TOA ~突き進め、我が道を!~   作:あきあ

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第二章 零話 泡沫の安寧

赤い悪魔と呼ばれた少年がその生を終え、人々は喜びました。

 

世界を壊そうとした白い剣士が志半で果て、人々は安心しました。

 

 

しかしその後、美しい魔女が現れました。キムラスカの王、マルクトの皇帝、ローレライ教団の導師を伴った、金色の魔女でした。魔女の横には、緑色の少年と桃色の少女がいました。

 

魔女は言いました。

 

「世界は白い剣士によって破滅の危機を知らされたのだ。世界は赤い悪魔によって救われたのだ」

 

魔女が言ったことは、人々を驚かせました。

 

世界がスコアに詠まれた未来から外れたのは、第七譜石に詠まれた人類滅亡を防ぐために、白い剣士がその身を投じて世界に波紋を起こしたからだと。

 

世界が一つになったのは、スコアに詠まれた破滅の未来を覆せたのは、赤い悪魔がその小さな身に全ての憎しみを負い、白い剣士が投げ掛けた波紋が波となる前に、その身を呈して防いだからだと。

 

「私は赤い悪魔に救われた。深淵へと足を踏み出す前に、踏み止まることができた。彼が愛したこの世界で生きる希望をもらった。だから彼自身がこの世界を偽り謀り欺き――そして汚すことは、我慢できない」

 

金色の魔女に続いて、緑色の少年が言いました。

 

「あいつが――赤い悪魔が望んだことは贖罪と平和。今のままでも十分あいつの望みは叶ってはいるけど、一人を憎むことで生まれる共感と連帯の上に成り立つ平和なんて、そんなものはその場凌ぎの仮初めの虚像にして虚構で幻想でしかない。それこそ本質は僕達が憎んだスコアそのものだ。だから僕は、あいつの意思に反して世界に真実を伝えた。あいつが信じたこの世界を――人間を、僕も信じてみようと思ったから」

 

緑色の少年に続いて、桃色の少女が言いました。

 

「総長もあの人も、優しい人、です。自分が傷ついても傷ついても、気にしないで、いつでも笑っていて……あの人は、あの人はほんとうにみんなのことが大好きだったから、いっしょうけんめい頑張ってた、です。みんなにそれだけは、知ってほしかった、です」

 

三人はざわめく人々に告げて、その場を立ち去りました。

 

世界中の人々は、問いました。

 

――今の話は本当なのか。白い剣士と赤い悪魔のおかげで、自分達は助かったのか。

 

そうして、世界は統べる三人は静かに頷きました。

 

――その通りだ。

 

――それが二人の英雄が生まれた瞬間でした。

 

 

 

それはオールドラントの誰もが知っている物語にして――実話。

 

ルーク・フォン・ファブレ、そのレプリカである彼が確かにこの世界に生きていた、数少ない証だった。

 

そして月日は流れ、彼が己の師と共に消えてから一年の時がたっていた。

 

*

 

メシュティアリカ・アウラ・フェンデ――ティア・グランツはルークに恋をしていた。それは一年前には到底認めることができる感情ではなかったが、今なら自然と認めることができる。

 

己の敬愛する教官と彼が楽しそうに話しているのを見た時に感じた、胸を刺すような感覚。当時は兄以外の男性といる教官に怒りを覚えたのだと、無理に納得していた。闘技場で彼と教官が変な服装で試合中に抱き合っていたこともあったなと、今なら笑いながら思い出すこともできる。

 

初めて彼のことを異性として意識したのは、おそらくアクゼリュスで別れてすぐにダアトの港で再会した時だ。

 

頭が冷静に働くのならば、自分の感情と記憶を分析することはティア・グランツにとって難しいことではなかった。

 

彼に恋をしたのは、それからしばらくしてローレライ教団の一室で話した時。

 

合う度に大きく成長していた彼に、惹かれたのだ。

 

兄と共に彼が死んで、彼女は悲しんだ。

 

しかし悲しみはしたが、それは立ち直れないほどではなかった。

 

今ならわかる。彼は、ルークはアクゼリュスから後、自分達から距離を置いていたのだ。それは実際の距離でもあり、心理的な距離でもある。

 

ティア・グランツがルークに恋をしたのは、その不思議な距離が主たる理由。

 

彼は多くを残してくれた。それは最も大切な人の一人でもある教官、多くの友人、そして少し優しくなった世界でもある。彼は意識的にそれらを残してくれたのだ。

 

想い合う仲ではなく、一方通行の想い。それこそが彼の死を克服できた理由だ。

 

兄と恋した人、同時に失ったのは辛い。それでもティア・グランツは一年が経過した今、前を向いていた。

 

*

 

 

ガイラルディア・ガラン・ガルディオス――ガイ・セシルはルークのことを心の底から親友だと認識している。

 

その一方でかつては弟とも息子とも思う時があったが、しかし最近ではその思いはなくなっていた。

 

彼は誇るべき友であり、目指すべき友であり、唯一自身が認める使えるべき主である。

 

彼が教えてくれた、今を生きる大切さ。いつまでも過去に捕われていてはならない。

 

かつての僕であり友であり兄のような存在だった男と彼の死は、今なおガイ・セシルの心に暗い影を落としている。

 

しかしあの赤い友人に、それに押し潰されない強さをもらった。それならば、再び過去に捕われるわけにはいかない。

 

ガイ・セシルはあの日から一年、彼に笑われないように今を全力で生きていた。

 

 

*

 

 

ルーク・フォン・ファブレ――鮮血のアッシュは、今なお自らのレプリカである赤い悪魔を許すことができていなかった。

 

全ては八年前。自分という存在ごと全てを奪ったレプリカ。名前も居場所も家族も婚約者も、全てをあのレプリカに奪われた。

 

だがあろうことか、あのレプリカは自分が七年もの間ずっと望み欲し続けてきたモノを――笑いながら全て捨てた。

 

それが何より一番許せなかった。

 

名前も居場所も家族も婚約者も、すんなりと自分の下に帰ってきた。

 

自分は何一つしていないのに、望み続けてきたただけで何一つしていなかったのに、気付いた時にはいつの間にか自分が七年もの間望み続けた風景の中に――自分がおさまっていた。

 

誇り高い父も、優しい母も、有能な家来達も、愛しい婚約者も。

 

全てをあのレプリカに奪われ、そして返された。

 

――到底素直に喜べるはずがなかった。不敵に笑う自らの模造品は、自分が渇望してやまなかったモノを安々と捨てたのだ。

 

そして今度は、アッシュとして生きた七年間の居場所を奪われた。かつての同僚、六神将はあのレプリカの周りで笑っていた。

 

模造品で代替品で劣化したレプリカ風情でしかなかったはずの朱色が、本物である赤色を塗り潰していく。

 

それが堪らなく恐かった。

 

だからルーク・フォン・ファブレとしても六神将鮮血のアッシュとしても、レプリカよりも自らが勝っていることを証明してやるつもりだった。

 

世界に胸を張って宣言できるように。自分こそが本物なのだと。

 

だと言うのに――レプリカはもういない。

 

だからルーク・フォン・ファブレは、赤い悪魔と呼ばれた自らの模造品が死んだ日から一年たった今、やりきれない思いを抱えたまま彼の墓の前に立っていた。

 

 

*

 

 

「来なかったね、アリエッタ達……」

 

赤く染まる海を後ろに、静かに鎮座する花が添えられた黒色の四角い石。人知れず存在しているそれは、ファブレ公爵の私有地であるコーラル城付近の岬にあった。

 

ただ『ルーク』とだけ彫られた、彼の最初の墓。

 

全ての真実が語られた今、英雄として称えられる彼の墓は、彼の師である男の墓と同じくユリアシティに置かれている。

 

「酷いよね、アリエッタもシンクもリグレットも……ラルゴも。ルークに会いに来ないなんて」

 

彼が死んでちょうど一年。かつて彼と行動を共にし、彼に救われた者達はユリアシティで行われた祭典に出席し、そして最初の墓の前に集まっていた。

 

花を沿えて彼を思い、アニス・タリトンは黙祷する仲間に向き直る。

 

瞳に強い意志を灯し、しっかりと前を向いたティアとガイ。彼の墓を睨みつけ、拳を握りしめているアッシュ。三人とも、彼に対する思い入れは強いはずだ。

 

「お父様……ラルゴは、バチカルにおりますわ。仕事があると……」

 

目を開けたナタリアが、胸を押さえながら呟く。その瞳には薄く涙が滲んでいた。

 

アニスはその涙に思い出す。ナタリアもまた、彼に救われたのだと話していた。

 

愛しい人ともう一人の父親を、自分に残してくれた。彼がいなければ二人にもう一度巡り合うことはなかっただろうと。

 

「なんでかな……なんでルークに会いに来ないのかな……」

 

彼の周りで、あの四人は笑っていた。――なのにどうして。

 

答えを何時でもくれる頼れる人に――ジェイド・カーティスに求めてみるが、彼も分からないと首をふった。

 

「彼らには、会いに来る必要がないのでしょう。そういう僕も、ここに来ようかどうか迷いましたし」

 

アニスの発した泣きそうな声に皆が静まりかえる中、導師イオンの柔らかな声が響く。見れば、彼は薄く微笑んでさえいた。

 

「ど、どういうことなんですかイオン様……! だって、だってあの四人は……」

 

イオンの余りの物言いに、アニスは衝動的に叫んでしまう。会いに来る必要がないなんて、酷すぎる。

 

「違いますよ、アニス。アニスだって知っているでしょう? 彼らはルークのことが好きだったと」

 

「え……? は、はい……」

 

アニスを優しくたしなめるイオンに、全員の視線が寄せられる。イオンはそんな中、ゆっくりとルークの墓に近づき捧げられた花束を手に取った。

 

それは、今世界を照らす色――夕焼け色の様々な花だった。

 

振り返ったイオンはその目の覚めるような色の花束を眺めて、無邪気に純粋に笑っていた。

 

「彼は――――ルークは、生きていますよ」

 

一片の迷いも含まれていないイオンの言葉に、アニスは泣きそうになる。

 

――彼が生きている。

 

なんて――

 

なんて――甘美な響きで、儚い言葉なのだろうか。

 

でも彼は、自らの恩人は……死んだ。目の前で、最後は笑いながら、その忌むべき力――超振動の光と共に――

 

切り落とされた左腕が、第七音素の淡い光を放ち消えていく様も、まだはっきりと記憶に刻まれている。

 

乖離現象だと、ジェイドが説明してくれた。レプリカは土にではなく、空にかえるのだと。

 

レプリカだった彼は、その遺体すら残さずに――残せずに、死んだのだ。

 

「僕は、彼の最後を見ていません。だからかもしれませんが……僕にはやはり、彼が、あのルークがそう簡単に死ぬとは思えません。ここに、彼の墓に来て、ようやく確信できました。――ここに彼は、いません」

 

花束を優しく抱く、自らの想い人。一年たって初めて聞く心の内。この一年は本当に忙しくて、そして赤い彼への想いは皆が心の中に大切にしまい、話をするのを意図的に避けてきた。

 

「彼等もね、信じてるんですよ――ルークを」

 

もしも……

 

もしも……イオンのその言葉が本当だったならばと、夕焼けを瞳に映し、アニスは儚く笑った。

 

オールドラントで連夜語られる、彼と彼の師に救われたこの世界の童話の最後に、こう綴られる。

 

――赤い悪魔と呼ばれた少年は、一年の時を経て帰還したのです。世界中の人間が喜びました。祝福をしました。そうして彼は、幸せになった世界で、幸せに暮らしたのです。

 

ああ――まるで夢物語。

 

なんて――

 

なんて――――素敵で、儚い物語なのだろうか。

 

 

*

 

ノックのすぐ後に、穏やかな声が返ってくる。

 

重みのある上品な扉を開けて、緋色の彼と共に父の部屋へと入った。鼻孔をくすぐるのは、古びた書物が発するあの独特の心が安らぐ匂い。

 

本棚が大半を占めるこの部屋には、もうこの匂いが深く染み付いている。

 

ソファーに座って待っていたのは、部屋の主――国王である父と、巡り合えたもう一人の父。

 

「お帰り、二人とも。久しぶりの旅は疲れただろう」

 

「ただ今帰りましたわ、父上、お父様」

 

「ただ今帰りました、陛下」

 

国王である父の温かい出迎えに、ナタリア・L・K・ランバルディアは微笑み、アッシュは一礼した。

 

ユリアシティで、赤い悪魔と白い剣士を讃える式典があったのは二日前。

 

全ての真実が語られる以前、ユリアシティに入る墓があったヴァン・グランツとは違い、ルークにはそれがなかった。

 

だからかつて彼と行動を共にしていた仲間で、滅多に人が訪れないあの岬に、彼の最初の墓を作った。――そこには遺体の代わりに、残されたたった二つの遺品、その片割れであるグローブが眠っている。

 

彼の死んだ日から一年たった一昨日、出席していた式典を抜け出し、あの場所で一晩を過ごした。

 

「……コーラル城に、リグレット殿とあの子達はいたかね?」

 

オラクル騎士団主席総長と補佐の少年と少女。式典に姿を現さなかった三人を、インゴベルトは心配していた。

 

「いいえ……俺達だけでした」

 

複雑そうに返答したアッシュの横顔を、ナタリアはそっと覗き見る。

 

イオンの言葉を聞いてから、アッシュはどこかおかしかった。……それは自分にも言えることだが。

 

「どうやら、賭けは俺の勝ちのようですね」

 

式典にも来ず、最初の墓にも来なかったもう一人の父は噛み殺した笑い声を漏らした。

 

賭けとはあの三人のことで、ラルゴは来ない方に賭けていた。

 

イオンの言葉と、父達の賭けの内容が重なる。

 

ラルゴもなのだろうか……。

 

ナタリアはこの一年、王女直属の親衛隊としてバチカルで共に過ごしてくれた父の顔を伺う。

 

「ラルゴ……お前もレプリカが生きていると思ってるのか?」

 

どこか苦味の混じった口調だった。正式にルーク・フォン・ファブレから、アッシュ・フォン・ファブレへと改名した彼。

 

しかしアッシュは、ルークのことを未だ『レプリカ』と呼ぶ。

 

ナタリアは、それが酷く悲しかった。――アッシュがまだ、ルークへの憎しみを捨てきれていないことも、ルークがあの時には既に、アッシュをアッシュとしてしか見ていなかったことに、気づいていないことにも。

 

「も、というのは?」

 

「お前等はあいつが死んでないと思ってる……だとよ。導師が言っていた」

 

吐き捨てる様に言うアッシュに、ラルゴは苦笑して頷いて見せる。

 

「俺の意見を言えば……まあ、小僧が生きていることはないだろうな」

 

生きているはずがない。ルークの最後は――あの人の道を外れた戦い方は、そう確信させるにふさわしかった。

 

だが、と続けられた言葉に、ナタリアは慌てて耳を傾ける。

 

「小僧が――ルークが死んだと、完全に納得はできんな。俺は短期間しか小僧と関わりがなかったが……あれが予想を裏切らないことはなかった」

 

俺よりよっぽど強くそう思っているのがあの三人だ。

 

そう告げたラルゴは何を思い出してか、笑いながらため息を吐いていた。

 

「アリエッタはともかく……あのシンクとリグレットがか……。想像できねえな」

 

「事実だぞ、バチカルに来る前に言っていたからな」

 

ラルゴは教団を抜けてバチカルに来た。盛大に罵倒されたが、総長の座に無理矢理据えられたリグレットが結局は生暖かい目で書類を受理してくれたらしい。

 

「リグレット殿が、か。ならば本当にルークは……と思ってしまうな」

 

眉間に皺を寄せているアッシュを見ながら、インゴベルトは含みのある笑みを浮かべた。冗談にも、そうでなさそうにも聞こえる。

 

リグレット――友人の師にして、ヴァンを愛していた人。そして今現在オラクル騎士団を統べる者にして、死んでしまった幼なじみの遺品を持つ者。

 

父二人も導師も友人も、皆高く彼女を評価している。

 

ふと疑問が浮かぶ。教団の人間が彼女を評価するのは分かるが、インゴベルトに彼女と何か接点があっただろうか。

 

半壊していた騎士団を一月足らずでまとめ上げ、過去と比肩しても劣らない騎士団を実現しているその手腕は、確かに彼女にこそその地位がふさわしいことを証明している。シンクとアリエッタが果たす役割が大きいのも、また事実ではあるが。

 

しかし度々こうして話題に上がるリグレットを父が語る時には、そういったことで評価しているニュアンスではない。

 

「父上が彼女と初めてお会いになられたのは『魔女達の述懐』の少し前だと覚えおりましたが、もしやそれ以前に?」

 

魔女達の述懐――そう呼ばれている、世界に真実が語られた日。リグレットを指す『魔女』という呼称は、世界を壊そうとしていた彼女につけられた蔑称であり、世界を救った『悪魔』の意志を継ぐ者としての尊称である。

 

彼女を騎士団の頂点に据えることを危険だと蔑称の意味で用いる人間もいるが、今では大半の人間が尊称として用いている。

 

「そうだな……時期的には変わりがないが、一度だけな」

 

悲しみの入り混じった笑みを浮かべた父。最近になってそろそろ王座をアッシュに明け渡すと、現実味を帯びた発言を度々する為か、インゴベルトは少し老けて見えるようになった。

 

「ある意味では、最重要機密であったからな。しかし……一年たった今なら、話してもいいだろう。無論、口外は無用だが」

 

最重要機密――そう告げるインゴベルトは、語りかけているはずの三人ではなく、何処か遠くを見ていた。

 

「最重要機密……か。それは俺が聞いてもいいようなことなので?」

 

砕けた物言いを、ラルゴはする。それは自室に限り、同じ子の父であるラルゴにインゴベルトが頼んだことだった。王ではなく――父として。

 

すでに周知の事実であるナタリアの出生のため、様々な問題を孕むはずのラルゴの親衛隊への就任を、不思議なことにキムラスカ全体が受け入れていた。

 

「ある意味では、と言っただろう。私は君を信頼しているし、何よりこれは君に関係のある話だ」

 

「? そうですか……」

 

首を傾げたラルゴだが、それならばと頷く。

 

リグレットと以前に会ったということが、最重要機密。繋がりが分からないのは、ナタリアもアッシュも同じだ。

 

「先ずは、そう……今この世界に置ける通念――その発祥から話しておこうか。そここそが、『ある意味』の所以だ」

 

「通念、ですか。それはルークのことだと思ってもよろしいのでしょうか?」

 

リグレットの――かつての六神将達の名前は、ナタリアの中では先ずはルークに直結する。

 

投げかけられた質問に、インゴベルトはゆっくりと頷く。

 

「ルークのことでもあり、ヴァン・グランツのことでもあり、オールドラントの長い歴史の中でも類を見ない今そのもののことだ。間違ってはいない」

 

ルーク――英雄『赤い悪魔』。

 

ヴァン――英雄『白い剣士』。

 

今の世界――かつてない程強い絆で結びついた、平和な世界。

 

段々と規模が大きくなる話に、三人は若干戸惑う。その様子を他意なく楽しそうに眺めて、インゴベルトは告げた。

 

「その世界の方向が、基盤が、筋書きが――天災により世界が崩壊の危機を迎えたあの日、赤い悪魔がそれを防いだあの日――それ以前にこの城の玉座の間で決められていたという、単純にして複雑な事実こそが『あの意味』の所以だ」

 

「――……っ!?」

 

インゴベルトの言葉を脳が理解すると同時、三人は目を剥いた。

 

あの日以前に決められた筋書き――それは即ち、彼等の死まで意味している。

 

「勿論、ズレはある。リグレット殿が今の地位に就いていることが、その典型だ。しかし彼等の死は、確かに決定していたのだよ」

 

インゴベルトは語る。

 

かつてこの城にかつてない波乱を呼んだ、王女の出生の暴露。その混乱に乗じて侵入してきた赤色が、悪魔として生き、悪魔として死ぬことで訪れる平和――その歪んだ計画を手に、世界を統べる者達に対面したことを。

 

――そして更に、それに金色と緑色と桃色の続きがあったことを。

 

 

*

 

 

血にまみれ、血に沈む少年。全身を、その焔の様な髪までを血に染めた――ルーク・フォン・ファブレのレプリカ。

 

無茶苦茶な要求をまかり通して糸が切れたかの様に倒れた少年を後ろに、オラクル騎士団主席総長付き副官――六神将『魔弾』のリグレットは、現れるなり容赦情け無く、いけしゃあしゃあと威風堂々、何処までも大胆不敵にして傲岸不遜に――

 

「お初にお目にかかります。私、先ほど赤い悪魔より紹介に上がりました、元六神将『魔弾』のリグレットと名乗っておりました者でございます」

 

その瞳に慈悲と慈愛と決意を湛えて――

 

「僭越ではありますが、要求から先に申し上げさせて頂きますことをお許し下さい」

 

芝居がかった口調、そして見る者を、敬われているはずなのに蔑すまれている思いにさせる、氷の様な瞳で――

 

「このリグレット、この場に参上いたしましたのは他でもございません――」

 

 

その突如現れた金色の女は――――

 

「――――貴様等の罪を裁き、そしてこの子を救いに来た」

 

――まさしく場を震撼させた。

 

全てを凍てつかせるような極寒の殺気が、四人を襲う。

 

息をすれば身体の中から凍りつきそうな空気の中で、各国を統べる者達は息を止め矛盾した汗を額に滲ませる。

 

そんな中、公爵――ファブレが凍てついた顔の筋肉を無理矢理動かした。

 

「……気を抜いた瞬間、これか」

 

渇いた喉から声を搾り出し、剣に手をかける。弱った精神を奮い起たせるが、一度その殺気と迫力に呑まれてしまえば、もう取り返しはつかなかった。

 

歯を軋ませるファブレに、リグレットは軽く目を伏せ――その冷え冷えとした殺気を消失させた。

 

「失礼、思いの余りつい本音が。私はここに、死にかけのこの子を救いに来たのです。断じて貴方様方の命を貰い受けに来たのではありません」

 

一転。その怜悧な美貌にうっすらと微笑を乗せ、死んだように眠るルークの治癒の許可を求めるリグレットに、四人は頷くより他になかった。

 

治癒術を唱え、淡い光を手に灯す『魔弾』。実質は世界の意志とも言える四人は、正確に理解していた。

 

生殺与奪は向こうにあり、ここはもう相手の統べる空間で、この場で主導権を握るのは元六神将の三人だと。

 

登場のタイミング、主導権の握り方、自らの価値の示し方、互いに相入れない敵であることの宣言――そして中身の伴わない権威の無力さの証明。

 

『魔弾』のリグレットは、民の上に立つ者である四人を、一瞬の内に自らの領域に叩き落としていた。

 

「さてと。じゃあ僕らも挨拶しとこうか。はじめましてマルクト皇帝様、キムラスカのお二人と導師はお久しぶり。キムラスカの英雄こと元六神将『烈風』のシンクです、どうぞよろしくねー」

 

「アリエッタ、です。えっと……はじめまして、よろしくお願いします……」

 

からかい混じりに饒舌に挨拶する仮面の少年と、おどおどと頭を下げる少女。

 

インゴベルトは以前に命を救われた少年――シンクが手の上で遊ばせているサイコロ状の箱を見て、深くため息をついた。

 

「なるほど……あの時からルークの計画は始まっておったということか。ならば聞こう、計画の立案者は君なのか? オラクル騎士団参謀総長」

 

淡い光に包まれたルークを一瞥し、鋭い眼光を放つインゴベルト。

 

この場において既に権威は意味を成さないが、それでも一国の主であり得る中身は健在である。

 

だがしかし、その重厚な貫禄にも一切怯むことなく、シンクは口元を皮肉げに吊り上げる。

 

「まさか。全部ルークが考えたことさ。国にも師にも利用されて消しちゃったアクゼリュスの責任を自分なりに取って、どうせ死刑にされるんならその死をも目的のために利用してやる――って言ってね。ははは、本当に哀れだよね、ルークって。死ぬって知ってるくせに笑顔でアクゼリュスに送り出したのが、仮にも父親と伯父だなんてさ」

 

為政者としては正しい判断ってとこが更に笑えちゃうよ、と心底楽しそうにシンクは笑った。

 

その人心を深くえぐる言葉は、しかし正に正論であり事実であり、故にインゴベルトとファブレは何も言えない。言う権利が、ない。

 

「アリエッタ……ルーク殺そうとする人――嫌いです。アリエッタ、もうルークを……殺したくないもん。ルークに、生きて欲しいもん」

 

大きな瞳に涙を浮かべて、強く訴える桃色の髪の少女。要領を得ない言葉だったが、その思いは十分に込められていた。

 

シンクの悪意と皮肉、アリエッタの純粋な思いを受けて、インゴベルトとファブレには沈黙しか取るべき行動がなかった。

 

押し黙る二人とは違い、赤い少年に対して何の思い入れもなく、そして引け目もないマルクト皇帝――ピオニー。

 

ピオニーは知っていた。今日この場に赤い悪意が現れ、そしてその後に目の前に立つ三人が現れることを。

 

赤い悪魔と三人から別々に仲介を頼まれたという親友――ジェイド・カーティスから聞かされたことだった。そして同時に、できれば元六神将の三人に味方をしてやって欲しいと。

 

――彼等が持ち掛けてくる交渉の。

 

「それで? お前達は何を望むんだ。俺達はそこに寝ている少年と、キムラスカ、ダアト、マルクト代表としてもう約束しちまったんだが。――赤い悪魔の命と引き替えに、世界の平和と身勝手なお前達の無罪放免を」

 

あの親友から、頼まれた。

 

――おそらく彼等なら、余りにも報われないあの子をも救ってくれる。

 

そう頭を下げて、ジェイドは頼んだ。あの非情な男が、あの傲慢過ぎる男が――心の底から頭を下げてまで。

 

だが――ピオニーはそれを拒んだ。世界を壊すと実際に行動にまで移した者達が、今更何を言うのだ。

 

赤い悪魔と呼ばれる少年の願いを聞き入れたのは、確かにそれが世界の為になるからだ。

 

アクゼリュスが消滅したこと。心の拠り所であったスコアが廃止されたこと。世界が今現在もスコアに詠まれていた破滅の道を歩んでいること。

 

それら全てを、赤い悪魔のせいにしてしまえばいい。赤い悪魔が無惨な最後を遂げることで、不安も困惑も憎悪もある程度解消される。

 

そして、悪魔を殺したことで生まれた連帯は、世界を一つにするのに大いに役立つ。

 

だから、ルークの計画に乗った。見返りの分を引いても、十分に魅力的だったから。

 

「俺はお前達との取引に応じるつもりはない。あたかもルークに罪を背負わせたのはキムラスカのように言っているが、そもそもそのルークを作り出したのはお前達だろう。そんな輩のことをどうして信用できる?」

 

ピオニーは、目の前の三人に怒りを覚えている。スコアが絡む事柄――即ち全てにおいて、今は誰に罪があるのか分からなくなっている。しかし、少なくともルークが死んでヴァン側の人間が生き残る道理がないのは確かだ。

 

だがそれでも――ルークと約束してしまっている。明確な契約ではないのだから、反故にすれば済む話。

 

しかしそれは――到底出来ない相談だった。

 

たった数分前に出会ったルークだが、ピオニーは言うなれば敬意のようなものを抱いてしまっている。

 

その少年が命を削り命を賭けて漕ぎつけた約束を、どうして軽蔑にしか値しない人間の為にただで反故に出来ようか。

 

しかし『魔弾』はルークを救いに来たと言った。

 

親友もルークに生きて欲しいと言った。

 

自分も行く末が楽しみで、同時に恐ろしくもある少年には生き残って欲しい。

 

だったら――妥協するしかない。

 

ルークを救いに来たと宣言した三人を――ルークが救うと宣言した三人を――見極めよう。

 

もしも『魔弾』『烈風』『妖獣』の覚悟が本物なら、本気でルークを救いたいと願っているのなら、それで一人でも多く幸せになれるのなら、この気に食わない三人に未来を託そう。

 

ピオニーは、そう心に決めていた。

 

「先程おっしゃっておられたこの子との――ルークとの約束。罪人であるルークとの口約束に過ぎないそれを、守ると?」

 

「…………そうだが」

 

魔弾から返された意外そうな声に、ピオニーは眉を寄せる。

 

勿論それは内心の話であり、顔には一切出さない――つもりだったが、ピオニーは僅かながら動揺を示してしまった。

 

リグレットが、笑ったのだ。

 

浮かべた笑みは、アイスブルーの鋭い目を細め、どこか安堵を垣間見せる、優しげなもの。

 

「それなら話は早い。まさか既に、目的の半分が達成されていたとは」

 

「目的……お前達はルーク君を救いに来たんだろう? 矛盾してるぞ。そういう興味を持たせるような語りはいい、率直に用件を言え」

 

ピオニーの中で僅かに苛立ちが募る。元から回りくどい物言いは好まない。まだルークのように脅してくれた方がましだ。

 

「失礼。しかし本心ですので、あしからず。……勘違いも甚だしい。それでは陛下のお言葉に従い率直に言わせて頂きます」

 

「甚だし……」

 

淡々と堂々と威嚇に怯むことなく切り捨てたリグレットに、ピオニーは早々に思考を切り替えた。

 

『魔弾のリグレット』として聞いていた人物とは、若干ズレを感じる。噂では全てにおいての模範を集約したような人間だと聞いていたが、目の前の彼女は模範通りに見えて中身はそうではない。

 

一国の主に向かって、交渉に来ておいてここまで挑発するなど、普通の人間はやらない。

 

「先程も言ったように、私は今ルークの命のために動いている。しかし詳しくは知らないが、貴方達はルークとの約束に乗っ取り命を奪うとのこと。ですから私は、ルークの命と約束――二つを両立できる案を用意してきました」

 

「…………なるほど」

 

約束――つまり死と、そして生の両立。

 

至極真剣な面持ちで告げられた言葉に、皆が彼女の目的を理解する。

 

死と生を両立させる方法は、確かに存在する。それは長い歴史の中で割と使われて来た、ある意味確立された手段。

 

「死刑執行、そのお芝居。世界を騙すということですか」

 

確かにそれなら死んでいながらに生きることができますね……、と導師イオンの納得の声が小さく上がった。

 

社会的にルークを殺し、かつてルークだった者は別の人間として生きる。

 

その認識が十分に場に染み渡った頃合に、リグレットは言った。

 

「そうです。ルークと、そしてもう一人――ヴァン・グランツを、殺しましょう」

 

「ヴァンも……と? あやつを殺すことに何の意味がある。――もしや、ヴァンだけは本当に――」

 

「それこそまさかです。貴殿方からすれば危険は当然排除すべきなのでしょうが、それでも命についての安易な考えは慎んで頂きたい。アクゼリュスのことも、ルークのことも、戦争のことも……貴殿方は余りにも軽率過ぎる。……まあもっとも、それを私が語るのは滑稽な話ではありますが」

 

「す、すまん……」

 

これほどはっきりと正面を切って説教されるのは、インゴベルトの人生において――特に王になってからは――無いに等しかった。

 

無礼だとかそういう考えの前に、インゴベルトはただただ感心する。故に、純粋な謝罪が自然と出ていた。

 

「さてと、じゃあ続き行きますよー。たかが一軍人に怒られたからってそんな放心してないでさ、ちゃんと聞いててよね。ここからが本番なんだから」

 

からからと笑い、シンクが手を叩き注意を引く。向けられた視線に満足そうに鼻で笑い、人差し指を立てた。

 

「本番の前に一つ質問。簡単な質問だから安心してよ。あんた達はさ、自分達の民を――人間を、信じることができる?」

 

簡単だと言いながら、最も難解な質問だった。皮肉気に笑うシンクは、アリエッタの肩に手を置いて首を傾げて見せる。

 

「僕の質問じゃないから。さっきのはアリエッタの純粋な、何の含みもない質問。人見知りするアリエッタの代理だからね、僕は」

 

「あ、あの……アリエッタ知りたかったから……ルークが好きって言ったみんなを、あなた達が好きなのか……。えっと、だから……」

 

「大丈夫だよ、アリエッタ。ルークが好きだって言った世界を、そのトップ達も好いてて信じてて、ちゃんと思ってくれてるかなんて、そんなことはもう泣かないでも伝わってるから」

 

泣きそうなアリエッタの頭を撫でるシンク。柔らかで暖かい口調だったが、その実悪意に満ちている。

 

「信じている……としか言いようがないだろうが」

 

「…………卑怯な手だな」

 

「…………」

 

「そうですね、僕は信じたいです」

 

ピオニーが顔をしかめ、インゴベルトは苦笑し、ファブレは額を押さえ、イオンが仕方ないと笑う。

 

それぞれ国を――そして民を担う者達、それを信じていないなど、それを厭うなど、例え思っていても言えるはずがない。

 

罠に近いものだと分かっていても、頷くより他になかった。

 

「ならば――」

 

そうして当然のように、リグレットが言う。

 

「全てを――話しましょう、全てを――伝えましょう。ありのままに、偽ることなく、世界が一つになれると信じて。第七譜石が謡う、世界の終焉を。ヴァン・グランツが願った、真の人の意思を。そして全てに憎まれてでも人を救いたいと願った――赤い悪魔の物語を」

 

広大な部屋に響いた、歌うような声。欲深き人間が、罪深き人間が――想いによって一つになる。そんな夢物語。

 

心動かされる甘い言葉――甘い言葉だからこそ、夢物語の聞き手は、首を縦には振れなかった。

 

「言いたいことは……分かる。しかし、民がそれを受け入れられるかと言えば、おそらく無理だろう。最悪、反乱が起こる。それも全世界でだ。第一、ルークが生きていては、それこそがどうしようもない偽りになってしまう」

 

インゴベルトの、前言を撤回するとも言える言葉。悔しさを堪えた声に、しかしリグレットは毅然と返す。

 

「そのくらい受け入れられないようならば、人に未来はない。例え今回だけは滅亡を回避できても、また同じ過ち繰り返すだけだ」

 

それに、とリグレットは目尻を下げて、死んだように眠るルークに視線をやる。

 

「もしかしたら赤い悪魔は生きていて、今でも一つになった世界を見守ってくれているのかも知れません――と、そう締めくくられる、希望のある物語も悪くはありません」

 

そう思うのは決して私だけではないでしょう。

 

再び四人に向けられたリグレットの瞳は、すでに冷たく怜悧なものになっていた。

 

全てを皆に伝えるということ、それはルークとヴァンを英雄にすることに他ならない。

 

ヴァンが行動を起こさなければ人類はスコア通りの破滅の未来を歩み、ルークがいなければヴァンの行き過ぎた行動で世界が壊れていた。

 

そして英雄として讃えられる頃には、ヴァン・グランツとルークは既に死んでいる。

 

英雄は、生きているより死んでいた方がいい。――死人は、現世には干渉できないのだから。いくら力を持とうと、振るえないのなら意味はない。

 

「魔弾、お前はヴァンに……何を与えたいんだ?」

 

ピオニーは、ふと浮かんだ疑問をそのまま口にする。生者に力と名誉を与えるのならともかく、死者にそれを与える意味がそれほどあるとは思えなかった。

 

その問いに、シンクが心底可笑しそうにクスクス笑う。リグレットはあからさまにその様子に眉を寄せ、少し声を小さくした。

 

「証が……欲しい。閣下は、ホドが落ちても変わらなかった世界を憎んでおられた。……自分がホドを落とした事実が、良い意味でも悪い意味でも、世界に何も影響を与えなかったことを。だから、そのことで行動を起こした閣下が、世界を救ったのだという……証が欲しい。……これは私の我が侭です、本来なら生きていられるだけでも感謝すべきなのに……」

 

「あ、アリエッタも……っ! 総長は、総長は頑張ってたもん!」

 

リグレットに続き、ぬいぐるみを抱きしめたアリエッタが必死に懇願した。

 

目を伏せるリグレットに、ピオニーは冷徹な瞳を据える。

 

「確かに言う通りだな」

 

「え……じゃあ――」

 

「我が侭にも程がある」

 

顔を輝かせたアリエッタを遮り、ピオニーは嫌らしく顔を歪めて見せた。

 

「御三方、私は彼女の提案――受けても良いかと」

 

ただし、とリグレットを舐めるように見つめる。

 

「魔弾の身柄――マルクトで預かりたい。それさえ呑んで貰えれば、ルークの件は尽力しよう」

 

「身柄を、ねえ」

 

呆れたようにシンクが鼻で笑う。身柄を預かる――犯罪者である彼女をどう扱うつもりかなど、明白だった。

 

「陛下、導師……私からもお願いします」

 

ピオニーの発言に僅かに顔をしかめたファブレは、それでもインゴベルトとイオンに頭を下げる。

 

「レプリカであったとは言え、この子は確かに私の子です。それを二度も死に追いやるのは……出来れば避けたいのです」

 

「僕もリグレットの案に賛成ですよ。個人的にも彼には死んで欲しくありませんから」

 

にこりと笑うイオンに、ファブレはもう一度頭を下げた。そして二人の様子に、インゴベルトも頷く。

 

「良かろう。ルークは私にとっても、確かに甥だ。キムラスカも協力しよう。ヴァンの件も……まあ、いいだろう」

 

一応の満場一致、そして八つの瞳が、リグレットに集まる。最初に口を開いたのは、ピオニー。

 

「そういうことで、後はお前の身の振り方次第だ。マルクトに、まあ正直に言えば、玩具になりに来てくれれば――お前の望みを全力で叶えよう。それが我が侭の対価ってもんだ。どうする?」

 

ルークは命を賭けた――ならばリグレットは何を賭けれるのか。

 

人権を捨てろと下品な笑みを浮かべるピオニーに、リグレットは無表情で淡々と返す。

 

「身体で払えと言うのならば、その通りにしましょう」

 

「ほう……自分の身はどうなってもいいのか? しかもこの優しい俺が相手じゃなくて、元老院の爺共の相手だぞ」

 

「恩人の犠牲の上にのうのうと生きるよりかは、遥かにましと言うものだ。ましてあの人の無念が晴らせるのならば」

 

迷いのない承諾に、ピオニーの目が僅かに見開かれる。――そして、次の瞬間には大きく見開かれた。

 

「一つ忠告をしておきます。私をマルクトに招き入れるのなら、ゆめゆめ油断はなさらぬように。私はマルクト帝国を半年とかからずに――内側から食い破ることになるでしょうから」

 

冷たい無表情から一転、その瞳と口角を挑戦的に吊り上げたリグレット。

 

ピオニーは、呆けて口をぽかんと開けてしまう。そんな二人の様子に、イオンが笑いを噛み殺しきれずに口元を隠した。

 

「ふふふ、彼女ならきっとやってしまうでしょうね」

 

「同感だね。おめでとう、ピオニー陛下。これで半年後からマルクト帝国は、リグレットのリグレットによるリグレットのための帝国に大変身。国の名前が変わる頃には祝辞を持って参上させて頂きますので、まあよろしく」

 

そういうわけでご愁傷様ー、とシンクも投げやりに笑った。

 

ちょっとした動揺から立ち直ったピオニーは、晒してしまった醜態を取り繕うこもせず、不敵な笑みを浮かべるリグレットの瞳を真正面から見据える。

 

互いの視線がぶつかり合い、沈黙が場を満たす。

 

「ふぅ……冗談だ冗談。だから勘弁してくれ」

 

先に音を上げたのは、ピオニーだった。凍てつく前に極寒のアイスブルーの瞳から逃げ、肩をすくめルークに視線をやる。

 

「だいたいお前に手を出すようなことをすれば……」

 

言葉を切り、ピオニーはからかい混じりの表情を消した。眠るルークに据えた瞳は、まるで逃げるようにリグレットに戻さる。

 

「俺はルークに殺されちまう……冗談じゃなくてな」

 

その表情は真剣そのもの、汗が伝い落ちる頬は青ざめていた。

 

――もしも約束を破れば、どうやってでも後悔させてやる。

 

修羅のごとき気迫を発して、ルークはそう言った。

 

意図して発した殺気ではなく、底から溢れ出る純粋な殺気。交渉に臨むに当たって被られた仮面ではなく、一瞬剥き出しになった凶悪な本質。

 

脳裏に蘇ったその圧倒的な衝撃に、ピオニーの身体は芯から震えた。

 

「何言ってんのかわかんないけど、僕らの計画に見返りなしで協力してくれるってことでいいんだね?」

 

「……ああ、どうやらキムラスカとダアトも、ルークに死んで欲しくないようだからな。マルクトも無償で協力しよう」

 

シンクの厚かましいとも取れる物言いに、しかしピオニーは特に気にした風もなく頷く。

 

「魔弾のリグレット、試すような真似して悪かったな。悪いついでにもう一つお前達三人に聞くが、どうしてそこまでやる?」

 

大きく緊張そのものを吐き出すようにして、ピオニーは気を抜いた表情で三人に問う。

 

気を抜いたのはピオニーだけではなく、他の三人も。

 

浅からず因縁がある三人には、真に世界を想うルークの生は、嬉しいものだった。

 

そして安堵と共に訪れたのは、当然の疑問。ピオニーに続き、ファブレが口を開く。

 

「ルークを救いたいという気持ちも、その覚悟も確かに本当らしい」

 

意志の強さも、目的の為に全てを賭ける姿勢も、十分に見せつけられた。

 

しかし、ならば何故この三人はヴァンの計画から抜け、ルークに味方をするのか。

 

これが罠とは考え難い以上、三人の心が動いた理由にファブレもピオニーも皆目検討がつなかい。

 

「ならばどうして、世界を壊そうとしていた人間が世界を救い、使えていた主を裏切ってまでルークに味方した?」

 

ファブレの疑問は、嘘偽りのない純粋なものだった。

何も知らなかった自分の息子のこと。だから、息子に縁のある人達からでも少しずつ知っていきたい。

 

ファブレの気持ちをを知ってか知らずか、仮面の少年は鼻で笑った。

 

「まあ、信用されてないなら信用させないといけないからね」

 

わざわざそんな前置きをして、シンクは意味ありげにイオンを見やる。

 

「僕が最終的にルークに味方したのは、まあ正直に言うと意外とこの世界は楽しいってことがわかったから。で、ルークが死んだらちょっと困るのは、レプリカがオリジナルとは全く違うってことを生きて証明して貰うため」

 

悪戯めいた口調で言って、シンクはその顔を被っている仮面に手をかけた。

 

「導師……! いや、なるほど……導師のレプリカか」

 

「ああ、それと同類だからってのもあるかな――嘘だけど。詳しいことはまた今度。ね、導師様」

 

目を見開き顔を凝視するインゴベルト達に、シンクは澄ました顔で返してアリエッタの頭を叩く。

 

「アリエッタはルークが唯一の人間の友達だからなんだよねー?」

 

「ち、違うもんっ! ルーク以外にも友達いるもんっ!」

 

「へえ、初耳。誰なのアリエッタの友達って?」

 

まだ驚愕がおさまらない三人をよそに、シンクは嫌らしく笑ってアリエッタを問い詰め始めた。

 

その質問にびくりと身体を跳ねさせ、アリエッタは瞳に涙を溜めていく。

 

「……ア、アニスとか……」

 

「根暗ッタ、だっけ? あの導師守護役につけてもらったあだ名。友達ねえ、友達かあ……友達って一体何なんだろうね?」

 

「うぅっ……じゃ、じゃあ……リグレットとか……」

 

「友達? 保母さんの間違いじゃないの?」

 

「うっ……ぐすん……ひっく……シ、シンクは、シンクはアリエッタの友達だよね……友達だもん……」

 

「それって何処のシンクさん?」

 

「シ、シンクのばかぁぁっ!!」

 

ぼろぼろと大粒の涙を溢し始めたアリエッタの頭を撫で、リグレットはシンクの脛を結構本気で蹴った。

 

無言で蹲るシンクを横目に、リグレットは額を押さえてから一礼する。

 

「失礼、お見苦しいものを」

 

痛みに悶えるシンクと泣いているアリエッタの頭も、押さえて下げさせる。

 

「計画が全て終われば、私達三人もまた表に出てくることはないでしょう。ですから最後に皆様方の寛容な御心に感謝の言葉を送らせて頂きます――それでは私達はこれにて」

 

「お、おい待て待て。お前はまだ言ってないだろうが、ルークを助ける理由を」

 

踵を返しルークを引きずりながら帰り始めたリグレットを、ピオニーが慌てて引き留める。

 

最初から最後まで相手の常識外の態度に、振り回されっぱなしだ。動揺させることが目的なら、それはもう出来すぎなほど成功している。

 

「む……言わなければなりませんか」

 

「言ってくれても罰は当たらないだろう」

 

引き留めた自分にではなくわざわざファブレに問いかけたリグレットに、ピオニーは無言で若干頬を引きつらせる。しかし直ぐにセクハラ皇帝、と極めて小さくシンクに呟かれて肩を落とした。

 

リグレットは細い顎に指を当て、少しうつ向いて顔を上げる。

 

「理由……様々な要因が重なって、としか言いようがありませんが……一つを挙げて言えば、ルークが道具などではなく、人間だとわかってしまったことでしょうか」

 

一瞬浮かんだ自嘲的な笑み。しかし次の瞬間には、既に凛然とした態度で、これで宜しいでしょうかと尋ねるリグレット。

 

「人間とわかって、って……いや、もう少し詳しく」

 

こめかみを押さえるピオニー。インゴベルトもファブレもイオンも、それぞれ苦笑を漏らす。

 

そんな四人から、リグレットは澄ました顔で眠るルークに瞳を据え直す。

 

「すみませんが、詳しくは言えません。絶対に言わないと、ルークと約束をしてしまいましたから」

 

――全てが凍てつく、極寒の地で。

 

それこそ極寒の笑みを残して、今度こそ踵を返してルークを引きずり歩き出したリグレット。

 

暫く広大な謁見の間に、靴音が反響する。

 

いきなりルークとの約束だと、そんなことを言われて面食らう皆を置いて、靴音はどんどん遠ざかる。

 

そして彼女が扉の前まで辿り着いて、その音は唐突に鳴り止んだ。

 

まるで今しがた思い出したとでも言いたげな顔で、リグレットは玉座を振り返って、口元を吊り上げるのだった。

 

「――そうでしょう? 約束は、守るためにある」

 

 

*

 

 

「おーい、大佐? どうしちまったんだい、ぼーっとして」

 

「はい? ……ええ、私も歳ですからねえ、ついつい疲れで」

 

ジェイド・カーティスは、一年前に主であり友人である皇帝から語られた話から意識を引き上げ、隣を歩く青年に冗談めかして笑いかけた。

 

「ははは、休暇でわざわざ疲れを溜めるなんて、まだまだ若い証拠だって」

 

「いえいえ、趣味に労力を惜しまないのは年寄りの責務のようなものですから」

 

そうおどけて見せれば、マルクトの貴族の青年――ガイラルディア・ガラン・ガルディオス――ガイは、何時もの如く苦笑を浮かべた。

 

「趣味って……今の状況のどこらへんが趣味なんだい?」

 

二人が歩くのは、久しく見ていなかったローレライ教団本部の、細かな装飾が全面に施された廊下。

 

ジェイドとガイは、ルークの墓参りを終え、そのまま休暇としてダアトを訪問していた。

 

先ほど思い出していた話。ヴァンとの決戦の前日に聞かされたそれの、三人の登場人物に会うのが目的だった。

 

「そうですねえ、全体的に趣味ですよ。知的好奇心を満たすという」

 

「知的好奇心……イオン様が言っていたことですか?」

 

ジェイドとガイの前を先行していたティアが、歩みを止めて振り返った。

 

「まあ、それもありますね。もう一つは、リグレットがあれをどうしているかと、ね」

 

ジェイドは一度ティアの背後にある扉に視線をやり、それから戸惑いを垣間見せる彼女に尋ねる。

 

「それよりも、ティア。あなたは本当に同席しないのですか?」

 

「はい、私は仕事がありますから。それに未だに教か……総長と、兄とルークの話をするのは、何だか……」

 

困ったように笑って、ティアは後ろの扉を手で示した。

 

「ここです。話は通っているはずですので」

 

「ああ、ありがとうなティア。また後でお茶でもしよう、出来ればイオンとアニスも呼んで」

 

「ええ、そうね。二人に伝えておいてみるわ」

 

ガイに微笑み、それじゃあと言い残しティアは廊下を戻って行った。

 

暫くしてティアの背中から視線を外し、ジェイドは正面の扉に近づきノックする。

 

三度のノックの後に名前を告げると、直ぐに入室許可の返答があった。

 

「なあ大佐、あれってのはルークが使ってた木刀のことか?」

 

「はい、半分は」

 

扉を開きながら、尋ねて来たガイに返事をする。

 

木刀――彼が最後に残して行った、もう一つの遺品。

 

音素乖離の光が消えて、誰もが動けなかったあの時。彼が己の師と共に世界から消えてしまったという現実を、誰もが受け入れられなかったあの時。

 

一番始めに動いたのは、リグレットだった。

 

意図的にか偶然にかは判断がつかないが、彼が残して行った左腕。もう音素と元素が分離して、消えてしまったそれ。

 

リグレットは傷ついた身体を引きずるようにしながら、それがあった場所――グローブと木刀が孤独に残るその場所へと辿り着いて、木刀をその手に取った。

 

聖樹の御剣――彼がそう呼んでいた木刀は律動を始め、空気を震し悲鳴を上げた。仄かに光を放ち、リグレットの音素を吸収する木刀。

 

しかし彼女は眉一つ動かさず、それを顔の高さまで持ち上げ――

 

「黙れ」

 

――一喝した。

 

ピタリと、空気の振動が止まる。握り締められた木刀の刀身は、躊躇うように光を点滅させる。

 

「私がお前を預かっておいてやる。だから静かにしていろ」

 

 

果たして、眩い光を一度放った木刀は完全にその動きを停止した。

 

「ティア、アッシュ。外郭大地の降下を」

 

そして彼女は淡々とそれを下ろし、何もなかったかのように――ルークが死んだことなどまるで夢であったかのように――

 

――何時も通りに冷徹に冷静に、こちらを振り向いた。

 

ジェイドは脳裏を過ぎたその記憶を打ち消し、ガイに視線をやる。

 

「もう半分は、彼女に差し上げた、壊れた譜銃の代わりのことですよ」

 

「譜銃……羨ましいなあ。俺も今度作ってみようか……」

 

顎に手を当て真剣な面持ちを見せるガイ。

 

音機関をいじることが心の底から好きだという彼。あの男のように既に脳内で図面をひき始めているかも知れないと、ジェイドは行方知れずの幼なじみとガイを重ね、一人苦笑する。

 

「久しぶりに見せた顔がそんなタチ悪そうな笑顔だなんて、随分な挨拶だよね」

 

一体全体何を企んでるのさ、と開けた扉の先――応接室の中央に置かれたソファに座って、皮肉気に少年が首だけをこちらへ向けていた。

 

珍しいくすんだ緑色の髪に、鳥の嘴を模したような仮面――

 

「いやですねえ、冗談は。笑顔に人の良さがにじみ出ていると、もっぱらの噂なんですが」

 

「ふーん、そう。ならきっとそうなんだろうね」

 

どうでも良さそうに言って、仮面の少年――オラクル騎士団参謀総長シンクはひらひらと適当に手を振る。

 

「まあそんなことより、久しぶりだね、極悪人と被害者」

 

「はははは、まあ確かに俺は被害者かもな」

 

シンクの独特の挨拶に懐かしそうに笑うガイは、シンクの隣に腰かける少女、そしてその隣の女性に軽く会釈する。

 

「達者そうで何より。相変わらずって感じだな、三人共」

 

「お久しぶり、です……ガルディオス伯爵。えっと……あいかわらずさちがうすそうなおかおですね」

 

「…………」

 

気さくに笑って挨拶をしたガイは、桃色の長い髪の少女アリエッタの奇妙な返事に固まっていた。

 

シンクの方をおずおずと伺うアリエッタ。その少女の様子を確認したジェイドは、妙なところで芸が細かいと感心する。

 

「すみませんお二人共、子供の悪戯ですのでどうかお許しを」

 

態とらしく敬語を使って謝罪してくる最後の一人。一年前より少し伸びた髪を、以前と同じように後ろで結っているリグレットに、げんなりとするガイを横目に見ながら、ジェイドは肩をすくめて見せた。

 

アクゼリュスで別れてからのルーク、それ以前とは別種の不敵でますます傲慢な態度を見せていた彼を彷彿とさせる、そんな歓迎の挨拶だった。

 

冗談混じりの再会の言葉も程々に、ジェイドはガイを促しつつ、勧められるままにソファに腰を下ろす。

 

向かい合うソファの間のテーブル。その端に準備されていたカップを、アリエッタが慣れない手つきで並べてポットから紅茶を注ぐ。

 

「あの……どうぞ」

 

目の前に置かれた、部屋と同じく飾り気のないティーカップ。それと少女の内気な顔を一度見比べ、ジェイドはカップを取り口をつけた。

 

「ありがとうございます、美味しいですよ」

 

ルークやシンクのような、ふてぶてしい子供ならまだいい。しかし、アリエッタのような幼いくせに人の感情に鋭く繊細な子供の扱いは、正直得意ではない。

 

だからなるべく優しく告げてみたが、しかし彼女は小さく息を飲んで、不気味なぬいぐるみで顔を半分隠してしまった。

 

やはり幼い子には、ルークより余程悪魔らしい自分は好かれない。

 

眼鏡を押し上げ何時ものように苦笑して見せようとすると、それより早く少女の両隣が苦笑を洩らした。

 

「これもルークの教育の成果ってことかな」

 

「どちらかと言うと洗脳だろう」

 

二人の意味ありげな物言いに、ガイが首を傾げる。嫌らしく口元を吊り上げて小さく笑うシンクが、アリエッタの頭を軽く叩いてどうしたのかと聞いた。

 

「だ、だってルークが、ジェイドが優しい時は悪い事が起こる、って」

 

言ってたもん……、と語尾が消える程脅えるアリエッタに、ジェイドは今度は本気で苦笑した。

 

「ルークにやられたな、大佐。まさかの一年越しの復讐じゃないか」

 

隣に座るガイがからからと笑い、心底楽しそうに肩を叩いてくる。ジェイドは手を広げ、アリエッタにおどけて見せた。

 

「私はいい子には優しいですよ? あなたの横のシンクのような悪い子には、まあ少々意地悪をするかも知れませんが」

 

「はは……良く言うよ……。ルークとイオンが止めなきゃ、フーブラス川でアリエッタを殺してたくせに」

 

「……や、やっぱり恐い……」

 

感心と呆れが混じった声で呟かれたガイの言葉に、涙を浮かべながらアリエッタはリグレットに抱きついた。

 

「ガーイ、いけませんねえ、むやみに過去を掘り返しては。アリエッタが完全に私に脅えてしまっているじゃないですか」

 

「安心しなよ、ネクロマンサー。その真っ暗な笑顔だけで、十分に怖がられてるんだからさ」

 

よしよし、怖かったねアリエッタ。

 

心にもない言葉をかけながら、シンクがアリエッタの頭を撫でた。

 

ジェイドは曖昧な笑みを顔に貼り付け、対面に座る三人に思考を巡らす。

 

今までの会話で、三人がルークの話題を避けるようなことはなかった。むしろ至って普通に、彼の名前を出していた。

 

彼らは数日前の式典に出席しなかった。その時は何の意図があってそのような真似をしたのか判断がつかなかったが、もしかすると本当にイオンが言った通りなのかも知れない。

 

「……なあ、アリエッタ」

 

そろそろ本題に入ろうかと口を開きかけたところで、ガイがぬいぐるみを抱いて脅える少女に、少し躊躇いがちに問いかけた。

 

「もう今更なんだが、一つ聞いていいかな?」

 

「は、はい……」

 

「あの日、あんなことが起こらなかったら……君は本当にルークを殺すつもりだったのか?」

 

――母親の敵として。

 

ガイの口から出た、少し震える声。それを聞いてジェイドは、失敗したとついついため息をついた。

 

切実な光を湛えるガイの瞳に、どうしたものかと伝えあぐねていると、アリエッタが暫くしてふるふると首を横に振った。

 

「アリエッタは、もうルークを殺したくない。ルークはママの敵だけど……でも、アリエッタの友達だから。ルーク、アリエッタをいっぱい助けてくれたもん」

 

「そうか……よかったよ」

 

胸を撫でおろし、納得いったと頷いたガイ。人一倍心優しい彼のことだから、アリエッタとルークの歪な約束と関係に、心配せずにはいられなかったのだろう。

 

――……まあ、ガイも復讐者でしたしね。

 

似た境遇同士であるガイとアリエッタを、ジェイドは淡々と見比べた。

 

「なあ、アリエッタ。ルークにそのことは言っていたのかい?」

 

「ううん……言ってない。シンクとリグレットに、言ったらだめだ……って言われたから」

 

アリエッタの返答に首を傾げて、ガイは彼女の両隣に座る二人に視線をやる。ジェイドは無言で目を閉じた。

 

「ネクロマンサー、ガルディオス伯爵にあのことを話していないのか?」

 

会話の要領が悪いが、と不満そうに聞いてくるリグレットに、ジェイドは仕方ないと諦めて頷いた。

 

「ええ、すっかり忘れていました。こればかりは私の不注意です」

 

墓参りをしたせいか、彼のことばかりに思考がいってしまっている。ジェイドは自分らしくもないミスに、内心ため息をついた。

 

「それで、どうですか? 私がガイに話しても、また聞きになってしまいます。当人である貴方から語られる方が宜しいかと愚考しますが」

 

取り繕うように出したもっともらしい提案に、リグレットは仕方ないと一度目を伏せ、相変わらず首を傾げているガイに語り始めた。

 

皇帝である親友から聞かされた、あの日の話を。

 

 

*

 

 

「へえ、そんなことがねえ……そんな大事なことが」

 

紅茶で喉を潤すリグレットに頷きながら、ちらちらとガイが恨みまがしい眼差しを向けてくる。

 

――完全に蚊帳の外ってわけか。

 

そんな声が聞こえてくるようだった。気乗りはしなかったが、ジェイドは少し誤魔化そうと笑って見せる。

 

「ピオニー陛下は随分とあなた方のことを気に入っていましたよ。最後の釘の刺し方が特に、とのことです、総長殿」

 

「私は最悪の気分だったがな……良心に訴えるような、取引とは言えない取引だったから、常識外の物言いをしてみたが――正直心臓が止まるかとずっと心配していた」

 

今思い出しても頭が痛くなる、と切実なため息を吐きながらカップを置いたリグレットは、一転して忌々しそうに舌打ちをする。

 

「それにしてもあのセクハラ皇帝、あれだけは冗談抜きに殺意を覚えた。と言うか狂気を確信した」

 

「せめて正気を疑うまでにして下さい……」

 

本気に見えるリグレットに、ジェイドはやれやれと肩をすくめてため息を吐いた。

 

「で、どうしてルークにまでそのことを話さなかったんだ?」

 

小さく咳払いをして、気を取り直したように尋ねるガイ。ジェイドもそのことは気になるので対面を見てみれば、シンクとアリエッタまでもがリグレットに視線を集めている。

 

「僕はさっさと言った方がいいと思ってたんだけどね、リグレットがさ」

 

「……そう責めるな」

 

確かにまだ生き残れる希望があると知っていれば、ルークはあんな自殺のような真似はしなかったかも知れない。

 

「だが――」

 

少し目を伏せたリグレットは、それでも迷いなく言った。

 

「自分を正当化するためではないが、私はまだ言わなくて正確だったと思っている。全てを終らせる前に、それを知ってしまえば――多分あの子は壊れていたから」

 

壊れていた。ジェイドには理解できない、その示すところが。それ以前にジェイドは、あの忌々しいアクゼリュスでの事件以降のルークのことがいまいち掴めていない。

 

「百聞は一見に如かずだ、場所を移そうか。しかし聞くこともまた棄てたものではないと思う。実はこの部屋――防音に優れているとは言えないの」

 

*

 

向かう一室は、地下の騎士団本部とのこと。

 

天災の処理を名目に、三割の兵力の増強に努めたオラクル騎士団の本部は、以前より少々賑わしく感じる。

 

天災――ルークとヴァンが死んだ日、オールドラントに降り注いだ障気の雨と大規模な地震。幸い数分に満たない時間でおさまったが、明らかに都市周辺のみに集中していた災害の被害は、少なくはなかった。

 

ヴァンが言った、世界の崩壊。つまりはそういうことなのだろうと、何度目になるか覚えていない思考をやめ、ジェイドは歩を進めた。

 

先導するリグレットと、横を歩くシンクとアリエッタ。ここにティアともう一人の師団長が加われば、実質はオラクル騎士団のトップが揃う。

 

彼がしていたように背に真横に木刀を固定し、それに重なるようにジェイドが修復改良した譜銃を下げるリグレット。扉の前でしていた会話は予想通り聞こえていたようで、今から用途の掴めない改良の目的を説明してくれるらしい。

 

「先程の続きだが、あの子は純粋……いや、透明だった。当然のように目的以外には何も見てなく、当然のように自分を何処までもないがしろにして――」

 

淡い光で照らされた、冷たく固い印象を受ける、飾り気のない寂しい廊下。そして一層その印象が強い階段にさしかかった所で、リグレットは口を開いた。

 

「そんな人間が……最後の最後という所で、死という目的を失い、常に命と心を削り用いてきた手段を見つめ直した時――果たして正常でいられるか……とな」

 

あの子は死ぬことより、生きることを恐れていたから――

 

小さく呟かれた最後の言葉は、ひどく優しく、そして哀しかった。

 

「それはどうも賛同しかねますねえ。アクゼリュス以前の彼ならばともかく、妙に踏ん切りのついてしまっていたあの時のルークは、精神的にも強かったと思いますよ」

 

リグレットの言うことは、正しいかも知れない。しかしジェイドには、あのルークがそう簡単に押し潰されるとは思えなかった。

 

譜眼を暴走させたまま正気を保ち、治癒と身体強化の二つの譜術を同時に制御し、そして更にそのまま剣を振るう。

 

弱いどころか、それはむしろ人間にあらざるほどの強靭な精神でしか成し得ない業だ。

 

肉体的にも精神的にも弱く、そして何より幼かったルーク。閉鎖された屋敷が全てだった彼は、その全てを失ったことで驚くべき速度で成長した。

 

人間は挫折を知ることで成長する。

 

ただ在るだけでは――生きられない。

 

ただ待つだけでは――満たされない。

 

ただ立つだけでは――前に進めない。

 

そして自分が自分であるだけでは――愛されない。

 

それをルークは、理解できていなかった。

 

屋敷では、ただ在るだけで生きられた。

 

屋敷では、待っていなくても満たされない。

 

屋敷では、進むべき前がなかった。

 

そして屋敷では、ルークがルークでありさえすれば――愛された。

 

それが通じない外の世界で、ようやく成長の機会が訪れた時に、ヴァンは自らをルークの逃げ道とすることで、ルークの信頼を揺るぎないものにした。

 

それはもう、洗脳の域だ。人々がスコアを信望していたように、ルークはヴァンを信望していた。

 

生きることは辛い、故に人は楽な道を選ぶ。スコアに全てを委ねた人しかり、ヴァンに全てを委ねたルークしかり。

 

しかし辛いながらもヴァンを離れ、ルークは生きることを選んだ。だからそのルークが生きることを恐れていたとは、ジェイドは素直に承諾しかねた。

 

らしくない、真剣に他人を評価する言動。自分でも苦笑もののそれを、やはりと言うべきかシンクが笑った。

 

「リグレットの言い回しって、やっぱり面倒だって」

 

しかしその呆れたような笑みは、ジェイドにではなくリグレットに向けられたものだった。

 

「見なよ、伯爵様どころかネクロマンサー殿まで混乱しちゃってるじゃないか。リグレットの言い方じゃあまるで、犯罪者になろうが何になろうが楽しいもんは楽しいんだから仕方ねえじゃん――なんて開き直って馬鹿みたいに楽しく生きてたあいつが、まるっきり嘘みたいになってるよ」

 

「言い回しが面倒になっても仕方がないだろう。ルークは死という目的の為に楽しく生きていたのだから……」

 

「まあ、そう言われると言いたいことは分かるけどね。何て言うか、観念的すぎるんだよ」

 

――そんなのでわかってくれる二人は行方知らずなんだからさ。

 

肩をすくめて見せるシンクを、リグレットは目を細めて一瞥した。

 

「仲がいいんだか悪いんだか……」

 

険悪になりつつある空気を笑って和ませるガイ。シンクの肩を叩き、ガイは一つ咳払いをした。

 

「なあ。イオンが言ってたんだが、君達はルークが……」

 

「死んでるでしょ、そりゃあ。アッシュにも確認取らせたじゃないか、忘れたの?」

 

「は、はい……?」

 

予想を裏切るシンクの言葉に、ガイはぽかんと口を開けて目を瞬かせていた。

 

導師イオンの言ったことからは意外なシンクの言葉だったが、それでもやはりもっともだと、ジェイドは冷静に頷く。

 

残った腕の音素乖離、加えてあの無茶な譜術――どう考えても生きてはいない。

 

「だけど――」

 

至って軽い調子で言って、シンクがアリエッタの頭を撫でる。アリエッタは気持ち良さそうに目を細めて、言葉を引き継いだ。

 

「ルークは生きてるもん」

 

「……は、はい?」

 

またして理解が追いつかないと呆けるガイ。それを横目にシンクはポケットから賽を取り出し、手の平で遊ばせる。

 

「常識で考えたら十中が八九死んでる……いや、万が一にも生きてないよ。このサイコロだってさ、何万回振っても六までしかでないでしょ? それとおんなじ。だけどまあ……ルークだからね。そこは死んどこうよって場面でも、常識知らずのあいつなら、間違えて死にぞこなってるんじゃあないかな……とか思ってる。何の根拠もない、頭痛くなる話だけどさ」

 

シンクは本当に、本当に疲れたように言って、適当に賽をジェイドに投げて渡した。

 

手の上で、三の目を出している賽。それは決して六より上にはならない。

 

何の根拠もないルークの生存の可能性。それに若干の失望を覚えながらも、確かに常識という言葉を表すにはこれはうってつけだと、ジェイドは脳裏に浮かんだどうでもいい考えを嘲笑う。

 

何の気なしに賽の目を変えようと転がしてみて、ふと気づいた。重心が片寄っている。

 

「おや、このサイコロは三しかでないのが常識のようですね。いやいや、相変わらず芸が細かい」

 

「シンク! まだ賭博をやっていたのか、あれほど止めろと言っただろう」

 

語りと仕掛での遊び心に純粋に笑ったジェイドとは逆に、勢いよくシンクに振り返ったリグレットは鋭く咎めた。

 

煩わしそうに鼻を鳴らし、シンクは更にポケットから賽を取り出す。

 

「いいでしょ、損はしてないんだから。ちゃんとサイコロは六つ用意してるし、巧くやればバレないし負けない」

 

「だから心配なんだ。……まったく、ルークの懸念通りだわ」

 

額を押さえて深くため息を吐いたリグレットは、しかし次の瞬間素早く距離を詰めて、シンクから楽々と賽を奪い取っていた。

 

「いいではありませんか。悪戯は子供の特権、やれる内にやっておくのが賢い生き方というものです」

 

「その結果が賢い悪人というわけか。なるほどなるほど、ネクロマンサー殿の話は為になる」

 

「おや、手厳しいですねえ」

 

生真面目なリグレットに肩をすくめて見せ、ジェイドは内心少し彼女に共感する。初犯でも問題は問題だが、察するに賭博もイカサマも常連らしい。実に今後が楽しみだ。

 

「ここだ。少し待っていてくれ、開けるのに時間がかかる」

 

騎士団本部の最下層。長く歩かされ漸く辿り着いた場所は、鎖と錠で厳重に封鎖された扉の前だった。

 

「ここは……?」

 

「ルークが使ってた部屋、です」

 

「…………えらく厳重な……封印だな。あいつは悪魔でも飼ってたのかよ」

 

アリエッタの説明に、まじまじと鎖が巻き付いた扉を見るガイ。冗談にもならない冗談を、シンクが鼻で笑った。

 

「ちなみに今は魔女が儀式をやってる、と」

 

「ネクロマンサー、先程貴方はルークが精神的にも強かったと言ったな」

 

言って、慣れた様子で次々と鍵を外しながら、リグレットはシンクを半眼で睨んだ。誤魔化すように振られた割には、軽くなかった声色にジェイドは頷く。

 

確かに操鬱病の症状らしきものはあったが、あれは本物ではない。ヴァンから離れ、更に目標が明確に定まったためだろう、ルークの芯の部分は確かに強靭になっていた。

 

しかしリグレットは、首を横に振る。

 

「ルークは弱かった。弱いから強くあろうとして、自己が確立していないからこそ、私達に何かを残すことでそれを成そうとしていた。弱いからこそ強く――人であったからこそ悪魔に……と、まあそういうわけだ」

 

僅かに口元を緩めていたリグレットは、急に咳払いをして不自然に扉に集中し直した。

 

生暖かい視線をリグレットに投げかけ、ガイが悟り顔で頷く。

 

「何かを残す、か。そうだな、確かにそうだ。リグレットの言う通りだ、ルークのことを良くわかってる」

 

「……そこはかとなく馬鹿にされている気がするのだが」

 

「気のせいだよ、気のせい」

 

わかってるわかってる、と笑顔で頷いて見せるガイに、リグレットは最後の錠を乱暴に外した。

 

何かを残す――ジェイドはその言葉を、相変わらず嬉しそうに頷いているガイを見ながら、静かに呟いた。

 

自然と思い浮かぶのは、ティアの身体を傷つけていた汚染された第七音素のこと。

 

ルークは最後の瞬間に、それを持っていった。必然か偶然か今となってはもう確かめようがないが、あの無謀な譜術の糧として。

 

結果として、少量の障気はまだ残っているものの、十分に問題ないと言える程にティアの障気汚染は回復している。

 

結局ティアのことは、明後日の方向から全て片付いてしまった。

 

「ところでネクロマンサー」

 

鎖が外された扉が、重たい音を響かせながらリグレットの手により徐々に開かれる。

 

「あの子が貴方に残そうとしたものは、何だかわかるだろうか」

 

「私に、ですか」

 

リグレットの問掛けに、ジェイドは少しうつ向き顎を撫でる。

 

ルークが残そうとしたもの。

 

それは行動を共にした者達で例を上げるならば、ルークという存在が消えてもなるべく支障をきたさない、言わば心の穴を埋める機能を持つものが多い。

 

ティアにとってのリグレット。ナタリアにとってのアッシュとラルゴ。ガイにとっての過去への決着。

 

しかしジェイドは、数多く思い浮かぶそれらの中で、自分個人を対象にしたものに思い到らなかった。

 

「そうですねえ、世界そのものでしょうか。まったく、私のような老いぼれに大層なものを残してくれたものです」

 

彼女がそのような問掛けをしてくる時点で何かあるのは確かなのだが、ルークが意図した心の穴を埋めるようなもの――アフターケアは自分に必要ではない。

 

ルークもそれを分かっていたはずだ。

 

「分かっているとは思うが、外れだ」

 

リグレットの異常とも言える冷たい声に、ジェイドは僅かに眉を寄せる。ふと隣を見れば、シンクが静かに顔を伏せていた。

 

「おやおや、ルークは何やら面白そうなものを残してくれたようですねえ。答えは部屋の中と言うわけですか」

 

明かりがなく、真っ暗な室内。リグレットが踏み出した靴音の反響から、かなり広い部屋だと分かる。

 

「気をつけた方がいい、私は初めて見た時――不覚にも笑ってしまった」

 

「……はい?」

 

音素灯のスイッチが入る音と共に、リグレットの忍び笑いが聞こえた。

 

天井の譜石から光が放たれ、広大な部屋を照らす。大人数用の訓練所のような部屋には、一角に乱雑に積まれた百を越える本の山以外には何もなかった。ただ剥き出しの壁と床には無数の傷があり、それが歪な装飾となり部屋を多少はまともにしている。

 

「…………これは……」

 

ジェイドの瞳が正面の壁に据えられ、そのまま動かなくなる。

 

最初は部屋を満たす傷痕と同じ、ただの線と点の集合だと思った。しかし一つを認識してしまえば、後はもう一瞬だった。

 

ジェイドは壁一面に書かれた――刻まれた乱雑な文字を目で追う。

 

――死ねジェイドパパ!

むしろママ!!

 

――親子の感激の再開とか笑えねえよ!!

 

――ジェイドがママならヴァンはパパ!? ディスト入れたら何なんだ!?

 

――俺は不義の子かよ!

 

 

読み取ることが困難な程デタラメに刻まれた文字は、しかし確かにルークの字だった。

 

「あんたがフォミクリー発案者だって知って、一時間くらい暴れてたよ。木刀振り回してあれを刻みながら叫んでさ。ジェイドママ」

 

苦しそうに笑いを堪えて、シンクは続ける。

 

「まあ、直ぐに興味なくしてたけどね。やっぱ親とかどうでもいいや、とか言ってさ。ジェイドパパ」

 

「……何時からですか」

 

底意地の悪い笑みで楽しそうに告げてくるシンクに、ジェイドは余裕を取り戻さないままに率直に聞いていた。

 

「私が発案者だと言うことを、ルークは何時から知っていたのですか」

 

「和平が結ばれるちょっと前」

 

「それは……いえ、本当にこれは参りました」

 

心の底からため息を吐き、ジェイドは珍しく本気で戸惑った。

 

あるいはとは思っていた。しかしそれでも、ルークがそのことを知っている可能性は、限りなく低いと踏んでいた。

 

和平が結ばれる前。その時期には、決して多くはないが彼と話す機会が幾度かあった。

 

「……そんな素振りは、まるでありませんでしたがねえ」

 

ジェイドにとって、レプリカとはその存在自体が己の罪の証。順当な評価として常に冷静であれる自分が、唯一そうあれないのがレプリカのことだ。

 

正直に言えば、罪の証であるルーク――完全にレプリカであると確証が取れた彼と近しい距離にいれば、感情的にならずにいられる自信はなかった。

 

だと言うのに、彼は――

 

「ルークは、いつも全力だったから……」

 

「全力、ですか」

 

「ひっ! ……あ、あの……ルークは昔より、えっと、今の方が大事って言ってました。だから……」

 

隠れるようにぬいぐるみを抱きしめ、脅えながらも答えたアリエッタ。先程のガイの余計な発言が原因のそれを、ジェイドはなるべく刺激しないように静かに理解したと頷いた。

 

――結局のところルークは、出生よりもその後を重んじたのだろう。

 

たったそれだけのことだが、それは難しい生き方だ。少なくともジェイドは、ルークのように無意識にそれを行動で示せる人間を知らない。

 

――どうでもいい。そう言ってルークが、レプリカであることなど気にもせず、ただ在るがままに彼らしく生きた。

 

ジェイドは、ただひたすらその事実に――

 

「それで、プレゼントの感想は?」

 

「私の手には余りますよ、これは。まったく困ったものです……本当にね」

 

――救われた気がした。

 

「そう。よかったね、ジェイド義理パパ」

 

「シンク君、先程から君はどうもはしゃぎ過ぎのようですね。あなたが言うと、まるで冗談になっていません。寒気がするのですが」

 

わざわざ壁に刻まれた文字の下まで行って、該当する箇所に指を差しながら言ってくるシンク。身を削ってまで人をからかう姿勢に、自然と頬がひきつる。

 

「まさか。僕だってもう不義の子なんて出生、大して気にしてないさ。今は食べたり遊んだり賭けたりするのだけで一杯一杯だからね、ジェイド義理ママ」

 

「働け」

 

閉口してしまったジェイドに代わり、リグレットが冷ややかに吐き捨てる。確かに参謀総長という役職の人間にあるまじき台詞ではあった。

 

「それにしても……うん、良いものが見れたよ。あのジェイドがここまで感情的になるところなんて、そうそう拝めないからな」

 

「おやおや。愛しのルーク様からの私宛ての盛大なプレゼントが、そんなにも気に入りませんか。男の嫉妬は醜いですよ、ガイ」

 

「ぐっ……」

 

にやけるガイに笑顔で返せば、ガイは気まずそうに視線を反らす。何時も遊ばれている仕返しには丁度いい機会だと思ったのだろうが、ジェイドは何時までも醜態を晒しておくつもりはなかった。

 

冗談半分の返答だったが、実際に半分は図星だったらしいガイ。悔しそうに舌打ちをしていた。

 

「まあ、俺も色々と沢山貰ったからいいさ」

 

しかし直ぐに笑顔を取り戻し、ルークが使っていたという傷だらけの部屋を見回して、穏やかに言った。

 

「――あいつに教えられたんだ。精一杯頑張って、今を楽しく生きないとな」

 

「そうだな。私もルークが残してくれたこの新しい命と共に、強く生きていかなければ」

 

小さく拳を握るガイに、慈愛に満ちた微笑みを浮かべるリグレットが、腹部を大事そうに撫でながら頷いて見せた。

 

――瞬間、空気が凍った。

 

ジェイドは思い出す。狂いそうになる思考を死ぬ気で正し、たった今リグレットが言った言葉を思い出す。

 

彼女は何と言った?

 

お腹を優しく優しく、大事そうに撫でながら何と言った?

 

――コノ……アタラシイ、イノチ……――

 

 

ギギギギ……と、錆び付いたような音を立てて首を横に動かすガイ。穏やかに自分の腹部を見つめ、そして優しく撫でるリグレットの顔に、ガイの真ん丸に見開かれた瞳が据えられる。たっぷり五秒間固定された瞳は、再び錆び付いたような音を立てて、首ごと彼女の腹部に向く。

 

「お、お腹、ル、ルルルーク残した……子」

 

片言で呟いて、大量の汗を額から流すガイ。自分で言ったことに自分で何度も頷いて、そして絶叫した。

 

「ま、孫だーーっ! 俺の孫だ、孫だーーっ!」

 

歓喜の声を上げてリグレットに走り寄り、滑り込みながらお腹に耳を当てる。そして再び絶叫。

 

「ガイおじいちゃんでちゅよーっ! 元気か、元気に育ってるか、君のおじいちゃんでちゅよーっ! リグレット、リグレット、名前は? 名前は決まってるのか? 何時だ? 俺の孫は何時生まれるんだ? 俺が君のおじいちゃんでちゅよーーっ!」

 

ガイはリグレットの腹部に耳を当てたまま、至極真剣に叫んでいた。明らかに間違っているが、何故か自分をおじいちゃんおじいちゃんと言い続けるガイは、何時になっても返ってこない返答に顔を上げる。

 

「――やはり貴様、私とルークをそういう目で見ていたのか」

 

見上げた先には、極寒のアイスブルーの双眸。極寒なのに、その奥は煮えたぎっていた。

 

「え? 何を……」

 

「一つ聞くが、ルークはいつからいない」

 

「え、い、一年前だけど……俺の孫はいつ……」

 

「そうかそうか、私はそんなに太って見えるか」

 

「え? え? いや、俺の孫は大きく……」

 

「人の話を――」

 

ひたすら首を傾げて混乱しきっているガイを、リグレットは憤怒を理性で覆い冷たく弊倪する。

 

そして次の瞬間。

 

「――聞けっ!」

 

ガイの身体が吹き飛んだ。

 

腹筋にめり込んだ左膝、そして浮いた身体に一瞬の間もおかずに叩き込まれた左の踵。綺麗に膝蹴りからの前蹴りを食らったガイは、蹲って悶絶していた。

 

「勘違いしているに違いないから言っておくが、私とルークはそういう関係ではない。頼むからあんな嘘に食い付いてくれるな」

 

……少し怖かったわ。

 

最後に自分の身体を抱きしめるように腕を組んで、リグレットはそう小さく呟いた。

 

――危ないところだった。

 

自らを祖父と称するガイに対抗して、壁に刻まれている文字までを利用してルークの親権を主張し、並びにリグレットとその子供をマルクトに招待して立派に育てようと画策していたジェイドは、危ないところだったと額から流れる汗を拭う。

 

リグレットは勘違いするなと言うが、勘違いしてもおかしくない流れだったのは確かだ。彼と彼女のやり取りを見ていたジェイドとしては。

 

「ていうかさ……何であんたがおじいちゃんになるわけ?」

 

「ル、ルークは、俺の自慢の息子だ」

 

「いや、あの真実味溢れる嘘で混乱するのはギリギリ分かるけど……息子じゃないよね」

 

「な、なら俺は、叔父さんで……いい」

 

「あ、死んだ」

 

呆れた様子のシンクに苦しそうに答えて、ガイは蹲り腹筋を押さえたまま首を落とした。

 

いそいそとガイに駆け寄り、治癒術をかけようとアリエッタが詠唱を始める。それを横目に、ジェイドはシンクの言葉に眉をひそめているリグレットに言った。

 

「おかしいですねえ、私もついつい信じてしまったのですが。彼と随分と親しいようでしたから」

 

「あなたも人が悪い。私から言ったとはいえ、かなり恥ずかしいのだから、その嘘でからかうのは止めて欲しい」

 

本気でその嘘を信じてしまったのだが、幸運にもそのことに気づいていないリグレットに、ジェイドは小さく頷いて見せた。

 

彼女の様子から推測し、ジェイドは尋ねる。

 

「あなたにとってルークは、弟のようなものだったのですか?」

 

「弟……そう、だな。死んだ弟とは違い、世話が焼ける弟で――世話を焼いてくれる弟だ。昔は弟に面倒をかけることなどなかったのに……どうもルークにはな」

 

そっと溜め息を吐いた後、リグレットは腰から木刀を引き抜きジェイドに差し出した。

 

「そろそろ本題に入ろう。せっかくダアトまで来たと言うのに、こんな薄暗い部屋で何時までも話し続けるのは無駄でしょう」

 

「そうですねえ、イオン様とアニスにも挨拶に行かなければなりませんし」

 

言いながら近づき、柄に譜陣が刻まれた、手入れの行き届いた木刀を、触らないように観察する。

 

ルークが死んで、一度木刀をアッシュに持たせたことがある。木刀は音素振動数に反応すると推測していたが、実際には違った。

 

ルークと全く同じ存在であるアッシュでも、そしてルークと同じレプリカであるシンクでも、やはり木刀に触れば音素を吸いあげられる。

 

どういう原理か解明できないが、ルーク以外には扱えていない。

 

だが一人例外はいる。

 

「リグレット。やはりあなたは何ともないのですか?」

 

「今のところ害も、何の反応もない。私が音素を込めても何をしてもだ。絶対に折れない、そういう意味では便利なただの木刀だな。……ただ、ある程度距離が開けば、勝手に戻ってはくるが」

 

反応もしない、危害も加えない。ルーク以外には応えず、預かると言った彼女には害を加えない。

 

これではまるで、木刀が意思を持っているようではないか。しかしそれはないと、ジェイドは知っている。一年前、ルークと共にベルケンドで木刀を解析した結果は、本当にソイルの木を削っただけのものだったのだから。

 

「殆ど諦めてはいましたが、これはもう迷宮入りが確定したかも知れませんね」

 

木刀に触れて体内の音素が吸収されたのを確認し、もう結構です、とジェイドは頷いて見せた。

 

「次は譜銃のことだが……まだ直接礼を言っていませんでした。改めて礼を言わせてもらいます」

 

「いえ、構いませんよ。鼻垂れディストの作品ですが、まあ中々得るものもありましたし。こちらこそ技術提供感謝します」

 

懇切丁寧にお礼の品と手紙を送って来たのに、それでも律儀に深く頭を下げるリグレットに、ジェイドは笑顔で返した。

 

得るものもあったと言ったが、しかし実際は無いに等しい。ディストが作ったという譜銃は、かなり単純な構造をしていた。作りが単純なだけに、使う人間にかかる労力が大きく、ありていに言えばある程度才能がないと役に立たない。

 

ジェイドがリグレットに頼まれてした改造と言うのも、ただ譜銃全体の強度を上げ、内部の材質を譜術や音素力に強いものにしただけだ。後はせいぜい、強度に合わせて大きくなった譜銃に、近接戦闘用のギミックを加えた程度。

 

「それで、何の為の改造だったのですか? 前のままでも、人が一度に扱える音素力には堪えれる設計だったはずですが」

 

リグレットが取り出した、銃底が純白のガードで覆われている譜銃――前の物とデザインも構造も殆ど変わらないそれに、ジェイドは改めて首を傾げた。

 

背を向けたリグレットが、部屋の中央に向かって歩きながら口を開く。

 

「戦艦についている砲台があるでしょう? あれと同じことをやる為に、念のため強度を上げられるだけ上げておこうと」

 

「ああ、譜術を打ち出すということですか。それなら確かに前のままではきついですねえ。しかし、それはまた……」

 

タルタロスなどの戦艦についている、譜術を打ち出す砲台。あれは単に、術者が安全な戦艦の中から譜術を放つためのものだ。外にいるなら普通に譜術を使えばいいのだから、譜銃でそれをやる意味はまるでない。

 

言い澱んだジェイドに、リグレットは譜銃を両手に構えて僅かに口元を眦を吊り上げて見せた。

 

「死霊使いジェイド――手合わせ願えないだろうか?」

 

「なるほどなるほど。百聞は一見に如かず、と言うわけですか」

 

壁の落書きを見せるのもあったのだろうが、それでもやはり連れて来られた場所は訓練所だったのだ。予測はしていたが、最初からこうするつもりだったらしい。

 

ガイにでも相手をさせようかと様子を伺って見たが、女性恐怖症かつフェミニストな彼には無理そうだ。今は震えながら、アリエッタの治療を受けている。

 

「まったく。先程は普通にリグレットに触れていたと言うのに……」

 

「どうかされましたか?」

 

「いえ、お気になさらずに。それよりも私は構いませんよ、手合わせのこと」

 

前に掲げた腕に意識を集中させ、分解していた槍を再構築する。右手で掴んだそれを下に払い、ジェイドは思考を切り替えた。

 

この一年で、封印術は完全に解除した。ほぼ何も出来なかったあの最後の戦いを思い、訓練も積んできた。しかし、一年前の毎日が戦闘だった時期に比べ実戦が少ない分、圧倒的に密度が低い。

 

ここらで一度、普段は相手に出来ない人間――予測できない敵との戦いの勘を取り戻しておいた方がいい。

 

「へえ、意外だね。しかも結構乗り気そうじゃないか」

 

「総長殿たっての願い出を断るなど、私には恐れ多くてとてもとても。若い者に任せたいというのが本音ですよ」

 

「まったくそうは見えないけどね。まあ、適度に頑張って」

 

二人から離れるシンクが面倒くさそうに手を振ったのを合図に、ジェイドとリグレットは同時に詠唱を始めた。

 

『唸れ烈風、大気の刃よ切り刻め……!』

 

『仇なす者に、聖なる刻印を刻め……!』

 

――タービュランス――

 

フォンスロットを解放、音素を収束。先に譜を紡ぎ終えたのは、ジェイドだった。

 

詠唱の終盤に差し掛かったリグレットを、高速で発動された第三音素譜術が襲う。

 

リグレットの頭上に顕現された深緑の風が、一瞬の間もおかず無数の刃と化して空間を切り刻む。

 

「きましたか……!」

 

リグレットを中心とした空間に降りていた刃の帳が爆ぜ、小さく穴が開けられた。

 

譜術を突き破った光弾は、大きく後ろに飛びながらジェイドが槍から放った音素と衝突し、その内包していた現象を展開する。

 

――エクレールラルム――

 

地に十字に第六音素の光が走り、浮かび上がった譜陣から攻撃性を持った光がその十字に沿って放出された。

 

既に範囲から逃げていたジェイドは、未だ発動している術の向こう――同じく後ろに飛んで術を交していたリグレットを目を細めて弊倪する。

 

床に片膝をつき、銃口をこちらに向けているリグレット。その攻撃は普通の譜術砲撃と何ら変わりはない。

 

――変わりはないはずだが……と、ジェイドはしかし僅な違和感に眉を寄せた。

 

続け様に三発撃ち込まれた音素の弾を横に避け、彼女との距離を詰める。疾走する間にも的確に狙い撃たれるが、障壁を張り強引に突き進む。

 

右足で地を踏みしめ、槍を突き出す。腹部を狙った速さを重視した一撃は、しかし斜めに一歩踏み出した彼女に紙一重で交される。

 

「はあっ!」

 

槍を引き戻さず、踏み込んだ足に体重を乗せ、右足を軸に全身の回転と共に槍を振るう。リグレットは右の譜銃でそれを防ぎ、その反動を利用しながら後ろに飛ぶ。

 

『――聖なる槍よ……』

 

詠唱を止めようと追撃しかけたが、しかし後ろに跳躍している状態からもこちらを狙う銃口を視認し、思い止まって障壁を展開する。

 

譜銃は少量の音素を溜めておける構造だった。譜術発動の準備中でも引き金を引く程度は出来る。

 

『――――敵を貫け……!』

 

展開した障壁を叩く音素の弾丸。その向こうでは着地したリグレットが譜を紡ぎ終えていた。

 

――ホーリーランス――

 

左手を添えて固定された右の譜銃から、第六音素譜術の白光を放つ槍が続け様に四本放たれる。

 

素早く展開した対譜術障壁が、凄まじい威力の光属の槍によって削られる。破られそうになる障壁に音素を送り込み、術が消えるまで堪えきった。

 

「む……あれを防ぐとは」

 

「はははは、こちらも中々危ないところでしたよ」

 

「……涼しい顔をして何を」

 

貴方は化物ですか……と、リグレットは辟易したように呆れていた。

 

ジェイドは目の前の空間――まだ譜術の残骸である音素が残っているそこに意識を集めながら、そんな彼女に聞く。

 

「第七音素ですね?」

 

先程しのいだ第六音素譜術に、第七音素が含まれていた。ジェイドは第七音素譜術士セブンスフォニマーではないが、気を付けていれば感知くらいはできる。

 

「……一年前の戦い――あれへの対処方と言う訳ですか」

 

「そういうことになる。幼稚な発想だが、実際のところ私には他の手が見つけられなかった……有効かどうかさえ怪しい手だと言うのに」

 

手元の譜銃に目を落とし、リグレットは首を横に振った。

 

仕組みとしては単純。おそらくは第七音素のみで弾丸を構成し、それを譜術と共に打ち出す。後は勝手に第七音素が譜術に溶け込むのだろう。

 

――……まあ、実行するのが簡単かどうかは疑問ですが……。

 

良く手入れはされているが、もうかなり摩耗してしまっている譜銃。それを見ながらジェイドは、含みのない微笑を浮かべた。

 

「有効だと思いますよ。あの時ヴァンは、第七音素だけは操れていませんでしたから」

 

あの渦巻く音素の障壁を、譜術で撃ち抜けるかは定かでないが、それは彼女もわかっているだろう。

 

「なあ、リグレット」

 

復活したガイが、壁に背を預けて首を傾げて見せる。

 

「それって普通の……ヴァンのような奴と戦う時以外でも、何か役に立つのか?」

 

譜銃を後ろのホルスターにしまい、リグレットはガイに向きなおり言葉を紡ぐ。

 

「言っただろう。私は――」

 

「教官!」

 

しかしそれは、突如明け放たれた扉が立てた音と、飛び込むように入って来た亜麻色の長い髪の少女――ティアの声に掻き消された。

 

「緊急事態です、ホドとアクゼリュス崩落地点から――いえ、とにかく三人共会議室へ! 師団長並びに部隊長には既に招集をかけています!」

 

尋常ではないティアの焦りように、シンクがアリエッタの手を引き走り出し、リグレットも走りながら鋭く問う。

 

「最悪の状況か?」

 

「はい、考え得る限りでは最悪……教官の危惧していたことです!」

 

返しながら、先に部屋を飛び出したシンクとアリエッタを追うティア。リグレットは扉の前で止まって、向き直って最敬礼を取った。

 

「カーティス大佐、ガルディオス伯爵――我々に協力して下さい」

 

「な、協力って……大丈夫なのか? 俺達は部外者だけど」

 

「いいえ、あなた方は関係者です。この世界の誰よりも」

 

敬礼を解き、リグレットは色が変わる程強く、拳を握りしめる。

 

「今より起こることは一年前の続き――世界の崩壊なのだから」

 

一年前の続き、世界の崩壊。

 

――つまりそれは、そのままの意味――そういうことなのか。あの悪夢が、繰り返されるというのか。

 

「…………っ! わ、わかった、急ごう! 良くわからないけど、とにかくかなりやばいんだな?」

 

色めき立ったガイが頷き、既に部屋を出たリグレットに続く。

 

ジェイドも走り出そうと足を踏み出した瞬間、床が高い音を立てて鳴った。

 

床を転がる白い物は、ポケットに入れたままにしていたシンクの賽。中に重りを入れていたせいか、それは落下の衝撃で割れてしまっている。

 

「これは……」

 

「大佐! 何やってるんだ、早く行かないと!」

 

扉の向こうから急かすガイの声に応えず、ジェイドは暫し賽を凝視する。

 

脳裏をよぎるのは、シンクの言葉。

 

――サイコロは六までしか出ない――

 

それは絶対で、覆すことは不可能で――この世界の真理。

 

しかしジェイドの視線の先、床に転がる割れた賽は、示していた。

 

黒色の点の六の面と、朱色の点の一の面――存在しないはずの七を。

 

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