TOA ~突き進め、我が道を!~   作:あきあ

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第十話 世界が終わる前に

キムラスカ・ランバルディア王国が王都バチカル、上へ上へと増築がなされたその縦長の都市の頂点である王城前広場で、俺は集まってきたかつての仲間達や、街の人間を睥睨する。

 

足元に描かれた巨大な譜陣は、世界各地に描かれた同種のものと繋がる回線。俺たちの声を世界へと届けるためのものだ。

 

「おいおい、二人してどうしたんだよ。一週間も行方不明になってたかと思ったら、今度は無言で譜陣を描き始めて……大丈夫なのか?」

 

異様な空気に耐えられなくなったのか、引きつった笑みを浮かべたガイが俺とリグレットに近付いてくる。

 

「――……っ!?」

 

しかし後一歩、ガイは俺の間合いに入る寸前に、大きく後ろに飛び退く。

 

走った閃光。引き抜かれると同時に横一文字に振り抜かれた木刀が、ガイの首に僅かな傷を負わせていた。

 

「ル、ルーク……? 何を……」

 

「ああ――ちょっとお前を殺そうかと思ってな。今日は世界に宣戦布告するために来たんだ」

 

俺はガイに言って、手に持った木刀を眼前に、ガイの心臓に向かって突き出す。

 

「世界を回ってな、俺は思ったんだ。こいつら全員、一回死んだ方がいいって。だから俺は、世界中の人間を皆殺しにするって決めたんだ」

 

「てめぇ、レプリカ! 何をふざけたこと言ってやがる!」

 

「ふざけてなどいない。私達はただ、オールドラントの意志もあながち間違いではないと思うだけだ」

 

吼えるアッシュを遮り、リグレットが静かに譜銃を構えて、俺達に困惑の瞳を向ける民衆を見回す。極寒の瞳はバチカルの民を、毅然とした声は世界を震わせる。

 

「オールドラントは、この星にとって人間が害悪になると判断した。だから人間を滅ぼそうとする――そこに何か間違いがあるだろうか」

 

「ねえよな、そんなもん。俺達人間は病気なんだよ、星にとって。排除されて当然の存在、ガキでもわかることだってのにお前ら、何呑気に傍観してんだよ。ああ? 戦おうとしてる奴らはまだいい。だけどよ、何にもしねえで他人に任せっきりにしてる奴ら、端から生きる気がねえんだろ」

 

世界を回って理解したことは、どいつもこいつも英雄がどうにかしてくれるなんて勘違いしてるってことだ。

 

「確かにあなた達の言うことも理解できます。ですがそれは、あなた達が人間を滅ぼすということの理由にはなりませんよ」

 

「理由なんてそれで十分だろ。お前らが理解すればいいのは、たった今から死ぬってことだけだ」

 

眼鏡を押し上げて溜め息を吐くジェイドに、俺は邪悪に笑って返す。俺は今までも今からも、自分のやりたいようにやる。俺が動く理由を他人に理解してもらおうとは、まったく思わない。

 

隣のリグレットと視線を交わし合い、そろそろ始めようと木刀を構える。動揺してざわめく民衆が、ぴたりと動きを止める。そして次の瞬間、絶叫を上げて蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

 

まがうことなき殺気を放つ俺たちに、シンクが拳を構えながら、それでも皮肉気な笑みを浮かべてみせる。

 

「あんた、アリエッタやイオンも殺すつもり? ていうか、殺せるの?」

 

「くはははは、大切に思ってるから最初に俺の手で殺すんだ。俺はどこに行かなくてもどこまで行っても虐殺者で戦闘狂い、殺り合うことが親愛表現だっての」

 

壊れたかのように笑う俺に、シンクは諦めたように溜め息を吐き、そして瞳に殺意を込めた。

 

「教官……」

 

「私は本気だ」

 

「だったら……だったら人間を滅ぼした後、あなたはどうするつもりなんですか?」

 

杖を構えたティアが一歩進み出て、リグレットに静かに問いかける。両者とも表情が動くことはなかった。

 

「ふむ……そうだな、この男と殺し合うか」

 

「いい案だな、それ。食いごたえがありそうだ、リグレットは」

 

「何としてでも殺してやる。楽しみに待っていろ」

 

ティアは笑い合う俺達から、軽蔑を含んだ目を逸らした。

 

「もういいです。聞くことは、もうありません」

 

今や俺とリグレット、そしてかつての仲間達しかいなくなった広場に、キムラスカの兵士達が大量になだれ込んでくる。世界中に響く声に、黙認していていい事態ではないとようやく認識したのだろう。

 

「もういいだろ、ティアの言う通り話すことなざねえよ。俺らは気に入らねえから世界に喧嘩売ってんだ、話し合いで全部解決するなんてそんな戯れ言、誰も言うつもりはねえだろ?」

 

「誠意と敬意をもって私達自身の手でお前達を葬った後は、逃げ惑うことしかしない民衆を最後の一人まで殺し尽くす。覚悟はしなくてもいい、逃げて逃げて逃げてせいぜい一秒だけでも生き長らえるがいい」

 

言って、リグレットは譜銃のトリガーを引く。放たれた音素の弾丸は、ガイが胸元に構えた刀に直撃し、甲高い音を響かせた。

 

鞘から引き抜いた刀身でリグレットの攻撃を防いだガイに、俺は容赦なく上段から切りかかる。

 

「ぐっ……ルーク! お前本気で……!?」

 

「マジでやらねえと即効で死ぬぜ、ガイ」

 

上半身を後ろに逸らし、刀を横にして俺の打ち込みを防いだガイは、信じられないと顔を驚愕に歪める。

 

「ルーク、正気なのか!? 封印術で全力を出せないお前じゃあ――」

 

「封印術? ああ、そういえばあったな、そんなのも。だけどそりゃあ――一体全体どんだけ前の話だよ?」

 

ガイが木刀を押し返そうと力を込めた瞬間、僅かに力を緩めて後退。そして体勢を崩したガイの腹に蹴りを入れて吹き飛ばす。

 

「それじゃあいくぜ、リグレット。開戦の狼煙だ」

 

「せっかくだ、盛大にやれ。この広場を消し去るくらいにな」

 

「応!!」

 

気合いの声と共に、俺は大気より大量の音素を取り込む。凶悪な量のそれに答えるように律動する木刀が、土色に輝く。跳躍、そして回転。たっぷりと反動をつけた刃を、俺は雄叫びと共に大地に叩きつけた。

 

「――岩斬滅砕陣!!」

 

解き放たれる第二音素、崩壊する大地。広場の白い石畳は刃に沿って両断され、衝撃で飛び散る大量の岩石が皆を襲う。

 

大地を割砕く一撃。過去に俺が、瞳を赤く、そして脳髄を殺意に染めてこの場所で放ったそれにも決して引けを取らない暴力は、一瞬にして広場全体を岩石によって埋め尽くした。

 

砂塵が舞う世界を駆け抜け、岩が溢れかえる足場を飛び越す中、呆れ果てるリグレットがぽつりと呟く。

 

「凄まじい威力だな、意識集合体の力というのは」

 

「今のは正真正銘の人間としての自力だっての。お前だってやり方は違っても、これくらいは出来るだろ。つまり今のが対戦略級規模を想定したぶっ壊れた完全完璧非の打ち所がない剛の戦闘術アルバート流、それの劣化版だよ」

 

「これで劣化……つくづく化物揃いだな、創世暦時代は!」

 

「ハッ、お前がそれを言うかよ!」

 

語気を強めると同時に、俺達はそれぞれの得物をそれぞれの獲物に向けて解き放つ。

 

「くはははははははははっ! ちょっとくらいは保たせろよ、アッシュ・フォン・ファブレ!!」

 

砂塵の中、リグレットがティアに向かうのを横目に、俺は岩石を剣で砕き事なきを得ていたアッシュに木刀を振り下ろす。

 

轟音と共に弾かれるアッシュの剣・ローレライの鍵、俺はがら空きになった腹を迷わずに返す刃で切り上げた。

 

「油断するな、アッシュ!」

 

「くっ……すまねえ……!」

 

しかし手応えは浅い。寸前でラルゴがその大鎌をアッシュに引っ掛け、後ろに引き寄せていたのだ。

 

「よかったなぁ、アッシュ! それがローレライの鍵じゃなかったら、今頃死んでたぜ、お前」

 

「うるせぇ、所詮は不意打ちだろうが! アルバート流の使い手として恥じろ……!!」

 

「不意打ち上等! 俺らがしてんのは殺し合いだ!! 卑怯でいろよ勝つことに執着しろよ奇襲を称えろよ! ただでさえ弱いお前だ、そのくらいしねえと生き残れねえだろうが! わかってんのかよ、ああ゛!?」

 

叫び声と共に、アッシュの上段からの打ち込みを、横に薙ぐ木刀で正面から力だけで切り返す。ひたすら身に付けた技術でもなんでもない、ただの腕力だ。

 

「俺以上に非力なてめぇが、アルバート流を使いこなせるわけがねえだろ!! 流派は剛なのにお前は軟弱、譜術が使えても所詮は二流!! 正面から俺と戦り合ってる時点で、てめぇはどうしようもねえ三流野郎だってのがわかんねえのかよ!! この俺のオリジナルだか何だか知らねえが、中途半端な奴が中途半端な位置で中途半端に立ち塞がってんじゃねえぞボケェッ!!」

 

横に払った木刀の切っ先を翻し、逆袈裟に斬撃を放つ。辛うじてそれを上に弾かれていた剣で防ぐアッシュだが、すでに負けだ。

 

既にアッシュの体勢は崩れている。力でも技術でも速度でも負けているのに、それでも俺に知り尽くされたアルバート流で向かって来るアッシュが、俺に勝てる筈がない。

 

「――双牙斬!!」

 

振り下ろした刃が返り閃く。膝のバネと先の一撃の反動で跳躍。全身の筋肉がしなり刃が天へと駆け――

 

「があぁ……………っ!」

 

――アッシュの腹に吸い込まれるようにして直撃した木刀は、そのまま空高くにアッシュを歪な音と共に打ち上げた。

 

「ハッ、先ずは一人だ!」

 

「行くぞ小僧!」

 

吐き捨てると同時、空中にある体を捻る。轟、と先程まで足があった空間をラルゴの大鎌が薙払った。

 

大気を切り裂いた衝撃波で靡く髪をそのままに、俺はラルゴの脳天に踵を振り下ろす。

 

アルバート流崩襲脚――変形型の回転踵落としだ。

 

しかしラルゴは横に流れる大鎌に合わせ足を一歩横に運び、俺の蹴りを避ける。そして薙払った鎌の持ち手を変えて手元で回転させる。俺は円の軌道を描いて斜め上から迫り来る石突きを、首を竦めるだけでかわした。

 

「ようラルゴ、お姫様を守ってなくていいのかよ!? 厄介な治癒術士から潰すってのは基本だぜ!」

 

「俺が素直に通すと思うか!? 今やお前との力量差は歴然なれど、壁としての役目ならば果たせるぞ!」

 

「なら一生そこで壁やってろや! てめぇから潰す道理なんてねえよ!!」

 

着地と同時、石突きを振り下ろした状態のラルゴの右腕の下、死角に入ろうと体を沈める。そして防御態勢を取ろうと身構えたラルゴの横を、何もせずに通り過ぎた。

 

狙うはラルゴの後方、五歩で辿り着く距離で佇むナタリアだ。まともに受け身も取れずに無様に地面に叩きつけられたアッシュに、治癒術をかけようと無防備を晒しているナタリア。口元を吊り上げた俺は、そんな彼女に向かい疾走し、木刀を左手に大きく振りかぶる。

 

そして――

 

「取りあえず喰らっとけ――ラルゴ!!」

 

「がっ……あ……?」

 

――ナタリアを救うために、必死の形相を浮かべて俺の後を追ってきたラルゴの胴に、振り向きざまに木刀を叩きつける。

 

遠心力を加えた凶悪な左からの斬撃、それはラルゴの纏う漆黒の鎧を穿ち、そして巨体を真横に吹き飛ばした。

 

「てめぇの弱点は過保護すぎるところだ。まあ、保護対象がか弱いお姫様って考えると、仕方ねえ気もするけどな」

 

聞こえているか怪しいが、凹凸の激しい地面を転り滑るラルゴに言って、再度振り返りナタリアに向かう。

 

「ガイ、シンク、二人で足止めを。役立たずは離れていなさい!」

 

「や、役立たずとは何て言い草ですかジェイド!! 待っていなさい、今すぐにスーパーパワフルで高性能な譜業兵器を持ってきてやりますからねえぇえええ!!」

 

しかし横合い、かなり距離が離れた右手から飛んできた雷の剣に行く手を阻まれ、俺は大きく後方に飛び退く。牽制の意味合いが強いジェイドの譜術を避けた直後に、俺を挟み込む形でガイとシンクが迫り来る。

 

靴の裏で大地を削りながら急制動、そして僅かに残った慣性を体を旋回させて完全に殺す。

 

ガイとシンク、両側から迫る二人より風が吹き荒れる。

 

「ルーク! お前がその気ならとことん付き合ってやる! 龍爪――」

 

「御託はいいからさ、とりあえず食らっときなよ。昂龍――」

 

荒れ狂う第三音素、風の力が鞘に納められた刀に集束し、ガイの周りの風が凪ぐ。片やシンクの右の拳には、暴風が渦巻いている。

 

「――旋空破!!」

 

「――礫破!!」

 

抜刀、そして刃と共に解放される風。無数の真空の刃と化した風が、大気を切り裂く

 

天へと突き出されたシンクの拳から立ち昇る、凶悪な竜巻。それは大気を抉り穿ち、舞い上がる岩石を一瞬で粉微塵へと変貌させた。

 

左右から襲い来る風刃と旋風。舞う砂塵を消し飛ばした二人の必殺の嵐撃に――俺は大地に描いた光の陣をもって抗う。

 

「――守護方陣」

 

大地に突き刺した木刀を中心に広がる陣が発光し、守護の光が空へと昇る。光は俺に仇なす異物――ガイとシンク諸共、破壊の風をも陣外へと弾き出した。

 

俺を中心に広がる空白地帯、吹き荒れる死の風を無為に帰す不可侵領域。必殺の間合いに強制的に下がらされた二人に獰猛な笑みを浮かべ、俺は周囲の大気に溢れかえるほど残留している第三音素を喰らう。

 

「空破――」

 

刃に集束する風。眇めた瞳をガイへと向け、轟と唸りを上げる風を従え上半身を極限まで捻る。

 

「――絶風撃!」

 

打ち出すのは風の弾丸。風刃と竜巻を構成していた音素を凝縮した、全てを切り砕く一撃。

 

繰り出した神速の突きがガイの刀を捉え、そして風の暴君が人間の抵抗などモノともせずに突き進む。聳え立つ城へと錐揉みしながら吹き飛ぶガイの体は、付随して発生する鎌鼬によって切り刻まれた。

 

「さっきの障壁、反則でしょ……」

 

「てめぇらが躊躇ってるからだろ。お前も随分とまあ丸くなっちまったよな」

 

殺す気で来てたら障壁は突破出来てただろうに。すれ違いざまにシンクにそう呟き、城の壁に叩き付けられたガイを追う。

 

先程の一撃、致命傷にはなっていない。防御する時間は裕にあった。元より集団を分断させることが目的だ、わざわざ一対多で殺り合う必要なんてない。

 

戦場を走り抜けながら再び詠唱を始めたジェイドへの妨害として投石しつつ、リグレットの状態を一応確認する。向こうにもかなりの人数が行っているが、問題はないだろう。

 

リグレットは遠近を問わない戦い方をする。武器の性質からも用いる譜術からも、最も得意とする戦術は、相手に接近させる暇さえ与えずに叩き潰すというものだ。しかしだからと言って接近戦が出来ないわけではなく、強烈な足技や零距離からの射撃、ニードル付きの銃底による打撃など、多様な攻撃手段を持っている。はっきり言って、サシでも純粋な前衛陣とまともに合え、そして勝てる実力だ。

 

そう。それが実力であり、それは事実である。

 

絶対的強者としてリグレットは、ティア、アニス、アリエッタ、イオンを相手取る。

 

譜術発動の妨害を狙い、譜業人形トクナガで接近戦を挑むアニス。リグレットは振るわれる人形の剛腕を軽々と避け、そして譜銃のトリガーを引く。放たれる高密度音素の弾丸はティア達を的確に捉え、術の発動を許さない。

 

「ちょっとリグレット、あんたいい加減にしなさいよ!」

 

地面を割るトクナガの拳、リグレットを捉えることが出来なかった一撃に舌打ちし、アニスは瞳にはっきりと怒りを浮かべて叫ぶ。

 

「総長と世界を壊すとか言ってたくせにやっぱり世界を救うとか言い出して、今度はまた人間を皆殺しにすとか何がしたいわけ!? それともただ単に、総長とかルークがやるって言うから一緒に人を殺すの!? ちょっとは自分の意志ってもん持ちなさいよ! 大切な人が間違ったことしようとしてたら、ほいほい手伝うんじゃなくて止めろってーのっ!」

 

「これは私の意志だ。確かに私は昔、お前の言った通りの人間だった。しかし今は違う、私は私の意志で動いている。断言しよう。私は私の行動の理由を他人に求めない、誰かの為などと嘯かない――私は私の為にしか動かない」

 

トクナガの後ろから、鋭い風切り音が鳴る。譜業人形を掠めて飛来するナイフを宣言と共に撃ち落としたリグレットに、次々とナイフを投擲するティアが叫ぶ。

 

「あなた自身が人を殺したいから殺すと言うんですか!? ルークへの負い目があるからでもなく、兄さんの意志を受け継ぎたくなったからでもなく、自分の為だけに殺すんですか!?」

 

「閣下の理想をそのまま追うつもりは毛頭ないが、お前の言う通りルークへの負い目は確かにある。しかしだ、仮にそんなものがあったとしても意味はない。誰かの為に何かを為そうが、結局それは自分の為でしかない。誰かの為などと言う大義名分の虚しさは、二人を失った一年間に嫌と言うほど理解した。人は誰かの為でなければ命を賭けられない――違う、人は自分の為に命を賭けて、誰かに何かを為そうとすのだ」

 

宙を駆ける幾本ものナイフを撃ち落とし、迫り来る譜業人形の拳を悉く捌くリグレット。淡々と自らの行動理念を語る彼女に、ティアは撃昂する。

 

「私の質問への答えになっていません! それに兄さんやルークの為という理由が自分の為という理由に変わっただけで、結局は誰かの意志を自分の意志より尊重してるというこになるんじゃないですか!?」

 

「結果としてそう見えるだけだ。価値のある人間一人と、無価値な多数でははっきりと天秤が前者に傾くのが私ではあるが、しかしルークがいなくても同様に行動を起こしていたことは確かだ。私のこの行動に、ルークの意志は関係ない」

 

だが――、と彼女は僅かに、本当に僅かに微笑んだ。そして跳躍したティアが投じた三本のナイフを頂点とする、三角形の音素の力場に右の譜銃を、後ろから譜業人形を操り奇襲をかけようとするアニスに左の譜銃を向ける。

 

凝縮される第六音素。眩く輝く銃口の白光。

 

前後より迫り来る力場と拳による圧殺の脅威に、リグレットは穏やかな微笑を浮かべたまま、引き金を引いた。

 

「あの男の背中を預かると約束してしまったからな。疲れた時くらいは、背中を貸してやってもいい。世界中の人間があいつの敵になったら、背中を守るために銃を抜こう。この誓いは、私の意志と同様に何よりも優先すべきものだ。だからな、私はここでお前達に敗れてやるわけにはいかないのだ」

 

放たれる光線、鳴り響く大気が穿たれる高音。圧縮された第六音素は力場ごとティアの右の二の腕を貫き、アニスの譜業人形の左腕を破壊した。

 

「アニス、ティア! 下がってください!」

 

小さく苦痛に呻くティアに一瞥をくれ、リグレットは大きく横に飛ぶ。寸前まで彼女が立っていた地面から闇が吹き上がり、飲み込まれた瓦礫が粉々に砕け散った。

 

リグレットは着地と同時に、その勢いを殺さずに更に横に転がる。彼女を追って大地から無数の氷柱が突き上がり、リグレットの太腿を傷付けた。

 

アリエッタとイオンの、第一音素と第四音素の上級譜術。それによって出来た隙に後退したティアとアニスに、すかさずイオンが治癒術を掛け始める。

 

「魔狼の咆哮、響きわ――」

 

アリエッタは一発目を放った直後に、二発目の詠唱を始めていた。凄まじい速度で術が構成されていく。僅か五秒足らずで九割型完成していた譜術、しかしそれが放たれることはなかった。

 

「聖なる槍よ」

 

眼前より飛来する一本の光槍に、アリエッタは瞬時に譜術を破棄して障壁の展開に移った。しかしカウンター気味に放たれた光槍は、そう簡単に防げるものではない。

 

かつかつ展開が間に合った障壁だが、強度がまるで足りず、アリエッタの身体は勢いが弱まっただけ光槍に貫かれた。

 

発動された第六音素上級譜術ホーリーランス、幾本もの槍で敵を貫くその術の被害は、アリエッタだけに治まっていない。むしろアリエッタを貫いた一本は全体の一端、残りは全て集まっていたティア達へと襲いかかっていた。

 

「な、何で……? リグレット、譜術ためてなかったのに……」

 

脇腹を抉られ呆然としているアリエッタに、治癒術を足にかけながらリグレットは淡々と言う。

 

「あれの利点はあくまでも速射性よりも連射性、威力にある。今のは紛れもなく、通常の発動手順を踏んだ正当な譜術だ」

 

「で、でも……アリエッタのほうが早く始めたのに……」

 

「私が一年の間に、どれだけあの譜術を撃ってきたと思っている。たった一つだ。たった一つあの譜術だけなら、アリエッタがどれだけ早く譜を紡げようとも、私の方がそれよりも早い」

 

話は簡単だ。アリエッタの詠唱速度は――威力もだが――第一音素系だけならあのジェイドをも凌ぐ。複雑な演算が必要な術構成を勘だけでやってしまう、常人からしてみればかえって馬鹿らしく思えるほどどうしようもないアリエッタの天性より、リグレットの馬鹿げた反復訓練の結果が優れていたという、それだけの話。

 

何万回、何十万回と愚直に繰り返し撃ち続けた、たった一つの譜術。歩くような、息をするような、当然のような反復。

 

その結果が、アリエッタの天性による五秒を超えた、三秒という時間。

 

ただ、それだけの話だ。

 

俺は駆け上がった城の屋根の上から、稟と背筋を伸ばし威風堂々と立つ彼女の姿を背中越しに見て、気合いを入れ直した。

 

リグレットは、俺の後ろで頑張っている。天才の壁を超えるほどの時間をかけて手に入れた力を、好き勝手に突き進んで、周りに誰もいなくなった俺なんかの背中を守るために、それだけのために振るってくれると言った。

 

なら――

 

ならば――

 

「余すところなく全身全霊をかけて答えねえと、俺が廃るってもんだ。覚悟しろよ世界、俺は容赦しねえぞ。逃げようが謝ろうが這い蹲ろうが関係ない――俺はお前らを殺してやる」

 

全身に切り傷を負ったガイに止めを刺さんと、一歩で間合いを詰めて切りかかる。振り下ろされた刀に弾かれた切っ先を返し、肩口目掛けて逆袈裟に木刀を叩き落とす。しかしそれは、再び防御に徹したガイに防がれた。

 

「ルーク、教えてくれ」

 

鍔迫り合いを展開しながら、ガイが顔を険しく歪め口を開き俺に囁くように問う。

 

「俺はお前が人間を皆殺しにするはずがないって知ってる。何が狙いなんだ? 俺にも手伝えることがあるか?」

 

どこか確信めいたものを感じさせるガイの口調に、俺は鼻で笑って返す。

 

「ガイは確かに俺のこと良く知ってる。だけどよ、俺の――俺たち以外の人間のことは、わかってねえだろ」

 

木刀を強く押し出し、開いた腕の下に膝を折って潜り込む。剣の間合いを踏み越えた、拳の間合い。

 

体重移動による力を、突き出す掌に乗せ、そしてガイの腹に叩き込む。掌で爆ぜる音素が、ガイを吹き飛ばした。

 

ふぅ……やってらんねえぜ。ここまでやっても、どいつもこいつも殺る気を出さねえ。

 

バチカルの頂点、城の上で、俺は大きく溜め息を吐き、木刀を突き立てた。

 

そして静まりそうにない胸の内を、外に、譜陣を通して繋がる世界全体にむかってぶちまけるために、声を高々に叫んだ。

 

「ガイ! ついでにてめぇら全員! 俺が気に入らねえって言ってんのは、今の人間の腐り具合だ! 確かに昔俺はこの世界も人間も気に入ってるっつったが、そりゃあもう昔の話だよ! 何だよ英雄英雄英雄って!? 英雄様に任せとけば助かるとでも思ってんのか? 違うだろ!! 昔はてめぇらもっと野心に燃えてただろ!! スコア通りに生きてたって、スコアに従って生きてたって、それでも笑って泣いて怒って、自分の為に他人を蹴落としたり金の為に走り回ったり、人生をもっと戦って戦って戦って戦って戦って戦って、自分が頑張ったからこそそこそこ幸せになれたとか思えるくらいには、スコアに運命決められてるっつー事実に絶望しねえで生きてただろ!! それが何だよ今の状況!! 何時か首を咬み気ってやるって気概をもって、少々のことは飲み込んででも生きたいから敵に尻尾振るんならまだいい!! だがよ、てめぇら今、味方だと思い込んでる英雄様に尻尾振ってんだぞ!! 俺はてめぇらの英雄になりたくて、こんな腑抜けた人間になって欲しくて死んだわけじゃねえんだよ!! 俺は昔みたいに汚くて狡くて醜くて愚かしくて、でも熱があって暖かかった世界が好きだから虐殺して悪かったって思えたんだ! こんな英雄信仰、頼めば祈れば願えば救われるなんて本気で妄想してる奴らなんざ、生きてる価値がねえんだよ! わかったら雁首揃えて英雄赤い悪魔様の前に並びやがれ、この英雄様が死っつー救いをくれてやるからよ!!」

 

本当に何が英雄だよ。俺は英雄になりたくてなったんじゃない。そんなのになるくらいなら、人外の悪魔の方が遥かにましだ。

 

俺が戦う理由を、英雄だからなんてくだらない言葉で語るな。

 

英雄がいるのだから、世界が救われて当然だなどと思うな。

 

そんな御伽噺、あっていいはずがねえだろ。

 

城の上に突き立つ、ソイルの木より削り出した木刀。この世でもっとも多く音素を溜め込めるそれが、俺がたっぷりと時間をかけて周囲よりかき集めた第三音素を全て余すところなく喰らい尽くす。

 

あくまでも人間としての全力。第七音素を統べる存在としての力、そんな付属品のようなものじゃない、俺自身を磨いて得た力。

 

刀身が雷を帯びる。周囲の大気が悲鳴を上げる。

 

「忘れたふりしてんのなら、思い出させてやるよ、俺を。塞いだつもりでいんのなら、抉り返してやるよ、恐怖を。薄らいだんなら刻み直してやるよ――悪魔を」

 

頭上に掲げた木刀を、俺は真下に振り下ろす。

 

発光。

 

轟音。

 

世界が、ひび割れる。

 

解放された音素、巨大凶悪な雷爪となったそれが、世界を抉り裂いた。

 

城落とし――それは世界が正しく悪魔を認識した事件だ。

 

あの時は城の天井を一部破壊しただけだが、しかし今回は違う。

 

完全なる破壊、完璧なる崩壊。城は文字通り、凶爪によって崩れ落ちた。

 

バチカルの、キムラスカの象徴。国を統べる王の最強にして最後の砦――王城は、このようにして容易く悪魔に落とされたのだった。

 

「嘘だろ、おい……譜術障壁で保護されてたんだぞ。広場を叩き割るのとは訳が違う……」

 

「あいつならやってのけるさ、この程度。障壁の構成を見抜ける目と理解出来る頭があって、その穴を突ける技術があれば誰だって簡単に障壁は破れる。……まあ、あれば話だけどね」

 

崩れ落ちる城の瓦礫から逃げていたシンクとガイが、引きつった顔でぼやいた。

 

堆く積み上がった城だったものの残骸の上から、上手く難を逃れた皆を睥睨する。どいつもこいつも、二時被害に巻き込まれるほど間抜けじゃない。おまけに傷を負ってた奴らはナタリアとイオンの治癒術により、既に回復している。

 

つまり仕切り直し。振り出しに戻ったわけだ。

 

「さてと、これでやっと戦いやすくなった」

 

「私は戦い難くなったぞ。射線上に遮蔽物が多すぎて、撃ち辛いことこの上ない」

 

「悪いな。戦り辛いなら、お前は隠れて準備してろよ。まあその間に、俺が全員片付けるんだがな」

 

「馬鹿を言うな、戦い方を変えるまでだ」

 

降り注ぐ瓦礫を足場に跳躍し、俺の隣に降り立っていたリグレットと軽口を叩き合う。そしてそれぞれ獲物に狙いを定め、小さく頷いて敵陣に突き進む。

 

「ちっ、レプリカとは相性が悪い! 俺はリグレットと戦るぞ!」

 

「少しは冷静に判断が下せるようになったのだな、アッシュ」

 

譜銃を構えるリグレットに撃たせまいと、アッシュが距離を詰める。リグレットはアッシュに向け弾丸をばらまき牽制し、自らも距離を詰めて銃底を横に振るった。

 

「ぐっ……仕込みナイフか!? 揃って姑息な野郎共だな!」

 

「戦いに正々堂々を求めるな。あと、仕込んだのはネクロマンサーだ」

 

グリップを持つ手を保護する銃底のニードル付きのガードを避けたアッシュの腹を、薄くだが切り裂いたのは、そこから更に伸びていた白刃だった。

 

リグレットはグリップに納められていた白刃を振るい、そして時には零距離から弾丸を打ち込み、アッシュを追い詰めていく。

 

「――レイジングミスト」

 

「――メイルシュトローム」

 

「――クリムゾンライオット」

 

しかし敵は一人じゃない。アッシュとの一騎打ち、それも相手の専門とする間合いで戦いに集中力を割くリグレットに、ジェイド、アリエッタ、アニス、三人分の上級譜術が襲い掛かる。

 

彼女の足元に展開された巨大な三重譜陣。死霊使いによって顕現された悪辣な煮え湯が、アリエッタにより激しく巻き上げられ破壊力を得る。熱と回転により最早災害と化したそれが、アニスが展開する球形の炎の塊に衝突し、そして水蒸気爆発を引き起こした。

 

しかしだ。まだまだ甘い。

 

本気で四人が協力したとしても、所詮はその程度。協力したというだけ。

 

力を合わせることなら、俺たちにだって出来るに決まってんじゃねえか。

 

俺は塗り替えられた氷の世界で、口元を吊り上げて邪悪に笑ってやった。

 

守護氷槍陣。

 

百花繚乱と打ち出されるティアとシンクのナイフとナタリアの矢を弾き落とし、リグレットの元へと駆けつけていた俺が顕現した氷の槍が咲き誇る世界。

 

大地に突き刺した木刀から生じる冷気は、熱湯を冷ましただの水へと変え、渦巻く水の暴力をも凍らせ、灼熱の炎により巻き起こされた爆発から俺たちを守り抜いた。

 

「報復するぞ!」

 

「存分にやれ!」

 

リグレットの掛け声と同時、俺達は大きく後ろに飛び退く。俺は木刀を眼前で構えなおし、リグレットは上空に炎塊を生み出す。

 

解き放たれる炎は氷の世界を打ち壊す。そして先程の意趣返しが完成する。真横に吹き上がる火炎が瞬時に氷を煮え返らせ、着弾の勢いで全方位へと熱湯を押し流す。

 

「みんな、集まって!」

 

触れれば大火傷間違い無しの無差別攻撃に、ティアが第二音素譜歌をぶつける。ティアの周囲に集う皆は、展開された障壁フォースフィールドの中で、次の手を繰り出すために既に構えを取っていた。

 

「やはりそう簡単にはやられてくれないか。事前に譜歌を歌っていたのは流石――」

 

後半は小さく、俺にしか聞こえないように呟いたリグレットだが、その言葉は途中で遮られる。首を傾けたリグレットの頬を、後方から飛来してきた石が掠めた。

 

カラン――と、彼女の白磁の肌を僅かに赤く染めた小さな石は、間抜けなほど軽い音を立てて、でたらめに割れて崩れた石畳に落ちた。

 

やめろ。

 

一つ、声が飛んでくる。

 

カラン。

 

二つ目の石だった。

 

やめろ。

 

二つ目の声だった。

 

カラン。やめろ。カラン。やめろ。石は絶え間なく飛び交い、声は重なり合う。

 

石は段々と数の暴力と化し、声は罵声へと変貌を遂げる。

 

人間だった。

 

俺とリグレット目掛けて投げられる石は、バチカルの民が投じたもの。

 

俺とリグレットに浴びせられる罵声は、譜陣を通して伝えられる世界中の人間のもの。

 

敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵

 

気づけば、俺達の周りには数え切れないほどの人間がいた。

 

街を壊すな、人を殺すな。人々は口々にそう叫び、そして――そして、俺達に抵抗してきた。

 

ただの投石。近づくことすらを恐れる、遠くからの僅かばかりの抵抗。

 

しかしそれは、例えどんなに小さくても、確かに抵抗だった。

 

何万という人間が集まって、ようやく成した抵抗。何十万という人間が繋がって、ようやく翻した反旗。

 

人間はこうまで集まらなければ、たった二人の英雄も廃絶できないほど腐りきっていて、そして他人任せになっていたのだ。

 

だけど確かに、今こうして俺とリグレットに向けて投げられ、そして傷つけている石は――

 

「――ってぇえ! お前ら調子乗ってんじゃねえぞごらぁっ! リグレットが血ぃ流してんじゃねえか!! あ゛あ!? 今すぐ止めねえと超振動で街ごと消し飛ばすぞ!! いやマジで!!」

 

丁度石の角が頭に当たったらしく、「あう」と小さく悲鳴を漏らしたリグレットを庇いながら、俺は世界中の人間の罵声を罵声で消し飛ばした。

 

かく言う俺にも大量の石が直撃してるので、ぶっちゃけかなり痛い。マジでさっさと止めろ。

 

「む、むちゃくちゃだ……」

 

「理不尽すぎるわ……」

 

「屑……何を……」

 

「は、え……はい……?」

 

呆れ果てるガイにティア、呆然とするアッシュとナタリア。しかしそんな反応なんざ俺の知ったことじゃねえ。

 

今はそんなことよりもだ。

 

「だーかーらッ!! 石投げんな喚くな、ついでに面倒だから動くな!! これで誰かの尻馬に乗ってしまいましたすみませんとか言ってきやがったら、お前ら冗談抜きに地獄見せてやるからな!!」

 

何か収集がつかなくなったっぽい、世界中の人間による俺らのリンチ祭り。マジでどうしようかと悩んでいたら、爆音が鳴り響いた。

 

「とりあえず皆さん、一度静かにしましょうか」

 

譜術で爆音を響かせたらしいジェイドが、手を叩きながら譜術で大きくした声で制止を図る。

 

「どうやらこの馬鹿騒ぎは、あなた方を煽るためのこの二人によるお芝居だったようです」

 

「ああん? 芝居なわけねえだろ。どうせオールドラントの野郎は倒せねえんだ、抵抗する気がねえんなら俺が殺したって問題ねえだろ」

 

城までぶっ壊してしまったのだ、今更ごまかしは効かねえ。そういう判断からか、ジェイドはすんなりと状況をぶちまけた。

 

しかし、正確に俺らの行動を把握しきれてない。

 

「最初に言っただろうが、人間はオールドラントっつー世界そのものにとって不必要って判断されたんだ。いや、不必要どころか有害指定、最優先排除対象だな。ついでにオールドラントはどこまで行って世界そのもの、人間も含んだ世界そのもの。言いたいことは分かるよな? オールドラントを殺したら、星を壊したら、人間も必然と死ぬ――あいつは端から殺しようも壊しようもねえんだよ」

 

投石も罵声も、既に止んでいた。俺の発した言葉の意味が、世界中の人間に浸透して行き、そして蝕んで行く。

 

世界中の人間が結論を出した。

 

「おめでとう。よかったな、答えが出て。英雄がいてもいなくても関係なかったって、たったそれだけのことだ。英雄様の格上である世界様が言ってんだ――人間は世界のために消えろってな」

 

くはははははは、と俺は笑う。せっかくその心に火を灯した人を、哄笑する。

 

おめでとう、よかったな。人の滅亡は、既に決定した。

 

そうやって俺は、嘲笑う。

 

「おい屑、それは本当なのか!? 倒しようがないだと!? 人間は滅びるしかないだと!?」

 

「がたがた喚くな雑魚。感嘆符使いすぎなんだよ、お前」

 

「か、かんた……」

 

「間違いねえさ、この俺が力ずくで確かめて来たんだ。核になってるヴァンを殺してもオールドラントは死なねえし、内側から壊してみても相手は世界、全部は壊せねえ。それが街一つとキムラスカ軍を壊滅させてわかったことだよ」

 

木刀を肩に担ぎ、元は綺麗な白亜の広場だった場所の中央部へと向かう。そこには少々のことでは消えないように、高密度の音素で描いた譜陣がある。世界全土へと繋がる、架け橋だ。

 

「今までと同じならまだいい、俺がいるからな。オールドラントが前みたいに仕掛けてきても、追い払うことは出来る。だけどよ、搦め手で来られたら無理だ。例えば人間以外にも被害が出るが、無差別な災害で来られたらどうしようもねえ。地震や津波や落雷や竜巻、人間は駆け足で滅亡の道を突き進むわけだな。頑張れ、ゴールまでもう少しだぜ」

 

空中に浮く譜陣に向かってせせら笑い、俺は周りを取り囲む人の群を見回す。どいつもこいつも、絶望的な目をしていた。

 

 

「ルーク……それでは、それでは……ただ待つことしか出来ませんの?」

 

ご多分に漏れず、絶望的な瞳を俺に向けてくるナタリアに、俺は鼻を鳴らして答えた。

 

「待ちたいんなら待ってろよ。つーか俺にそんなこと聞くな、何で俺が責任者みたいになってんだよ、むしろお前らの問題だろうが」

 

「だって、だって無理じゃん! 待つしかないじゃん、ルークの話聞いちゃったら! 倒せないって、今ルークが言ったんでしょ!」

 

「そりゃあ倒せないし、倒したら駄目だろ、世界を。悪者はあくまでも人間、正義があっち。世界っつー絶対者にこそ支配権があるわけだし、革命起こそうにも多数決でも向こうの勝ち。惑星規模で考えれば、人間が邪魔者なんだってさっきも言っただろ」

 

泣きそうな声で叫ぶアニスに欠伸混じりに返し、他に何か言いたい奴はいねえかと視線を彷徨わせてみれば、瞳を厳しく細めたティアが真剣に俺を見つめてきた。

 

「人が助かる道は、本当にないの? あなたには、あなた達には何か考えがあるんでしょう? じゃないとルークも教官も、戦う術を持たない民間人まで煽るような真似は絶対にしないわ」

 

「だから俺に聞くなよ、解決策を。まあ、死にたくないんなら頼み込んでみればいいんじゃね? オールドラントに」

 

「た、頼む……?」

 

「おう、頼むんだ。心を入れ替えて星全体のことをちゃんと考えますから、どうかもう一度チャンスを下さいってよ。ぶっちゃけそれが一番マトモな方法だろ、そもそも悪いのは人間なんだから」

 

「…………」

 

世界が、静まり返った。

 

いや、マジで。白け返ったとも言えるかもだが。

 

「心配しなくてもよ、俺は野暮用があるから二ヶ月後にオールドラントに力ずくで会いに行くつもりなんだわ。そん時に、第七音素に乗せて世界中の人間の意思を叩き込んでやるよ。誠意が伝われば、まあ考え直してくれるんじゃねえの、相手さんも」

 

「…………」

 

「言っとくが世界中の奴ら、俺は冗談で言ってるわけじゃねえからな。別に俺は一人で命賭けてお前らを救おうなんて欠片も思っちゃあいねえ。もしも人類が生き残ることが出来たとしたら、救われることがあったとしたら――それは人類が動いたからであって、人類の成したこと以外の何でもねえ。お前らは、お前らの手によってのみ救われるんだ」

 

光の王都バチカル、その最上層。とち狂った英雄の暴挙を止めんと集った、数え切れないほどの人間。

 

今や完全に静まり返ってしまったこの場――いや、世界全土へと向けて俺は吐き捨ててやる。

 

「二ヶ月後、それが人類のリミットだ。助かりたいんなら、自分がどんな存在か認識した上で、譜歌を歌え。絶望でも恨みでも辛みでも憎しみでも後悔でも懺悔でも謝罪でも決意でも希望でも、自分の思うところを余すところなく全部のせて、考えることを抗うことを進むことを燃えることを戦うことを思い出して、譜歌を歌え。今俺達に抵抗したみたいに、必死になって譜歌を歌え。俺は昔だって今だって、一介の運び屋さんだ。破滅を運んだ時みたいに、恐怖を運んだ時みたいに、譜業の部品を運んだ時みたいに、しっかりと滞りなく運びきってやるよ、お前らの意志を」

 

今や完全に静まり返ってしまったこの場――いや、世界全土。

 

しかし、立ち尽くす人々のその瞳には、火が灯っていた。静かに静かに、焔の光が輝いていた。

 

俺はかつての聖なる焔の光の象徴、現在の赤い悪魔の象徴である赤い髪を翻し、昔から今まで共に戦ってきた仲間達を見る。背中で舞う長髪は、燦々と輝き世界に日溜まりを作る太陽の光を受け、金色に近い橙色に染まった。

 

「それじゃあ喰らい合いを再開しようぜ、英雄諸君」

 

再び悠然と歩み出し、白く白く輝く譜銃を持つリグレットの元へと向かう。見据える先には、その心の焔を刃と出来る者達。

 

「今からお前らが相手にすんのは理不尽そのもの。全知全能たるオールドラントが宿る、六属の音素を統べる者ヴァン・グランツの同格の存在にして、無知無能たる他力本願ならぬ他力要請、七番目の例外ローレライの例外にして論外、全六音素権能剥奪者ルーク、世界が仇なす赤い悪魔――」

 

「――と、その名ばかりの契約者リグレット、金色の魔女だ。喰らい合い云々は捨て置くとして――それでは始めようか、本日最後のレクチャーだ」

 

背中を並べて得物も並べて、俺と彼女は唇を釣り上げて獰猛な笑みを形作る。

 

ここからは大して楽しくも嬉しくもない、ただの反則の連続、理不尽の行使、戦闘ですらない教導だ。唯一の楽しみは、理不尽に抗える可能性を持つ天性が揃い踏みしているという事実のみ。

 

一つ息を吐き出し、大気に満ちる音素に語りかける。俺に力を貸せ、と。

 

集い踊り狂う土色の粒子、光輝く第二音素が広場全体を覆う巨大なドームを構成する。脱出も侵入も不可能に近い、閉ざされた戦場がここに完成した。これで周囲からの妨害も、周囲への被害も心配する必要がない。

 

「待っててやるよ、ティア。譜歌で防いでみろ」

 

形作られた即席の地獄で、俺は深紅の火花を彷彿とさせる第五音素を従えて笑う。自らを中心として集まる仲間達を守り抜いてみせろと、邪悪に笑う。

 

ティアが紡ぎしは、堅固たる守り手の調べ、ユリアが生み出した第二音素譜歌。

 

遥か昔に彼女が生み出した旋律が、時を超えて彼女の子孫により再び歌われる。

 

第七音素の導きに従い、第二音素が、大地の力が主の元に集い、障壁となる。

 

第二音素譜歌フォースフィールド、史上最硬の障壁。俺はそれに向かって、第五音素の力を解放した。

 

大気を穿ち焼き払う、凶悪にして巨大な火の柱。大地を舐めるように突き進む灼熱の炎は――最強の障壁を軽々と呆気なく打ち破り、そして全てを焼き払う寸前に完全に霧散した。

 

「うそ……フォースフィールドがこんなにあっさりと……」

 

「ユリアの譜歌は、第七音素の力を正しく使うための術だ。第七音素で干渉して、他の音素の力の本質を引き出すための術。六属の意識集合体と契約もしないで九十パーセントの力を引き出すふざけた野郎がユリアだが、その譜歌じゃあお前は六十パーセントが限界だ。なんせそれはユリア専用の譜歌なんだからな」

 

目を見開き呆気に取られるティアに答えながら、俺は木刀を構え走り出す。

 

「だからティア――あの破綻女の譜歌なんて捨てちまえ。無理してお前があの駄目人間に合わせる必要なんてねえ、逆に譜歌の旋律をお前に合わせて作り直せばいいんだよ。お前には第七音素使役者としての才能も、それをしていいだけの権利もある――この俺が保証してやるよ。そういうわけで――著作権がなんだってんだよ馬鹿野郎! 違法使用上等だぜ、なあ雑魚オリジナル!」

 

守り手の調べが消えた今、俺を邪魔するものは何もない。左手に持つ木刀に疾走の勢いを乗せ、ナタリアの前に立ちはだかるアッシュに振り下ろす。

 

アッシュはそれを受けることなく、後退することで避けた。

 

「アッシュ、てめぇは頭固すぎるんだよ。弱いくせに正々堂々正々堂々ほざきやがって。あと独りで戦おうとし過ぎだ。千変万化する戦場に一人で対応できるのがアルバート流だが、ぶっちゃけ今のてめぇは器用貧乏だ中途半端。中途半端は中途半端らしく中途半端な場所にいて、中途半端な奴にしか出来ないことを中途半端にならねえようにやってればいいんだよ。わかったらさっさと中途半端な位置に下がれ中途半端!!」

 

「中途半端が多すぎて何を言っているかわからねえぞ! 少しは語彙を増やせ屑!!」

 

「嫌がらせに決まってんだろうが宙ぶらりん野郎!!」

 

叫びながらアッシュが薙払って来た剣の腹を右足で蹴り上げ、次いで左の後ろ回し蹴をアッシュの顔面に叩き込んだ。手応えと同時に跳躍、空中で目前のナタリアににっこりと笑いかけてやる。

 

「頑張れよ、ナタリア。お前は一番頑張れ。じゃないと二ヶ月後に足手まといになる――前に死んじまうからな」

 

滞空する俺の足下を、一本の光槍が駆け抜けて行く。魔女の譜術ならぬ魔法――本当に魔の外道の法としか思えない技術によって放たれた物だ。

 

俺が長々と語っている間に詠唱していた六十の譜術は、まさしく脅威。立派な理不尽、人外の証明だ。

 

殺傷能力が余りある光の槍を、ナタリアは横に飛んでかわす――が、それで終わる筈がない。ナタリアを追って幾本もの槍が放たれる。

 

「ナタリア王女、貴女は弱い。貴女が一矢を射るよりも早く、貴女が狙うよりも正確に私は標的を撃てる。唯一一撃の威力だけは劣るが、数で補える上に私には譜術がある。断言しよう、貴女は私より弱い」

 

「真っ当な人間でてめぇより強い奴がいてたまるかよ! 比較対象を考えろ!!」

 

ナタリアに辛辣な言葉を吐くリグレットだが、何かもう色々と間違えてるだろ。断言しようじゃねえよ、断言されるまでもねえっての。

 

ついそんなことを叫んだ俺を華麗に無視、リグレットは淡々と続ける。

 

「通常の戦闘ならば、問題なく貴女の弓術は通じる。しかし今回の相手は異常、完全に力不足だ。悩め、貴女に何が出来るかを。考えろ、貴女が成せる最善を」

 

「や……ちょっ……し、しぬっ……はな、はなしをっ……!!」

 

何か人生と戦闘の先達として良さそうな事を言ってるリグレットだが、いくら何でも無茶だ。泣きそうな顔で迫り来る死に神の槍より逃げ惑うナタリアは、ぶっちゃけ聞こえているかどうかも怪しい。死んでも俺を恨むなよ、マジで。

 

とりあえずリグレットの軍隊式の教育的扱きを見ないふりしながら、真剣にリグレットを横からはっ倒そうか悩んでるっぽいラルゴに声をかけてやることに決定。ナタリアの悲鳴なんて聞こえない、ついでに泡吹いて痙攣してるアッシュも見えない。

 

「ラルゴには……別に言うことはねえや。さっき言ったし、どっちかっつーとジェイド共々こっち側だしな。そういう訳で、ティアを苛めるのを任せた」

 

「…………親として、今こそが子供を谷底に突き落とす時なのか?」

 

「谷底ってわけでもねえだろうよ」

 

むしろ地獄だ。

 

つーか、俺に子育ての相談をする時点で間違えてると思う。ともあれラルゴは青い顔をしながらも、ティアを鍛えるべく駆け出した。

 

「さあ――次はガイ、お前の番だ。言っとくが俺は当てず殺さずの生き地獄的なレクチャーなんかする気はねえぞ、当てて殺す天国的なパラダイスだ。無様に泡吹いて気絶したくなけりゃあ、死ぬ気で戦えよ――俺の楽しみのために」

 

「よっぽど地獄だぞ!?」

 

爛々と瞳を輝かせる俺に、ガイは構えを崩して一歩引く。だがそんなことは関係ない、ある意味今からが本日で最も楽しめる瞬間なのだから。

 

低く低く鎮めた重心をそのままに、ガイに肉迫する。左手に握る木刀を上段から打ち下ろし、数度目になる鍔迫り合いが始まった。

 

眼前で木刀と交差するガイの刀、実戦用とは思えない細かい装飾がなされている片刃の剣を見て、俺は口の端を吊り上げる。

 

「宝刀ガルディオス、お前の家の家宝だったよな。いい剣だ、流石シグムント派のための剣」

 

「お前の木刀ほどじゃないさ。と言うか本当に何なんだ、それ? 呪われてるって話だったが」

 

「昔は俺の第七音素を喰らって発動する譜陣があったが、今は手元に戻ってくるただの頑丈な木刀だぜ。つーかそろそろ本気出せよ、ガイ。じゃねえと俺が本気出すぜ」

 

「それは困る!」

 

短く叫ぶと同時にガイは勢いよくバックステップ。そして刃先すらも届かぬ間合いで、大きく刀を振り払った。

 

アルバート流シグムント派・魔神剣――収束した音素を刃に沿わして放つ、飛ぶ斬撃。しかし敵を切り裂く筈の音素の刃が、打ち出されることはなかった。

 

「え……? な、何でだ……失敗するはずが……」

 

「悪いな、お前の周りの音素はもう俺の支配下だ。ガイ、忘れんなよ。お前が相手取るは理不尽の塊だぜ。今からは剣でのみの戦い、勿論俺だけ音素を使うような真似はしねえよ。存分に斬って斬って斬り合おうじゃねえか」

 

「音素なしって……流派の技が使えないのか!?」

 

横から迫り来る刃を後退しながら弾き、ガイは守りの姿勢に入った。縦横無尽に繰り出される俺の斬撃を、冷や汗を流しながら刀で防ぎ続ける。

 

一太刀一太刀を、全力で打ち込む。

 

慢心せずに、常に魂を込めて剣を振るう。

 

一瞬一瞬に全力を注ぎ、精一杯戦う。

 

剣を交える相手を称え、剣で切り裂く相手を敬う。

 

それが俺にとっての戦いで、それが俺にとって生きるということだ。

 

逆袈裟に振り下ろした木刀が、ガイが振り上げた刀を押し返す。そしてガイの膝は地面につき、死に体となった。

 

「くそっ……重い……!」

 

「ガイ、いいこと教えてやるよ。アルバート流とシグムント派が戦えば、勝つのはアルバート流の弱点をつく形で生まれたシグムント派だが、シグムントは生涯で一度もアルバートに勝てた試しがねえんだ」

 

「それがどうしたって言うんだ……!」

 

片膝をつきながらも、左手を峰に当てて何とか押し返そうと踏ん張るガイに、俺は意地悪く笑って言ってやる。

 

「アルバートには圧倒的な膂力と音素を操る才能があったが、シグムントにはそれがなかったんだとよ。そもそもシグムント派が生まれたのは、シグムントがアルバート流を使いこなせなかったからだ」

 

「才能、ねえ。人間の努力じゃあ越えられない――アルバートも化物だってことか」

 

「そうだな、シグムント派は言っちまえば常人のための流派だ。目指したのは必殺の斬撃。敵が固かろうが多かろうが、音素による属性付加がなくても関係ない――研ぎ澄ました刃の一閃、それだけで全てを斬り伏せる剣術。音素による強化なんざ必要としない、技術の剣――人が至れる最奥の境地だ」

 

込める力を抜き、唖然とするガイから一歩離れる。

 

「オールドラントが音素を統べようが何をしようが関係ねえ。あいつにも歴とした形があるんだ。そこに形があるんなら、切れない道理はないだろ? ――お前の刀なら、世界だろうが何だろうが切り裂ける」

 

見せてやるよ、人の力を――そう言って、俺は木刀を鞘に納める。

 

何をするつもりかと眉根を寄せるガイから視線を外し、今や我関せずと腕組みをして俯瞰するジェイドを見据える。鉄面皮でその名を轟かせる鬼畜有害眼鏡の顔が引きつった。

 

「まさかとは思いますが……」

 

「俺は音素なし、だけどジェイドは全力。ただの実験みたいなもんだし、問題ねえだろ」

 

少し離れた場所に転がっていた飾り気のない無骨な剣、この馬鹿騒ぎの始まりの一撃で気絶したキムラスカの兵士の物であるそれを手に取る。所詮は大量生産された剣だが、国軍で採用されている物だけあり、質はそう捨てたもんじゃない。

 

断言できるが、木刀より切れ味はいい。鉛刀の一割、切れば欠ける刃かもしれないが、それで十分だ。

 

そういやあ、切れる剣を持つってのは結構久しぶりだ。地獄から舞い戻って来てからは、一度も手にしてなかったからな。

 

 

「とりあえずかかってこいや、ジェイド。久々に改アルバート流『剣術』解禁だ、何時だって何処だって全身全霊をかけて余すところなく全力で徹底的に叩き潰すのが俺の流儀だが――今回ばかりは叩き切ってやるよ」

 

左手の剣をだらりと下げて、自然体で構える。ジェイドまで約二十歩、辿り着くのに数秒程度の距離だ。出鱈目に割れた上に、崩れ落ちた城の残骸が散らばる足場は最悪だが、この程度は問題ない。

 

心を熱く激しくたぎらせろ。

 

思考を冷たく鋭く研ぎ澄ませ。

 

灼熱の心をそのままに、されど体を動かす思考は冷徹に。

 

完全に思考を殺戮のそれに切り替えた俺は、視界の中央にジェイドを定め、既に崩れている大地を更に崩す勢いで蹴った。

 

『ハーッハッハハッハッハッハッハッハッ!! 長らく待たせてしまったようですねぇ、みなさん! 今からはこの私、薔薇のディスト様の独壇場! カイザーディストGによるショータイムです!!』

 

突如鳴り響く奇声。そして猛然と砂塵を舞い散らしながら、譜業兵器が横から俺とジェイドの間目掛けて突き進んでくる。

 

無数のニードルが突き出る半球型の胴体に、縦に並んだ幾つもの車輪を金属製のベルトで包んだ、二列の駆動部。棘と言うには凶悪な棘だらけのドーム型のそれは、巨大な短い砲身を一つ持っているだけ。今までの羽が生えてたりアームがついてたりした物からすれば、酷くシンプルな設計だった――が、それは異常に巨大だった。

 

実に民家の大きさと同等。大型の魔物をも軽く挽き潰せる規模のそれが、疾走する俺の前に割り込み立ち塞がる。

 

『これぞ陸戦型カイザーディストの究極形! 特殊合金による最硬装甲に最高峰の譜術障壁! そして近づく者を串刺しにするニードルに全てを押し潰すこの巨体! スマートにシンプルに研ぎ澄まされた私の最高傑作には、死角も弱点も存在しませんよ!!』

 

進行方向を直角に変更し、俺へと迫り来るカイザーディスト。圧倒的質量でもって圧殺せんと駆動音を鳴り響かせるそれと正面から対峙した俺は――しかし止まらない。

 

疾走しながら更に重心を鎮める。反動と全身のバネを使い、左斜め前方に跳躍。

 

「――双牙斬――」

 

剣に俺を込める――否、剣が俺と同化する。左手に握られるのは、今やただの鉄塊ではない。誇るべき俺の一部だ。

 

巨大な鉄の塊でしかない物体の真横へと飛び出た俺は、煌めく剣を振るう。

 

譜業兵器の駆動部、ベルトに守られた金属の車輪に刃が滑り込む。高速回転する車輪など物ともせずに、刃は一列に連なる車輪を両断した。

 

着地、そして旋回。跳躍の勢いを全身で吸収、死んだ右の駆動部だった箇所がブレーキ、そして軸となって回転してきた譜業兵器を視認し、俺は再び大地を蹴り跳躍する。

 

双牙斬――返す刃で狙うのは、もう片方の駆動部。一太刀目の反動をつけた二ノ太刀は、再び易々と金属のベルトごと車輪を切り捨てた。

 

火花を散らす移動手段を失った譜業兵器は、慣性に従い旋回を始める。割れた大地に駆動部の残骸をめり込ませながら、轟音を響かせて独楽の様に回る。

 

『な、ななななな何が起こったんですか、キャタピラが動かない!? 世界が回って……ちょ、Gが!! だ、誰かカイザーディストを止めなさい!! あ、嘘です、止めて下さい!! ジェイド、ジェイド助けてえぇぇええぇぇええぇぇええぇぇえ!!』

 

ディストが突進して来た時に一部解除した第二音素による障壁を再び展開しながら、譜業兵器の駆動部を切断した剣に瞳を落とす。

 

やはりと言うべきか何と言うべきか、剣の刃はボロボロに欠けていた。両の刃を使っての二回の斬撃、たったの一撃で俺は刃を潰しちまったのだ。

 

音素による強化をしなかったが故に、どうしようもないほど完全に死んでしまった剣。複雑な気持ちで俺は小さく溜め息を吐いた。

 

後でちゃんと供養させて貰おう。

 

「あー……ディストはあれだ、拘り過ぎ。設計図と材料があれば作れるのが譜業兵器なんだ、飛躍的な質の向上が無理なんなら、量を向上させりゃあいいだろ。あとシンプルさを追求したんなら、お前が乗り込まなくても操縦できるんじゃねえの? 譜業兵器に死角がなくたって、機体がデカ過ぎて操縦する人間の死角があり過ぎるぞ」

 

投げやり気味に告げて、使い物にならなくなってしまった剣を脇に置く。ジェイドの槍を叩き切ろうと思ってたのに、何か予想外の物体を切っちまったせいで、軽くやる気が削がれた。

 

頭を横に振って、口を半開きにしているガイに向き直る。ガイの視線の先には、綺麗な半円形になり果てた車輪があった。

 

「ガイ」

 

「あ……ああ、何だ……?」

 

「切れるさ、お前なら何だって。剣にも音素が篭もってる。それを研ぎ澄まして研ぎ澄まして、剣と自分を一つにする。この俺の育ての親で親友のお前に、出来ない道理なんざねえだろ?」

 

ガイは本当に凄い奴なのだ。生まれたばかりの俺を立派とは言い難いがとりあえず育て上げ、横暴な人間にしてしまった負い目があるからなのかは知らねえが、例え世界を敵に回そうと何時だって俺の味方でいようとしてくれた、女が大好きだと音機関や譜業に頬ずりをしながら大通りで叫べる女性恐怖症な粋な奴。そんな誰よりもしっかりと心に一本の強い刃を持ったナイスガイに、切れない物なんてないに決まってる。

 

心の底から愉快だと笑う俺に、さっぱりとした爽やかな短い金髪の頭をポリポリと掻くガイは、苦笑しながら返した。

 

「そう、だな。ああ、そうだ。お前がそう言うんだから、俺にもきっと出来る。見てろよ、ルーク。何時になるかはわからないけど、俺はディストの譜業兵器を一刀の下に両断してみせる」

 

「ああ、楽しみにしてるぜ。二ヶ月後を」

 

「に、二ヶ月でやるのか!? ちょっと短いんじゃあ……一刀両断するんなら半年くらいは……」

 

「半年あったら俺は惑星を叩き切れるようになってるっつーの! 絶対に二ヶ月だ!!」

 

「惑星……お前なら本当にやってしまいそうで怖いんだが……」

 

苦笑から一転、ガイは青ざめた笑顔を引きつらせた。いや、流石に剣だけで惑星を切るなんて不可能だ。俺は化物かよ。

 

と、そんなやり取りをしてる俺達から離れた場所、ドーム状の障壁の縁に立つ落ち込んだ表情のイオンが、隣で欠伸をしているシンクにぽつりと漏らす。

 

「僕は、やはり無力ですね。なし崩し的に少し戦闘に参加しましたが、僕は足手まといにしかなりませんでした」

 

「本職じゃない割には、そこそこ役に立ってたと思うけどね。治癒術とかで。まあ、お姫様にも言えることだけど、直接あの二人があんたを狙ってこなかったのが役に立てた理由なんだけどさ」

 

「そうですね……近づかれたら、どうしようもなくなりますから」

 

「仰る通り、あんたは殺し合いじゃあ弱点にしかなり得ない。非力だけど野生の危機察知能力と回避能力があるアリエッタは、砲台足り得るけど、身体が弱いあんたはただの役立たずさ」

 

容赦なく辛辣な言葉を適当に吐き捨てるシンクに、イオンは力無く笑った。そんなイオンを気怠げに横目に見て、シンクは再び欠伸をする。

 

「別にあの馬鹿二人に無理して合わそうとする必要はないさ。むしろあんたは十歩くらい引いて冷めた目であいつらを見て、嫌味を言いながら世界中に好き勝手にばらまかれた面倒の種を始末してればいいんじゃないの? 世界の導師イオン様くらいしかやらないと思うよ、悪魔払いと魔女狩りなんて」

 

「シンク……さり気なく慰めるフリをしながらさり気なく後始末を押し付けないで下さい。僕だけでこの大惨事の収拾をするなんて嫌……というか無理です。あなたにも手伝ってもらいますよ」

 

イオンは十歩くらい引いて冷めた目でシンクを見た。効果は抜群だったようで、シンクは舌打ちをして顔を背ける。

 

やる気なんて欠片もないシンクに、笑顔で仕事を手伝えと脅迫するイオン。そんな二人の横で座り込んで、壊れたトクナガを抱えているアニスは、隣のアリエッタに覇気のない口調で語りかけた。

 

「イオン様とシンク、ほんと仲良くなったよねー。ていうかもう私、疲れちゃった。ルークとリグレットの大掛かりすぎるお芝居で死ぬような思いした上にトクナガ壊れちゃうし……あー、頭いたーい。壊しちゃったお城のこともあるしー、絶対またまたみんな混乱して暴動とか起こってるしー、ショック療法でトラウマ作るとか冗談になってないよぉ……」

 

「アニス、元気ない……です」

 

「あったりまえじゃん! これで元気が有り余ってる奴なんて変態だけだよ! ていうかアリエッタってば何で何時もみたいにぽわぽわしてるわけ! あんたもしかして、騙されてたって気づいてないの?」

 

相変わらずのアリエッタにがなるアニスだが、やはりアリエッタはきょとんと首を傾げて不思議そうにしてるだけ。アニスが微妙に可哀想だ。

 

「ルークとリグレット……本気じゃなかったもん。ほんとうにみんなをころす気なら……バレないようにやるはず……です。だからアリエッタ、だまされてないもん」

 

「ぽわぽわしながら言うことじゃないっつーの……アリエッタってば、相変わらず変なとこでリアリストだよねー」

 

盛大にため息を吐くアニスだった。

 

喧嘩をしてるフリをしながら、仲良く上手に被害から逃げてるお子様四人組。

 

うん、制裁が必要なんじゃねえだろうか。

 

次の標的に定めた俺は、殺意を瞳にたっぷりと満たし、駆け出そうと脚に力を込め――

 

「そこまでだ」

 

――そして、横から飛んできたリグレットの声で我に返った。

 

「演出に精神力を使い過ぎだ。その擦り切れた精神で、まともな戦いが出来るとでも思っているのか?」

 

コツコツと荒れ果てた地面を歩いて俺の後ろまで来たリグレットに、平手で頭を叩かれる。そして耳元で小さく囁かれた。

 

――そんな状態でやれば、本当の殺し合いになるぞ。

 

既にクリアを通り越して霞がかかりかけている脳に、その言葉がゆっくりと浸透してくると同時、俺はガクリと膝を折っていた。

 

思えば無意味に近い大技を出し過ぎた。広場を割った一撃、城を落とした一撃、そして第七音素の過剰な使役。そして当然しなければならない、誰一人として殺さない心掛け。

 

いくら何でも、精神的疲労がやばい。さっきだって、下手をしたら脊椎反射でお子様四人組を殺してるとこだった。

 

「理解したな。かく言う私も限界だ、今回はここまでにしよう。捕まる前に逃げるぞ」

 

限界だとか言う割りには、涼しい顔をしてるリグレットだが、頑張って無理してんのは楽に見て取れた。という訳で、若干やり残した感といきなり感があるが、とりあえず俺は精一杯叫んで、無理矢理幕を下ろすことにしたのだった。

 

「よっしゃ! 英雄諸君、名演技ご苦労!! 今日は上がりだ、今からアルビオールの整備がてらシェリダンに飛んで打ち上げやるぞ!! つー訳で走れ!! 全力で港まで逃げるぞ!! ぶっ倒れてるナタリアとアッシュの回収も忘れるなよ、二人とも立派な人質だ! ディストは自力で頑張れ、むしろ囮を頑張れ!!」

 

「ま、巻き込まれた!?」

 

むちゃくちゃになったバチカルの最上層、集う民衆に囲まれた広場のなり果てで、あんぐりと口を開けた英雄諸君の声が、綺麗に重なった。

 

うむ、いいチームワークだ。

 

 

 

 

あれから民衆の波を飛び越え、街から橋を経由して出て、アルビオールで砂漠の街ケセドニアに向かった。まあ、大方は予定通りだ。

 

予想外と言えば酒を飲みたいと主張する大人組と、シンクチョイスの小さい店構えながらも美味い料理を出すと有名じゃない、隠れた名店に行きたいと主張する未成年組に別れてしまったことだけだ。

 

その胡散臭い店に全員で行って酒を頼めば万事解決なのだが、あろうことか十三にもなる団体様じゃあ入店出来ないという驚愕の事実が浮上。

 

そういう訳で仕方なく、俺、リグレット、ガイ、ナタリア、ジェイド、ラルゴ、ディストからなる計七名の酒場組と、ティア、シンク、アリエッタ、イオン、アニス、アッシュと飛び入りのアルビオールの操縦士ノエルからなる計七名の隠れ過ぎの名店組に別れたのだった。

 

美味い飯を食いたかった今日この頃だ、マジで。

 

そういう訳で俺達は、ケセドニアで一番規模がデカい、キムラスカとマルクトの国境上に建つ酒場にやって来た。確かノワール達が裏で経営してる酒場だっと思い出し、試しにと以前貰った漆黒の翼を象徴するバッジを見せて事情を話せば、店の奥にある隠し宴会部屋に通された。

 

これで心置きなくなく騒げる。まったくもって、持つべきは人脈だぜ。

 

店の奥にあった部屋は、表の微妙に粗末な作りの部屋と違う、綺麗な部屋だった。

 

防音加工してあるっぽい、きちんと磨かれた高級そうな暖色の石の壁に、天井に吊された小さいながらも趣味のいい控えめなシャンデリア。床にはケセドニアで昔から織り続けられてきた、緻密な刺繍が入った茶色の高級絨毯。部屋の隅に置かれた風格ある大きな木製の置き時計や、棚の上にさり気なく置かれた白と青の陶器。

 

ぶっちゃけ、国の上層部レベルが、悪巧みの為に使うような部屋だった。

 

「やー、立派な部屋ですねぇ。次に偶然ここを訪れれば、何人かの知り合いに会えそうな気がします」

 

「抜き打ち視察はいいですが、店には迷惑をかけないでくれ。漆黒の翼に嫌味を言われるのは私なのでな」

 

自国の腐敗為政者やら何やらを虐める気満々の楽しそうなジェイドに、疲れた顔で小さく溜め息を吐くリグレット。部屋の中央に置かれた円卓について、俺達は料理が出てくるまでの時間で取り留めのない話をする。

 

「漆黒の翼か……そう言えば何やかんやで仲いいよな、リグレットとノワールって」

 

「ああ、言いたいことをストレートに言い合える仲って感じだよな」

 

「私と誰の仲がいいだと? 言っておくが、あの女のことが私は大嫌いだ」

 

左隣に座るガイとそんな会話をしていると、何やら右隣のリグレットに極寒の凍てついた青い瞳で睨まれた。どうやらマジで言ってるっぽいリグレットだが、何でそこまで毛嫌いすんのか意味不明だ。

 

不思議な思いで首を傾げてると、ノックの音が響き料理と酒を持ってきた旨が店員さんから告げられる。大皿に盛られたサラダやパンなどの簡単に出来るものと七人分の酒のグラスが円卓の上に並べられ、とりあえず宴会の準備が整った。

 

「私、まだ成人の儀を終えおりませんのに……」

 

「試しに最初の一杯だけ付き合えばいい。飲めそうだったらそのまま飲んで、無理だと思ったら止める。戦友同士で酒を飲み交わすことは重要なことだ」

 

「お父様……わかりましたわ」

 

元傭兵だけ合ってそれっぽいことを言うラルゴに、唯一の未成年者であるナタリアは力強く頷いた。やっぱり育ちがいいからか、お酒は二十歳になってからを律儀に守ろうとしていたナタリア。世の中の殆どの人間がそれを守ってないと知ったら、どんな顔をするのか少々気になる。

 

「そう言えばジェイドとこうして飲むのも随分とひさ――」

 

「それではそろそろ始めましょうか。今日は六人で楽しみましょう」

 

むちゃくちゃ嬉しそうな笑顔を隣のジェイドに向けるディストだが、そのジェイドは完全無視で乾杯の音頭を取る。しかもわざとらしく六人とまで言い切る始末……流石にディストが哀れだ。

 

何はともあれこうして始まった、何を祝うためか定かでない宴会。正直それはもう宴会でも何でもない気がするが、とにかく始まったのである。

 

とりあえず、味だけじゃあ高いの安いのか未だに全く判別がつかねえワインで喉を潤す。相変わらずこれまでに飲んだものと、大して味の違いがわからん。

 

「お、おいルーク、お前ワインをそんな勢いで……って、全部飲み干すのかよ……」

 

「心配せずとも相当な蟒蛇だ。むしろ潰されない心配をしていた方がいい」

 

何やら痛ましいものでも見るかのような瞳を向けてくるガイに、至極どうでもよさそうにそう言って酒を飲むリグレット。だがしかし、お前にその台詞を言える権利は断じてない。絶対に。

 

じっとりとした視線をリグレットに送っていると、パンを千切るナタリアが俺達に向かって首を傾げてきた。

 

「リグレットとルークは、よく一緒にお酒を飲みますの?」

 

「…………よくと言うより、最近はルークとしか飲んでいなかったな。虚しいことだ」

 

「虚しいとか言うな。俺だって友達の少なさに虚しくなってんだ」

 

よくよく考えてみりゃあ、俺ってリグレット以外とは殆ど飲んだことがない。忙しかったりと理由はあるが、それにしたって悲しいぜ。

 

「そういえば俺も、このメンバーだとジェイド以外と飲むのは初めてだな」

 

「そうですねぇ、私もガイとだけです」

 

ふと思い出したように呟いたガイに、ウイスキーをストレートで飲むジェイドが自分もだと頷く。それを聞いたディストが目を見開き机を両手で叩いた。

 

「ジェイド! 昔はよくいっ――」

 

「ディスト、酒がこぼれる。机を叩くな」

 

「あ、え……すみません」

 

しかしラルゴの静かな一括で撃沈。とことん哀れだ。

 

新しく運ばれてきた様々な料理に舌鼓を打ちつつ、オレンジの果実酒を飲む。爽やかで甘い味がなかなかいい。

 

ワインよりも甘くジュースみたいな果実酒の方が好みだとか思ってると、突然先程以上の机を強打する音が響いた。

 

見てみれば、ばんと机を叩いてほんのりと頬を赤くしているナタリアが、俺を凝視している。

 

「ルーク、私はあなたに言っておかなければならないことがありますの」

 

「お、おう、何だよ?」

 

妙な迫力に押されて若干どもりながら答えれば、ナタリアは眉を吊り上げてグラスの中身を勢い良く煽る。そして机にグラスを叩きつけるようにして置いた。

 

「事情があったのは認めますわ。ですが城を壊したのはやり過ぎです。帰る家がなくなってしまったではありませんか、私にどうしろと言うのですか?」

 

「そうですねぇ、今回は少々やり方が過激です。度が過ぎています」

 

切実な事を切実に訴えるナタリアに、茶化すわけではなく真剣にジェイドが賛同する。他にもっといいやり方があったはずだ、と。

 

「まあ、加減して中途半端に終わるよりは良かったんじゃないか? 結果としてはみんな現実を認識できたようだし」

 

「俺はルークとリグレットのやり方には賛成だぞ。あの英雄信望は歪んでいた。あれじゃあスコアと何も変わってなかったからな」

 

しかしどうやらガイとラルゴは不満がないようで、むしろ良くやったと言わんばかりの口振り。俺からすれば結構意外な反応だったりする。

 

「別に受け入れてもらおうなんて考えてねえよ。本当に俺は、あのまんまなら別に人間なんて滅んでもいいって思ってたわけだし。英雄英雄って、本当に気持ち悪い。誰一人殺しちゃあいねえが、それだってまだ俺に全部丸投げしようとする腐った頭のまんまなら、殺してただろうしな」

 

自分たちは何もしないで、俺に命を賭けて戦えと言う。しかも恐らくだが、全てが終われば過ぎた力を持つ社会より排除すべき化物として扱われるようになるだろう。そういう都合だけがいいのは本当に嫌だ、苛々する。冗談抜きで殺したくなっちまう。

 

「馬鹿、せっかくの酒が不味くなるだろう。もう少し周りのことも考えろ」

 

「あー……、悪い悪い。気分変えて飲み直すか」

 

ついつい不機嫌を露わにしてたら、リグレットに肘で脇腹を突かれた。確かに今のはよくない、酒の席でこれはダメだ。

 

気分転換だとばかりにグラスに残ってた分を一気に飲み干せば、ジェイドにこれ見よがしに溜め息を吐かれる。果てしなくうざいんだが。

 

「あなたには落ち着きが足りませんねぇ。家庭でも持てば、多少は保守的になってくれるのでしょうか。今のままでは活発過ぎて見ているだけで疲れます」

 

「確かに……恋人でも出来たら少しは落ち着くかもしれないな」

 

「ルークは顔だけはいいですからね。複雑な経歴があるにはありますが、それでもなかなかの相手は見つかるでしょう」

 

「陛下に相談してみたら、喜んでお見合いの相手も紹介してくれそうだよな」

 

何故か真剣に俺の幸せ家族計画を立て始めるジェイドとガイ。いや、もう余計なお世話だとしか言えねえよ。お見合いなんかしてたまるかってんだ。

 

「つーかお前ら、人の心配する前に自分の心配しろ。お子様組とかナタリアとアッシュなんて既に将来安泰だぞ、いい年したおっさん共は何してんだよ」

 

「私は結婚する気はありませんから」

 

「俺は女性恐怖症を治してからだから……当分先だ」

 

ジェイドはのうのうとそんなことを笑顔でほざき、ガイは若干諦めが入った苦笑を漏らした。どっちも凄まじいダメっぷりだ。

 

「ルーク、私も賛成ですわ。あなたが婚約すると知れば、きっと叔母様もお喜びになりましてよ。私も婚約者探しなら手伝えますし」

 

「ナタリア、マジでやめろ。俺は結婚なんてしねえし、したくても出来ねえっての。生きてても死んでも地獄行きが決定してんだ、わざわざ道連れなんて作る必要ねえだろ」

 

断言出来るが、俺と一緒にいてまともな生活が送れるはずがない。やっぱり独り身が気楽で一番いいに決まってるぜ。

 

「だがな、ルーク。帰る場所があるというのはいいことだぞ。結婚という形にせずとも、お前には支えになってくれる人間が必要だ。今のままでは早死にするぞ」

 

「そうなんだよなぁ、ルークは全部一人で抱え込もうとするから、見てて心配なんだ。ルークは好きな人……というか愛している女性はいないのか? 支えになってくれるような」

 

…………。いや、もう何なんだよこれ。つーかラルゴとガイの言い方じゃあ、俺が一人じゃあ生きていけない生活力皆無な駄目人間みたいじゃねえか。

 

盛大に溜め息を吐き出しつつ、とりあえず俺はガイの質問に答える。

 

「俺はアリエッタを愛してる。流石にアリエッタが世界一幸せなお嫁さんになるまでは死ぬつもりはねえから、そんな心配すんなよ」

 

「いや、それは何か違うんじゃ――いえ何でもありませんよ! 私は何も言ってないですよ!!」

 

俺の誓いにケチをつけるディストを睨みつけてみれば、無事に理解してくれた。やっぱりアイコンタクトは偉大だ。

 

ふと、隣のリグレットが目に入る。若干俯き気味で、何やらぼんやりしている。さっきから一言も話してねえし、もしかすると体調が悪いのかもしれない。まだあの騒ぎから半日しかたってねえのだ、回復してなくても全然おかしくない。

 

「リグレット、大丈夫か? 体調悪いんなら宿に戻って寝た方がいいぞ」

 

「あ、ああ、いや、大丈夫だ。私もお前の婚約者探し、微力だが手伝おう」

 

「…………」

 

全然大丈夫じゃなかった。全く話聞いてねえし、何か暗くなってるのを無理して取り繕ってる感じだ。本格的に疲れてるっぽい。

 

「お前なあ……あー、いや、何でもねえわ。それより協力なんて必要ねえっての」

 

「え? お見合いをするのではなかったのか?」

 

「しねえよ。見ず知らずの人間と結婚するために会うとか、俺には無理だ。そもそも俺は結婚自体が無理だ。自分で言うのもアレだがよ、こんな面倒な人間を好きになる奇特な野郎なんざ、そうそういねえだろ」

 

それにお見合いなんてめんどくせぇし、と吐き捨てれば、何やらどこか喜々としているナタリアが俺を強く見つめてくる。

 

「ルークは既に好きな女性がおりますの?」

 

「あ? いちゃあ悪いかよ」

 

「悪くなどありませんわ。誰ですの?」

 

「言いたくねえ。つーかいい加減にこの話題から離れろ」

 

何で俺が話の種にされなきゃならねえんだ。しかも今現在三番目くらいに触れてほしくねえ話題で。

 

「嫌ですわ。私は今日、散々な目に会いました。ですから何かご褒美があってもよろしいではありませんか」

 

「ちょっとナタリア、お前もう飲むのやめろ。お前、酔うとめんどくせぇ」

 

いや、ほんと何がご褒美だよ。前にラルゴが年頃の女の子だから仕方ない云々と言ってたが、いざ槍玉に上げられると面倒なこと極まりない。

 

グラスに残ってた果実酒を飲み干し、何を飲もうかと机の上に並ぶ数々の瓶を眺めるが、しかしじっと無言でさっさと吐けと俺を見つめてくるナタリアが邪魔で、まともに選べねえ。マジでやめろ。

 

「まあ、話して下さらなくても結構ですわ。ルークの好きな女性が誰かなど、周知の事実なのですから」

 

「はは……確かに今更って気がするな」

 

「ハッ、はったりかまそうたってそうはいくかよ。俺がその程度で動揺しないとでも思ったか! 生憎と俺は面の皮が厚いんだよ!」

 

「…………」

 

無言が痛いが、動揺しすぎて何が何やらな俺にとっちゃあ、まったくもって些細なことだぜ。

 

落ち着け俺、頑張れ俺。はったりだ。はったりに決まってる。みんなして深く深くあきれ半分に頷いてるが、きっと世界中を巻き込む規模くらいな盛大で壮大な陰謀に決まってる。

 

「ま、待て。何故皆が皆知っている? 私は知らないぞ」

 

「いや待て。皆が皆知ってるはずがねえだろ、つーか知ってていいはずがねえ」

 

揃って頷く皆にうろたえるリグレットだが、俺はそのうろたえているリグレットに狼狽してる。動揺をはっきりと瞳に浮かべたリグレットは、躊躇いがち視線を彷徨わせて、そして俺を見た。嫌な予感しかしねえ。

 

「……ティアか」

 

「はい?」

 

「お前が、す、好いている人間だ。この場にいる者の共通の知り合から消去法で絞った結果、ティアが残った。……ティアなのか?」

 

何やら只ならぬ様子だった。質問というよりかは詰問といった感じで、まるでも何もそのまんま、俺がティアを好いてたらまずいとでもいいたげだ。

 

不安を湛える青色の瞳が、少しだけかかっている金色の前髪の隙間から俺を非難する。

 

……何か知らねえが、かんに障る。

 

「仮に俺がティアを好きだったとして、何か問題あんのかよ。大切な教え子は、駄目人間なんかにはやれねえってか?」

 

「……誰もそのようなことは言っていない。あの子がいればお前だって、少しは落ち着くだろう。それにお前は確かに無職で社会的不適合者で普通の生活を送れるはずがない人間だが……だが、いい奴ではある……だから、そう……別にいいと思う」

 

「別に……ねえ。それこそ別に、だぜ。別に心配しなくても、ティアじゃねえさ。第一それ以前に言っただろ、俺の残りの人生に他人を巻き込むつもりはないってよ」

 

かなり酷いことを言ってるリグレットだが、実際問題俺もその通りだと思う。身内が危ない人生を歩もうとしてたら止めるのが普通だ。

 

「ティアではないのか……? なら……まさかノワールか!?」

 

「あー、お前も人の話聞かねえ奴だな、マジで。面白おかしく興味本位で俺のこと詮索してる暇があったら、ヴァンとの将来でも心配してろよ。そっちの方がよっぽど建設的だし、趣味がいいぜ」

 

「…………」

 

一人で勝手に盛り上がってるリグレットを適当にあしらって、アルコールのきつい蒸留酒を注いで一気に煽る。

 

悪気があろうがなかろうが、ティアやノワールの名前をあげられるのは面白くない。一体全体どういうふうに俺を見てたらそういう結果に至るんだよ。的に掠りもしてない答えが出せるほどには、俺に興味がないってことなんだろう。

 

まったくもって笑えるぜ。

 

「ルーク、気持ちは分かるがそう荒れるなよ。酒で体を壊したんじゃあ目も当てられないぞ」

 

「昔ほどは荒れてねえから大丈夫だって。それよりガイももっと飲めよ。明日……いや、明後日からは訓練に訓練また訓練の毎日になるんだ、楽しめるうちに楽しんでたほうがいいぜ」

 

苦笑を硬直させたガイのグラスに酒を注いでやり、からからと笑いながら肩を叩く。今日だけで終わりだと思ってんのなら大間違いだ。むしろ本格的な訓練は明後日からだってのに。

 

「今回ばかりは流石にあなたでも、一人で全てを片付けようとはしませんか。あなたに比べれば微々たるものですが、我々の力が必要とあらば協力は惜しみません。訓練に設備や資金が必要でしたら、私に言って貰えれば出来る限り準備しましょう」

 

少しは酔いが回ってるのか、ジェイドが眼鏡を押し上げながら、珍しく皮肉も嫌味も交えない、真面目で真面目で真面目なことをのたまう。少々どころかかなりビビりながらも、俺は何とか鼻で笑ってやった。

 

「俺は最低限やらなきゃならねえことをやったまでだ。今回のことは俺の最低限を超えてんだから、協力も何もお前らが主力だっての。ただ単に俺は、むかつくオールドラントをぶん殴りに行くついでに、人の意志を届けに行くだけだ。そこんとこを間違えんじゃねえぞ」

 

面白くない話はこれまでだと打ち切って、再び酒をあおる。少々ペースが早すぎたせいで酔いが回ってきたっぽいが、別段気にすることじゃあない。

 

今日はとことん飲んで飲まして楽しむことが目的。つーか酔わなきゃやってらんねえ。

 

「おう、ディスト。さっきから黙りだけど、ちゃんと飲んでんのかよ?」

 

「……別に気を使ってもらわなくても結構です。どうせ私なんか……どうせ私なんか……」

 

「よし、飲むか」

 

一人俯いているディストに声をかけてみたが、とてつもなく面倒な反応が返ってきたので無視する方向で決定。寝ても酔っても覚めても本当に面倒な奴だ。

 

ディストは放置するとして、もう一人の面倒な奴ナタリアの様子を伺おうとした瞬間、横からマフラーが弱々しく引っ張られた。

 

「…………考えてみたが……やはり、不公平だ」

 

黒く長い布地を控えめに掴んでいるリグレットが、俯いて小さな声で言った。案外感情が読みやすい青い瞳も、あまり筋肉を動かさないせいで作り物の人形のように見える整った顔も、前髪で隠れて見えない。

 

「ルークは私の閣下への想いを知っているのに……私はルークが誰を好いているか知らない。どう考えても、不公平だ」

 

「お……お前、リグレット。まだそのこと言ってんのかよ……」

 

更に面倒な奴が現れた!

 

「……納得がいかない。お前は私が閣下へ想いを告げるための手助けをすると約束した。ならば私がお前に……お前に同じことを約束するのは道理だ。互いにとって最善の結果は、私の想いが閣下に届き、お前の想いがその……その女に、届くことだろう。だから、教えろ」

 

「…………何だよその屁理屈。そもそも俺はそいつに幸せになって欲しいから、何も言わねえんだぞ。正直に言ってお前の素晴らしい提案は、無意味どころかマイナス。ありがた迷惑どころか、ただの面倒だ」

 

 

頭回ってねえにも程があるだろ。何回同じことを言わせんだよ、この女。閣下閣下閣下閣下閣下閣下閣下閣下閣下閣下閣下、何度も何度もヴァンが大好きですって主張してねえで、少しは人の話を聞きやがれってんだ。

 

苛々するのを、酒を飲み干すことで必死に飲み込み抑える。

 

そうだ、俺がキレそうになってんのは偏に俺自身の責任。だからここで俺が怒るのは筋違いだ。さっきのは良かれと思っての提案なんだろうし、悪気はないはずだ。

 

これが嫉妬ってやつなんだろうな、本気で嫌になるぜ。

 

まったくもって本当に面倒なことになっちまったもんだ。約束を果たせば復讐を成し遂げることが出来なくなり、復讐を成し遂げれば約束を果たせなくなるという矛盾を、ただでさえ馬鹿なことに自分から抱えちまってるってのに、その上あろうことか……。

 

大きく溜め息を吐いて、力なく首を横に振る。

 

「……難儀な話だぜ、ほんとに。割り切れてるはずなのにな」

 

「理屈のみで動くことが出来れば楽だが、それがなかなか出来ない。人間とはそういうもんだ。第一ルーク、お前は本来直情径行型の人間だろう。今のお前はやりたくないことと、やらなければならないことが一部重なってるんだ。お前の性格上、一番苦手な状況じゃないのか? そのあたりのことをよく考えておけよ」

 

 

酒を水のように飲んでるラルゴが、年の功を感じさせる威厳たっぷりの堂に入った様子で、グラスを片手に人間を説く。マジで針金みたいな髭を蓄えた眼光が鋭い巨漢に言われたら、説得力がありすぎて何も反論できないのは仕方がないと思う――

 

――が、しかし、酔いが回ってるからか苛ついてるからか、何かやたら反抗したい気分になった。

 

「まあ、確かにそうなんだがよ……実際問題やりたくないことと、やらなきゃならないことが重なるなんてねえんじゃねえの? 人間本気の本気でやりたくないと思ってたら、世間一般でやらなきゃならないことだって認識されてることでも、やらねえだろ。少なくとも俺のやらなきゃならないことってのは、俺自身に何かしらの利益が出る、俺自身がどこかである意味やりたいって思ってることだぜ。…………――だ、か、らっ!! 俺は自分の蒔いた種が刈れなくて困ってんだよ!! ぶっちゃけやりたいこと二つ……いや、やりたいこと多数に板挟みにされてんだ!! 誰か俺を助けろ!!」

 

適当に思いついたことを語ってたら、だんだんとむしゃくしゃして来てついやってしまった。完全完璧に全員が引いちまってる。もう色々と泣きたい。

 

思えば俺は存在からしてそうだが、最近は特に矛盾だらけだ。

 

ヴァンをぶっ殺したいのにリグレットやティアが悲しむから、やっぱり殺したくないけど、それでもやっぱり殺したい気持ちがある。

 

リグレットにヴァンと幸せになってほしいのに、今は近くにいるリグレットが俺から離れて行くのが嫌だが、それでもやっぱりリグレットには幸せになってほしい。

 

アリエッタがお嫁に行くのは寂しいのに、何時かは結婚して幸せな家庭を作ってほしいと願ってるが――

 

「――シンクが、あのシンクが家庭を大事にするなんて思えねぇ!! ギャンブルに怠け癖に遊び癖に、その上成長して酒飲みはじめたらどうなんだよ一体!! アリエッタが、純粋なアリエッタが壊れそうで恐えよ!!」

 

「あー……、相当酔ってるな、ルーク。ペースを考えないで強い酒を飲み過ぎなんだよ、お前は」

 

「俺よりアリエッタの心配をしろ! 純粋なのはいいけど年齢的に純粋すぎてヤバいだろ!」

 

額に手を当てて溜め息を吐くガイ。俺としても若干酔いが回ってきて、話が飛躍しすぎてんのは認識してるが、事が重大すぎて仕方がない。

 

「飲め! 飲んでアリエッタの今後について真面目に考えろ! お父さん――じゃなくて俺は心配で心配で酒しか喉を通らねえ!!」

 

「ええ、わかりましたわ。これを飲めばよろしいのですね?」

 

「おう、一気に飲み干せばいいんだ」

 

「一気にですね、任せてください」

 

俺の魂の叫びに呼応し、ウイスキーのボトルを片手に爽やかな笑みを浮かべるナタリアは流石だと思う。急性アルコール中毒で途中棄権コースまっしぐらだぜ。

 

「……私も飲む。気分が悪い」

 

何かやたらと機嫌が悪そうにリグレットは言って、こちらはワインのボトルを装備。ナタリアよりはましなチョイスだが、それにしたって似たようなもんだ。

 

下手すりゃあ、明日には仲良く病院のベッドで天井のシミを数えてるかもしれない。

 

 

――とまあ、何はともあれこのようにして、俺たちは崩壊のプロセスを飛ぶが如き勢いで辿ったのだった。

 

宴会がお開きになった後にも、色々とヤバい語るに語れない事件というか犯罪の匂いがしないでもないことが起こったりしたが……うん、全力で忘れろ、俺!

 

つーか翌日の朝に、ゴミ捨て場で目を覚ました俺は一体全体何なんだ。

 

あれか、ルークはダメ人間からゴミ人間にクラスアップした! みたいな。

 

……いや、冗談になってなくて泣けそうだ。マジで。

 

 

* * *

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