TOA ~突き進め、我が道を!~   作:あきあ

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第十三話 世界が終わる日

遥か眼下に広がる大地と海。手を伸ばせば触れそうなほど近い白い雲。

 

風をきる音が爽快で、目に映るものは全て新鮮だった。

 

「すげぇな、アルビオール。マジでこんなデカイ物が飛べるもんなんだなあ」

 

ガラスを通して見る、空を駆ける巨大な円盤形の譜業に俺はただただ感心する。

 

何を隠そう、俺は意識がある状態でアルビオールに乗ったことがなかったのだ。一度ケテルブルグからベルケンドまで運んでもらったらしいのだが、その時はぶっ倒れていた。だから今回が始めて。

 

「これは確かに凄いな。流石創生歴時代の遺産だ」

 

隣では同じく初体験のラルゴが景色とアルビオールを見ながらしきりに頷いている。

 

俺達――元六神将と世界代表チームが乗っている物と、隣を飛ぶ操縦士のギンジさん一人が乗る物。

 

二機のアルビオールを、今回の作戦に使うのだ。

 

それで俺の隣にいるラルゴ。本来ならこの作戦には組み込まれていなかったのだが、ナタリアが参加するなら自分も参加すると強引についてきたのだ。

 

戦力は多いにこしたことはないから、嬉しい話だ。

 

結局昨日は聞くことができなかったラルゴとナタリアのその後。

 

血を引いていない者を王族として認めるわけにはいかないと主張する臣下達を、陛下が一喝し黙らせたのだとか。

 

曰く。

 

「真の王とは血によって認められるのではなく、その行いによって認められるのだ。そして家族とは血によってのみ繋がるのではなく、思いによっても繋がるのだ」

 

ラルゴをナタリアの本当の父親と認めた上で、自分もナタリアの家族であると言う陛下。ぶっちゃけ今までの王の定義をぶっ壊すことをやっちまったのだから、もしかするとそのうちキムラスカは根本から変わるかもしれない。

 

ついでにラルゴはお咎めなし。誰も殺してないことがかなり効果ありだった。ぶっちゃけ器物破損とか傷害とかそういう罪は全部俺が被ればいいしな。

 

それでラルゴとナタリアの関係のこと。昨日ラルゴとナタリアはしっかり話をしてみたのだとか。

 

母親の話とか、ラルゴの昔の話とか。

 

今日の朝アルビオールに乗り込む前に世界代表チームに合流した時、ナタリアがラルゴを「お父様」と呼んでいた。

 

まあ、何だかんだでいい方向に話はついたらしかった。

 

「あのね、ルーク。えっと、みんなが呼んでます。説明しろ、って言ってたよ」

 

新調したちょっとホラー系入ってるぬいぐるみを抱いたアリエッタが、窓にへばりつく俺とラルゴを不思議そうに見る。もう少し外を見ていたかったが、まあ仕方ない。

 

世界代表チームは約二万の敵が待つアブソーブゲートに行くということしか知らないのだ。

 

説明はシンクに任せようと思っていたのだが、面倒だからやだと断られた。どうしてシンクがオラクル騎士団の参謀総長についているのか理解できない。マジで。

 

振り返って見てみれば、元六神将とジェイド以外の全員が全員うかない顔で中心に集まっていた。

 

それはもう葬式並の重たい空気だった。

 

「なあラルゴお父様、俺らなんか浮いてね?」

 

「何だその呼び方は……俺を馬鹿にしてるのか?」

 

「いやなに、ただ将来アッシュに『父上』って呼ばれた時、気絶しちまわないように免疫つけてやろうってな」

 

俺の慈愛に満ち溢れる気づかいにラルゴはなるほどなるほどと感心して頷く。

 

「気が利くな、おかげで助かった」

 

「この屑どもがぁああっ!!」

 

はははははと笑い合う俺とラルゴに、アッシュが剣を抜き放ち顔を真っ赤にして吠える。やっぱりナタリア関連は効果抜群だな。

 

「えー、だって実際ラルゴってお前の義理の父親になるじゃねえか。ほら、照れてねえでラルゴパパって呼んでみろよ」

 

「誰が呼ぶかっ!!」

 

血管が切れちまうんじゃないかと本気で心配してしまうほどのキレっぷり。もうこれでも十分かとも思ったが……楽しくてやめられねえ。俺はナタリアの方を勢いよく向き、アッシュを指差し言ってやる。

 

「ナタリア大変だ! アッシュが、アッシュがお前と結婚するのが嫌になったらしいぞ!! ラルゴを父親なんかじゃないまったくの赤の他人だって……!!」

 

「ッ!?」

 

俺の迫真の演技を受けて、ナタリアは目を見開き慌ててアッシュを見る。アッシュのことになると我を忘れるナタリアには、こんな嘘でも十分に通じるのだから面白すぎる。

 

「ア…アッシュ……わ、私のことが……」

 

「ち、違うっ! 違うんだナタリア、誤解だ!」

 

剣を収めて迷わず目を潤ませるナタリアの下に駆け寄り肩を掴み、アッシュは必死に首を振る。

 

「俺はお前のことを愛している! 結婚するのが嫌になるはずがない!!」

 

「ははははっ……くっ……ふはははっ……はーっはっはっはっはっ! マジで最高、お前! 面白すぎる」

 

人目を憚らず涙をこぼしそうなナタリアを抱きしめるアッシュをひとしきり笑い、とりあえず目に毒なのでさっさと視線を外した。

 

ほっと安心してよかったと微笑むナタリアに、アッシュは顔を赤らめ停止しているのだからさらに笑えるのだ。腹筋が鍛えられるぜ。

 

自分達だけの世界にドップリ入ってる二人から離れながら、腕で額を拭い一息ついた。

 

うん、とりあえずこれで葬式の空気じゃなくなった。

 

「随分と悪役っぷりが板についてきましたねえ。感心です」

 

「はいはい、お褒めにあずかり光栄ですよ、先輩」

 

眼鏡を押し上げてわずかに唇の端を歪めるジェイドに背を向け、俺は適当に手を振りながら皆の前にでる。

 

「さてと。じゃあそろそろ今日の予定でも説明するか。そこの二人も何時までも遊んでんなよ」

 

片手で頭を掻きながらアッシュとナタリアに注意し、俺は若干緊張がとけた様子の皆を順に見ていく。

 

理不尽な、というガイの呟きが聞こえた気がするが多分気のせいだろう。

 

「えっとだな、陛下達から聞いてると思うけど、アブソーブゲートには二万人ヴァン側の人間がいる。詳細は……リグレット」

 

「正確な数は一万九千二百四十人、それとヴァン・グランツ。構成としてはほぼカンタビレの第六師団を抜いたオラクル騎士団と考えてもいいだろう」

 

静かに腕を組んで壁にもたれかかっていたリグレットが俺の隣に来て、気を使うこともなく淡々と現実を告げた。ガイがそれを聞いてぼやく。

 

「…………正確な人数聞いたら、現実味がでてきて正直恐くなるな……」

 

その言葉通り、皆の顔は沈みに沈んでいた。やはり数を考えれば、何らかの作戦があることを知っていても不安になるのだろう。

 

まあ仕方ないと、続きを話そうとしてふと気付いた。俺は操縦席に座る女の子に声をかけた。

 

「忘れてた忘れてた。ノエル、ギンジのとこにもこの会話聞こえてんのか?」

 

俺達の乗るアルビオールの操縦士のノエルさん。短い金髪の元気な女の子だ。なんとなく親しみやすい、ってのが第一印象だった。

 

「はい、無線はずっと繋げていますから。どうぞ続きを」

 

「おう、了解。じゃあ続けるぞ」

 

元気よく返された返答に軽く手を上げ、俺は相変わらず重い空気を出す世界代表チームに向き直る。

 

「まず第一段階として、戦力を削れるだけ説得で削る。詳しい説明は……シンク」

 

「まったく、面倒だね。それくらい自分でやってよ」

 

素直に喋ることができない厄介な性格のシンクは憎まれ口をたたきながらも、ちゃんと皆の前に歩いて出ていく。

 

「これはまあ到底作戦なんて呼べるレベルのものじゃあないけど、全ての起点になるものだから。とは言っても最初の段階であんた達にできることは、邪魔にならないように大人しく見てることだけなんだけどね」

 

どう考えても喧嘩売ってるとしか思えないが、皆は大人しくシンクの話を聞く。ティアの目が冷ややかに細められたりアッシュが苛々と組んだ腕を指で叩いているのは、まあ当然の反応。

 

「とりあえずもう一機のアルビオールを、無人にした状態でヴァン側の射程距離ギリギリまで接近させる。それから僕たち六神将が各自演説でも買収でもを、アルビオールのスピーカーを使って実行。第一段階はこれで終了だね」

 

無人でも単純な行動ならプログラムしてたらできるでしょ? とジェイドとノエルに確認を取って、シンクは役目は終了だと壁にもたれかかる。

 

これでそんなことできないと言われたおしまいで笑えないことになっていたが、流石は創生暦時代の遺産。超単純な動きならプログラム可能らしい。

 

「今の時点で質問あるか? 向こうにつくまでにかなり時間あるから、ゆっくりまったりやってくぞ。質問がある人は手を上げて大きな声で言うように」

 

もう既にこの作戦はつっこみどころ満載だから溜め込んで一気に質問の嵐よりかはましだろうと、俺は不安一杯の皆に笑いかけてやる。緊張を解くことも兼ねて。

 

「はいはーい! 一杯聞きたいことがありまーすっ」

 

俺の意図に気づいて、空気の読める子アニスが跳ねながら手を上げる。スコアなんかより空気読めるほうがよっぽど役立つぜ、マジで。空気の読めない俺は常々切実にそう思ってたりする。

 

「ん、じゃあアニス。一辺に質問してくれていいぞ」

 

「えっと、じゃあまず一つ目だね。何でルークは眼帯なんてしてるの? アニスちゃん昨日から気になって気になって、ね?」

 

「うーん……実は俺、悪魔に魂売り渡したんだ。ジェイドって名前の」

 

眼帯をずらして赤く染まった瞳を見せると、アニスはなるほどなるほどと俺とジェイドの顔を見比べてまた手を上げる。

 

「へえ……大佐関連なら心配だけど安心だね。じゃあ二つ目の質問、根くらッタとシンクってば何でペアルックっちゃってるの?」

 

元気よく上げられた手を下ろし、そのままビシリとシンクの腰とアリエッタのぬいぐるみに固定されている銀の細身の装飾ナイフを指差す。

 

む、流石アニスだ。目聡い。

 

「アリエッタ根くらじゃないもんっ!」

 

突然向けられた多数の視線をシンクは完全無視、アリエッタはおどおどとして、それからアニスに身体年齢不相応かつ精神年齢相応に可愛く反論した。

 

「……本当ね。しかもかなり高そう」

 

アニスに倣い二人のナイフを観察していたティアが感心する。その生真面目な性格のため緊張しまくっていたティアも、アッシュとナタリアの夫婦漫才から始まるふざけた空気に呑まれていい具合にほぐれていた。

 

全く作戦と関係ない話にもっていき和やかな雰囲気を作ってくれたアニスに感謝しつつ、俺はそれの入手に至る過程を思い出し、苦笑してリグレットをちらりと横目で見る。向こうも同じく苦笑したので、ため息をつきつつ冗談混じりに言う。

 

「残念ながらペアルックじゃないんだよ。なあ、ママ」

 

「そうだな、駄目亭主。事故で偶然手にいれてしまったようなものだからな。私も持っている」

 

やれやれと肩をすくめるリグレットに、シンクが鼻をならして吐き捨てる。

 

「そういうこと。お金は払っちゃったんだから、使わないと損だしね。ねえ馬鹿姉?」

 

「アリエッタ馬鹿じゃないもんっ! シンクの意地悪ぅぅ」

 

「間違えた。馬鹿妹」

 

「シンクのばかぁぁっ!」

 

アリエッタが泣きそうなので頭を撫でてやり、俺達三人は黒く笑い合う。

 

「泣くな娘よ。で、意地悪しちゃだめだぞクソガキ」

 

「黙れクズ親父」

 

「こらこら、ちびっこシン君。あんな駄目人間を相手にしていると駄目が移るぞ」

 

完全に当事者以外には理解できない会話になっているが、まあよしとしよう。昨日は勢い余ってキレてしまったが、冷静に考えれば昨日の商人の発言は商人特有の冗談だとすぐにわかる。

 

そう。だから俺達は、黒い冗談ぐらいは言えるようにはなっている。……かなり頭にはくるが。

 

「まあナイフのことは特に意味はないから、次いこうぜ。そろそろ真面目な話な」

 

肩をすくめて、それから皆を見据える。ごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。

 

「じゃ、じゃあ…………うー、やっぱりガイにパース……」

 

「え!? 俺か……」

 

言いかけて口ごもり、アニスはガイに嫌な質問をまるなげした。ガイは聞きたいような聞きたくないような、そんな顔をしながら無意味に剣の柄をいじる。

 

「じゃ、じゃあ聞くが……説得に応じそうな人数はどのくらいなんだ?」

 

「二千人前後だな。無駄な希望を持たないように先に言っておくが、ここにいる人員以外に味方はいない。援軍も勿論ない」

 

気持よくなるほど情け容赦ないリグレットの返答に、皆の顔はさっと青ざめた。

 

「……教官、なぜたった十一人で行くのですか? これではまるで――」

 

「言っておくが、死にに行くつもりは毛頭ない。人数のことは、この戦いを『戦争』にしないためだ」

 

躊躇いがちに発せられたティアの小さく震える声に、リグレットは迷わず被せた。

 

ティア、ガイ、アニス、アッシュ、ナタリア――そしてあのジェイドでさえも。ほとんどの者が軍属にも関わらず、程度は違えど恐怖に歪められた顔がはっきりと見てわかった。

 

しかしそれが当然の反応だ。命を賭けるのと命を捨てるのは、まったく次元の違う話なのだから。

 

まあ、わざと怖がらせるような説明の仕方をしているこちらとしては罪悪感を覚えるが、必要なことなので仕方がない。

 

こちらの意図がわからないと、そう語る皆の不安に揺れる瞳を正面から見つめ返し、俺は声を低くする。

 

「リグレットの言った通り、死にに行くつもりはない。何も敵全員を倒さなけりゃならないわけじゃないんだ。俺達が倒すべきなのはただ一人――ヴァン・グランツ。六神将が抜けて、その六神将の説得に応じる兵士が抜ければ、向こうに残るのはヴァンっていう強力すぎるカリスマ性に惹かれている奴らが殆どだ。ヴァンさえ倒せば、敵は実質崩壊する」

 

「…………だがヴァンまで――」

 

「だからこその、説得なんだよ」

 

しびれを切らして声を荒げたアッシュに最後まで言わせず、シンクが小さく――だが良く通る声で遮った。

 

「もともとこっちの戦力を増やすための説得じゃあない。本当の目的は相手を混乱させること。敵の指揮官――命令権を持つ兵士はリグレットとラルゴが信用している奴らで構成されてるんだ。そいつらが二人の説得に応じないはずがないでしょ? 仮に二人に大した人望がなくても、最低でも五分の一は動く。それでも十分な混乱になる」

 

たったの数分でいい。敵の指揮系統が麻痺し数分の隙ができれば、次の手を打つことができる。

 

アリエッタの頭を軽く撫でる。きょとんと首を傾げるアリエッタに、俺は小さく頷いた。

 

「アリエッタ、言っちまっていいぞ」

 

押し黙るティア達を見て、先ほどから作戦の説明に貢献できていないアリエッタは張り切って頷いた。

 

「えっと、あのね……。 最後に誰も乗っていないアルビオールを、アブソーブゲートにぶつけるの」

 

これでいいんですか? と不安げな瞳を向けてくるアリエッタに頷くのと、皆が驚嘆の声をあげるのは同時だった。

 

「ほ、本気なんですか!? え、だって……え? アルビオールを……アルビオールをぶつけるって……そんなことしたら壊れて――」

 

「ああ、壊れるな。だがそれがどうした」

 

目を見開き慌てて抗議するノエルに、リグレットが淡々と返す。

 

「創生暦時代の譜業と言えど所詮はただの道具だ。使える道具は使う、ただそれだけのことだ」

 

道具なんて壊れてなんぼ。そう言い切ったリグレットを、ティアの悲しげな瞳が映している。ティアが小さく叫んだ。

 

「教官は……教官は冷たすぎます……。だから貴方も兄もルークを……!」

 

「ああ、そうだな。私にはすでに道徳や人道を語る資格はない。ティアの言う通りルークを使い捨てることを何とも思わなかった。いくらでも軽蔑してくれて構わない」

 

抑揚のない声で告げて、リグレットはそのままブリッジから立ち去ってしまった。

 

「教官……」

 

何か言いたげにリグレットの背中に手を伸ばすティア。だが、それはただそれだけで終わった。

 

俺はあえてそれに触れず、ノエルの方を見る。

 

「悪いとは思うが、数に物を言わせて閉鎖されてるゲートの入口をこじあけるには、それしかないんだ。どうしても納得できないって言うんなら、それでもいい。ただ、勝手にやらせてもらうだけの話だ」

 

ノエルの答えがすぐに返ってくるはずがないので、俺は皆の方に向き直り最後の説明を始める。

 

「アルビオールがゲートに突っ込んですぐに、俺達はその反対側から魔物に運んでもらって島に上陸する。一番敵の戦力が薄い場所はもう調べてあるし、混乱してる兵士達は六神将の声が聞こえたアルビオールに俺達が乗ってると思ってそっちに行くはずだ。群衆心理も働いてな。で、後はヴァンのところまで直行する。以上が今回の作戦だ」

 

両手を広げて不適に笑う。

 

場の雰囲気は最悪だった。わざわざまともな思考ができるように、緊張をほぐしてやることまでした甲斐があったというものだ。

 

「……ふざけるな、この屑レプリカ。そんな作戦無謀だ」

 

はっきりと声に怒りを滲ませたアッシュ。それはまさしくこの作戦を初めて聞いた人間全員の思うことそのものだった。

 

ジェイドが眼鏡越しに、俺とシンクを真摯に見ていた。シンクが静かにジェイドに瞳で黙っていろと伝える。

 

「おい、屑。俺達を殺すつもりなのか。そんな運任せな作戦が……あのヴァンに通じるはずがないだろうが!」

 

激昂するアッシュに、静かに同意する皆。俺はひたすらシンクとリグレットに感心した。背筋が冷たくなるほどに。

 

ああ、完璧に予想通り――そして計画通りじゃないか。

 

俺は低く喉を震わして笑い、アッシュ、ナタリア、ガイ、ティア、アニスを順に見据える。

 

「じゃあお前等はこのアルビオールでノエルとギンジと一緒に仲良くお留守番だ。二万人を相手にするなんざ土台無理な話なんだ、それに作戦の成功率も一割切ってんだから――――賢い選択だぜ」

 

「な……っ!?」

 

あくまでも、真剣にそう思う。陛下達にも俺達だけでやると言った。だからこいつらは連れていかない。

 

シンクもリグレットも、そしてアリエッタも言っていた。

 

熱気に当てられた正義を信じる者は止まれない。

 

だけど流石に、世界に必要な奴らを危険な目に合わせるわけにはいかない。だったら無理にでも止めなければならない。

 

「じゃあな、俺は鋭気を養うためにも一眠りしてくるぜ」

 

ひらひらと手を振り、突然の展開に固まる皆の間を抜けていく。

 

「シンク、アリエッタ、行くぞ。ラルゴはどうする? 死にに行くつもりじゃねえけど、それに近いものは確かにあるからな」

 

「愚問だな。裏切り者のせめてもの責任として、行かないわけにはいかんだろう」

 

やれやれとため息をつくラルゴが、俺の後ろへと並ぶ。

 

「ああ、言い忘れてたけど――変な真似はすんなよ。今の俺なら、一人でもてめぇら全員相手にできるんだからな」

 

最後の締めに邪悪に笑うことも忘れない。

 

大きくため息をつく。

 

陛下達に提案した作戦だが、俺はすっかり忘れていたのだ。

 

正義感強すぎるこいつらが、大人しく黙って見ているはずがないということを。

 

だからこうして半分脅しているわけだが……うん、もう俺完璧悪役だな。

 

まあ今さらなんだが、と開き直りつつ途中で抜けたリグレットの待つ部屋まで行く。

 

扉を開けた先で彼女は、舌の根も渇かぬ内に譜銃を丁寧に丁寧にメンテナンスしていた。

 

「流石年取ってるだけあって嘘が上手だよね。どの口が道具は使い捨てなんて言うんだか」

 

俺の後ろに隠れながらリグレットに皮肉を飛ばすシンクは、後で痛い目を見るだろう。リグレットは道具でも恨みでも長持ちする、経済的な人なのだから。

 

「なにさ……?」

 

シンクに憐愍の情を溢れるほど込めた瞳を向けながら、俺は静かに首を横に降った。

 

「とりあえず報告な。ジェイドが予想通り楽勝で気付いてたから、適当にあいつ等を止めてくれてるはずだ。もう心配いらねえよ」

 

王族貴族の固まりを戦場に投げ出すわけにはいかないが、それでもあいつ等は来るって言いそうだから面倒なのだ。

 

別に来たいなら来たいでいいんじゃね? と俺なんかは思ったわけなんだが、二時間ぐらいかけてリグレットとシンクに問題点を延々と語られたのだ。

 

まあ死んでもらったら困るので、わざわざ一芝居打ったわけだが大して必要だったとは思えない。

 

「普通に言えばいいのによ。立場考えろ、って」

 

「見たところそれで止まれるほどまだ擦れていない。……一人を除いてな。それならば恐怖と怒りで止める方がよほど楽だ」

 

「そんなもんかねえ……」

 

まあ、そう言う訳らしかった。

 

空を飛ぶという無茶をする構造上どうしても狭くなるアルビオール。たった一室しかない仮眠部屋で俺達はちょっと窮屈な思いをしながら座る。

 

「それにしても紛らわしいことをしたな。結局どこまでが嘘だったんだ?」

 

「んー? 作戦とかは全部マジだぜ。嘘っていったら、まあ……あいつ等をお留守番にしむけた言葉だけだな」

 

何の事情も聞いていなかったラルゴの疑問に答えて、買っておいたサンドイッチを頬張る。腹が減っては何とやらだ。

 

「私が冷酷非道な人間だと言うのは嘘ではないがな」

 

「もしかして、俺を道具扱いしてたこと言ってんのか?」

 

「……そうだ」

 

自嘲するように笑うリグレット。俺はため息をつきつつ頭をガリガリとかく。

 

「別に少々いいんじゃねえの? まともに会話したこともねえような人間に思ってたことなんて。俺だって最初はお前のこと、人間味がない人形みたいな奴だって思ってたし」

 

サンドイッチをもぐもぐとやりながら気にすんなよと笑う。トリガーハッピーの暴力人間と正直に言わなかった俺は思いやりの心を持ついい子だ。

 

「……馬鹿にされた気持ちで一杯だが、まあいい」

 

納得いかない様子ながらもしぶしぶ諦めたリグレット。一度腹を割って話してみてわかったが、結構感情表現豊かな奴なのだ。

 

「第一印象か。ルークの第一印象って言ったらただのバカって感じだったね」

 

皮肉気な微笑を浮かべて俺を横目で見るシンクに、俺はその通りだと返してにっこりと笑う。

 

「お前は背伸びしたガキンチョって感じだったな。ついでにアリエッタはただの幼女でラルゴは人外だ。ぶっちゃけリグレットなんて危ない姉ちゃんって感じだったしな。はははは、つーか六神将って人間として際どすぎるよな」

 

「…………」

 

一瞬で氷点下まで下がった空気に身体がブルリと震える。

 

や、やべえ……。ついぶっちゃけすぎちまった……。

 

じっとりとした目を向けられた俺はもうたじたじ。頑張って弁解したりしようとしたが逆に墓穴掘ったりで、それはもう痛々しい空気で鬱になりそうでした。

 

 

 

そんなこんなで終わった決戦の前の最後の確認。

 

――目的と決意と覚悟の再確認。

 

ただで命を散らしに行くわけではないけれど、命しか賭ける物がない決戦。

 

みんながみんな、それだけ重たい戦いだとわかっている。だというのに、最後までしまらない俺達。

 

目的も決意も覚悟も死ぬためのものではない。――生きるためのもの。

 

再確認は死ぬ可能性を恐るためのものではなく。

 

生き残る可能性を引き上げるためのものである。

 

自分が望む結果を得るためにこれまで全力を尽してき――そして今からも尽くすのだから、何時も通りにやればいい。

 

だから恐怖で身体を固める必要はなかった。

 

さて。

 

最後の瞬間だ。

 

この時のために生き延びてきた。

 

だから――

 

そろそろ――

 

俺のやりたいことを――――完遂させてもらおう。

 

*

 

――それは、壮絶な光景だった。

 

不気味とも、言えるかもしれない。

 

まだ青い空。悠然と広がる青の下には、到底軍隊が占拠しているとは思えない島。

 

――アブソーブゲートには二万の敵が待っているはずだった。

 

それなのに。

 

それなのに俺の目の前に広がる壮絶で不気味なこの光景が、あっけなくその前提を覆した。

 

「な、何なの、これは……」

 

ただただ唖然と口に出されたティアの声を遠くに、十数分前のアリエッタから伝えられた魔物の報告を思い出す。

 

そう、目の前の光景の報告を。

 

 

――――オラクル騎士団が……全滅している…………――――

 

ありえないと、心の中では否定していた。十数分前までは、嫌な予感を覚えつつもありえないとたかをくくっていた。

 

だがしかし、己の目で確かめた今、信じるしかない。――信じないわけにはいかない。感情ではなく理性で己を保たなければ、それこそ自分が崩壊してしまう。

 

島を埋め尽す、兵士達の肢体。戦闘に備えたまま、配置についたまま、まるで糸が切れたかのように地に倒れ付す二万もの人間。――まだ死体ではない。

 

しかし、それに近い状態。

 

「おい――」

 

目を見開き驚嘆にくれる皆。アルビオールから降りて島の……兵士達の様子を詳しく見てから、ずっとそのままだ。

 

「ノエル、今すぐこの状況をイオン達に報告してくれ」

 

思考を冷徹に、理性を怜悧に――ひたすら己を冷たく冷静にしていく。

 

「ほ、報告って……ルークさんは……?」

 

異常な光景に呑まれているノエルはやっとのことでそれだけ言って、また広がる肢体の海を見る。

 

「俺はヴァンに会いに行く。もう流石に待ちきれねえ――何かがどうにかなる前に、俺が何かをどうにかしねえと」

 

倒れ付す兵士達の身体には、外傷が一切ない。ただ呼吸が浅く鼓動が弱く、衰弱している。

 

この症状には、見覚えがある。

 

体内の音素が欠乏し、個としての存在を保てなくなっている。――俺が使う戦術、聖樹の御剣による人体からの音素吸収だ。

 

「…………何があったんだよ」

 

ヴァンが居るはずのアブソーブゲートを見据え、腰の木刀を強く握りしめる。何一つ状況がわからないが、早くしないと全てが手遅れになる。それだけは確信できた。

 

「待て! どこに行くつもりだ!」

 

既にゲートに駆け出していた俺の背にアッシュが怒鳴る。何処に行くかだと?

 

――そんなことを一々聞いてくんな。

 

「ヴァンの所に決まってるじゃないか!」

 

怒鳴り返してやろうとした瞬間、俺の後を追って来ていたシンクが忌々しそうに告げる。シンクだけではなく、リグレットもアリエッタもラルゴも動き出していた。

 

「リグレット、ラルゴ! パッセージリングのある方向教えてくれ! 超振動で壁全部ぶち抜く!」

 

「な……っ!? ちょっと待てルーク! ここは一度落ち着いて、な?」

 

ガイが追いついて来て並走しながら必死になだめようとする。しかしそんな呑気なこと言ってる場合じゃない。

 

「入口から方角南南西、角度四十度、深度二百メートル――正確な数字ではないがだいたいは正しいはずだ」

 

「教官まで……っ! 今は状況が掴めていません! もう一度作戦を……!」

 

悲鳴を上げるようにリグレットを止めようとするティア。確かに考え方は正しいが――それでは遅い。間に合わない。

 

大きく空いた下にのびる加工された金属だらけの人工的な穴。それ自体か創世暦時代の産物。譜業技術の結晶であるアブソーブゲートの中を上から覗き込み、深呼吸をする。

 

全身のフォンスロットに意識を巡らし、両手を指示された方へ突き出す。大気に満ちる第七音素を体内に取り込み、叫び声とともに一気に解放する。

 

「消え去れぇえええ!!」

 

放たれる白い閃光――超振動は壁を消しさり床を貫き、そしてその破壊の音さえも呑み込み直進する。

 

世界を白く染めた光がおさまると、突き出された両手の先には奥が見えない暗い穴があった。

 

人が二人並んで通れる程度の細長い穴。下に向かってのびるアブソーブゲートを、斜めに貫いていた。

 

「む、無茶苦茶な……」

 

後ろから唖然とガイが呟く。追いついて来た他の皆も俺が開けた穴を見て青ざめていた。

 

それを意にかいさず、俺は皆を弊倪する。

 

「来たいなら来ればいい。けど、危ないと思ったらすぐに逃げろ」

 

もう立場がどうとか、そんなことを考えている場合じゃない。人を気遣う余裕なんて残っていない。

 

答えを聞く前にアリエッタが連れてきた魔物に協力してもらい、パッセージリングまで繋がる穴を一気に降りる。一秒でも早く辿り着こうと躍起になっている俺の横にリグレットが並び、歯を軋ませる。

 

「昨晩言っていたことは、こういうことだったのか……?」

 

「いや、完全に予想外だ。せいぜいあっても、ヴァンがレプリカ計画を早めるだけだと思ってた。…………外傷一切なしで全滅だなんて、誰が予想できるかよ……」

 

誰が何のためにやったのか、まるでわからない。新たにできた通路を進みながら、出口の見えない真っ暗な先に目を細める。

 

「リグレット、気づいてるか? 音素の濃度が高まってる。……いや、さっきまでが低すぎたのか」

 

「ああ。前に――パッセージリングに近づくにつれてな。この先に閣下が……そしてあのふざけた状況を作り出した原因がある」

 

あれはヴァンの仕業なのか、それともヴァンすらも意識を失い倒れているのか。答えは出ないまま、出口から漏れる僅かな光が見えてきた。

 

抜け出た先は、上から延々と続く細い道だった。場所を把握しようと視線を巡らせていると、遅れて出てきたラルゴが少し離れた壁を指差し注意を引く。

 

「この壁の先がパッセージリングだ。壊さないように気をつけろよ」

 

「わかってる」

 

小さく頷いて、俺は一度後ろを振り向いた。

 

リグレット、シンク、アリエッタ、ラルゴ、ティア、ガイ、ジェイド、アニス、ナタリア、アッシュ。

 

結局、全員が全員来ていた。

 

それぞれ不安と決意とを合わせもった、不思議な色を湛えた瞳をして。

 

俺は武器を握りしめ、唇をきつく引き締めているアッシュを見据える。

 

ここまでアッシュと真剣に目を合わせたことはなかったかもしれない。

 

見れば見るほど俺に酷似しているアッシュに、俺は淡々と告げる。

 

「アッシュ……お前は残れ」

 

「なっ!? ふざけるなレプリカ! どうして俺が……っ!!」

 

当然と言えば当然、自分だけに向けられた突然の言葉に激昂するアッシュ。目を吊り上げて、俺の胸元を掴む。

 

だが俺は一切表情を変えずに、目と鼻の先にある鏡に映った自分のもののような顔を見つめる。

 

「これだけの戦力だ。お前一人いたって大して結果はかわらない」

 

「理由になってないだろうが!! この期に及んで何頭が痛いこと言ってやがる!」

 

「アッシュ……お前は保険なんだ。もしもこの戦力で負けるようなら、お前が超振動で決着つけるしかない。だからお前は残って、駄目だと思ったら超振動で……何かは知らないがあの状況の元凶を消し去れ」

 

別にアッシュのことが気に食わないから言っているのではない。

 

確かに好きではないが、ちゃんとした理由はあるのだ。俺とアッシュ……超振動においてはアッシュが上だ。だからまともな戦い方では通じない――常識外れの事態が起きて、もしも俺達が全滅してしまえば、アッシュが全てをなかったことにするしかない。

 

もう一つ理由はあるが……それはいい。

 

「わかるな? つーかわかれ。ついでにてめぇに拒否権はない」

 

「ふざけるなこの屑が! 端から負けるつもりなのかてめぇは!?」

 

「誰が負けるかよこのボケェっ!! 保険だって言ってんだろうが雑魚野郎!」

 

やはりと言うべきか聞き分けの悪いアッシュにため息をつく。

 

……くそ、こんなことやってる場合じゃねえのに……。

 

「ルーク、嘘ついたらだめ……です」

 

焦る俺の服を引っ張り、語調を怒りで少し強めたアリエッタが首を横に振る。

 

「ルークが言ったんだもん……知らないより知っていた方がいいって。だからアリエッタは、ルークが嘘つくのは、いや」

 

瞳に涙を浮かべながらも、最後までちゃんと言い切ったアリエッタ。俺は少し呆気に取られていた。

 

――アリエッタに……怒られた。

 

無言のままうるんだ瞳で強く俺を見つめるアリエッタ。何時もなら可愛く見えるアリエッタの上目使いも、今は勇気を振り絞っての強い意思で迫力を感じた。

 

むう……アリエッタにこんな顔させちゃ駄目だな……。アリエッタの前では勢いで言ったことでも、ちゃんと責任を取ろう。

 

俺は大きく息を吐いて、アリエッタ頭をくしゃくしゃと撫でる。

 

そしてそのまま太股に右手を伸ばし、ゆっくりと歩いて行って――ナイフを掴んでナタリアの首に突きつけた。

 

「ル、ルーク……? 何をなさいますの?」

 

息を呑み首を後ろに引くナタリアに一歩近づき、刃を首に当てる。

 

「アッシュ……俺達の超振動は危険すぎる。お前はさ――敵にこうされたら、従うしかなくなるだろ?」

 

「な――……っ! くだらないこと――」

 

「くだらなくねえよ。他の奴なら大丈夫なんだ、潰せばいいだけなんだから。でも超振動があるお前だけは、人質が取られて従わされたら、どうしようもなくなる。だからお前は――来るな」

 

ナタリアの首筋にあてた刃を、ゆっくりと引く。きめ細かな白い肌に、赤い線が浮かぶ。

 

アッシュは――動けなかった。

 

俺は超振動が恐い。人の手に余る、人外の手にも余る――それこそ神の御技にして悪魔の力だと思う。

 

だからなるべく俺はその力を使ってこなかった。それが自身に向けられることを思うと、背筋が凍る。

 

「レプリカ……それはお前にも言えることだろうが。さっさとナタリアを放しやがれ」

 

歯噛みをして忌々しげに俺を睨むアッシュ。俺はそれに冷笑していた。

 

「何処にあるんだ? 何があるんだ? よーく見てみろよ――俺にはお前にとってのナタリアみたいな存在はない。ここから先に行っていいのは、覚悟をすませた奴だけだ。お前は確かに人を殺す覚悟も人に殺される覚悟もできてるだろうよ。何時か俺に剣を持つなって言ったみたいによ。だけどさ――――お前にナタリアを殺す覚悟があるか?」

 

強くアッシュの瞳を睨み返す。歯軋りの音とともに、アッシュの顔がそらされた。

 

ナイフをホルダーに戻し、小さく詠唱して治癒術を発動する。

 

「悪かったな、ナタリア」

 

「……いえ、気にしないで下さいまし」

 

白く細い首に手を当て、彼女にしか聞こえないように耳元で囁いた。

 

首筋の傷が何もなかったかのように綺麗に消えたのを確認し、アッシュに、皆に向きなおる。

 

「俺はもう後に退けない。今からはもう誰に遠慮することもなく好き勝手にやるつもりだ。だから先に言っとくぞ、中途半端な覚悟しかない奴は来るな。そんな奴はただの邪魔にしかならねえ」

 

この先に待つのが何かは知らない。敵かどうかも定かでない。だが一つ言えることがある。

 

――この先のモノは二万人を瀕死までおいやった。

 

言い方はきついが、アリエッタの言う通りしっかりと事実を突きつけた方がいい。甘い奴は死ぬだけだと。

 

木刀を抜いてパッセージリングへと続く壁を見据える。片手を前に突き出し、意識を研ぎ澄ます。

 

「俺に殺されても構わないっつー頭足りねえ馬鹿共は準備してくれ」

 

「逆に言えば場合が場合ならあんたを殺しても構わないってことだよね。是非とも喜んで一緒に行くよ」

 

皮肉げに笑い、俺の背中を叩いて横に並ぶシンク。

 

「アリエッタが今度ルークを殺すんだもん。だからルークもそれが嫌なら……アリエッタを殺してももいいよ?」

 

ライガとフレスベルグを従えたアリエッタが俺の背中に強く抱きついて、そして横に並ぶ。

 

「第四音素系は苦手だが、お前に止めを刺さなければならん時は前のお返しでしっかりと氷漬けにしてやる」

 

安心しておけと俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でて、シンクの横につくラルゴ。

 

「月並みな言葉だが、首を洗って待っていろ。その時がくればお前の命は私が貰い受けよう。あと――約束は絶対に守りなさい」

 

背中に体重がかけられ、頭にコツと小さな衝撃が走る。

 

背中合わせに立ったリグレットに、俺は小さく息を吐き苦笑する。

 

それぞれの目的のために利用し利用される関係。透明に純粋に単純に――そして決定的に歪んでいる。

 

だけどそれは、明白な分どこが心地よく感じる。

 

「私も……私も行くわ」

 

後ろからティアの強い声があがる。震えているが、しっかりとした意思が込められている声だ。

 

「教官を、ルークを、みんなを殺す覚悟は……できないけれど――自分で自分の命を断つ覚悟ならあるわ」

 

「俺もだ。ルーク、お前が何と言おうと俺は行くぞ。ヴァンとの決着は……俺もつけないとならないんだ」

 

続けてガイも、いつになくはっきりと自らの意思を示す。

 

ティアとガイ。それぞれヴァンとの因縁は浅くない。片や家族、片や幼なじみ。……譲れるはずがないのか。

 

「私も行くよ。ルークは私の恩人なんだもん、盾にでもなって恩返ししなきゃ。ティアと同じく、いざって時の覚悟もあるから」

 

もちろん大佐も行きますよねーっ? と真面目な調子から一転、明るい声でジェイドにふるアニス。――盾になる。多分アニスは本気で言ったのだ。最後に誤魔化した分、余計に本気だとわかる。

 

「もちろんですよ。はっきり言って、嫌な予感しかしません」

 

低く重たいジェイドの声。いつものふざけた調子など、まるで感じない。

 

「ここで食い止めなければ、世界中がオラクル騎士団と同じ状態になる可能性もあります。早急に原因を解明しなければ。ナタリアはアッシュとここで待機していて下さい。……ルークの言ったこともありますが、全員が同時に突入するのもあまりに不用心すぎる」

 

それでいいですね、と誰にともなく確認を取るジェイド。しぶしぶながらもアッシュとナタリアが頷いた気配を感じ、そして後ろでリグレットが譜銃を引き抜く音。

 

「ルーク、道を」

 

「了解。それじゃあ――行くぜ」

 

突き出した手に神経を集中させ、超振動を放つ――

 

「……あれ? 行っていいのか、俺たち?」

 

白い奔流が壁を飲み込む中、ガイの間の抜けた声が辺りにとけて消える。

 

「てっきり駄目と言われるものとばかり……」

 

ティアも同じく小さく呟いていた。

 

何を言ってんだこの二人は……。

 

盛大に呆れながら、俺は二人に返す。

 

「立場がどうとか言ってる場合じゃねえし、超振動なんて爆弾抱えてねえ限りは自分なりの覚悟がありゃあいいんだよ」

 

パッセージリングへと続く壁――今はもう大きな穴が開いたそれの先を見ながら言った俺を、シンクが鼻を鳴らして笑った。

 

「そもそも行くか行かないかなんて、ルークが決めることじゃないよ。全員馬鹿じゃないの?」

 

まったくその通りだ。こいつら全員頭が足りてねえ。――命を賭けるのは、命を対価にするのは、もう俺一人で十分にこと足りてるってのに。

 

心から、そう思った。

 

 

*

 

 

天を突くかのような巨大な音叉――外郭大地を支え、無限のエネルギーを生み出す要である、パッセージリング。

 

そしてそれを見上げ、白い教団服を来た剣士――ヴァン・グランツは、堂々たる様で立っていた。

 

パッセージリングを見据え、こちらに背を向けたまま微動だにしない。

 

「おい――」

 

咽から、かすれた声が漏れる。

 

無意識に出たその問いかけは、ヴァン・グランツへと向けたもの。

 

――当然だ。この空間で俺達を待っていたのは、ヴァン・グランツという存在だけだったのだから。

 

脳が悲鳴を上げる。心臓が鼓動を早める。

 

予想していた何者かの姿は、ない。

 

理性でも本能でもわかる。先程のアレは、人間にできることではない。

 

なら――

 

それならば――

 

「ヴァン――――お前……何なんだよ?」

 

果たしてその言葉を受けて、ヴァン・グランツは威厳に満ちたたたずまいで、静かにこちらにその身体を向けた。

 

「来たか、聖なる焔の光の成れの果てよ」

 

淡々と厳かに、そして不気味なほどの透明感を持ったヴァン・グランツの声に、肌が粟立つ。

 

脳裏を走る、確信に近い違和感。あれは本当に、ヴァン・グランツなのか――?

 

目の前に存在するヴァン・グランツが、何故か霞んで見える。確かに寸分互わずにヴァン・グランツであるはずなのに、何処か決定的にかけ離れている。

 

「成れの果ても何も――俺は最初からそんなんじゃねえよ」

 

ただ佇んでいるだけのヴァン・グランツであるはずの存在を、俺は圧倒されながらも睨み返す。

 

ヴァン・グランツはその刃のように研ぎ澄まされた端正な顔を一切崩すことなく、右手で宙を払い、俺を真正面から見つめ返す。その一連の動作からは、人間味がまるで感じられない。

 

「否――お前こそが本来の流れでは、聖なる焔の光という役割を取って代わる存在だ」

 

「……本来の流れ、だと?」

 

本来の流れ。スコアに詠まれていた未来ということか? ……いや、スコアには俺の、レプリカルークの存在自体が詠まれていないはずだ。

 

「閣下……どうされてしまったのですか……」

 

不可解な態度を見せるヴァンに、リグレットが不安を乗せて問掛けた。しかしヴァンは、それに一瞥をくれることもなく淡々と続ける。

 

「そう、本来の流れだ。その流れの中では戦争は起こり、赤い悪魔などと呼ばれる存在もなく、私はこの地で、お前に一度敗れる。そしてこの場に、六神将はいないはずだ。すでに世界は、あまりにも本来の流れから外れてしまった」

 

待て。待てよ。……おかしいだろう。

 

――こいつは一体、何の話をしているんだ……。

 

「兄さん! 何を言っているの!? すでにスコアから世界が解放されているのなら、もう争う必要はないじゃない!」

 

ティアの悲鳴のような訴え。でも、違うんだ。間違ってるんだ、ティアは。

 

「ちょっと待てよ……スコアには、俺がお前を討つなんて……第一、俺の存在は詠まれてないだろうが。なら――」

 

混乱して熱を持つ頭を無理矢理に理性で冷やし、答えをたぐり寄せる。――いや、答えはすでに出ている。

 

「スコアの真実、ユリア願い――そのさらに奥の真実」

 

ヴァンが何を見つけ、ヴァンに何が起こったのかは知らない。だけどやはり、星の記憶が関係しているはずだ。

 

「……ルークの予想が、当たっていたということか」

 

リグレットが忌々しそうに呟く。そう、当たっていた。おそらく、最悪の方向に。

 

「ヴァン、教えろ。星の記憶は何なんだ?」

 

そう聞く俺に、ヴァンは答えなかった。黙したまま腰に下げた剣の柄を握り、そして俺を見据える。

 

「辿り着くはずのない疑問に、辿り着いたか。やはりそうなのか、ルークよ。定められた未来を覆し、支配された意思を乗り越える者。貴様こそが本来の流れを変えし元凶にして世界を壊す者なのだ――――」

 

空間に閃光が走る。涼やかな音色を奏でながら鞘から抜き放たれた白刃の切っ先が、俺に向けられる。

 

「――――崩壊因子(聖なる焔の成れの果て)よ」

 

――本能がけたたましく警鐘を鳴らす。意識を埋め尽くす死そのもの。

 

ヴァンの身体から、周囲から、膨大な量の音素が吹き出した。目に見えるほどの濃密度の音素が、各属性の光を撒き散らしヴァンを中心に荒れ狂いながら旋回する。そしてそれは、この空間に存在している音素まで吸収し始め、ますます勢いを増すしていく。

 

闇、土、風、水、火、光。六色が乱れ狂い混じり合い輝く様はどこか神々しく、俺達は一瞬それに心を奪われていた。

 

「これはっ!? いけない、各自音素を制御しなさい! 身体を構成する音素まで持っていかれ、上の兵士達と同じ状態になってしまいますよ!」

 

いち早く立ち直ったジェイドの叫び声に目を覚まされ、そろぞれ得物を構え意識を集中させる。

 

「すでに世界は進むべき道を違えた。逸れた道は、正さなければならない。私は世界の為に――この汚れた世を終わらせる為に――」

 

全身の細胞が悲鳴を上げる。先程の危機感が恐怖がまるでそよ風に思える程の、ヴァンから放たれる圧倒的な殺気。

 

「――――貴様等を殺す」

 

ヴァンが何を言っているのか理解できない。

 

世界の為に世界を壊すなんて矛盾しているとか、人の質問に答えろとか、レプリカ計画はどうなったのだとか、その荒れ狂う音素は何なんだとか、恐怖で停止した頭を数えきれないほどの疑問が数瞬埋め尽くす。

 

ヴァンを囲い暴れる大量の音素よりも絶対的な存在感を放つその殺気に当てられ、全員が全員息をするのも忘れている。

 

だが、恐怖に縛られる俺の本能――それよりも更に深く奥にある何かが、叫び声を上げる。

 

コイツハ、イマ……ナントイッタ……?

 

……キサマラヲ、キサマ“ラ”ヲ――コロス……?

 

「ふざけるなぁあああああああ――――っ!!」

 

身体を縛る殺気を魂からの絶叫で無理矢理捻伏せ、赤黒く染まる視界の中心に佇むヴァンに向かって駆ける。

 

技術も駆け引きも何もなく、ただ怒りに身体を任せ木刀をヴァンの脳天にめがけて叩き付ける。

 

剣を頭上に掲げることで余裕を持ってその一撃を防いだヴァンは、刃の接点をずらし体制が崩れた俺の腹に蹴りを繰り出す。

 

重たい衝撃、そして簡単に吹き飛ぶ俺の身体。

 

「貴様が怒りを覚えることはない。ただ世界があるべき姿へ、成るべき姿へと戻るだけだ」

 

元の位置へと飛ばされた俺を弊倪し、剣を構えて戦闘体制を取るヴァン。

 

俺はまだ冷めない衝動のままに、ヴァンへと叫ぶ。

 

「そんなことはどうでもいい!! 世界のあるべき姿なんて知るかっつーんだこの馬鹿野郎!!」

 

「ル、ルーク……?」

 

完全にキレている俺に、後ろから皆が声をかける。だが俺はそれに答える余裕はなく、ヴァンにありったけの殺意を込めた瞳を向ける。

 

木刀が手の中で悲鳴を上げる。ヴァンの周囲を旋回する高密度の音素が、その勢いを僅かに緩める。

 

「てめぇの野望も理想も信念も――そんなこと宣言する前に言うことがあるだろうが!! 今てめぇの目の前にいるのは誰だ!!」

 

リグレット、ラルゴ、ガイ、ティアを指差し、俺は吠える。

 

「てめぇの仲間と元主君と妹だ!! 世界がスコアへの依存を止めようって頑張ってる時に、まだ馬鹿みたいにレプリカ計画レプリカ計画ほざいてるてめぇを止めて話して納得させて手を取り合おうって来たこいつ等を意味不明な戯言並べたてた挙句、まともな説明もなしに殺すだあ!? ふざけんのもいい加減にしやがれ!!」

 

大きく息を吸い、ヴァンに木刀を突き付ける。

 

「殺し合うにしても何にしてもせめてお前が何したいかはっきりわかりやすく普通の人間でも理解できるように説明して、それから賛成か反対かぐらい聞きやがれ!! ――そしたら俺が頭っから反対してやるからよ!!」

 

ドス黒い衝動に駆られるままに叫んだ俺に、ヴァン・グランツは眉一つ動かさずに剣の切っ先を天井に向けた。

 

渦を巻いて刃に音素が集束していく。

 

空間を満たす殺気が更に密度を増し、世界がギシギシと軋み悲鳴を上げる。

 

「終点とは即ち人類の終わり。死に行く者に言葉など必要ない」

 

「――ティア、第二譜歌!!」

 

とっさに叫び、前に飛び出す。それと同時に完膚なきまでに理解する。

 

この男はもうヴァン・グランツじゃあない。

 

俺が尊敬した人は、優しく信念に溢れる人間だった。

 

俺が殺したいほど憎んだ人は、信念の為には何でも利用するような冷酷な奴だった。

 

俺がこの世界で彼女と一緒に幸せになって欲しいと願った人は――やっぱり優しいところもある、強い信念を持った尊敬できる人だった。

 

だが目の前の男には、そんなものはみじんも感じられない。

 

なら認めよう。もう言葉は不要だ。全ては終わった後に聞き出せばいい。今はその為の努力をしよう。――生き残る為の努力を。

 

膨大な量の音素を纏った刃が振り下ろされる。いや、振り下ろすと言うより、ヴァンは無造作に切っ先を俺達に向けた。

 

解放されるふざけた量の音素、迸しる破壊のエネルギー。地を穿ち空を喰い、存在する物全てを破壊し尽くす。

 

「こっの……でたらめ野郎が……っ!!」

 

ティアの紡ぐ譜歌が僅かに聞こえる。意識の片隅でそれを認識しながらフォンスロットを開放、構えた木刀に意識を集中。全力で掻き集めた音素を聖樹の御剣に叩き込み、迫り来る破壊そのものの前に地に突き立てる。

 

「光よここに来たれ……ルーク、飛べ!」

 

リグレットの鋭い声に反射的に身体が動く。高く上空に飛び上がりながら後ろに下がる。

 

「――レイジレーザー!!」

 

足下を焦がす白い閃光。俺の真下を通り抜けた圧縮された音素の光線が、一瞬の均衡の後にヴァンが操りし音素の波に風穴を開ける。

 

だがその穴は、余りにも小さかった。全体の量から見れば微々たる物。しかし、なるほど。――これなら行ける

 

「――――守護方陣!!」

 

音素の波に飲まれる寸前、地に突き立てられた木刀を中心に譜陣が展開する。そして光の壁が譜陣から立ち上る。

 

衝突する破壊のエネルギーと円形の光の壁。真ん中に風穴を開けられた音素の波はそこを中心に裂け、守護方陣の側面に沿って両脇に分断された。

 

「ぐっ……重過ぎる……!」

 

ヴァンの攻撃に、気を抜けば瞬時に圧倒されそうだった。すぐにでも消されそうな守護方陣を、気合いでもたせる。

 

そこに完成するティアの第二譜歌。俺達全員を包む絶対防壁。

 

ドーム型の障壁を確認し、俺はすぐに技を解いた。

 

木刀を手元に呼び戻し呼吸を整えつつ、破壊が通り過ぎるのを待つ。

 

『雷雲よ……我が刃となりて……』

 

シンクとジェイドの足下に同時に譜陣が出現した。障壁の外で耳障りな音が鳴る中でも、二人の詠唱ははっきりと響く。

 

「アニス……アリエッタ達も」

 

「わかってるって! 行くよ」

 

アリエッタとアニスが互いに頷き合い、ぬいぐるみと杖を構える。

 

『魂をも凍らす魔狼の吠吼…………』

 

音素の放射が徐々に収まる中、四人は渦巻く音素の中心に佇むヴァンを見据え詠唱を続ける。

 

「五秒後に障壁を解くわ」

 

額に汗を浮かべたティアが、秒読みを開始した。了解の意を示す、最後の詠唱が紡がれる。

 

『敵を貫け……!』

 

『響き渡れ……!』

 

掛け声と共に解除される俺達を被っていた障壁。シンクとジェイドの足下の譜陣が一層輝きを強め、ヴァンの上空に、二本の巨大な剣が出現した。

 

「――サンダーブレード!!」

 

第三音素によって構成されたそれは雷そのもの。空気を震わせ雷光を散らし、二本の雷の剣がヴァンに墜ちた。轟音を響かせ、雷が地を走る。

 

凄まじい音と光が乱れる中、高々と二つの声が空気を震わす。

 

「――ブラッディハウリング!!」

 

ヴァンの足下から闇色の光が溢れる。まだ雷の剣から稲妻が走る空間を邪悪な光が飲み込み、魔獣さながらの雄叫びを上げ地から沸き上がる闇がヴァンを喰う。

 

空間ごと雷と闇に呑まれたヴァン。目を眇てその姿を探す。普通に考えればこれで終わりのはずだ。

 

「……全て命中ですか」

 

避けようともしないとは……。ジェイドの切迫した呟きが、ヴァンの攻撃と四発の上級譜術によって荒れ果てた空間に溶けて消えた。

 

「譜術とは全て音素によるもの――」

 

灰塵と粉塵で覆われたそこから、淡々とした声が響く。

 

「――ならば音素を統べる今の私に、それが届く道理はない」

 

轟と風が吹き、一瞬で閉ざされた視界が元通りになる。果たしてそこに、ヴァン・グランツは無傷で存在していた。

 

……ありえねえ。何なんだよ、こいつは。

 

傷どころか服に汚れさえもついていない。音素を統べる……どういうことか分からないが、譜術が効かないということか。

 

「なら……剣ならどうだ!」

 

鋭い声を上げ、ガイが疾風のごとき勢いでヴァンとの間合いを詰める。胴体を両分せんとする勢いを乗せた高速の斬撃。ヴァンはその一撃を一歩だけ下がり身体を僅かに捻るだけでかわし、切っ先を翻し左下から切上げようと動いたガイの刀に、ぴったりとその剣を合わす。

 

「なっ!?」

 

ガイの攻撃はヴァンに届くことはなく、左からの切上げは太刀筋を変えられ、ただ無様に真上へと振り抜かれた。

 

「まだだ……」

 

歯軋りの音とともに、袈裟架けにガイが得物を振り下ろす。またしても僅かに横に動くだけでそれを避けたヴァンに、ガイが吠える。

 

「虎牙破斬!!」

 

対してヴァンは平坦に、冷めた声を出した。

 

「――双牙斬」

 

地を蹴り全身のバネを使って斜め下から切上げたガイの刀と、地を強く踏みしめ袈裟架けに振り下ろされたヴァンの剣がかん高い音を立てて交差する。

 

これは……やばい……っ!!

 

ここ最近慣れ親しんだ死の感覚に全身から冷や汗が吹き出て、俺は狙いも着けないまま両足のホルスターからナイフを抜き二人に向かって投げつけた。同時に横を二つの影が駆け抜ける。

 

一瞬の均衡の後に、軽々と押し負けたガイの手から刀が離れ地に音をたてて落ちる。ヴァンはそのまま身体を深く沈め、とっさに身体を捻り鞘を盾代わりにしたガイを飛び上がり様に切りつけた。

 

「ぐあぁっ……!!」

 

鞘が易々と切り砕かれ、ガイは腹から血を吹き出しながら上空に飛ばされる。

 

飛び上がっていたヴァンを俺が投げた二本のナイフが襲うが、剣を軽く払うだけで打ち落とされてしまう。

 

「最後まで振り抜けなかったか」

 

「かつての主君にもまるで容赦なしね……」

 

ガイとナイフを見比べるヴァンに、接近していたシンクが蹴りを放つ。そして拳、手刀、また足と次々と打ち込んでいく。ことごとく紙一重で余裕をもって避けるヴァンを、横からライガが爪で襲う。

 

「目障りだ」

 

正面から連撃を浴びせるシンクと奇襲気味に横から強烈な一撃を繰り出したライガを、ヴァンは大きく横に剣を薙払っただけで同時に俺達の所まで吹き飛ばした。

 

「相変わらず化物じみてるね」

 

斬撃を防いだ腕をだらりと下げたシンクが青白い顔で、それでもまだ皮肉げな笑みを浮かべてヴァンを見据える。

 

「ヴァンの攻撃、障壁ぶち抜いてきた。あの剣、音素含有量が異常に高い。多分ルークの木刀より上だよ」

 

しばらく腕が使い物にならないかも、と隣で痛みに低く唸るライガをちらりと見やりながらシンクは小さく舌打ちする。

 

「ティア、二人とライガの治癒を頼む。それとアリエッタ……アッシュとナタリア姫を呼んで来てくれ」

 

譜銃をヴァンに向けたリグレットが、油断も躊躇いもまるで感じさせない冷徹な声で指示を出す。

 

……アッシュを呼ぶ。それはもうつまり、人質とかヴァンへの執着とかそんなことを考えるまでもないほどに――危険な状況なのだ。

 

アニスの譜業人形から下ろされた、腹から大量の血を流し荒く呼吸しているガイを見て、強くそう確信する。

 

「すまない、みんな……。ちょっとだけ休ませてくれ」

 

「ガイ、喋らないで。今は傷を」

 

ガイの傷口を塞ぎながら、ティアが治癒術を唱える。ガイもライガも致命傷ではないが、かなり深い傷だ。シンクの腕も下手をしたら骨が折れているかもしれない。

 

「ジェイド……ヴァンに何で譜術が効かないかわかるか?」

 

「おそらくですが、擬似的な見方識別マーキングのようなものでしょう。先程発動した術に、僅かですが外因的なズレが感じられました。譜術は完全に無効化されますが、音素を純粋なエネルギーとして使う分には大丈夫なはずです。……もっとも、ヴァンの影響か音素を制御するのが困難になっていますが」

 

擬似的な見方識別。本来なら術者側がやるそれを、対象にされた側がやる――つまり他人の譜術への介入。普通に考えれば不可解なことだが……なるほど、『音素を統べる』、か……。

 

横目でちらりと見れば、槍を構えるジェイドの頬を汗が伝い落ちた。

 

「ほう……一見で見破るとは流石だ、ネクロマンサーよ。しかし――」

 

刃の血を払い、どこまでも無機質な目をこちらに向けるヴァン。再び世界が軋むような音、そして密度を増す音素の渦。

 

「――それだけだ」

 

「無駄なことにだけ反応してんじゃねえよフケ顔が!!」

 

攻撃がくる前に間合いを詰め、突きを繰り出す。ヴァンはそれを剣の腹で捌き、神速の踏み込みで俺の右に出る。

 

そして翻された刃が煌めき、木刀を弾かれ身体を浮かしたままの俺の腹に迫る。

 

――ガイとシンクとライガを楽々と退けたあの体捌きは、間違いなくヴァンの地力だ。以前とは別人のように思えるヴァンだが、あの太刀筋を俺が見間違えるはずがない。

 

だったら――かわせる。

 

――烈破掌――

 

「はぁああ――っ!!」

 

右手に収束させておいた音素を爆発させ、振るわれる前のヴァンの剣に拳を叩きつける。ヴァンの剣を基点に、衝撃を利用し捻った身体を上へと持ち上げる。

 

「閣下……止まって下さい!」

 

上空に逃げた隙だらけの俺に追撃を加える寸前、ヴァンの剣にリグレットの放った音素の弾丸が当たり耳障りなかん高い音が鳴る。

 

「総長……無理矢理にでも正気に戻させてやる!!」

 

「喰らいなさい……!」

 

ヴァンの左右から同時に鋭い声。炎を纏った大鎌と帯電した槍――それぞれの得物を横に構えたラルゴとジェイドが強く地を踏みしめる。

 

それを視界と意識の隅に認めながら、俺は木刀を引き寄せ体制を整えて大きく上段に構えを取っていた。

 

強く短く息を吸い、上空で全身を反らせる。視線を上げて俺を見据えるヴァンの脳天に狙いを定める。

 

「受けろ雷撃――!」

 

――襲爪雷斬――

 

刀身に収束した第三音素が雷となり、気合いを込めて振り下ろした木刀から凄まじい音をたて真下に解放される。

 

確かな手応えを感じると同時、ラルゴとジェイドの横薙ぎが炎と雷で唸り声を上げてヴァンに襲いかかる。

 

上と左右からの同時攻撃。三方向から全力で叩き込まれた第三音素と第五音素は逃げ場をなくし、ヴァンを中心に圧縮される。

 

――そして世界が白く染まり、轟音が鳴り響いた。

 

限界まで圧縮されたエネルギーが、一気に爆発したのだ。勢いで上空に吹き飛ばされ、俺は何とか体制を立て直しヴァンから離れた場所に着地しようとして失敗した。

 

……くそ、五感が爆発の光と音で麻痺してやがる。

 

「やったか……?」

 

同じ吹き飛ばされていたラルゴが、横から小さく声を上げた。俺はそれに答えず、歪んだ視界を何とかしようと目を細める。

 

あれは間違いなく直撃だった。三人分の必殺の一撃をもらったのだからもう動けるはずがないのだが、それでも嫌な予感を拭えない。

 

徐々に戻ってくる視力。そして良く見えるようになればなるほど、苦々しい思いが溢れてくる。

 

ヴァンを中心に渦巻いていた音素。それは健在どころかさらに密度を増して、完全にヴァンの姿を覆い隠すまでになっていた。

 

「まだ倒れてねえのか……!」

 

息を短く吐き出し、再び構えを取る。さっきの攻撃で決められなかったのはかなり痛い。ただでさえ化物じみていたヴァンが、さらに意味不明な力を得ているのだから。

 

……もう、超振動やあれを使った方がいいか? このままじゃあ本当に誰か死んじまうかもしれねえ……。

 

「世の理を外れた者とは言え……所詮はこの程度か、ルークよ。私に傷一つ負わせられんとは、もはや観察はここまでで十分のようだ」

 

右目を覆う眼帯に手を伸ばしかけた所で、ヴァンの声が音素の渦の向こうから届く。

 

傷一つ、ねえ……。まったくもってでたらめな野郎だ。

 

「喰らいやがれっ!」

 

対大人数用に持って来たナイフ、今は重りにしかならないそれを十本連続してヴァンに投げつける。後ろからはリグレットの譜銃が火を吹き、治癒を終えたティアとシンクもナイフを嵐のように投擲する。

 

対してヴァンは、一歩も動かない。ナイフと弾丸は荒れ狂う音素の渦に阻まれ、ヴァンに突き刺さる前に全て弾かれた。

 

「ガイ、行くよ……!」

 

「ああ……!」

 

俺達が作ったナイフと弾丸の壁の後ろに隠れ、距離を詰めていたアニスとガイ。アニスの巨大な譜業人形が拳を振り上げ、ガイが落としていた刀を拾い上げざまに横に構える。

 

「はぁぁああ――――!」

 

「潰れちゃえっ!」

 

縦横無尽に走る幾つもの剣閃。叩きつけられる鉄槌。ガイがその速さを活かした高速の連撃を浴びせ、アニスの譜業人形がその巨大な拳を振るうが、それらは全て渦巻く音素に弾かれる。

 

「無駄だ。もはやお前達は私に触れることすら叶わなん」

 

ヴァンが剣を上空に掲げると同時、回転の勢いを増した音素にガイとアニスが弾き飛ばされた。

 

「すでに世界は崩壊を始めた。世界と共に――――果てるがいい!!」

 

……世界が、崩壊……? 一瞬その言葉に停止した俺達に、ヴァンの音素を迸らせる白刃が無慈悲に振り下ろされた。

 

ヴァンの初撃――俺とリグレットとティア、三人がかりで漸く防いだそれを遥かに凌ぐ、どうやっても防げないような圧倒的な密度と量の音素の塊が打ち出される。

 

あんなの……ここら一帯が消し飛ぶぞっ!!

 

危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険――迫る超巨大な音素の塊を前にして頭を埋め尽す二文字に、自分の甘さを嫌というほど認識させられる。

 

くそっ! 何があってもおかしくないなんて、よくもそんな軽々しい言葉を吐けたもんだ!! 全然全くこれっぽっちも、俺はこんな危険な相手を想定できていなかった!!

 

「アァァァ―――ッシュ!! 超振動を加減なしの全力でぶちかませ!!」

 

アリエッタが呼びに行ったアッシュ。まだ姿が見えないアッシュに、俺は咽が潰れるほど叫ぶ。

 

同時に両手を突き出しフォンスロットを解放、そしてあの忌々しい力を死そのものに向けて放つ。

 

「おぉぉぉおおおおおお―――っ!!」

 

重なる二つの音色。全く同じ俺とアッシュの雄叫びと共に放たれた眩い光を放つ超振動の奔流が、向かい来る膨大な音素そのものの塊と衝動した。

 

ヴァンが操りし六属の音素。

 

俺とアッシュが統べる第七音素。

 

世界を構成する根本にして全てであるそれらの衝突は、内包するエネルギーと振動を互いに共鳴させ打消し引き立て潰し合う。――それは壮絶な光と不協和音だった。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……一体、何がどうなってやがる……。てめぇらは誰と戦って、いや、それより超振動が相殺されただと……?」

 

発光と不協和音が収まり、破壊と崩壊の残響だけが残った場。駆けつけ際に何一つ状況が理解できないまま全力の超振動を放ったアッシュが、肩で息をしながら信じられないといった面持ちで呆然としていた。

 

「超振動で物質を分解することが出来ようと、その根源の一部たる音素を分解することは不可能。ならば今の私に――超振動が効かぬことは道理」

 

超振動の反動でぐらぐらと揺れる意識が、そんな中でも無慈悲に切札である超振動がもはやヴァンに通用しないことを認識する。

 

全力を出しきり息切れをする俺とアッシュとは違い、ヴァンには全く消耗した様子がない。

 

再び剣を上空に掲げるヴァン。刃に、再び音素が収束される。

 

「攻撃を阻止しろ! 今あれをやられれば全滅するぞ!」

 

叫びながらリグレットはヴァンに向けて譜銃を乱射する。ジェイドとラルゴ、そしてシンクもそれと同時に疾走し、ヴァンに攻撃をさせまいと、がむしゃらに盾のごとく鎧のごとく存在している音素の渦に武器を叩きつける。

 

――しかし、ヴァンは止まらなかった。

 

天を突くように掲げられた剣が、六色入り混じる輝きを一層増す。そしてヴァンの周囲の音素が、劇的な変化を遂げた。

 

「これは……っ!?」

 

上げられるジェイドの驚愕の声。ヴァンが操る音素は超質量の奔流ではなく、今度は無数の帯となって空間を埋め尽した。

 

「ちっ……冗談じゃねえぞ!」

 

一本一本が超圧縮された音素で構成された、膨大なエネルギーを内包する帯。それが俺達全員を貫こうと、四方八方から迫る。

 

これじゃあ防ぎようがねえ……!

 

歯を軋ませながら後衛組に駆け寄り、守るべく帯をひたすら切り裂く。ティアの譜歌が聞こえるが、まだ完成には少し時間がかかる。

 

視界を埋め尽す六色に輝く大量の帯。超振動で消し去ろうにも、全てが別々の位置から出現し、独立した動きを見せるそれを同時に狙うのは不可能。

 

「全員ティア中心に集まれ! あとちょっと譜歌ができる!!」

 

「ルーク、後ろを頼む!」

 

ヴァンの近くにいたシンク達に叫ぶ俺の耳を、リグレットの悲鳴に近い声と銃声、そして後ろで帯が弾かれた音が打つ。俺は冷や汗を流しながら反射的に、ティアを中心に固まる後衛組を挟んでリグレットの頭スレスレに木刀を突き出す。

 

切っ先が帯を貫く手応え。リグレットの補助がなければ帯に頭を持っていかれていた。……マジで、やばい。

 

「道を作りますわ! 早くこちらに!」

 

離れた場所で固まるシンク、ラルゴ、ジェイドに向けてナタリアが声を張り上げた。同時に長く紡がれていたアリエッタの詠唱が終わり、ぬいぐるみが高く掲げられる。

 

「――ビッグバン!」

 

その声と同時、辺りが闇に包まれる。世界にあるのは眩い純白の光に包まれるアリエッタただ一人。そして刹那――光が弾け闇が消しとんだ。

 

「輝く蒼よ――エンブレスブルー!!」

 

俺達を貫こうと暴れ回っていた音素の帯が、アリエッタが引き起こした大爆発の衝撃で動きを止める中、蒼い光の筋がナタリアの弓から解き放たれた。

 

遥か上空に射たれたそれは、天で弾け幾重にも別れて地に降り注ぐ。蒼い光が離れた場所にいた三人の回りの帯を全て射抜き――そこに道が出来た。

 

シンク、ラルゴ、ジェイドの三人がこちらに走りより、同時にティアの譜歌が完成した。

 

俺達を包む音素の防壁を、もう衝撃から立ち直った音素の帯が激しく打つ。

 

「アリエッタ……本気で攻撃したのに……」

 

アリエッタの正真正銘の全力の譜術。それが僅かにヴァンの攻撃を妨害しただけ。

 

その事実にアリエッタは呆然と目を見開いていた。俺達の攻撃に至っては、かつかつあの帯を反らせる程度。ふざけた話だ。

 

「ユリアの譜歌――恐らく最も堅固な障壁だろう」

 

障壁を打つ帯が止まり、ヴァンの低い声が淡々と響く。無数の音素の帯、一本一本が細く高密度だったそれがだんだんと周囲の物と同化していく。

 

「しかし厄介ではあるが――打ち砕くことは不可能ではない。加えてそれは、完全ではないのだからな」

 

「な……っ!?」

 

数百はくだらない数があった帯が、二十程度までその数を減らす。結合して更に輝きと破壊力を増したそれが、易々と第二譜歌の障壁を、そして中の俺達ごと貫いた。

 

脇腹と右足に走る激痛、そして吹き出す血。

 

信じられない現実に、一瞬意識が飛びそうになる。歯を食い縛り意識を持ち直し、冷や汗を吹き出しながら皆を見る。致命傷はもらってないが、それぞれ至るところから血を流している。

 

まだ全員生きていることに安堵し、俺は悔しさに震える。の現状での最善最速、可能な限りの全力で防御に徹したというのに、このありさまだ。

 

俺達の最後の砦である第二譜歌が、破られたのだ。

 

だからこれでもう――詰み。

 

ああ……もう、覚悟決めるしかねえか。

 

俺は深く息を吐き出す。さっさと帰って、全てを丸く収める為に、全てに決着をつける為に、死ななきゃならないのに。

 

それが最善で。

 

それが最良で。

 

それが俺の最後の我が侭で、唯一の望み。

 

だけどそれはもう、無理らしい。

 

救いたい、俺の存在を証明したい。その気持ちをヴァンに利用されて、壊してしまったアクゼリュス。

 

あの瞬間に押された、どんなにあがいても消えることのない、犯罪者――虐殺者の烙印。

 

到底認めることなんてできなかったが――認めざるを得なかった。

 

ならば最後の我が侭くらい、まかり通させてもらおう。

 

ヴァンに復讐して、まだ世界を壊そうとしているのなら、それを食い止める。

 

それが最初の原動力にして、願い。そして――存在しない十年間を押し付けられていたルーク・フォン・ファブレが、ただのルークとして生き始めた瞬間。

 

それから色々あって、沢山してしまった約束。

 

最後の最後で躓いちまったけど、約束を守れなくなっちまったけど――それでも、何一つ守れないよりかはマシだ。

 

「くっ……動ける者は皆を連れて逃げなさい! 私達に勝目はありません、一旦引きますよ」

 

右肩を押さえたジェイドが荒々しく叫び、自らの血が滴る槍を構えてヴァンの前に立ち塞がった。

 

「ネクロマンサー、何をするつもりだ……」

 

完全に無防備だったティアを後ろに隠してかばい、何とか致命傷を避けさせたリグレットが青白い顔で問う。盾代わりに使った譜銃は、砕けて使い物にならくなっている。

 

「少し時間を稼ぎます。早くお逃げなさい」

 

構えた槍が血を流し過ぎたせいか震えている。俺は足を引きずり立ち上がり、霞む目を擦りながらジェイドの襟首を掴み後ろに引っ張った。

 

「何を……」

 

「馬鹿かよお前は……腹に穴開けて何言ってんだ」

 

ふらつき後ろに倒れたジェイドが抗議の言葉を発するが、俺はそれを遮り右目を覆う眼帯に手をかける。

 

くそ、腹が焼けるみたいに痛い……。

 

「元はと言えば俺の判断ミスが原因なんだ。だからこっからは――俺がやる」

 

ヴァンの異常さに気付いた時点で、全力でやるべきだった。だったらこんな危ない状況にはならなかったはずだ。

 

――こいつ等が、死にかけるような状況には……!

 

自分の考えの甘さが嫌になる。覚悟が足りてねえのは俺の方だったじゃねえか!

 

「まだ立てるか。だがその程度では何も変わりはしない――今貴様の生を終えさせてやろう」

 

怒りで冷めに冷める思考が腕を動かし眼帯を剥ぎ取る。そして、紅く染まった瞳を開きヴァンを見据える。

 

「馬鹿、あんたまさか……!」

 

譜眼から体内に流れ込んで来る膨大な量の音素。シンクの切迫した声を遠くに、俺は淡々と詠唱を始める。

 

「――――神々の御使いの祝福をここに……」

 

――エンジェルブレス――

 

足元に展開された第七音素の譜陣が輝き、頭上に純白の翼が出現する。降り注ぐ聖光が身体を包み、傷が一瞬で消失する。

 

「ルーク……止めろ、お前は約束を破るつもりか……!」

 

リグレットの消えそうな、でもはっきりと聞こえる制止の声。――でも俺は、止まれない。ヴァンをここで討たないと、全て奪われるから。

 

精神で捩伏せていた譜眼の脈動――譜眼の制御を解き放つ。暴走する譜眼がでたらめに音素を喰い尽くし、体内に収まりきらない量の音素が脳を焼き身体の中で暴れ回る。

 

「だめっ! ルークやめてよ、アリエッタは……アリエッタは……!」

 

アリエッタの泣き叫ぶ声。俺は止まれない――だから、別れの詞を紡ぐ。

 

「――――愚者は踊り続ける、滅びの時まで……」

 

サヨウナラ、オレノセカイ――

 

「――――破滅を願い、終焉を歌いながら……」

 

ソシテ、ハジメマシテ――愛すべき深淵――

 

 

全身の細胞が活性化する。無理矢理リミッターを外した脳が悲鳴を上げる。外界から絶えず取り入られる音素がフォンスロットに作用し、肉体をひたすら強化する。

 

「良かろう、あくまでも私を討とうとするか。ならば相手になろう――聖なる焔の成れの果てよ」

 

動けばその衝撃で壊れる肉体を持って、抑揚の無い声で告げるヴァンに俺は宣言した。

 

「――――行くぜ、ヴァン」

 

煌めく死の光――ヴァンが操る音素の帯が、俺一人を標的に迫る。先程は把握しきれなかったその数を、活性化した脳は熱にうなされながら正確に捉える。

 

二十と、四。ヴァンの周囲を基点とするそれは頭上から五、左右からそれぞれ五、そして正面からも五。角度と速度をバラバラに迫り来る。

 

「…………おせえよ」

 

はっきりとゆっくりと視認できるヴァンの攻撃に吐き捨て、俺は聖樹の御剣を構え深く腰を落とし――地を蹴った。

 

「消え――」

 

一瞬で消失する十メートルの間合い。

 

背後からは衝撃で地面が砕けた音。

 

身体の内側からは、足の骨が砕け、筋肉の筋が切れ、細胞が崩壊し、心臓が一秒に十鼓動し、異常な速度で駆け巡る血液に血管が破れれ、裂けた皮膚から血が吹き出し――そしてそれらが瞬時に再生する音。

 

「――ただと?」

 

前方――目と鼻の先からは、嫌にゆっくりと聞こえるヴァンの声。

 

二十の音素の帯を全て打ち落とした木刀を翻し、ヴァンを覆う音素の渦に上段から振り下ろす。

 

「――――ッ!?」

 

驚愕に見開かれるヴァンの瞳。鳴り響いた轟音の後に、初めて俺の姿を認識したヴァンは残りの四の帯の先端を俺の背に放つ。

 

「…………邪魔すんな」

 

再び地を蹴り、木刀を四度振るう。帯をことごとく潰して、再びヴァンに木刀を叩きつける。

 

轟音――そして確かな手応え。音素の渦をえぐった感覚に、俺は木刀を引き戻し腰を落とす。

 

「貴様……何をした」

 

絶対の防御を破られたヴァンが素早く剣を構えた。俺はそれに答えず、短く強く息を吐き出す。

 

――双牙斬――穿衝破――瞬迅剣――烈破掌――

 

刃を振り下ろし切り上げ、身体を反転させ切っ先を突き出し拳を振り上げ、再び切っ先を突き出し、掌を障壁に叩き付け音素を爆発させる。

 

一息の間――時間にして一秒に満たない間に繰り出した技は、ヴァンを覆う音素の渦に穴を開けた。

 

「馬鹿な……有り得ん……。これが破られるだと――――?」

 

「人間を――このルークを舐めんじゃねえよ、ヴァン・グランツ――いや、うちの馬鹿師匠を操ってる何処かの大馬鹿野郎」

 

一秒に――十年を込める。生命を燃やした俺の攻撃は、確かにヴァンに届いた。

 

崩壊を始める身体を意志だけで無理矢理動かし、開いた穴から右手でヴァンの首を掴む。

 

「人間……? 貴様が、人間だと?」

 

ここに来て漸く表情を動かしたヴァンの姿をした何か。その顔に浮かんだのは、嘲笑。

 

首を掴まれ持ち上げられたヴァンの右手が動き、剣が閃く。迫り来る死に――俺は左腕を上げた。ゆっくりゆっくりと腕に刃が食い込む様を冷静に眺めながら、俺は腕に力を込め逆に捻る。

 

噴き出る鮮血、そして切り落とされた俺の左腕。鳴り響く鈍い音と、あり得ない方向に曲がったヴァンの右腕。

 

「腕を切り落とされ、眉一つ動かさない貴様が人間だと?」

 

……うるさい。

 

「全身の骨が砕け続ける痛みに、意識を失わない貴様が人間だと?」

 

うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい――

 

「あまつさえ、その痛みの中で剣を振るえる貴様が、人間だと? レプリカ、オリジナル以前の問題だ。そうであろう――崩壊因子、聖なる焔の成れの果て――」

 

「――――黙れよ」

 

俺はそれ以上、存在そのものを容赦なくえぐられる痛みに耐えられなかった。

 

だから――ヴァン・グランツの首を掴む右手に――力を込めた。

 

「――――赤い悪魔よ」

 

潰れるヴァンの喉が、震える。ごきり、と音をたてて首が折れる寸前に、ヴァンは笑った。

 

俺は一度目を瞑り、後ろを振り返る。

 

涙を流すティアが見えた。

 

呆然とするガイが見えた。

 

唖然とするアッシュが見えた。

 

困惑するナタリアが見えた。

 

戸惑うアニスが見えた。

 

目を伏せるジェイドが見えた。

 

吠える魔物達が見えた。

 

何か言いたそうなラルゴが見えた。

 

全てを理解して歯を食いしばるシンクが見えた。

 

涙を流して何かを叫ぶアリエッタが見えた。

 

そして――怒っているリグレットが見えた。

 

もう既に耳が聞こえない。俺が最後に聞いたのは、あの不愉快な呼び名。

 

死んだはずのヴァンの首を掴む右手が、違和感を訴えている。微かに感じるヴァンの脈動。

 

死んだはずのヴァンの周りで、再び音素が暴れ出す。

 

……やっぱり、根本からやらねえと駄目か。

 

霞む意識で、前へと進む。ヴァンの後ろに存在している、パッセージリング――地殻へと通じる穴に向かう。

 

最後は、超振動でヴァンを完全に消滅させる。こいつは――危険すぎる。

 

あの無茶な肉体強化のせいで、俺の命はもう消えかけている。

 

だから、俺は、最後のお別れをする為に、みんなの方を向いて、精一杯笑った。

 

「迷惑かけて悪かったな、みんな。で、ごめんな……アリエッタとリグレット。俺――約束守れなかった」

 

「――――――――ッ! ――――ッ! ――――――」

 

誰かの叫び声、もう聞こえないそれを背中に、俺は地殻へと足を踏み出した。

 

落ちて行く身体と意識。

 

ああ、成程ね。これが死ぬってことか。――存外、気持ちいいもんだな。

 

果たせなかった約束を悔やみながら――俺は最後に超振動を解放する。分解されていくヴァンの亡骸のはずのそれを確認して――全てが真っ暗になった。

 

 

 




第一章完!
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