TOA ~突き進め、我が道を!~   作:あきあ

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第十話 親と子(上)

ベルケンドの研究所。そこにある一室は、困惑と不安、そして敵意と殺意で満ちていた。

 

そんな空気の中――俺はにっこりと笑ったりしてみた。

 

「というわけで、今日からみんなのお友達になるリグレットちゃんとラルゴ君でーす。みんな仲良くしてあげるんだよー」

 

「…………」

 

一瞬の静寂、後に。

 

「一遍死んでこいやっ!」

 

見事なハモりっぷりで、ついでに譜術やら剣やら弓矢が一斉に飛んで来て、俺はボロ雑巾のように吹っ飛んだ。

 

生身で空を飛ぶという貴重だが決してやりたくない体験をしつつ、俺は案外冷静に思考する。

 

診察室の真ん前で殺戮ショーってどうよ?

 

「ぐおぁっ!」

 

廊下の壁に叩きつけられ、奇声を発する。俺は冗談抜きで痛む背中を擦りつつ、手加減なしという暴挙に出てくれやがった皆を睨みつけた。

 

「ちょ、てめぇらコラ! そんな子に育てた覚えはねえぞ! リグレットちゃんとラルゴ君が怖がってるじゃん、謝りなさい! そして俺に土下座しろ!」

 

「てめぇに育てられた覚えは――」

 

「いい加減にやめろ」

 

こめかみに青筋を浮かばせたアッシュが抜剣した瞬間、それより早く動いていたリグレットが俺の頭を平手で叩いた。

 

「ルーク。気持はありがたいが、これは私達の問題だ」

 

予想外に軽かった衝撃を不信に思っていると、リグレットがそんなことを言ってきた。

 

ちょっとしたお茶目で場を和ませようとしていたのは事実なので、俺としては黙るしかない。

 

「んー、そっか。みんな話せばわかる奴だから、そこは安心しとけよ」

 

「お前に保証されてもな」

 

「心配してんだよ、俺は」

 

「安心していていいのではなかったのか?」

 

リグレットは肩をすくめて、剣を抜きかけた状態で固まっているアッシュの方に歩いていった。

 

一つ息をついて、俺は診察室の扉を見る。

 

たった今俺を殺しかけてくれた人で無しどもの中に、ティアの姿はない。

 

雪山で意識を失っていた間にアルビオールに積み込まれ、気づいた時にはもうベルケンドの研究所。訪れた目的は、自覚はなかったが一番衰弱の激しかった俺と、いきなりセフィロトで倒れてしまったティアの精密検査なんだとか。

 

「大丈夫なのかねえ、ティアのやつは……」

 

「人の心配するより、自分の心配でもしてなよ」

 

溜め息をついた俺に、シンクが更に大きく溜め息をついた。そして呆れ顔でカルテを一瞥し、ひらひらさせる。

 

「なんでちゃっかり精神病って診断されてるのかな」

 

カルテには『精神面に問題あり』とばっちり書かれちまっている。

 

俺が思うにアッシュの物真似をやってたからだろう。

 

「屑が! 俺様は元気だぞ屑が! 何にも問題ないんだぞこの屑が!」

 

みたいなノリで。

 

指名手配されてるせいで、アッシュのフリしねえと診察もしてもらえないんだから面倒な話だ。

 

そういえば俺のせいでアッシュがよく兵士に囲まれたりしてるらしいが、将来きっと子供に笑い話として聞かせてやれるだろうから感謝して欲しいね。

 

「私の目的は世界のスコアからの脱却。全てを一度壊さなければ不可能だと思っていたが……いや、事実そのはずだった。しかし今、世界はスコアに詠まれていた未来から大きく外れている。だから私が世界を壊す理由は、もうない」

 

「一応筋は通っていますが、ずいぶんと虫がいい話ですねえ」

 

俺とシンクのやり取りとは全く反対の、かなりコワイ雰囲気のやり取りが耳に入る。

 

ヴァンを止めるためにこちらに協力するというリグレットちゃんを、ジェイド君がイジメているのだ。

 

イジメは駄目だとあれほど教えたのに……先生は悲しい。

 

「それは私自身が一番理解しているつもりだ。全てが終われば、出る所に出る覚悟は当然している」

 

「…………」

 

何でもないようにさらりと言うリグレットに、ジェイドは僅かに眉根を寄せた。

 

「……分かりました、どうせ貴方と直に行動を共にするのはルークです。ですが最後に一つ聞かせて下さい」

 

やれやれと溜め息をついて、ジェイドは俺をちらりと見る。

 

「貴方はこの世界を憎んでいたのではなかったのですか?」

 

そして何かめっちゃ重い質問をリグレットに繰り出していた。

 

「それを私に聞くほど意味のないことはないと思うが……」

 

そうだな、と一区切りするリグレット。

 

あれ、何でだろ? 背筋を嫌な予感がこれでもかと走る。

 

「死霊使いジェイド、貴方は寒さで全てが凍てついている時に、後ろから抱き締められ『俺がお前を幸せにしてやる』と真面目な顔で言われたり、見知らぬ人間を助けるために危険な雪山を登って来た町の人の輪の中で『この世界は温かいだろ?』と歯の浮きそうな台詞を笑顔で言われたことがあるだろうか」

 

「いえ、ありませんね。むしろあって欲しくありません」

 

至極真面目な表情で告げるリグレットと、わざとらしくぶるりと震えるジェイド。

 

そして俺は、それはもう焦っていた。

 

「ちょっと待とうかリグレットさん! 何か色々誤解されるようなこと言い過ぎじゃね!? かなり重要な絶対にかけちゃいけない描写とか台詞とか抜けすぎですよ!?」

 

「はて、そうだったか? 人間の記憶とは頼りないものだ。おそらくはお前の思い違いだろう」

 

澄ました顔で言ってくれるリグレット。

 

ああ、そういうことか。

 

これはくすぐりまくったことに対する復讐なのか。

 

いくら何でも酷すぎると思うんですけど……。

 

「あのね、ルーク」

 

顔を引きつらせる俺の服の裾を掴んで、申し訳程度の力で引っ張るアリエッタ。何時もならその腕におさまっているはずの人形は雪山で紛失したらしく、今のアリエッタは色々と三割減だ。

 

果たして何が三割減なんだろうとか考えていると、アリエッタは純粋無垢に爆弾を落としてくれた。

 

「傷物にされる、ってどういう意味? ルーク、リグレットに怪我させたんですか?」

 

「はいはいはいはいはい! ちょーっともう色々と全部まとうか! 誰がそんな意味不明なこと言ったんだよ!?」

 

肩を掴み、もう尋常じゃない勢いで詰問する俺。だがしかし、アリエッタは不思議そうにキョトンと首を傾げるだけ。

 

「えっと、シンクが言ってました。あ……あとラルゴも、間違いではない、って」

 

「間違いだらけじゃねえか!!」

 

『短気な貴方、カルシウム足りていますか?』なんてふざけたポスターがちらりと目に入ったが、そんなこと知るかとブチ切れて、俺はシンクとラルゴに木刀と道具袋を投げつけた。

 

「あなた、最低ね……」

 

そんな絶対零度の声とともに、診察室のドアが開かれた。

 

そこから出てきたのはティアで、声だけでなく瞳まで絶対零度。ついでに言うとゴミを見るような目だったりする。

 

「信じられないわ。これ以上私達に近寄らないでちょうだい」

 

これでもかと毒を吐くティアに、ナタリアとアニスが駆け寄る。

 

「ティア、どうでしたの?」

 

「大丈夫なの? 変な病気とかじゃないよね?」

 

俺は見てないからよく知らないが、ティアは本当に何の前触れもなく倒れたらしい。そんな理由もあってか、二人の勢いは凄かった。

 

「ええ、大丈夫よ。ただの過労だったわ」

 

だから心配しないで、とティアは詰め寄るナタリアとアニスに優しく微笑んだ。

 

「よかったな、ティア。マジで変な病気だったらシャレになんなかったぞ」

 

「あなたは近寄らないで」

 

俺も次々とティアに近づいて行く皆に倣ってみたら、一瞬で切り捨てられた。

 

この扱いはいくら何でも酷すぎるのではないだろうか。うん、酷すぎる。

 

そろそろ本気で泣けそうだ。

 

もう色々とアレになってきたので、俺はソファーに腰を下ろして「不機嫌ですから近付いたら消しとばすぞコラついでに謝るんなら今のうちだぞわかってんのかてめぇ」と睨みきかせてみた。

 

そんな俺を完全無視で、ティアはジェイドに声をかける。

 

無視はないんじゃないかな……。

 

「大佐、先生からお話があるそうです」

 

「わかりました。では皆さんは先にアルビオールに」

 

ジェイドの言葉に従い、皆はぞろぞろと部屋を出て行く。

 

「ほらほらルーク。何時までもすねてないでさっさと行くぞ」

 

そんな中、大きく大きくこれでもかと嫌味ったらしく溜め息をつきまくり、偉そうな態度で三人掛けのソファーを占領する俺に、ガイが苦笑しながら声をかけた。

 

「んー、俺はちょっと寝る。お休み」

 

動く気はない、と俺はそのまま横になった。しかしここのソファー硬くて寝づらい。安物はこれだから嫌になる。

 

「ほっとけばー。どうせすぐにリグレットが叩き起こして連れて帰るでしょ」

 

「そういうことだ。ルークも意地になって、おさまりがつかなくなっているだけだろうしな」

 

扉から半分顔を覗かせてかったるそうに言うシンクに、壁に寄りかかったままのリグレットが同意する。

 

「あ、えっと……じゃあよろしく頼む」

 

反論する理由もないので、ガイは頭を掻きながらリグレットに申し訳なさそうに一礼して部屋を出ていった。

 

うん、とりあえず一言。

 

みんなして子供扱いすんのヤメロ。

 

俺、リグレット、ジェイド。その三人だけになった部屋で、リグレットがふっと溜め息をついた。

 

「ティアもまだまだ未熟だな」

 

「やっぱ過労っての嘘だったのか」

 

ソファーから身を起こし、皆が出ていった扉を見る。

 

「気をそらすためだったんだろうけど、いくら何でも俺に酷く言い過ぎだったもんな」

 

文字通り冗談半分の話に、ティアはあそこまでの態度は取らないだろう。

 

だから何となく違和感を覚えていたのだ。

 

「リグレットはともかくとして、良くルークが気づけましたね」

 

感心です、と笑顔で言うジェイドは喧嘩売ってるとしか思えない。

 

「別に俺以外にも気づいてただろ」

 

「はい、イオン様とシンクは気づいていたでしょうね。ですが、他の方はあまり仲間を疑うようなことをしませんから。最近はアニスもその傾向が強くなっていることですし」

 

その皮肉なのか何なのかよく分からない言葉には答えず、俺は診察室の扉を指差した。

 

「先生、待ってんじゃねえの?」

 

ほとんど百%ティアの病気なりなんなりの説明だろう。やはりまた倒れた時の対処方とか必要だろうから、医学でも何でもドンと来いのジェイドにそれを話しとかない理由はない。

 

ティアがわざわざ隠そうとするくらいだから、結構やばい状態なのかも知れない。まあまったくの逆で、本当に大したことじゃない可能性もあるわけなんだが。

 

「意外ですねえ。ここにわざわざ残ったのに、貴方は来ないつもりなのですか」

 

「おう、俺は遠慮しとく。あとでジェイドにちょっとばかし野暮用があるから、その時についでに聞かせてくれ」

 

ぶっちゃけ専門用語とかで説明されても理解できねえし、それだったらジェイドから噛み砕いて説明してもらった方がはるかに効率的だ。

 

「私は同行させてもらおう。本来ならばティアの気持ちを尊重すべきなのだろうが、閣下……ヴァンのことで確認をしておかなければならないことがある」

 

適当にひらひら手を振る俺とは対照的に、結構シリアスな様子なリグレット。

 

「なるほど……やはりパッセージリングが原因ですか」

 

顎に手を当てて、何やら呟きながら診察室へとジェイドが進んで行く。リグレットもそれに続いて、待合室には俺一人となった。

 

「ごほっ、ごほっ……ぐぅぅ……!」

 

まだ体調が回復してないのか、緊張をといた瞬間咳き込んでしまう。

 

「ああ……ちょっとヤバいな……」

 

口を覆った手がべっとりと赤く染まっていたのに気づき、慌てて拭う。

 

「ちょっと寝てた方がいいな……」

 

医者には過剰に口止をしておいたから、そこは心配ないだろう。偽のカルテまで用意してもらったし。

 

無理しすぎたツケが来ただけだし、どうせあと少しの命なのだが、それでも皆には内緒にしておいた方がいいだろう。

 

全身を襲う激痛と吐き気を我慢しつつ、横になってソファーに全体重を預けた。

 

ふぅ……ティアの気持ちが嫌なほど分かるな……。

 

 

*

 

 

結局のところ、やはりと言うべきなのかティアは重症だった。パッセージリングを操作する際に障気に汚染された第七音素が身体に流れ込み、それが身体に相当負担をかけているらしい。ぶっちゃけこれ以上パッセージリングを操作すれば、命に関わるのだとか。

 

ということはヴァンも同じ状態にあるわけで、リグレットが気にしていたのはそのことだったらしい。

 

しかも治療方がないと言うのだから、ふざけた話だ。

 

「で、小僧」

 

隣を歩くラルゴが頭をがしがしと掻く。ラルゴの歩調は鈍く重い。

 

「それは変装のつもりか?」

 

呆れたように、俺の右目を覆っている眼帯を指差した。

 

「気にすんな、ただの秘密兵器だ」

 

「余計に気になるんだが」

 

あり得ないくらい歩き難い湿原を二人で進みながら、俺は慣れない眼帯を指で叩く。

 

「だいたい変装も何も、正面突破するって決めただろうが。コソコソ隠れて行ってもそれじゃあ納得できねえだろ、つーか俺が納得できねえ」

 

バチカルの城が肉眼ではっきりと見える距離で、俺はラルゴをギラリと睨む。

 

「まあ、な。正面から障害を薙払うぐらいはしないと自分でも納得はできんが……」

 

疲れ切ったように一度溜め息をつき、ラルゴは続けた。

 

「わざわざマルクトの皇帝が来ている時に、しかも予告状まで出す必要はなかっただろうが。お前は限度ってものを知らんのか」

 

「知らん」

 

即答してやった。

 

もう何か泣きそうな顔になってきたラルゴ。そんな調子で本当に大丈夫なのかと心配になってくる。

 

まったく、もう少しシャキッとして欲しいぜ。

 

そんな会話をしていたらいつの間にか、巨大な窪みの中心にあるバチカルとこちら側とを繋ぐ吊り橋がすぐそこに見えてきた。

 

「見張りがひーふーみー……つーか封鎖されてんな」

 

岩の陰に隠れて、橋の周辺を警備している兵士の数を数えてみようとしたが、すぐに諦めた。

 

一列に並んだ全身をめちゃくちゃ重たそうな鎧で包んだ兵士達が、人が完全に隠れてしまうほどの巨大な盾でもって橋を塞いでいる。

 

多分、盾を持つ兵士達の後ろにもまだいるだろう。

 

「ま、一応は予想通りか」

魔物に乗ってベルケンドを夜の内に出て、バチカルから少し距離を取って湿原に降ろしてもらったのが夜明け前。

 

その間に俺とラルゴ以外のメンバーはアルビオールに乗って一足先にバチカルへと入っている。元六神将は町で待機だが、他の奴らは今頃城にいるだろう。

 

そしてシンク達が何らかの手段を使って城に予告状を届けたのが今から約三十分前……のはず。

 

城の警備を厳重にするための時間がほとんどないのに加えて、明後日がヴァン討伐のための出兵予定日なので、兵士を大量にこっちに割くのは難しいと思う。

 

だから付け入る隙は結構あったりする。確定ではないが、橋を抜けきれば城に入るまでは大丈夫だろう。

 

「ラルゴ、最後の確認だ」

 

荷物を点検していたラルゴに向かい、俺は指を三本立てる。そういえば全くこれっぽっちも関係ないのだが、今更ながらに俺は思ったりするのであった。

 

ラルゴのやつ……ベルケンドで完全に空気だったよなあ。みんな絶対ティアのことで忘れてたよ、ラルゴの存在。

 

「……おい、何だその憐れみの目は」

 

「何でもねえよ……ただちょっと、な」

 

俺はお前のこと忘れてなかったぜ、と慰めの念を込めて数度頷いた。

 

脱線した話を戻すために咳払いして、再びラルゴに指を三本立てて向ける。

 

「じゃあ要注意事項三つ、はいどうぞ」

 

ラルゴは頷き、どこか釈然としない様子で答え始めた。

 

「一つ、絶対に人は殺さない。二つ、目的達成まではお前の命令に従う。三つ、目的達成後は手順に則り速やかに俺一人で脱出する」

 

「よし、完璧だな。絶対守れよ。もしも、有り得ねえとは思うが、もーしーも守らなかった時は――埋めるぞ?」

 

「いやだが、この作戦だとお前が捕まることになるんだぞ」

 

疑惑と心配が混じった表情で、ラルゴはこの期におよんでまだ口答えしてきた。

 

俺は殊更に溜め息をつき、呆れたようにラルゴを見やる。

 

「俺の心配じゃなくて、自分と兵士達の命の心配してろ。じゃねえと沈めるぞ?」

 

この話はこれで終りだ、と最後に付け加えて俺も自分の装備の最終チェックに入った。

 

日が登り始め、辺りはだんだんと明るくなってきた。

 

そろそろ決行の時間だ。

 

誰一人殺さずに、正面から城に特攻する。ぶっちゃけ自殺行為そのものだが、俺にもやらなきゃならない理由がある。

 

だから――きっちり決めてやろうじゃねえか。

 

「小僧……いや、ルーク。わざわざ俺の我が儘に付き合わせてすまんな」

 

戦闘準備を整わせたラルゴが、肩に担いでいた大鎌を横に構えなおす。

 

「気にすんなよ、俺も一応元父親と元叔父に野暮用があるんだ。だから似たような因縁持つ者同士、仲良くしようぜ」

 

軽く笑いながら、俺は腰の木刀を抜いた。

 

「よっしゃ、ナタリアとその家族プラス愉快な仲間達が待つ謁見の間まで突っ走るぞ!!」

 

「長い上に締まらん台詞だが――『砂漠の獅子王』バダック(・・・・)、参る!!」

 

ラルゴ……いや、バダックはかつて捨てた名を叫び、全てを奪ったバチカルへと猛然と走り出した。

 

これは今を生きるための、呪縛という名の過去の清算なのだ。

 

「おおぉぉおお――――!っ!」

 

雄叫びを上げながら封鎖された橋へと突進するラルゴ。

 

「来たぞ! 撃てぇええ!!」

 

気付いた指揮官の合図に次いで、盾の後ろから弓矢が波となって飛び出してくる。

 

ラルゴの後ろから飛び出し、俺は木刀を地へと突き立てる。

 

「ラルゴ、そのまま進め!!」

 

木刀を起点に展開された方陣から光が立ち上がり、全てを弾く盾が形成された。

 

矢は光の壁の前にことごとく落とされ、ラルゴはそれと同時に俺の頭上を越えて行った。

 

「はあぁっ!!」

 

そのまま空中から一閃。ラルゴの振るった大鎌は、横一列に並んだ盾を真ん中から切り裂いた。

 

カタン、と軽い音を立てて全ての盾の半分から上が地面に落ち、そこから兵士達の呆然とした顔が覗く。

 

「注意散漫、油断大敵、頭上注意――今日の天気は赤い雲から雷が降り注ぐでしょう!!」

 

ラルゴの肩を踏み台に、遥か上空に赤い長髪を棚引かせ飛び上がった俺は、仄かに緑色に輝く聖樹の御剣を降り下ろした。

 

――襲爪雷斬・拡散バージョン。

 

木刀から堕とされた雷は幾重にも枝分かれして、避雷針変わりとなる鎧を着込んだ兵士達に降り注いだ。

 

威力はかなり弱めだが、無防備なままにそれを受けた兵士達は盛大に痺れて動きが制限されている。

 

「打ち漏らしは俺がやる!」

 

言って、ラルゴは雷を防ぐことができた数人の兵士に向かって鎌を薙いでいった。

 

着地した俺は体制を低く保ち疾走し、痺れて動けない兵士達の首筋や顎に的確に木刀の柄と手を叩き込む。残り少しとなったところで痺れがとれた兵士から少し反撃を食らったが、それでもほぼ無傷で順調に制圧した。

 

「制圧完了! そっちは!?」

 

「こちらも制圧完了!」

 

短い確認を終えて、俺達は再び走り出す。その後ろでは、全員が綺麗に気絶していた。南無。

 

「ラルゴ、殺してねえだろうな」

 

「当然だろうが。全員柄でヤッた」

 

ヤッたとか聞こえた気がしたが、気のせいだろう。つーか多分字が違う、と思いたい。

 

「さっきの兵士の大半、おそらくは実戦経験のない新人だろうな」

 

呟いたラルゴに、俺も同意する。

 

「ああ。そのくらいしか割けなかったんだろうな。多分なんとか割けた主力も、城の警備にあたってる。本番はここからだぜ」

 

町の中を走り、城がある上を目指す。時間まできっちり指定した上での犯行だからだろう、人の姿は全くない。

 

バチカルの人々にとんでもなく迷惑をかけているのだから、なるべく早く終わらせないとな。

 

誰もいない町を走りながら、俺はラルゴに尋ねた。

 

「なあラルゴ。予告状に何て書いたんだ?」

 

犯行予告を出すことを決め、犯行時刻やこちらの人数まで全て書くことを指定したのは俺だが、目的を含めた予告状自体を書いたのはラルゴだ。つまり何となく予想はできているが、俺はラルゴが何をしに行くのか知らない。

 

「陛下を一発殴りに参上します、とだけは一応書いておいた」

 

「とりあえず悪戯って思われないでよかったな」

 

苦笑して肩をすくめてくれやがったラルゴに、俺は結構真面目にツッコむ。

 

いや、マジで悪戯みてえじゃん。

 

そんなこんなで異常にすんなりと進めている俺達。驚いたことに、城がある最上部に上がるためのリフトも稼動していた。

 

「俺はさ、思うわけだよ」

 

ゆっくりゆっくりと上昇するリフトの上で、俺は頭をガリガリと掻きながら溜め息をつく。

 

「今までの経験からして、こんだけ楽できた後には絶対に地獄があるって」

 

上昇する簡素なリフトからは、ようやく半分ほど顔を出した太陽に照らされた町の様子がよく見える。やはり誰も家から出ておらず、不気味といえば不気味だが、貴重でいい眺めだ。

 

家々の屋根が日光を反射する朝露で輝き、朝の新鮮な空気がそれを一層際立たせる。背の高さが違う建物と真横から世界を照らす太陽は、広場をキャンパスに影でモノクロの絵を描いていた。

 

うん、自分でもしっかり分かっている。

 

――――これは現実逃避だ。

 

僅かな衝撃とともに、リフトが上昇を止めた。

 

「あー……後ろ見たくねえなあー……」

 

城の方には向かず盛大にぼやく俺の肩を、ラルゴは無骨な手で軽く叩く。

 

「ここまで来てそれはないだろう」

 

そう言うラルゴの声はやる気と決意に満ちていて、俺はもう諦めた。

 

希望を言えば、町で兵士に襲われたかったのだ。

 

だって――

 

「それじゃあ行くとしようか、ルーク」

 

「……あいよ」

 

――今まで橋以外に全く兵士達がいなかったってことは、その分城に集まってるってことじゃねえか。

 

半分鬱になりながら振り向いた先では、城の前の広場が兵士達で埋め尽されていた。

 

その数ざっと二百。

 

…………。

 

…………予想より多いんですけど。

 

「正面から堂々と、それも犯行予告まで出した貴様等の心意気に免じ――――ってルーク様!? って違う!! 私は騙されんぞ、貴様は赤い悪魔だな!!」

 

誰も騙してねえよ。

 

広場に展開する兵士の先頭に立って、一人で勝手に盛り上がるむさくるしい中年のオッサン。どこかで見たことあるなあ、とか思っているとそのデカイ身体と禿頭で思い出した。

 

「ああ、ゴールド…………やたら豪華な名前の将軍か」

 

残念なことに名前は思い出せなかった。

 

「なるほど、この忙しい時にこのような馬鹿げた真似をするのは何処の馬鹿かと不思議に思っていたが、ルーク様の名を語りし間抜け面の我が儘馬鹿レプリカだったか」

 

剣を構えてそんな見え見えの挑発をしてくる将軍。そんなんで俺が怒るとでも思っているのかね。

 

まったく、キムラスカの未来が心配になるぜ。

 

「ちょ、おい小僧っ! その手は何だっ!? その第七音素の収束は何だっ!? 超振動放つつもりかっ!?」

 

となりでギャンギャンわめくラルゴに俺は舌打ちする。

 

「いや、別に怒ってるわけじゃないんだぞ? ただこうな、俺の中の熱い何かが叫ぶんだよ。――――目の前を更地に変えろって」

 

「頼むからやめろ!!」

 

ラルゴの涙ながらの説得に、俺は仕方なく腕を下ろした。正確には四十超えたオッサンの泣き顔見て萎えた。

 

「ふぅ……まあいいか。ラルゴ、俺が合図したら謁見の間まで突っ走れ」

 

一度大きく溜め息ついて気合いを入れ直し、作戦タイムに移る。

 

主役である陛下とナタリア、そしてキーマンであるイオン。謁見の間にはすでに役者がちゃんと揃っているはずだ。

 

後はそこにラルゴがたどり着けばいい。

 

「だが小僧。俺では、あの人数を一気に突破するのは無理だ」

 

半分だったならあるいは、と呟くラルゴ。それでも十分に凄いと思うがね。

 

「ばーか。突破だけしても城の中で挟み撃ちにされるだけだろ。ここにいる約二百人、俺が足止めするっつってんだよ」

 

「……できるのか?」

 

訝しげに聞いてくるラルゴ。まあ、その反応は当然だろう。プロの戦闘集団二百人を相手に一人で勝てる奴は、人間の域を越えている。

 

でも。

 

だからこそ、俺は唇をつり上げて邪悪に笑ってやった。

 

「言っただろう? ナタリアまでの道は俺が作るって。お前は黙って信じてればいいんだ。何たって俺はルークなんだからよ」

 

「む…………」

 

「そう難しい顔すんなよ。少なくともリグレットは信じてくれた、ここまで言えば安心だろ? つーか、これ命令だから」

 

一転して今度は殊更に軽く笑う。そんな俺を見て、ラルゴは大きく溜め息をついた。

 

「了解だ。リグレットが認めているなら、安心はしていいのだろう」

 

ラルゴは俺から視線を外し、兵士達を透かしてその後ろのバチカル城を強く睨む。

 

「話は終わったか? 敵を前にして余裕を見せるなど、そのどうしようもない愚かさは変わってないようだな」

 

キムラスカの将軍は俺達の様子を鼻で笑い、嘲るような目で見てくる。

 

やっぱり俺みたいな奴に、ヘコヘコ頭下げてないといけなかった過去が原因なのか。

 

そんな本当にどうでもいいことを考えながら、俺は右目を覆っている眼帯に手をかけた。

 

――――思い出すのは、昨日のベルケンドでの一件。ティアの病状を聞いた後のことだ。

 

「はい? 今何と仰られましたか……? いえ、本当に。冗談ではなく」

 

耳を手の平で数度叩き、俺に真面目な顔で聞き返してくるジェイド。

 

「だーかーらー、俺が譜眼ってのを使えるようにしてくれって言ってだよ」

 

譜眼。最も重要なフォンスロットである瞳に譜陣を刻み、音素を体内に取り込む効率を爆発的に上げる技術……らしい。ダアトの禁書庫で見つけた本というよりノートに近い物に、発案者であるジェイドの名前とともに走り書きしてあったのだ。

 

「禁術指定にした技術をどこで拾ってきたかは知りませんが、あれは相当危険です。下手をしたら暴走して音素が過剰に体内に流れ込み爆発、下手をしなくとも九割で失明ですね」

 

ジェイドはやれやれと肩をすくめた。

 

諦めろと言うことらしい。

 

「でも俺には必要なんだよ。俺には音素制御の才能はないけど、いや、だからこそ必要なんだ。短期間で強くなるにはさ、やっぱそのくらいしねえと無理だってよく分かった」

 

「私にはどうして貴方がそこまでして強くなろうとするのかが分かりませんね」

 

溜め息をつきそうになるのを抑えるかのように、ジェイドはゆっくりと続ける。

 

「貴方一人でヴァンと戦わなければならない訳ではありませんよ?」

 

それは分かってる。正直に言って、ヴァンはこの戦いに勝てない。こっち側は俺一人が戦いから抜けても、全く持って痛手じゃないほどの戦力がある。

 

それを分かってるからこそ、俺は頭を掻きながらジェイドから顔を背けた。

 

「何かよ、嫌な予感がするんだ。だから念には念を入れときたい」

 

「それだけの理由で……ですか」

 

今度こそ本当にどうしようもなく呆れたように、ジェイドは深く深く溜め息をついた。

 

「話の腰を折って悪いが、片目だけに譜陣を刻むことはできないのだろうか」

 

むしろ脱線した話を戻してくれたリグレットに、俺とジェイドは同時に顔を向けた。

 

「可能ですが……あなたは止めないのですか?」

 

意外ですねえ、とジェイドはリグレットを興味深そうに眺める。

 

「私が止めろと言って、それを素直に聞くような男ではないだろう」

 

そう言ってリグレットは澄ました顔で肩をすくめて見せた。

 

それにしても、片目か。

 

「なあジェイド、とりあえず片目だけ試しにやってみてくれ。失敗してもすぐに片目だけえぐり出せば問題ないんだろ?」

 

「さらりと恐いことを言いますね。実際はそこまでする必要はないんですが……まあ、いいでしょう。ですが成功しても両目ほどの効果は得られませんし、制御が楽になる分は成功する確率も上がりますが、それでも大した違いはありませんよ?」

 

ようやく頷いてくれたジェイドに、俺はほっと一息ついた。

 

「ありがとな、ジェイド。よろしく頼む。リグレットもありがとう、お陰で助かった」

 

「貴方に礼を言われるのには慣れませんねえ、まったく」

 

眼鏡を押し上げるジェイドと、無言で少し手を上げるリグレット。

 

二人とも少し笑っていたのが印象的だった。

 

――――以上、回想終了。

 

俺は不適に笑って眼帯を剥ぎ取り、譜陣が問題なく発動している証である赤く染まった瞳を露にした。

 

「じゃあ行くぜ、ラルゴ」

 

聖樹の御剣に指を走らせ、構えを取る。

 

焼けるように熱い右目から膨大な量の音素が体内に取り込まれ、左手に収まる木刀もそれ以上の勢いで周囲の音素を喰らい尽くす。

 

全身に淡く光を纏い、激しく発光する木刀を握り絞めて、俺は叫んだ。

 

「走れラルゴ!! ――魔王地顎陣!!」

 

爆音を響かせ地に叩きつけられた木刀から、人間の限界を越えて収束された第二音素が一気に解放される。

 

「うおおぉぉぉおお――っ!!」

 

木刀を起点に地が大きく裂けて、城の入口まで一直線線に伸びて行く。割れた大地は両脇に押し寄せられ、荒々しく頑丈な壁を作った。

 

そこにできたのは、大地の守りを受けた一本の道。

 

その道をラルゴが駆け抜けて行く。

 

横に飛び退き難を逃れた兵士達が、ラルゴを追おうと立ち上がる。

 

「よそ見してんじゃねえよ!! 本番はこっからだぞ!!」

 

更に音素を取り込み、俺は割れそうに痛む頭を振り歯を食いしばる。

 

ゆっくりと、だが着実に、俺の望む世界が音素を糧に顕現されて行く。

 

兵士達の足元の白い石畳が――大地が、脈動する。

 

僅かに振動を続ける地面から、音素によって構成された無数の岩石が悠々と迫り上がる。それは広場一面で同時に進行し、閉鎖された世界はその在り方をがらりと変えた。

 

大地から高く乱雑に伸びた無数の岩石。人間二人が漸く歩ける程度の隙間しかない、狭く暗い世界。

 

この広場を上から見れば、まるで剣山のように見えるだろう。

 

「お、おのれえぇぇえええ!! 貴様、レプリカ風ぜがあっ!!」

 

「うるせえんだよ、脇役風情が」

 

出し抜かれたことに対する怒りで顔を真っ赤に染めて突進してきた将軍。大上段から振り下ろされた必殺の大剣を、俺は斜め前方に飛び上がりかわし、顔面に跳躍の勢いを載せた回し蹴りを叩き込んだ。

 

「あんた、カルシウム足りてるか?」

 

そんな言葉を吐き捨てて、俺は今や岩の迷宮となった広場へと疾走した。

 

二百人に勝つなんて、案外簡単な話だ。

 

何も一気に相手にする必要はない。一対一で戦えるようにすればいいだけのことなのだから。

 

障害物のせいで、兵士達は味方を確認することでさえ困難だ。ましてや岩石の柱の間を止まることなく駆ける俺を、仲間と判別することなど不可能。

 

突然変貌した世界に対処できず、剣を構えてうろたえる一人の兵士。その視界を埋め尽す物は無数にそびえ立つ岩石の柱と、その間から見える僅かな隙間のみ。敵はおろか、仲間の姿さえも見えない。

 

その場所から動けば、仲間を見つけさえすれば、事態は僅かに好転する。だがそれにも関わらず、兵士は動かない。

 

――いや、動けない。

 

「はっ、はっ、はっ、はっ…………」

 

小さく小刻みに空気が振動する。

 

本来ならば民を守り敵を討つ勇敢な兵士の半開きになった口からは、雄雄しい叫びではなく極度の緊張を示す荒い呼吸が漏れる。額を濡らすのは、玉のような汗。

 

今や完全に狩られる瞬間を待つのみの哀れな獲物に成れ果てた兵士。俺は後ろから息を殺して静かに、されど素早く接近する。

 

「が……っ!」

 

そして首筋を打ち、意識を刈り取った。

 

まずは、一人目。

 

冷徹に地に伏す獲物を一瞥し、新たな獲物を探すために俺は乱立する石柱の陰へと消えた。

 

――――さあ、狩の時間だ。

 

「うっ……! てき――――」

 

二人。

 

「き、来た……! こっちだ、こっちに――――……」

 

三人。

 

「あ、あぁぁあああああぁぁぁあああああ!!」

 

四。

 

「応援を、応援を――間に合わ――――……」

 

五。

 

六七八九十……二十……三十……四十……。

 

広大な広場の至る所から、それこそ絶対に位置を特定されないような様々な場所から、兵士達の悲鳴が響き渡る。

 

背後から一撃、正面から一閃、横から一薙。

 

繰り出される剣薙を捌きかわし弾き、突き出される穂先を流し潰し受け止める。

 

永遠とその作業を繰り返し、次々と兵士達の意識を刈り取って行く。

 

「固まれ、背中を見せるな!」

 

「この狭い場所じゃあ剣も槍もまともに使えんぞ、弓なんて以っての他だ、捨てちまえ!」

 

何処からか、そんな声が聞こえ始める。

 

一番最初に指令官を失い、だが閉鎖された世界のためそれを知らなかった兵士達。

 

そのお陰で大いに混乱し、それに乗じて数を減らせた。

 

だがそれももう終わりだ。今からは個人ではなく、集団と戦わなければならない。

 

「第二段階――――いくか」

 

荒くなってきた呼吸を落ち着け、俺は身体を深く沈める。

 

俺がこの音素によって世界に顕現された岩石の迷宮を維持するのも、そろそろ限界だ。それに冷静になり集団となった兵士達が、この石柱を壊し始めてもおかしくない。

 

そう見切りをつけて、俺は半分ほどの岩石を消した。これで少しは精神面に余裕ができた。今までは岩石を顕現し続けるだけで一杯一杯で、それ意外に音素を使えなかったのだ。

 

全身のバネを使い飛び上がり、三度向かい合った石柱を交互に蹴ってその天辺に着地する。

 

これで下の様子が良く見渡せるようになった。

 

十人単位で集まった兵士達は譜術を使い石柱を倒し、自分達が自由に動けるように場所を確保しはじめていた。

 

そんな集団が5つほど確認できる。

 

残りの人数は、約七十人。

 

「かなーりきついが、やるしかねえか」

 

そんなぼやきを残して、俺は円形に固まった集団へと石柱の天辺を渡って行った。

 

*

 

空に、白い煙が見えた。

 

場所は三カ所。

 

すぐに答えは出た。

 

敵が煙幕を使ったのだ。

 

時間と残りの人数、二十数人から判断して、もう戦えるのは自分達だけだろう。

 

――敵の強さを誤っていた。

 

そう実感した時には、すでに取り返しのつかない状況に追い込まれていた。

 

レプリカルーク、赤い悪魔、史上最悪の大犯罪者、そして――虐殺者。

 

ほんの少し前に、空から城に侵入するという奇策を実行した相手。だからこちら側の対応は、どんな奇策をも通さぬ今現在使用できる兵力での全力の防御。

 

マルクト皇帝滞在を踏まえての、過剰とも言える総勢二百を越える守り。

 

それに対して、敵の数はたったの二。

 

二対二百。

 

当然、何処かで慢心があった。

 

それに加え、敵は正面から攻めてきた。

 

もう不気味と思うまでもなく、勝利を確信していた。

 

そして――そこに漬け込まれた。

 

正面から正々堂々と、不意を打たれた。

 

一体誰が、たった一人の人間の力が擬似的かつ一時的とは言え地形を丸ごと変え、それを十分を越える時間維持できると予想できる。

 

何故、真正面から攻めて来たはずの敵に、ゲリラ戦を仕掛けられると予想できる。

 

――そんなこと、全部想定外だ。

 

だから空から赤い何かが、円形に組んだ陣形、その中心に降って来た瞬間、全員が全員、何一つ予想できない赤色に恐怖して、振り向くことさえもできなかった。

 

「ああ、なんだ。十人だけかと思ってたら、いつの間にか倍に増えてるじゃねえか」

 

そんな声で、漸く全員が弾かれたように敵の方を向いた。

 

長い前髪でその顔を隠したまま、赤い悪魔が幽鬼のごとくゆらりと立ち上がる。

 

「残りがあんた達だけなんなら、これ、もう必要ねえな」

 

抑揚のない声で誰にとはなく赤色が呟いた瞬間、辺りを埋め尽していた岩石が、あたかも初めから存在していなかったように、消失した。

 

そして露にされたのは、元の綺麗な白い広場に出来た大きく穿たれた一本の荒々しい道と――倒れ伏す仲間達の山。

 

悪夢だった。

 

現実と認めたくなかった。

 

二百人もいたのに、残っているのはたったの二十人だって?

 

そんなこと、あっていいはずがないだろう。

 

「……あ、あ……ああああぁぁぁあああああああああああぁぁぁあああああああ!」

 

叫び声を上げて、まだ成人もしていない赤毛の少年に切りかかったのは、良く知っている男だった。

 

自分には頭はないがその分力がある、いつもそう言って逞しい身体を自慢している友人にしてライバル。精鋭部隊の中でも、自分と共に上位を争う実力の持ち主。

 

だから、自らの目を疑った。

 

――何で、どうして、どうやって、一回りも体格が違う相手の必殺の一撃を、片手で受け止めているんだ。

 

左手に持った木刀というふざけた武器を払うという動作だけで、友人はいとも簡単に吹き飛ばされた。

 

「ああ……まともな戦い方で二十人相手は、やっぱり無理か……」

 

未だに隠れた表情。まるで今、何もなかったかのような態度。最初と変わっていることと言えば、岩石がなくなったため太陽の光が届くようになり、光に照らされた青年の髪が赤から橙に見えるようになったということだけ。

 

「なあ。あんた達さ、今からのこと、誰にも言わないでくれよ。知ったら、心配する奴らがいるんだよ」

 

青年が何を言っているのか、分からなかった。

 

ゆらゆらと揺れ、立つことすらも困難なほど疲労している橙色。だと言うのに、先程は大男を軽々と吹き飛ばした。

 

言うことも、やることも、何一つ繋がっていない。

 

――全て、矛盾している。

 

「二十人だから……十秒か。じゃあ――行くぞ」

 

ふらふらと、ゆらゆらと、笑う膝で立つことだけで精一杯の橙色が――その顔を上げた。

 

「――――『愚者は踊り続ける、滅びの時まで』」

赤く染まった瞳。緑を湛える瞳。

 

その瞳に、ただ思う。

 

――人間がしていていい目じゃあ、ないだろう。

 

まさしく修羅だった。焦点の合っていない、ただただ狂気に満ちた瞳。

 

橙色の足元に譜陣が展開され、異常な速度で音素が収束されて行く。

 

そこで漸く気付いた。さっきのは、譜術を発動させるための詠唱だったのだと。

 

「え……?」

 

一瞬、本当に一瞬目を離した隙に、瞬きの間に、橙色の姿が消失していた。

 

次に聞こえたのは、金属が砕ける嫌な音。隣から聞こえたその音に、首を向けてみれば何かの影が一瞬だけ視界をよぎった。

 

そして、そのかん高い音が連続して聞こえてくる。

 

その隙間を縫うように、ミシリ、ブチリ、と耳障りで本能的に嫌悪する音が聞こえる。

 

何が起こっているのか、全く把握できない。橙色が何をしているのか、この音達は何なのか。

 

「があっ……!」

 

そんな思考は、手首を襲った強い衝撃で全て消え去った。

 

「あ……え……俺の、剣が……」

 

折れていた。自慢の剣の刃は、中程から無くなっていた。

 

音の正体に思い当たり、慌てて周りを見れば、その場にいる全員の剣が、すでに剣では無くなっていた。

 

「もう、戦えねえだろ。じゃあ、俺は行くから」

 

いつの間にか、消え去ったはずの橙色が、元の位置に立っていた。

 

自分を含む全員が、呆然として立ちすくむ中、橙色は城に向かって歩いて行く。

 

その背中が見えなくなるまで、思考すらもまともにできなかった。

 

「は、ははは……おい、あの音……あの音は、そういうことか?」

 

誰にともなく呟いた自分の声に、改めて恐怖する。

 

剣が叩き折られる音は、あの『骨が軋む音』と『筋繊維が切れる音』が出るような人間の限界を超えた動きの結果……?

 

そういうことなのか……?

 

最早敵を追う気力すらも刈り取られ、その場に座り込んだ。

 

あんなの、人間の動きじゃない。

 

――――異端だ。

 

*

 

城の門をくぐり謁見の間に進もうと足を進めたら、強く咳き込んで口一杯に血の味が広がった。

 

視界がぐらりと揺れる。

 

城の磨き抜かれた床に倒れ伏す兵士達の姿が二重にも三重にもブレて見えて、身体中を襲う激痛と合わさり頭がくらくらする。

 

「うお……本気でやべえな……つーかこれ、足の骨折れてやがる」

 

軽い口調で言ってみたが、体調までは軽くならない。

 

下半身は左足は骨折、右足の骨にもヒビ。合わせて両大腿部の筋肉はズタズタ。

 

上半身は左腕の複雑骨折と、残りの全箇所の筋繊維が痛んでいる。

 

壁に手をつきながら、文字通り体を引きずって何とか前に進むのが今の俺にできる全力だ。

 

治癒術をかけたいのは山々だが、もうそんな精神力残っちゃいねえし、あくまでも治癒術は基本回復力を促進させるものなのだから、今そんなことやったら俺は倒れる自信しか持てない。

 

つまり、それほど無茶をしたのだ。

 

ラスト二十人を相手にするために発動した、名も無き譜術。

 

第七音素術士であるなら誰でも使える簡単な譜術であるが、人間なら誰も使おうとはしない異端の譜術。

 

多く使われている身体能力を高める譜術なり技術なりには、例外なく身体に負担をかけないように強化した分の反動を殺す措置が施されている。そしてその措置の限界値が低いため、大した身体能力の向上は望めない。限界値を越えれば、身体能力の強化に耐えきれず身体は崩壊するのだ。

 

 

だが俺には、劇的な身体能力の向上が必要だった。

 

――ヴァンに勝つために。

 

戦略、経験、技術、戦闘に必要な全てで圧倒的に下回る俺がヴァンに勝つには、身体能力で圧倒的に凌駕するしかなかった。

 

だからこそ俺は、強化した分の反動を殺すという、いわば自分を傷つけないために施すモノを排除して、ただただ身体能力の強化だけを追求した。

 

走れば足の筋肉は千切れ、骨は地を蹴る衝撃で粉砕される。

 

剣を振るえば腕はボロボロになり、その衝撃は全身を傷つける。

 

だからそれを、治癒術をかけ続けることで端から回復する。

 

人間の限界を越えた超高起動戦闘を実現するために、一瞬一瞬で崩壊して行く体を絶えず治癒術で繋ぎ止める。

 

生命力を対価に、戦闘力を得る譜術。

 

それが俺の使った譜術だ。

 

概算でだが、恐らく今の戦闘だけで二十年は寿命が縮んだ。

 

たった数十秒で、二十年。

 

それ故の――異端。

 

「ま……後少しで死刑にされる俺には、お誂え向きの譜術だよな」

 

ヴァンと殺り合う前に、どうしても実戦でのテストが必要だった。

 

それを考えれば二十年なんて、安いものだ。

 

冗談抜きで血ヘドを吐きながら、ラルゴにやられたであろう兵士達を踏んで前に進む。

 

いや、申し訳ないとは思うけど、俺は壁がなきゃ立てねえんだわ。

 

だから俺の進行方向に横たわる兵士達は、可哀想なことに俺に踏まれるしかないのだ。

 

うん、幸あれ。

 

それにしても、だ。

 

城には結構な数の兵士達が気絶している。全部ラルゴがぶっ飛ばしたのかと思うと、何なんだよあいつと本気で驚く。

 

流石は獅子王、ってことか。

 

「あ……あ……」

 

正直今の俺は目がまともに見えていないわけで、前方からそんな声が聞こえてきて冷や汗がダラダラと流れる。

 

ぶっちゃけ今襲われたら即死だったりするもんな。

 

はははは…………笑えねえ。

 

「ひ、ひぃぃぃぃィィイイイイ…………!!」

 

そして何故か今度は悲鳴を出し始める何者か。もしかしたら兵士ではないのかもしれない。

 

擦れる目を細め、何とか相手の姿を確認しようとするが、その前に相手は走って行ってしまった。

 

不思議に思うものの、答えはでない。

 

考えても仕方ないので、俺は腰の荷物の中から水を取り出し眼帯で隠していない左目を洗った。

 

今更ながらに気付いたのだが、血糊で目が半分塞がっていたから良く見えなかったのだ。

 

間抜けだな、俺って。うっかりさんだ。

 

とまあそんなことにまで気付かないほど消耗している俺は、やっとのことで謁見の間の前まで来れた。

 

途中気絶していない兵士達に遭遇したが、何故かみんな走って逃げて行くから本当に助かった。

 

安堵の息をつきながら、俺はえっさえっさと謁見の間への扉へと向かう。警戒していても身体が動かないのだから意味はない。ようは諦めの境地だ。

 

まあ、まだ死ぬつもりはないんだが。

 

謁見の間は兵士達が埋め尽しており、玉座の方はまるで見えなかった。ただ、これほどまでに人が集まっていると言うのに、完全な静寂が場を支配している。誰一人、物音を立てないのだ。

 

「俺は――」

 

おそらくは部屋の中心、そこから低く響く声が発せられる。その声は静寂に包まれた部屋にしみわたり、どこか神聖な空気を形成した。

 

この声、ラルゴか。

 

「俺は一人の親として、人間として――キムラスカの王ではない貴方自身に頼みたい」

 

この騒動をけしかけた者として、ことの顛末を見届けようと俺は部屋の中心へ向かう。

 

木刀を杖にして悲鳴を上げる身体を引きずる俺に気付いた兵士達は、何故かことごとく道を開けていく。

 

その表情は紛れもない恐怖に歪んでいたが、今の俺にそれを気にかける余裕はない。

 

それに兵士達も、すぐに俺から視線を外して部屋の中央を見つめる。

 

俺も兵士達が割れてできた道を歩みながら、そこに佇むラルゴと陛下の姿をはっきりと確認できた。

 

ラルゴの背中には剣と弓矢が突き刺さっており、その呼吸は荒い。

 

陛下はその頬を赤く腫れ上がらせ、黒き獅子の覇気に呑まれながらもしっかりと立っていた。

 

見てはいないが、どんなやり取りがあったのかは何となく予想はつく。不可抗力とは言え子供を奪った相手に、ラルゴは宣言通りのことを実行したのだろう。

 

つまり、ケジメをつける為に、ラルゴは陛下を殴ったのだ。

 

ナタリアがラルゴの実の娘であることは、イオンが証明してくれたはずだ。

 

二人が見つめ合う謁見の間の中心。その後ろには涙を溢し困惑するナタリアと、彼女を支えるアッシュの姿。

 

俺は今の状況に、こうなってもおかしくはないと予想していた状況に、それでも戦慄した。

 

一国の王がその顔を赤く腫らして、不法に侵入した賊と同じ場所、そして同じ高さに立っているのだから。

 

本来ならば王の身を守らなければならない兵士達は誰一人動くことなく、ただ神聖な雰囲気に包まれたこの部屋で佇んでいる。

 

「私は――王でも貴族でも何でもない、ただの人間である私として、君の望を聞きたい。そして出来ることなら……いや、私はこの命に変えてでも君の望を叶えたい」

 

ありえない光景だった。

 

陛下はどこまでも真摯な態度で、ラルゴの手を込むように両手を添えた。

 

その瞳は同情とも悲哀ともつかない、あえて言うなら共感のようなものが映し出されている。

 

「私は、知らなかったこととは言え、君に許されないことをやってしまった。だから……」

 

切実に言葉を紡ぐ陛下を、ラルゴがやんわりと止める。

 

「俺は貴方の命が欲しいわけではありません。陛下――」

 

「今の私はただのインゴベルトだ。それ以上でもそれ以下でもない、ただのインゴベルトだ」

 

そこにあるのは敵同士であることも王と民であることも越えた、ただの一人の人間。

 

だから二人は、同じ場所、同じ位置に立っている。

 

「わかりました、インゴベルト殿。先程も言った通り、俺は貴方に死んで償って欲しいわけではありません。勝手ながら俺の中にあった憎しみは、先程の一撃に全て込めさせて頂きましたから」

 

言葉通り、ラルゴの顔は穏やかなものだった。本気で命をかける覚悟があったのか、陛下は少し困ったように顔に皺を寄せる。

 

「ただ俺は……今更このようなことを言う権利がないのは分かっているが――」

 

ラルゴは少し顔を伏せ、そして涙を流し続けるナタリアに視線をやって、再び陛下を見た。

 

「俺の娘を、ここまで立派に育てて頂き、本当にありがとうございました。そしてどうか、これからは……いや、これからも、貴方の娘を大事に育てて上げて下さい」

 

陛下の手を逆に包み込み、ラルゴは深く深く頭を下げた。合わせられた二人の手は、小さく震えていた。

 

どのくらいそうしていただろうか。ほんの数秒にも、数十分にも感じられる。

 

上げられた顔は今にも泣き出しそうなのに、それでもラルゴは微笑を浮かべてナタリアに向き直った。

 

「ナタリア姫。一言だけ言わせて欲しい。いいだろうか?」

 

「…………っ!!」

 

ナタリアは肩をビクリと震わせた。敵対勢力の幹部が実の父親だと突然名乗り出てきたのだ。ナタリアの心情は荒れに荒れて乱れに乱れているに違いない。

 

それでもナタリアは、ラルゴが本当の父親だと確信しているのだろう。到底落ち着いているとは言えない状態だが、涙を流しながらも小さく、だがしっかりとラルゴに頷いた。

 

隣で支えていたアッシュから離れ、ナタリアはラルゴの正面まで歩み寄った。

 

そんなナタリアを見て、ラルゴは寂しげに微笑んで、そして嬉しそうに笑った。

 

「母親に似て、美しく育ったな――メリル。そしてこれからもお元気で、ナタリア姫」

 

「……あ……わ、私は……」

 

どうにかして言葉を紡ごうとするナタリアに向かって首を横に振り、ラルゴはアッシュに目配せした。

 

「ナタリア……時間はあるんだ。落ち着いてからまた話せばいい」

 

アッシュは後ろからナタリアの肩に優しく手を乗せて諭し、陛下の方を一度見てからナタリアと共に謁見の間から出て行った。

 

「ルーク。ありがとう、お前のお陰で俺はずっと言いたかったことを言えた」

 

俺の存在に気付いていたらしく、ラルゴはこちらを見ないまま続ける。

 

「だが俺は、お前との約束を破る。俺は新な世界ではなく、この腐った世界、だが大切な人が生きているこの世界を選ぶことに決めた。だから俺はもう、ヴァンの元には帰らない」

 

それだけ言って、ラルゴは倒れた。背中に剣が突き刺さった状態だったのだ、今まで精神力だけで立っていたのだろう。親として最低限の責任を果たしたいという、その思いだけで。

 

すぐに陛下はラルゴを治療するようにと兵士に命じて、ラルゴは担架に載せられて運び出された。

 

ラルゴは当初の予定であった脱出はせずに、ここで捕まり罪を償うと主張した。

 

俺との約束を破ってはいるが、ラルゴが自分で決めたことにケチをつけるつもりはない。

 

つまり、だ。

 

つまり、今回のラルゴの願い、この馬鹿げた城攻めの目的は達成されたのだ。

 

――そしてここからは、俺の我が侭をまかり通す時間だ。

 

ラルゴが気絶する間際の言葉で、今まで場の神聖な雰囲気によって隠されていた俺の存在が、ついに露になっていた。

 

玉座から少し下った場所、そこに立っているイオンが俺に悲痛な眼差しを向けている。

 

そして俺から改めて距離を取ろうとする兵士達。

 

理由はすでに分かっている。

 

血で赤く染められた身体。血で針のように固められられたバサバサの長い髪。

血走った人間とは思えない目。

 

今の俺の姿は、人間として認められるものではないのだろう。

 

それでも。

 

だからこそ。

 

俺は戸惑う陛下と、玉座の横に立ち俺から視線を外さないファブレ公爵に向かって笑ってやった。

 

「――――お久しぶりですね」

 

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