ヒエヒエの実を食べた少女の話エクストラ   作:泰邦

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本編百十九話直後くらいの時間軸の話
カナタさん29歳


小紫奮闘日誌
修行を始めよう


 日和がゴロゴロの実を食べて能力者となった翌日。

 怪我こそ治っていないものの、何をやればいいのかから指導するだけなのでカナタの体力など使わない。

 目ざとくそれを見つけた千代も付いて来たが、まぁそれは別に構うことはない。

 

「さて──私の修行は厳しい。だがまだ子供で、基礎も何もないお前たちに教えられることはごく少ない」

 

 動きやすい服装をした2人を前に、カナタは静かにそう告げる。2人の緊張した様子がわかるが、今日やることはそう難しくない。

 ただ走るだけである。

 

「ここに障害物も何もない訓練場がある。この外周をひたすら走れ」

「……それだけですか?」

「そうだ」

 

 体力は全ての基礎だ。

 何をやるにも体力が無ければ続かず、最低限の体力が付いたと判断してから次の段階に移る。

 怪訝な顔をする日和と千代だが、保護者として付いて来たイゾウと河松はうんうんと頷いている。2人とも体力の重要さを理解しているのだ。

 

「何も吐くまで走れとは言わん。一定のペースで走り、これ以上走るのは無理だと思ったら止めていい」

「止めていいんですか?」

「そうだ。自分で自分の体力の限界をしっかり把握しろ。ペース配分、体力管理は戦場においても重要だ。これを少し間違えるだけで死ぬ」

 

 丸一日戦い通せる化物みたいな体力があれば話は別だが、普通はそれほど体力が続かない。

 最初はペース配分も良く分からないだろうから、精々30分も走れれば上等だろう。

 2人ともまだ幼い。無理に鍛えて体を壊すのも本意ではないので、ゆっくりやっていくつもりだ。

 

「では私は部屋に戻る。やることがあるのでな。イゾウ、河松。しっかり見てやれ」

「はい。では姫様、千代様。始めましょう」

「え、マジで走るだけなの? つまんな……」

「千代ちゃん! カナタさんが言うんだからきっとすごく大事なことなんだよ!」

 

 後ろから聞こえてくる声に小さく笑いながら、カナタは執務室へと向かった。

 

 

        ☆

 

 

 昼食時になると、ぐったりした日和と千代を大事そうに抱えたイゾウと河松が執務室に現れた。

 

「倒れるまで走ったのか?」

「と言うより、本当に体力を使い切ったようで……休憩を進めたのですが、休ませて水を飲ませている間に2人とも眠ってしまい」

「まぁ子供ならそうだろうな」

 

 公園で無限の体力があるのかと思うほど走り回ったかと思えば、帰宅途中で電池が切れたように眠って背に抱えて帰る。そんなことも決して珍しくない。

 子供は本当に体力の限界ギリギリまで使い切ってしまう生き物だ。

 ただ走るだけではつまらないだろうから、何か遊びでも考えてやればいいのだが……カナタはその手の事が不得手だった。

 

「起きたら食事をしっかり取らせろ。これからずっと動き回らせることになるからな。空いた時間に腹に入れられるようおにぎりでも常備しておけ」

「子供相手でも鬼ですね、カナタ殿……」

「トキの遺言通りなら赤鞘とモモの助が戻ってくるのは20年後だが、本当にそうなるかは誰にもわからない。情勢次第ではもっと早く動くこともあり得るんだ。準備はなるべく早く終わらせるに限る」

「……そうですね」

「それと、2人には起きたら夜に私の部屋へ来るように言っておけ」

「この部屋ですか?」

「いや、この部屋の隣の部屋だ」

 

 執務室の隣はカナタの私室である。イゾウと河松も入ったことがない。

 と言うか、カナタが私室にいるところを見たことがない。大体船で島の外か、執務室のどちらかにいる。

 ……執務室の隣が私室になってる辺り、寝るためだけの部屋になっているような気はするのだが。

 

「それと、子供用の竹刀を用意しておけ。走って体力を付けさせる以外に、剣の型だけは教えておこう」

「わかりました」

 

 イゾウと河松が頷いたのを最後に、2人は部屋を出て行った。

 2時間ほど眠らせて、起きたら何か食べさせて……子供の体力はそれだけで回復するから凄いものである。午後からは剣の型を教えてやることになるだろう。

 部下の育成計画はこれまでもやってきたが、あの年頃の子供を鍛えるのは初めての経験だ。ある程度は行き当たりばったりになってしまうが仕方がない。

 やれるだけやってみるしかないだろう。

 

 

        ☆

 

 

 夕食を終え、カナタが私室に戻って準備をしていると、部屋の扉がノックされた。

 日和と千代、それにイゾウと河松の4人である。

 

「お邪魔します」

「おっじゃましまーす!」

 

 静々と入って来た日和と騒々しく入って来た千代。

 イゾウと河松も初めてカナタの私室に入るとあってか緊張しているが、入った瞬間に目を丸くした。

 ベッドと机、それに本棚。そして部屋の三分の一程度を占める和室。ハッキリ言って四畳間ほどの和室が凄まじく()()()()()のだが、カナタは気にした様子もない。

 

「来ましたね。2人とも、こちらへ」

 

 カナタの装いも普段とは違う。

 ワノ国で手に入れた着物を着ており、畳の上で正座して待つ楚々とした姿は、普段の姿を知っているだけに衝撃が大きい。

 日和も千代も、イゾウも河松も誰も言葉を発せなかった。

 

「え、っと……?」

「どうしたのです?」

「い、いえ! その……普段着物を着ている姿を見ないものですから……」

「ああ、これですか。私も普段から着ているわけではありません。ワノ国の装いに合わせただけです」

 

 ワノ国に過去滞在していた時は着る機会もなかったのだが、服だけは手に入れていた。

 日本を思い出す品だ。たとえ()()()()()()()だとしても構わないし、前世に未練はないが郷愁に駆られることも決してないわけではない。

 そういう意味で、カナタは着物を何着か持っているしたまに着ているが、私室に人を入れることがまずほとんど無いので他人に見られることもほとんどなかった。

 自分で着付けもすべてやっている。

 驚きからポカンとしていた日和たちだが、意識が戻ってくるといそいそと畳の上に上がって正座をする。きちんと靴は脱いだ。

 

「失礼しました。とてもお綺麗だったので、驚きました」

「フフ、ありがとう日和」

「その……なんだか、いつもと違いますね?」

 

 普段のカナタは鋭い視線で人を見ていることが多いし、もっと近づき難い雰囲気でいることが多い。

 今のカナタは温和で視線も柔らかく、別人のようにも思える。

 

「普段の私は……そうですね、いうなれば戦士としての面とでも言うべきでしょうか。今の私はプライベートですし、あなた達に教えなければならないこともあるのでこちらにしました」

「教えなければならないことですか?」

「イゾウと河松もワノ国で侍として様々なことを学んで来たでしょうが、日和はそれらを統べる将軍の血筋です。本来なら覚えなければならないことが多々あるのですよ」

 

 ワノ国の歴史、文化、文字、考え方……おでんも受けたはずだが恐らく覚えてはいなかったそれらを、日和はきちんと学ばねばならない。

 教養とは一朝一夕で身につくものではない。

 細かい所作、立ち居振舞い、言動に考え方などの様々なものを身につけた上で、内からにじみ出るのが〝品格〟だ。

 幼少期からそれらを覚え、またいつでも言動、行動などの振舞いを出来るようにならねばならない。

 

「もちろん、私が教えられることにも限度はあります。それでもスキヤキ殿と康イエ殿から教えていただいた言動、振舞いはきちんと貴女たちに学ばせねばなりません」

 

 本来であれば将軍の妻であるトキ、あるいは家臣の誰かが教えるべきことだ。

 だがイゾウも河松も歴史や文化、考え方などはともかく、女性の所作や立ち居振舞いまで網羅出来てはおらず、このままいけば日和も千代も海賊らしい海賊になってしまう。

 育った環境とは、そのままその人物の内側に影響を与え続ける毒のようなものだ。

 良きにせよ悪しきにせよ、である。

 海賊の中で育てられるのだから、一国の姫として環境は最悪も最悪と言っていい。

 

「ワノ国を救う。それもいいでしょう。カイドウを倒す。それも諦めねばやり遂げられるかもしれません。ですが、ワノ国を真に取り戻すなら人心を掌握出来る象徴の帰還が必要になります」

「……私に、出来ますか?」

「貴女が出来ると思うなら出来るでしょう。少なくとも、諦めた者には出来る事などありません」

 

 いっそ突き放すように、カナタは言いきった。

 別にカナタは誰がワノ国のトップでも構わないのだ。いずれリンリンもカイドウも倒すが、将軍として据えるのが必ずしも光月家の血縁である必要は無い。

 そこに関するしがらみは全てオロチが壊したのだから、次からはその流れに乗っかって別の誰かを将軍として据えてしまえばいい。

 日和がやりたいと言ったことと、スキヤキに対する義理もあり、正当性もある日和に任せてもいいとカナタが判断しているに過ぎないのだ。

 

「それでも、やりますか?」

「──やります」

「……良い返事です」

 

 次にカナタは千代に視線を向ける。

 将軍ではないが、大名の血筋である。もちろん相応の教育はこれまで受けて来ただろうが、これから日和と共にカナタの教育を受けていくなら相応の覚悟がいる。

 遊び半分でやっていることではないのだ。どうあれ、未来に必要なことだと理解して貰わねば学ぶ姿勢にも影響が出るだろう。

 やる気の無いものにやらせることほど無駄な時間はない。

 

「千代、貴女はどうしますか?」

「やる」

「ほう……別に貴女まで付き合う必要は無いのですよ?」

「それでもじゃ。わし、礼儀作法とか色々堅苦しいのは嫌いじゃけど、知っておけば後々何かに使えるじゃろ?」

「……まぁ、そういう考え方もあります」

 

 本人にやる気があるならそれ以上を求めることはない。

 選んだのは本人たちだ。カナタがやる気を出させるために機嫌を窺うことはまずないのだが……日和に関してはスキヤキに対する義理もある。

 なるべくなら潰れないよう目をかけてやらねばならないだろう。

 

「イゾウと河松は……今から学ぶ必要はないでしょう。ここに居たければ好きにして構いませんが、もし居辛いと言うのであれば部屋の外なり執務室なりで本でも読んでいなさい」

「では、我々はそうさせていただきます。迎えはいつ頃に?」

「一時間ほどです。この子たちの集中力も持たないでしょう」

 

 学ぶことは多いが、こちらは長い時間をかけて徐々に体に覚えさせねばならないことも多い。

 昼間の修行と結局やることは同じだ。

 ひとつひとつ指導し、覚えさせ、テストする。人間、覚えるには反復練習が最も効果的だ。

 

「では、今日の授業を始めましょう」

 

 カナタが静かにそう言い、日和と千代は正座したまま背筋を正した。

 

 

        ☆

 

 

「……カナタ殿、えらく器用と言うか……改めて見ると細かい所作まで洗練されているな」

「前々から食事の作法なども綺麗だったし、貴族の出ではないかと思っていたのだが……」

 

 父親は分からないままだが、母親はアレだった。ジョルジュやスコッチは「昔からあんな感じ」と言っていたので幼少期に学んだハズなのだが、2人に会う前は孤児院の厄介者扱いだったと本人が言っている。孤児院で貴族のマナーなど学べるはずが無い。

 では、一体どこでこれらの教育を受けたのか。

 イゾウは困惑しきりだったが、こればかりは本人が話さない限りは分からないことだろう。

 話す気は無さそうだったので、永遠に分からないままかもしれないが。

 

「……まァ、知らずとも困らんだろう。姫様たちの教育を担ってくれるというのだ。ありがたくお願いした方が良い」

「そうだな。拙者もお主も、元々侍になどなれるハズもなかった。おでん様に拾っていただいたからなれただけで、礼儀作法などはとんとわからぬ」

 

 それでも康イエの下で最低限の教育を受けて来たので、おでんの治める〝九里〟で大名を補佐する侍としてやって来れたのだ。

 武士は食わねど高楊枝。

 見栄と誇りを気にするのが侍の生き方なれば、舐められぬために礼儀作法はきちんと学んだ方が良い。

 ……おでんはその辺り、かなり無頓着だったから余計にそう思う。

 

「……願わくば、姫様はおでん様ほど奔放にならないことを祈る」

 

 河松は隣で深く頷いた。

 

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