〝ハチノス〟の会議室にて、〝黄昏の海賊団〟の幹部たちが顔を合わせて食事をしていた。
今後方針を決めたり経過報告をする会食のようなものだが、幹部たちは既に二十年を共にした仲である。取り繕った態度もなく、ピザを片手に報告を聞くカナタにも報告を上げるジョルジュにも緊張感がない。
「……ま、今のところ百獣海賊団とビッグマム海賊団による被害は大きくはねェな。問題はどっちかっつーと、連中に触発された海賊の方だ」
〝百獣海賊団〟が拠点とするワノ国へと攻め込み、あと一歩まで追い込みつつも〝ビッグマム海賊団〟と同盟を組んだことで撤退せざるを得なくなった。
実態がどうあれ、客観的に見れば防衛しきった百獣海賊団の勝ちである。
この戦いでカナタ達〝黄昏〟は勢力を落としたわけでもないのだが、海賊の世界は生き馬の目を抜くような連中こそが幅を利かせる世界だ。
油断も隙もあったものではないし、これに対処出来なければ本当に〝黄昏〟は勢力を落とすだろう。
「どうせ船は数が欲しいと思っていたところだ。やれると思ったなら船員だけ潰して船は接収したい。しばらくはこのままでもいいだろう」
「本気か? 襲われてるってことはウチの貿易に不安を覚える奴らも出ることになるんだぞ?」
商船を運営する側としては、信用は第一に考えたいとジョルジュは言う。
不安を覚えるのもわかるし、それを払拭しなければ今後の運営に差しさわりが出ると考えるのもわかる。
だが、カナタは首を縦に振らなかった。
「放っておけ。今まで通り仕事をするだけで勝手に噂は広まる」
「そういうもんか? まァお前がいいならいいけどよ……」
納得がいっていないのか、ジョルジュは難しい顔で報告書を置いてピザに手を出す。まだ焼きたてでアツアツのピザはとろりとチーズが垂れており、ひとつ手に取ったジョルジュは慌てて口にしてその熱さに悶絶する。
隣に座るスコッチは呆れた顔で水の入ったコップを渡し、代わりに話し出す。
「お前がそういうってことは、何かしら策があるのか?」
「策と言うほどの事ではない。ジュンシー、ゼン、フェイユンを船団にそれぞれ乗せておけば、襲ってきた船はほぼ返り討ちに出来るだろう。船の接収は余裕のある時にやってくれればいいが、それ以外はあらかた叩き潰して逃がしてやればいい」
「……逃がすのか?」
「
恐怖とは伝播するものだ。
実際に身を以て知った恐怖体験は、酒の席でさぞ口を軽くしてくれることだろう。
七武海に入ってからこっち、海賊たちの間では〝黄昏〟の評判はさほど良くはない。政府に尻尾を振った売女だと口さがなく言うものもいる。
そういう頭の軽い連中は、こういう状況ではこれ幸いとちょっかいをかけて来るものだ。精々身の程をわからせてやればいい。
……と言うか、これ以外やれることがないのだ。
「原因が原因だ。リンリンかカイドウのどちらかともう一度戦争して潰せれば面目も保てるが、現状それをやるには少々厳しいものがある」
舐められたら殺すのがメンツを保つ一番簡単な方法だ。
しかし、相手がリンリンやカイドウともなればそんな手を使うことは出来ない。
周囲に与える影響も甚大だし、あの2人が同盟を組んでいる以上は〝黄昏〟単独で倒すのはほぼ不可能である。政府や海軍など信用出来る訳もなし、地道に信頼を取り戻すしかないのだ。
「それに、勢いづいてこのまま戦争になるのは困るとセンゴクから連絡があった。多少はバックアップするつもりなのだろうが、直接ぶつかるのは避けろと言っている」
「海軍から? 今更信用出来るのか?」
「出来んな。背中を撃つような真似をされても困る」
いくつか条件を出し、それを呑んだことで七武海続投には頷いた。
だが、それで海軍を信用出来るかと言われれば答えはノー。
一度裏切った者が二度やらぬという保証は無い。共闘関係とは言いつつも、海軍と〝黄昏〟は本質的に敵対勢力だ。手札の全てを見せることはないし、背中を預けることはない。
「恐らく、ガープ辺りが出張って牽制に動くだろう。あいつならリンリンもカイドウも抑え込める」
とはいえ2人一度に、とはいかないだろう。それでも、片方を抑え込んでくれればもう片方はセンゴクが対処出来る。
あの2人が揃えばカナタも危うい。大将が出張るまでもなく、成ったばかりで共闘の意識が薄い海賊同盟など叩き潰せるだろう。
それをやらないのは、
ガープ、センゴク、おつるの3人ならやれるかもしれない。だがやれないかもしれないし、やれたとしても勢力としては大打撃を受けるかもしれない。そもそも多数の船員と傘下を持つ海賊を相手にすれば、海軍とは言え無傷では済まない。
海軍は大きすぎるリスクを取る選択が出来ない。自分たちが消えれば、市民を守る者がいなくなるからだ。
それ故に、海賊同士で潰し合わせるための〝王下七武海〟という制度なのだが──当然、海賊側も使い捨てられると判断すれば反旗を翻す。
今の〝黄昏〟がまさにその状況なのだ。
「私たちは私たちに被害を与えようとする分だけ弾き返せばいい。しばらくは私も海賊同盟の船を沈めることにする」
カナタはその能力の性質上、単独で海を踏破出来る。
何もいない海原に人が立っているだけでも不気味なのに、夜半に奇襲などかけられた日にはおちおち眠れもしなくなるだろう。
幽霊船などより余程恐ろしい伝説が出来上がりそうだ。
「おっそろしい女だよ、お前は……」
「だが、効果的ではありそうだな。連中が疲弊してくれるならそれに越したことはない」
「全くです。ワノ国での狼藉、私はまだ許していませんよ!!」
憤慨した様子のゼンは、怒りに任せてピザを噛みちぎる。
馬面の割に猫舌なのか、慌てた様子で水を飲むゼンを尻目に、カナタはもう一つピザを取った。
それよりも余程困ったことがあるのか、先の話の時のような強気な顔はなく、眉尻を下げてため息を吐いた。
「それよりも、最近はティーチの馬鹿とカイエが少々やんちゃでな……ティーチは丁寧に身内以外の目撃者をゼロにする徹底ぶりで逆に感心したものだが、カイエの方は問題だな」
「貴族の娘に手を出したのだったか。色を知る年頃とは言え、少々度が過ぎるのも事実だな」
「……ちょっと、お説教します?」
フェイユンは話を聞きつつ特別サイズのピザを食べていたのだが、口元に食べかすを付けたままコテンと首を傾げて訊ねた。
まだ年若いが、カイエは希少な悪魔の実を食べていることと、幼少期からグロリオーサの手解きを受けていることで幹部候補だ。
しかし、船長の顔を立てられぬ幹部など組織には不要である。
海賊の流儀として、一度痛めつけるのも手ではあった。
だが、カナタは首を横に振る。
「……前々からあの子の素行は耳に入っていたが、度が過ぎるようになったのはクロが死んでからだな。叩きつけて治るようなものではないだろう」
「そう、ですか……」
「クロは戦いこそ不得手だったが、この手のメンタルケアは得意だったからな。惜しい男だった」
メンタルケアが得意というより、単に口が回るだけ、というだけの話かもしれないが……それでも話を聞けば、日和もクロと話をして前向きになっていたようだし、その手の才能はあったのだろう。
皆を引っ張る先導役がカナタなら、クロは皆の背を押す役割だった。彼がいなくなった以上、その役割を誰かがやらねばならない。
人数が増えれば目が行き届かなくなることもあるだろうが、今はまだ耳に入る範囲だし、幹部候補としてカナタが育てる必要もある。
「本音で話し合うなら──風呂だな」
「前々から思ってたけど、お前時々感性がおっさんだよな」
カナタの言葉にジョルジュは疲れたようにツッコミを入れていた。
☆
その日の夜。
仕事を終え、カナタは浴場のひとつに入っていた。
〝ハチノス〟はそれほど広い島ではない。最低限のインフラは整えているが、フェイユンのような巨人族も何人か住んでいるので居住区画の問題は常にあった。
いくらか拡張してはいるものの、〝黄昏〟の船員とその家族まで含めれば人数は相当なものとなる。
拡張した区画には共同で使う大浴場などが設置されており、もっとも内側にあるのが現在カナタが入っている浴場である。一軒一軒に風呂まで付けるスペースは足りていないのが実情だからだ。
ドクロ岩内部に掘られたこの大浴場は巨人族も使えるほどの浴槽もあるが、今はカナタひとり──そこへ、衣服を脱いでタオル一枚だけ纏ったカイエが入って来た。
緊張からか、普段とは違っておどおどとした雰囲気が感じられる。
「……あの」
「来たか。ゆっくり風呂に入っていてはのぼせてしまう。背中でも流してやろう」
腰まである長い髪を団子状に纏めていたカナタは、浴槽から立ち上がった。手にタオルを持ってはいるが、同性しかいないためか体を隠そうともしていない。
能力者は水に浸かっている間、体から力が抜け続ける。
原理も何もわかっていないが、
壁際に用意された椅子に座ったカナタは、隣の椅子をぽんぽんと叩く。
「こっちへ来て座るといい」
「……はい」
緊張した面持ちで風呂用の椅子に座ったカイエ。
膝辺りまで伸びた紫色の長い髪が床につくが、カナタは気にせずお湯を流してわしゃわしゃと洗い始めた。
「随分身長が伸びたものだ。初めて会った時は私の腰くらいまでしかなかったというのに」
「あの時はまだ、子供でしたし……」
「私にとってはまだ子供のようなものだがな」
身長は追い抜かれて久しく、鍛え上げてもしなやかさを失わない体は同性異性を問わず惹きつける。
カイエを拾ってから10年あまり経つが、当時はここまで強くなるとは思っていなかった。
カイエからすれば、当時のカナタと同じ年頃になってようやく、当時のカナタの凄さを肌で感じていた。
「子供のようなものだが、随分強くなった」
「……私はまだまだです。カナタさんが同じ年頃の頃には、既にあのセンゴクを出し抜くことも出来たと聞きますし」
「……あれはあまり思い出したいことではない。センゴクは天竜人を殺された直後で
「そうなのですか?」
「ああ。もっとも、今センゴクと戦うなら正面から倒して見せるが」
〝英雄〟ガープに並ぶ、現海軍における最大戦力〝仏〟のセンゴクの強さはカナタも良く知っている。伊達に何度もぶつかってはいない。
世代的にはカナタのひとつ上になるが、現在が全盛期だ。オクタヴィアを倒したとはいえ、カナタでもセンゴクを倒せるかと言われればやや分が悪いだろう。
一度は逃げきり、一度は倒した相手ではあるが、容易い相手だと侮れない男だ。
そもそも倒せたのも奇襲と運が絡んだ末によるものなのだし。
「私は……私がもう少し強ければ、クロさんも死なずに済んだのではないかと……あの日から、ずっとそう思うのです」
「…………」
「人より弱い彼があそこまでやれたのに、私は早々に倒れて……不甲斐ないと、思うばかりで」
「──驕るな、カイエ」
ざばり、とカイエに頭から湯をかける。
体に着いた泡を流し、手慣れた様子でカイエの髪を纏めてからカナタは立ち上がって湯船に入る。
カイエもそれに続き、隣り合って座ったまま無言の時間が過ぎた。
弱音を吐いたカイエにどう答えるべきか迷った末、カナタは口を開く。
「クロの選択は奴自身によるものだ。お前が責を感じる必要は無い。それに、その論理で行くなら責められるべきは1人でオクタヴィアを殺せなかった私にこそ責がある」
「そんな! そんなことは──」
「お前が言っているのはそういうことだ」
「……でも」
「弱い奴に何かを選ぶ権利はない……物事を思い通りにしたいのなら、強くなるか、あるいは相手を丸め込めるだけの知恵を付けろ。わめくだけなら赤子にだって出来る」
泣いてわめけば誰かがどうにかしてくれるのは赤子の時だけだ。
何かを選んで勝ち取りたいのなら、相応の力が必要になる。
武力に限らず、権力も財力もそうだ。単なる武力だけなら世界でも有数のカナタが、何故それだけに頼らず多方面に影響を持とうとするのか。カイエは何となく理解できた。
船長として、誰かの命を常に預かる決断をしなければならないのなら──船員が命を投げださずに済むように強くならねばならないのも、また船長の役割なのだ。
「しかしまぁ、なんだ。ストレス発散だろうが、貴族の娘にまで手を付けるのはやり過ぎだな」
「…………それは、すみません……」
「呆れはしたが怒りはしない。やってしまったものは仕方ないことだ。だが、今後は自分で後始末出来ないことに手を出さないようにすることだな」
カナタの指摘を受け、カイエは恥ずかしそうに顔を赤くして縮こまった挙句湯船の中に沈んでいく。
あまり深く入りすぎると全身から力が抜けて溺れてしまうため、限度を見ながらではあるが……。
雰囲気が和らいだカイエの様子を見て、これなら大丈夫そうだとカナタは判断した。
元々長風呂をする方でもない。湯船から立ち上がると、カナタは脱衣所に向かって歩き始める。
その背中に、カイエは声を投げかけた。
「あの!」
「なんだ? 何か言いたいことでもあったか?」
「……日和を鍛えているのでしょう? 出来れば、私も一緒に鍛えてもらうことは出来ますか?」
「フフ……やる気が出たようだな。構わん。あの子はまだ基礎の基礎からやらせているところだが、お前ならもう少しきっちり鍛えられる。明日から鍛錬に参加するといい」
「……はい!」
しなやかで女性特有の丸みを帯びた体でありながら、鍛え上げられた筋肉と雷の痕が残る左腕。
カナタの鍛え上げられた肉体に対し、カイエは感嘆の息を漏らす。
元々カイエの戦闘技術はカナタよりグロリオーサによって教えられたものが多い。実戦経験ならそれなり以上にあるが、カナタに教えを乞えるならそれに勝るものはない。
カイエは明日から忙しくなることを思って気合を入れなおし、立ち上がった。
中身とは全然関係ない話なんですが、カナタさんは諸事情で足元が(物理的に)見えてません
なにとは言いませんが、大きいので