TOA ~突き進め、我が道を!~   作:あきあ

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第九話 遭難と決意

白い世界の中を、永遠と歩き続けていた。

 

冷たく吹き付ける雪。塞がりきっていない傷口から血が流れ、それと共に体温まで失う。

 

背中にリグレットを背負い、鎧をソリ代わりにしてラルゴを引きずる。

 

足は重く、意識は朦朧としている。

 

どれだけ歩いたのだろう。どこまで歩けばいいのだろう。

 

ただでさえ吹雪で覆われた視界は狭いのに、疲労でまともに眼が映らなくなって来る。

 

もう、何を考えているのかも、わからない。

 

一瞬、目の前が真っ暗になる。

 

「……ここ、どこだ……?」

 

次に目を開けば、世界ががらりと変わっていた。

 

上下左右、どこにも何もなく、薄暗い。地面も空もなく、宙に浮いている感覚。

 

背中の重みも、消えている。

 

俺は独り、何もない世界をぼんやりと漂っていた。

 

と、足に何かが当たる。

 

「……っ!?」

 

人間の、手だった。

 

それは俺の足首を掴み、下に引きずり下ろそうと力を込めて来る。

 

「はなせ!」

 

振り払おうとするが、身体は動かなかった。

 

俺の全身に、無数の腕が絡みついていた。それは完全に俺を捉え、放そうとはしない。

 

「くそっ、放しやがれ……!!」

 

逃れようと暴れるが、腕は微動だにしない。

 

――お前も……――

 

声が、聞こえた。

 

今までは暗くて見えなかった腕の先、そこに人の顔があった。血まみれの、人の顔があった。

 

――私たちだけ……――

 

――お前も……――

 

何百もの顔が暗闇に浮かび、手が俺の身体に伸びて絡まる。全ての手が、血まみれだ。

 

「やめ……止めてくれっ!!」

 

――死にたく、なかった……――

 

――なんで、お前がまだ生きている――

 

「止めろ! 煩い!!」

 

耳を塞ぎたくとも、腕が動かない。今や俺の身体は、人間の――俺が殺した人達の腕に埋もれていた。

 

――殺してやる……――

 

――罰だ。私達を殺した、罰だ……――

 

――俺は死にたくなかった。復讐してやる……――

 

――死ね。お前も、死ね――

 

死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね

 

呪詛の言葉が、俺に纏わりつく。俺は分別も何もなく、ただ叫んでいた。

 

「俺は――まだ死ねない!! あと少しなんだ! あと少しだけなんだ!! まだ、死ねない! 赦してくれなくてもいい! 何でもするから、何をされてもいいから、あと少しだけ待ってくれ!! お願いだ……お願いします、死ぬから、俺も死ぬから、あと少しだけ待って下さい!! ……お願いします、ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

既に視界までも腕に覆われて、完全な闇の中だった。俺は涙を流しながら、ただ叫ぶ。叫び、謝る。

 

――……ク……――

 

呪詛の言葉に紛れ、何か聞こえた。

 

――落ち……け……大……だ……――

 

何処かで、聞いたことのある声。冷たくとも、何処か温かい声。

 

同時に、背中に温もりを感じた。

 

「私の声を聞け! 私がついている、大丈夫だ!」

 

闇が晴れ、光が差した。

 

「あ……?」

 

徐々に頭が晴れて行き、まともに眼が見えるようになる。

 

最初に見えたのは、静かに燃える炎だった。

 

辺りを見渡せば、今いる場所が洞窟だと分かる。火の側では、ラルゴが寝ている。

 

「夢……だったのか……」

 

言葉に出して、はっきりと確信した。さっきのは、全て夢だ。

 

超振動でだいぶ量を減らした雪崩に巻き込まれ、遭難した。気絶していたリグレットとラルゴは怪我も酷く、気づいても動けそうになかったので、俺が運んだ。

 

夢の前半、雪山をさ迷い歩いていたのは、実際にあったことだ。

 

俺は意識が朦朧とする中、何とかビバークできそうな洞窟を見つけた。そして道具袋から燃えそうな物を取り出して火を起こし、そこで気を失ったのだ。

 

冷静に今までの状況を分析した俺は、そこでふと我に返った。

 

俺は今、立ち上がっている。寝相とかいうレベルじゃねえ。どうやら夢というより、幻覚に近かったらしい。つまり俺は、実際に泣き叫んでいたのだろう。

 

そして俺は、後ろから何かに……そう、『何か』でありまだ断定ではない。何かに、抱き締められていた。

 

「ルーク……? 気付いた、のか?」

 

「リリリリリグレット!?」

 

せっかくの現実逃避が無駄に終わった。俺は錆びついてしまったかのような首を無理矢理動かし、後ろを向いた。

 

「リグレット……お前、聞いた?」

 

「あ、ああ。随分とうなされていた」

 

俺の腰に腕を回したまま、こくりと頷くリグレット。

 

俺は堪らず絶叫した。

「あ、ありえねぇぇええ!! はぁ!? ちょ、えぇええ!? おおおお俺、なんつった!? ちょ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だありえねぇええ!! リグレット、お前忘れろ! 全部忘れろ! お前は何も見なかった! 聞かなかった! いいな!?」

 

反転してリグレットの肩を掴み、ガクガクと揺らす。

 

なんて間が悪いんだ!

 

「ルーク、わかったから放せ。そして落ち着け。声が響く」

 

興奮した相手には静かにゆっくりと語りかける。基本だが意外と難しい対処方をすんなりとこなし、俺をなだめるリグレット。

 

「座って話そう。いいな?」

 

「お、おう」

 

急激に熱が冷めて、興奮がおさまった。俺達は火の側に向き合って座る。

 

「悪夢、何時も見ているのか?」

 

目を伏せて聞いて来るリグレット。その声は真剣で、誤魔化す気にはなれなかった。

 

「まあ、な。何時もは夢だけで、動きはしないけど。今回は……雪山さ迷い歩いて、精神的にやられてたからだろうな」

 

「……そうか」

 

呟いて、黙ってしまうリグレット。アクゼリュスのことで、責任を感じているのかも知れない。

 

「ルーク。お前は、誰のために戦っている? いや、全てを失った時、お前は何故立ち上がれた?」

 

しばらくして、そんなことを聞いて来た。声は相変わらず冷静だが、雰囲気はどこか危うげに感じる。

 

全てを失った時。アクゼリュスで、俺がレプリカだと知らされた時のことか。

 

普段ならこんなこと人に話したくはないが、自身のことを整理するいい機会だ。

 

「最初は……ヴァンへの復讐と、世界への贖罪だったかな。それからアクゼリュスのことがスコアに詠まれていたことだって知って、スコアも復讐の対象になった」

 

よくよく考えれば、俺の原動力の半分は復讐なのだ。

 

「復讐……か。そこは私と同じだな……」

 

「まあ、そうだな。でもよ、俺の場合は確かに復讐心からっていうのもあるが、半分……いや、それは流石に綺麗事だな……十分の一ぐらいは、何だかんだ言っても俺はこの世界が好きだから、それを守りたいってのもあるな」

 

ヴァンとスコアをシバいて、ついでに世界を救おう。やはり、それが俺の原動力だ。

 

「私とお前の違いは、全てをなくしても、この世界を好きでいられたかどうかか」

 

ふっと苦笑したリグレット。俺はつい何となく、聞いていた。

 

「リグレットは、やっぱりこの世界が嫌いなのか?」

 

「ああ、嫌いだな。スコアに支配されきった世界、私は認めたくない」

 

きっぱりと言い切ったリグレット。どこか無理をしているようで、それが妙に可笑しくて俺は小さく笑った。

 

「スコアとかは関係なく、俺はこの世界が好きなんだけどな。自然が綺麗で、色んな人がいて。屋敷から出たばっかりの俺には、今思うと全部が楽しかったからな」

 

俺は静かに聞くリグレットに、続ける。

 

「お前だってそう思うこと、あるだろ? 未練とかもあるだろうに、世界壊しちまっていいのか?」

 

「未練がない人間など、いない。それでも私は……閣下の、ヴァンの理想を愛し、ヴァンを愛し……付いて行くと決めたのだ」

 

リグレットは、詰まりながらもしっかりと言う。ただ、何時もは凛としている瞳は伏せられていて、火をぼんやりと見つめていた。

 

ヴァンのために戦う。先ほどの質問の、リグレットの答えか。

 

「俺は……うん、別に誰かのために戦ってるわけじゃねえな」

 

「人は誰かのためでなければ、命を賭けれない。私は正直に言ったんだ、お前も言え」

 

ふて腐れたように俺を一瞥し、また視線を落とすリグレット。愛とか真顔で言ったのが、恥ずかしかったのかも知れない。

 

「正直に言ったっつーの。強いて言えば、俺は俺のために戦ってんだ。俺が世界を守りたいから、俺自身のために世界を守る。まあ結局、ただの自己満足だな」

 

別にそれでいいと思う。リグレットだって、結局のところは、ヴァンのために戦うことが自分のためになってるんだろうし。

 

「私達を助けたのも、自分のためということか?」

 

「そうだな。死なれたら、俺が嫌な気分になるだろ? だから別に気にすんなよ」

 

「気にするに決まっているだろう。礼は言わせてもらう、ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

リグレットが一度頭を下げて、それきり俺達の間に会話はなくなってしまった。

 

時折ラルゴのうめき声が聞こえる。もう少しすれば目を覚ますだろう。一番大きな傷でも、足の骨が折れているだけだ。歩くのは無理でも、命に別状はない。

 

「なあ、ルーク」

 

パチパチと爆ぜる火を見ながら、リグレットが小さく言う。

 

「私は今、全てがよくわからない。閣下の考えも、スコアも、自分のことも」

 

衰弱して、気弱になっているリグレット。この俺に人生相談かますぐらいだから、相当ヤバそうだ。

 

 

「……って、そうだ! ヴァンだ! あいつ何企んでるんだよ!?」

 

六神将三人だけを送りつけて来るなんて、無謀にも程がある。理解できない。

 

俺の詰問に、リグレットは小さく自嘲的な笑みを浮かべる。

 

「私にも、わからない。三人でお前達を討ちに行けというのが、一人でアブソーブゲートの最深部に込もってしまわれた閣下の、たった一つの命令だった。ここを選んだのは、護衛がいなかったからで、パッセージリングは関係ないのだ」

 

「込もったって、ヴァンがか……? つーか、他の兵士達を何でつけなかったんだ?」

 

「だから私にもわからない。ただ、何と言うか……閣下は私達を遠ざけようとしておられた……」

 

首を横に振ってため息をつくリグレット。確かに、ヴァンが何をしたいのかわからない。

 

「閣下は、焦っておられた。実質、全ての計画は潰されていたわけだからな」

 

お前によってな、と皮肉げに言って来るリグレット。俺はそれには答えず、道具袋の中をあさった。

 

「自分のことがわからんってのは、どういう意味だ?」

 

リグレットに適当な食料を投げてやり、俺は燃えそうな物を火にくべた。ついでにもう燃やせる物はない。果てしなくピンチだ。

 

「私の気持までも、スコアに支配されているのだろうか。閣下に対する気持は、全て偽りなのだろうか。最近、そのようなことばかり考えてしまう」

 

「そんなこと俺がわかるわけねえだろ」

 

脱力した。それはいわゆる恋愛相談じゃねえか。俺にそんなことを聞かないでほしい。苛々する。

 

「どうした? 不機嫌そうに見えるが……」

 

「あのなあ……はぁ、もういいや」

 

ため息をつき、俺は首を横に振った。リグレットにとっては大真面目な質問だったらしく、俺の様子に本気で首を傾げている。

 

価値観の違いかねえ。愛ってものが今一わかってない俺には、どうしても実感がわかない質問だ。

 

まあ、『愛』って言葉を『好意』に代えて考えても問題はないだろう。きっと。

 

若干不安が残るが、それでも意外と簡単に答えは出た。

 

「感情までスコアに支配されてるってのは、流石に考えすぎだろ。それによ、ヴァンがお前の支えってのは事実じゃねえか。仮にそうなる過程がスコアに決められてたとしても、だからって今更ヴァンのことを嫌いにはならねえだろ?」

 

こういう場合はスコアなんて考える必要はない。考えたって仕方がない。

 

そういう意味を込めて、深刻な表情のリグレットに言ってやった。

 

「…………」

 

反応しないリグレット。やっぱり普段と比べて様子がおかしい。

 

俺は手を叩いて注意を引く。

 

「おーい、聞いてるか?」

 

「……ああ、聞いている」

 

一応は反応を返したが、やはり沈み込んでいる。本格的に重症っぽい。

 

リグレットを見ていると、こっちまで沈んで来そうだ。

 

「ああーっ! もう!! 何なんだよ、らしくねえなあ! だいたい何でそんな意味わかんねえ暗いこと考え始めたんだ!? あれか、ヴァンか!? ヴァンが引き込もって寂しくなったからか!?」

 

調子を取り戻させるために、とりあえず怒らせてみよう。そういう短絡な考えで挑発した俺を、リグレットが怨みがましい瞳で睨む。

 

「……お前のせいだ」

 

「え……俺……? あ、えっと……ああ……ごめんなさい」

 

ペコリと頭を下げて、リグレットに許しを請う。何だ、俺のせいだったのか。それは悪いことをした。

 

…………。

 

「いやいやいや、ちょっと待て。何で俺のせいなんだよ。どう考えてもおかしいだろ」

 

何でリグレットが悩んでいる原因が俺にあるんだ。そりゃあまあ、ヴァンの計画を邪魔したりはしたが、それは何か違うだろ。

 

極めて当然のことを言う俺に、リグレットはふいと顔を反らした。

 

「本当のことだ。お前のせいで、私は自分が何をしたいのか分からなくなっている」

 

「だーかーらー、何で俺のせいなんだよ……。全然説明になってねえじゃねえか」

 

「煩い。とにかくお前が悪い」

 

キッと俺を睨みつけ、冷たく言い放つリグレット。全くもって意味不明だったが、結果オーライだ。

 

俺はニヤリと笑い、リグレットの睨みを効かせた瞳と視線を合わせた。

 

「調子、戻ったみたいだな。頼むからもうネガティブになってくれるなよ、じゃないと俺が変な気起こしちまう」

 

「くっ……そういうことか。不覚だ、乗せられた」

 

悔しそうに嘆く……本気の本気で嘆くリグレット。俺が惨めになって来るから止めてくれ。

 

「それで?」

 

一応は元に戻ったようで、リグレットは淡々とした口調で聞いて来る。

 

「それでって、何がだ?」

 

「変な気を起こすとは、どういう意味だ」

 

「あー……それか」

 

いくら何でも自分勝手すぎる気持ちなのだ。言っちまってもいいのだろうか。

 

少し迷いながらも、俺は頭を掻きながら正直に今の心情を打ち明けた。

 

「もう、手遅れっぽい。俺さ、お前をこの世界で幸せにしてやる。この世界を壊そうなんて考えられなくなるくらい、幸せにしてやることにした」

 

「…………………………………………~~っ!?」

 

リグレットは数秒間無表情のまま固まり、暫くして顔を真っ赤にして目を見開いた。

 

「ル、ルー……は……え、いや……わた……私には……」

 

口をパクパクとさせ、意味をなさない声を発するリグレット。

 

まあ、敵対してる相手にこんなこと言われたら仕方ないか。

 

しかし、いくら何でも、この焦りようは彼女らしくない。少し不思議に思いながらも、俺は大して気にせず笑った。

 

「だからさ、ヴァンへの復讐は止めだ。ヴァンの馬鹿野郎ぶん殴って、馬鹿な計画潰して、それで無理矢理にでも――お前と一緒にこの世界で生きさせてやる」

 

「――……!!」

 

ハッと息を飲むリグレット。真っ赤になった顔から一転、様々な感情がごちゃまぜになった顔になる。

 

リグレットって、こんな表情がころころ変わる奴だったっけ。これも雪山で遭難という状況のせいなのかも知れない。

 

そんなどうでもいいことを考えれる余裕はまだあるのだが、それも本当にギリギリだ。正直、こんなこと言うのはかなり恥ずかしい。

 

俺はリグレットにそれを悟られないように、赤くなっているであろう顔を伏せた。

 

「今さ、スコアに頼らないで生きて行けるように、世界中の人が頑張ってんだ。このまま世界が一つのまま仲良くやって行けたら、第七譜石のスコアのことも心配ないと思う。スコアを完全に破壊するのだって、世界中の人間が協力すれば可能だと思う。だからさ、リグレット――お前はヴァンと一緒に、この世界で生きてみろよ。俺が全部、何とかするから。俺はお前とヴァンに、幸せになって欲しい」

 

言いたいことを全部言って、俺は一息ついた。

 

気づけば、火はもう小さくなっている。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

暫く待ったがリグレットは何の反応も返さない。俺は一言文句を言ってやろうと、気恥ずかしさのため伏せていた眼を上げて――そして、絶句した。

 

「なっ!? 何でお前泣いてんだよ!」

 

リグレットは、泣いていた。頬を伝う涙を拭うこともせず、悲しみと怒りがない交ぜになった瞳で俺を見据える。

 

「……の、か……」

 

「あ?」

 

小さく呟かれた言葉を、俺は聞き取れなかった。

 

「……い……のか……」

 

 

「何だって?」

 

「だ……か、ら……っ! お前は……お前はその時、この世界にいるのか……!!」

 

大粒の涙をボロボロと溢しながら、リグレットは叫んだ。その切実な声に、俺は胸が潰れたかのような錯覚を起こす。

 

俺は…………。

 

「俺は…………いない。ずっと前から、アクゼリュス消滅させた責任取って、死ぬって決めてたから。……やっぱり、みせしめは必要だろうしな。それに、和平取り付けるためって理由があっても、キムラスカの王様襲ったのも事実だし、世界中の人間騙したのも、全部事実だから。あと、アリエッタとの約束もあるし」

 

俺には最初から引き返す余地はないし、覚悟もできているし、それで納得もしている。

 

だから、あと少しで終わる俺とは違い、まだ終わらない人達には……特に、どこか俺と似通った過去を持つリグレットには、幸せに生きて欲しい。

 

全てを失い、ヴァンへの復讐で立ち上がり、でも結局はヴァンを憎みきれなかった。そんなリグレットには。

 

リグレットの涙は、止まらない。普段冷静なリグレットのここまでの取り乱しように、俺は困り果てていた。しかし同時に、嬉しくもある。

 

やはりリグレットは、優しい奴なのだ。口では何だかんだ言うし、何かと暴力もふるうけど、敵である俺のことを心配してくれていて、涙まで流してくれるのだから。

 

俺は苦笑しながらリグレットに近づき、涙を拭いてやる。

 

「お前に泣かれると、俺が困るじゃねえか。だからいい加減、泣きやめよ。な?」

 

「…………このっ……馬鹿、がっ……」

 

泣き止むどころか、逆に鳴咽を上げ始めてしまったリグレットは、顔を隠すように俺の胸に頭を押し当てた。そのまま体重を預けられ、後ろに倒れそうになる。

 

「リグレット?」

普段とのギャップと突然の行動に、内心かなり焦りながらも俺は平静を装おう。リグレットはそんな俺を知ってか知らずか、すがるような弱々しい瞳で俺を見上げて、鳴咽まじりの声を出す。

 

「どうしてお前は、お前は……そうして……自分ばかり……。私はお前がいな――」

 

「ご、ごほん……………………」

 

わざとらしい咳払いが、洞窟内に響いた。

 

「うおぁっ!!」

 

「――っ!!」

 

俺とリグレットは、互いに悲鳴を上げて素早く飛び退く。そして音の発生場所を凝視して、同時に声を上げた。

 

「ラ、ラルゴ……!!」

 

「わ、悪い……その、なんだ……邪魔したな。俺は外に行くから……その後で続けてくれ」

 

早口にそう言って、立ち上がろうとするラルゴ。しかし足の骨が折れていると気づいて、顔をしかめて座り直した。

 

「…………ラルゴ、どこから聞いていた」

 

ぞっとするほど冷たい声だった。しかしその声に反して、リグレットの顔は赤い。

 

ただ何というか……半分キレ気味かつ暴走気味のリグレットは、譜銃を構えてたりする。とにかく恐い。

 

「こ、小僧が、お前にプロポーズまがいの」

 

リグレットは迷わずに引金を引いた。

 

ラルゴの頬を霞めた弾丸。切れた頬から血を流したラルゴは、ガタガタ震えながら小さく何度も何度も頷いていた。

 

意味がわからん。

 

誰かに求婚するなんて、俺にはもう無縁の話のはずだ。ということは『プロポーズ』には俺の知らない意味があるのだろうか。

 

「俺がリグレットにプロポーズ、ってどういう意味だ? それだけは果てしなくあり得ねえと思うんだが」

 

「あ……」

 

正直に聞いてみたら、リグレットの肩が小さくぴくりと跳ねて、また譜銃が火を吹いた。しかし今度はラルゴに当たらず、見当違いの場所に当たった。

 

「どうしたんだ?」

 

「……私は、少し外の様子を見て来る」

 

仮面を被ったかのような完全な無表情で言って、リグレットは早足に外に出ていった。

 

最後に見えた横顔が、悲しげに見えたのは気のせいではないだろう。

 

俺だってそんなに鈍くはない。

 

「あいつ、やっぱりヴァンのことが心配なんだろうな……」

 

ヴァンがアブソーブゲートに引き込もってからは、会っていないみたいなことを言っていたし。

 

「お前……本気で言ってるのか……?」

 

何故か俺のぼやきに眼を見開いて驚愕しているラルゴ。

 

「ああん? 本気も何も、俺はここ最近いっつも本気の本気だっつーの。たまには息抜きしたいんだよ馬鹿野郎」

 

「いや、そういう本気じゃなくてだな……」

 

額を押さえて、ため息をつくラルゴ。そして俺に手招きして、近くに寄らせる。

 

「小僧、ああいうことを女性の前でストレートに言うな。傷つくだろうが、もう少し気遣いってものをだな」

 

何故か説教が始まった。

 

お前は敵じゃなかったのか、というツッコミはなしだ。俺が命を一方的に握っている状況なのはラルゴだって知っているし、決着はすでに一度ついているのだから。

 

「……って、聞いてるのか?」

 

「ん? まあ、そこそこな。つまりあれだろ、俺が悪いことしたって言ってるんだろ?」

 

「いや、そうだが……」

 

「そうなんだったら、それでいいじゃねえか」

 

「ああ……まあな」

 

どこか納得いかないといった様子で首を捻るラルゴに、俺は心の中で謝っておく。

 

すまん、ラルゴ。何も聞いてなかった。

 

俺は今、そんな説教聞いてるほど余裕がないのだ。

 

「何をしている、気持ち悪い」

 

未だに首を捻っているラルゴの顔を、至近距離で上下左右と様々な方向から観察する俺に、戻ってきたリグレットが冷ややかな言葉をぶつけた。

 

「おう、相変わらずひでえな。さっきはどうしたんだ?」

 

「何でもない。この寒さで、お前が死ぬつもりだということをすっかり失念していただけだ」

 

「あ、そうなんだ」

 

つい相槌を打ってしまったが、何だかよく分からなかった。

 

そのまま俺の隣にきて、眉根を寄せるリグレット。

 

「それで、本当に何をしている? そっちの気があるのか?」

 

「おいこら、冗談きついぞ。ただ俺は生命の神秘についての知的好奇心をだな……って、やっぱり似てねえよなあ」

 

俺の視線に気づいて、元から恐い顔を更に恐くするラルゴ。あいつとの共通点が人間という点しか見当たらいのが更に恐い。

 

「小僧、顔が近い。あと何だその顔は、馬鹿にされてる気がするが……」

 

「近寄らねえと暗くて見えねえんだよ。それに馬鹿にしてるんじゃなくて、感心してんだ。うん、人間ってすげえ」

 

大きな手で俺を押しのけて、青筋を立てて静かに怒るラルゴ。俺はそそくさとリグレットを連れて隅に逃げて、耳打ちするように聞く。

「なあ、リグレット……………………ってマジなのか?」

 

俺の深刻な問掛けに、リグレットは難しい顔をして唸る。

 

「なるほど、そのことだったのか。それならお前の行動も仕方がないというものだ」

 

悪いことを言った、と素直に謝るリグレット。リグレットも俺と同じことをしたのかも知れない。

 

「だって……なあ? あれはなあ……」

 

「確かに人間とは不思議だな。私も最初は驚いたものだ」

 

「俺はてっきりよ、シンクとアリエッタの悪戯とばかり……」

 

「ルーク、これは現実だ。今までの常識は捨てたほうがいい」

 

ぽん、と俺の肩に手を置いて、リグレットは深く頷いた。俺も彼女に頷き返して、「ありがとう」とお礼を言った。

 

「さっきからお前達は何をコソコソとやってるんだ」

 

そんな声が聞こえたので振り返れば、ラルゴが呆れたように半眼で俺達を見ていた。

 

「だって……なあ?」

 

「ああ、確かに……」

 

俺とリグレットはちらりと眼を合わせて。

 

「ラルゴとナタリアが親子だって」

 

「普通に信じるのは無理だろう」

 

同時にため息をついて首を横に振ったのだった。

 

ラルゴとナタリア。聞いた話によれば、正真正銘の血の繋がりがある親子なのだとか。キムラスカの王族の血を引く本物の『ナタリア』は死産で、乳母が同じ時期に生まれていた自分の孫と入れ換えたというのが真相。そしてその乳母の娘が、ラルゴの妻なのだ。

 

「ナタリアは、きっと……いや絶対に母親似なんだな。よかったよな、ほんと」

 

ラルゴとナタリア、果てしなく似ていない。片や筋骨隆隆で野生味あふれる武人、片や華奢な体つきの絵に描いたような活発なお姫様。うん、誰が親子だと信じれるよ?

 

「に、似ているだろうが……め…目元とか……」

 

「いや、ない」

 

悔しそうに、でもやっぱり自信なさげに抗議してくるラルゴを、俺とリグレットは同時に切り捨てた。

 

しかしまあ、何となくラルゴが可哀想なのでフォローしとこうと思い、消沈しきったラルゴの肩を軽く叩いてやる。

 

「まあ、ヴァンとティアもお前等並に似てねえから安心しとけよ」

 

「あそこまで似てないのか!?」

 

目を見開き驚愕するラルゴ。お前は鏡を見たことがないのか、とは流石に言えない。俺だってそこまで酷くはないのだ。

 

「お前は鏡を見たことがないのか」

 

「って、おい!」

 

呑気に心の中で自画自賛していた俺は、リグレットの言葉に思わず叫んでいた。

 

リグレットめ、なんて酷いやつなんだ。お前には血も涙もないのか、とは言えない。だって恐いし。

 

俺の気遣いを綺麗に無駄にしてくれやがったリグレットは、澄ました顔をして淡々と続ける。

 

「似ているか似ていないかはこの際大した問題ではない」

 

「ないのか……」

 

「ない」

 

ラルゴにきっぱり言い切ったリグレット。ラルゴが肩を落としてがっくりと落ち込んでいるのが、うん、凄い惨めだ。

 

「問題は、だ」

 

一区切りして、リグレットの目が俺に向けられる。

 

どうやら標的は俺だったらしい。てっきり、ラルゴにわざときついこと言って励ますのかと思っていた。

 

「私は誰かのようなお人好しではないからな」

 

「ぐっ……」

 

鼻で笑われた。完璧に思考を読まれている。

 

つーか、この分じゃあ……。

 

「ルーク、今度は何を企んでいる?」

 

若干焦る俺を涼しい顔で見つめ、リグレットは平然とそんなことを聞いてきたのだった。

 

俺の嫌な予感は見事に的中してしまったわけで、そうなるともうこの場の主導権はリグレットが握ってしまっていることになる。

 

ラルゴが「何の話だ?」という視線を無言でリグレットに送っているのがいい証拠だ。

 

やはり俺程度では、不意打ちじゃないと人を出し抜けないか。

 

これで勢いに任せて丸め込むのは無理になってしまった。勘弁してくれ。

 

「ふざけた空気を作った上で、強力なカードを出し一気に相手の動揺を誘う。そしてそのまま自分のペースに巻き込む。その手で私は何度もやられた。ナタリア姫の話を持ち出してきた時点で、ルークが何かを企んでいるのは明白だ」

 

もう騙されない、と俺を冷静な瞳で見据えるリグレット。それにしても『企む』とか言い方悪いだろ、俺が悪者みてえ……いや、俺はそのまんま悪者じゃねえか。

 

勝手に落ち込む俺をよそに、ラルゴは厳しい瞳で俺を睨む。まあ、リグレットのせいで、完全にリグレットのせいで、絶対にリグレットのせいで、俺がナタリアのことをダシに使ったみたいなことになってるもんな。仕方がない。

 

俺は一度ため息をついてから、ラルゴに視線を向けた。

 

「まあ、企むってのは言い過ぎだけど、ナタリアのことでお前に言いたいことがある」

 

「…………聞こう」

 

かなり警戒した様子で、それでも一応頷いたラルゴ。それを確認して、大きく息を吸ったところで、俺ははたと気付いた。

 

結局、俺は言いたいことを言うだけなのだから、リグレットの言ったようなことは大した問題になってないじゃないか。つーか、ふざけた空気って何だ? 俺はここ最近何時も真面目なんだが……。

 

頭の中でぐだぐたとそんなことを考えていたせいか、口から出た言葉は自分でも驚くほど短かった。

 

「甘えてんじゃねえよ、馬鹿野郎」

 

それだけ。

 

言いたいことを全て凝縮した、実に深い言葉。俺はかなりの達成感とともに大きく息をついた。

 

しかし。

 

ラルゴは静かに続きを待ち、俺の性格を意外と把握しているリグレットは額を押さえている。

 

うん、シャープすぎて何一つ伝わってねえみたい。

 

「誰がお前の心情を打ち明けろと言った。私はお前が何をしようとしているのかを話せと言ったのだ」

 

首を横にふり、呆れ果てたように譜銃に手をかけるリグレット。その行動は色々と間違ってると思うが、俺は本能が告げるがままに高速で口を開いていた。

 

「いやいやいやいやちょっと待て。当然まだ続きがあるんだぞ、だから射たないでくれ」

 

最近ちょっと思うのだが、俺ってリグレットに調教されてねえか……。

 

そんな情けないことを考えつつも、俺はリグレットに色々と言い訳を続けていた。

 

「……ちくしょう、何時か見てやがれ」

 

「何か言ったか? 良く聞こえなかったのだが」

 

「いえ何も言ってないデスヨ?」

 

…………すでに手遅れな気がしないでもない。

 

全部なかったことにしたいなあ、などと現実逃避しがちな頭を切り替えて、俺は大きく咳ばらいをする。

 

「一つ提案なんだが」

 

そう切り出して、俺はリグレットとラルゴの顔を交互に見る。

 

「火がもう消えかけてる。俺はそっちを優先したほうがいいと思う」

 

ぶっちゃけ寒くて軽く凍死できる。体力がほとんど回復していない俺達には、今の状況はきつすぎるのだ。

 

「それはそうだな。とりあえず三人で固まるのがいいだろう」

 

リグレットのもっともな意見で、俺達はラルゴを真ん中にはさんで座りなおした。

 

洞窟の中は、もう真っ暗に近い。時間はまだ深夜をすぎたばかりだろう。

 

「さて、考えはそろそろまとまっただろう? あれだけ時間を稼いだのだから」

 

ラルゴの折れていない方の足に座ったリグレットの声は、どこか意地が悪そうな響きを持っていた。普段と大して変わってないのだが、俺にはそう聞こえてしまう。

 

「まあな。つーか、何なんだよ。俺をいじめて楽しいのか? そこは流してやるのが基本だろ」

 

「なに、気にしなくてもいい。ちょっとした報復だ」

 

「いや、報復って……。俺は何もしてねえじゃねえか」

 

「本気で言っているのなら大した挑発だな」

 

「はははは、すげぇだろ」

 

「皮肉だと気づいている上での挑発なら、それにのってやろう」

 

「ああ、皮肉だったのか。いや、もう何が何やらで意味不明なんだ」

 

いや、本気で意味不明だ。

 

そんな会話をしていると、ラルゴが俺を小突いてきた。

 

「じゃれ合うのもいい加減やめてくれ……俺に言いたいことってのをさっさと頼む」

 

切実な響きを持ったラルゴの声に、俺とリグレットははっと息を飲んだ。そこまでラルゴの声は、うん、激しく頭痛がしてるような感じだったのだ。

 

「お、おう……そうだな、今からはちゃんとやるから。な?」

 

目がもう疲れきっているラルゴに、俺はちょっと同情してしまう。確信した、ガイとラルゴは同類だ。苦労性の。

 

「簡単に言うとだな、俺はお前が中途半端だと思うんだ。だから気にいらねえ」

 

「中途半端、だと?」

 

私情と挑発だけの発言に、ラルゴは眉をぴくりと動かした。だが俺は構わずに続ける。

 

「世界をぶっ壊すなんてとんでもないことしようとするエネルギーを、何で娘を取り戻すことに使わない」

 

「っ!?」

 

一瞬、ラルゴの目が見開かれた。しかしそれは本当に一瞬で、すぐに首を横にふる。

 

「取り戻すも何も、俺の娘はもういない」

 

「はっ。よく言うぜ。未練だらけだったじゃねえか」

 

挑発してるわけじゃなく、本心からの言葉だ。だってラルゴの奴、ナタリアを見る目が普通じゃなかった。

 

「だいたい完全に娘が死んだって割りきれる人間がいてたまるかよ。つーかいくら俺が馬鹿だからってそんな嘘に騙されるかよこの馬鹿が。ついでに言っとくが俺はそれをスルーしてやるほど大人じゃねえぞ、むしろ挙げ足取りたい年頃のガキだから覚悟しとけや」

 

押し黙ってしまったラルゴに、寒さと疲れとでハイになってきた俺は一気にまくしたてる。

 

息をつく間もなく吐き出され続ける俺の言葉に押されて、ラルゴは反論しようにもできない。

 

「俺が気にいらねえのはなあ、てめぇがまだ恵まれてる方だってのに、何にもしねえってとこなんだよ。だってお前の娘、生きてるじゃん。死んでねえじゃん。死んでたらそりゃあどうしようもねえけどよ、生きてるんなら取り戻すのは不可能じゃねえだろうが! なのにてめぇは何してた? ああ? 言ってみろよ、この悲劇の主人公気取りが!」

 

息継ぎなしで一気にまくし立てて、俺は肩で息をする。ラルゴを見てみれば、握りしめた拳を震わし、顔にははっきりと怒りが出ていた。

 

「お前に……お前に何がわかる……。家族を奪われた俺が、どれほど絶望したか……お前のようなレプリカに――」

 

「ラルゴ」

 

ラルゴの言葉を短く鋭く遮ったのは、リグレットだった。冷静な瞳でラルゴを見据え、それ以上は言うな、と言外に伝えている。

 

むぅ……ぶっちゃけ言われても仕方ないと思うんだが。

 

俺としては苦笑してしまうばかりだ。

 

俺はリグレットに目だけで礼を言って、怒りと憎しみをたたえるラルゴに向き直る。

 

「わからねえよ。お前の気持ちなんて、俺には全くわからねえ。俺は七年間のほほんと家族に囲まれて幸せに生きてきたんだ。今はもう自分がレプリカだって知って家族なんて呼べる人はいなくなっちまったけど、それだって俺の方からやったことだ。だからお前の、家族を奪われたニンゲンの気持ちなんて、俺にはわからねえ」

 

ニンゲン、と無意識に強調してしまう辺り、俺は意外と根に持っているらしい。

 

そんなことを頭の隅で考えながらも、俺はラルゴを真面目から見つめる。

 

「だからこんな好き勝手なこと言えるんだ。相手が一国の王だったってのも分かる。お前が考えに考えて出した結論だってのも分かる。だけどそれでも言わせてもらう――スコアなんてよく分かりもしねえモノを壊そうとするくらいなら、そんなに家族を失って辛いなら、お前は命がけで娘を取り戻すべきだった」

 

そう、それができたのはもう過去の話。今となっては、もう不可能だ。

 

だってナタリアには、血が繋ってなくても確固たる絆で繋った親がいるのだから。

 

ラルゴも、それを分かっている。これだけ怒っているということは、やはり後悔しているのかも知れない。

 

「……そうするべき、だったかもしれないな」

 

ラルゴは唇を噛み締めて、大きく首を横にふった。そして悔しさを吐き出すようにため息をつき、服の中から金色のロケットを取り出した。

 

「……娘……か」

 

ラルゴがいとおしそうな眼差しで見つめる写真は、ナタリアのものだろう。

 

なんだ、やっぱり未練だらけじゃねえか。

 

「ルーク……まさかとは思うが」

 

と、リグレットが俺に複雑そうな視線を向けてきた。どうやら、俺がやろうとしてることに気づいたっぽい。察しのよさにちょっとびびる。

 

「おう、たぶん合ってるぞ、お前の予想」

 

「私としては合っていて欲しくないがな」

 

ふいと視線をそらされた。呆れているらしい。

 

「よく分かったな、俺の考えてること」

 

「前例があるからな。そうでなければ、到底いきつかない考えだ。だからお前は一度頭を診てもらった方がいい」

 

「すげえだろ、俺。意地はんねえで、素直にほめろよ」

 

「…………」

 

うん、無視されました。かなりの至近距離で冷たい視線が突き刺さるので、こんな凍死できる寒さなのに俺の背中は汗でびっしょり。

 

だから俺はリグレットの虫けらを見るような目から逃れるため、さっとラルゴに向き直った。

 

「なあ、ラルゴ」

 

ラルゴはロケットから顔を上げて、俺を複雑そうに見る。言い過ぎたと気にしているのだろうが、俺はもう半分忘れていたのだから逆にこっちが申し訳なくなってくる。

 

まあ、それはどうでもいい。

 

「お前がヴァンに協力する理由って、自分から全てを奪ったこの世界の仕組みが憎い、ってことであってるな?」

 

「……突き詰めれば、それであってはいるが……」

 

「俺もそこまで単純に考えてねえから、そこは安心してくれ」

 

音が聞こえてきそうなほどに眉根を寄せたラルゴに、俺はこめかみを押さえた。

 

何で俺の評価はそこまで低いんだ……。

 

久々の鬱モードに入りかける頭をぶんぶん横に振り、何とか今のモチベーションを保ちつつラルゴに言う。

 

「だけどお前は、全てを失いきれてない。そんな中途半端なままで世界壊そうなんざ、なめたことほざいてんじゃねえよ。やるんならしっかりやりやがれ、お前は甘すぎるんだよ」

 

「い、いや、小僧……俺が言うのもおかしいが、お前は俺を止める側だろうが……」

ラルゴは困惑してこの期におよんで常識的なことを言っているが、俺は自分の好きなように動くのみだ。常識ならアッシュあたりにでも勝手に求めてろ。

 

「ああん? 俺がそんなこと知ってたまるかよ。止めるとか止めないとか、そんなことは後回しだ」

 

「……あ、ああ……そういうものなのか……」

 

どこか納得いかない、といった感じで首を傾げるラルゴ。そんなラルゴにリグレットは罵声を浴びせていた。

 

「情けない」

 

「情けがないのはお前だろ」

 

「それは何だ、冗談のつもりか?」

 

「どう考えてもただの事実じゃねえか」

 

「私には容赦もないわけだが、試してみるか?」

 

チラリと譜銃に視線をやるリグレットに、俺は言い負けたと悟った。

 

澄まし顔のリグレットは、ちゃっかり俺が言おうとしたことを先に言ってくれやがったのだ。これじゃあ皮肉にならねえじゃねえか。

 

「お前達……どうしてそう話を脱線させるんだ……」

 

無言で勝ち誇るリグレットと、その彼女を半眼で睨む俺を、ラルゴが頭痛に耐えているような声で非難した。

 

悪いのは俺じゃなくてリグレットだと思いたい。

 

大きく咳ばらいをして、俺は全てをなかったことにしようと試みる。ラルゴからの視線が痛いのは気にしない。気にしないったら気にしない。

 

「そこで、だ」

 

何がそこでなんだ、と冷たく呆れた様子で見てくるリグレットも気にしない。きっと気のせいだ。

 

「全身全霊かけて全力で戦えてないお前に、俺は一つ提案したい」

 

低くなった俺の声に、ラルゴは表情を引き締めた。

 

ここからはおふざけ無しの、真面目な話だ。

 

微かに灯っていた火は完全に消え、今は冷たい闇が広がるのみの洞窟。

 

その静かな空間に、俺の声のみが染み渡る。

 

「今から言うのはよ、子供の視点からみた率直な感想だ。自分と親に血の繋がりがないって知ったら、間違いなくとんでもなく混乱する。それで次には、自分の本当の親に怒ると思う。今までお前は何をしてたんだ、って」

 

自分を捨てた親に、怒りを覚えるのは当然だ。そこにどんな事情があっても、子供からしたらそんなことは関係ない。

 

「だけどそれは一時的な怒りだ。事情を聞いて、それでちょっと冷静に考えれば、あとに残るのはやりきれない思いだけだ。今までの家族と離れたくないし、かと言って本当の親に無関心ではいられない」

 

ここまでは、自身が出した結論を再確認するために言ったようなものだった。

 

そして、再確認は終わった。

 

結論は、変わらない。

 

「だからさ、もう全部手遅れなんだ。この先ラルゴ以外の誰も傷つかないでいられるって保証は、全くない。秘密は何時かは絶対に明かされるものなんだから」

 

「――――……」

 

僅かに肩を震わせたラルゴ。やはり、そういう思いもあったのだろう。

 

世界を壊すなんて言っておきながら、ナタリアが傷つかないように自分の心を殺す。

 

矛盾しているが、その矛盾こそがラルゴが親である証なのだろう。

 

「だからお前は、やり残したことがあるんなら、やっておいた方がいい。今更誰も無傷ではいられないんだから、それがちょっと早まるだけだ」

 

少しだけ笑いながら言う俺に、ラルゴは戸惑いながら目を伏せる。

 

「何が、言いたい……。今更だ。今更俺に何をしろと、何ができると言うんだ」

 

そんなラルゴに、俺はまた笑っていた。

 

「決着をつけてみねえか、って言ってんだよ。つまりは、こうだな――親としての最低限の責任を果たしに行ってみろよ」

 

「……それができるなら、そんなことが可能だったのなら――」

 

「ふはは……くくく…はははははははは……っ!」

 

ばっと目を上げて俺を見てくるラルゴに、俺はケタケタと笑う。

 

不可能。無理。できない。

 

そう語るラルゴの悔しそうな瞳に、俺は腹の底から込み上げてくる笑いを押さえきれない。

 

「ははははははは……はぁー……はぁー……ふははははは、おいリグレット……! 俺はそんなに、はははははは……くくく……はーっはははははは……俺はそんなに白状に見えるか……? はははっ……あー……もうマジで笑える……」

 

壊れたように笑う俺に、リグレットがふっと微笑んだ。

 

「だから言っただろう。普通の思考回路ではお前の考えを理解できないと」

 

「……どういう意味だ」

 

俺とリグレットの様子に、ラルゴは不愉快そうに顔をしかめる。そんなラルゴに、俺は不適に笑って答えてやった。

 

「無理? 不可能? できない? 国王に喧嘩売りに行くようなもんだもんなあ? 笑える。お前はよ、前提から間違えてるんだ。だれがお前一人だけでやれっつったよ? ええ?」

 

「な……あ……?」

 

困惑しきったラルゴ。ここまで言っても、わからねえか。

「わざわざ俺がナタリアの気持ちに少しでもなりきって、なんて回りくどいことまでしたんだぞ? その俺が、発案者の俺が、手伝わねえわけがねえだろうが。――俺がお前に陛下までの道を作ってやるよ」

 

困惑が驚愕になり、そしてそれがまた困惑になる。ラルゴは動揺をまるで隠せていない。

 

「な……!? だ、だが、それでも……」

 

俺は唇をつり上げて、邪悪に笑う。

 

「ラルゴ、てめぇ忘れてねえか? 俺は――ルークだぞ?」

 

「あ……」

 

赤い悪魔。まるで不本意な呼び名だが、その諸行はまさしく悪魔そのもの。

 

なんたってその赤い悪魔である俺ことルークは、すでに一度城を襲撃し、実質は陛下の首を取ったのだ。

 

その俺が協力すると言っているのだから、城に殴り込みに行くのが不可能だとは言わせない。

 

俺の邪悪な視線を受けて、ラルゴは何も答えれずにいた。そこにリグレットが、諦めきった様子で一言。

 

「ラルゴ、認めろ。この馬鹿は本気だ」

 

「だ、だがしかし、俺は敵だぞ……」

 

「あー、もう……お前、リグレット以上にかたいな……。とりあえずそれは後回しだってさっきも言っただろうが」

 

だって俺はできる限り人を殺したくないし、殺させたくもない。

 

リグレットだってラルゴだって、今回の事件でかなりの罪を犯している。だが今回は法律とか常識とか道徳ってものを超越していてる厄介極まりないスコアが絡んでいるのだ。

 

だから一概にも、ヴァン側が悪いとは言えない。

 

つまり、まだ手遅れではないのだ。リグレットもラルゴもヴァンもディストも兵士達も、まだ引き返せる。

 

「それで――どうするよ、ラルゴ。仮にお前が世界を壊せたとしても、無理だったとしても――決着をつけたいならこの機会を逃す手はねえぞ」

 

緩やかな動作で、右手をラルゴに差し出す。そして、葛藤するラルゴの目を正面から見て、意志を込める。

 

――この手を取れば、お前は真っ暗な袋小路から抜け出せる。

 

思い返すのは、ベルケンドでのヴァンとのやり取り。別に俺はヴァンになりたい訳ではないし、むしろなりたくない。

 

だが、ここはヴァンを真似るのが最善だろう。それが最高の当て付けになるのだから。

 

「俺は……」

 

しばらくして、ラルゴが口を開いた。その表情は伏せられていて、見ることはできない。

 

「俺は……決着を……たい……」

 

「ああん? 聞こえねえなあ。欲しいなら手を伸ばせよ。渇望してんなら吠えろよ。望みがあるんなら叫んでみせろや」

 

あからさまな煽りを受けて、ラルゴの顔は上げられる。その表情は決意に満ち、その瞳は激しく燃えていた。

 

「俺は、決着をつけたい! 父として、最初で最後の責任を果たしたい!」

 

吐き出された言葉は愉快になるほど単純明快。そしてラルゴの勇ましい手は、俺の手をしっかりと握っていた。

 

俺はそんなラルゴを見て、再び口角を上げて邪悪に笑う。

 

「了承だ。俺が完璧な舞台を整えてやる。大船に乗った気持ちでいろや――なんたって俺はルークだからな」

 

*

 

「ちょ、いやマジありえねえ。寒すぎる。リグレット、もうちょいこっち寄ってくれ。寒くて死ぬ」

 

背中をラルゴに預けた状態で、微妙に俺から距離を取るリグレットに手招きする。

 

うぅ……寒い、寒すぎる。人肌がもっと欲しい。

 

「却下だ。セクハラで訴えるぞ」

 

「ば、バカ、今さら訴えられたってどうせ死刑の俺には関係ねえよ」

 

「馬鹿はお前だ。論点が違う」

 

ふいと顔をそらすリグレット。その顔はかなり青い。

 

「お前だって寒そうじゃねえか。ほらだからこっち来いよ、俺が温めてやるよ」

 

「それはわざとか? わざと言っているのか?」

 

顔をしかめてさらに俺から離れようとするリグレット。ああ、人肌が遠ざかる。

 

「寒いんだよ! 頼むから、頼むからカイロ代わりになってくれ!」

 

時刻は明け方。荷物の殆どを雪崩で失い、腹もすかすかの状態。

 

ぶっちゃけもう死ぬ寸前。

 

「雪山でそんなふざけた格好をしているからだ。何だその腹筋丸出しの意味不明な服は」

 

「な、俺だってコートくらい着てたっつーの! ラルゴに破られたんだから仕方ねえだろうが! だいたいリグレット、お前だけには言われたくない。コートすら着てねえし肩とかすげえ出てるし、雪山なめてんのはお前じゃねえか!」

 

「こ、これは仕方ないだろう……私は服を選ぶことができないし……」

 

うっ、とうめいてうつ向いてしまうリグレット。何だかそういわれればそういう気がしてくるので、うん、何でだろう? 触れてはならない気がしないでもない。

それにしても、だ。

 

リグレットの服装は見てるだけで寒くなってくる。腕と肩を出していて、スカートも短い。膝上まであるブーツを履いてはいるが、どう考えても大した防寒にはなってそうにない。

 

じろじろと見る俺に、何か文句があるのか、とリグレットが睨んでくる。

 

「いや、ありまくりだけどよ……とりあえず一つ絶対に聞いておきたいことがあるんだよな、俺は。初めて会ったときからの素朴な疑問だ」

 

最初の出会いはやっぱりと言うべきか、銃口を突きつけられてのものだった。だから聞きそびれていたのだ。

 

「リグレットってさ、動き難くねえの? そのショール。つーか、それが戦闘服ってマジ?」

 

赤いショールが印象的なリグレットさん。全体的に黒い服なので、赤がよく映えている。

 

だがしかし、ぶっちゃけそれで戦闘って無理じゃね?

 

リグレットは俺のかなり際どい質問を受けて、真面目な表情で頷いた。

 

「どうしてこれで戦えるのだろうな、私も常々不思議に思っていた」

 

「あ、やっぱり?」

 

つくづく思う。危険な会話だ。

 

アリエッタもシンクも、リグレットと似たような服を来ていたから、たぶん教団の制服なのだろう。

 

シンクのはまだいいが、アリエッタとリグレットのは果たして軍服としてどうなんだ。ヒラヒラしてるし。

 

と言うか、もうそれ以前に。

 

「俺は思うわけだよ。いくら実力があるからってまだ三十路にも入ってないヴァンが総長だし、いくら頭がいいっていってもまだ十代のシンクが参謀総長だし、あの野生児……つーか雰囲気と頭が小動物のアリエッタが師団長だし――ぶっちゃけオラクル騎士団って終わってね?」

 

「終わっているな。実力主義にもほどがある。さらに言うと、付随してローレライ教団も終わっている」

 

「だよなー、やべえよなー。だってイオンのやつ、教団私物化する気満々だったぜ。笑顔で楽勝ですね、なんて言ってよ」

 

「そこだ」

 

ずい、と頭を寄せてリグレットが相槌を打つ。

 

「そもそも飾りに近いとはいえ、十代の少年をトップに据えるところからしておかしい」

 

「そうそう。やることえげつないのに、微妙にヌルイとこあったりするし。導師就任の制度なんてその典型だよな」

 

「まったくもってその通りだ。ダアト式譜術を扱える、というだけが就任条件の導師という役職は教団の象徴とし、実際に教団を取り仕切る者、あるいは機関とは独立させるべきだったのだ」

 

「一々スコアに詠まれてるから教団に連れて来て教育して統率者にして、なんて効率悪すぎだもんな。イオンは頭いいから問題ねえけど、もし導師になる予定のやつが無能だったらどうすんだよ」

 

「その時のためにモースのような大詠師がいるわけだが、やはり根本的な解決にはならないな。今回のように導師がいつの間にか入れ替わり操り人形化、というほぼ有り得ない事態においてもそれは言えることだ。導師という地位が持つ各国への発言力はそれほどのものだったのだ、教団内部へのそれは大したものではないというのに」

 

「まあ、教団が変なとこで抜けてるおかげで、和平がとんとん拍子に進んだんだ。そこは感謝だな。鶴の一声っつーのか? 導師様々だよな」

 

「その分、導師が無能だった時のことを考えるとぞっとしないがな。それとルーク、お前は一つ勘違いしている。教団は抜けているのではなく、スコアを遵守すること以外には関心がないだけだ」

 

吐き気がする、と教団をぶった切るリグレット。その教団も実質は過去のもので、今は半分以上崩壊している。だからなんというか、リグレットの様子が微妙に微笑ましく感じられた。

 

「そうだな。でもお前も一つ勘違いしてるぜ」

 

笑いを噛み殺す俺を、リグレットが訝しげに見てくる。

 

「教団はスコア以外にも、セクハラにも関心があるんじゃねえのか? だってお前とかアリエッタの服、際どすぎるし狙ってるとしか思えねえ」

 

一瞬ぽかんとして、それからリグレットは諦めたように首を横に振った。

 

「今回は私の負けか。まさかそこに持っていくとはな」

 

「ははは、じゃあもっと近くに寄れよ。寒いだろ? その格好じゃあ」

 

寒さで顔色が悪くなっているリグレット。俺も人のことを言えない状態で、そろそろ真面目に限界。

 

譜術を使おうにも、体力的な問題で不可能。だから皆でひっついて、身体を温めあうしか生き残れないのだ。

 

やっと観念したリグレットは俺の真横に来て、背中を向ける。俺は恋焦がれた人の体温に我慢できず、後ろからリグレットを抱き締めた。

 

「あー、あったかい……マジで凍死寸前だったー……」

 

「この馬鹿、頬擦りをするな。裁判で覚えていろ」

 

「え……? 裁判って……え……?」

 

驚愕する俺に、リグレットが淡々と告げる。

 

「罪状はセクハラだ」

 

な、セクハラ? ……冗談じゃなさそうなので本気で恐い。

 

寒さとは違った意味でガタガタ震える俺。

 

「俺は――」

 

唐突に、後ろから声が聞こえた。

 

それはもう、マジでびびった。完全にラルゴがいることを忘れていたのだ。奇声を出さなかった自分を誉めてやりたいくらい、徹底的に不意をつかれた。

 

「俺は……泥船にのってしまったのだろうか……」

 

そしてその言葉に更に不意をつかれた。ラルゴの表情は俺が自殺したくなるほど苦いというより絶望していたものだから……うん、ちょっと泣きたいかも。

 

落ち込む俺を完全無視、ラルゴはどんどん愚痴る。

 

「いやだって、国王に喧嘩を売るなんて無理だろう、実際。どうしてヘソ出して凍死しかけてセクハラで訴えられる男にまんまと……確かに頭脳派じゃないが、俺はここまで馬鹿だったのか」

 

お前は鬼か。

 

もうイヤだ。ラルゴのやつ「これは悪夢だ」なんて言ってやがる。俺を完全に信用していない。

 

お前は悪魔だ。

 

「うー……リグレットー……ラルゴが苛めるよー、俺をかけらも信じてないよー、むしろダメ人間扱いしてるよー……」

 

さめざめと泣く俺に、リグレットが冷え冷えと返す。

 

「私もダアトでの一件で自殺するほど落ち込んだから、ラルゴの気持ちはよくわかる」

 

切実な声でそう告げて、力無く溜め息をつくリグレット。その瞳は遠くを見ており、背中は哀愁に満ちている。

 

そして儚げに微笑んで。

 

「これは……相当つらい」

 

俺の胸をグサッと突き刺してくれやがりました。

 

悪魔なんてまだ可愛い。

 

リグレットは魔王様だ。

 

「はっ! もういい! 俺はどうせ馬鹿だよこの魔王とその部下め! だけど忘れんなよこの血も涙もないいじめっ子ども――今ここで生殺与奪を握ってるのは俺だからな!」

 

そうなのだ、その通りなのだ。俺が法律だ! と叫ぶ俺は何も間違えていない。人間としても……うん、きっと間違えていない。

 

ラルゴは足折れてるし武器ないし、リグレットは怪我はしてないが体力が限界に近いし、何より俺が後ろから抱きしめている。俺もラルゴに背中を預けているわけだが、そこはもう気にしない。

 

オレ、ツヨイ。フタリ、ヨワイ。ユエニ、オレ、ホウリツ。

 

ついつい片言になってしまうほどの強い信念。俺はそれに従い行動した。

 

「ふははははははは! 俺のガラスのハートを傷つけた罰だぁああ!」

 

「ちょ……! バ、バカっ……くすぐっ……ふっ、はあぁ……っ……ル、ルーク……や、ああっ……やめてくっ……」

 

「ほらほらほら! どうだわかったか俺の痛みが!」

 

「やめ、て……もう、ふあぁっ……ぐう……ふはは……ふうぅぅ……も、げんか……」

 

とりあえずリグレットの脇腹を思い切りくすぐってやった。

 

すごく犯罪な気がするが、少々いいや。

 

「だって俺って超ド級犯罪者だし」

 

笑い出すのをプルプルと震えながら堪えるリグレット。なかなかにレアな光景なのだが、その顔を見れないのは残念だ。

 

「小僧……それは完全にダメな人間の理屈だ」

 

はぁ……とラルゴが大きく溜め息をつく。後ろを振り返らなくとも額を押さえているのが余裕で分かる。

 

「うーん、ま、いんじゃねえの? ほんとのことだし」

 

「確かにそうだが……死刑にされる前に死ぬぞ……」

 

「そこなんだよなー、もう今さら止めれないんだよ……」

 

今止めたら間違いなくリグレットに殺される。数秒前の自分をぶん殴ってやりたい気分だ。

 

「というわけで、仕方ないか。――もっと徹底的にやろう」

 

「きゃああああああ! バ、バカっ、やめっ……!」

 

リグレットの耳に息を吹きかけてみたりした。きゃあああああああ……ってマジかよ。

 

別に楽しむつもりじゃなかったんだが、正直楽しくなってきた。

 

「あんた……何やってんのさ……」

 

さらなる追撃を加えようとしたところで、入り口の方から声が聞こえた。

 

この声は、

 

「助けに来て損したよ。そのまま凍死してりゃあよかったのに」

 

シンクだ。

 

かったるそうな足取りで、逆光になった入り口から歩いてくるシンク。表情は見えないが、きっと呆れ果てているのだろう。

 

「シンク、助かったぞ。ほんとにありがとう。俺実は凍死する前に殺されそうなんだ」

 

「僕としては何でまだ死んでないか不思議なんだけどね。ていうか……本気で何やってんの?」

 

俺が未だにくすぐり続けているせいで、リグレットはもうピクピクと痙攣している。それでも一度しか叫び声を上げていないのは流石だ。

 

シンクの問いには答えず、俺はリグレットに向かい懇願する。

 

「リグレット、よーく聞け。今回は俺が全面的に悪かった、だから何でもするから殺さないで下さい」

 

「わ……わかったから……もう、やめ……ろ……」

リグレットは息も絶え絶えにそれだけ言って、首を落とした。

 

俺はリグレットを解放し、やっとのことで一息つく。自分で自分の首を締めるという言葉の意味を痛感したね。

 

「……よかった、です。生きてた」

 

シンクの後ろから、アリエッタが駆けて来た。その後ろからはライガ達も。

 

「おう、アリエッタ。助けに来てくれてありがとな」

 

「ルークも、リグレットとラルゴを助けてくれて……ありがとう、です」

 

にっこりと笑うアリエッタ。なんていい子なんだ、とついつい感心してしまう。

 

「感動の再開もいいけど、さっさとその髪隠して。ケテルブルグの人たちも捜索に協力してくれたんだ、バレたら厄介なことになるよ」

 

シンクがフード付きのコートを投げてよこす。俺はさっさとそれを着込んで、大きく息をついた。

 

それと同時に大勢がなだれ込んで来て、俺達を取り囲む。

 

「おー、ほんとに生きてたのか。ほらこれ、毛布だ。寒かったろう?」

 

「ほらほら姉ちゃん、そんな格好でいたら凍傷になっちまうぞ」

 

温かく笑いながら、俺達を心配してくれる人々。

 

そして俺とリグレットはライガに、ラルゴは担架に乗せられる。

 

安心感とともに、一気に眠気が襲って来た。

 

助けが来ることを当てにして、目印などをできるだけ残してきたのだが、それでもやはり心配は心配だった。

 

「兄ちゃん、もう寝ても大丈夫だぞ。安心してな」

 

ラルゴを乗せた担架の一方を持つ、足の先から頭の先まで全部筋肉でできてそうなおじさんが、健康そうな白い歯をキラリと輝かせる。

 

「あ、すんません親方。あとはよろしくお願いしゃーす」

 

「おうよ、任せときな」

 

親指をグッと立て、ばっちりウインクを決めてくれた親方。もう親方で断定だ。

 

「お前等もよろしくな」

 

「ガウ」

 

ぽんぽん、と俺を運んでくれるライガの頭を叩くと、後は全部俺に任せときな、と言わんばかりのクールな鳴き声で返された。

 

毛布にくるまり、ライガの少しごわごわしている毛の上で、俺はリグレットとラルゴの方に視線を向ける。

 

二人ともどこか居心地が悪そうにしていた。

 

その気持ちは良くわかる。

 

だって二人は、世界を壊そうとしているのだから。

 

だからこそ俺は、リグレットとラルゴに向かって笑って言ってやった。

 

「おい――この世界は温かいだろ?」

 

睡魔に襲われ、意識が遠のいて行く。

 

瞼が落ちかかっていてリグレットとラルゴの表情は見えなかったが、そんなもの見るまでもないことだ。

 

この世界は凍えるほど寒い。けれどそれと同時に――温かくもある。

 

そんなこと誰でも知ってるんだから。

 

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