TOA ~突き進め、我が道を!~   作:あきあ

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第二話 世界の真実

簡単に簡潔に、誰も間違いようもない程ありていに言ってしまえば、人類の敵とは即ち――世界そのものだった。

 

何故世界が人類を敵視するかと言えば、それは戦争戦争と幾度も欲にまみれた愚行を長きに渡って続けて来た、近い将来にこの星を蝕み滅ぼす人類を、世界が世界の為に先に滅ぼしちまおうという防衛機能、どう考えても人間が悪いじゃんってな感じの、自業自得を絵に描いた実に簡単な話だったのだ。

 

でもぶっちゃけそれは、およそ二千年前、ローレライという世界に対を成すとも言える存在と、ユリアというどうしようもない異端がこの世に生まれ落ちた瞬間までのお話。

 

あろうことかこのユリアという最低最悪悪逆無道に更にもう一つ最悪を付け加えても到底足りない程最悪な人間は、この世界を構成する根本である六つの音素を統合した第七音素――言い換えれば六つに分かれたこの世界そのものを統合し直したものから寸分違わずに読み取った情報を、常人では到底不可能な演算をすることにより、完全完璧に未来に起こることを計算してしまうことが出来てしまったのだ。

 

それは、一に一を加えれば二になるが如く、林檎が熟せば木から落ちるが如く、同時点に存在する全ての事象を認識出来ていれば、次の瞬間に存在する事象は自ずと全て予測出来るという、誰でも思いつくし言うのも簡単だが、絶対に実行不可能な異端そのものの理論。

 

だから世界は考えた――そう、考えたのだ。考えるという機能を持たなかった世界が考えて、つまり曖昧ながらも意思を持ってしまったのだ。このままでは、あの愉快犯によって人類は生き延びるかも知れない――と。

 

それが、単純な話がこれ以上無い程にこじれた原因。

 

意思を持った世界の危惧通り、人類滅亡を知ったユリアは、第七音素意識集合体ローレライとともに、人類滅亡を材料に自分の娯楽――ゲームを構成しようとした。

 

世界を再構成した存在にして世界と対を成す存在であるローレライと、そのローレライと相性が良すぎ、そして異常な程優れ過ぎた、世界にとっての異端であるユリア。

 

世界の理から外れているが故に、ユリアが狙って行動を起こせば世界の未来を幾つにも枝分かれさせることが出来る性質を利用し、ユリア自らが死んで世界に干渉出来なくなった後、自らのその特殊性が何らかの形で半永久的に残っていれば、自らとまた一部で性質を同じくする人類の間で無限とも言える乱反射が起こり、未来の可能性の枝もまた無限に広がるのではないかという仮説を立てた。

 

そのユリアの特殊性を半永久的に残すものこそが、惑星預言プラネットスコアと呼ばれるものの雛形だったのだ。

 

しかし実はユリアの特殊性を持ってしても、どんな道筋をたどっても人類は滅亡する。それどころかそれぞれの道筋は些細な違いしか持たず、大筋はまるで変わらない。特に二千年の後に、それは完全と言っても差し支えない程に一つの道に収束したのだ。即刻滅亡へと繋がる道へ。それはおそらく、プラネットスコアによって広げられた無限の道筋にも当てはまる。

 

だからこそ面白い――そうユリアは語った。二千年の後、つまり俺達の時代にユリアが導き出した未来から脱却すれば、ユリアはそれをゲームにおける自らの勝利と定め、そうなるように仕向けたプラネットスコアを後世に託したのだった。

 

――以上が語られなかった、時代の真実、歴史の裏話。ユリアの暇つぶしのためだけに始められた、しかし人類の生存を賭けたプラネットスコアを軸とする物語の始まり――だったのだが、実はまだとんでもない裏があったのだ。ユリアでさえ知らなかった、ユリアをも欺いた裏が。

 

話は意思を持った世界に戻る。実はこの世界意思、意思を持つ前と違い、世界に干渉しだしたのだ。しかも世界が意思を持つなど誰も知らず、更に知られないように気づかれないように――つまり世界が世界にそう暗示をかけて、干渉し出したのだ。

 

一度ユリアが勝つように仕組んでおいて――二千年後に俺達がユリアとローレライが見た未来を覆すように、裏の裏からほんの少しだけ干渉し続けて、ユリアという異端の妨害が無くなった後、安心して人類を滅亡させるという、とんでもなく壮大で面倒な計画が二千年の昔から実行されて来たのだった。

 

流石世界、スケールが違うぜ。

 

以上が裏の裏の話、未来永劫物語られるはずがなかったふざけた物語。そしてその物語の書き手こそが、ローレライの対を成す存在にして世界そのもの、名付けて――『第零音素意識集合体オールドラント』というわけである。

 

「…………で、非っ常ーに言い難いんだが、実はまだ続きがあるんだよな、これが」

 

もう葬式並に重たい空気で、いい加減にそろそろ終れよ、と全身で表現してる頭が痛そうなイオンとファブレ公爵を加えた一年前のメンバーに、俺はもう完全に開き直って笑ってやった。

 

「その壮大な計画、全部俺がぶっ壊しちまったらしいんだ。自分でも知らない間に、うっかりと。いや、マジで」

 

「…………」

 

ゴツン、と音がした。

 

それで本当に私とローレライが生まれる以前は未来が決まっていたかと言うことだけれどそれを考えるに当たって欠かせないのは量子の問題七歳児のあなたでも聞いたことはあるでしょう「サザンクロスのチーグル」箱の中にはチーグルが死んでいる世界と生きている世界の二つが同時に存在しているというあれでお馴染みの拡散的値を取るため正確な位置の観測が出来ないという何よ私の話をちゃんと聞いてくれたっていいじゃない何でそんなに怖い顔してるのねえローレライどうしようルークが私をいじめるわえ?何?ちゃんと聞いてくれるのありがとうなら続けるわそれでその量子の問題だけれど実は量子とは同次元で全く別の対を成す音素が発している極微弱な振動波で拡散的にではな

く誘導された値を取ることがわかっているのだからまたその極微弱な音素振動波を辿れば量子の観測も可能なのよねえローレライルークが私を無視して寝るのひどいわ何で寝ちゃうのよえ?何?卵が先か鶏が先かを考えるのに忙しいの?そんなのこの星に生まれた最初の生命体が先に決まっているじゃないあなたも進化論を聞いたことがあるでしょうでも今はそんなことどうでもいいの話を戻すけど世間には全く知られていないけどちゃんとしたロジックも組み立てられて実証されているわ私とローレライによってね何で世間に公表しないかというとだってその音素による誘導性自体もローレライや他の音素意識集合体にによってのみ観測されるから人が知っても意味はないの理解も出来ないしねなら自ずと量子も人にとっては拡散的値を取っているのと変わらないでしょなら今から少し量が多いけど数式を使っての説明に移りましょうかまあ多いといってもノート一冊程度の情報量に押さえたから安心し――――

 

以下延々と数十時間続いたユリアの長話は省略、話さない。とりあえず俺がそれを聞いた後に出した結論が、「ユリア死ね」というたった五文字だから、まったくその話は重要ではないのだ。絶対に。

 

理解出来ないとかでは、絶対にない。

 

で、現実逃避もそろそろおしまいだ。

 

俺の最後のとどめの言葉を聞いたアリエッタを除く皆は、無言で机に突っ伏していたりする。

 

何となく予想はしていたけど……うん、何なんだろうな、この微妙な気持ちは。

 

膝の上でひたすら首を傾げているアリエッタの頭を撫でてやりながら、グラスの水で喉を潤す。

 

流石エンゲーブの水だ、話してるうちに思い出してしまった地獄の記憶で汚された心が、清められるように美味しい。

 

「まあ、なんだ。昨日のあの化物が第零音素意識集合体……これはまあローレライの反対ってのを強調してるだけで、実際は意識集合体って言った方が正確なんだが、とにかくあれがオールドラントってわけだ。ちなみにあいつも核にされてるヴァンもまだ生きてるから、そのつもりでな」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

誰も反応してくれない。せっかく漏洩を防ぐために、厳重な警備まで敷かせたエンゲーブのローズさん宅に厳選したメンバーを押し込みまでしたのに、これじゃあ何か損した気分だ。

 

「まあオールドラントも無理してこっちに出てきた上に、またしても俺に見事に半殺しにされたから、また人類に一時の猶予が出来たわけだな。俺のお陰で。ってなわけで、めでたしめでたし」

 

笑顔で語り終えた俺を、むくりと頭を起こしたリグレットが半眼で見つめる。

 

「私にはお前の存在がなければ、上手くいけば私達の代までなら天寿を全う出来たと聞こえてならないのだが」

 

「おう、良くわかったな。実はその通りだ。そういう訳でごめんなさい、ほんとなら人類滅亡は八○年後からでした」

 

一瞬でバレてしまった真実に、俺は素直に謝った。やりたくてやったんじゃないが、事実なので仕方ないのだ。マジで泣きたいぜ。

 

「だが、お前の存在がなければ人類は確実に滅んでいたのだろう? 滅亡を回避出来る可能性がある今の方が、私は遥かにいいと思う」

 

しかし一転してそんなことを言ってくれたリグレットに、ティアが首を縦に振って同意する。

 

「私もそう思うわ」

 

「アニスちゃんもそっちに一票だよ。だって八○年後って、子供や孫がいたら大変だもん。ねー、ナタリア?」

 

「ええ。私達の子供に、辛い思いをさせたくはありませんわ」

 

「な、ほんとか……ほんとなのか……?」

 

アニスとナタリアの口から飛び出して来た言葉に驚愕し、俺はうろたえ気味に皆を見渡した。しかし俺の思いとは裏腹に、皆は揃って頷く。

 

……そんなバカな、本気で言ってんのかよ、こいつらは。

 

否定はしたいが仕方ない、現実は受け入れよう。こっちではたったの一年だが、それでも確かに皆は歩み続けていたのだ。

 

俺は一つ大きく溜め息をつき、それでもやはりちょっとした嬉しさから笑って、ナタリアとアッシュに向かって頷いた。

 

「よかったな、アッシュ、ナタリア。おめでとう、名前はなんていうんだ? 男、女? どっちに似てる? 隔世遺伝でラルゴ……ってのは流石にないよな?」

 

「死にやがれこの屑がぁああああ!! どんな勘違いだ!!」

 

贈った祝福の言葉に、アッシュの激怒と横に振られた剣が返って来た。俺はともかくアリエッタが危なかったので、テーブルを蹴って椅子ごと後ろに滑って避けた。

 

「え、違うのか? だってナタリアがそんな感じで言ってたぞ」

 

「例えだろうがあれは!! 俺達はまだ結婚もしてない!!」

 

「ふーん。何だよ、ちょっとわくわくしてたのに。果てしなく興ざめだぜ」

 

「うるせえよ!!」

 

半分以上照れ隠しで吠えるアッシュ。どうやら一年たっても、やっぱりアッシュはアッシュのままだった。ナタリアの微妙な天然さもそのままだ。

 

案外みんなもこんな感じで、大して変わってないのかも知れないと考えると、何だか少し安心した。

 

ふと、鋭い刺すような視線を送るリグレットと、気まずそうにそれに苦笑しているガイが目に入ったので、アッシュから逃げる為の手段として使うことにした。

 

「で、ガイとリグレットは何してんだ?」

 

「い、いや……そのネタに嫌な思い出がな、ちょっとだけ」

 

「ネタって、意味わかんねえぞ」

 

おどおどしてリグレットの様子を伺いながら答えるガイ。何だか妙に気になって仕方がない。

 

「どういう意味なんだ?」

 

「これは私とガルディオス伯爵の問題だ。お前には関係ない」

 

「…………まあ、大した興味もねえし、どうでもいいんだけどよ」

 

関係ないって……いや、まあその通りなんだが……。

 

あからさまに隠し事をされてかなり苛ついたが、何とか直ぐに気を取り直して脱線しすぎた話を戻すことにした。

 

「じゃあそろそろ、聞きたいこともあるだろうし、幾らでも質問してくれていいぞ。一回に質問は一つずつな、公平に」

 

「なら私から」

 

そう言った瞬間に、今か今かと待ち構えていたジェイドが挙手し、周りに無言の圧力をかける。大人気ないを通り越した、汚い大人的な手段だった。

 

「ルーク、あなたが持っている武器についてですが、剣の方はローレライの鍵ですね?」

 

「ああ、合ってるぞ」

 

「では木刀についての説明をお願いします。大譜歌による召喚の要は、鍵ではなくその木刀のようでしたが」

 

「あー、正確に言うとあれ、ちょっと召喚とは違うんだ。俺もよくわかってないんだけどさ、木刀の譜陣と譜歌で小さいプラネットストームを作って、新しく出来た第七音素を俺の身体の材料にしたんだってよ」

 

「木刀の制作者は?」

 

「ユリアとローレライ。お前らチーグルのミュウって覚えてるか? いつの間にかいなくなってただろ、ユリアに命令されたローレライがミュウを操って……つーか中に入って、人間に変装して作ったんだってよ。俺が一回死ぬのを疑いもしないで」

 

「どうやってユリアは木刀を作らせるに至ったのですか? 彼女は死人では?」

 

「幽霊みたいなもんだよ、音素だけの。小さい音素意識集合体みたいなもんだ。ちなみに俺もその状態でローレライに保護されてた。で、ユリアは俺が計画狂わすまでは、用心深いオールドラントに完全に停止させられてたんだ、存在自体を。本気であの規格外なら、死んだ後にも何かしでかしてただろうからな。まあ結局それが裏目に出て、計画が狂ってオールドラントに隙が出来た瞬間に逃げられて、ローレライの中に潜り込まれたんだがな」

 

マジで狂った野郎なのだ、ユリアは。あいつなら、絶対に不可能なのに何故か自力で死ぬ間際にローレライの一部にでも巣食っていただろう。本人もそういうことをやろうと考えた瞬間に、オールドラントに干渉されたと言っていたし。

 

「……つーかジェイド。俺、質問は一回に一個って言ったよな?」

 

「私はあなたの武器についての質問しかしていませんよ。あなたの説明が不十分だったので、その都度詳細を求めさせて頂きましたが」

 

「…………」

 

……この鬼畜眼鏡め、とんでもない拡大解釈だな、それはまた。

 

とてもいい笑顔で言いきってくれやがったジェイドを睨みつけるが、その笑顔はまるで揺るがなかった。

 

まあ、当然と言えば当然の態度だ。ジェイドが睨まれたくらいで反省したら、それはもう病気に違いない。

 

俺は溜め息を吐いて、そういえばと切り出した。

 

「さっきは何でもって言ったけど、ユリアとローレライのことには触れないで欲しい。あいつらはあくまでモブ、死人と存在レベルから違う奴だから、出来るだけこの世界に生きてる俺らが関わるべきじゃないんだ。わかるな? つーかわかれ」

 

「でもさ、ルークはかなり二人と関わってたんでしょ? 木刀からしてそうだし……ていうかあの死にかけの爺さん、そういう仕組みだったわけか」

 

「俺はあの時から、ある意味死んでたからいいんだよ。昨日までは完全に死んでたしな。はい、そういう訳で他に何かあるか?」

 

胡散臭そうに聞いてくるシンクを適度にあしらい、無理矢理話の方向転換。ぐるりと見回してみると、みんなは何処かそわそわしながら、ひそひそやり初めた。

 

「ねえほら、ガイの出番だよ」

 

「む、無茶を言わないでくれ! ここは担当のティアがばしっと」

 

「えっ!? な、何で私が。アニスが聞いたらいいじゃない」

 

並んで座るアニス、ガイ、ティアが押し付け合いを展開する対面では、ナタリアがラルゴに期待を込めた瞳で無言で訴え、何かを迷うようにラルゴが悶え苦しんでいた。

 

ジェイドとファブレ公爵とシンクは無言でプレッシャーを放ち、極めて平和的な思いやり溢れる譲り合い。そんでアッシュは、れぷりかころすれぷりかころす以下エンドレス、と未だ怒ってるらしく一人で呟いたりしていた。

 

うん、意味わかんねえ。アッシュは間違いなく病気だとして、他の皆が何を聞くことに躊躇っているのか、少々判断をつけかねる。

 

「オールドラントが何時また攻めてくるかは、俺も知らねえぞ。あとは……そうだな、星の記憶か? あれなら何の属性も持ってないっていうか、使われて属性を失なった音素の成れ果ての塊だ。で、それが時間をかけて、また属性を持っていくわけだな。そういう循環システムがなかったら、音素なんてとうの昔に尽きてるらしいぜ。まあ、振動してないから、記憶粒子が音素と同じだって分かりようがないけど、そこは第七音素が記憶粒子と他の音素の融合体ってのを考えたら分かり易いらしいな、俺はいまいち分かんねえけど」

 

通説の「星の始まりから終わりまでの記憶」ってのは、違うらしい。スコアの存在と記憶粒子が正しく観測、定義できないこと、それに哲学的に予測されていたそういうものの存在から、逆算的に学者が出した間違えた答えなんだとか。

 

そういうものも何処かに存在してるらしいが、そんな簡単にアクセスできるもんじゃないらしい。アカシック……アカシックトー…………なんかそんな名前のやつだ。

 

と、説明を終えてみたら、珍しくジェイドが疲れきった顔をして、虚しい笑みを浮かべていた。

 

「どうしてさっきから、今までの学問を根本から覆すことばかりが、世間話のおまけのような軽さで語られるのでしょうね」

 

「いや、実際俺としてはそんな感覚だし」

 

「あなたは今、世界中の学者を敵に回しましたよ」

 

「いや……それ以前に、人間世界と世界そのものの敵じゃん、俺って」

 

今さら学者が敵に回ってもな……正直、大して敵が増えた気がしない。

 

「ていうか大佐っ! 今はそんなことより、もっと重要なことがあるじゃないですかーっ!」

 

何やら興奮して、叫んだアニスに同意して皆が皆ぶんぶん首を縦に振る。

 

そんなみんなの様子を一人ぽやーっとして微笑みながら見ていたイオンが、現行科学の根底の破壊を『そんなこと』で片付けられ、顔を盛大に引き攣らせているジェイドの肩を、励ますように叩いていた。

 

「んー、みんな元気だな」

 

「だって……ルークが帰ってきたんだもん。アリエッタもね……とっても楽しいです」

 

「そんなもんなのか」

 

「はい、そんなもん……です」

 

「そっかそっか。アリエッタは相変わらず素直で可愛いなあー」

 

ちょこんと横向きに膝にのっているアリエッタの頭を撫でたりして、一緒にのほほんとしていたら、ついにナタリアの期待の眼差しに耐えられなくなったっぽいラルゴが、ぎゃあぎゃあ騒ぐ皆を止めるように大きく咳払いをした。

 

「俺が……俺が行く」

 

「流石ですわ、お父様!」

 

決意に満ちた様子で頷く凶悪な野性味溢れる髭面に、瞳を輝かせた華奢なお姫様が歓声を上げる。野獣と美女を地でいく親子のそのやりとりを聞き、皆は唾を飲み込み何故か俺を凝視した。

 

え? 何? この空気……。

 

「ルーク、何かお前……いや、何で譜眼が消えてるかとか左腕があるかとかそもそも生き返ってるかとか色々あるが――」

 

「――何かこう、身体だけ妙に大きくなってないか?」

 

ラルゴがそう言いきった瞬間、皆が堰を切ったように喋り出した。

 

「何て言ったらいいのかしら……アッシュに比べて背もちょっと高いし……」

 

「うーん、そうなんだよな……顔つきが大人っぽくなったと言うか」

 

「ていうか明らかに成長速度が異常でしょ。身体だけ見たら全部アッシュより成長してるじゃないか」

 

ティア、ガイ、シンクの言葉を聞いて、俺はようやく納得した。なるほど、そのことか。

 

「あー、俺からすればお前等に会うのって、五年ぶりになるんだわ。ユリアに元からなかった十年分の記憶に変わる記録をぶちこまれたりしたけど、それは置いとくとして……簡単に言うと今二十二歳なんだよな、俺」

 

「…………」

 

しばし、沈黙。痛い程の、沈黙。

 

そして。

 

「は……はぁぁぁぁあああああああああああ!?」

 

見事な絶叫だった。

 

「ちょ、え……は? 五年って……ええー? そのわりには性格全然かわってないよ?」

 

「そ、そうよ絶対に嘘だわ! 人間的に成長してなさ過ぎるわ!!」

 

「ルーク! 俺はお前をそんな嘘吐きに育てた覚えはないぞっ! ちゃんとほんとのことを言いなさい!」

 

 

……こ、こいつら……反応がマジだ……本気で言ってやがる……。

 

「に、人間的に成長してねえとかお前等に分かんねえだろうが!! 俺はもう大人なんだ、ガキ扱いすんじゃねえよっ!!」

 

叫んでから、やってしまったと盛大に後悔した。この台詞……そのまんま子供の言うことじゃねえか……。

 

しかし俺は諦めず、ちゃんとあの日々が実在したことを説明しようと口を開く。

 

「う、ウソじゃねえぞ! ひたすら五年間ユリアに鍛えられたんだ! 勝ち組になりたいなら七年間の人生をやり直せとか意味分からんこと言われ…………………………い、いやだ……く、くるな、くるな、くるなぁぁああああああ――――! 殺されてたまるか殺されてたまるか殺されてたまるか殺されてたまるか殺されてたまるか殺されてたまるか! 殺してやる、殺される前に殺してやる!! 殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる! ぶっ殺してやるユリアァァァアアアアアア!!」

 

 

*

 

 

会話の途中から記憶が、何故かぶっつりと途切れてしまっている。気づいた時には、部屋に独り取り残されていた。みんなは何処へ?

 

最後にあの地獄の日々が実在したことを懇切丁寧に語って証明しようとした記憶は残っているが……うん、トラウマが刺激されたのかも知れない。今や俺は、ユリアを見た瞬間に発狂できるまでになっているからな。

 

これからはティアの昔の写真とか見ないように、全力で気をつけよう。

 

新たな決意を胸に、どう考えても俺がやっちまったとしか思えない、もはや原型をとどめてない大きな机の残骸から脱出した。

 

昨日の戦いがあった場所から、アルビオールで一時間ほどかけて北西に移動して到着したエンゲーブ。この町は、いきなり始まった壮大な旅で最初にティアと共に訪れた地であり、同時に俺の犯罪者人生の始まりの地だ。

 

町の代表である恰幅のいいおばちゃんローズさん宅の、表口から入って直ぐの所。ちょうど今俺が立ってる場所こそが、泥棒した後に連続窃盗犯に間違われて突き出された場所。

 

「……とんでもねえ思い出だな」

 

吊された食材や、使い込まれた石造りのキッチンなどを何とはなしに眺めて、当時の光景を思い出して一人苦笑した。

 

「ルーク、起きていたか」

 

「他の奴らはどこ行ったんだ?」

 

後ろからかけられたファブレ公爵の声に振り返れば、元帥用の黒い軍服に身を包んだ公爵がどこか疲れた顔をして立っていた。

 

「仕事だ。しばらくは敵が動かないと判明した今、軍は撤退することが決まった」

 

「あー、そうだったな。あいつらって殆どが軍の上の人間だもんな、のんびりはしてらんねえのか」

 

昨日の戦いで、およそ五万人の兵士が死んだらしい。譜歌の効果で殆ど瀕死の人間が一命を取りとめたのだが、それがなかったら七十万人が死んでいた。それを考えれば、上の人間は休む間もないだろう。

 

ファブレ公爵は俺の横まで来て、窓の向こうの景色に目を向ける。

 

「お前が望めば、キムラスカの将官にもなれる。屋敷にもまだお前の部屋が残っているが、帰って来る気はあるか?」

 

「将官って、無理だろそりゃあ。器じゃねえし軍の仕事もできねえし、それよりも俺は大犯罪者だぞ」

 

「ああ、知らなかったのか。お前が一年前に持ち掛けた取引だが、事情が変わった。今ではお前は、英雄赤い悪魔として称えられる存在だ」

 

「…………は?」

 

…………。…………いや……え……? 英雄って…………は?

 

頭が公爵の言葉を、受け付けなかった。ぶっちゃけ脳がショート中。

 

それから公爵は、一年前に俺が城でぶっ倒れた後に来たリグレット達の話と、俺が死んだ後の世界の話をしてくれた。

 

とりあえず一言。

 

「英雄赤い悪魔って、俺を馬鹿にしてんのか? 何だよその矛盾しまくった存在、童話化とかした奴マジで潰してえんだけど、恥ずかしくて外歩けねえぞこら」

 

犯罪者として生きる方が、何だかマシに思えてしまうのは気のせいであれ!

 

「それで、どうする? 明日にはシュザンヌに、お前の生存の報が届く」

 

淡々と聞いてくるファブレ公爵に、何だか微妙な気持ちで落ち込んでいる俺は、首を横に振った。

 

「いや、遠慮しとく。そんな英雄扱いされてんなら、尚更戻らねえ方がいいだろ。国政とか軍への影響とか、面倒なことになりすぎるし」

 

「家には、戻って来ないのか」

 

「そう言ってくれるのは、嬉しいんだけどな。アッシュのこともあるしさ、正式にファブレ姓を名乗るのはやめとく」

 

相変わらず常に厳しい顔をしている公爵に、どういう態度を取ればいいか少し迷っていた。そもそも今は、聞いた話で頭がいっぱいなのだ。

 

特にアリエッタと約束した敵討ちのことが、色々地核で考えて、俺自身がどうしたいのか分からなくなっていた事の一つなので、ちょっと混乱気味。

 

「血だけが、家族を繋ぐものではない。陛下のお言葉だ」

 

俺の意思を確認して淡々とそんなことを言った公爵が、身を翻して玄関に向かって歩き始めた。

 

「何時でも屋敷に帰って来い、放浪息子」

 

ちょっとだけその言葉に不意をつかれた俺は、しかし直ぐに自然と吊り上がる口角をそのままに言い返してやった。

 

「その時には精一杯もてなしてくれよな、頑固親父」

 

ファブレ公爵――親父は、片手を少し上げて家から出て行った。今度お袋に会いに行くときに、酒でも買って行こうかね。殺戮だらけの青春がいつの間にか過ぎて、ちゃっかり俺はもう成人しちまったからな。泣ける話だ。

 

「……さて、と。そろそろばっくれるかね」

 

犯罪者として死んだ身だから、元から身を隠す予定だったが、世界的大英雄として扱われてるなら、それもそれで隠れとくべきだ。昨日のド派手な登場と戦いで、世界中の兵士達に俺の存在が知られちまったから、英雄扱いに拍車がかかり更に面倒になる。

 

英雄の行く末なんて遥か昔から決まってるし、しかもまだオールドラントとの決着はついていないのだ。死んでるからってことで、めちゃくちゃな感じで俺の名前だけが一人歩きしてるらしいから、今のまま何処かに所属するのは非常に不味い、自由が奪われちまう。

 

「やっぱケセドニアがベストだよな、裏が深いし」

 

「そうだな。自治区と言うのも魅力的だろう、金さえ積めば大抵のことはまかり通る」

 

「そうそう、そこが一番いい。だけどちょっと問題があるんだよな、これが」

 

いきなりかけられた声に顔を上げ、普通に会話するが、正直心臓がやばい。逃亡先が、いきなりバレちまった。

 

だが仕方ないと気持ちを切り替え、新たに家に入って来たリグレットに真面目な顔で告げた。

 

「俺今、一文なしなんだよ。悪いけど十万ほど貸してくれ」

 

「それは無理な相談だ。そんなに貸したら、私が食べていけなくなる」

 

「嘘つくなよ、どうやったら主席総長が生活に困るんだ」

 

「事実だ。私の口座には一ガルドたりとも残っていないし、今月の生活費もギリギリだ。明日からはパンの耳が夕食になる予定だ」

 

リグレットは大真面目に言いきった。俺はかなり戸惑う、またしても意味が分からん。しかし直ぐにさっきの親父との会話を思い出し、気づいた瞬間盛大に叫んだ。

 

「――――って、そうか! 俺とヴァンを探してたって聞いたけど、お前そんなに金使ったのかよ!?」

 

 

「個人の資産など、高が知れている。それに情報網はどちらにしろ必要だった、先行投資と同じだ」

 

「…………本気かよ」

 

個人は個人でも、総長の給料ならかなりになる。しかし幾ら注ぎ込んだかとかじゃなくて、どう考えても死んでた俺とヴァンを探そうとしたことが問題だ。

 

二つに割れた教団の紋章が刺繍された後ろの裾だけ長い、以前と同じノースリーブの黒と白の丈の短いワンピースに、股下まである黒いブーツという軍服らしくない軍服。年齢詐称してるとしか思えない、若々しい冷たい印象を受ける精悍な整った顔立ちも、切長の冷え冷えとした怜悧な青い瞳もそのままだし、特徴的な赤いショールも一年前と同じだ。

 

唯一変わったのは、音叉の形をした髪飾りが目立つ頭上で一つに結った金髪が、少しだけ伸びた程度だと思っていた。

 

しかし改めてこうして向かい合ってみると、明らかに痩せていた。以前から線が細かったが、今は心配になるほど更に細くなっている。

 

やはり、ヴァンと一緒に幸せにしてやると約束していた俺が――その俺自身が、目の前で首をへし折ってヴァンを殺し、挙句の果てに欠片すら残さないまでに消し飛ばしたことが、ショックだったのだろう。

 

ヴァンが俺に殺されたという現実を、受け入れられなくても全然おかしくない。あの時、死ぬ間際に見た怒りの表情は、未だはっきりと脳裏に焼き付いている。

 

……罪悪感と、ちょっとした寂蓼感を覚えながら、俺はリグレットに頭を下げた。

 

「ごめんな、ほんとに。約束破っちまって。だけどもう一回約束する。信用してくれなくてもいい。だけど今度は絶対に、リグレットの前にヴァンを連れ戻す。そのために、強くもなった」

 

「謝らなければならないのは私だ。一年前は恐ろしくて、何一つ言え無かった。それに一度覚悟を決めてやったことを、簡単に謝るべきではないと思うが……それでも私は、償いたい」

 

しかし返って来たのは、リグレットの謝罪だった。彼女は何のつもりなのか、俺に柄を向けて細身の銀の装飾ナイフを突き出す。

 

「ルーク。お前には、私を殺す当然の権利がある。だから私の命は、お前が使え。お前の命令なら、私は喜んでこの命を差し出す。例え不可能なことであろうと、それがお前の命令なら命を賭けて実現する。十万も一日待ってくれれば工面しよう」

 

最初は、タチの悪い冗談だと思った。いきなり金を要求した俺に対する皮肉か、約束を破って勝手に死に、更にヴァンを一度殺した俺への嫌がらせかと思った。

 

だけど。

 

だけどリグレットの目は、ただただ本気だった。

 

「……おい。そのナイフは、何のつもりだ」

 

声が、震える。リグレットの瞳から視線を外し、目を伏せる。とても見ていられなかった。冷やすことが叶わない感情が、爆発しそうだった。

 

そしてリグレットは、ナイフを鞘から抜いた。

 

「憎いなら――私を殺して。私は殺されるために、あなたを探していたのだから」

 

「ふざけるなっ!! お前は俺に、お前を殺せって言ってんのか!?」

 

ほんとに一瞬で、何の枷もなく、自分でも呆気ないと思うほどに理性が決壊した。そんなことを思う自分がいると認識できる一方で、勝手に激情に突き動かされた手がリグレットの胸ぐらを掴んでいた。

 

「そうだ。お前は私を殺したいほど憎んでいると、私は知っている。だから、好きにしていい」

 

ぎしりと、全身が軋んだ。心が悲鳴を上げた。

 

「殺してえって思ってたよ! 俺を利用しやがった人間共を、全員ぶっ殺してやりてえって思ってたよ! ヴァンの企みをただ八つ当たりで壊して殺して復讐して、誰にも文句言われねえようにそのためだけに世界を救うなんて言って好き勝手やった後に死のうって自暴自棄になってた俺に――お前が、他の誰でもないリグレットっつーお人好しが、この俺に死に急ぐなって言ったんだぞ!! 教団の食堂で泣いたアリエッタを気遣ってたお前が、俺を利用しやがった人間だってまだ捨てたもんじゃねえって、いい奴らもいるって、そう思わせたんだぞ!! そのお前が俺に、このルークに殺してくれなんて、そんなことを頼むのかよ!?」

 

床に押し倒し、馬乗りになって胸ぐらを掴む。どうして俺に死に急ぐななんて言った奴が、これ以上ないほど死に急いでんだ。どうしてこの女は……。

 

「ならっ! ならお前は、誰のせいであんな悪夢を見るようになった!! 誰のせいで犯罪者になった!! 誰がお前をあそこまで追い込んで、誰がお前を壊したんだ! 全部私のせいだ!!」

 

「だから何だよ!! 俺はお前に謝ってもらう為に、苦しませるために雪山で馬鹿みたいに辛い思いまでして助けたんじゃねえぞ!! いい加減に気付けよ、俺はお前に感謝してるから助けたんだ!! …………お前があの時、死に急ぐなって言ってくれなかったら……俺なんて……俺なんてとっくに壊れてたよ。何一つまともにやり遂げられないまま……とっくに壊れて死んでたよ」

 

 

*

 

 

流石にあれは、なかったと思う。キレてたとかそんな問題じゃなくて、全体的に間違えてたと思う。

 

あのあと結局二人とも無言になって、第三者が見たら俺が首を絞めて殺害してる真っ最中だと勘違いする体制のまま、しばらく過ごした。

 

とりあえず冷静になった後、俺からリグレットのあんな馬鹿みたいな提案を取り下げさせ、俺は約束やぶって更にヴァンを一度確かに殺したことを、リグレットは俺にアクゼリュスを崩落させたことを、それぞれが許し合う方向で決着がついた。

 

だが実際、アクゼリュスのことに、大してリグレットは関わっていないはずなのだ。リグレットがヴァンの副官を務め始めた時期には、既にヴァンの計画は出来ていたのだから。

 

以前聞いた話から考えると、リグレットの弟が死んだ戦があったのがND2015で、今がND2019のイフリートリデーカンだから、リグレットは四年前にヴァンの副官になったのだ。

 

六神将の中でも新参な方だってのは、結構意外な事実である。

 

まあとにかく、俺が生まれたのはリグレットがヴァンの副官になった五年も前なのだから、気に病む必要はあまりないってのに……一年前の俺の行動がそこまで思い詰めさせた原因の一端なのだから、複雑な話だ。

 

今は何時も通りの毅然とした様子で隣を歩くリグレットを横目で見て、俺は気付かれないようにため息を吐いた。

 

朝日の暖かな陽光が降り注ぐ、エンゲーブの緑溢れる舗装されていない大地を歩きながら向かう先は、町の外れにいるはずの火山のドラゴンの所。

 

ダアトを出る前にした、俺が死んだ後に何かあったら、アリエッタとそのおまけのシンクの力になってやってくれ、という約束を律儀に守って、全滅間際の危機的状況を救ってくれた礼を言いに行くのだ。

 

一年中暖かいこの地域の眠気を誘う陽気を浴び、農耕と牧畜だけで成り立っているのどかな町をぼーっと眺める。

 

「なあ、リグレット」

 

「何だ?」

 

「さっきの、らしくなかったよな。俺もお前も」

 

「私はそうだな。だがルークは、前からああいう感じだったぞ」

 

せっかく歩み寄ってやろうとした俺に、リグレットが喧嘩を売ってくる。うん、何時もの調子だ。

 

「だから、俺も成長したんだって。けっこう冷静で理性的な感じに」

 

「私はお前があまり変わってないようで、安心したぞ」

 

「……ったく、ちょっとは信じろよ」

 

二人ともさっきのことは、忘れる方向だ。半眼でリグレットを睨みながら、穏やかに流れる小川にかかった小さな橋を渡り、昔ながらの水車に目をやる。

 

どうにもこの町は穏やか過ぎる。昨日までとギャップがありすぎて、何だか調子が狂いそうだ。

 

「だが、雰囲気は変わったな。服が違うだけでも、随分と大人びて見える」

 

「身長も伸びたって」

 

「そうだな。前は大した差がなかったが、少し開けてしまった」

 

どこか悔しそうに、リグレットは俺の頭を少し見上げて溢した。五センチくらい身長が伸びたから、俺はリグレットを見下ろすことが出来るようになっている。ちょっとした優越感を覚えてにやりと笑ってやったら、冷たく睨み返された。

 

「まあよ、年の差は随分縮まったし、それで差し引きゼロでちょうどいいじゃねえか」

 

「私からしてみれば、両方マイナス要素だ」

 

肩をすくめて苦笑したリグレットに、俺も苦笑で返した。マイナス要素って何だよこら、何でこいつはきつ過ぎる言葉で喧嘩を売ってくるんだ。

 

最初の服が違うだけで――ってのは、まだ納得出来る。腹筋がまる見えだった服から、落ち着いたデザインの普通の長袖の白い服に変わってるから、そう思えなくもない。だが俺は断然腹筋まる出しルックの方がいい、ぶっちゃけ首に巻いてる馬鹿でかいマフラーとかうざいしな。

 

まあそれは置いとくとして、素直に俺の成長を喜べよ……ってな思いが溢れ出る寸前だった。

 

「お、あれティアじゃん」

 

「一通り仕事が終わったのだろう。この調子だと、昼過ぎには撤退準備が整うな」

 

前方の横道をティアが曲がって来たのが見えたので、手を振って声をかけた。ティアの方もすぐに気づいて、リグレットにぺこりと頭を下げて会釈して近付いて来た。

 

リグレットに手短に報告を済ませたティアは、俺に向かって顔を赤らめ、少し恥ずかしそうにうつ向いて聞いて来た。

 

「ねえ、ルーク。さっきミュウのことを言っていたけど、どうして私ミュウのことを忘れていたの?」

 

まずその辺りを聞いて来るところが、妙にティアらしかった。長い亜麻色の髪に、少し幼い感じもする凛々しく可愛い顔立ち。一年前と変わったのは、軍服が師団長仕様の少し装飾がついた黒いものになってるくらいだ。

 

俺はティアを促し一緒に歩き始め、笑いながら答える。

 

「まあ、第七音素の力ってやつだ。第七音素の力の本質は『干渉』、それで記憶と意識をちょっといじったってな感じだ。ついでにオールドラントの力の本質は『支配』だな。で、ブタザルなら今頃、森に帰ってんじゃねえのか。今度拾ってきたらどうだ?」

 

「…………あの、それってかなり重要なことなんじゃないのかしら」

 

「あー……ま、いんじゃね? 知ったところで、大して役に立たねえし。別に重要じゃねえよ」

 

一瞬きょとんとして、ついで疲れたように首を振ったティアに、俺は少しだけ悩んで答えた。そもそも知ってたって意味がないのだ、アッシュとか以外は。

 

俺の言葉に納得したのかティアはこくこくと頷いて、それから指を細い顎に当てて首を傾げる。

 

「そういえば、ルークはこの後どうするつもりなの?」

 

「ゴン君とアリエッタの友達のとこに行くんだ。命の恩人だし性格は可愛いし、ティアも一緒に行くだろ?」

 

「あ、違うの。そういうことじゃなくて、暮らす場所のことよ。やっぱり、バチカルの実家に帰るの?」

 

ああ、そっちのことか。

 

俺はティアの反対側にいるリグレットの方をわざと見ずに、笑いながらティアに小さく頷く。

 

「ダアトに潜り込む予定だ。スコア廃止したから、ダアトって寄付金だけじゃあやってけなくて、ちょっとずつ市場導入してんだろ? だから適当な店でバイトでもやって稼ぐつもりだ……表向きは。そういうわけでよろしくな、たまに飯とかタカりに行かせてもらうわ」

 

「な……ダアトに来るのか?」

 

ティアよりも先に、予想通りリグレットが小さく驚きの声を上げた。さっきはケセドニアに潜んどくって明言してたんだから、うん、当然の反応だ。

 

訝しげに目を細めてるだろうリグレットを極めて自然に無視して、ティアに向かって続ける。

 

「パンの耳専門店で働くつもりなんだよ、俺。いいとこ知ってねえ……ってぇ!」

 

「うるさいぞ」

 

ちょっとした冗談を言ったら、不機嫌そうなリグレットに足を蹴られた。ブーツに鉄でも仕込んでるっぽく……いや、仕込みナイフかも……とにかく痛かった。

 

「パンの耳……? どうかされたんですか、教か――」

 

ティアの声を掻き消すように、数人分の罵声がすぐそこの横道にある家の裏から飛んで来た。

 

「てめぇこらキムラスカ人が調子こいてんじゃねえよエンゲーブの食料にありついてんじゃねえぞ殺すぞこら!」

 

「黙れや地元だからって威張り散らしてんじゃねえよだいたいてめぇらは穀潰しの役立たずだろうかエンゲーブの農家の方に死んで詫びろ!」

 

……うん、聞くに耐えない感じだ。何なんだ、この状況。

 

それぞれ青い軍服を着ているであろう軍人と、赤い軍服を着ているであろう軍人の言葉だ。まだ姿は見えないが、気配からして二十人程度だろう。

 

「はぁ、喧嘩かよ。やっぱ一年たっても敵対してんだな」

 

どうやら今喧嘩が始まったばかりらしく、最初の罵声を皮切りに嵐のような罵り合いに発展して行く。

 

消えろや黙れや死ねや殺すや、そんな単語ばかりが聞こえてくる。だんだんとガキの喧嘩じみてきてるのだが、その分熱が入ってきているので厄介だ。

 

うん、マジで面倒くさい。確かにちょっと前までずっと争ってた二国だが、元からそういう敵国は屑! 自国は神! みたいな思想がない俺としては、いい加減仲良くしろよとしか思えねえ。

 

「調停って、お前らの仕事じゃ……なくなったみたいだな」

 

騒ぎを聞き付けたのか、マルクト軍のお偉いさん用の軍服を着たやたら若そうな銀髪の人が、俺達の向かい側から走って来て道を曲がった。

 

「フリングス少将も大変そうね」

 

「知り合いか?」

 

「ええ。昔グランコクマで、良くお世話になったの。先日に一時的とは言え、マルクト軍を率いていた方よ」

 

ティアの説明を受けながら、俺達も若干早足で罵声が飛び交う右の道へ向かう。曲がった先には、予想通り二十人の赤服と青服が向かい合って、今にも剣を抜きそうな感じで叫んでいた。

 

「もういい、殺しちまえ!」「お前らが死ねや!」「黙れキムラスカの犬!」「マルクトの猿が鳴くな!」

 

 

……想像以上だ。青筋浮かべて唾撒き散らし、その内血を垂れ流しそうな勢いの兵士達に、正直ひいた。

 

道の真ん中で両国の二十人がだいたい半分ずつに別れて争っている中心で、さっきのフリングス少将とその向こうのもう一人、キムラスカの赤い軍服を着た金髪の女が必死に兵士達を止めようと奮闘している。

 

「あー、ダメだな、ありゃ。興奮し過ぎてて、全然聞こえてねえ」

 

一瞬ちらりと見えた顔で、女軍人がセシル少将だとわかった。色々あって実家で見ることが多かったので、間違えてることはない。

 

「ルーク、英雄の出番だぞ」

 

「いいや、魔女の出番だろ」

 

呆れた様子で罵り合いに向けていた瞳を悪戯っぽく細め、横目で視線を送ってくるリグレットに、俺は肩をすくめてみせる。

 

何で俺が調停なんざ……と思ったが、流血騒ぎは更に面倒なので、ため息を吐きつつ前に進み出た。

 

さて、試してみるか。

 

瞳を閉じて第七音素を感じる。そしてそのまま集中力を高め――

 

「マルクトの分際でキムラスカを侮辱するな!」

 

「キムラスカは黙ってマルクトに従ってろ!」

 

――高め……

 

「いい加減にやめろ! 私の声が聞こえないのか!」

 

「みっともない真似をするな! これ以上は本当にキムラスカの威信を損なうぞ!」

 

……高め……

 

「上官が止めてるぞ! 尻尾丸めて一緒に逃げなくていいのか!?」

 

「そっちこそ売春少将が何か叫んでるぞ、帰るなら今のうちだキムラスカ!」

 

「黙れ! セシル少将を侮辱するな!」

 

……高め――

 

「――れるかボケェっ! てめぇらうるせぇんだよ邪魔すんな!! 人がせっかく集中してんのに何時までも吠えてんじゃねえぞ、ああ゙!? 何だ文句でもあんのか!? いいぜ、全員ぶっ潰してやるよ、死にたい奴も死にたくない奴もかかってこなくていい!! 順に潰してやるからそこから動くな、動いたらその瞬間地獄見せるぞ!!」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………え、えぇ……?」

 

鞘から木刀を抜き放ち、ぐだぐだぐだぐだぐた耳障りな騒音を発する兵士達に突きつけ、怒鳴りつけた。

 

俺への迷惑をまるで考えてない人間には、罰が当たればいい。もしくは俺が罰を下す。

 

そんな感じのニュアンスを漂わせた俺の叫びで、痛いほど静まり返った空間に、首をこれでもかと傾げるティアの声が間抜けに響いたのだった。

 

多分きっと俺は間違えてないはずだ。明らかに喧嘩してる奴らが悪いのだから、注意した俺はいい人間。

 

だから俺は迷わずに――

 

 

「はい、お前ら二人アウト」

 

――胸ぐらを掴み合っていたキムラスカとマルクトの軍人二人、お互い手を離そうと動いたその二人に、華麗な飛び蹴りをかましてぶっ飛ばしてやった。

 

着地して他にアウトがいないかぐるりと見回せば、皆ぴたりと停止している。

 

「…………何がしたいんだ、お前は」

 

「あの二人が動いたからさ、有言実行を」

 

「…………狙ってやったのなら、大した策士だな」

 

「三分の一は狙ってやったんだぜ。一年前みたいに全部が全部ノリってわけじゃねえよ」

 

後ろからゆっくりと近づいて来ながら、完全に喧嘩の空気じゃなくなった場を眺めて呆れるリグレットに、俺はへらへらと笑って返した。

 

ほんとに、嘘じゃなくて狙い通りと言えば狙い通りなのだ。全員ぶっ飛ばせばとりあえず喧嘩は止まると、そんなことを衝動的に考えた記憶が残っている……ギリギリで。一応、捏造とかそんなんじゃなくて。

 

だからいい加減、リグレットには心底から疑るような冷たい目をやめてほしい。そういう意思を込めてアイコンタクトを送ると、リグレットは無機質に顎をほんの少し引いた。

 

「わかっている。標的の摩り替えは、お前の常套手段だったからな。今もまだそうらしい」

 

「……あーはいはい、そうですね」

 

俺にだけ聞こえるように囁いたリグレットは、もう何もなかったかのように前を向いている。まったく、俺としては舌打ちをするしかない。

 

「戦友を失い荒立つのは分かりますが、矛先を向ける相手を間違えないで下さい」

 

「そうだぜ、あと数日もしたら誰を怨めばいいか分かる。八つ当たりより復讐の方が、まだよっぽど意味があるんじゃねえのか?」

 

毅然と言い放つティアに便乗し、俺も一応発言しておいた。怒りの捌け口くらいはあった方が、穏便に収まるだろうし。

 

「では、私達はこれで」

 

まだ若いティアに正論で一喝されて黙り込む兵士達を確認し、リグレットが潮時だと合図して来た。

 

ルーク様英雄説を信じてるに違いない兵士達も、何だか俺の方をちらちらと見ていたが、それぞれの上官に罰則を言い渡され、一礼してすごすごと帰って行った。

 

むう……兵士達のあの微妙な感じに輝いた瞳、本格的にヤバい気がするぜ。英雄とかマジで憧れる! とか昔は思っていたが、実際になってみると正直きつい。

 

だが数日後には大犯罪者に逆戻りしてる可能性が結構高いので、安心と言えば安心だ。……まあ、それはそれで安心できなくなるんだけどな。

 

「お手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした。私が至らないばかりに……ルーク様には汚れ役まで」

 

「あー、フリングス少将? 俺って民間人だし、むしろ今は公的にはゾンビ扱いだし、そんな敬われると正直困る」

 

上っ面だけで敬われるのは慣れに慣れてるから、普通に対応すればいいだけなのだが、目の前のフリングス将軍のように本気の態度で頭を下げられると、何となくやりにくい。恐ろし過ぎるぜ、英雄効果。

 

それはそれとして、俺はもしかすると、純粋さが全身ににじみ出てるような人間には、すこぶる弱いのかもしれない。アリエッタとかアリエッタとかアリエッタとかイオンとかガイとかも、そんな雰囲気だし。

 

セシル少将も相変わらず申し訳なさそうに頭を下げているフリングス少将の隣で、自分の不手際をひたすら謝っている。

 

……うん、何かさっきの喧嘩より面倒だ。

 

どうしたものかと頭を掻きながら、恐縮しまくっている二人を上から下まで観察する。セシル少将のことは知っているからいいが、問題はフリングス少将だ。

 

綺麗な銀髪に、なかなか育ちのよさそうな肌と顔立ち。加えておそらくまだ二十代だと言うのに、位は少将。無理矢理鍛えられた観察眼が導き出した結論は――このフリングスという優男、かなりの金持ち貴族だ。

 

俺の真剣な眼差しに耐えられなくなり、フリングス少将はたじろぐ。「な、何か……」と半分脅えてる少将の前に、俺は右の手の平を出した。

 

「今度さ、御用達の商会に一筆書いてくれよ」

 

「は、はあ……それは私個人が、ということでしょうか?」

 

「そうそう。フリングス少将って、貴族だろ? だったら買付けの商会とかって、かなり大きいよな。無茶なことは要求しないからさ、今度そこに一筆頼む。安い仕入先を個人的に教えてもらいたいってのが目的だから、そのくらいは問題ないだろ?」

 

いきなりこの人は何を言い始めてるのだろう。

 

そんな声が本気で聞こえてきそうなほど、フリングス少将は戸惑いまくっていたが、しかし嫌な顔もせず直ぐに頷いた。

 

「その程度でいいのでしたら、全く問題はありません。しかし……え……?」

 

「あ、問題ねえんだな。よし、じゃあこれで全部終了。詳しい内容はまた今度手紙でも出すから、その時に。これで貸し借りもなしだから、もう頭下げる必要もねえよ」

 

一件落着と手を打つ俺に、フリングス少将はひたすら首を傾げていた。

 

「あー、俺のことはもういいから、セシル少将と話した方がいいんじゃね? さっきのこと、どうするかとか」

 

こちらも首を傾げているセシル少将を指差して、俺はとりあえず会話を打ちきった。

 

俺に謝るのに夢中で気付いていなかったのか、二人は顔を見合わせて、そして口を閉ざして押し黙る。

 

しばらく沈黙が続き、横から穏やかな風が吹き抜けた。だいたい同じくらいの年齢の二人は何やら気まずそうにしていたが、それを合図に同時に口を開く。

 

「…………あの、少将」

 

「…………あの、少将」

 

「…………」

 

「…………」

 

そしてまた沈黙が始まった。うん、何がしたいのかまったくもって意味不明だ。

 

何とはなしにぼーっと成り行きを眺めていたら、後ろからマフラーを引っ張られた。

 

「ルーク、ティア。もういいだろう、そろそろ行こう」

 

振り向いた時には、既にリグレットは後ろを向いて歩き始めていた。俺とティアも無言で二人に背を向けて、リグレットに続く。

 

ここで少将達に声をかけて、両軍の仲違い解消の話し合いを邪魔するような真似はしない。壊滅的に空気が読めなかった一年前とは、もう違うのだ。

 

二人から少し離れた所で、ティアが不思議そうに首を傾げて後ろを振り返る。

 

「あの二人、まだ固まってるわ。どうしたのかしら?」

 

「どうしたって、そりゃあ前まで小競り合いしてた二国の将軍なんだぜ。穏やかに自分達が悪うございました、なんて言えねえだろ。マジで恐いよな、敵国は滅んで当然! みたいな刷り込み教育」

 

「でも、本隊が到着するまでは、あの二人が一緒に指揮をとっていたのよ。とても息が合っていたし、互いに実力も認め合っているようだったわ」

 

当然とばかりに答えた俺に、ティアがそうとは思えないと反論してきた。

 

なら一体何なんだ? そうやって首を傾げる俺達に、少し前を歩くリグレットが瞳を怜悧に光らせて振り返った。

 

「信頼し合っていたから、部下の軽率な行動を恥じているのだろう。原因を聞かずに兵達をあの場から帰したのも、明らかな失敗だからな」

 

なるほど、そういうことか。てっきり、てめぇが先に謝れやそしたら許してやらんこともない、みたいな牽制をしてるのだと思っていたが、見事に見当違いだったぜ。

 

流石です教官! と瞳を輝かせ、尊敬の思いを全身から発するティアを横目に、俺はリグレットの赤いストールを引っ張った。

 

「撃つなよ」

 

「いきなり撃つわけないだろう」

 

呆れ顔で返されたが、俺は至って真面目に首を横に振る。

 

「いや、お前なら撃ちそうだ。撃った後に、安心しろ、ただの威嚇だ、とか普通に言いそう。マジで」

 

「それを言うならお前だ。コソコソうざい、ぶっ潰すぞ、とか言いながら、木刀片手に駆け出すお前が至極簡単容易に想像できる」

 

眉を寄せて微妙に俺の真似をしながら言うリグレットに、少し苛ついた。木刀片手にぶっ潰すぞ、とかどこの不良だそれは。

 

「ふざけんなよ、トリガーハッピー。使えねえ物真似してんじゃねえよ」

 

「少し黙れ、バーサーカー。気色悪い物真似を始めたのは、そちらからだろう」

 

それぞれ得物を抜いて、相手に突きつけた。前よりサイズが大きくなっている譜銃が眉間を狙っているが、だがそれよりも進行方向の角にある家の後ろが気になって仕方がない。

 

「あの、二人とも?」

 

本気ではないとは言え、一戦やらかす寸前の俺達の間に、逡巡しながらもティアが割り込んだ。両腕を横に広げて、ティアは手の平で俺達を制す。

 

「ナタリア達が出るに出られなくなっているから、もうその辺で……」

 

ティアの視線の先を見てみれば、先程からずっと二人分の気配を感じていた家の陰から、ナタリアとラルゴが盛大に困惑しながら顔を出していた。

 

「ちっ、お前等かよ。変に気配消してやがるから、自爆要員かと思っちまったじゃねえか」

 

溜め息を吐きつつ、構えていた木刀を下ろす。嫌な予感が余りしなかったから変だとは思っていたが、とにかく安全だと判明して一安心だ。

 

「自爆要員……? 何だその不穏過ぎるのは」

 

「言葉通りだよ。修行でよくやられたんだ、殺気ゼロで突っ込んで来て巻き付けた爆弾で自爆する人間っての。あれはマジで地獄だった」

 

「どんな想定で修行をやっていたんだ、お前は……」

 

「あらゆる状況を想定して、だとよ」

 

「……もう何も言わないぞ、私は」

 

譜銃を腰のホルスターに戻したリグレットは、呆れ果てたように額に手を当てた。

 

「すみませんでした。セシル少将を見ていたら、出るタイミングを逃してしまいましたの」

 

少し顔を赤らめて、咳払いをしながらナタリアが陰から現れる。ラルゴも疲れきった顔をして、後ろからのそのそとやって来た。

 

とりあえず一緒に町外れに向かって歩きながら、ティアがナタリアに尋ねる。

 

「どうして隠れて見ていたの? ナタリアも出てくればよかったじゃない」

 

「まあ! 私も人の恋路を邪魔するほど、愚かではありませんわ。ですから私は仕方なく遠くから見て……見守っていたのです」

 

何故か憤慨してティアに懇懇と語るナタリア。ラルゴはそんな彼女を微笑ましそうに見やりながら、俺達に謝罪する。

 

「最近忙しくて、あの手の話には無縁だったからな。年頃の娘には楽しくて仕方がないんだろう。隠れていたのも、まあ許してやってくれ」

 

ラルゴは、激しく親バカになっていた。謝りたいのか娘が可愛くて仕方ないと言いたいのか、かなり判断に迷う。

 

というか、それよりだ。

 

「恋路って何のことだよ?」

 

「…………」

 

「…………」

 

はあ? としばしの沈黙の後に、親子に揃って首を傾げられた。困ったような呆れたような疲れたような、何とも言い難い微妙な表情がちょっとだけ、本当の本当に極微小だが、似ていないとも言えないこともない程度似ていた。

 

青と白の簡素な丈の短いドレスを着た、色白で華奢だが健康的で活発な、柔らかい短めの金髪のお姫様。黒を基調とした頑丈そうな鎧をつけた、浅黒く屈強で荒々しく荒々しい、固そうな逆立った黒髪の野獣。

 

うん?……やっぱり似てるってのは、勘違いだったかもしれない。

 

「そのかなり腹が立つ視線は懐かしいが、いい加減にしておかねえと殴るぞ小僧」

 

「いや、そんなことより解説よろしく」

 

「…………本当に全く変わってないな、お前は。戦闘に関しては鋭いくせに、それ以外は全体的に鈍いところとかが特にな」

 

鼻を鳴らして俺の頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でて、ラルゴは溜め息混じりに話し始めた。

 

「両想いなんだろうよ、セシル少将とフリングス少将は」

 

五秒とかからずに話は終わった。……何て言うか、マジかよその話は。ちょっとだけ混乱中だ。

 

「見ていれば誰でも分かりますわ、あのような初々しい空気を出しているのですから」

 

「……気づかなかったわ」

 

ラルゴの言葉にこくこくと頷くナタリアに、ティアは複雑そうな顔をして呟いて、そしてうつ向き気味のままリグレットに視線をずらした。俺も無言のまま、無表情でいるリグレットを見つめる。

 

「む? ああ。私は気づいていたぞ、当然」

 

……薄っぺらいプライドだった。さっき信頼がどうのこうのとか自信満々に語っていたのは、何処のどいつだよ。

 

何時も通りの澄ました無表情のまま、冷静に頷いてみせたリグレットに、しかし俺は肩を軽く二度叩くだけで、特に何も言わないでおいてやった。

 

「やっぱり流石です、教官」

 

いや、だってティアがばっちり信じちまっているんだから、仕方ないのだ。だが明らかにおかしいだろ、そこで尊敬の眼差しを向けるのは。

 

「私は日頃の行いがいいからな。これが人徳だ」

 

「ティアが聞いたら泣くぞ。つーかわざわざ言うなよ、そういうこと」

 

「……お前のその、如何にも感謝しろとでも言いたげな目が気に入らなかった」

 

言っておくがこの結果は、偏に私の人徳による至極当然のものだ。

 

胸を張ってそう宣言したリグレット。俺は何だかよく分からないが無性にやりたくなってしまい、手を伸ばしてリグレットの頭を撫でる。一瞬きょとんとしたリグレットだが、直ぐに眉をひそめて俺を睨みつけた。

 

しかしふわふわとした金髪が気持ちよかったので、そのままもふもふやっていたら、元から冷めていた瞳が凍てついて、リグレットはついに殺気を放ち始めた。

 

むう……やばいな、これは。ちょっと調子にのり過ぎちまった。殺されるんじゃねえのかな、本気で。

 

そんなに死にたいのなら殺してやると、瞳だけで語るリグレットに引きつった笑いで返し、おちょくるんじゃなかったと俺はただただひたすら後悔した。

 

そんなことをしながら、木製の家がぽつぽつと建っているのどかな道をしばらく歩き、町の外れにある花畑に出た。

 

遥か彼方まで続く空と野原の青と緑を、咲き誇る桃、赤、黄などの花々が彩るそこは、ともすれば楽園のように見える。

 

エンゲーブは基本、全方位を機能的な田畑に囲まれているが、この花畑だけは人の手が加えられず、自然そのままの状態だった。

 

だからかは知らないが、魔物達はみんなこの広大な花畑で眠っていた。参戦してくれた魔物はかなりいたらしいが、今はもうアリエッタと特に親しいライガやフレスベルグを主とした数十匹しか残っていない。やはり人里は苦手らしい。

 

お目当ての溶岩でできたようなドラゴンは、俺達のいる場所から最も離れた場所で眠っていたが、それよりも予想外の面子が花畑の真ん中で戯れていた。

 

「はい、イオン様。アニスちゃんからの特製プレゼントでーす」

 

「わぁ、よくできていますね。アニスが被せてくれますか?」

 

「えへへへー、いいですよぉ。でも、何だか照れちゃいますね」

 

イオンのくすんだ緑色の髪に合うような、穏やかな色の花で作った冠を両手で持って、頬を少し赤くしたアニスが恥ずかしそうに笑う。花畑にぺたんと座っているイオンは無垢に穏やかにぽやーっと微笑んで、アニスの手を引いて自分の目の前に座らせる。

 

花輪を頭にのせてもらったイオンは嬉しそうに笑い、アニスも「さっすが私、イオン様にぴったりですね」と照れながら小さくガッツポーズを取った。

 

「重たいんだけど」

 

「アリエッタ、太ってないもん」

 

笑い合うイオン達から少し離れた所で、シンクとアリエッタがじゃれ合っていた。

 

手を頭の後ろで組んで、花畑に仰向けになって寝転んでいるシンクの腹の上に、アリエッタがちょこんと座っている。

 

嘴のような仮面の上からでも、シンクが面倒そうな顔をしているのが楽にわかる。

 

「あのね、えっとね……アリエッタ、シンクにも手伝ってほしいの。……だめ?」

 

「見たらわかるでしょ? 忙しいから無理だって」

 

おどおどしながらも、不気味なぬいぐるみを横において、必死にシンクの胸に両手をおいて訴えるアリエッタ。シンクは迷いもせずそれを冷たく切り捨てた。

 

アリエッタは一瞬大きな瞳を揺らし泣きそうになりながらも、頑張って続ける。

 

「でも……でもシンク、さっきからお昼寝しかしてない、です」

 

「まだ朝だからね、昼寝じゃないよ」

 

「……じゃ、じゃあ……さっきからシンク、転がってばっかりだもん。忙しいなんて、シンク……絶対にウソついてる」

 

「だから、暇を潰すのに忙しいんだよ。そういうことで、さっさと退いてくれない?」

 

「…………シ、シンクのばかぁあああっ!!」

 

適当にあしらわれているだけだと気づき、アリエッタは泣きながらシンクの胸板をぽかぽかと叩き始めた。

 

「ていうか僕が手伝うまでもなく、もう出来てるじゃないか」

 

 

シンクは鼻で笑い、仮面を外して横に置いて、泣くアリエッタの瞳を覗き込む。アリエッタはぴたりと動くのを止めて、正面からシンクの瞳を見つめ返して、「むぅ」と可愛らしく真剣な表情を浮かべた。

 

「だって、みんなで作った方が、ルークも喜ぶもん。だから……だめ?」

 

「…………」

 

「うぅーーー」

 

「…………」

 

「うぅーーー」

 

「…………」

 

じっとアリエッタに見つめられ、ついにシンクは溜め息を吐き目を反らした。

 

「わかったよ、後で僕もやるさ。だから――」

 

シンクは面倒くさそうに言って、右手で掴んだ腕を引いてアリエッタを自分の方へと倒した。

 

「今はもうちょっとだけ寝る。あんたも寝るでしょ?」

 

会話を続けるのが面倒になったのか、そんなことを言い始めたシンク。アリエッタはしばらくシンクの上で目をぱちぱちとさせていたが、気持ちよさそうに瞳を閉じてシンクの胸に動物がやるように顔をぐりぐりと押し付けた。

 

「うん……アリエッタも、シンクと一緒に寝る」

 

シンクに正面から嬉しそうに抱きついて、アリエッタはそのまま横にごろりと半回転した。

 

シンクとアリエッタの二人、一年前より……何て言うかのほほんとしている。

 

完全に眠る体制に入った二人を眺めながら、俺は苦笑しながら誰にともなく聞く。

 

「あの二人、えらくまた仲良くなってるけど、何かあったのか?」

 

「アリエッタは気を許している相手なら、大概あのような感じだろう。シンクは……まあ、ちょうどいい湯たんぽ代わりとでも考えているのではないか」

 

寝るにはまだ少し寒いし、とリグレットは至って普通に答えた。何かもう、何時も通りの出来事だとでも言いたげな感じだ。

 

「あー、そういやぁ、そんな感じだったかも」

 

微妙に違う気もするがとりあえず納得して、俺達は遊ぶ四人に向かって花畑へと歩を進めた。

 

――オオォォオオォォォォオオオ――

 

四人に声をかけようとした瞬間、目を覚ましたドラゴンが空へと雄叫びを上げた。岩のような頭を上に向けたドラゴンは、どうやら俺の存在に気づいたらしく、長い咆哮の後に凶悪な双眸がこちらを向く。

 

焔を宿すその瞳。言葉は分からなくても、言いたいことは楽に理解できる。

 

一年ぶりの再会なのだ。挨拶代わりにやることなんて、そんなもの当然決まっている。

 

俺は邪魔以外の何でもないローレライの鍵を納めた鞘を腰から外し、リグレットに投げて渡した。そして今や殆どの機能を失った木刀を引き抜き、横に構える。

 

「くははは! やっぱり来たか! じゃあちょっくら殺り合ってくるわ」

 

「ちょっと、ルーク!?」

 

ティアが上げた驚愕の声を後ろに、俺は今やその猛々しい翼で空を叩き飛び上がり、完全に臨戦体勢に入っているドラゴンに疾走する。

 

ドラゴンは花畑から外れ、何もない平野に後退し、牙が覗く口腔に灼熱の炎を湛える。俺が花畑を走り抜け、そして射程に入った瞬間、地獄の炎が凝縮された塊となって放たれた。

 

「絶破――」

 

全身のフォンスロットを開放し、第四音素を取り込み、腰を低く落とし右足で地を踏みしめる。平野を舐めるように焼き、凄まじい速度で迫り来る炎塊に、俺は右の掌底を叩き込んだ。

 

「――烈氷撃!!」

 

蒼く輝く掌が、衝突した炎から熱を瞬時に奪う。

 

そして炎塊を飲み込むように産み出した巨大な氷塊を、その起点たる掌で起こした音素の爆発により粉々に砕き、ドラゴンに向けて打ち出した。

 

――オオォオオオォォォオオオ!!――

 

拡散して敵を貫かんと飛翔する氷は、しかし後ろを向いて鞭のようにしなやかに振るわれたドラゴンの頑強な長い尾に、軽々と払われる。

 

――双牙斬――

 

上下からの縦の二連撃。

 

一撃。氷の後ろに隠れ接近していた俺は、上段に構えた木刀を疾走の勢いそのままに、左から猛然と迫る尾に叩きつける。

 

二撃。木刀から伝わる凄まじく重い衝撃に歯を食いしばり、初撃の反動を利用し身体の上下を入れ替えながら左に飛び上がり、尾の攻撃を受け流す。そして逆さになった視界で捕えた尾に、切り上げを喰らわせる。

 

自らの上下を反転させての二連撃――同じ軌道から放たれたその攻撃により、ドラゴンの尾は地に打ち付けられた。

 

――オ……オオォォォオオオ……――

 

「これで――」

 

勢いを失いガリガリと音をたてながら地を削る尾に、斬撃の反動でもう一度反転して着地。そして一気にドラゴンの硬い岩のような尾を蹴り疾走し、胴体を過ぎ首を通過し、そして頭に到着した。

 

何が起こったのかと、戸惑うように鳴き声を上げるドラゴンの目前に、俺は逆手に持ち換えた木刀の刀身を晒す。

 

「――とりあえず一本だ。ゴン君、俺の勝ちでいいな?」

 

しゃがんで頭を二度頭を軽く叩いた俺に、ドラゴンはグルグルと喉を鳴らした。

 

本来ならゴン君は頭を全力で木刀で殴ったって、ほとんど効かないほど頑丈なやつだが、挨拶代わりの戦いなので、両者共にこの程度で満足なのだ。流血と大火傷しかない本気の戦闘は、今度のお楽しみ。

 

それからしばらく再会を祝して、俺を乗せたまま頭を上下に振ったり、皆を拉致って空の散歩をしたりして一緒に遊んだが、どうやら海を渡るのに一睡もしていなかったので眠たいらしく、ドラゴンはグルグルと可愛らしく鳴いて昼寝を始めたのだった。

 

俺はぐったりしているリグレットに歩み寄り、鍵を返して貰う。隣では同じく空の散歩で酔ったティアが、花畑に座り込んで少し顔を青くしている。

 

「……アクロバットは、もういや」

 

声が死にそうだったりした。

 

ラルゴとナタリアは、仲良く二人揃って華麗に気絶中。他四名はゴン君の鉤爪から上手く逃げたので、相変わらず花畑で和んでいた。

 

「ルーク」

 

酔いで気分が最悪、みたいな状態の二人を治癒術で介抱していたら、リグレットが若干まともになった様子で俺を見上げて来た。

 

「流派を変えたのか? アルバート流にはなかっただろう、あの縦回転の二連撃は。剣の理念も、剛と言うよりかは柔に近くなっているし」

 

「お前、剣使わねえのに詳しいな」

 

「軍で剣術の基本は習うから、私もある程度は扱える。それに私は元は復讐者だ。アルバート流は秘伝のようなものだから苦労したが、目的の為に一通りは調べた」

 

そもそも身近に二人も使い手がいたからな、とリグレットは淡々と答えた。言われてみれば、確かにそうだ。

 

俺の周りは異常に軍人が多過ぎてうっかり忘れてたが、リグレットは戦闘に関してはプロだった。

 

そのプロの一員であるアリエッタやアニスを複雑かつ微妙な心境で見やりながら、俺は静かに答えを待つリグレットに答えた。

 

「いや、相変わらずアルバート流だぜ。さっきのだってアルバート流双牙斬だし、ちょっと俺が使い易いように型を崩しただけだ」

 

「型を崩す?」

 

「ああ。まあ、ガイが使ってるアルバート流シグムント派みたいに、技から変えるとかはしてねえけど、言ってみりゃあ、『アルバート流丸ユ印のルーク君派』みたいな?」

 

ぶっちゃけて言うと、俺にはどうあがこうともアルバート流を真の意味では使いこなせないらしい。

 

ユリアの言を借りると、

 

――アルバートのアルバートによるアルバートのためだけの剣術を、他人のあなたが使える筈がないでしょう。しかもその可哀想な同情を禁じえない貧相貧弱な身長と体格で、剛の剣だなんて……クス――

 

……うわ、借りるんじゃなかった。果てしなくうざい。

 

「胡散臭い名前だな。とても剣術の流派とは思えない」

 

「落語とかの流派みたいね」

 

「それは先入観だ。流派の名前までは滑稽でない」

 

 

結構ひどいリグレットとティアのやりとりに閉口していたら、後ろから背中にふにふにとした柔らかいものが押し付けられた。振り返って見てみれば、ぬいぐるみを抱いたアリエッタが立っていた。

 

「ルーク……あのね……」

 

「ん、どうした?」

 

もじもじと恥ずかしそうに、ぬいぐるみで半分顔を隠すアリエッタ。左手は背中に回されている。

 

「ルークが帰って来たから……アリエッタたち、プレゼント作ったの。しゃがんでください」

 

突然のことに驚きながら、反射的に言われた通りにすると、アリエッタから抱えていたぬいぐるみを渡された。首を捻る俺に、アリエッタは背中に隠していた左手を出して、同じく首を傾げる。

 

アリエッタがその手に持っていたのは、花畑の暖かな色の花々を繋ぎ合わして作られた、綺麗な花の首飾りだった。

 

ああ、なるほど。さっきのシンクとの会話は、これのことだったのか。

 

冷静にそんなことを考えてる一方で、俺は痛く深く感動かつ動揺していた。

 

や、やばい! 何なんだこの桃色の可愛いのは!?

 

呆然とする俺の頭に、アリエッタは首飾りを乗せる。長い髪が邪魔でなかなか首まで通らないらしく、一生懸命頑張っているアリエッタを、俺は衝動的に抱きしめた。

 

小柄で簡単に折れてしまいそうな小さな身体を、左手を背に回してぎゅっと抱きしめて、右手と肩で頭を包み込む。アリエッタの桃色の髪から花の甘い香がして、穏やかな気持ちになる。

 

「!? ル、ルーク……?」

 

「ああもう、アリエッタ!」

 

「は、はい……!」

 

慌てて驚くアリエッタに、俺は至って真剣に叫んだ。

 

 

「何でお前はそんなにいい子なんだ! 俺は決めたぞ! 誰が何と言おうと、俺はもう決めたぞ! 今日から俺は、お前を陰から守るお兄ちゃんもしくはお父さんになる!! 嫌だったら全力で断れ、良かったら俺は今日からお前の足長おじさんだ!!」

 

「あしなが……?」

 

それからしばらく、アリエッタはひたすらきょとんと不思議そうに首を傾げ続けた。いやもう、叫んだ俺でさえ後半からは完全に意味不明だったのだから、そりゃあ当然だ。

 

死ねよ俺。

 

 

*

 

 

とりあえずまあ、リグレットが俺からアリエッタを奪って後ろに隠したり、ティアに危ないものを見る目で見られたり、シンクに脛を蹴られたりしたが、それは忘れることにした。

 

たがアリエッタに言ったことは、まんざら勢いでも冗談でもない。差し出すと約束した俺の命を、優しさと甘さからアリエッタはもう要らないと言ってくれたのだ。生きていてくれてありがとう――と、そうまで言ってくれたのだ。

 

だから俺は、アリエッタを全力で守ろう。親の敵である俺にそうまで言ってくれたアリエッタを、全身全霊をかけて絶対に守ろう。

 

悪鬼だろうが羅刹だろうが悪魔だろうが神様だろうが、アリエッタを傷つける奴は例外なく余すところなく完膚なきまでに排除しつくすと、俺はそう心に誓った。

 

「で、アリエッタ。お返しは何がいい? かっこいい彼氏とかはどうだ? 世界中回って良さそうなのを拉致ってくるから、選り取り見取りだぞ」

 

「第一師団突撃、この凶悪犯を即刻捕えろ!」

 

アリエッタに笑顔で聞いたら、リグレットに本気で蹴られた。

 

正午過ぎ、各国の軍の撤退準備が整い三つ巴に整列し、ちょうど必要あるのかないのか分からない堅っ苦しい式が終わったすぐ後の出来事だった。

 

簡単に言えば式とは、お疲れ様ばいばいまた今度ねー、ってな感じのものだった。しかし曲がりなりにも結構重要で重たく真面目なものだったので、そのシリアスな空気がリグレットの一喝で一瞬で崩壊して、皆が皆微妙に固まっている。

 

特に主席総長に直に命令された第一師団の兵達は、どうしていいのか分からず顔色が悪くなっているからもう大変。動揺しまくって、整列していた三軍の中心に蹴り出された俺と、蹴り出したリグレットを見比べ汗をだらだら流している。可哀想に。

 

「ちょ、教官!? 流石に今この場でふざけるのは――」

 

「ふざけてなどいない! この馬鹿、今絶対に本気で言っていたぞ!」

 

「そ、そんなわけ……ル、ルーク、どうして目を反らすの!?」

 

泣きそうな顔でリグレットに抗議し、勢い良くこちらを向いたティアから、俺は首を横にして逃げた。

 

……いや、だって、真面目に言っていたのだから、何だか気まずい。

 

俺がそんなことをする筈がないと、そう信じてくれてたっぽいティアへの罪悪感が、それはもう凄まじかった。

 

「どういう発想だ、恋人候補を拉致するなど」

 

「だってさ、命には命だろ」

 

質問に答えてやったら、リグレットは眉を寄せながら「その話か」と呟いて、痛そうにこめかみを押さえた。

 

「……言いたいことは分かったが、アリエッタがそれで喜ぶと思うのか? と言うかそれ以前に、やった瞬間牢に叩き込む」

 

…………うん、どうしよう。全然全くこれっぽっちも喜びそうにない。

 

「だいたい三国の将軍を前にして、そのような情無い犯罪を堂々と宣言するな。英雄の名も大犯罪者の名も泣くぞ、阿鼻叫喚だ。何だその恥ずかしいまでのスケールダウンは。全国の美少年が赤い悪魔に拐われまし

た? お前は人類を抱腹絶倒させたついでに滅亡させる気か?」

 

腕を組み、半眼で俺を弊睨するリグレット。俺は気づけば、何故か正座していた。……いや、マジで何でだろう。

 

しかもリグレットの説教は完全完璧に正論なので、俺は何も言えない。ちょっと暴走してた思考も、今は落ち着いて反省中だ。

 

目前まで貫禄ある歩みでやって来たリグレットが、反省の色を浮かべる俺に満足そうにうむうむと頷く気配がした。少し顔を上げれば覗く脚線美が危うく、俺としては目を伏せているしかないってのも現状だったりしたりしてしまう。

 

「お返しなら、私は本か服を進める。アリエッタは最近良く本を読んでいるからな、お前の言う常軌を逸した危険なプレゼントよりは、確実に喜んでもらえると思うぞ」

 

「いや、アドバイスはありがたいんだけどよ、買えねえって。俺は今一文なし――って、おお。ナイスだリグレット、忘れるとこだった」

 

礼を言いながら立ち上がって、俺はぐるりと辺りを見回し、目当ての人間に手を振る。

 

「あー、ファブレ公爵にアッシュとナタリア、えっと……マルクトはジェイドでいいや、あとイオン! 悪いけどこっち来てくれ!」

 

「…………」

 

呼び出しをくらった五人が五人とも、声を張り上げた俺から逃げるように無言で顔を伏せる。絶対に行きたくないと、全身からそんな雰囲気をこれでもかと醸し出していた。

 

ほんの少しの沈黙の後、周囲が急激にざわつき始める。

 

「さすが熱血師団長、導師を呼び捨てで羞恥プレイ会場に呼び出した!」「いくら英雄と言えど、口が過ぎるぞ」「す、すげぇ! あの総長が衆前で漫才してる!」「師団長、命令を! 総長を引き戻した方が……!」「写真取れ写真! 後で売り捌いて大儲け!」

 

ところどころ、変な発言が混じってるオラクル騎士団。

 

「王女に何て口を!」「剣を抜くな馬鹿! 向こうは奇襲とゲリラ戦と暗殺と虐殺のプロだぞ!」「あの運び屋さん、マジで赤い悪魔だったのか……」

 

激怒したり恐怖したり感心したりしてるキムラスカ軍。

 

「おおー、カーティス大佐が困ってるぞ」「初めて見たぞ、大佐の困り顔。羞恥プレイは意外と弱点、陛下に報告書出さんとな」「ひぃぃっ! 大佐がこっち見た!」

 

顔を伏せるジェイドの様子に、ひたすら感激してるマルクト軍。

 

……うん、もうどうしようも無いほどグダグタだ。

 

「…………ルーク」

 

ゆっくりと左右に首を動かし、リグレットが無表情で淡々と聞いて来る。

 

「実は私、今とてつもなく恥ずかしいことをしていたのか?」

 

式典終了の後に、いきなり三軍によって出来た円の中心に赤い悪魔を蹴り飛ばし、正座する赤い悪魔に良く通る少し低い綺麗な声を張り上げて、延々と説教する冷静沈着が売りの泣く子も怒る大人も酔っ払いも凍てつくと噂高い、オラクル騎士団主席総長こと金色の魔女リグレットさん。しかも周りからしたら良く分からないアドバイスのおまけ付き。隣から凄まじい勢いで伝わってくる噂によれば、説教の原因は赤い悪魔の「世界中の美少年を花の首飾りのお返しのために拉致ってくるぜ!」という発言。

 

確かにふざけた状況だ。しかも意味不明な。

 

無表情ながらもそわそわして答えを待つリグレットに、俺は当然とばかりに頷いた。

 

「そりゃあまあ、恥ずかしいだろ。みんなびっくりし過ぎてるじゃねえか。漫才が始まったって。ほらリグレット、ちゃんとみんなに謝りなさい」

 

「あ、謝るのか? ここで?」

 

「すいませんでした、うちのリグレットがお騒がせしまして。後でちゃんと言い聞かせておきますんで、勘弁してやって下さい。はいはい、リグレットも早く頭下げて」

 

「あ……お騒がせしてすみませんでした――って! 私だけのせいにするな馬鹿ルーク!!」

 

リグレットの頭を押さえて一緒に頭を下げさせると、泣きそうな顔で頭をはたかれた。

 

……やばいな、ちょっとやり過ぎたかも。顔を真っ赤にしたり真っ青にしたりと、リグレットがかなり可哀想な状態になってる。

 

救いと言えば高らかに嘲笑を始めたシンクに釣られ、周りが次々と俺とリグレットを笑い始めたのが唯一の救いだ。罵声が飛んできたら流石にどうしようもなかった。

 

「おうこらアッシュ! てめぇが出て来ねえせいでリグレットが泣き始めたじゃねえか! 責任とって三秒以内に出てこいや! 出てこねえとてめぇの教団の机の引き出しにあった自作のナタリアの盗撮写真集~君の横顔~しかも一枚一枚に恥ずかしい個別タイトル付きのあれ、造反してバラまくぞ!」

 

「ふざけるなぁあああああああああああああああ! てめぇが盗んでやがったのかレプリカじゃなくて俺はそんな物を作った覚えはねえ!! 返しやがれ!!」

 

 

矛盾しかしてないことを叫びながら剣を抜き、顔を真っ赤にして突撃してきたアッシュ。キムラスカとオラクル陣営は死ぬほど笑い始めた。

 

向かってくるアッシュをどうしようかと考えていると、不思議そうに首を傾げたリグレットに袖をついと引っ張られる。

 

「ルーク、アッシュは何が言いたいんだ?」

 

「んー、お前知らねえか? 俺が使ってたオラクルの本部の部屋に飾ってたんだけど」

 

「ああ、あれなら導師に提出したが、私が言いたいのは――」

 

「貴様か導師ぃいいいいいいい! 返しやがれ!!」

 

そうではないと首を振るリグレットの言葉を遮って叫び、アッシュは方向転換してイオンに向かう。

 

「あれならシンクが持って行きましたよ。コピーなら僕の部屋にもありますが」

 

「死霊使いに売ったよ。外交の材料にするとか何とか笑顔で言ってたから。コピーはもちろん取ったけど」

 

「私はファブレ公爵に、宝刀ガルディオスとの交換を約束して頂いたので、少し前に公爵邸に送りましたよ。コピーは手元に置いていますが」

 

「あれならば、今は陛下の元にあるはずだ。大層気にいっておられた」

 

「あら、あれはアッシュの物でしたの。流石ですアッシュ、良く撮れておりましたわ」

 

にこりとナタリアに笑顔で言われて、アッシュは灰になった。最終的に円をぐるりと一周走って、元いた場所に戻っているのだから、アッシュはもう何がしたいのか理解できない。

 

俺なら恥ずかし過ぎて自殺するね、絶対。

 

王位継承者であるアッシュは、もう威厳とか品格とか損い過ぎて色々と人生がやばいんじゃないかとも思ったが、しかし超振動なんて恐怖の代名詞みたいな力を持ってるのだから、これで多少は馴染みやすい存在になったんじゃないかなあと、無理矢理そう思いなおすことにした。

 

そう。だから俺は悪くないのだ。きっと。三軍の兵士達がアッシュを指差して爆笑しているのも、全てはアッシュの日頃の行いが悪いせいだ。

 

「…………」

 

…………いや、やっぱちょっときつい。流石に悪いことをした気がする。

 

というわけで、

 

「つーかてめぇら、人が親切心で言ってやってるうちに出て来やがれ!! 後悔しても知らねえぞ!!」

 

叫んで誤魔化してみることにした。

 

ようやく諦めの境地のような顔をして、ぞろぞろとみんながこちらに歩いて来た。さっさと出て来ていれば、話は簡単に済んでたってのに……面倒極まりないぜ。

 

「いきなり溜め息を吐かれても……いえ、もう何も言いませんから、手早く話を終えて下さい」

 

一体全体どうやってるのか、きらりとレンズを光らせながら眼鏡を指で押し上げるジェイド。光る眼鏡で顔が隠れているが、絶対に半分キレてる。皆も無言でこくこくと頷いていた。

 

まあ、俺としてもさっさと終わらせたいから、ちょうどいいと言えばちょうどいい。

 

だから何の前置きもなく、俺は腰の鞘からローレライの鍵を引き抜き、地面に突き立てた。少し変わった形状の剣の刃が、陽光を眩く反射する。

 

「じゃあこれ買いたい奴、挙手して金額言ってってくれ」

 

「…………は?」

 

「は? じゃねえよ。オークションだよオークション。この剣、誰か欲しい人ー」

 

宝玉が埋め込まれた柄を叩き、呼び出した各国の重要人物をぐるりと見回すと、ほとんどの人間が俺の言葉を口の中で何度も繰り返し、理解して行くと同時に百面相を見せていた。

 

買う時は国庫から金を出すに決まってるから、結構な額を期待できる。

 

これで俺も一文無しから、一気にブルジョアに返り咲きだ。俺は何処かの誰かみたいな三食がパンの耳だけっていう悲惨な状況には、絶対に耐えられない。自信と自負をもって断言できる、冗談抜きにマジで。

 

「ル、ルーク……ローレライの鍵と言えば、実在するかも定かでなかった、かのユリア・ジュエの遺品ですのよ。そ、そのような物を、どうして手放そうと……」

 

「いや、だって金が欲しいし」

 

「か、金……」

 

おろおろと聞いて来たナタリアに端的に答えれば、目を大きく見開かれ絶句された。

 

俺はちょっと前まで鍵のことなんざ欠片も知らなかったが、世間では伝説級のアイテムとして知られていたらしい。うん、値段がはね上がる要因なので、かなり嬉しい。

 

「結構頑丈で切味もいいし、薪割りにも戦闘にも使えて便利だぜ。第七音素の集束と拡散にパッセージリングの操作、色々な機能が付いててお買得な一品だ」

 

柄を持って固定し、刃の部分を蹴って頑丈さを証明。ついでに第七音素をそこら中から集めたりと、様々なデモンストレーションをしてみせた。

 

「アッシュが使えば簡単に戦力が大幅アップ。ティアも……まあ、多分扱えるぜ」

 

ぼちぼち復活してきたアッシュとティアの方を見て補足を付け加えれば、何故かアッシュは目をむいて怒鳴り、ティアは訴え始めた。

 

「レプリカ! てめぇ一体どんな神経をしてやがる! 自分が何をしているのか分かっているのか!」

 

「ルーク、それはそんな簡単に売っていいような物じゃないわ。始祖ユリアとローレライは、あなたに鍵を――あなたならそれで世界を救えると思って、託したんじゃないの?」

 

違う。断じて違う。あいつ等は全部が終わったら、地核から星を覆う音譜帯に昇る手伝いをさせる為に、嫌がる俺に無理矢理鍵を持たせたのだ。

 

切実に訴えるティアには悪いが、そんな感動の秘話はこれっぽっちも存在してない。

 

少し離れた場所に立っているティアに、空虚な笑みを浮かべて無言のまま首を振ってみせたら、ろくでもない話だと悟ったのか、ティアは微妙に顔を赤らめて下を向いた。

 

「まあ、買わねえって言うんなら、別に俺はそれでいいぜ。ケセドニアで流してくるから」

 

「ルーク。少し話したいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

 

芳しくない皆の反応に、剣を腰の鞘に戻しかけたが、寸前で申し訳なさそうに言うイオンに引き止められた。

 

皆から少し離れて、イオンは両膝を揃えてしゃがんだ。両手で隠した口を、同じく適当にしゃがんだ俺の耳にもって来て、大人しい幼い子供が悪戯をする時のように、少し恥ずかしそうに微笑む。

 

「ルークとこうやって内緒話をするのも、随分と久しぶりですね」

 

「そうだな、最後にやったのはー……、あれだな、ピオニー陛下もグルで、親父とインゴベルト陛下相手に城で取引した時だ。くはははっ、今回もまた悪巧みの相談か?」

 

「僕から提案するのは、今回が初めてですよ。ルーク、意地の悪いことを言わないで下さい」

 

まるで僕が今までの悪巧みの首謀者みたいじゃないですか、とイオンは無邪気にクスクスと笑った。

 

一通り笑い合った後、さてと前置きをして、イオンは申し訳なさそうに聞いてきた。

 

「教団の現状は知っていますか?」

 

「おう、だいたいはな」

 

教団は存在意義とも言えたスコアを廃止した事により、信者の離反が起こり、そして主な財源だった寄付金が激減した。そして当然の結果、組織の運営が困難になったらしい。

 

現在のローレライ教団の仕事は、キムラスカとマルクトの間を取り持つこと、そして第七譜石で世界滅亡の危機を警告していたと判明したユリアとローレライにあやかり、世界を平和へと導く道徳を説くことだと言う。

 

関係者でない親父から聞いた事だが、まあ信用は出来るだろう。

 

「わかっているとは思いますが、とても不安定な状況です。資金不足のため、ダアトでは混乱と格差を招かない程度で、試験的かつ限定的に市場を導入したりもしていますが、あまり効果は出ていません」

 

なるほど。ここまで言われれば、俺でも流石に理解できる。つまりは信者を少しでも増やす為に、ユリアとローレライを象徴するローレライの鍵を、何としても教団の所有にしたいのだ。

 

金がない教団では競りになったら他の二国には勝てないから、そこで出品者の俺に直接交渉しに来たのだろう。

 

「いいぜ、値段はそっちで決めてくれて。花の首飾り、イオンも一緒に作ってくれたんだろ? そのお返しの一部ってことで」

 

「あ、違うんです。お金なら幾らでも出せるんですよ。相談というのは別のことで、支払いの方法を僕の都合に合わせて欲しいんです」

 

自信満々で言ったら、速攻で違うと首を横に振られた。恥ずかしくて死にそうだ。

 

「え? 幾らでもって……本気かよ」

 

どうやってだよと首を傾げる俺に、イオンは穏やかに楽しそうに、にこにことと笑いながら頷く。

 

「はい、幾らでもです。ただ、分割払いにしてくれればですけどね。ルークはどのくらいで鍵を売ろうと考えていますか?」

 

「あー……まあ、五億くらいならいけるかなーって思ってたけど、いいのか?」

 

「はい、もちろん大丈夫ですよ。詳細は後で話すとして、一月に二百万ガルドずつでいいですか?」

 

…………いや、いいのか、これ? 教団の現状云々を聞いた後だと、かなり心配になってくるんですけど……。

 

「……あー、別に一月に百万くらいでいいけど――」

 

戸惑い気味に頭をがりがりと掻きながら言う俺を遮り、イオンは目尻を下げて頷いて、嬉しそうにくすんだ緑色の髪を揺らした。

 

「リグレットの口座に、明日にでも五百万ガルドくらい振り込めばいいんですよね?」

 

「…………」

 

ちょ、え……、何この子? エスパー?

 

内心をずばりと言い当てられた俺は、もうびっくりし過ぎて後ろにのけぞっていた。

 

な、何で知ってるんだ……ちょっともう、イオンが恐くて仕方ない。

 

「僕もリグレットの無茶な行動は知っていましたから。僕が個人的にお金を出すと言っても彼女は拒否するし……ルークが帰って来てくれて、本当に助かりました。ちなみにリグレットの貯金、以前は五千万くらいありましたよ」

 

視線を落とし痛まし気な表情を浮かべたイオンは、しかし次の瞬間には安堵しきった苦笑を見せる。最後には冗談めかして「どうします?」とまで聞いて来やがった。

 

まったく……何だかんだで、ちゃっかりとたくましくなってやがる。

 

俺は一つ大きく溜め息を吐いて、立ち上がりながらイオンの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

 

「最高でも三割にちょっと色つける程度だ。誰が全額返すかよ。ほらイオン、行くぞ。オークションは中止だってさっさと伝えねえと」

 

俺達がこそこそと話している間にどうやら撤退命令が出たらしく、兵士達は解散し始めていた。人数がとんでもなく多いので、帰国するには結構な時間がかかるだろうから、用が済んだ今、何時までも無意味にここにいる理由はないのだろう。

 

「悪いな、イオンに売ることに決まったから、もう仕事に戻ってくれていいぜ」

 

自分で呼び出しておいてあれだが、事実なので仕方がない。アッシュと親父のこめかみに青筋が浮かんでいたが、仕方がないったら仕方がないのだ。

 

「あと、言い忘れてたけど、俺が話したこと世界中にバラしてもいいぜ。そりゃあ混乱はするだろうけど、最低でもオールドラントの存在と目的だけは伝えろよ。まさしく文字通り、世界全体に関わる話なんだから」

 

ひらひらと手を振りながら、半分逃げるように……つーか逃げるために、皆に背を向ける。もう俺が今やるべきことは全てやったから、あとは全部各国の首脳達の仕事だ。

 

何やら後ろから罵声がこれでもかと飛んで来ていたが、全部無視することにした。もうほんとに色々とグダグダだ。

 

この後はオラクルの軍艦に便乗する予定なので、出航準備が整うまでははっきり言って暇。イオンに話つけて、一緒にアルビオールでダアトへ向かうことにしようかとも考えたが、今はちょっと忙しそうなのでやめた。

 

エンゲーブに戻っても誰もいねえし……うん、マジでやることねえや。

 

「おーい、ルーク!」

 

「ん? おう、ガイか」

 

後ろから大声で呼び止められ、振り返って見てみれば、ぞろぞろと並んで移動する兵達の上から、ぴょんぴょんと跳ねる短く刈られた金色の頭が覗いた。

 

四苦八苦しながら行列の間を抜けて、微妙に高級そうな生地を使った明るい色の燕尾服じみた服に身を包んだガイが、満面の笑みで駆けて来る。

 

「よっ! どこ行くんだ、そんなかったるそうにして?」

 

「散歩だよ散歩。無職で金欠の俺には、暇と無料の自由しかねえからな」

 

「散歩なら俺も付き合うぞ。俺は軍属じゃないんでね、同じくやることがないんだ」

 

はきはきと答えて、ガイは俺の顔をしばらく見つめた後、いきなり口元を隠して笑いを噛み殺し始めた。

 

いや、何だ……物凄く馬鹿にされた気分になる。

 

俺の不愉快さをまるで隠してない視線に気づいたのか、ガイは苦笑しながら首を横に振る。

 

「悪い悪い。あまりにお前が変わってないから、何だか可笑しくてな。いや、傍若無人っぷりはさらに上がってたか」

 

「何だよ、さっきのこと言ってんのか? あれはイオンに頼まれたからだぜ、ほんとに」

 

あまりに嬉しそうに話すガイに怒りを削がれ、二人してぶらぶらと呑気に平野を歩く。

 

ティアとシンクが部下らしき人に指示を出したりしてるのに感心したり、アリエッタがリグレットから何か説明を受けたりしてるのを温かく見守ったりしながら、野郎二人で無意味に盛り上がる俺達暇人組は……うん、一体どうなんだ?

 

「そういえばお前を追いかける前に、イオンがアッシュ達と話してたのを見たが、あれも例の剣のことなのか?」

 

オラクルの女性士官に視線を固定したまま聞いてきたガイに、俺はアリエッタとその横の若い兵士に視線を固定したまま返す。

 

くそ、今の奴、絶対にアリエッタに色目使ってやがった。要注意人物ってことで、リグレットにも報告しとこう。

 

「多分な。アッシュがいるキムラスカに、ローレライの鍵を貸し出すつもりなんじゃねえかな」

 

「貸し出す?」

 

「ああ、寄付金の増額目当てで。一年で二、三千万くらいの増額。あくまで予想なんだけどな」

 

イオンが幾らでも金を払えると言った時は、正直全然どうやるか予想がつかなかった。だがまあ、アッシュのとこに話しに行ったというのなら、まあそういう感じの計画なのだろう。

 

俺に支払う五億は結局キムラスカから。しかもイオンは特に何もせずに、寄付金と支払いの差額を手に入れられる。

 

ぶっちゃけ悪どい商売だが、犯罪ではない。教団が合法的に一方的に得するという、真っ黒だが綺麗な画だ。

 

「…………それ、イオンが考えたのか? あの無茶苦茶な状況で、十数秒の間に?」

 

「そりゃそうだろ。だけどまあ、一番褒めなきゃいけねえとこは行動力と即断力じゃねえかな」

 

普通はそんな明らかに悪どいことは、思いついてもやらない。それほど教団が追い詰められている、そういうことなのだろう。

 

「うーん……イオン、だいぶルークの影響受けてるな。しかも悪いところばかりを」

 

顎に手を当て、困ったように眉を寄せるガイ。困ったのは俺の方だ。何で俺が悪くなるんだ、一分たりとも納得いかねえ。

 

そういう思いを込めて、俺は久しぶりに再会できた親友兼兄貴分の背中を、力一杯平手で打ったのだった。

 

 

――とまあ、このようにして今回の世界終焉の危機は、シリアスなんて言葉とは無縁に終りを迎える。

 

相変わらず締まらないが、いい意味で生暖かい終り方。それこそ世界の危機だなんて連想しようもない、至って何時も通りの結末。

 

人類滅亡への秒読みは未だ止まらず、根本的な危険は残ったまま。それでも人は、ふざけた寸劇に笑顔を浮かべる余裕を持ったまま、長いようで短かった戦いにひとまず幕を下ろせた。

 

新たに始まった物語の序章は、これにておしまいおしまい――――と、誰もが思っていたのだが、ところがどっこいそうはいかなかった。

 

新たな騒動は、土埃を巻き上げる速馬に乗って現れた。

 

「王都が、王都が湿原より現れた魔物に襲撃されました!」

 

「監視対象元大詠師モース並びに他監視対象十二名が、元六神将死神のディストと思しい人物に、連れ去られました!」

 

「報告です! プラネットストームの出力が異常値を示しております! 原因はパッセージリングの暴走とのこと!」

 

現実とは辛く辛いのが世の常であるらしい。

 

まったくもって嫌になるほど難儀な話ばかりだ。勘弁して欲しいぜ、マジで。

 

 

 

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