……あの馬鹿、本格的に拠点作り始めようとしてやがった。
いやまぁ、拠点を移すプランの事はまだ話していなかった事もあり、この件に関しては俺が悪い。
これは一度海側の下見をした方が良いな、海へ掛かる時間をある程度把握しねぇと本決定ができねぇ。
此処から海へは行きは下流で早いが、帰りは歩く事になる。
そうなると最初は行ったら直ぐに戻るくらいのプランにするべきか。
「選択肢が多いってのが逆に困る羽目になるとはな、嬉しい悲鳴だなこりゃ」
海の方には塩作りの生産拠点にするだけに留めて、本拠点をこのまま此処に据える、そう言う考えも出来る。
文明の始まりは川の付近から発生すると言われている程に、今の立地条件は割と良い方だ。
此処から末広高校までが大体三時間、いや、草履のお陰で二時間くらいに短縮できるだろう。
実際、此処に仮拠点を置いているのは大樹及びあの硝酸が滴り落ちる洞穴から近いからだ。
……焦点を絞るべき、だな。
どっちつかずの行き当たりばったりで、根本の所がふわっとしていたせいでカナメの良さが活かせていない。
恐らくながら、あいつは俗に言うブッシュクラフト、茂みを使った工作で野生味溢れる家を作れる。
ツリーハウスの様な住居兼寝床だけの機能足らずの家ではなく、そこで長年生活できるレベルでの代物を、だ。
そうなると俺の科学による人類総復活計画の最初の本拠地として相応しい物を作って貰った方が良い。
「そうなると、今の此処は休憩ポイントとして後に残して、硝酸の洞穴近くにそれを作るべきか」
水の重要性は非常に高いので実際は洞穴へと続く渓谷の手前、そして川原に数分で辿り着けるぐらいの場所がベストか。
そして、この移転計画をしっかりとあいつにも伝えておく事が肝要だろう。
……カナメ、あの竪穴式住居を本格的にアップグレードして拠点を作ろうとしてたからな。
取り敢えず冷暗所よりも暖炉を作る事を指示しておいて、後々に休憩ポイントにする事は伝えるべきだな。
カナメの摘んで来た野苺の入った竹バケツを見やると用意周到な事に既に竹笊で漉された後だった。
仕事が早くて助かるぜ本当に、俺の膝くらいまでの大きさの厚めの土器に中身を移し替えておく。
別々にしておくとリスクは分散できるが進捗がズレるからな。
竹笊では大きさが足りないので虫除けに半円の板で蓋をしておく。
「……先の事を考え過ぎて、雨とかの対策とか全く考えてなかったな。一日潰れるだけだろぐらいで考えてたし」
と言うよりも大樹を復活させる事が出来るかもしれない復活液の作成に頭が偏っていた。
カナメというサバイバルクラフターの実力を見誤っていたと言うか、おんぶに抱っこだった。
鹿革の衣服をあいつに先に渡したのは目に毒だったからだが、俺よりもアウトドアに動けるからこそ先に装備を整えるべきだとも思っていたからだ。
実際、中木伐採のために効率よくするために掌バンテージが欲しいだなんて要求があったしな。
……良し、頭を切り替えろ、復活液はその調合のために必要なもんが集まってないせいで時間が掛かるタスクだ。
そして、カナメのやっている拠点改造は生活をよくするために必要な最短のタスクだ。
青銅製作のタスクの重要度は、カナメの支援のためにも割と高い。
俺の衣服は、まぁ、今日あいつが狩って来た鹿で何とかなるだろ。
「俺がすべき最善のタスク、青銅器の作成と見るべきだな。サブタスクに塩の作成、か」
いや、塩を先にやっておくべきかもしれないな。
恐らく、いや、確実にカナメがやりたいであろう事に砂浜に転がっているであろう貝殻が必須になってくる。
貝殻を八百度程で焼成して作る水酸化カルシウム、つまりは消石灰と同じもんが。
中身は食料に、何なら塩漬けにしちまっても良いし、外側は焼いて消石灰に。
貝ってのは無駄が無くておありがてぇ素材だな、PH調整に畑なんかにも撒いても良いだろうしな。
杠の居るあのクスノキを広末高校跡地として、最短の海への距離は十キロちょっとぐらいだ。
「……ん? そうなるとこの川を下るよりも海へ直線で歩いた方が近いな?」
頭の地図を思い浮かべるとこの川はやや南東に向かっている事もあり、そのまま下るとやや時間のロスだ。
太陽の位置と脳内時計の短針と長針の位置を組み合わせ、南を割り出してから最短の方角へと視線を向けた。
根岸湾の堤防から先が三千七百年で埋め立てられて無い限り、そこに海が広がっている筈だ。
ワンチャン日帰りで戻って来れる距離に縮んだ可能性が出て来て笑みが浮かぶ。
「千空ー! この前使ったタンニン液何処やったー?」
「馬っ鹿お前、使い回せる訳無いだろあんなもん。とっくに森の肥料だっつーの。皮の処理は俺がしといてやるから川の水にまた晒しとけ!」
「あいよー!」
……一枚目の皮の鞣し工程を思い出して若干萎えたが、そこら辺ももう少し効率よく出来る様にしねぇとな。
柳の樹皮を煮た汁と一緒に入っていた鹿の皮を取り出したらとんでもない臭いで失神しかけた。
カナメの知識はカルピスの原液並みに憶えてるだけの状態なので、水で薄めてやらないと使えたもんじゃない。
だからこそ、あいつの知識から効率的にしてやる事こそが俺の役目だ。
寝床に戻り、少し離れた場所で柳の樹皮の入った土器を引っ張り出す。
ある程度の大きさに割って土器で煮て水の量を減らしていく。
タンニンの臭いが色濃く出たその煮汁を竹筒に仕舞い込む。
今後はこれをタンニン液の原液として水で薄めて獣の皮を漬け込めば良い。
カナメが川に置いて行った鹿皮を拾い上げ、表面がデコボコとしている火山岩塊で脂を削ぎ落とす様に擦り取る。
体毛は後で炙って殺菌処理をするだけで一応残しておく、インナーシャツの代わりになるからな。
タンニンによって動物の皮膚にあるタンパク質、つまりはコラーゲンに作用してゼラチン溶液に変貌させる。
ダブルローラーで押し潰す様に伸ばすだなんて絡繰り細工を作るには道具が不足しているから手作業だ。
木槌で鞣した鹿の皮を叩いて柔らかくして、もう一回洗って乾かせばなんちゃってヌメ革の出来上がり。
……何で俺は横着して唾液を使った鞣しなんてしようとしたんだろうな、くっそ非効率だっつーのによ。
カナメせんせーによる本格皮鞣し講座を聞く羽目になったが、素直に勉強になったのは確かだからな。
「ご飯できたぞー」
「おぅ、今日は何だ?」
「鹿肉豪快ソテーに、鹿肉をチタタプしたオハウ入り鹿肉スープ、下処理した鹿の茹で脳だね」
「……チタタプ、オハウってなんだ」
「すみません、聞き取れませんでした」
「あ゛ぁ?」
古典的な梯子外しをしたカナメに、目の前に広がっている料理越しに睨み付ける。
家庭科部で色々と料理ができるからと言って変な物を食べさせようとしてんじゃねぇよ。
……隣に白く茹でられたそれから若干目を逸らし、カナメは悪戯顔で言った。
「チタタプ、我々で細かく叩いた物、と言うアイヌ語の調理方法、要するにミンチだな。オハウはそれの派生でつみれの事だよ」
「ふーん、で、これは?」
「鹿の脳みそってフランスでセルヴェルって呼ばれる高級食材らしくてね、ボイルして生姜醤油で食べると白子みたいな感じで食べられるんだってさ。動物の脳って高たんぱく質でアミノ酸も多いから栄養価高いんだよね。でも流石に言わずに入れると何か言われそうだから外付けにしました」
「おぅ、素晴らしい予想だな、正解だよ馬鹿野郎め。なんつーもん食わせようとしてんだてめぇ」
「そのまま捨てちゃうのもなんだかなぁって。こういう時ぐらいしか食べないじゃん?」
「……まぁ、それはそうだが」
「ちゃんと寄生虫が居ないかも確かめてあるから安心してくれ。味見してみたがぷりぷりで美味しかったぞ」
だなんて無い胸を張るカナメに白けた視線を向けつつ、よく見てみれば脳みそは上半分だけで下半分が見当たらなかった。
こいつ、見た目のインパクトを重視して上だけ残して試食してやがったな。
「脳みそは一頭から一つしか取れない希少部位なんですよ」
「当り前な事を抜かすな、魚のカマも二つしか取れない希少部位だなんて嘯くつもりかおめぇは」
「実際間違ってはないよね?」
「まぁそりゃそうだが……」
二人分に分けられた鹿腿肉を焼いただけのものと鹿肉のつみれ入りスープは素朴で美味かった。
だが、時折脳みそへ視線を向けられ、スープと二度見三度見されると流石に食べ辛い。
いやまぁ、こいつの魂胆は分かっている。
基本的にこいつの性根は善であり、今回のこれも珍しい食材だから布教しているに過ぎない。
……一口くらいは食ってみるか。
棒で作った箸で脳みその一部を切り取って、推奨する通りにスープに浮かばせた。
目を瞑って視覚からの暴力を排除してから啜る様に口へ運ぶ。
……前に鍋をつついた時に食べた白子よりも淡白だったが、まぁ、不味くはないな。
「まぁ、悪くはねぇな。次も食べたいかっつーと倫理的に厳しいもんがあるが」
「そっかぁ、じゃあ残りは食べちゃうね」
「……ぉぅ」
こいつの前では食材カテゴリーなんだろうし、忌避感も薄いんだろう。
美味しいって言う感じの顔で食べていると言うよりかは、食べられるから食べているって感じがするのは何故だろうな。
まさかと思うが、今の試金石だったのか?
俺がゲテモノが食えるかどうかの踏み絵を鹿の脳みそと言う比較的ハードルの低いもので調べやがったなこいつ。
食べられはするが日常では食用に適さない、みたいな事を頭のノートに書き込んでるんじゃねぇよな。
……いや、待てよ、こいつ確か冬の対策で色々と頭を使ってたよな。
つまり、非常時、他に何か食べる物が無い場合の事を想定して、今回の事を考えたなこいつ……。
腸詰にされた脳みそが保存食として用意されるのはマジで勘弁だぞ……。
「まさかと思うが、保存食に使うつもりか、それ」
「え゛っ、ま、まっさかー、んな訳ないじゃんね。……緊急の食料に使えるかな、とは思ってました」
「……食わせる時はちゃんと申告しろよ、ウミガメのスープするんじゃねぇぞ」
「うっす……」
十四世紀頃のドイツで大司教のコックが持っていた料理書には脳みそのソーセージの記載があったりしたんだよ、だなんてとんでもない事を口にしたカナメは最後の一片を飲み干した。
カナメ曰く、ソーセージの聖地と言えるドイツでは、豚一頭をほぼ食用に使い切る程に無駄の無い調理が可能なのだとか。
なので、無駄の無い食事の開発の第一歩に、自分でも若干及び腰だった脳みそを使ってみたとの事だった。
……そりゃまぁ、脳みそが行けるなら他の部位なんて問題無いだろうしな。
「まぁ、今後そう言うのを試す時は自分で食べてみてからするから安心してよ」
「別の意味で安心できねぇんだが? 絶対にキノコには手を出すなよ」
「あはは、分かってるよ。流石にそう言う分別はあるって」
「なら良いんだがな……」
願わくば背筋に走った怖気が違和感の類で終わってくれると良いんだが、そうならない事はこいつの表情が物語っている。
百億%何かしらの事をしでかす気満々じゃねぇか、もうちっと上手く隠せよその口角の上がりをよぉ……。
此処で聞き出すと裏に隠れてこっそりとやる可能性もあるので、一応の観察保護処分として見逃す事にする。
まぁ、こいつの事なので悪い方向には転がらない筈だ、変な勢いで回転して頓珍漢な善意が現す事だろう。
「っと、そうだった。ゲテモノで忘れるところだったが、今後の方針についてだ」
「ふむ、どう言う感じで進むんすか千空先生」
「先ず、この拠点は大樹の居る洞穴と海との間の休憩ポイントにするつもりだ。硝酸とエタノールによるナイタール液、つまりは石化復活液が完成したら人類の復興を目標に動き出す予定だ」
「ふぅん? 人増やすんだ」
「あん? じゃねぇと文明が進まねぇだろうが、俺とお前、そして大樹と杠だけじゃマンパワーが足りねぇ。工業化ができねぇんだよ。兎に角人手が必要だ」
「……成程ねぇ。続けて?」
「……あぁ。んで、最終目標はあの石化現象を解き明かす事だ。場合によっては宇宙へ向かうロケットの開発も考えなくちゃならねぇ。そのためにも人を復活させるのは決定事項だ」
「ふむふむ、誰から復活させてくの? 大樹と杠を除いてね」
「あ゛ぁ? そこら中に居るだろ、そいつらだ」
俺の考えを聞いたカナメは普段の気楽さの皮を脱ぎ捨てた様な、真剣で冷たい表情を浮かべていた。
それは、現実主義者と言うべき鋭い眼であり、善意の塊みてぇな上っ面の下に隠れている蛇の表情だ。
変な所で冷めていると言うべきか、何かで一線を引いている所に蜷局を巻いている裏の顔。
そこらへんに居る様な女子高生は雌鹿を狩猟して解体なんて嬉々としてやらねぇんだよ。
こいつはこいつで、俺や大樹の様な何処か道を外れている奴側の人間であり、それがこの本性と言える部分なのだろう。
「んー……、千空、もうちょっと人の悪意を気にした方が良いよ、マジで」
だなんて、蠱惑的で吸い込まれる様な瞳の色を浮かべ、人を嘲笑う人外の様な笑みを浮かべた。
カナメのAPPは15~16で人類の範疇です、安心だね。
Dr.ゼノと言う人の悪意に触れてるって?
HAHAHA、原作ミリ知らオリ主視点じゃ知らない情報ですんで……。