バチリ、バチリと静電気が発生する音がした。
日和から1メートルほど離れたところで地面に突き立てられた木の杭目掛け、突き出した日和の手との間で電気が発生して一瞬だけ大気を走る音だ。
空気は絶縁体であるため、電気が発生して大気を走るたびに膨張した空気が音を立てている……と、日和は説明を受けたものの、良く分かっていなかった。
原理はともかく、今使えているのだからその辺りの理解は追々でもいいだろうと判断されたが。
雷の能力は強力だ。
元々使っていたのが世界でも指折りの実力者であったオクタヴィアだったこともあるが、それを差し引いても攻撃の出の早さと人体に当たった際に麻痺するという副次的な効果は特筆して強力だ。
もっとも、強力な分制御が出来なければ危険な力でもある。そのため、現在は出力より制御に割り振った修行をしていた。
「慣れてきたようだし、もう少し間隔を狭めてみるか」
木の杭の横には鉄製の杭が刺さっており、日和の雷は油断すればそちらに吸い寄せられてしまう。
雷、と言うより〝電気は通りやすいものに流れる〟という性質を理解させると同時に、〝戦場で使えば味方の武器に落雷が発生することがある〟ということを理解させるための訓練だ。
カナタとて、広範囲に能力を行使すれば味方ごと凍らせてしまうこともある。
それをしないように、能力の制御を怠る真似はしない。
「自分の能力で発生したものが狙い通りの場所に狙い通りに当たる。その感覚を忘れるな。どんな状況でも味方の背中を撃ってはならない」
「はい!」
能力を使わないことも選択肢のひとつではあるが、仮想敵がカイドウなら日和が単独で勝てる可能性は低い。
おでんの家臣と共闘すると考えても、味方の背中に当てないように能力を制御する訓練は決して無駄にはならないだろう。
日和と同時期に能力者になったティーチはと言えば、カナタの横で正座させられていた。
「ゼハハハハ、上手くなってきたじゃねェか! やる気のある奴ァやっぱ成長も早ェな姉貴!!」
「お前、本当に反省しているのか?」
「能力の習熟をするならやっぱ実戦だろ!」と言い放って適当に海を渡り、海賊団と町を三つほど壊滅させて帰って来たティーチ。
当然ながらカナタはこれにキレて、執務室から海まで蹴り飛ばして溺死させかけた。壁の修理費はティーチの借金である。
ジト目で睨みつけられたティーチは流石にばつが悪そうな顔をするも、カナタに怒られたからそうやっているだけで街を壊滅させたこと自体は一切悪いと思っていない。
思わずため息をこぼすカナタ。
カナタと反対側には何故かロビンが座り込んでおり、正座しているティーチの足をつんつんとつついている。
「おいこら、ロビンやめろ! 足痺れてんだよ!!」
「好きなだけ遊んでやれ、ロビン。こいつは反省と言う言葉から最も遠い男だからな……」
倫理観とか、罪悪感とか、そう言ったものをどこかに忘れたか捨てたのだろう。
あくまでカナタにとって不利益にならないように努力する程度のことはやってきたはずなのだが、ヤミヤミの実を食べてからタガが外れたように暴れている。
困ったものだ。
「お前にもお目付け役が必要だな」
「おいおい姉貴、おれァ真面目にやってるぜ! 今回はまァ、ちとやり過ぎちまったがよ……まだ能力に慣れてねェからこうなっちまっただけさ! ハズミって奴だ!」
次はもう少しうまくやる、と言いたげに不敵な笑みを浮かべるティーチ。
カナタは疑わし気に目を細めた。
根拠のない自信はいつもの事だが、こと今回に限っては妙に真剣さを感じる。
空島で語った「裏切る気はもうない」という発言が事実なら、本当にこの男はカナタの味方としてやっていくつもりがあるのだろう。
「……行動で証明することだな。カイエにでも見張らせるか……?」
「姉御、何だかんだでおれより呼び出されてる回数多くねェか?」
「あの子はな……仕事は真面目だしコミュニケーションも円滑に出来るんだが……」
円滑に
色を知る歳頃とは言え、あまりあちらこちらで浮名を流されると付け込まれることもあるし、ハニートラップに引っ掛かって内部情報をこぼすこともある。
異性より同性の方が好みなのはこの際何も言わないが、貴族の娘に手を出されると友好的な国でも関係性が悪化する。
何度か釘を刺しはしたのだが、若さゆえの暴走はままあることだ。親であるグロリオーサも元々海賊なので「強いのだし何をやってもいいのでは?」と思っているからタチが悪い。
「……ここらでひとつ、規律を正す必要があるかもしれんな」
「何する気だよ」
「追々考える。覇気を浴びせれば誰に歯向かっているか脳髄から理解出来るだろうが、別に恐怖政治が目的ではないからな」
「おれにやってるみてェにぶん殴ってやればいいじゃねェか」
「お前なら遠慮はいらんが、カイエを殴りつけては可哀想だからな」
「姉御はそんなヤワじゃねェだろ……」
ティーチは呆れた様子だが、幼い時分から面倒を見て来た子供なので訓練以外で殴りつけて言うことを聞かせるのはどうしても忌避感が強い。
この辺りは元々の日本人的気質かもしれない。
「こんな時、クロならどうするか……」
無意識に零れた言葉に、カナタはハッとした様子でため息をこぼす。
慣れたつもりだったが、まだふとした瞬間にいなくなった友人の事を頼ろうとしてしまう。依存していたつもりはないが、弱くとも口が回るしコミュニケーション能力が高かったのでひそかにサポートしてくれていたことに慣れ過ぎていたらしい。
カイエの事だって、クロが生きていれば上手いこと口車に乗せて説得出来ていたかもしれないと思うと、惜しい男を失ったものだと改めて感じてしまう。
カナタの様子を見かねてか、ティーチが陽気な声を上げた。
「オイオイ姉貴、クロの野郎に出来るんだったらおれだって出来らァ! あいつのいた席にはおれが座ってやるからよ、そう考えすぎんなって」
「……不要だ。私は死んだ者のいた席に別の誰かに座らせる気はない」
地位や立場という意味ではなく、カナタにとっての立ち位置の話だ。
昔から共に旅をして来た仲間たちは元より彼女にとって大事な立ち位置にいるが、中でもクロは手のかかる仲間だった。
思えば、あれほど手のかかる子供は初めてだったかもしれない。今の年齢からすればあちらが年上だが、前世も併せればクロは子供のようなものなのだし。
「カイエに関してはあとで何とかしておこう。あまりやりたくはないが、言うことを聞かないようなら殴りつけてでも言うことを聞かせるしかあるまい」
特に日和に手を出されてはかなわない。
☆
話がズレたが、元々日和の能力の練習のためにティーチを呼び出していた。
現時点で〝黄昏〟にいる
もっとも、ヤミヤミの実は
「全身から〝闇〟を出せるように、お前も〝雷〟を出せるだろ? 要はそれを上手いことぶつけてやりゃあいいんだ。それで済む」
「使い方を教えろと言ったんだ馬鹿者め」
ゴン、と氷の槍の柄で叩かれるティーチ。
まぁしかし、触れたモノを無限の重力で吸い込んで圧縮し続ける闇の能力と雷の能力では確かに何を教えればいいのか、と考えるのも理解出来る。
性質があまりに違いすぎるのだ。
「雷の能力は確かに強力で、ただ放出すればそれだけで敵を倒せることも多いが……地力で上回る相手には通用しない」
「そういや姉貴、空島で雷を受け止めてたよな。あれまだ出来るのか?」
「咄嗟にやってみたら出来たが、恐らくやれるだろう。ああいう風に雷が通じない相手には全くの無力になることもある。私だって色々能力を応用しているんだ」
手で掬った海水を適当に海へ叩きつけると、その衝撃で海水が凍り付く。
掬った海水を過冷却状態にまで冷やし、衝撃を与えることでそこから相手を凍り付かせることも出来る。普通に冷気を叩きつけて凍らせた方が圧倒的に早いが、覇気を纏う相手では凍らないことも多いので凍らせるための取っ掛かりになる。
「手品みてェだな」
「あとは……そうだな、こういうのも面白いだろう」
左手の指先に白い靄のようなものが発生し、時間が経つにつれてバチバチと音が鳴り始める。
指先を先程まで日和が使っていた木の杭に向けると、白い靄から発生した雷撃が木の杭を打ち抜いて空気が爆発するようなボン! と言う音がした。
ティーチは目を丸くして顎をさすり、日和とロビンはびっくりした様子で興味深そうにカナタの指先を見ている。
「雲を疑似的に再現した。雷は極小の氷の粒をぶつけることで発生した静電気が溜まったものだから、それを利用して日和のように電撃を放ったわけだな」
日和は首を傾げているが、ロビンは何となく理解出来るのか、ティーチと同じように口元に手をやって何かを考え込んでいる。
静電気を発生させて雷の規模まで持って行くのはそれなり以上に時間がかかるが、規模を大きくすれば時間も短くなるだろう。もっとも、どちらにしてもノータイムで雷を落とせる日和の下位互換に違いは無い。
……今の日和にそれほど高い出力の雷は出せないため、カナタの用意する規模によっては上回れることもあるかもしれないが。
何にせよ、今だけの話だろう。
「雷も性質を理解出来れば色々と応用が利く。磁力を発生させたり電波を発生させたり電波を読んだり……オクタヴィアは見聞色の覇気と併用して遠距離の電伝虫の通話や会話を盗み聞きしたりしていたな」
「結構色んなことが出来るんですね! でも勉強は大変そうです……」
「勉強は嫌いか?」
「嫌いと言うほどでは……でも、あんまり楽しくはないです」
「ふむ……」
カナタは勉強を苦にしたことがないのであまり共感出来ない悩みだが、かと言ってこれをカテリーナやベガパンクのような天才に授業させるとそれはそれでこちらの理解度そっちのけの授業を行う可能性がある。
どうすればいいのか分からず困っていると、ティーチが微妙な顔で助け船を出した。
「やる気を出すなら褒美を出せばいいんじゃねェのか。姉貴だっていろんなことで褒賞出したりしてるだろ」
「……それしかないか」
日和がやるべきことであってカナタが
そう考え、カナタは日和の方を見た。
「何か欲しいものはあるか?」
「えっと……じゃあ、その……上手く出来るようになったら、お母さまみたいに撫でて褒めてください」
恥ずかしそうに視線を逸らしながら、日和はもじもじしつつそう言った。
きょとんとした顔で日和を見るカナタだが、日和とてまだ幼い子供だ。自分には必要なかったものであれ、この子には必要なものなのだろうと思い。
カナタは普段は外では見せない優しい笑みを浮かべて日和の頭を撫でた。
「いいでしょう。貴女が私の庇護下にいる限り、私の事を母と呼ぶことを許します」
「! はい、ありがとうございます!!」
なお、これを見ていたティーチとロビンは目を合わせてお互いに夢でも見ているのかと頬を引っ張り合っていた。
ついでにちょっと羨ましくなったので、ロビンはその日の夜にオルビアの寝床に潜り込んだ