

 そして、内側から扉を閉めて……数十秒でどかっと開けて出てきた。

 夏にはまだ早いものの日照りによってやや焼けた肌に薄っすらと汗が滲んでいて上気した肌が目に毒だった。

 

「千空、これ、サウナ並みの暑さになるけど食料の貯蓄大丈夫そ?」

「げっ、マジか。しくったな……、耐水性にばかり頭がいって断熱の事を忘れてたぜ」

「だよねぇ、こんなとこで寝たら本当に棺桶になっちゃうよこれ」

 

 問題点を指摘するカナメだったが、自分が大汗をかいている事を忘れているのか無防備に近付いていた。

 ふわりと若干の汗臭さが鼻孔を擽り、同時にカナメの匂いが混じっているのが分かってしまう。

 決して嫌な臭いではなく、むしろ夜に嗅ぎ慣れた匂いと言う事もありやや気恥ずかしい心地になる。

 そんな此方の心情を知らずか小首を傾げるカナメに、気を許し過ぎだろと内心で呟く。

 自然と目線を反らして荷車を見やり、改良案を頭に浮かべるもどうにも集中し切れない。

 

「取り敢えず木箱の中を二重三重にして空気の層で断熱するしかねぇな。土器で水を汲んで水冷にするなり物によって対策するしかできねぇな」

「あ、と言うかこの蓋がそもそも雨用だから常時は使わないんだっけ。なら、別に問題無いか」

「……そういやそうだったな」

「……んー? どうしたの千空、なんか妙に歯切れが悪いというか顔が赤いけど」

「マジか。この暑さで熱中症になりかけてるかもしれねぇ」

「あらら、そりゃまずいね。ちょっと良い感じの飲み物持ってくるから日陰に居てね」

「……あぁ、助かる」

 

 日差しの暑さと誤魔化したが、お前のせいでムラっとしてるだなんて馬鹿正直に誰が言えるものかよ。

 カナメの気遣いを無駄にしないように日陰に入り、木の根に腰を下ろした。

 時期的に梅雨前だと言うのにやけに暑い日差しも相まって、日陰のひんやりとした体感温度に身体の緊張が抜ける。

 ……はぁ、らしくねぇ、らしくねぇぞ千空。

 勿論ながらこうなってしまった理由はよぉく分かっている、司のせいである。

 司の妹である未来との関係が非常に上手くいっているからか、時折カナメ姉みたいなお姉さん欲しいんやけど、と司に向かって無茶振りをしているらしく、それが直近の悩みの種らしい。

 そして、あろう事かその相談を俺にしやがったのだ司は。

 俺とカナメの関係性をもう少し進めないと未来のおねだりが面倒な方向になるぞ、と言外に後押しまでしてくる始末。

 こっちだって色々といっぱいいっぱいなんだよ、勘弁しろマジで。

 

「……はぁ、そろそろ年貢の納め時ってかぁ?」

「うん? 何かやらかしたの千空」

「……うんや、そう言う訳じゃあ無いが」

 

 木彫りの俺用のコップを手渡されたので受け取り、疑わずに一口飲んでみると塩気と蜂蜜の丁度良い塩梅だった。

 内容としては簡易的なポカリみたいなもので、氷が無くて井戸水の冷たさだけなのがちょっと惜しいところだ。

 と言っても常温の川の水よりかは遥かに冷たいので、流石に贅沢が過ぎるだろう。

 

「蜂蜜なんて何処にあったんだ」

「前に北奔南奔東奔西走した時あったじゃん?」

「なんて?」

「あちこちプチ遠征した時に司くんが熊を仕留めたついでに持って来てたんだよ蜂の巣。あっちの方に丁度良いから半分残して養蜂場も作ってみたんだよね。畑の受粉にも役立ちそうだし」

「……流石に針の無いミツバチとは言えどもよく触れたな」

「え? そうかな、ミツバチなら可愛くない? もこもこしてるし」

「……そーかい。毎度ながらお前が逞しくて頼もしい限りだぜ」

 

 隣に座って喉を潤すカナメに苦笑しつつ、多芸な積極性に救われている心地だった。

 こうして和やかに過ごせているのも衣食住の縁の下の力持ちをしてくれているからだ。

 ……ほんと、良い女ではあるんだよな、こいつは。

 此方の視線に気づいたのか、ふと目があったカナメはのほほんとした様子で小首を傾げた。

 

「髪、伸びて来たなと思ってな」

「へ? あぁ、うん。心機一転で伸ばしてるんだけど、短い方が良かった?」

「……いや、長い方が良いな」

「へへっ、そっかそっか、ならもう少し伸ばそうかな」

 

 ……なんで俺の反応で伸ばす事に意欲的なんだよ、まるで俺好みにしてぇみてぇじゃねぇか。

 だなんて、思春期妄想が過ぎる事を考えながら視線を逸らして川へと安らぎを求める。

 やや心音が気になる鼓動の早まりに冷静さを欠きつつ、素知らぬ顔でコップに口を付けた。

 川のせせらぎを二人で見つめながら、静かな雰囲気に身を任せる。

 はぁ、落ち着いたら落ち着いたで気恥ずかしいな、前はもっと気軽に話せてただろうに。

 恋は盲目だなんて言うが、むしろ目に付く事が増えている様に思えてくる。

 やはり俺はカナメに恋をしているのだろうか?

 

「箱根に行ったら温泉入ろうね! なんちゃってお風呂じゃなくてさ」

「あ、あぁ、そうだな。源泉掛け流しってやつだ、簡易風呂よか良い気分になれるだろうよ」

「毎日温泉に入れるなら箱根の方に永住しても良いかもね、冬も地熱で寒くならなそうだし」

「噴き出す蒸気がありゃそいつで風力発電なんかも考えても良いかもな。鉱脈があれば電気の設備も視野に入るしな」

「電気かぁ……。夕方以降に光源があるのは助かるよね」

「それもあるが、電気分解で色々と作れるようになるな。早いとこサルファ剤の試薬を作っておきたいところだ」

「並行してペニシリンも作ってみる?」

「そうだな、ペニシリンの方は本当に当たるまでの総当たりだからな。試行回数は多い方が良い」

「そしたら、千空がサルファ剤、オレがペニシリン作ろうか」

「……お前なぁ、更に仕事増やす気か」

「へへへ、どうせやらなきゃいけないんだからさ。それに、何かに没頭してた方が……ね」

「……あぁ、サブカルチャーのサの字もねぇからな。お前にゃきついか」

「うん」

 

 はふぅと息を吐いたカナメがぼんやりと川を眺める、そんな横顔を盗み見て無理してないかを確認する。

 カナメは他にやる人が居ないから自分でやるタイプの人間なので、仕事を際限無く溜め込む事だろう。

 ……助手に未来を付けておけば保護者としてのブレーキで無理は留められるか。

 まぁ、ペニシリンの材料である柑橘系の青かびを集めるところから始めないといけないので、本格的な始動は箱根に行ってからになるだろうな。

 此方側には無かったが、箱根には湘南ゴールドの特産品があるからな、そこから生き延びている可能性がある。

 

「……あっちに作る家は、数年は耐える様な作りにしねぇとな」

「あ、やっぱりあっちに永住予定?」

「鉱物資源と温泉に海が近い、完璧な護身環境だろ」

「それはまぁ、確かに」

「こっちで蝙蝠の巣から硝酸を得られるが、彼方でプラチナを見つけられればハーバーボッシュ法で解決する。そうしたら此処にこだわる理由は……、地元愛以外は無くなるな」

「あはは、それもそうだね。それにまぁ戻りたかったら戻ってくればいいもんね。オレらは生きてるんだし」

 

 そうしっとりとした声色で呟いたカナメは少しだけ触れ合っていた肩を密着させ、此方にもたれかかった。

 カナメが家族の安否で気が気じゃない事は理解しているので、こんなもやし男の肩で寂しさが誤魔化せるなら貸してやる。

 触れ合った部分から感じるカナメの体温と同調していく様な心地で、足にやや力を入れて押し倒されない様につっかえ棒として受け止めておく。

 女のカナメに言うとアレなので言わないけれども、地味に体重で負けてるんだよな、数キロの誤差だと思うが。

 身長差はあんまり無いので恐らく筋肉量の差だろうな、……筋トレ、始めてみるか。

 こうしてもたれかかってくる事からカナメとしても逞しい俺をご所望と言う事なのだろう、……いや、猫みたいな性格だから単純に甘えているだけなのかもしれないが。

 大樹にも、司にも、カナメはこんな姿を見せない上に寄り掛からないだろう、この特権はきっと俺だけのものだ。

 ……己惚れでなければ、きっと、そう言う事なのだろう。

 本当なら俺から先手を打つべきであるが、それはそれで気恥ずかしいものがある。

 

「……ねぇ、千空」

「……なんだ、カナメ」

「人類総復活、本当にしたい?」

「あぁ、正義の科学者として、これまでの科学を引き継いだ者として。……石神百夜の息子として、成し遂げたい目標だ」

「……そっか、決意は固いんだね。箱根に行ったらさ、鉱物資源が手に入るよ。そしたら千空はもう止まらないでしょ。今なら、止まれるから」

「……悪ぃな、迷惑掛ける」

「ううん、良いよ。と言うか今更だよ、オレが千空にどれだけ振り回されてると思ってるのさ」

「逆じゃねぇか? 俺的にはお前に振り回されてる感覚だったんだけどな」

「そうだっけ? ……ふふふ、千空に賭けて良かったよ、こんなに楽しい毎日が送れるんだから」

 

 カナメを見やれば、本当に楽しそうな笑みを浮かべる明るい表情があった。

 かつて垣間見えた焦燥感を置き去りにして、ちゃんと地に足付けて歩いている、そんな安定した雰囲気だ。

 後ろ手を付いていた右手を持ち上げて、カナメを更に安心させるために肩を抱く……なんて事は出来ず、上げた右手は地面へ――。

 ――落ちずに誰かに掴まれ、後押しされるようにカナメの右肩に乗せられてしまった。

 緊張で硬直した俺に気付いて無いのか、カナメは嬉しそうに此方の肩へ横頬を乗せた。

 カナメを動かさない様に後ろを見やれば、両手をⅤの字にした杠がニンマリと笑みを浮かべていた。

 こ、こいつ、自分と大樹の両想いシーソーを棚上げしてちょっかい出しにきやがった……っ!?

 杠は口パクで、カナメちゃんの事宜しくね、と一方的に告げてその場を去った。

 見れば母屋の方に大樹たちも居る様でそこから視力の良いあいつらは俺らの事を見ていたらしい。

 ……はぁ、腹くくるか、右腕でカナメを抱え込む様にして安心させるべく力を込めた。

 カナメは借りて来た猫の様に大人しく、見やれば耳まで真っ赤にして恥ずかしさに悶えている様子だった。

 あぁ、うん、俺らの関係はまだその辺りだもんな、これは流石に気障過ぎるよな……。

 けれど、カナメは俺から離れる事はせず、俺もカナメを離す事は無かった。

 ……その後、お互いに離れるタイミングが分からず、杠が夕飯を伝えてくるまで抱き合う羽目になったのは言うまでもない。

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