TOA ~突き進め、我が道を!~   作:あきあ

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第七話 動乱の片隅で

セントビナーのお土産屋で『英雄ルーク饅頭』なる菓子を発見してしまい、軽く死にたくなった。

 

うん、もう……鬱すぎる。

 

笑ってるっぽい微妙な表情の、人間の顔の形をした小麦色の饅頭。『店長いちおし』の旗の下、店頭にずらりと並んでいるそれを呆然と見つめながら、俺はセントビナーの中央広場で膝を折ってうなだれる。

 

似てるとか似てないとか以前に、型に生地を流し込んで焼くだけの大量生産品に、人の名前をつけないで欲しい。つーかせめて本人に許可を取れ。

 

俺の相棒である木刀の出生の地、巨木を中心に据えて栄える、緑を程よく残す煉瓦造りの街、セントビナー。前までは大好きだったこの街だが、今は滅ぼしたい気分でいっぱいだぜ。いや、かなりマジで。

 

「店主、ルーク饅頭を五つ頼む」

 

「てめぇは買ってんじゃねえよ!」

 

「何を言う。名産品を買わずして、どうして観光になる」

 

「名産品じゃねえだろ、絶対!」

 

店の人から紙袋を受け取り金を支払ったリグレットは、こちらを振り返りながら悪戯っぽく口元を吊り上げて小さく笑う。

 

「そう嫌そうな顔をするな。見てみろ、なかなか愛嬌があるぞ」

 

あっても俺には害しかねえよ。

 

紙袋から取り出した饅頭を片手に持って、俺の目の前でふにふにと指で挟んで遊ぶリグレット。完全におちょくってやがる。

 

「もういい。お前なんて俺の顔食って太って糖尿病になってもがき苦しめばいいんだ」

 

「生憎と、今の私は食べることが仕事だ。こんな身体だからな、栄養をしっかりと取らなければ」

 

黄色いリボンのついたつば広の白い帽子を少し上げ、隠れていた涼しげな青い瞳を覗かせたリグレットは、小さく饅頭をかじった。

 

「なかなか味もいい」ともぐもぐやって、何のつもりか俺に紙袋を差し出してくる。

 

うん、何だ。俺にそれを土に返してくれって頼んでるんだろうか。

 

「はは、楽しそうですね」

 

紙袋に手を伸ばそうとした時、のほほんとした声が横からかかった。ついさっきまで、店の隣のベンチに座っていたイオンだ。

 

欠片も楽しくねえし、むしろ不愉快極まりないので、俺は綺麗に華麗に笑顔を浮かべる。

 

「イオン、ちょっと病院行こうか」

 

「え? 僕は元気です……あ、まさかルーク、体調が優れないのですか?」

 

「…………」

 

純粋に心配されちまうというまさかの切り返しに閉口する俺の肩を、リグレットが無言で軽く叩いてくる。

 

憐憫の情溢れる瞳に、俺は軽く情けない気分になった。

 

 

先日のリグレット誘拐事件から、既に二週間がたっていた。

 

ふざけたようなタイミングで起こった地震の僅かな衝撃によりぶっ倒れた俺は、しかし這い蹲りながらも二仕事終えた後、死んだように三日間眠り続けたのだとか。

 

リグレットに至っては五日も点滴の針を腕にぶっ刺してベッドの上で生活してたのだから、心配を通り越して逆に笑ってしまった。

 

で、封印術をかけられて役立たずと成り果てた俺と、貧血と過労でこれまた役立たずと成り果てたリグレットは、みんなから無理やり療養生活を言い渡されたりしてしまったのだ。お目付役にイオンまでつけられてるので、無茶もできない。だから仕方なく、今は世界一周墓参りツアーを敢行してる真っ最中なのだ。

 

何がだからなのかは知らないが、とにかく今日がツアーの初日で、予定は『セントビナーで俺の昔の相棒・練習用木刀の墓参り』だ。

 

ちなみに明日はコーラル城で俺の墓を参る予定だったりする。さらについでに明後日はユリアシティで、またしても俺の墓。

 

……うん。今更だが、何がしたくてこんな予定を立てたんだ、俺たちは。一週間の入院生活で、頭がおかしくなっちまのかも知れない。……冗談とかじゃなくて。

 

木刀の墓があるセントビナーの中央、ソイルの木の下へと続く石畳を三人で歩きながら、のんびりととりとめのない会話をする。

 

良くも悪くも三人とも色々と厄介すぎる事情を抱えてるし、今回はお忍びの旅行ってことで簡単な変装までしてるので、騒ぎになったりすることもなく、今のところは平穏極まりない旅ができている。

 

俺は後ろ髪を全部マフラーで隠して、後は適当にバンダナを巻いてるだけだが、リグレットとイオンはかなり何時もと雰囲気が違ってる。

 

リグレットは軍服を脱いで、白を基調とした丈の長い上着と黒いスカートを身に着けている。何時もの戦闘用鉄板入りブーツじゃなくて、普通のブーツを履いてるし、髪を下ろしてつばの広い真っ白な帽子まで被ってるもんだから、ぶっちゃけお前は誰だよって感じだ。

 

イオンはイオンで導師のゆったりとしたローブ姿から一転し、頭には俺のと似たようなバンダナを巻いて、上は簡素な白いシャツに下は七分丈のベージュ色のもの、そして頑丈そうな靴と、えらくまたボーイッシュになっている。

 

もしこの二人があのリグレットとイオンだと、見ただけでわかった奴がいたら、俺は本気でその偉人を尊敬するだろう。文字通りの大変身だった。

 

「で、本当に墓を作ったのか? 木刀に」

 

「当然。ソイルの木を墓標にしたんだ、あのでかい幹に折れちまった日と感謝の言葉を刻んでな」

 

「ル、ルーク……! それ犯罪ですよっ!?」

 

訝しげに眉を寄せるリグレットに答えてやれば、イオンが顔を真っ青にしてキョロキョロと周囲を見回し始めた。

 

「ソイルの木は帝国によって保護対象に指定されてるんです! それに文字を彫るだなんて……」

 

た、大変だ……と、盛大にあたふたと取り乱すイオン。何だか見ていて可哀想だ。

 

むう……それにしても、確かにそうだ。あの木って確か不思議パワーがあるとか何とかって話だし、国に保護されてたっておかしくはない。

 

うん、どうやらまたみたいだ。

 

「ふっ、やっちまったぜ」

 

「誇るな、馬鹿ルーク」

 

 

犯罪者人生に冗談抜きで拍車がかかってきたと笑顔で開き直れば、冷たすぎる目をしたリグレットに一刀両断された。今の弱体化した状態では、逆らえば即死に繋がっちまうのだから困りものだ。

 

とりあえず最近の襲撃され具合からしてみれば、拍子抜けしちまうほど何事もなく無事にソイルの木の根元に埋葬した木刀を参り終えてしまい、ツアー初日の予定を消化してしまった。

 

まだ昼飯さえも食ってない時間だったので、とりあえず目に入った喫茶店でだらだらすることに決定。ツアーとか言ってるのに、この行き当たりばったり具合……ぶっちゃけどうなんだ。

 

落ち着きのある店内で丸テーブルに座り、あんまり食欲がないので唯一頼んだ紅茶をずずーっと啜りながら、運ばれてきた飯を食べる二人を、眠気から閉じそうになる目を擦って何とはなしに眺める。

 

まだ血が足りてないからなのかは知らないが、グラタンやらパスタを黙々と食べるリグレットとは対照的に、サンドイッチ片手にイオンは何やら陰のある顔でぼんやりしていた。

 

「イオン、どうかしたのか?」

 

「あ……いえ、少しみんなのことを考えていました。任務について、今日でもう十日ですから」

 

「確かに、それなりに時間はたっています」

 

首を横に振って苦笑するイオンに、唇についたパスタのトマトソースを拭くリグレットが淡々と報告じみた返答をする。

 

「しかし問題はないでしょう。時間がかかるのは万全を期しているからで、慢心のない証拠です」

 

「……そう、ですね。ただでさえ少ないメンバーを分けたのですから、準備は必要ですよね」

 

世界最強と言っても過言じゃなかったりする奴らを心配するイオンに、何て優しい人間なんだとうとうとしながら感心する。

 

みんなはイオンの言った通り、任務に就いている。モース一派に制裁したあの日に起こった、結果的に俺とリグレットにトドメを刺すことになった地震で、理由ははっきりとしてないが、魔物――それも創世歴時代の凶悪な奴らが数体現れたのだ。

 

異常にでかいミミズやサソリ、火を吹くドラゴンやベヒモスのような獣などなど。ドラゴンは地震にびびって火口から飛び出したゴン君だからいいが、それ以外の十に近い魔物の話はマジなもの。みんなはそれの討伐に行ってるのだ。

 

確か三チームに分かれてたはずだ。アリエッタとアニス、それにジェイドとディストで一つ。ティア、シンク、ガイで一つ。アッシュ、ナタリア、ラルゴで一つのチーム……だったとは思うが、それどころじゃなかった俺は、いまいち覚えちゃいない。

 

「ルーク、何だか随分と眠たそうですが、本当に体調が悪いのではないですか?」

 

「いや、その話はもういいって。眠いのはただの寝不足だから。ほら、あれだ、最近はずっと封印術のこと調べてたからよ」

 

頭をぐらぐらさせる俺をイオンが本気で心配してくるが、別に脳に異常をきたしたわけじゃないので安心して欲しい。本当にただの寝不足なのだ。

 

「封印術……報告書を読んだのですが、ルークは本当に封印術をかけられているのですか? 人間離れしたモースたちを圧倒したんですよね」

 

「あー……、ただ相性が良かっただけだよ。あいつらって力だけはあったけど、技術がまるでなかったからな。もしモースたちがちょっとでも武術かじってたら、正攻法じゃあ俺が負けてたと思うぜ」

 

あの戦い、みんなは俺の余裕の勝利だと勘違いしてるらしいが、実際は綱渡りのようなものだったのだ。ぶっちゃけあんな状態のリグレットを見て俺は間違いなくキレてたから、一ミクロンたりとも手加減なんてしてなかったし、手加減して勝てるような状態でもなかった。

 

だから本当に、相性が良かっただけなのだ。もしもモースが一度でもあの姿での戦闘を経験していれば、俺はここにいなかったかも知れない。今回の勝利は、偏にあいつらの経験の無さによるものだ。

 

今更ながらに、冷や汗がだらだらと出てきたりしちゃったりしてる。

 

ほんと、俺ってよく生き残れたよな。びっくりだぜ。いや、マジで。

 

「あの、ルーク」

 

「ん?」

 

「皆の戦闘力って、どのくらいなんですか? 僕は門外漢ですから、よく分かってないんです」

 

苦笑しながら、しかし真剣な眼差しで俺の瞳を見つめるイオン。

 

むぅ……イオンの奴、どうやら余程あいつらが心配らしい。

 

いくら過激な創世歴時代を生き抜いた魔物って言っても、流石にあいつらには勝てないってのが限りなく事実に近い予想なのだが……まあ、確かに信じることは難しいのか。

 

俺は小さく息を吐き出し、そして目をごしごしと擦りながらリグレットを親指で指す。

 

「そういうのはリグレットに聞いた方がいいと思うぜ。俺より詳しいし、洞察力とかも凄いし」

 

「謙遜も過ぎれば失礼に当たるぞ。この世界のどこに、お前以上に戦闘に関して真面目な人間がいるんだ」

 

「世界のどこにって……目の前にいるから頼んだんだけどな、俺は」

 

何やら本気で勘違いしてるらしいリグレット。冗談とかじゃなくて、リグレットが持つ情報量はマジで凄まじいのだ。

 

リグレットはグラスの水を少し飲み、「まあ、いい」と小さく肩をすくめてイオンに顔を向ける。

 

「相性や地の利、敵に関する情報の量など、様々な要因が絡み合って初めて優劣がつくので、今から言うのはあくまで目安になります」

 

「はい、お願いします」

 

にっこりと笑って小さく頷くイオンと、何やら呼び止めたウェイターさんに紙とペンを頼んだリグレットを確認し、俺はだらしなくテーブルの上にうつ伏せた。

 

行儀が悪いぞとか聞こえたが、そんなことはもうどうでもいい。眠いったら眠いのだ。

 

「あ、リグレット。今は敬語はなしでお願いします、休暇中ですし」

 

「わかりました」

 

自然体でいきましょうとのほほんと提案するイオンに、しっかりと敬語で返すリグレットに笑いかけたが、ともかくリグレット教官による第一回戦闘能力解析講座が始まったのだった。

 

しかし不良生徒な俺は今からお休みタイムに入るのだ。お休みなさい……ねむねむ。

 

「まず、一番強いのは間違いなくこの男だな。洗練された剣術に鍛え上げられた肉体、何故かあまり使おうとはしないがティアの譜歌と同じ力、そして超振動もある。何よりそれ以上に勝つことに貪欲で、厄介極まりないことに巧妙な搦め手を用いる頭もある。確信を持って言えるが、ルークはヴァン・グランツよりも強い」

 

「随分と評価しますね、ルークのことを。……と言うか、寝ちゃいましたね」

 

いや、流石にまだ寝てねえよ。ただ何か……こう、こっぱずかしくて顔を上げられなかったりするだけだ。

 

「次は少し差が開いて、ジェイド・カーティス。圧倒的な譜術に頭脳、槍の方も天才的ときている。こちらもかつてのヴァン・グランツを越えていると思う」

 

「ヴァンよりも……ジェイドもやはり、強くなっているんですね」

 

感嘆の息を吐くイオンに、果たしてリグレットがどのような表情を見せたのか、見てない俺にはわかりようがなかった。

 

……ヴァン、か。眠気でまともに頭が働いてないからか、自然とあの時の情景が頭に浮かんで来てしまう。

 

癒えきっていない生傷だらけの身体で、しかし穏やかな顔で俺の腕の中で眠っていた彼女。何時もは凍てついているかのような厳しさを湛える青い瞳は、優しく閉じていて、何時もは引き締まっている口元も、少しだけ穏やかに緩んでいた。

 

そんなリグレットの口から漏れた、ヴァンの名前。

 

その声色があまりにも嬉しそうで、その声色があまりにも安堵しているようで――ショックだった。

 

ここにいるのはヴァンではなくて、俺なのに……と。

 

たぶん、はっきりと自覚してしまったからいけなかったのだ。

 

塔の外でリグレットの悲鳴を聞いて、そして張り付けにされたリグレットの姿を見て、俺は間違いなくリグレットを大事に思っていると自覚しちまった。

 

ほんと、自分でも信じられねえ馬鹿げた話だぜ。何でまたよりにもよって、ヴァンの野郎なんかを好いてるリグレットを好きになっちまったのか……溜め息しかでねえ。

 

「カーティス大佐以降は、また少し実力に差があるな。順にシンク、ラルゴ、ティア、アッシュ、ガルディオス伯爵……この五人の力はかなり近いと思っていい。次はまた少し差が開いて、アリエッタとアニスだ。だがアリエッタの譜術はカーティス大佐に追随するものがある――と言うより、譜術だけでアニスに並ぶアリエッタの才能は、カーティス大佐をしのぐかも知れない。最後はナタリア殿下……まあ、皆には劣るが、彼女もまた揺るぎなく、平均より抜きん出ているな」

 

物思いに耽る俺の上を、淡々と語り続けるリグレットの声が通り過ぎて行く。

 

……まったく……俺は一体何てことを考えてんだ。今はそんなどうでもいいことに頭を使ってる場合じゃない。焼石に水程度にしかならねえが、少しでも封印術を解かねえと。

 

前からちょくちょくと挑戦してるが、俺の頭じゃあ百年かかっても封印術を解除できる気がしねえ。改めて思うが、これを短時間、しかも自力だけでやり遂げたジェイドは真性の天才だ。

 

眠たいからか更に何時もより効率が悪く、まったく作業が進まない。元はといえば頭が回らないから寝ようとしてたのに……俺は一体全体何がしたいんだ。

 

「あの、リグレットはどのくらいなんですか? 名前が出てきませんでしたけど」

 

もう色々嫌になりすぎて、むしゃくしゃしてきたので、聞いていいのか迷う控えめなイオンの言葉に、俺はむくりと頭を上げながら吐き捨てるように答えた。

 

「ジェイドの上で、俺の……封印術かけられる前の俺の下」

 

「ルーク……! 寝ていなかったのですか」

 

「眠かっただけだっての」

 

すっかりと勘違いしてたらしいイオンは、心臓に悪いですと首を振る。そしてパンの崩で汚れた手を拭きながら、交互に俺とリグレットに目をやる。

 

「ジェイドより上……ですか。凄いですね」

 

「買い被りすぎだ。何の準備もなければ、到底勝てない」

 

……謙遜は嫌みになるんじゃねえのかよ。

 

真顔で嘘を吐くリグレットに、多少頭痛を覚えた。

 

俺の見立てでは、リグレットが僅差でだが勝っている。そこにあの多連譜術砲撃とかいうでたらめ過ぎる技を入れたら、リグレットが圧勝するのではないか。

 

いや、だってありえねえだろ。数十発の上級譜術を連続で撃てるとか……うん、とりあえず人間業じゃねえな。

 

「……まあ、とにかく、みんな凄いですね。あのヴァンに追い付いたり、追い越したり……本当に強くなったんですね」

 

穏やかに微笑むイオンに、しかしリグレットは苦々しい表情で首を横に振る。

 

「まだ足りない。先日のオールドラントの襲撃、ルークがいなければ私たちは負けていた。まだまだ強くならなければ、私たちは生き残れない」

 

「…………」

 

リグレットの言葉は、真実だ。

 

オールドラントが世界に介入してきたことで、人間のレベルは強制的に引き上げられた。人類滅亡を回避するには、嫌でも強くならなければならないから。

 

しかしだ。

 

しかし、まだ十分ではない。

 

だからみんなは今、頑張っているのだ。短期間では劇的な強化は望めないが、それでもやらないよりかはマシだと、少人数で危険な魔物の討伐なんかをしている。

 

「ティアが言っていた。ルークの戦いを見て気づいたと。出来てしまったどうしようもない差を、少しでも埋めなければならないと」

微笑ましそうにティアのことを語るリグレットが、何故かグラタンを掬ったスプーンを俺の口元に突き出してきた。

 

……この女、俺に残飯を処理させようとしてんのか。食えもしねえくせに、料理頼みすぎなんだよ。

 

パスタ、グラタン、サラダにサンドイッチにケーキ、明らかに昼に食べるメニューじゃねえだろ。

 

「…………」

 

無言で睨み付けると、リグレットは態とらしい程優しく微笑んでくれやがった。

 

「皆に追いつかれないように、私たちも頑張らなければな。封印術の解除には各国の研究者が協力して当たっているんだ、お前だけが徹夜して食欲を無くすまでやる必要はない。多少無理をしてでも食べておかないと、体を壊すぞ」

 

「じゃあ――店員さん、メニュー追がふっ!」

 

「ん? 何か言ったか?」

 

凄まじく長ったらしい台詞で言い訳しやがったリグレットを困らせてやろうとしたら、スプーンを口に突っ込まれた。俺の真っ白な歯が折れたらどうしてくれやがるんだ。

 

「ほらルーク。寝不足で辛いのは分かるが、これだけでも食べておけ」

 

「…………」

仮に何か料理を頼んでも、全部食べきれる気がしないのは確かなので、何も言えない。とりあえず俺は恨みを込めて、淡々とスプーンを口に運んでくるリグレットを睨み続けるのだった。

 

くそ、的確に人の足元見やがって……む、このグラタン、なかなかイケるぜ。

 

「…………あの、二人とも、恥ずかしいのでやめて貰えませんか――ていうか、やめて下さい」

 

とりあえず微妙に顔を引きつらせているイオンが不思議だったので、スプーンをくわえた俺と、そのスプーンを持つリグレットは、ひたすら首を傾げるのだった。

 

つーかそれより、このグラタン本気で美味い。

 

 

コーラル城で俺の墓を参って(ちなみに初めて来たというリグレットの非情さに落胆した)、大幅に予定を繰り上げてやって来たユリアシティの船着場で(ユリアという単語を聞いて俺が発狂したのはご愛嬌)、俺たちはゾンビに出会った。

 

「ル゛ーグざーん」

 

「く、来るんじゃねえよ!」

 

「何とかしろ、ルーク! 悪霊とか呪いはお前の専門だろう!!」

 

「ゾンビは悪霊でも呪いでもねえよっ!! つーかリグレット、お前、俺を何だと思ってやがる!!」

 

「ル゛ーグざーん、待っでぐだざーい」

 

「ぎゃああああああああああああああああああああああ!!」

 

全力疾走で走ってくるまさかの高起動ゾンビに、俺たちは迷わず慌てず迅速に……悲鳴を上げて海に飛び込んだ。

 

こんなことになるんなら、ノエルに残っててもらうんだったぜ。そしたらこんなゾンビ地獄、一気に脱出できるたのに。

 

「だだだだだ大丈夫ですかルークさん!? 今救助を……!!」

 

…………。

 

……………………。

 

結論。ゾンビじゃなかった。結論も何も、そりゃあまあ当然だ。

 

ゾンビもびっくりの顔色の悪さで、かつ頬が痩けてる上に目を真っ赤にして瞼を腫らしていたのは、フリングス少将だった。ゾンビどころか俺もびっくりだ……人間って、どうしたらここまで酷く変われるんだよ。

 

ユリアシティの気味悪いほど機械的で無機質な船着場を抜けて、中央棟を横切って理路整然と並びすぎてる居住区へと向かう。

 

そのまま最近できたという宿屋、造りが創世歴時代の継ぎ目がない不思議な材質でのそれなので、前からあったものを流用したのであろう建物に入った。フリングス少将が、ここに部屋を借りているんだとか。

 

部屋の中はそこそこ広く、ベッドと二人掛けのソファー、テーブルがある。端にはクローゼットやら何やらもあるが……それよりもだ。

 

俺とリグレット、イオンはとりあえずベッドに腰掛け、対面のソファーに座るフリングス少将を見る。いや、軍服じゃなくて簡単なシャツとズボンってな服装だし、しかも何か窶れてるしで、別人にしか見えない。

 

何やら話したいことがあるとかで連れてこられたのだが……うん、流石に治癒術を極めた俺でもゾンビ化は…………

 

「ルークさん」

 

「大丈夫だよ、きっと。ゾンビになったって、生きていけるさ」

 

「ふむ、ゾンビは死んでいるぞ」

 

くすんで見える、つーか完全にくすんでる銀色の前髪から、衰弱した瞳で俺を見てくるフリングス少将に力強く頷いて見せれば、リグレットが冷静に現実を見せつける。まったくもって容赦がねえ。

 

まあ、海水でずぶ濡れになったから、機嫌が悪いのかもしれない。今でも寒そうに、俺が貸してやったマフラーを毛布代わりにして、若干震えてるし。

 

「……あの、真面目な話なので、ふざけるのはやめて貰えませんか?」

 

「いや、俺は至って真剣――」

 

「ルーク、少し黙っていましょう」

 

何故か辟易する少将に弁解しようとしたら、隣に座るイオンに優しく肩を叩かれた。

 

……俺が可哀想になってくるから、その憐れみの目をやめてくれ。

 

「少将、どうぞお話を」

 

「ありがとうございます、導師」

 

少将は疲れ果てた乾いた愛想笑いを浮かべ、しかし次の瞬間には今にも自殺しそうな暗すぎる顔で俯く。そしてごそごそと懐を探り、取り出した黄金性の短剣を哀愁漂う動作で机の上に置いた。

 

「……セシル少将に、セシル少将に…………絶縁を言い渡されました」

 

「…………………いや……え……?」

 

「ふられたんです、私」

 

俺たちは絶句した。ちなみに少将は絶望している。

 

「……ルークさん…………どうしましょう?」

 

「フリングス少将……一ついいでしょうか」

 

マジで泣き始めたいい年した男である少将に、リグレットが辟易して額に手をあてる。

 

「あなたにとって、一大事だったということは理解した。私も同情します。辛かったでしょう」

 

「謡将、過去形にしないで下さい! 勝手に終わらせないで下さいっ!」

 

「あ、ああ……すみません」

 

あのリグレットが怯む勢いの少将……むぅ、この人ってこんな性格だったか? 前グランコクマで一緒に飯食った時と、かなり性格が……つーか顔もだが、違う。

 

若干怯んで無意味に両手で俺のマフラーをもふもふやったリグレットは、小さく咳払いをして続ける。

 

「そのだな。どうしてそういう相談を、ルークにするのでしょうか? 適任ではないというのに」

 

「だから、お前いい加減に、さり気なく俺を貶すのやめようぜ」

 

適任ではないとか、せめて断言はやめてほしい。それに、ぶっちゃけ他人への気遣いなどが俺と同レベルなリグレットに、俺を貶す資格なんてまったくこれっぽっちもないと思う。

 

しかし俺の切実な訴えには誰一人とせず全く反応せず、なかったことになってんのかと疑うほど自然に、フリングス少将がリグレットに返答する。

 

「前にグランコクマで、ルークさんに相談にのって頂いたんです。セシル少将への手紙の内容などについて。……ですから今回もご意見を仰ごうと思い……」

 

「失敗でしたね。探せばもっと相応しい相談役がいたでしょうに」

 

…………。失敗とか言われた。うん……なんか存在を否定されてるようで、軽く泣きたい。

 

ていうかリグレットなんて、風邪ひいて寝込めばいい。罰が当たればいい。

 

何かもう半分鬱状態の俺は、何となく机の上の黄金の短剣を手に取って眺める。質はかなりのものだし、セシル家の家門が柄に彫ってあるし、おそらく代々セシル家に伝わる正当な品なのだろう。

 

「…………そういえば、何でこんな高級品もらったんだ? 絶縁言い渡されたとか言ってたのに」

 

家門まで入ってる品を貰ったんなら、絶縁じゃなくてむしろ真逆の意味に思える。

 

「ルーク」

 

一人首を捻る俺の手からゆっくりと短剣を取り、苦笑するイオンが鞘から刀身を抜いて宙で何かを切る真似をする。

 

「女性から男性に短剣を贈ることは、関係の断絶を意味するんですよ。昔からの風習ですね。短剣で二人の縁を切る、そういうのが発祥らしいです」

 

常識なんですよと笑いながら、イオンは短剣を鞘に戻した。

 

自然と、自然と視線が腰の銀製のナイフにいく。それはアリエッタ、シンク、リグレットと共に買い、そしてリグレットから贈られたものだ。

 

……何だ、そういうことか。

 

「ル、ルーク……?」

 

俺は嫌みな程鮮やかに光を反射するナイフから強引に視線を外し、熱くなる頭を理性で強引に冷やし、僅かに身構えてこちらを向くリグレットを見やる。

 

「ハッ! らしくもねえ回りくどいことしやがって。俺だって自覚してんだ、縁切りてぇほど憎んでんなら、最初っからそう言えってんだ」

 

「何を……」

 

「少将、心当たりが有りすぎるから、セシル少将には俺から話つけてみるわ。あんたも予想してるだろうけど、どうせうちの馬鹿親父関連の噂が原因なんだろうよ」

 

横のリグレットの言葉を遮り、俺はそれだけ言ってベッドから立ち上がった。そして事情を知らないイオンと少将が何事かと焦るのを横目に、さっさと部屋から出る。

 

……ほんと、やってらんねえぜ。

 

 

恨まれてるのも、憎まれてるのも知ってたし、納得もしていた。

 

しかしだ。こっちに戻ってきたばかりの時に一応、ヴァンを殺しちまったことについては許すとか言ってくれていた。

 

本心はともかくとして、俺を許そうとしてくれる気持ちはあるとばかり思ってたので、絶縁を望まれていたと知って本気で驚きだ。

驚いてるし、地味に傷ついてる。好かれてる以前の問題なのは前からだからいいが、そういう思いを隠すようにして示されてたって事実に、僅かに……いや、やっぱかなり苛ついてもいる。

 

ついさっき通り過ぎた船着場が見える広場で、俺は一人木刀を振る。気分が悪い時には暴れるのが一番だ。

 

これで相手でもいれば言うことはないが、生憎と今ユリアシティにいる戦闘可能な知り合いは、ついさっきずいぶん前に俺に絶交を言い渡していたと発覚したリグレットだけ。

 

そんだけ憎まれてりゃあ、勢い余って殺されちまいそうなので、こっちからも願い下げだ。

 

身体能力ががた落ちしちまってる今、俺がやるべきことはただ一つ、戦闘時における最も効率的な身体の運用法の確率だ。

 

五年間も地獄で修行を積んできたが、こればかりは極め終えることはできない。無駄な動きを完全になくすことは不可能、それ故に限りなくそれを零に近づけなければならないのだ。

 

全力を出すことができない今だからこそ、今まで筋力と音素に頼っていた無駄の多い動きがわかる。封印術によって弱体化したのは確かだが、技を徹底的に磨ける機会を得れたことはマイナスじゃあない。

 

うん、やっぱり何事もポジティブに考えなければ。

 

――というわけで、俺は汗だくになって木刀を振り回しながら叫んだ。

 

「絶交がなんだ馬鹿野郎!! 今更一人や二人に縁切られたって痛くも痒くもねえっての!!」

 

「…………痛くも痒くもないのか」

 

「んなわけねえだろボケェッ! 誰だてめぇ!? ああ゛!? 俺は今ショック過ぎて気分が悪ぃんだ! 喧嘩売ってんのなら覚悟し……………………………ましょう」

 

後ろからかけられた小さな声に罵詈雑言を吐きながら振り返れば、広場の外に黒いマフラーに顔をうずめて俯いているリグレットさんが立っていた。

 

まさかの人物に一瞬停止してしまったが、流石は俺、ちゃんと見事に最後まで言い切れた。

 

もう流石すぎて泣きたい。死ねよ俺、何で本人目の前にして本音ぶちまけてんだ。

 

リグレットは俯いたまま円形の広場に入り、中央で立ち尽くす俺の方に向かって歩いてくる。広場に俺たち以外の人影がないのは、木刀振り回しながら叫ぶ俺のせいじゃないと思い込みたい。

 

「誤解を解きに来たが、どうやら必要なかったようだな。お前にとっては私との縁など、あってもなくても同じようなものらしいからな」

 

「赤の他人に何かようデショウカ? 総長殿」

 

リグレットが何か言ってるが、まるで理解できない。俺の頭はさっきの絶望的なまでの失言をどうにかすることだけで精一杯なのだ。

 

どうするんだよ、俺。実はショック受けてるとか言ったら、リグレットを喜ばせるだけじゃねえか。

 

「俺は忙しいんで、さっさと消えて頂けませんかね」

 

「ふっ……痛くも痒くもない、か。知らない仲ではない人間に絶縁などされるば、お前でも多少は傷つくと思っていたが、とんだ勘違いだったな」

 

「笑ってんじゃねえよ。ショックだったとか冗談に決まってんだろうが」

 

瞳を伏せたまま僅かに微笑を浮かべたリグレットに言い返したはいいが……何だか会話が噛み合ってない気がしてきた。まともにリグレットの言葉を把握する余裕がないから当然と言えば当然なのだが、断片的に頭に残ってる声から考えても、凄まじくすれ違ってる気がする。

 

「…………」

 

「…………」

 

向こうも伏せていた瞳を上げ、眉根を寄せて戸惑ってるし……うん、一体全体何なんだろう、この状況は。

 

「…………」

 

「…………」

 

「……………………」

 

「……………………」

 

互いに何も言えずに、ひたすら沈黙を保ち続ける。

 

いや、ほんとにらしくない。何時もならすでに相手の胸倉掴むなり武器向けるなりして、さっさと用件を聞き出してる頃だろうに、全く行動を起こす気がしないのだ。

 

改めて思うが、俺はどうやら相当参っちまってるらしい。リグレットの顔を見た瞬間から、頭がまともに働いてねえのだ。

 

青天の霹靂って言うのか……フリングス少将のことをまるで笑えないことが笑えて仕方ない。

 

うん、後で誠心誠意真心を込めて謝っとこう。馬鹿だとかへたれだとか駄目男とかゾンビだとか思って、マジでごめんなさい。

 

親しい奴……認めたくはねえが、しかも好きな奴にいきなり絶縁とか言われたら、かなりヘコみます。

 

そんなことをウダウダグジグシ考えてたら、リグレットが無言のまま背を向けて、広場の外に向かって歩き始めた。そして広場と通路の境目にある柱の真ん前に立ったリグレットは、頭を大きく後ろに反らす。

 

「おい、リグ――」

 

何するつもりだと問おうとした瞬間――リグレットは勢いよく反らした頭を振り、額を柱にぶつけた。

 

なっ……あの女、何してんだよ!

 

「リグレット! お、お前頭大丈夫かよ!?」

 

響く痛々しい音に目を見開き、ぐらりと揺れるリグレットに駆け寄る。

 

いくら何でも意味不明にも程があるだろ。下手したら頭蓋骨に罅が入ってるぞ。

 

「うわ……馬鹿、お前、血が出てんじゃねえか」

 

ふらついて今にも倒れそうなリグレットの背中に腕を回して支え、ゆっくりとしゃがみながら横にしてやる。立てた右膝と右腕をクッション代わりにして寝かせたリグレットの額を覗き込めば、血が滲んでいた。

 

「冷静に思考出来なくなっていたから、ただ衝撃で頭を覚ましただけだ。上っていた血が抜けたお陰で、ようやく頭が回り始めた」

 

「だからって危ねえことすんなよ! ……動くなよ、すぐに治してやるから」

 

この女、もっと自分の体を大事にしろよ。

 

平然と淡々と何時もの無表情で言い切ったリグレットに多少苛つきを覚えながらも、俺はあいている左手を彼女の額に翳して、素早く発動した治癒術の光を灯し、軽く撫でてやる。

 

「……大袈裟な奴だな。他人が擦り傷を負ったくらいで、どうしてそんな泣きそうな顔をするんだ」

 

「大袈裟じゃねえよ……お前、頼むからもっと回りの奴のこと考えろ。前に拉致られた時だって……つーか、誰も泣きそうになんかなってねえだろ」

 

細くて柔らかい金色の前髪を払い、袖で額の血を拭ってやる。幸い本人の言う通り、擦り傷と軽い内出血ですんでいた。

 

この程度なら傷跡も残らないだろうし、あと少しで完治するので、ようやく一安心だ。

 

「……そのだな、私も説明不足だったと思う。お前と絶縁する気などさらさらなかったから、ただ、知っていないのなら問題はないと思って…………、ナイフを渡した時にも言ったが、純粋に――」

 

「俺、かなり傷ついたわ。憎まれてるのは知ってたけど……」

 

考えも纏まっていないままに、何時ものように理路整然としてない話し方で必死に俺に言い訳するリグレットに、欲望に駆られるまま言わなくてもいい本音を言う。

 

「なっ……!」

 

しかし、リグレットから返ってきた反応は、罪悪感に綺麗な顔を歪めるという俺の予想とはかけ離れたもので、怒りに任せて俺の胸ぐらを掴んでくるという驚きのものだった。

 

「ちょっ、リグ――」

 

「――ふざけるなよ、ルーク。私がお前を憎んでいるだと? 本気でそう思っているのか?」

 

本気でって……事実そうじゃねえか……。

 

「だって俺、ヴァンを殺したし……今でもあいつを殺したいって思ってるんだから、ある意味お前の敵じゃねえか」

 

爛々と輝く、しかし絶対零度を湛える瞳から目を反らした瞬間、リグレットに強引に首ごと向きを変えられる。

 

「黙れ。他でもないルークが、私のルークへの感謝の思いを否定するな。…………それに、私がお前を憎むのではなく――私はあなたに憎まれる側でしょう」

 

「俺はお前を憎んでなんて――」

 

「知っている」

 

一瞬だけ、でも確かに泣きそうに歪められたリグレットの顔。慌てて彼女の大きく的を外した言葉を否定しようとしたら、途中で儚く微笑む彼女に遮られた。

 

「知っている、お前は底抜けのお人好しだ。私のような人間を、力を失ってまで助けてくれた、どうしようもないほど優しい人間だ。だから……お前がそんな人間だから、私はあの時、駄目なのにルークに背中を預けてしまった。私は本当に弱くて卑怯で……――まったく、これでは何のために力をつけたのか分からないな」

 

自嘲気味な笑みから一転し、口の端を僅かに吊り上げて、リグレットはシニカルに笑う。

 

やれやれと溜め息を吐きながら、俺の胸ぐらから手を離して立ち上がるリグレット。俺は離れていくその手を、無意識に掴んでいた。

 

 

「あのよ、何で共闘しちゃあ駄目なんだ?」

 

「お前がいなければ、私が敗れていたことが問題なんだ。一年前のあの日を繰り返すことだけは……もうしたくない」

 

一年前…………俺がヴァンを殺し、そして俺自身が死んだ日のことか。

 

リグレットはかなりの意地っ張りで、しかも目の前に立ちはだかる障害は、自力で粉砕しなきゃ気がすまないような厄介すぎる堅い性格してる……多分そういうところから、こういう行き過ぎだ発言か来てるんだろう。

 

「お前さ、だからって一人で戦う必要ねえだろ。一緒にやればいいじゃねえか」

 

「ふむ、完全に一人で戦うことを想定し、かつ異常にそれに特化してる人間にそんなことを言われる日が来るとは思っていなかったぞ」

 

ふむ、ぐうの音も出ねえぜ。

 

基本的に今の俺は、リグレットの言う通り、一人で暴れることに特化してる。本来アルバート流ってのは全ての局面を想定した流派だから、俺もやろうと思えばチーム戦もやれるのだが……何せ修行期間中、ひたすら一人でリンチとかリンチとかリンチとかリンチとかリンチを受けてきたから、まあそうなっちまったのだ。

 

しばし無言のまま見つめ合ってたが、流石は俺、瞬時に明暗を思いついた。流石すぎるぜ俺、これだから俺。

 

「うん、あれだ。俺に協調性がねえから悪いんじゃなくて、俺についてこれねえみんなが悪いんだ。でだ、十中八九多分きっとリグレットなら大丈夫だと思う訳なんだよ、俺は。お前の戦い方って基本的に、人に合わせ易いし。ってなわけで、俺が返り咲いた暁にはよろしく頼むぜ」

 

「…………まあ、別にいいのだが、ルーク、その自己完結する癖は直した方がいい。はっきり言って、会話になってないぞ。誰もお前が悪いとか言ってないだろう」

 

「あー、通じてんのなら問題ねえだろ」

 

半眼でじとっとした視線を送ってくるリグレットに、俺は力強く頷いて返した。問題ないったら問題ないのだ、きっと。

 

「あとよ、もう一個いいか? お前さ、俺が優しいとか本気で思ってる?」

 

何かさっき異常なほど誉められてたが……うん、優しいって言われても微妙でしかない。

 

だって俺の渾名って悪魔君だし、業界で最も注目されてる今を輝き煌めく悪の華だし、世界そのものであるオードラントのブラックリスト、それのトップランカーだし――――ってあ、あれ? 俺ってもしかして、ろくでもない奴なじゃ……

 

「ルーク、大丈夫か? 顔が青いが」

 

「な、なあ、リグレット。俺ってもしかして、駄目人間だったりしちまったりするのか?」

 

「今更そんな当然のことを確認してどうするつもりだ。頭が悪い……頭が痛むのか?」

 

「…………」

 

気を使って言い直してくれたらしいが、気を使われた時点で色々とダメな気がする。少なくともリグレットは、俺を頭がよろしくない子だと認識してるらしい。

 

しかも、当然のことって……。

 

「まあ、ほら、あれだ。頭のことなど気にするな」

 

俺の複雑すぎる視線に気づいたのか、リグレットは小さく咳払いをしてふいと目を横に反らす。何か若干逃げようと身体を強ばらせてたが、さっきからずっと右手を掴んでるので無駄である。

 

無言でひたすら非難の眼差しを送る俺への僅かながらの抵抗のつもりか、リグレットは顎に当たっているマフラーの布地を左手でちょいと上げて、口元を隠した。

 

「そういえば、お前が優しいかどうかだったな」

 

「…………」

 

「お前は確かに自分勝手、自分本位、自己中心的と三拍子兼ね揃えた上に、横暴で暴虐で無駄に偉そうな一見どころか極まった駄目な人間――」

 

「あ、すみませんけど、そろそろやめてもらえます? マジでもう聞きたくねえから」

 

リグレットの手を放して、耳を塞ぎながら立ち上がろうとした瞬間、リグレットが含みのない小さな笑い声を上げた。

 

呆気に取られて再び地面に腰をおろした俺に、リグレットは極々にもう一つ重ねて極めて僅かに照れたように頬を赤くする。

 

「――ではあるが、しかし全てを踏まえた上で、私はお前を優しい人間だと思っている。誉められた性格ではないが、ちゃんと筋を通す人間ではあるからな。何よりあのアリエッタやティアがそう言っているのだから、間違いはないだろう」

 

それに無意味に何時でも優しい人間より、ルークのような中途半端な人間の方がよほど信用がおける――と、リグレットは一転して事務的に続けた。

……ああ、もうほんとに何だよ。人の性格貶しまくった上で、何でこの女は俺を信用できるとか言うんだ。

 

「――……っ!」

 

何だかよくわからない衝動に駆られるまま、俺は掴んでいたリグレットの手を引っ張り、引き寄せたリグレットを抱き締めていた。

 

胸に当たる頭から、塩の香りがする。彼女の細い腰に回した左腕に力を込めて、右手を頭に添える。そのまま柔らかな金色の長い髪を梳こうとした瞬間――胸板からがばりと顔を上げたリグレットが、藪睨みで俺を見上げた。

 

「急に何をする、驚いただろうが」

 

「ふざけんな、びびったのは俺の方だっての。つーか顔上げんな、恥ずかしい」

 

「ふっ、何だ貴様、照れているのか?」

 

「照れるようなこと言ったのはお前じゃねえか」

 

非っ常に認めたくねえが顔を赤くしてる俺に、リグレットが嘲笑を浮かべてくる。

 

「私は事実を言ったまでだ。それでもお前が照れているのは、偏に自覚が足りていないからだろう」

 

「……っ、何の自覚だよ?」

 

「私や他多数の恩人だという自覚だ。少なくとも私は、お前の自分勝手とも言える優しさに救われたよ」

 

そう言って、リグレットは優しく微笑んだのだった。

 

……本当の本当に、俺の頭は末期らしい。さっきからマジでどうしようもないことばっかり考えてやがる。

 

――リグレットが欲しい。

 

冷徹で厳格な態度の裏にある穏やかで温かな優しさが、たまならなく愛おしい。

 

少しだけ俯けば塞げる距離にある、薄い桃色の唇。何も考えずに今すぐそれを奪いたい。そうすれば、冷たい透き通るような青色の瞳を俺に向けてくれるかもしれない。

 

――欲望の赴くままに、好きだって言ってしまいたい。

 

「ルーク? どうしてまたそんな泣きそうな顔をしているんだ、さっきから様子がおかしいぞ」

 

――だけど、それだけは言っちゃあ駄目だ。言ってしまったら、また約束を破って裏切ることになるのだから。

 

下から俺の顔を覗き込み、純粋に心配してくれるリグレットに、ふざけた馬鹿らしい邪魔でしかなく不必要極まりない無駄な思考を脳内から排除し、俺は何時も通り笑って言ってやる。

 

「だから、俺はショック受けてんだよ。お前に絶縁されたと思ってたからな……あー、お前のせいでむちゃくちゃ嫌な思いしたぜ。せめて責任とって飯ぐらい奢れ」

 

「……若干納得いかないが、まあいいだろう。一眠りした後で、お前に夕飯を作ってやる」

 

「え、お前って料理できんのか?」

 

「撃つ」

 

「ごふっ……!」

 

い、胃が……胃がやばい……! 胃液が逆流してる!

 

極寒の瞳で俺を睨みつけるリグレットは殺すと断定し、ついでのように零距離で鳩尾を殴って俺を悶絶させる。そして苦しみながら華奢な肩に顔をうずめた俺の首をがっしりと片手でホールド。

 

リグレットの肩に顔を押し付け苦しむ俺のこめかみに、何かひんやりとした物が当たってる。うん、絶対に銃口だ。

 

「い、今のは口が滑って本音が出ただけで、わざとじゃねえんだ」

 

「生まれ変わって、言い訳の才能を身に着けてこい」

 

やべぇ、盛大にミスっちまった。カチャリと指が引き金にかかる音が聞こえた俺の明日はどっちだ!

 

冷や汗がだらだらと流し必死に生き延びる術を思考するが、すでに確実に手遅れだと答えが出た。

 

と、言うわけで――

 

「……お、俺は悪くねえ! 悪いのは明らかに家庭的じゃなさそうなのに料理作るとか言い始めたお前だ!」

 

「死ね」

 

――開き直ったら、こめかみを撃たれた

 

もはや声すら出ねえ。ちゃんと生きてるから手加減はしたらしいが、もういっそ殺してくれた方が楽な気がする。本気でこめかみがヤバい。

 

「リ、リグレット……撃つのは反則……」

 

「出血さえしていないから大丈夫だ。あと私に乗るな、重たい」

 

「お、おう……もうちょっと待ってくれ……痛すぎて立てねえ……」

 

「まったく、情けない」

 

加害者が吐いていい台詞じゃねえだろ。

 

相変わらず痛みに苦しんでる俺は、撃たれた衝撃でリグレットに覆い被さるように倒れてる。つーか軽く脳震盪起こしてるらしく、立ち上がろうにも立ち上がれない。

 

「ふむ、どうやら本当にまだ封印術は解けていないようだな」

 

「お前、何を疑って……つーか、攻撃して確認すんな」

 

「黙れ下衆。確認はついで、あくまで報復だ」

 

横にあるリグレットの目が冷たく細められ、剣呑な光りが宿る。

 

家庭的云々はどうやら地雷だったっぽい。俺としてはリグレットって、犯罪者や魔物に銃ぶっ放しまくってるイメージが強いからか、エプロンつけて台所に立ってる姿がまったく想像できねえのだ。

 

「……ま、まあ、今回は流石に言い過ぎた気がしないでもない。っていう訳で、お前が作った飯食ってみて、美味かったら謝る」

 

「謝る程度で済むと思うな」

 

「なら好きなもの何でも買ってやるよ」

 

リグレットの料理なんかが美味いはずがない。あれだ、食材を真っ黒に焦がすのがオチに決まってる。

 

そう思いながら自信満々に言ってやれば、リグレットが嘲るように鼻を鳴らして笑った。

 

「ちなみに私は、時々アニスに料理を習っている。実力はお墨付きだ」

 

「な……っ! う、嘘つくんじゃねえ!」

 

「……お前、普段私をどんな目で見ているんだ」

 

あんまりと言えばあんまりな俺の反応に、リグレットは若干不愉快そうに細い眉を寄せた。

 

「――…………!」

 

瞬間、背筋に悪寒が走った。

 

はっきりと明確に認知できる敵意、殺気と読んでも差し支えない音素の高まり。

 

間違いようもない、何者かは知らないが――俺たちに仇なす敵だ。

 

腑抜けた思考が一瞬で切り替わり、脊椎反射の域で俺という存在が塗り変わる。

 

既に回復している身体を跳ね上げ、同じく立ち上がったリグレットと背中を合わせる。

 

「…………」

 

重心を低く沈め、瞬時に駆け出せる準備をすると同時に、周りを囲う敵を探る。

 

俺とリグレットが立つのは円形の広場の出口。目前のユリアシティ中央棟の前に三人、広場の中に三人と、そこを封鎖するように構える全身鎧を着込んだ人間。

 

六人の鎧には見覚えがある。白銀のそれは、オラクルの騎士が纏う物だ。

 

「一年前に騎士団を辞めた者達か」

 

「ハッ、ヴァンの信奉者かよ」

 

無言で剣を構える元オラクル兵。全身のフォンスロットからの無駄のない音素の取り込み方、隙のない構え、そして何より腑抜けていたとは言え、敵意を持ちながらもそれを巧みに隠し、俺たちに気づかれずにここまで距離を詰めた事実。

 

そこから導き出せることは至極単純にして明解――この六人は、かなり強い。

 

「悪魔に魔女、世界の為に死んでもらう」

 

「相変わらず俺に敵対する奴ってのは、いきなり過ぎて意味不明だな。何時ものこと過ぎて驚けもしねえよ」

 

距離にして十歩、時間にして数秒の距離を隔てる敵に笑って返す。

 

世界の為に、ねえ。どうやらこの六人、俺の存在とそれを擁護している国家を否定してる一派らしい。

 

その中にはヴァンが作ろうとした世界を理想とする奴ら、オールドラントが出現したのは俺の存在があるからと考える奴ら、むしろ俺とオールドラントがグルになって……などなど、様々な思惑や憎悪を持つ人間がかなり多くいる。

 

こいつらどんな理想を掲げて俺を殺そうとしてるかは知らねえし、大して興味もねえが、それでも大人しく殺されてやる気だけは全くない。

 

と言うわけで、俺は木刀を抜き放ち、広場にて構える三人に突き付けて宣言する。

 

「来るんならそんなくだらねぇ前置きする前に、さっさとかかって来いってんだ、この三流どもが。そしたら素早く手早く迅速に返り討ちにしてやるからよ!」

 

俺の挑発と同時、しかし挑発に乗るわけではなく、敵はあくまでも冷静に行動を開始した。

 

俺の対面の三人は、剣を片手に投擲ナイフを構え、詠唱を始める。背後のリグレットの方からは、敵が地を蹴り距離を詰めてくる音。

 

なるほど、妥当な判断だ。今の俺は弱体化してるため、一撃でもまともに譜術を食らえば終わる。リグレットは元から遠距離タイプな上に、今は体力が回復しきってないから、接近戦で攻めるのが一番適切だ。

 

「魔女には接近戦、悪魔には遠距離から――貴様等の現状は把握している!」

 

後ろからのそんな声――まさしく間違いのない台詞に、定石とも王道とも言える戦術に――

 

「甘いな――」

 

「――笑えるぜ」

 

――俺はリグレットの腰から引き抜いた二挺の譜銃を構え、リグレットは俺の手から受け取った木刀を構え、それぞれの敵に不敵な笑みを向ける。

 

そして俺は適度な第七音素引を込めてトリガーを引き、リグレットは盛大に間合いを勘違いした三人を斬りつけ吹き飛ばし――素早く詠唱する。

 

音素の弾丸が直撃して怯んだ敵に駆け寄り、俺はリグレットの元から木刀を左手に呼び戻し、地を蹴る。

 

「魔女と悪魔を相手に――」

 

「――まともな手が通用するなんて思ってんじゃねえよ!!」

 

――ホーリーランス――

 

――斬魔飛影斬――

 

地に浮かび上がる白色の譜陣。

 

俺の周囲に降りた闇色の帳。

 

白光煌めく譜陣から、四本の輝く光槍が上空に飛び出す。

 

闇色に染まる木刀を一閃し、闇に隠れる俺は敵の背後を取る。

 

そして光り輝く槍は、譜陣の中央に膝を付く三人へと矛先を向け、第六音素を撒き散らしながらに降り注いだ。

 

そして闇に染まる刃は、すれ違い様に上空へと切り上げだ敵を、俺を起点に周囲を覆う闇色の暗幕ごと縦横無尽に切り裂いた。

 

 

「やあやあ、相変わらず見事なお手前ですねぇ」

 

華麗な騙し討ちで六人を鮮やかに片付け、どうしたものかとリグレットの方を向こうとした瞬間、百歩譲っても人をおちょくってるとしか思えねえ定番の声が後ろから聞こえてきた。

 

「私たちは療養中の身だ。見ていたのなら、手伝ってくれても良かったのではないでしょうか」

 

「生憎と、私たちはたった今到着したばかりですので。加勢しようと老体に鞭を打ちかけた途端に、終わってしまったわけですよ」

 

リグレットの冷え冷えとした声も何のその、中央棟から歩み出てくるジェイドはのんびりと返した。ジェイドの後ろにはアリエッタとアニスが続き、何だか二人ともえらく楽しそうにしていた。

 

「よう、アリエッタにアニス。仕事終わったのか?」

 

「久しぶり……です。アリエッタ、頑張ってきました」

 

木刀を鞘に戻して両手を広げて三人に近づけば、アリエッタが俺の胸に飛び込んで頭をぐりぐりと押し付けてきた。

 

ああ、久しぶりのアリエッタ、本気で癒される。

 

桃色の髪の毛をくしゃくしゃと撫でて、脇の下に手を入れて持ち上げ、高い高いをしてやる。

 

「ルーク、元気だった?」

 

「おう、元気だったぞ。相変わらずアリエッタはいい子で可愛いなぁ」

 

可愛い過ぎて余裕で目の中に入れられる。むしろ入れたい気がこれでもかとする。

 

アリエッタと再会を祝しながら、苦笑いしてるアニスに視線をやる。

 

「アニスもお疲れ、イオンもここに来てるから、後で連れてってやるよ」

 

「うーん、一応ありがと。まあ知ってるからユリアシティに来たんだけどね」

 

「そうなのか? つーかお前ら、何時からここにいたんだ。俺らは三時間前くらいに来たばっかりなんだけどよ」

 

抱き上げていたアリエッタを地面に下ろして、小さく首を傾げる。

 

俺らがここにいるってのはノエルしか知らないはずなので、彼女から聞いたんだろうか。

 

「アリエッタたちね、リグレットが頭ぶつけるちょっと前に来たの」

 

「わわ、バカっ! 言っちゃだめだって言ったじゃん……大佐が」

 

ほわわんと答えてくれたアリエッタの頭を、盛大に焦るアニスが勢いよくはたく。しかし途中ではっと我に返ったらしく、小さく咳払いをしてジェイドにちらりと視線をやった。

 

「…………」

 

うん、つーかリグレットが頭ぶつけるちょっと前って、相当前の話じゃねえか。

 

「いやー、アニスがどうしてもと言うので、再会を祝してあなたの胸に飛び込みたい衝動を必死に抑えて、大人しく見学していたんですよ」

 

「ふはははは、アニスに感謝するんだな。俺の胸に飛び込んできた瞬間、てめぇは蜂の巣になってたぜ」

 

満面の笑みで気色悪い冗談を言ってくるジェイドに、借りたままの譜銃を突き付けてにっこりと笑ってやる。

 

冗談で誤魔化そうとしてんのかは知らねえが、アリエッタの供述についてはしっかと追求させてもらおう。

 

返答如何によっては、本気で撃つことになるかもしれない。

 

引き金に指を掛け、銃口をジェイドの額に向けて目を細め、俺は静かに問いかけた。

 

「――で、お前らはこいつらを知ってて放置してたのか?」

 

「…………はい?」

 

「だから、わざとこいつらを泳がせてたのかって聞いてんだよ。今の俺らじゃあ上手く手加減出来なくて、下手したらこいつらを殺さなきゃなんなかったんだぞ」

 

「…………あー、どうやら勘違いしているようですが、彼らについて私たちは全く知りませんでした。私たちがここにいるのは、あなた方二人が襲われているのを見て、慌てて二階から下りてきたからです。まあ、外に出る直前に、決着がついてしまったわけですが」

 

溜め息と共にそんなことを語り始めたジェイド。今度は俺が首を傾げる番だった。

 

ならばどうして、この三人は俺とリグレットを中央棟の中から見学なんてしてたんだ。まったくもって意味不明だぜ。

 

「不可解なことを……。何がしたかったのか知らないが、声をかけてくれればよかっただろう」

 

不思議そうに眉を寄せて三人を交互に見るリグレットに、何故かアニスが乾いた笑みを浮かべて困ったようにぽりぽりと頭をかく。

 

「あは、あははは、だってこう……昼間の公園でイチャついてる人たちとは関わり合いたくないって言うか……見てる分には楽しいんだけどね」

 

「困ったものですねぇ、あなた方には。若気の至りだとは理解出来ますが、場所と時間を考えて頂きたいものです。抱き合ったり押し倒したり、昼間から広場でやることではありませんよ」

 

困ったもんですよねー、とアニスとジェイドが目と声を合わせた。

 

うん、えっと……イチャつく……?

 

「…………イチャつくって、あれか? 周りがまったく見えてねえ恋人同士が、周りから迷惑がられながらもひたすら――っていう……」

 

「アッシュと王女が何時もやっている、あれのことか?」

 

いきなりのことに戸惑う俺とリグレットに、アニスとジェイドは深く深く深ーく頷いてみせた。

 

俺とリグレットが、アッシュとナタリアみたいな……だと?

 

「――いやいやいやいや、ありえねえだろ。だってさっきまでリグレットに鳩尾殴られたり頭撃たれたりしてたんだぜ?」

 

「私はルークに言葉の暴力を受けた。名誉毀損で訴えたら、勝てるくらいに」

 

「いや、殺害未遂で俺の勝ちだろ、どう考えても」

 

「あの程度で死ぬのならまだ可愛げがあるが、どう考えてもお前は懲りもしないだろう」

 

リグレットの分析通りの高性能マフラー、渡せるものならとっくの昔に渡している。だがしかし、そこはあの人外どもが設計してこの俺が作ってこの俺によって維持されてる代物、易々と人間に渡していいものじゃなく、また易々と人間が扱えるものじゃない。

 

「ま、残念だったな、二人とも。変わりに似たようなやつ買っといてやるよ」

 

「ほんと? アリエッタ、嬉しい……です」

 

「機能性のない物はいらないぞ、私は」

 

笑顔を輝かせてくれるアリエッタと、無表情でばっさりと切り捨ててくれるリグレット。この反応の差はほんとに何なんだ。

 

「相変わらずアリエッタは可愛くてリグレットは憎たらしいなぁ。ありがとな、人でなし。凶器返すわ」

 

半分どころか完全に諦めてる俺は、にっこりと笑いながら借りてた譜銃を、腕組みして顰めっ面を浮かべてるリグレットに返す。

 

つーかこの女、機能性のない物はいらないとか正気じゃない。お前は一体何を目指してんだ、マジで。人間やめたいのかよ。

 

「凶器と言うな、人間兵器」

 

「人間兵器って言うな、機械人間」

 

「機械人間と言うな、人間駄目男」

 

「せめて駄目人間って言えよ……なんかニュアンスが妖怪みたいじゃねえか」

 

人間駄目男って……駄目なのは自他共に認めてしまってる悲しい事実だが、せめて言い方があると思うんだよ、俺は。

 

大きく溜め息を吐いて頭を振っていると、譜銃を受け取ったリグレットが息を呑む音が聞こえた。

 

面倒くさいと思いながらも頭を上げてリグレットの顔を見てみれば……うん、何か泣きそうな顔してた。

 

「…………る、ルーク、私の譜銃が……私の譜銃が、壊れている」

 

「は?」

 

「……ひどい、私も兵器とは言い過ぎたと思ったが、また浅慮でお前を傷つけてしまったと思ったが、何も壊さなくても…………」

 

「いやちょっと待って下さいリグレットさん! 別に傷ついても壊すつもりもねえし……え? つーか譜銃が壊れたのって、俺のせいですか?」

 

酷く傷ついた表情で俯くリグレットに、盛大に焦る俺は敬語で叫び返していた。そもそも今さら兵器とか言われても……むしろ人間駄目男って言ったことに罪悪感を持って欲しかったりする。

 

で、譜銃のことだが……確かに連射した時に妙な引っかかりを感じてた気も……うん、まったくこれっぽっちも気にせずに、強引に撃ったのが原因だな、絶対。

 

「あー、ルークがまたリグレット虐めてるー」

 

「人間の風上にも置けない駄目男ですねー」

 

「てめぇらは黙ってろ!」

 

さいてー、と声を合わせて棒読みで茶々を入れてくるアニスとジェイドに叫び返して、きょとんと首を傾げているリグレットの肩を掴む。

 

「他意も本意もなく事故に決まってるが、確かに壊したのは俺だ。だから譜銃はしっかり利子までつけて弁償する――――が、勘違いすんなよ。俺は悪くない。悪いのは脆かったお前の譜銃だ、むしろそれ作ったこの上なく極まった最低最悪の能無し野郎だ。だから俺は悪くない」

 

「ルーク、刺しますよ?」

 

俺の正当性を理路整然とリグレットに説明してたら、ジェイドに後ろから有言実行とばかりにぐっさりと雷の譜術で刺された。

 

うん、何故だ!

 

 

 

 

今さらなのだが、アリエッタ、アニス、ジェイドと行動を共にしていたディストは、ベルケンド辺りでベヒモスに似た魔物を討伐してたシンクに呼びつけられ、新作の譜業兵器で飛んで行ったらしい。

 

譜業関連には滅法強いディストが役に立たないことに不在のため、俺が壊しちまった譜銃の修理はユリアシティの技術者に頼んである。明日の朝には一応なおるらしい。

 

修理を待つために借りた部屋、フリングス少将と同じ宿屋の一室で、ソファーに座ってぼんやりとキッチンで料理に励むリグレットの背中を眺める。

 

あの譜銃が壊れたのは、ある意味必然だ。メンテナンスはされてたが、金属自体の耐久力がもう限界だった。リグレットの無茶苦茶な戦い方に、譜銃がついて来れなかったのだ。

 

「…………まあ、当然なんだがよ」

 

武器ってものは消耗品に他ならない。剣だろうが槍だろうが弓だろうが銃だろうが、当然何時かは限界がくる。俺の木刀だって昔ならいざ知らず、今は異常に頑丈なだけで折れない訳ではないのだ。

 

それにしたって、全力で振るえる武器がないってのは問題すぎて笑える。最高峰の素材を使った譜銃がどうやればあそこまでボロボロに痛むのだと、修理を依頼した技術者も呆れ果てていたくらいだ。

 

借りた部屋はそこそこ広いとは言え、昼過ぎに合流したメンバーを加えた計六名で使ってれば、十二分に窮屈な状態だ。

 

シックな黒いソファーには俺とアリエッタ、ベージュのテーブルクロスが掛けられた白塗りのテーブルを挟んだ対面には、ジェイド、アニス、イオンの三人が椅子に腰掛けている。

 

ちなみにフリングス少将も夕食に誘ってみたが、複雑な笑みを向けて断わられた。独りになりたい気持ちもあるのだろうが、十中八九ジェイドの存在があるせいだろう。階級的には下なのに実質は国王の側近という、極めて迷惑な位置にいるジェイドは、マルクト上層部の人間にとっては超重量級ストレス発生装置に他ならねえのである。

 

まったくもって人間の風上におけねえ鬼畜有害迷惑眼鏡だ。困ったもんだぜ。

 

疲れてきた頭で無駄なことを考えつつ、リグレットが保管しててくれた一年前の元日記帳、現ノートに惰性でメモしていく。

 

むぅ……なかなか作業が進まない。マジで困った、意外と時間と労力がかかりそうな予感がひしひしとするぜ。

 

「そういえば、ジェイドと食事するのは久しぶりですね」

 

「そうですねえ。最近は顔を合わせることも出来ませんでしたし」

 

「はははは、ジェイドとご一緒できて嬉しいです。これで僕だけで恥ずかしい目に合わなくて済みます」

 

「はい?」

 

一人で不気味に唸ったり呟いたりしてる、客観的に考えれば絶対に関わり合いになりたくない俺を決して見ないようにして、イオンとジェイドはにこやかに世間話をする。

 

「恥ずかしい目にって、イオン様ルークに何かされたんですか?」

 

「察してください」

 

心配そうに訪ねるアニスに、イオンはいい笑顔で返すのだが……うん、俺ってイオンに何かしたっけ? これっぽっちも心当たりがない。

 

昼にひと暴れしてとりあえずシャワーを浴びてから、ずっとノートに向き合ってるせいか兎に角眠たいため、皆の会話に参加する気も起きない。

 

メモする内容もだんだんズレてきて、隣で俺のミミズが這ったような文字を頑張って解読しようとしてるアリエッタ向けに、まったく意味が分からん適当な単語を羅列してるし。花畑、蝶々、お昼寝……うん、何がしたいだよ俺は。

 

もう、あれだ。さっさと寝るに限る。リグレットが作った飯を食ったら、明日からの単独行動に向けてさっさと寝よう。

 

「…………つーか、嘘じゃなくて現実的に本当にマジで着実に料理が出来てんな……」

 

何を作ってんのかは知らねえが、黒いエプロンつけたリグレットが立つ簡易キッチンからは、今のところ爆音や異臭がしてない。むしろ何かいい感じの匂いまで漂ってきてる。アリエナイ。

 

「いやー、それにしてもごめんね、ルーク。アニスちゃん達ってばお邪魔虫だよね。ほらほら、アリエッタもちゃんとルークに謝んないと」

 

「ふえ?」

 

「いいから謝るの! もう、相変わらずアリエッタは鈍いんだからー」

 

「えっと、あの……ルーク、ごめんなさい」

 

刻み込まれたイメージと現実の差に恐れおののく俺に、何故かアニスがアリエッタと共に頭を下げてくる。しかしそれにしたってアニスの奴、欠片も誠意のない謝り方だ。むしろ揶揄してる感じだし。

 

「飯食うだけの俺に謝ってどうすんだよ。余計な手間がかかって面倒になんのはリグレットだぜ」

 

「またまたー、せっかくのリグレットの手料理なんだからさ、無理して私たち呼ばなくても良かったのに」

 

「…………いや、無理も何も意味分かんねえから」

 

にたにたと嫌らしく笑うアニスに、冷や汗が吹き出る。もしやこのお子様、俺がリグレットを……ってことを知ってたりしてしまってたりしちゃってんだろうか。そうなんだとしたら…………アニス、恐ろしい子!

 

「手間と言っても、二人分作るのも五人分作るのも大差はない。元から手の込んだものを作る気もなかったのだから、そう気にするな」

 

苦笑するリグレットがエプロンを外しながら首だけをこちらに向けて、アリエッタを手招きして呼び寄せる。どうやら料理は完成したらしく、とことことアリエッタは皿を運ぶのを手伝いに行った。

 

「おう、俺も手伝うぜ」

 

「ノートを片付けて、手と顔を洗ってこい」

 

「あー、了解」

 

手伝いを申し出たら、よっぽど声がアレだったのか、ため息混じりの戦力外通告を受けた。

 

というわけで、顔を洗って出直してくるために、眠気で重たい体を引きずりながら洗面所に向かう。蛇口を捻って勢いよく水を出し、眠気覚ましに顔をバシャバシャとやって鏡を覗き込んでみれば、目が赤くなって隈まで出来ていた。

 

うん、もう完全に寝不足だな。一応は療養中の身なのに、一体全体何で逆に体調悪くしてんだよ。

 

 

溜め息を吐きながら部屋に戻れば、既にテーブルに皿が並べられていた。人数分の丼と、大きめの皿が二枚中心に置かれている。メニューは卵丼とミートローフだ。

 

椅子の数が足りないため、フロントから借りてきていた背もたれのない安物に座る。備え付けのソファーでは、テーブルとの高低差でまともに飯を食える状態じゃないのだ。

 

「ルーク」

 

隣のリグレットがグラスとボトルを持って小さく首を傾げてくる。

 

「料理とは合わないが、ワインでいいのか?」

 

「ん、よろしく。あ、でも俺、今日はあんま飲むつもりねえからな……ジェイドと飲むんなら開けても問題ねえけど、お前一人なら止めといた方がいいんじゃねえの?」

 

「……そうだな。アリエッタとアニスもいるし、アルコールは止めておくか」

 

リグレットにボトル一本飲ませたら、そりゃあかなり大変なことになる。主に俺が。だから明日のためにも、酒はなしの方向で進めた方が絶対に無難だ。

 

しかしだ、リグレットに悪いことをしてしまった気がする。部屋に置いてあった酒、何でも結構な銘柄なものなのだとか。

 

何となく残念そうにしょんぼりと瓶のラベルを見つめているリグレットに、俺は苦笑しつつ言ってやる。

 

「また今度、次にみんなで集まれた時に飲もうぜ。ジェイドの奢りで」

 

「はははははは、冗談は存在だけにして下さい。あなた達に酒を飲ませるくらいなら、私は花壇の花々にご馳走して近隣住民の顰蹙の嵐を買います」

 

「相変わらず鬼畜だな、花枯らし爺。だいたい只酒だからこそ旨いんだ、ジェイドとは奢り以外で飲む気がしねえ」

 

「相変わらず駄目人間ですね、あなたは」

 

「あのさー、早く食べようよ。お酒なんて飲まなくたって死なないじゃん」

 

「アリエッタ、おなかすいた……」

 

微笑ましい会話をする俺とジェイドに、せっかくの料理が冷めちゃうと、アニスが頬を膨らませて非難の目を向けてくる。そんでもってアリエッタまで腹を押さえてか弱い声を出すもんだから、たかが酒に熱くなってた俺たち駄目な大人組は、ただただ閉口するしかなかった。

 

己の愚かさに俯く俺たちをよそに、イオンがにこやかに手を叩く。

 

「さて、それではそろそろ頂きましょうか」

 

そしてイオン達三人はにこにこと揃って仲良く両手を合わせ、「いただきます」と食前の挨拶を済ませて箸を持ち始めた。

 

俺も三人に倣ってさっさと食べようと端を手に取り、半熟の綺麗な狐色の卵丼を上からのぞき込んでみる。

 

料理はからっきしだからよくわからねえが、この見るからにふわふわしてる半熟卵が不味いとは思えない。しかし美味いとは……いや、ほんとに何でだろう、美味いとはとうてい思えないっていうか、信じられねえのだ。

 

どちらにしろ、何時までも端を片手に固まってる訳にはいかない。

 

というわけで。

 

「…………いただきます」

 

意を決して、勢いよく卵丼を口に運んでみた。

 

口の中に広がる程よい甘辛さの出汁の味、ふわふわの玉子の食感。

 

くっ……こ、これは……!

 

「………う……」

 

「う?」

 

何故か料理に全く手をつけてなかった皆が、にやにやしながら俺の顔を凝視してくる。隣のリグレットだけは、例外唯一ふてくされたような顔でそっぽを向いてるのだが。

 

「…………美味い……、嘘だ……何か美味いぞ……」

 

「当然だ。卵丼をレシピ通りに作って不味くなるはずがない。むしろ不味くしようがない」

 

ともすればも何も、明らかに失礼すぎる絶句しながらの俺の台詞に、リグレットは小さく溜め息を吐きながら首を横に振る。そして切り分けたミートローフを取り皿に移しつつ、未だに不快な笑みを浮かべてる皆を一瞥した。

 

「冷めてからの味の保証はしないぞ。食べる気があるなら早く食べることを勧める」

 

「じゃあ、ルークも食べたことだし、遠慮なくいただきまーす」

 

「ふわふわ……です」

 

待ってましたとばかりにアニスとアリエッタが料理にありつき、イオンとジェイドもそれぞれ箸を動かし始めた。こうしてようやく、やたらと前置きが長かった夕食がスタートされたのだった。

 

皆が和気藹々と食事を進める中、俺は一人ひたすら唸っていた。

 

むぅ……これは本当に予想外、予定外に……。

 

「わかりきっていたことだが、賭は私の勝ちだな。誰もがどこかのお姫様のような才能を持っているわけではないということだ」

 

「まあ、認めるしかねえわな。うん、ぶっちゃけかなり美味いわ、これ。正直、是非ともまた食べたいとか思えるくらいの味だ」

 

「至極当然のことだな」

 

「ウザイが美味い、悔しいけど美味いぞリグレット」

 

自信満々に小さく胸を張るリグレットに、俺は口に頬張った料理をもぐもぐやることで答えた。

 

俺は事実は事実としてちゃんと受け入れ認めることができる素敵人間だ。決してそのあたりの意味での駄目人間ではない。

 

だからいくら料理上手っつー有り得ないほどリグレットに似合わない肩書きでも、俺は爆笑するのを我慢してなら贈ることができる。

 

取ったミートローフをもぐもぐやりながら、俺は深く深く頷く。

 

「むぅ、この肉の焼き具合、絶妙だな。肉汁がすげぇ」

 

「いやー、べた褒めですねぇ。ルークはリグレットを褒め殺したいのですか」

 

「でも、確かに美味しいですよ。この卵丼、アニスの味と少し違っていますから、リグレット独自のアレンジが加わっていますよね?」

 

ふざけたことをほざいてるジェイドは無視するとして、イオンの言葉に自然とリグレットを見てしまう。リグレットは若干、本当に微妙にだが顔を赤くしていた。

 

皆の視線が集まる中、しかしリグレットは至って平然と平静として口の中のものを飲み込み、水で喉を潤して、それからゆっくりと悠然と落ち着き払って口を開いた。

 

「これはアニスに習う以前に、唯一まともに練習した料理だからな。ホドの郷土料理で、閣下――ヴァン・グランツの好物だったんだ」

 

「…………ふーん」

 

ヴァン、ね。なるほど、どうりで美味いわけだ。頑張って練習したんだろう。必然的についてきた結果がこれというだけのことだ。

 

「うわ、複雑だねー……」

 

「ルーク、顔がひきつってる……です」

 

ぼそりとアニスとアリエッタが小さく呟いたが、聞き取れなかったらしいリグレットは、含みのない綺麗な微笑みを浮かべる。

 

「まあ、好評なようで良かった。作った甲斐があったというものだ」

 

少しだけ嬉しそうに、少しだけ照れ臭そうに言うリグレットに、俺も笑って返した。

 

「久しぶりに美味いもの食えてよかったよ。ありがとな」

 

美味いけど――ただ、二度と食べたくないと、心の底から正直にそう思った。

 

 

* * *

 

 

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