石の上にも三千七百年   作:不落八十八

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 鹿革の衣服を纏って寝心地が良くなったのだろう、カナメは随分と幸せそうな顔で朝寝坊していた。

 俺は昨日の鹿骨スープの残りを温め直してから半分残して朝食を終え、昼食用に鹿肉の余りを焼いて竹筒に仕舞って弁当にする。

 短い竹槍を二本、長いのを一本、アトラトルとか言う槍投擲器を自衛武器として回収。

 背負い竹籠を背負ってカナメを一瞥してから寝床から出て行く。

 川の上流へと登り、俺の復活ポイントへと歩みを進めて洞穴へと辿り着いた。

 杠を守るために突き出したであろう恰好のまま石化している大樹を見下ろして、しゃがみ込んでから溜息を吐く。

 天井から滴り落ちる硝酸を直に頭に受けているのに関わらず、未だに石化が解ける様子は無かった。

 

「カナメの野郎、あの時口を噤んでたのはこれの事か」

 

 大樹が復活するかも知れないとやや期待していた時に、カナメは何か言いたそうな表情を押し殺していた。

 恐らくながら俺と大樹の位置から浴びている硝酸の量に違いがある事を察していたのだろう。

 戦力アップだ、と意気込んでた事もあり見落としていたが根本的な部分で俺はミスをしていた。

 そもそもの話、本当に硝酸だけで復活していたのか、と言う疑問だ。

 俺と大樹の差異は硝酸の浴びた量も違うが、それ以外の条件も同じでは無かった。

 俺は外に居たが、大樹はほぼ埋まっていた事もあり、風による風化や雨による劣化を受けていたとは思えない。

 そうなると必要になってくるのは硝酸と言うよりかはこの石化した部分を腐食させるための手段。

 つまりは、工業用腐食液であるナイタール液を作ってしまって石化の腐食を加速させちまった方が早い。

 だが、材料である硝酸はあるが、もう片方の素材であるエタノールが手元に無い。

 エタノールは酒のアルコールから作れるが、酒はまだ作っていない。

 

「……まぁ、カナメなら素材集めて作るだけだろだなんて百億%言うにちげぇねぇけどな」

 

 素材を作るために素材を集める、だなんて言い出す奴の言葉だ重さがちげぇ。

 カナメ曰く、俺には面倒を理由に非効率に走る嫌いがあるとの事だったが正解だ。

 酒が無いから、エタノールが無いからと別の素材で試して時間を浪費する可能性は多々あった。

 しかし、パッと思いつく酒の作り方は葡萄などの果実をアルコール発酵させるやり方だ。

 葡萄の収穫時期は八月から十月……、いや、苺が丁度今の時期だったか。

 今から苺狩りに行くぞ、だなんてカナメに弾丸ツアー組まれたからな、嫌でも覚えてる。

 

「だが、野生に戻っちまってる苺がそう簡単に集まるか? ナイタール液を作ったとしても、詳細が分からん石化の腐食に適した配合量がそのまんまって事は先ずねぇだろうし、量が要る」

 

 一先ずは大樹と杠、二人分の石化復活液を作る事を目途に研究を進めるか。

 雑草に紛れ込んでいたツバメの石像を拾い上げ、研究用のサンプルとして持ち帰る。

 さて、難題を持ち帰ったのは良いが、このまま帰るのもアレだからフィールドワークとするか。

 カナメの予想通り、ここ等にある渓谷は元ビルだった可能性は高い。

 んでもって鉄筋コンクリートだったとしてもコンクリートの寿命は精々五十年ちょっと、瓦礫の一部と化してる。

 だが、内側に入っていた鉄筋は錆びるだけで残っている筈だ。

 まぁ、問題はそれをどうやって掘り返すんだって話だが、土砂崩れを起こして内面を露出させている場所が無いかを探せば良い。

 鉄筋コンクリートに使われている鉄筋は結束線で縛ってある集合体だ、その部分を取り除いてやれば回収も可能の筈だ。

 

「……だが、製鉄をするってなると質の良い炉を作らなきゃならねぇ。急がば回れ、ロードマップを作って効率的に攻略すべき案件だ」

 

 炉の建設、それも鉄を溶かせるたたら場なんざ一朝一夕で出来上がるもんじゃねぇ。

 完成したとしても精錬に死ぬ程時間が掛かるが、作った後の生産性は馬鹿上がりする。

 ……作るか? 反射炉。

 いや、作るにしてもこんな仮拠点の様な場所で作るのは駄目だな。

 日常的に使える様に塩が取れる海の近くに拠点は引っ越すべきだ。

 鉄からハードルを下げるとなると、青銅か。

 銅に錫を加える事で融点を下げて扱いやすくした石器時代に終わりを齎した技術転換。

 こっちなら分厚い壁と煙突付けた溶鉱炉を作れば取り敢えず石器からアップグレードできる。

 ……まぁ、問題は材料である銅と錫をどうやって見つけるかって話なんだがな。

 銅に関しては一応、住宅などに使われているケーブルの中身が銅線だからそれを引っ張り出せば良い。

 しかし、もう一つの錫をどうやって見つければ良いか分からない。

 身近に使われていた錫となると、ぁ゛ぁー、五円玉とかか。

 

「……あるじゃねぇか、錫だけじゃなくて銅も沢山ある場所がよ」

 

 日本で使われている貨幣の内、硬貨は一円玉はアルミ、五円玉は錫、十円玉は銅が使われている。

 百円玉と五百円玉は銅とニッケルの白銅、今は使わないが有って困るもんじゃねぇ。

 それに新しいプラスチックならまだしも古いプラスチックは自然に還らねぇからそのまま残ってる可能性はある。

 飲食店並びに貨幣を取り扱う商店全般、極め付けは人工の鉱山と言って良い銀行がある。

 狙う順番は銀行、あとついでに商店と言った具合か。

 渓谷の形からして経年劣化が起きるぐらいまでビルなどはそのまま形が残ってた可能性が高いからな。

 そうなると掘り出すための道具を用意しなくちゃならねぇな。

 一度戻るとまた戻ってくるのに面倒だ、今日は取り敢えず記憶に残っている場所に印を残すだけに留めるか。

 俺たちの学び舎である広末高校を軸に、思い出せる限りで掘り出すポイントをマーキングしていく。

 まぁ、適当な枝をぶっ刺しているだけだが、もう一度思い出すよりかは省エネだろうしな。

 掘り出す時はカナメと合同にするべきだな、流石に一人でこつこつなんざ非合理が過ぎる。

 体感で三時頃になった頃合いで荷物を纏めて下流を下っていく。

 

「くっそ……、寝床まで遠過ぎる……」

 

 海に向かうための竹で作ったいかだを一人用にすれば帰りの時間は短縮できそうだな、と思いながらひーこら歩く。

 やっとの事で寝床に戻ると、竪穴式住居の土台が進捗が進んで竪穴式住居(仮)って感じに平たい竹の屋根が付いているのが見えた。

 随分と発展が進んでんなぁと思いながら様子を見に行くと、住居部分で熱心に座り込んで何かを作っていた。

 ……せめて入口を背中にしろ馬鹿、葉っぱが見えてんじゃねぇか。

 白い革の貫頭衣と緑は目立つ差異だったので遠目でも気が付けてしまった。

 角度を変えて緑色が見えない位置に立ち位置を変えてからカナメに近付くと、作っているもんを見て目を見張った。

 植物を解して作ったのだろう紐で草履を作っている光景が其処にはあった。

 

「おかえり千空、生憎鹿は罠に掛かってなかったから代わりのもんを作ってみたぞ」

「草履作れる女子高生なんて居たのかよ……、くっそおありがてぇ限りだがよ」

「へへへ、猟友会の婆ちゃんが昔ながらの草履作ってる人でさ、手伝いでちょろっとね」

 

 三角座りの状態から両膝を左右に開いた様な姿で草履を編んでいたカナメがにへりと笑う。

 恰好について非常にツッコミを入れたかったが、作ってるもんが作ってるものなので何も言えなかった。

 座り込んでいる近くに明らかにカナメの大きさじゃない足跡を模った土塊が置かれていた事もあり、俺の足跡から大きさを物理的に測って草履を作ってくれたらしい。

 真横に置かれていた草履を手渡され、足裏の泥を手で拭ってから履いた。

 急ごしらえの作品と言う事もあってややささくれている部分もあるが、素足で歩くよりかは遥かにマシだろう。

 

「本当は藺草があれば良かったんだが流石に見つからなくてねぇ。アップデートしていく予定だから今はそれで勘弁な」

「いやいや、歩く速度が馬鹿上がりだっつーの。そっちのそれは何を干してんだ」

「割った竹だよ。1.5センチくらいのを小割竹って言ってね、これを一週間くらい天日干ししてから水に四日くらい浸けて、柔らかくしたら内側から剥いで薄くしたのを編んでいくんだ。ナイロンが出回る前の丈夫な紐として使われてたくらい、水とかに強い訳よ。これで草履作る予定だから楽しみにしててよ」

 

 こいつの知識の出所、猟友会とやらの爺ちゃん婆ちゃんからの生きる薀蓄からだろ絶対に。

 普通の女子高生が知る様な内容じゃねぇだろそれ。

 俺は科学に関しては負けなしと言える知識はあるが、科学が発達する前の知識に関してはカナメが持っている。

 ……なんかもう大樹と杠を復活させたらこのまま十数年は生活できそうなくらいに生活水準高まりそうだな。

 

「千空の方はどんな感じよ」

「あぁ、てめぇの予想通り大樹はまだ復活してねぇ。んで、硬貨が残ってそうな場所に目印だけつけてきた」

「あ、あはは、まぁ、気付くよな。んで、硬貨? ……集めて溶かす感じ?」

「石器時代からそろそろ脱却してぇからな、青銅を作るために銅と錫が欲しい。そのために五円玉と十円玉が欲しい訳だ」

「まぁ、貨幣の加工を云々って怒る人はもう居ないだろうしねぇ。残ってるかな?」

「残ってんだろ、多分。お前が考察したように、あの渓谷はビルの跡だ。中のコンクリートは劣化して駄目だが、中身の鉄筋は錆びて残ってるだろうからな。それを骨組みにあんな形になってんだろうよ。なら、しっかりと固定されてたレジスターならそのまんま埋まってる筈だ」

「成程ね、そしたら明日は二人で発掘?」

「そうだな、一人だけだったら諦めてたがお前が居るからな」

「大樹が居たら一人で掘り出し完了しそうだけどね」

「居れば、な」

 

 カナメは確かにアウトドア系ではあるが、大樹程に馬鹿体力がある訳じゃないし、筋力も平均以上と言うだけだ。

 二人で発掘すると言うが、実際は俺が現場監督でカナメが手元作業員になるだろうしな。

 お試しで作ってみたらしい鹿肉のバジル腸詰めを一度茹でてからもう一回石板で焼いた物を夕飯として食べる。

 土器と言う調理器具が増えた事で鹿骨を煮出したスープが付く様になり少し華やかになる。

 拾ってきた木の実……、明らかに野苺であるそれを竹笊に入れて持って来たのを見て、小さく溜息を吐いた。

 こいつ……、俺が欲しかったものをあっさりと集めてきやがってからに。

 

「カナメ、この野苺何処に生えてた」

「え? 川を越えてちょい左の方に成ってたよ。懐かしいよね、あんま都会には無いけど山で時々食べてたよ」

「……明日の発掘作業は一旦取り止めだ。それよか先にその野苺をあるだけ回収しておきたい」

「へ? ジャムでも作る気? でも砂糖無いよ?」

「ちっげぇわ。工業用の腐食液ナイタール液を作るためにアルコールが必要なんだよ」

「え? 苺でもお酒ってできんの?」

「必要なのは糖分だからな、だから米でも日本酒ができんだよ。糖分を分解してアルコールに発酵、それが酒のメカニズムだ。それ用の土器を午前中に作っておくから、野苺の回収しといてくれ」

「はぇ~、すっごい。了解、そしたら潰すためのすりこぎ棒的なのあった方が良いよな。はんごろしにするために」

「はんごろし? 何処の言葉だそれ」

「おはぎを作る時に、蒸したもち米を半分形が残るくらいに潰す事を言うんだぜ」

「ふーん、するならぜんごろしで宜しくな」

「へい」

 

 実際、野苺から酒ができるかは運次第ではあるが、こいつが居るから何となく作れる気がする。

 大体三週間ぐらいは毎日掻き混ぜてやれば土器の中でアルコール発酵されて酒が造れる、筈だ。

 この調子だと予定よりも早く大樹を復活させれるかもしれねぇ。

 今、カナメが担っている肉体労働を大樹が肩代わりできれば、あいつは投擲器の様な実用的な発明品の着手に動ける。

 まだまだ何かしら作れるものが残っている様子が見えるし、科学を用いない発明家としての才覚がこのストーンワールドと言う環境で覚醒したと言うべきか。

 ……いや、どちらかと言うと溜め込んでいた知識を現代で使う機会が無かった、と言うだけか。

 これも残しておいた方が良いかなぁだなんて呟いてる馬鹿の口に野苺を詰め込んでから寝る支度を始める。

 その程度の量じゃ全く足りないから誤差だっつーの、大人しく食っとけ。

 そろそろ俺も衣服が欲しい所だが、カナメが作ってくれた草履のおかげで大分疲れは減った。

 歩く場所を気を付けなきゃならないってのは大分ストレスになってたからな。

 ……俺だけだったら鹿の革を靴下みてぇにして中に何か敷くぐらいになってただろうからな。

 生きる時代を間違えた様な知識を持ってるこいつが居てくれてマジで良かった、と心から思う。

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