TOA ~突き進め、我が道を!~   作:あきあ

27 / 37
第十二話 明けない夜を駆ける

「また……あれか」

 

かつてヴァンが超振動によりこの世界から消失させた、ホド島。

 

ガイの唖然とした呟きをどこか遠くに聞きながら、俺たちはアルビオールの上からかつてその島があった場所を見据えていた。

 

つい数分前だった、それが世界に再び姿を表したのは。つまりそれは開戦の狼煙――人類滅亡の始まり。

 

かつてのホド島の位置で不気味に輝く、巨大な虹色の球体。そしてそれを中心に蠢く、虹色の影。

 

「前と同じなんだよね、やることは」

 

「先ずはあそこに辿り着く――全てはそれからなのですね」

 

決して怯えることなく、強く敵を見つめるアニスとナタリア。

 

「これが第一の障害というわけですか。アルビオールだけで突入すれば、全方位をあれに囲まれて墜落。かと言って戦力を分散させ、他の軍艦と陣を組んでも、勢いが足りない。――なるほど、オールドラントはよほどルークにご執心らしい」

 

「こうなると、読んでいたのね。だから、私たちは鍛えられた」

 

作戦は至って単純。全鑑同時に一斉に一方向から突撃。そして敵の密度が高まった所で散開し、敵を妨害。その後はアルビオールが、強引に球体に突っ込むだけだ。

 

敵の本体に一機だけを突入させるふざけた作戦。人員の九割九分九厘以上が補助要因という、空前絶後の総力戦。

 

苦笑しかしようがない状況で、それでもジェイドとティアは可笑しそうに笑っていた。

 

「私は初めて見ますが……凄まじいですねえ」

 

「こんなもの、振るい落としだろうが。前哨戦程度で怯えるな、屑が」

 

前方の敵と、アルビオールの周りを囲む数多の戦艦。戦力差を比べて生唾を飲み込むディストに、喝を入れるアッシュ。

 

その様子に、ラルゴが小さく苦笑する。

 

「その気概はいいが、冷静に行けよ。強敵には違いない」

 

オールドラントが力を分散させている第一戦目は、確かに俺たちにかかる負担は少ない。奴が本腰を入れるのは、俺たちが腹の中におさまってからだろう。

 

実際問題、奴からしたらこんな防衛戦は片手間の作業でしかないはずだ。

 

確実に俺を葬る為の、露払い。そのために、力の一端を裂いているに過ぎない。

 

しかしまあ、それが油断をしていい理由になりはしない。

 

「さてと、そろそろだね。人類の存亡をかけた戦い、みんなで精一杯頑張ろうか」

 

欠伸混じりに真面目なことを言うシンク。全てが全て黒い冗談というわけじゃないだろう。その目は、真剣だった。

 

「アリエッタも、がんばります……!」

 

不気味なぬいぐるみをしっかりと胸に抱いて、シンクに頷き返すアリエッタ。一片の曇りもないその言葉に、シンクは小さく嘆息しながら肩をすくめて、アリエッタの頭を乱暴に撫でた。

 

まったく。今から世界を相手取ろうってのに、どいつもこいつもいい感じにほぐれてやがる。流石としか言えねえな。

 

「美味しいお茶を入れて待ってますので」なんて言って送り出したイオンもイオンだが、ちっとは緊張してもいいんじゃねえのかね。

 

このまま進めば、十分もすれば始まるだろう。周囲の戦艦もすでに戦闘準備を整え終えている。

 

戦いを前にして、ふと今までの記憶が蘇る。

 

よくよく考えりゃあ、俺の人生って結構波乱万丈だな。

 

屋敷でだらだらとしてた昔が、今じゃあ信じられねえくらいだ。

 

まあ、何にしても今日でこの大騒ぎも一段落だ。全部終わったら、悠々自適とまではいかねえが、のんびりとした傷心旅行が待っている。

 

「よっしゃ。それじゃあ俺も、全身全霊全力で気合い入れて、一生懸命頑張ってみるか」

 

「そうだな、頑張ろうか。また明日――頑張れるように」

 

そう言って、リグレットは綺麗に微笑んだ。薄く金色に光る、白い譜銃を抜きながら。

 

 

 

 

防衛のためだけの兵力と言えど、その数は尋常ではない。空がまともに見えないほどの軍勢に、艦隊は正面から突撃する。

 

つい先日実装されたばかりの音素タンクからエネルギーを得る戦艦は、最大船速で敵の波を掻き分けて進む。

 

「大佐、まだですか!? もうガーンと行っちゃっていいじゃん!」

 

「決めるのは私ではありません。先頭の二隻に聞いて下さい」

 

巨大化させたトクナガを操り、虹色の鳥形の敵を殴り飛ばしたアニスが叫ぶが、ジェイドは取り合わずに敵に槍を突き出す。

 

艦隊を散開させるタイミングは、現在最前線で奮闘しているキムラスカとマルクトの軍艦に任せてある。

 

行ける所まで行く、後は任せた――それがこの作戦が始まる前に、ファブレ元帥が俺たちに言ったことだ。

 

年寄りが最前線で無茶してんじゃねえっての。

 

「だんだん数が増えてきたな……俺たちはいいが、他の船は大丈夫なのか?」

 

「人数がいるから大丈夫だと思うわ。もう少しなら」

 

球体に近づけば近づくほど敵の数は増えて行く。まだ敵が広がる領域の三分の一程度までしか進んでいないが、それでも常に戦っている状態だ。

 

しかしだ、まだまだ余裕はある。ガイとティアは軽く会話をしながら、それぞれ敵を払って行く。

 

「あと数分もしたら始まるでしょ。あんまり時間をかけ過ぎても、敵が集まって来ちゃうだけだし」

 

背後にアリエッタを庇いながら、シンクが前方の敵を蹴り飛ばす。ついで横から迫って来る相手に右の拳を突き出し、綺麗なカウンターを決めた。

 

「あ、動き始めましたわ!」

 

「いいタイミングだ。全員備えろ! 飛ぶぞ!」

 

ナタリアとラルゴの声に前方を見れば、旗艦が針路を換え始めた。キムラスカは左に、マルクトは右に。

 

これから艦隊は、俺たちの道を守る壁となる。俺たちが真っ直ぐ前だけに集中できるように、追いかけてくる敵を討つのだ。

 

さあ、ここからが本番だ。今から突っ込むのは、敵が蠢く中心部。今までとは密度がまるで違う。

 

海面から、アルビオールが僅かに浮上する。稼働する飛行譜石が轟音を上げ、大きな波紋をたてる。

 

「任せましたよ、ルーク、リグレット」

 

甲板を走り最前部へと向かう俺とリグレットに、右翼に陣取ったジェイドがそんな声を飛ばしてきた。

 

俺たちは迷うことなく、即座に言い返してやった。

 

「大船に乗った気でいな」

 

「まあ最も、例え泥船だろうが道は切り開くがな」

 

戦艦が隊列を変え、アルビオールが通過できるほどの隙間が姿を表す。

 

そして次の瞬間――アルビオールは盛大に水面に水しぶきをたて、加速した。

 

両脇を固めていた幾つもの戦艦を次々と追い越し、さらに速度を上げて行く。

 

ふと、前方の戦艦の上に見知った人影を発見する。

 

「リグレット、フリングス少将が見送ってくれてるぞ」

 

「ああ。反対側のキムラスカ艦は、セシル少将だ」

 

先頭から二番目の二隻の戦艦の上。幾つかに別れる艦隊の一つずつを率いる両国の少将は、俺たちに向かって敬礼を取った後、二人揃って薬指についた指輪を見せつけてくれやがった。

 

「ハッ、いい根性してやがるぜ。あのお幸せ野郎共」

 

「あれだけ惚気てくれているんだ。この場は存分に任せようじゃあないか」

 

俺たちは肩をすくめて、苦笑し合う。そして武器を構えて、前を向いた。

 

「だな、目に毒だ。それじゃあまあ――派手に行こうぜ!」

 

「ああ、心得た」

 

前方に突き出された二丁の譜銃が、金色に光り輝く。埋め込まれた朱色がかった金色の宝玉が律動し、内部に刻まれた譜陣が稼働する。

 

常人には不可能な音素制御を、気が遠くなるほど繰り返すことで、譜陣に装填された何十もの弾丸。

 

リグレットは、冷酷な微笑を浮かべて、そのトリガーを引いた。

 

彼女の新たな譜銃より解き放たれる、裕に百を超える光の槍。完璧な制御の下に撃ち出されたその槍の群は、蠢く虹色の影を穿ち、巨大な風穴を空けた。

 

「よっしゃーーっ!! 流っ石リグレット! 今のうちに突っ込んじゃえ!!」

 

「アニス……敵、きてる」

 

「わかってるってばっ! そんなことよりアリエッタも喜びなよ!」

 

「リグレットだから……当然、です」

 

船尾で一気に開けた道に歓喜の声を上げるアニスと、我がことのように自慢気に胸をはるアリエッタ。

 

「――って、二人とも遊んでる場合じゃないぞ! 横からの敵の数が異常に多い!」

 

「ぎゃ、ぎゃあぁああああああ!! なななななな何ですかこの数!!」

 

しかし喜ぶのも束の間。圧倒的な量の虹色の鳥形の影が、両翼に迫っていた。左翼を守護するガイとディストが叫び、その横ではティアとシンクがすでに上級譜術の詠唱に入っている。

 

その反対側でもジェイドが譜術を放ち、ナタリアが連続して弓を射ている。二人を守らんと、剣と大鎌を振るっているアッシュとラルゴの顔にも、既に余裕はない。

 

どうやら想像以上に、敵が集中して来ている。球体を挟んだ反対側の戦力が、持ち場を捨ててこちら側に回って来たんだろう。

 

「おいレプリカっ! 手が空いてるなら左翼を手伝え!! 超振動で一掃するぞ!」

 

「こいつらに限っては必殺にならんぞ! 隙がでかい超振動はなるべく使うな!」

 

前方と比較しても劣らない敵の数に忌々しそうに怒鳴るアッシュに、ラルゴが制止をかける。確かに超振動を使って表面の敵を消せたとしても、後続にまでは届かないだろう。

 

超振動を使うことがあるとすれば、それは最後の一手としてだ。

 

「ルーク、どうするの? 余力を残しておく余裕はないわ!」

 

「確かに……ここで堕ちれば、元も子もありませんわ」

 

焦りを露わにするティアとナタリアに、しかし俺は否定の言葉を叫んだ。

 

「駄目だ! 全員全力は出すな! そのままで堪えろ!」

 

「おい、ルーク! 流石にこれは――」

 

ガイの嘆き声を掻き消して――世界に轟音が鳴り響いた。

 

密集し過ぎて虹色の壁に見える左翼の敵が、巻き起こった数十を超える大爆発によって消し飛ぶ。

 

右翼では突如として出現した巨大すぎる氷壁が、敵の進行を食い止めていた。

 

そしてそれは、悠然とアルビオールの甲板に降り立った。漆黒と純白の翼をはためかせながら。

 

「あらあら――随分と忙しそうね。お茶でもご馳走してもらおうと思っていたのに」

 

「ネ、ネビリム……!!」

 

優雅に微笑むその女性は、かつてジェイドたちとあの雪降る地で死闘を演じた、レプリカネビリムだった。

 

「う、嘘だろ! あれってもしかして、モースたちか!?」

 

未だ爆撃が治まらぬ左翼側の空には、譜術を放ち続ける三十ほどの緑色の巨体。唖然として攻撃の手を休める皆には決して視線を向けず、モースたちは戦い続けていた。

 

「そういえば彼ら、借りを返しに行くと言っていたわね。後ろじゃあドラゴンや魔物に、古い船を何隻か引き連れた赤毛の女が暴れていたし――今日は賑やかね」

 

銀色の髪を風になびかせ、ネビリムは可笑しそうに笑った。

 

アリエッタの友達に、ゴン君。みんなも人間のために、戦ってくれてるんだ。それに赤毛の女――ノワールたちのことだろうな、多分。まったく、みんな無茶をしてなければいいが。

 

「あ、あなたは……あなたは何故ここに?」

 

「お話をしに来たのだけど、だめだったかしら? ジェイド、サフィール。それにしても――」

 

と、周囲に五つの武器を従えるネビリムは、ジェイドとディストに向かって小首を傾げて、自然な動作で右手を空に掲げる。

 

その口から紡がれるのは、譜術の詠唱。凄まじい速度で構成されて行く術が、敵に向かって放たれる。

 

「――うるさいわね、小虫が」

 

――メテオスォーム――

 

天空より降り注ぐのは、ネビリムの力によって生み出された大量の隕石。一発一発が必殺の力を持つそれが、氷壁を壊しかけていた敵を徹底的に虫けらのように潰して行った。

 

「それともう一つ――雇い主に独立を言い渡しに来たの」

 

「ああん? んなこと俺は聞いてねえぞ」

 

ネビリムはふわりと再び宙に浮かび上がり、俺の横まで来る。突然の辞表に眉根を寄せれば、楽しそうに笑われた。

 

「今言ったのだから、当然ね。借りていた船なら、たっぷりと利子をつけてケセドニアの港に預けておいたわ。そんなことより……ふーん、あなたね」

 

ネビリムはリグレットを値踏みするようにじっくりと眺めて、口の端を僅かに吊り上げる。

 

「なるほどね、納得だわ。これはいい感じに――……まあ、いいわ。今度また、ゆっくりとお話しましょう」

 

それだけ言って、彼女は甲板から舞い出ていった。虹色の影が埋め尽くす、戦場へと。

 

「ふん、何のことかよくわからないが――」

 

「ああ――このまま突っ切るぞ! もうちょっとでゴールだ!」

 

両翼で暴れ狂うモースたちとネビリム。あの女がいる限り、この場は何一つ問題ない。

 

「ちゃんと、繋がってるのね。みんなが、協力してくれている」

 

「ああ。今までのは全部、無駄じゃなかったんだ」

 

「ネビリムさんも、モースさまたちも……頑張ってください、です……!!」

 

感極まったように空を見上げるティアとガイ。そして声援をおくるアリエッタ。

 

背後を二国と教団の艦隊、そして魔物たちとノワールに、左右を過去に命を救ってやったモースたちと、ネビリムに守られ、俺たちは前へ前へと突き進む。

 

迫り来る敵を木刀で吹き飛ばしながら、虹色の巨大な球体までの距離を測る。

 

「ディスト、そろそろだ! 準備出来てるか!」

 

「終わっています! 何時でも起動出来ますよ!!」

 

「ではディスト、ノエルを頼みますわよ!」

 

アルビオールに乗せていたディストの譜業兵器が、動き出す。今日のために量産した、小型の物だ。

 

アルビオールの周囲にそれらが展開されたのを確認し、皆は次々と船首へと駆けよって来る。

 

目前に迫る球体――敵の本体へと続く、入口。

 

アルビオールの守護の為にディストを残し、俺たちはアルビオールの上から球体の中へと飛び込んだのだった。

 

 

 

 

暗闇の中、僅かな浮遊感の後に地に足がついた。

 

「ここは……!?」

 

辿り着いた場所は、穏やかな白亜の街。石畳が敷き詰められ、白い石造りの屋敷が立ち並ぶ、既に終わった街。

 

「嘘、だろ……? ホドなのか……」

 

「ホドじゃねえよ。こんなの、ただの幻想だ。ただの、夢の残骸だ」

 

滅びを迎えた故郷を、信じられないといった表情で呆然と見つめるガイの肩を、軽く叩いてやる。

 

「ここはヴァンの夢を、オールドラントが再現しただけの場所だ。……一回滅ぼしてやったってのによ、なめた真似しやがって」

 

あくまでもこの場所に拘るのか。こんな形だけの世界に引きこもりやがって。

 

本気で気に入らねえな。

 

「これが、ホドなのね。兄さんの故郷……」

 

「あの丸いのの中がここなの? むちゃくちゃだね、オールドラントってば」

 

「それより、外の皆は大丈夫なのでしょうか?」

 

きょろきょろと街を見回すティア、辟易して溜め息を吐くアニス、置いてきた連中を思うナタリア。

 

こいつら……

 

「退却する者まで追うことはないでしょう。その分、我々にかかる負担が増えるでしょうがね。各自気を引き締め直しなさい――ここは既に、敵の腹の中なのですから」

 

気を抜き過ぎてる皆を注意しようと思った矢先に、ジェイドからそんなお言葉があった。まあ、そりゃあそうだ。よくよく考えりゃあ、そんなのは俺の仕事じゃあなかった。

 

ちょっと気を張り詰めすぎてたのかね、俺は。

 

「……ちっ。拍子抜けだな。何を狙ってやがるんだ、オールドラントは」

 

「確かにな。すぐにでも始まるのかと思ってたが……」

 

アッシュとラルゴが手に持ったままだった武器を鞘に納めて、敵が仕掛けて来ないことの不気味さにぼやく。

 

広がる青空に、穏やかな街並み。人類の命運をかけた戦いの場としては、嫌になるほど平和だった。

 

何が起こるかわからないからこそ、俺たちだけが渦中に飛び込んだのだ。この平和すぎる空気では、逃がしたアルビオールにいるディストとノエルを心配するのも仕方ないのかもしれない。

 

やはり戸惑いを隠せない皆に、俺は前方の一際大きな白亜の屋敷を指差し言う。

 

「とりあえず、行くぞ。たぶんあの向こうだ。そこにオールドラントがいる」

 

「あの建物は……確か集会所だ。ずっと昔に個人の屋敷として建てられたのを、改修して使ってたはずだが……裏には、高台に続く道があったと思う」

 

目を細めて記憶を辿るガイの説明に、皆は緊張を取り戻しながら聞き入っていた。

 

正確にはユリアの屋敷なのだが、今はどうでもいい。俺たちはホドの大通りに当たる白い石畳の道を進む。

 

「それにしても、何も仕掛けて来ないな」

 

「有象無象をけしかけても、無駄だって知ってるんだよ。来るとしたら――」

 

「――真っ当な者ではないか」

 

戦闘の準備を終えたリグレットが、呆れたように俺を見る。そういえばリグレットには、以前オールドラントと戦り合った時のことを話してたのだ。

 

まあ、確かにホド戦争の戦力を有象無象って言うのは、言い過ぎだな。俺一人だったなら、だが。

 

 

「きれいなお家が、いっぱいです……」

 

「全部偽物らしいけどね」

 

街の景観に思わずといった感じで感嘆の言葉を漏らすアリエッタに、シンクが皮肉気に笑う。そんなシンクに、アリエッタは拗ねたように頬を膨らませて言った。

 

「だって、きれいだもん。そんなの関係ない、です」

 

「……ふーん、そう。なら、それでいいじゃん」

 

だから……こいつら和みすぎだろ。まあ、緊張で固まって使い物にならないよりかは、遥かにいいが。

 

「ガイ、どうしたの?」

 

「ああ、いや……」

 

一軒の屋敷の前で足を止めたガイの様子を、ティアが心配そうに伺う。ここに着いた時からだが、やはりガイは少し混乱してる。

 

「ここ、俺が育った家なんだ。だからちょっと……」

 

「ガイ、中も見てきたらどうだ? 待っててやるから」

 

「いや、だがルーク、今は――」

 

「いいから行って来い! そんな辛気臭い面されてたら、こっちが迷惑だっての!」

 

ぐだぐだと悩んでるガイに一喝をくれてやる。こんな状態じゃあ、剣が鈍るに決まってるじゃねえか。

 

「……すまない、みんな。ちょっとだけ行って、気持ちに整理をつけてくる!」

 

ガイは短く刈り込んだ頭を掻きながら頭を下げて、屋敷の門を飛び越えて敷地内へと消えて行った。

 

「相変わらず身内には甘いな」

 

「うるせーよ」

 

からかい混じりに言ってくるリグレットだが、そのままの本心ってわけでもないだろう。大事な戦力を失うわけにはいかないのだ。

 

「もう今更だけれど、兄さんはレプリカでホドも作ろうとしていたのね……」

 

ティアの何気ない呟きに、かつての六神将たちは複雑そうにこの世界を眺める。

 

「街も、大陸も、世界も――人も。どうしようもない歪みごと全てを壊して、全てを作り直す」

 

「そうしなければ、スコアの呪いは消えない――はずだったんだけどね。まあ僕は単純に、世界を滅ぼしたかっただけで、そんな高尚な理想は持ってなかったけどさ」

 

レプリカにより全てを代用し、スコアから脱却する。ヴァンの信念の下に計画を実行していたラルゴとシンクが、苦い顔でかつての敵対者たちを見ていた。リグレットもアリエッタも、似たような表情だ。

 

現状を鑑みれば過ちだったとしか言えない過去に、それぞれが思いを馳せる。

 

そんな四人に向かって、しかし皆は屈託のない笑みを見せる。

 

「確かに、その方法はどうだったかとアニスちゃんも思うけどさ――」

 

「ええ。でも、あのままの世界で良かったとは思えないわ」

 

過激すぎるのは良くないと苦笑するアニスとティア。

 

「スコアに支配されていた世界を変えようとしたあなた方の行動力は、評価されて然るべきものですわ」

 

「淀み腐りかけていた世界に波紋を投じた――そう表現すれば、救世主のように聞こえないこともありませんからね」

 

誰もが動かなければ、人類は終わっていたと、そう告げるナタリアとジェイド。

 

まったくもってその通りだった。こいつらがいなければ、人は腐ったまま死んでいただろう。

 

「まあ、何にしても今更だろ。そもそもの前提が覆っちまったんだから、後悔するのも仕方ねえって。つーか、お前らレプリカって単語に過剰に反応しすぎ」

 

「いや、あんたのせいだから」

 

シンクから冷たい目で睨まれた。うん、フォローしてやったのに何故だ。

 

非常に気に食わないが納得しまくってる皆。一言文句を言ってやろうとした所で、ガイが戻ってきた。

 

身軽に門を飛び越え、ガイは俺たちの前に着地する。身を屈め衝撃を殺したガイの、伏せられていた顔が上げられる。

 

僅かに揺れる、爽やかな金の短髪。そして、透き通った瞳。

 

この泡沫の夢――ホドに着いてから常に瞳の奥に存在していた迷いは、綺麗さっぱりなくなっていた。

 

「……何か、あったの?」

 

ティアの遠慮気味な問い掛けに、ガイは「ああ」とさっぱりとした笑みを浮かべて答えた。

 

「昔に何があったのかを、忘れてしまってた記憶を、はっきりと思い出せたんだ。はは、女性恐怖症の原因もわかったから、もしかしたら治るかもしれないな」

 

「そう。良かったわね、本当に」

 

「え、え? 思い出せたんだ、昔のこと! やったね、ガイ!」

 

冗談めかして言うガイに、ティアとアニスが嬉しそうな声を上げる。

 

ガイの失われた記憶――ホド戦争の一幕。失ってしまったくらいだから、よほどショッキングなものだったのだろうと思っていたが、案外そうでもなかったらしい。

 

ガイはどこか誇らしげにすら、笑っているのだから。

 

完全に吹っ切れたらしいガイに、皆が皆温かに微笑む。

 

――さて。

 

準備は整った。

 

すでに目と鼻の先に在る、かつてユリアの屋敷。

 

オールドラントが何か仕掛けてくるとすれば、必ずあの場所だろう。

 

聳える荘厳な白亜の屋敷を見据え、俺は口の端を吊り上げて笑った。

 

「それじゃあ行こうか――第二の関門だ」

 

 

 

 

引き抜きざまに木刀を薙払う。

 

迫り来る幾本もの投擲ナイフ。刻まれた何らかの譜陣により、破壊力と誘導性を付加されたそのナイフの数は、数えることすら困難を極めた。

 

返す刃でナイフの束を叩き落とした時点で、木刀を放棄。

 

制動をかけずに体を旋回させて、小回りの効かない木刀を投げ、音素を収束させた掌でナイフをいなす。

 

「敵です! 戦闘体制を!」

 

いち早く襲撃に気づいたジェイドの声に、皆が緊張を取り戻して迎撃を始めた。

 

「障壁に頼るなよ! 破られるぞ!」

 

叫び縦横無尽に動かしていた両腕を止め、壁としての役割を終える。不意打ちが不意打ちではなくなった今、素手でこんな最前線に立っている必要はなくなった。

 

「取り逃がした! そっちに向かったぞ!」

 

階上にある白亜の屋敷の方から飛来するナイフの群とは、まるで関係ない場所から響くリグレットの警告の声。

 

少し離れた所に建つ一軒の屋敷の屋根。俺が投げた木刀が突き刺さるそこに立つ彼女の視線の先には、屋根から屋根へと飛んで移動する一つの影があった。

 

「え、なになにっ!? 敵襲!? こんな微妙な所で!?」

 

「敵は何処におりますの!?」

 

「あそこ、階段の上! ナタリア、撃って!」

 

焦り声を出すアニスとナタリアに、真っ先に敵の迎撃に向かったリグレットの姿を追っていたティアが冷静に指示を飛ばす。

 

突然の襲撃者は、屋根から高く跳躍し、白亜の屋敷の前へと降り立っていた。

 

「焔の成れ果てとその契約者、あとはメシュティアリカ。それに一応ジェイド・カーティス。あんたたちは動かないでくれるかな。とっておきの広範囲殲滅譜術の譜陣を仕掛けた。殺せはしないだろうけど、奴らと戦う前に無駄に消耗したくはないはずだ」

 

真っ黒な外套に身を包んだ敵は、油断なくそれぞれ殺意を形にしようとしていた俺たちを牽制する。

 

なるほどな。ここにいる全員が人質というわけか。捨て身の全力で来られたら、流石に全員が無傷ではいられない。

 

なかなか小賢しく良くできた作戦だが……何か違和感を覚える。これはオールドラント、そしてヴァンとも違うやり方だ。

 

それにこの聞き覚えのある声に、見覚えのあるナイフの障壁破壊の術式。

 

この黒ずくめ……もしや……。

 

「どうするの、ルーク」

 

「とりあえず、俺らは様子見だ。主導権を握ってるのがこっちだってあいつが理解出来てる以上は――」

 

「――迂闊に攻め込むのは危険だ」

 

「良くできたやり方ですね。実に人間らしい」

 

わざわざ名指しで指名された俺たち四人は、敵から視線を逸らさずに短く方針を決める。狙撃に適した屋根から下りてきたリグレットも、含みのある言葉をわざとらしく大きく言うジェイドも、俺と似たような結論に至ってるのだろう。

 

「疑わなくてもいいよ。特にジゼル・オスローとメシュティアリカを殺し、焔の成れ果てに敵対するのは、僕に与えられた役目じゃない。だから、こっちから三人に仕掛けることだけはしない」

 

…………。

 

「ルーク、いい。おそらく違う。あれは、そういう意味ではない」

 

無意識下で持ち上げかけていた左腕を、隣に立つリグレットがそっと押しとどめる。

 

俺は自然と彼女の横顔に目をやってしまう。俺の左腕に右手を添えるリグレットの冷たい青色の瞳は、黒ずくめと――そしてシンク、アリエッタの三人に向けられていた。

 

「う……うそ……だ、だって……ちがう、ちがいます……だって、だって……!!」

 

「…………」

 

驚愕に瞳を見開き、小さな身体を震わせるアリエッタ。無言で静かに、しかし何時もの余裕が全く感じられないほど動揺して、黒ずくめを見据えるシンク。

 

これは……どうやら杞憂ですみそうにねえな。

 

シンクとアリエッタ、両者のその姿をどこか満足そうに眺めた後、黒ずくめは悠然と階段を下る。

 

「何者です! 名を名乗りなさい!」

 

弓をつがえ、既に狙いを定め終えていたナタリア。彼女の指が矢羽から放れると同時、唸りをあげる矢が敵の顔面へと迫る。

 

「気の短いお姫様ですね。まったく」

 

しかし明確な殺意が込められた一矢は、くすりと嘲笑する敵の障壁に、易々と受け止められる。

 

黒ずくめは放たれた届かぬ弓矢など意に介さず、頭までを覆う黒い外套に手をかけていた。

 

そしてその全貌が、露わにされる。

 

「お久しぶりですね。元気そうで何よりです」

 

外套の下に着込まれた、金糸で装飾された白いローブ。風に揺れる、柔らかな緑色の髪。

 

敵の姿は――

 

「導師!? てめぇ、こんな場所で何を……!」

 

――ローレライ教団導師イオン、その人に他ならなかった。

 

驚愕の声をあげたアッシュに続き、長らく時間を共にしてきたガイも思わず刀の柄から手を離していた。

 

「イ、イオンなのか? どうして……まさかオールドラントに拉致されて……?」

 

今日笑顔で送り出してくれたイオンの姿に動揺しつつも、皆が敵ではなかったことに安堵しつつある中――しかしアニスが叫んだ。

 

「ち、違う! あ、あんた――イオン様じゃないでしょ! 私は騙されないよ!」

 

特徴的な緑色の髪に、中性的な顔立ち。そして小柄なその体躯までが全くイオンと同じその人間は、可笑しくて仕方がないといったふうに、喉を鳴らして上品に笑う。

 

「僕はイオンですよ、アニス・タトリン。見ればわかるでしょう?」

 

笑い、微笑み、嘲笑う。穏やかながらもどこか含みがある、その人を食ったような笑い声。

 

根本的にイオンとは違うその姿に、震えるアリエッタがか細い声で問いかける。

 

「イ、イオンさま……ですか? アリエッタの、アリエッタの……イオンさま、なの?」

 

「ええ、そうですよ。元気でしたか――僕のアリエッタ」

 

笑い、微笑み――そして、綺麗に彼女に笑いかける。

 

導師イオンと姿形を同じくするその人間――そう、その純正の人間は、既にその命を終えたオリジナルイオンだった。

 

 

 

 

「ちょっと待ちなよ。あんたがイオンだって? 死人が軽々しくでしゃばっていいわけ?」

 

ふらりとイオンの下に向かおうとしたアリエッタの前に立ち塞がり、シンクは階上のイオンを睨み据える。

 

「出来損ない。誰の許しを得て、その娘の前に立ってるのかな?」

 

「あんたこそ、誰の許しを得て息してるのさ。死人は死人らしく、土の中で朽ちてなよ」

 

「ここは過去も現在も関係のない、ヴァン・グランツが見る夢の中。僕は間違いなく、イオンだよ。出来損ない、君のオリジナルで、その娘のイオン。焔の成れ果てよりかは、まだ真っ当な存在さ」

 

オリジナルとレプリカ――イオンとシンク。鏡合わせのように立つその二人。

 

一方は敵意すら持たずに。

 

一方は殺意を持って。

 

シンクは階上に立つ同じカタチの者に、皮肉気な笑みの下に殺意を潜ませて問いかける。

 

「くだらない存在証明はどうだっていい。あの化け物しか比較対象に出来ない時点で終わってる。そんなことより――何が目的なのさ?」

 

「目的? そんなの、人並みの幸せを手に入れること以外に、何があるのかな? アリエッタと、この夢の中で幸せに生きる。別に君たちを殺そうなんて、思っていませんよ。僕が望むのは、アリエッタだけだから」

 

イオンは語る。己が目的は、アリエッタだけだと。アリエッタさえ、オールドラントに敵対しなければ、ここでは何もしないと。

 

――こんな下らねぇやり方で来やがって。本気でどうしようもねえな、オールドラント。

 

胸くそ悪い。ついつい、今まで必死に築いてきたこの最後の舞台ごと、全部ぶっ壊しちまいたくなる。

 

よりにもよって、連れ出したのが死人かよ。

 

情け容赦なんてする方が間違えてる戦いにおいて、精神を揺さぶるその手段は否定できない。

 

しかしだ――否定はできないし、するつもりもないが、今それはどうでもいい。

 

歯を軋ませる俺の左腕を掴んだままだったリグレットの手に、躊躇いがちに力が込められる。金色の前髪に隠された瞳を、見ることは叶わない。

 

少しだけ伏せた顔をそのままに、彼女は静かに小さく頷く。

 

大丈夫だと、きっと大丈夫だと、そう願うように。

 

「…………」

 

オリジナルイオンの――過去の亡霊の出現に、皆が皆それぞれにとっての最悪の状況を夢想してしまう中、しかしシンクはその薄っぺらい、でも確かに何時も通りのシニカルな笑みを、崩さなかった。

 

教団の黒い軍服、将の位を持つ者が纏うその黒の衣の懐から、シンクは仮面を取り出す。

 

「人並みの幸せ? ――ふん、馬鹿らしいね。喜びなよ。あんたのそのくだらない夢は、僕が否定してやる」

 

今では身に付けることがなくなっていた、素顔を隠すための仮面。

 

シンクはその仮面をつけながら、一歩前へと踏み出し、そして宣言する。

 

後ろに立つ俺たちにむかって、前に立ちはだかる自らのオリジナルにむかって。

 

「誰一人として、手を出したら許さない。イオンは――僕の獲物だ」

 

 

風が吹き、大気が唸りを上げる。

 

渦巻く第三音素を従えて、シンクは疾走する。

 

「ハアッ――!!」

 

段差を一足で飛び越え、凄まじい速度を乗せた右拳をイオンに叩きつける。

 

――しかし、イオンには届かない。前方に展開された譜術障壁とシンクの拳が拮抗し、高音を響かせる。

 

一撃では破れないと悟り――いや、元より一撃で終わらせるつもりのないシンクは、体を捻りながら跳躍。そして空中で回転し、右の踵でイオンの頭を狙う。

 

シンクの戦術は、そのスピードと手数で相手を翻弄するものだ。一撃に込める力は必殺のそれではない。

 

初撃からどうしても隙が出来る障壁を張ったのは、明らかにイオンの失策。硬直した体では、まともにシンクの踵落としを防げない。

 

誰もがそう思った瞬間、しかしイオンは上体を反らしながら足を横に運び、シンクの死角である右側に入り込みつつ紙一重でやり過ごした。

 

そして繰り出される抜き手。第七音素が集束された手刀が着地したばかりのシンクの胸元に迫るが、それはただ無為に空を貫くのみに終わった。

 

「………っ!」

 

「ちょこまかと目障りですね」

 

抜き手を両手を地面につけて深く体を沈めかわしたシンクは、イオンの足を薙払わんと左足を唸らせるが、再び展開された障壁に阻まれた。

 

「今の……」

 

「ああ。明らかに音素の流れが異常だった。あのような荒技、普通なら不可能だ」

 

「ではやはり、オールドラントですか」

 

音素の制御にはやはり集中力が必要だ。体内に音素を取り込む過程が隙を生む以上、譜術などは連発できない。

 

それをイオンは、ほぼノーモーションでやってのけた。

 

眉根を寄せるティアとリグレットの予想通り、オールドラントが助力しているんだろう。

 

「ルーク、何とかならないのか? シンクの気持ちを汲んでやるんなら、オールドラントの力は邪魔なだけだぞ」

 

「ローレライの力はオールドラントの対極。力の相殺は可能なはずです」

 

イオンの予想外の戦力に、ラルゴとジェイドがオールドラントの妨害を提案してくる。

 

シンクの実力を疑ってるわけではないだろうが、攻撃に溜と隙が必要ないというのは脅威に他ならないというわけだ。

 

それにしてもだ。

 

「…………」

 

「期待するだけ無駄だろうな。こいつはもう、力を使ってる」

 

どうしたもんかと答えあぐねていると、舌打ちをしながらアッシュがそう吐き捨てた。

 

「どういうことですの?」

 

「この空間で、シンクは普通に戦えている。オールドラントが作った、この空間でだ」

 

首を傾げるナタリアに、アッシュが忌々しそうに告げる。

 

この歪な世界にこれ以上の干渉は望めない、と。

 

 

シンクは一度大きく後ろに飛び、イオンと距離を開ける。

 

「……――唸れ烈風!」

 

そして素早く譜を紡ぎ、譜術を放つ。

 

イオンを襲うのは中級第三音素譜術タービュランス。全方位で乱れ飛ぶ大気の刃が、イオンを囲い唸りを上げる。

 

吹き荒れる暴風は決定打にはならずとも、目くらましにはなる。

 

弧を描きながら大気の刃が打ち込まれるイオンに接近しつつ、シンクは拳を固める。

 

障壁で攻撃が防がれるのならば、攻撃自体を認識させなければいいという考えだったのだろうが、しかしイオンはそこまで安易な戦術が通じるほど戦闘経験がないわけではなかった。

 

「目障りだと言ったのが、聞こえなかったのかな?」

 

大地に展開される、巨大な譜陣。瞬く間に青白い光を放ち始めたそれは、シンクに回避を許さなかった。

 

「アカシック・トーメント」

 

歌うように紡がれたその言葉を引き金に、譜陣の輝きが激しさを増す。そして次の瞬間――立ち昇った光の柱が空を裂いた。

 

「シ、シンク……!」

 

響き渡るアリエッタの悲鳴。破壊の光の奔流に飲まれ巻き上げられたシンクが、塵のように空から落ちてくる。

 

ダアト式譜術アカシック・トーメント。その破壊力は折り紙付きだ。直撃したのならば、下手をすれば命すら危うい。

 

全く身動きせず、重力に引かれるまま頭から落ちて行くシンク。悲壮な顔でアリエッタが息を飲むのをよそに、イオンはやれやれと肩を竦める。

 

「所詮は劣化したレプリカか。偽物は偽物でしかないんでしょうね」

 

「…………――空破」

 

幾分落胆したように呟くイオンの視線の先で――しかしシンクの身体が急旋回する。大地に打ちつけられる寸前で入れ替わる、頭と足の位置。四肢を曲げて衝撃を吸収し、シンクは弾丸の如く飛び出す。

 

その身に、炎を纏いながら。

 

「――爆炎弾!」

 

凄まじい速度で飛翔するシンク。纏う炎が螺旋の尾を引き、シンクと佇むイオンが交差した。

 

如何にダアト式譜術で最高の威力を誇る術であろうと、譜術障壁を全力で展開すれば防げないほどではない。先程の攻防はイオンの手を読み切り、術をわざと撃たせたシンクの勝ちだ。

 

しかしそれは、奇襲に持ち込んだところまでの話だ。

 

「が、がぁぁぁああああああああああああああああああああああ――――――っ!!」

 

一瞬の交差の後、背を向けて立つ両者。膝から崩れ落ちたのは、シンクの方だった。

 

「過大評価だったとは思うけど――それにしても過小評価はしていませんでしたから。まあ、模造品にすらなり損ねた塵に、少しでも傷を負わされるとは思ってなかったけど」

 

頭を押さえて悶え苦しむシンクを、ゴミでも見るような冷たい瞳で見下ろすイオンのローブは、右の脇腹の部分が消し炭と化していた。

 

対するシンクの右腕には、刻まれた血色の譜陣が輝いている。先程の一瞬の攻防で発動したダアト式譜術の一種だろう。

 

「わかるか?」

 

「記憶に干渉する類の術式だろうな。前にシンクがガイに使ったダアト式譜術と若干似てるし、ほぼ間違いない」

 

苦しむシンクに目を細めながら聞いてきたリグレットに、短く返す。ダアト式譜術とは要するに第七音素譜術だ。故に扱いが難しく、同時に解呪も困難を極める。

 

この戦い、ほぼシンクの負けだ。

 

「他に僕の邪魔をする人はいるかな? 僕はただ、アリエッタと幸せに生きていきたいだけなんだけど」

 

「……ちょっと、待ちな、よ……勝手に、話を進めないで……くれるかな!?」

 

最早何をどうしていいかもわからず、ただただぬいぐるみを抱き締めて立ち竦むアリエッタに微笑むイオン。その背後には、立ち上がったシンクがいた。

 

「へえ……立てるんだ。ザレッホ火山の火口から捨てられたんだよね、出来損ないだった君は。今もその光景が流れ続けてるはずだけど――久しぶりだったから失敗したかな」

 

危うい足取りで、しかし力強くイオンの方へと走るシンク。拳を突き出すが、しかし簡単に避けられる。

 

繰り出した突きに何時ものキレはなく、振るわれる脚にも勢いがない。

 

容易にイオンにカウンターを決められながらも、それでもシンクは皮肉気に笑う。

 

「こんなにいいアングルで絶景を見せてくれるなんて、なかなかいいとこがあるじゃないか。腐りきった性格の奴だと思ってたけど、少しだけ見直したよ」

 

絶景なんて、軽々しく笑える光景じゃあないだろう。

 

この世に生を受けて直ぐに、シンクは沸き立つ溶岩の海へと破棄されたのだ。

 

広がる赤い赤い死の海。シンクにとっては地獄でしかないその光景が、否応無しに頭に流れ続ける中、それでもシンクは戦うことを止めない。

 

殴られ、蹴られ、吹き飛ばされる。

 

それでもシンクは、止まらない。

 

「シ、シンク……だめ、です! 何でイオンさまと……もうやめてよ!」

 

「あんたは来るな! これは僕の問題だ!!」

 

戦う二人に駆け寄ろうとしたアリエッタは、シンクの怒声に縫い止められる。

 

そして泣きながら俺を見て来た。桃色の瞳は、不安と戸惑いで揺れている。

 

「ル、ルーク……助けて……。アリエッタ、どうしたらいいか、わからないです」

 

「…………」

 

「リ、リグレットも! ルークとリグレットなら、怪我させないで止められるはず、です! だから……だからアリエッタと一緒に……!」

 

アリエッタは俺たちに詰め寄り、ぼろぼろと涙を零しながら必死に訴える。

 

しかしだ。しかし、酷ではあるが俺たちは、首を縦には振れない。

 

何の反応も返さない俺に、アリエッタは愕然として「なんで」と呟く。

 

悪夢に脳髄を焼かれ、圧倒的に不利な状況で戦い続けるシンクから視線を外さないまま、リグレットが静かに口を開いた。

 

「アリエッタ、よく考えなさい。シンクが何のために戦っているかを」

 

「え……何の、ため? イオンさまのこと、嫌いだから……え、で、でも……わからない、アリエッタ、わからない……!」

 

アリエッタにとってイオンの存在は、とても大きなものだったのだろう。そして、とても大切な人だったのだろう。

 

同時にシンクの存在も、彼女にとっては掛け替えのないものだ。同僚で友人で、そして何より、この動乱の時代を命を預け合って生き抜いてきた仲間だ。

 

今、そのイオンとシンクが戦い、傷つけ合っている。そしてシンクは、悪夢に魘されてまでいる。

 

アリエッタからしてみれば、大切な二人が殺し合いをすることなど、辛いだけなのだろう。

 

泣きながら俺たちに助けを求めるアリエッタは、二人が仲良くしている未来を切実に求めているのかも知れない。

 

――それが皆にとって最良の結果だと思い込んでいるが故に。

 

俺はアリエッタの頭に手を起きながら、ぼろぼろのシンクを見る。

 

「シンクは、イオンを消すつもりだ。私怨とか因縁とかのためじゃなくて――アリエッタがしっかりと、前を向いて歩けるように」

 

「…………え?」

 

「アリエッタが選ばなくていいように、迷わなくていいように――苦しまなくていいように、過去の亡霊と戦ってるんだよ」

 

愛する死者が共に死に続けようと愛を囁くことなんて、本来ならばあってはならないことだ。

 

生者は死ねば終わり。死ねば終わるからこそ、生きることに必死になれるのだ。

 

だというのに、オールドラントはその生きることの意味に矛盾を生んだ。世界から切り離された何処でもない場所だとしても、軽々しく答えを出してはならない問題を、こうして俺たちの前に出した。

 

だからアリエッタは泣いていて、シンクは血を流し――イオンは夢を見る。

 

「死者の愛に答えるなんて理由で、アリエッタに終わって欲しくないんだろうな、シンクは。だから何も言わずにイオンを殺すんだ。全部を飲み込んで、殺すんだ。例えそれでアリエッタに恨まれることになっても、あいつは生きて欲しいんだよ、アリエッタに」

 

視線の先で、シンクが膝をついた。ダアト式譜術を発動している以上、イオンも大技を使えはしないが、まともに目も見えていない相手を制することくらいは簡単に決まってる。

 

愕然としてその光景を見つめるアリエッタは、ぬいぐるみを強く強く抱き締めながら、小さく尋ねてきた。

 

「ルークは……ルークは、どうするの? アリエッタが、答えを出したら」

 

「どうにもしねえよ。アリエッタが本当に納得できる答えなら、俺は何もしない。お前は、やりたいようにやればいいんだ」

 

至って平然とそう吐いた俺に、アリエッタは苦しくて悲しくて辛くて仕方なさそうに、それでもどうにか俺を見ながら笑って見せた。

 

「ルーク……いじわる、です。アリエッタ、納得なんて、できないもん。答えなんて……出せないもん」

 

アリエッタは、もう泣いていなかった。ぼろぼろと瞳から涙が流れていたが、それでももう、泣いてはいなかった。

 

彼女は振り返る。彼女は振り返って、大切な大切な二人を逃げることなく真正面から見据える。

 

「だから――アリエッタ、行って来ます。これは、イオンさまとシンクと――アリエッタの問題だもん!」

 

そして、力強く駆け出した。

 

 

 

 

「残酷だな。駄目だろ、これはマジで。これだけは」

 

「何が、ですか?」

 

アリエッタの背中が遠ざかるのを意識の隅に捉えたまま呟いた俺に、答えを知っていながらも短く聞いてくるジェイド。

 

愚痴を言えってか。こいつに気を使われるようじゃあ、俺は本気でやばいのかもしれない。

 

「俺だよ。いくら遠回しに言ったって、根本的な意味はアリエッタにどっちを殺すか選べってことだぞ」

 

「選ばせるにしても、随分と偏った意見でしたが」

 

「当然だろ。何をするのがベストかなんて、分かりきってる。だけど、俺たちからしたら分かりきってる答えだけど、アリエッタにとったら選べない答えだ。その気持ちを殺して、前を向かせたんだ。残酷で、最低だ」

 

シンクの思いやりまでもを、あのシンクが他人のために自らを贄にした事実までもを、俺は利用した。俺にとって都合がいい夢を見ていたいがために。

 

そんな俺に、黙していたリグレットが淡々と告げる。

 

「人でなしの外道、聞け」

 

「何だよ、今さら軽蔑でもしたのか?」

 

「少しだけ安心して罪悪感を薄めろ――私も立派な外道だ。屍は屍と割り切り踏み台にしろと、自らが出来なかったことをアリエッタに言うつもりだったのだから。自分のためだけに死者にすがりつき、生者までもを蔑ろにする、お前以上の人でなしだ、私は」

 

自分のためだけに全てを壊そうとした女が、笑う。

 

だから俺も笑った。笑うしかなかった。

 

自分のためになるならば、全てを殺すのが俺なのだから。

 

「リグレット」

 

「何だ」

 

「俺はお前を、殺せる時が来て欲しいって思ってるかもしれない」

 

「そうか……お前になら、殺されてやってもいいぞ」

 

「嘘言うなよ」

 

それっきり、二人して黙り込む。

 

ジェイドの溜め息が、妙に大きく聞こえた。

 

 

今はまだ、無理なんだろう。殺せない。

 

俺はアリエッタほど、強くないから。

 

 

「ようやく効いてきたか。精神をかき乱されて、立ってられる人間なんて、いるはずがありませんからね」

 

肉体は精神に引きずられる。逆もまた然り。痛めつけられた肉体で、精神攻撃に何時までも耐え続けることなど出来ない。

 

両手で頭を抱え込み、もがき苦しみ地面をのたうち回り始めたシンクを、冷徹な瞳で見下ろすイオンは、懐からナイフを取り出す。

 

「出来損ないなんて殺す気はなかったけど、どうあっても楯突くようだから――死んでおいてよ」

 

そして正確に無防備を晒すシンクの心臓を狙い投げ放たれたナイフは、しかし突如として両者の間に出現した障壁によって弾かれた。

 

「…………」

 

「イオンさま」

 

地面に落ちたナイフから、イオンは駆け寄るアリエッタへと視線を移す。シンクに向けていた塵を見るような瞳ではない、優しさを湛えた柔らかな瞳。

 

「アリエッタ、どうして邪魔をしたのかな? これは、僕に仇なす敵なんだよ」

 

「アリエッタは……シンクに死んで欲しくない、です。シンクは……アリエッタの、大切なお友だちだもん」

 

シンクとイオン、両者の間にアリエッタは毅然とした態度で立ちはだかる。弱気で何時もおろおろとしている彼女からは、想像もつかないほどの意志の強さをもって、アリエッタはイオンの瞳を見つめ返していた。

 

「アリエッタ。それは僕の代替品なんでしょう? 僕がいなかったから、その代わりにしていただけの人形。まあでも、情が移るのも仕方がないか。それは壊さないであげるよ」

 

嘘偽りの仮面ではない、心からの微笑みを浮かべるイオンに、アリエッタはゆっくりと首を横に振った。

 

「……イオンさま、あのね。アリエッタね……アリエッタはね、イオンさまとシンクを……いっしょにしたことなんて、ないです。イオンさまはイオンさまで……シンクは、シンクだもん」

 

「当然だよ。僕はオリジナルで、それはレプリカ。同じにはなり得ない。でもね、アリエッタ。今はそんなこと、どうでもいいことだよ。僕は今、アリエッタと一緒に幸せに暮らすためにここにいるんだから」

 

「…………」

 

「ここはね、いいところだよ。過去が集う場所だから、アリエッタの母親もいる。故郷のフェレス島だってある。ね? ここで僕と一緒に、幸せになろう」

 

イオンは夢を見る。イオンは夢を見て、夢を語る。

 

過ぎ去った過去の中に理想の未来を夢見る。

 

「イオンさま」

 

「何かな?」

 

「アリエッタは――ここには、いられないです」

 

辛いことなんて何もない幸せに彩られた未来に、しかしアリエッタは首を縦には振らなかった。

 

否定の言葉に愕然と、本当に信じられないといった面持ちで愕然とするイオン。

 

「な、何で? アリエッタは、僕と一緒に暮らしたくないの?」

 

そんなイオンに、悲しみに苦しむイオンに、アリエッタはその毅然とした強さを――保てなかった。

 

感情が爆発したように、ぎりぎりで押し止めていた激情の奔流が堰をきったように、一気に溢れ出る。

 

彼女は泣いて泣いて泣いて、泣きながら、泣き叫んだ。

 

「アリエッタは……! アリエッタはイオンさまのこと、大好きです!! 大好きだけと、大好きだけど――イオンさまは、もう死んじゃったんだもん!! ここは、アリエッタとイオンさまが一緒に暮らして、一緒に笑って、一緒に苦しんで、一緒に泣いて、一緒に頑張って、一緒に生きた――アリエッタたちの世界じゃないもん!! アリエッタは、あの世界でもっと生きたい!! イオンさまと一緒に生きたあの世界で、ママと家族と暮らしたあの世界でもっと生きたい!! ルークとリグレットとティアが楽しそうに生きてて、アニスともう一人のイオンさまが笑ってて、ラルゴとアッシュとナタリアさまが幸せに暮らしてて、ディストとジェイドとガイが仲良くしてて、アリエッタのお友達がいて――シンクがいる、みんなの世界で!! アリエッタ、イオンさまとあそこで一緒に生きたい!! 一緒に幸せになりたい!! でも、でも――イオンさまはもう、イオンさまはもう死んじゃったんだもん!!!」

 

悲痛な叫びだった。悲痛すぎて、耳を塞ぎたくたるほどだった。

 

死者と生者は相容れない。泣き叫びながらも、そう言うことができたアリエッタ。ちゃんと前を向けたアリエッタ。

 

「な、何で……僕は、僕はここにいるのに……アリエッタは、僕を否定するの……?」

 

「…………――イオン、いい加減にしときなよ」

 

ふらりとまるで幽鬼のようにアリエッタに近づくイオンは、しかしシンクの低く重い声に僅かに体を強ばらせて足を止めた。

 

「な、ダアト式譜術は……」

 

「今は、あんな生温い夢を見てる場合じゃない」

 

頭をおさえて、体を震わせながらも、シンクは立ち上がる。アリエッタの肩に手をかけて、そして仮面越しにイオンを睨みつける。

 

「あんたの人生は、もう終わったんだ。今のあんたは、オールドラントがアリエッタを削るために用意した駒に過ぎないんだよ。アリエッタを苦しめるか殺すかしか――今のあんたには出来ないんだよ」

 

「だ、黙れ! 出来損ないなんかに――」

 

「うるさい!!」

 

怒りを露わにして叫ぼうとしたイオンを一喝し、シンクは吐き捨てる。

 

「見なよ! 認めなよ! あんたのせいで、アリエッタが泣いてるだろ!! 死者は死者らしく、生者の思い出になっていればいいのに、大切な思い出でいればよかったのに――何で今更、アリエッタを苦しめるような真似をするのさ!!」

 

そして握り込んだ拳を、イオンの頬へと叩き込んだ。

 

「シ、シンク……!」

 

「言っただろ、これは僕の戦いだって。僕はこいつが気に入らない。だから――天国にきっちりと送り返してやる」

 

宣言と同時、シンクは地を蹴り、多々良を踏むイオンへと跳躍からの回し蹴りを放つ。腕でそれを受けたイオンは自ら後ろに飛びながら、シンクを憎々しげに睨みつけた。

 

「さっきやられたことを、もう忘れたのかな!? 出来損ない風情が調子に乗るなよ!」

 

「――――……もう、躊躇わないさ。今からは容赦なんてしない。綺麗さっぱり、食らいつくしてやる」

 

「ははははっ、さっきは手を抜いていたとでも言うつもりかな!? 戯れ言を!」

 

第七音素を収束させた右手を天へと掲げ、高らかに嘲笑するイオンへ、シンクは口の端をを吊り上げて笑って見せた。

 

「そう言ったつもりなんだけど――その幼稚な頭じゃあ理解できなかったのかな?」

 

「アリエッタに守られてそこに立っているくせに……偉そうなことを言うな!!」

 

「わからないかなぁ――アリエッタに守られてたのは、あんたなんだってことが。あいつは馬鹿で馬鹿で甘いことしか言わない頭がお花畑な脳天気な奴だけど――今を生きる大切さだけは、昔っから僕よりちゃんと知ってたんだよ。今回だってちゃんと、あの下らなくとも面白い世界で生きることを選んだ。だからもう――僕が迷う必要なんて、ないんだよ」

 

収束された第三音素を纏う拳を、暴風を従える拳を真っ直ぐ突き出し、イオンを見据えるシンク。

 

両者は静止する、必殺の間合いの寸前で。

 

すでに何時でも打ち込める両者は、静かに構えを取りながら変わらぬ己の意志を言葉にする。

 

「仮に今までが本気じゃあなかったのだとしても、出来損ないが本物に勝てるわけがないんだよ。僕はお前を殺す――殺して、アリエッタの目を覚ます」

 

「僕は僕だ――僕はもう、シンクとしてあの世界で生きている。確かにダアト式譜術じゃあ、あんたには劣ってるだろうさ。だけど僕は、あんたにはないものを、あんたには手に入れられないものを、ちゃんと持ってる。だから――負けるわけがない」

 

静止は一瞬。停滞は一時。

 

両者は動き出す、己の全てをさらけ出して。

 

『――……唸れ烈風――!!』

 

仕掛けたのはシンク。紡ぐのは第三音素譜術。

 

自らの字を詠唱とするその譜術は、先程の中級程度のそれとは格が違う。

 

『――……大気よ、荒れ狂え――!!』

 

空中に浮かぶ譜陣が緑色に輝き、そして大気が乱れ暴れ渦巻く。発現された巨大な竜巻が、イオンを飲み込み貪る。

 

荒れ狂う暴風の中で、しかしイオンは悠然と余裕すらもって佇んでいた。

 

その身を守りしはオールドラントによる支配を受け入れた最高峰たる譜術障壁――世界の楯。

 

「まだだ――連撃、行くよ!!」

 

吹き荒れる烈風、唸りをあげる豪雷。

 

脆弱な人の身をもって体現されるのは、嵐。

 

「――――疾風雷閃舞!!」

 

弾丸の如く大地を蹴り飛び出したシンクは、自らの譜術による竜巻の内へと飛び込んだ。

 

それはもう、凄まじい光景だった。

 

人によって起こされる災害。巨大な竜巻が内包する嵐。

 

離れた場所にいる俺たちまでもが、雷が迸るその暴風の影響を受けているのだ。

 

嵐と化したシンクの拳と足が、風と雷を従えるシンクの一撃一撃が、世界へと響く。

 

轟音、暴風、そして轟音。

 

攻撃が繰り出される度に大気が荒れ狂い、連撃が続けば続くほど世界が揺るがされる。

 

「オールドラントの障壁が……!! ちっ、まあいいでしょう」

 

ひび割れる障壁に舌打ちし、イオンは邪悪に笑いその手を大地に打ちつける。

 

「風が吹こうが雷が鳴ろうが、そんなことは関係ない――――吹き飛べ!!」

 

展開される巨大な譜陣、集い輝く第七音素。

 

「――――アカシック・トーメント!!」

 

導師の本領にして門外不出。伝家の宝刀ダアト式譜術。その最奥を冠する広範囲殲滅譜術アカシック・トーメント。

 

本物の導師によって発動されたダアト式譜術が、荒れ狂う大気を侵食する。

 

だがしかし、シンクは止まらない。破壊の光によって、仮面が粉々に砕ける。

 

その下から覗く素顔が形作るのは――皮肉げな笑み。

 

シンクの暴風と豪雷を纏う拳が、新たな音を紡ぐ。

 

「アカシック・トーメント」

 

嵐の中で輝くのは、第七音素の粒子。

 

拳に従えし風の力が変質する。拳に刻まれた譜陣は、イオンが発動したそれと同じもの。

 

譜陣より昇り立つ破壊の光の柱と、拳に凝縮された同質の光。

 

衝突、そして轟音。

 

「互角!? 劣化したレプリカの分際で!!」

 

「威力に差があっても、使い方次第でどうとでもなるんだよ! オリジナルなんてくだらないプライドの上に胡座をかいてるあんたは、そんなことすら分からないんだろうけどね!!」

 

二つの譜術は、全くの互角だった。

 

破壊力は勝るが全方位へとそれを拡散させたイオン。

 

劣る威力を一点に集中させて互角へと持ち込んだシンク。

 

拮抗する両者は、雄叫びをあげながら譜術へと更に力を込める。

 

世界が軋み、悲鳴をあげていた。

 

「シンク……! 負けたら、だめです!!」

 

そんな中、全ての音が衝突する両者に殺されている中、己の限界を超える出力に苦痛の表情を浮かべるシンクへの、祈るように両腕でぬいぐるみを抱くアリエッタの叫び声が、不思議なほどはっきりと響き渡った。

 

――そしてその声に、透き通った清々しささえも感じさえる声で、シンクは答えた。

 

「安心して見てなよ――――勝つのは僕だ」

 

轟――と、風が吹く。

 

「く……っ! 押されてる!?」

 

イオンが展開する譜術を中心に、大気が逆流する。烈風が、イオンの譜術を圧殺せんと吹き荒れる。

 

追い風と呼ぶには凶悪すぎる追い風を受けたシンクの拳が、徐々にイオンの譜術を穿ち消失させて行く。

 

「な、なんでこんな……!! ここで、オールドラントの世界で、こんな奇跡みたいな風が!?」

 

奇跡と、そう言ったイオンに、シンクは吐き捨てた。

 

「奇跡なんかじゃないさ! これは、この風は、僕の力だ! 僕が積み上げてきた、僕の力だ!」

 

最上級第三音素譜術、人為の竜巻と、そして嵐の如き体術。

 

イオンを中心に荒れ狂った風は、大量の大気と第三音素を外へとはじき出していた。

 

生み出された擬似的な真空状態は、それを維持していたシンクの譜術が消えた瞬間に、風を呼び、周囲の大気を食らう。

 

足りない空白は、空っぽな隙間は、満たされない虚無は、埋められる為にある。

 

故に烈風は吹き荒れ、唸りをあげた。

 

だからこれは、最初から偶然なんかじゃなかった。

 

奇跡なんて、美しいものじゃなかった。

 

これは――

 

「あんたに足りないものは、ハングリー精神さ。次は腹を空かして出直してくるんだね。――……まあもっとも、次なんてものはないんだけど」

 

――この勝利は、泥まみれの必然だった。

 

譜術が消滅し、そして風を身に纏ったシンクの拳が、イオンの体を貫く――

 

 

 

――その寸前で、止まった。

 

「何のつもりさ。まさかよりにもよって今の状況で、不殺なんて生温い信念を突き通すとか言うつもりじゃないだろうね」

 

両者の間に割って入り、自身の手首を掴んでいた俺に、シンクが紛い物ではない純粋な怒気を叩きつけて来る。

 

そりゃあまあ、決着の一撃を第三者に邪魔されたらシンクじゃなくたってブチ切れるに決まってるが……うん、それにしてもこいつ、無茶し過ぎて頭回ってないにも程があるぜ。

 

「んなわけねえだろ、よく見ろ。譜術はもろに入ってるだろうが」

 

荒く肩で息をしながら血走った瞳で睨んでくるシンクの頭を叩くと同時、胸部に譜術の直撃を受けていたイオンは膝から崩れて地に倒れた。

 

「最期の言葉を言わせてやるのが人情……ってこと?」

 

「そんなこと俺が知るかよ。考えて分かんねえなら、こいつの構成音素見てみろ」

 

「は? 物質の構成音素なんて普通の人間が見れるわけ……――って、まさか!?」

 

「イオンさま……っ!!」

 

俺の言いたいことがようやくわかったっぽいシンクが目を見開いて続けようとした言葉は、しかし駆け寄って来たアリエッタによって遮られた。

 

アリエッタは白亜の石畳に膝をついて、うつ伏せに倒れているイオンを何とか仰向けにさせた。

 

「……ア、アリエッタ……アリエッタ……どこ、に…………」

 

「イオンさま! アリエッタ、アリエッタ、ここにいます……! イオンさまのすぐ横に、ちゃんといます……!」

 

イオンの瞳は、すでに光を映していない。表面的な外傷はほとんどないが、シンクの一撃は体の内側に深く突き刺さっていたのだ。

 

顔は青ざめていて、呼吸も浅い。イオンは間違いなく、死の間際にいた。

 

「ア、リエッタ……よく、聞いて……さいごに、なる……から」

 

「…………っ!」

 

息も絶え絶えに紡がれる最後の言葉を、アリエッタは溢れ出す涙をそのままに、一言たりとも聞き漏すまいと、ただただひたすら真摯に懸命に耳を傾ける。

 

「君が、選んだんだ。……だから、幸せに……なるんだよ、あの世界で」

 

「はい……なります、ちゃんと、アリエッタは幸せに、なります……っ! イオンさまと一緒に生きた、あの世界で!!」

 

アリエッタはイオンの手を握って、ついに嗚咽を漏らし始めた。

 

アリエッタにとっては、イオンとの二度目の別れになる。

 

俺もリグレットも、そしてシンクも、一度目の決別を見ている。アリエッタがどれだけ悲しんで苦しんだのかを、既に見ている。

 

アリエッタにイオンを二度も死者と認めさせた俺達が、彼女を慰めるためにかける言葉なんて持ってるはずがなかった。

 

「……レプ、リカ」

 

皆と同じく無言で二人の別れを見守っていたシンクを、イオンが消え入りそうな声で呼ぶ。

 

「…………」

 

「この子を……泣かせた、ら……許さない……」

 

「ふん……あんたに許してもらう必要なんてないさ」

 

一方的なイオンの命令を、シンクは苦々しく鼻で笑って跳ね除けた。

 

「頼んだよ――――シンク」

 

そして続けられた言葉に、小さく舌打ちをする。

 

 

「……泣かせないさ。ただあくまでも、自分のためだから。ただそいつが泣いたら鬱陶しいからなだけで、あんたに頼まれたからじゃあ絶対にないから。それだけ理解できたら、さっさと天国に帰りなよ」

 

口早に言って、シンクはイオンに背を向けた。もう交わす言葉はないとばかりに。

 

もはや体を動かす力など残っていないはずのイオンの右手が、アリエッタの頬に添えられる。静かに、穏やかに、温かく。

 

そしてイオンは、涙を流すアリエッタに柔らかく微笑んだ。

 

「ありがとう、アリエッタ。今まで、本当にありがとう。――最期に君とお別れができて、よかった」

 

「…………さようなら、です――アリエッタの、イオンさま」

 

 

イオンの右手が、力を失い地に落ちる。

 

こうして一度目の死を孤独に迎えたイオンは、あるはずのない二度目の死を、愛する人の腕の中で迎えたのだった。

 

 

 

 

「さて……と。アリエッタ、ちょっといいか?」

 

泣きじゃくるアリエッタの横に立ち、イオンの体に手をかざす。そして第七音素を使役し、この世界に干渉する。

 

「ルーク、何をするつもりだ?」

 

訝しげに眉を寄せるラルゴに、俺は精神を集中させながら答える。

 

「イオンは死んだけど、本当のこの体の持ち主はまだ死んでねえんだよ。だから今からこいつを、もう一人のイオンの所に送る」

 

「本当の、だと?」

 

歪み始める空間に目を見開きながら、どういう意味だと胡乱げな瞳を向け来るアッシュに、手が放せない俺に変わって、シンクが複雑な声色で答えた。

 

「たぶん今ここにあるこの体は、レプリカだ。元からあったレプリカの体に、オールドラントがイオンの情報を上書きしたんだと思うよ」

 

「……なるほどな、大爆発現象みたいなものか」

 

皆が理解と納得の声を上げるのを意識の隅で捉えながら、俺は眠るレプリカイオンの体を持ち上げる。

 

「アリエッタ、いいか?」

 

「……はい。もうお別れは……ちゃんとすませたから」

 

涙を袖で拭きながらしっかりと頷いたアリエッタに頷き返して、俺は宙に浮かぶ渦にレプリカを静かに飲み込ませた。

 

異空間と世界を繋げる荒技なんてやったことはないが、多分大丈夫だろう。

 

一仕事終えてほっと一息つき、次に腕を組んで立っているシンクの頭をはたく。

 

「てめぇは何平然と突っ立ってんだよ。怪我治してやるからさっさと座りやがれ」

 

戦闘で受けた傷に加えて、擬似的で不完全とは言え、真空に近い空間に生身でいたのだから、体にかなりガタがきてる筈だ。軽い内出血くらいで済んでりゃあいいのだが……下手したらここで離脱だ。

 

何やらぶつぶつと文句を言ってるが、流石に意地を張る余裕はないらしく、シンクは大人しく座って治療を受け入れた。

 

「それにしても、オリジナルの導師イオンが使用していた体の持ち主は、一体誰だったのでしょう?」

 

「私たちが知っているイオン様ではないのでしょうけど……それでも今生きているレプリカは、シンクとイオン様しかいないはずよ」

 

存在しないはずのもう一人のイオンのレプリカの正体に、首を傾げるナタリアとティア。その疑問に答えたのは、リグレットだった。

 

「断定は出来ないが、十中八九はモースが切り札として殺さずにおいたレプリカだ。モースが解任された後の教団内の混乱に乗じる形で、何時の間にか行方不明となったと聞いていたが、ここに捕らわれていたのだとすれば納得だ」

 

「……ちょっと待ちなよ。僕はそんな話、聞いたことがないんだけど。ていうか、情報源は?」

 

「私も聞かされてないです……」

 

リグレットの説明に、オラクル騎士団の師団長であるシンクとティアが釈然としない様子で非難の声を上げるが、リグレットはどこ吹く風とばかりに平然と答えた。

 

「知っているのは、モース一派を除けば、奴らから直接話を聞いた私と導師とルークだけだ。捜索には奴ら自身を当たらせていた。話さなかったのは、時期的に例の魔物の討伐と重なったこと、モース達の逃亡にルークが一枚噛んでいたこと、既に死亡していた可能性、その後の訓練への支障、その他諸々を踏まえて、オールドラントの件に一段落ついた後で、という結論に達したからだ」

 

「…………ということは、モース達が今日あの場に助太刀に現れるということは、あなた達二人の、いえ、イオン様を含めれば三人の筋書き通りだったと言うわけですか。勿論、ネビリムのことも」

 

俺たちとモースの繋がりから、今日のことを的確に分析して見せたジェイドなわけだが、今回ばかりはちょっと間違えてる。

 

「別に打ち合わせてたわけじゃねえよ。ただ多少あいつらに貸しがあって、当然のことだがあいつらがこの日のことを知ってたってだけだ。要するにあの結果になる可能性もあることにはあったっつーだけのことだよ」

 

確証が取れてもいない奴らを戦力として数るほど、俺の思考回路はお気楽じゃない。つーかそもそも、来なくて当然くらいにしか考えてなかった。

 

何とか戦線復帰出来そうなシンクの治療を終えて立ち上がり、白亜の屋敷を見やる。

 

「そろそろ行こうぜ。早いとこあいつをぶん殴りに」

 

「そうだな。ゆるりとするのは、その後からでも十分だ」

 

根性が腐りきったオールドラントのことだ。この先にもふざけた小細工を用意してる可能性は高い。

 

血の道を大手を振ってまかり通ってきた俺たちにとって、死者が目の前に立ち塞がるなんて事態は、正直に言って精神的にかなりきつい。

 

先程の生者と死者の対峙を見て、オールドラントに思うところがあるのは、殺意を抑えきれない俺とリグレットだけじゃあないだろう。

 

それぞれが胸に様々な想いを秘めながら、屋敷へと一歩を踏み出す。

 

「シンク……ありがとう、です」

 

「……ふん。あんたに礼を言われる筋合いなんてないよ」

 

アリエッタとシンクの、そんなやり取りを聞きながら。

 

 

 

 

「ははは……まったく、ここは何時から博物館になったんだよ」

 

「博物館って、それにしたらちょっと凶悪すぎるんじゃないかな……」

 

顔を引きつらせて笑うガイとアニスの言葉は、屋敷の中の様子を短いながらも正確に表していた。

 

外観だけではなく、その内装までも純白で統一された悪趣味な屋敷。扉を抜けた先の広大なエントランスホールは、普通ならば見ることすら稀な大型の魔物に埋め尽くされていた。

 

鎧を着込んだ二刀を持つ巨大な骸骨、馬鹿デカいミミズ、かつて木刀でしばき倒した黒い獣ベヒモス、やたらとカラフルな腕の代わりに頭がついたドラゴン。

 

どいつもこいつも、見たり聞いたりしたことがある魔物ばかりだ。

 

「ベヒモスに、ケセドニアを襲ったミミズだ。そこらの雑魚とは別格だぞ」

 

「あの骸骨は、私たちが討伐を担当した相手ですね。間合いを取って戦ってください、接近戦を挑むのは危険です」

 

「あの継ぎ接ぎだらけのドラゴン、無駄に固いから気をつけて」

 

過去に戦ったことがある魔物を見据えながら、アッシュ、ジェイド、シンクが口早に注意を喚起する。

 

広間の奥の通路から、猛然とこちらへと迫ってくる四体の魔物に、それぞれが得物を構えて戦闘体勢を取るが、しかしそれは譜銃を抜くリグレットの声によって強制的に止められた。

 

「下がっていろ、皆が無駄な体力を使う必要はない。オールドラントの制約を受けるこの空間で自力で戦えば、通常の数倍の消耗は免れないだろう」

 

白金の二丁の譜銃を上空に突き出しつつ、リグレットは隣に並び立ったティアを横目で見やる。ティアはしっかりとそれに頷いて返し、宣言した。

 

「私たちなら、オールドラントの支配を受けない。だからここは、私と教官でやるわ」

 

武器を構えて、並んで一歩進み出る師弟。両者共に、殺る気は十分だった。

 

通路を抜けて、広大なエントランスホールへと躍り出た四体の魔物。血走った目を哀れな獲物と誤認してる彼女たち二人に向け、雄叫びを上げる。

 

それに対してリグレットは底冷えするほど冷徹な微笑を浮かべ、ティアは無機質な瞳で敵を見据え、真実本当の哀れな獲物である魔物たちへと美しい鎮魂歌を贈る。

 

「貴様等に私怨はない――が、私たちに牙を剥くのならば、八つ当たりに付き合って貰うぞ」

 

宣言と同時、リグレットの譜銃が天井へと向けられる。埋め込まれた宝玉が金色に輝き、内包された譜陣が稼働する。そして銃口から二十の光弾が、魔物たちの上空へとばらまかれた。

 

ああ、とティアの歌声を何処か遠くに聞きながら、その光景を見た瞬間に理解する。

 

リグレットの奴、本気でキレてやがる。死者まで持ち出すオールドラントのやり方を、本気の本気で憎悪している。

 

『装填術式並列起動』と、彼女はその譜術砲撃に名を付けていた。譜銃に装填した譜術を並列に発動させるだけの、地味な手法だと言っていた。

 

ただ二十の上級譜術が、ただ八十本の必殺の槍が、天空から同時に降り注ぐだけの、ただ少しだけ回避を困難にさせる、それだけの技術だと。

 

――そして、死が、光の槍が、降り注いだ。涼しい顔をして語られた技法によって、天井を埋め尽くすほど重複して展開された譜陣から。

 

雨霰と轟音を響かせ雷のように地に突き刺さる、光の槍。まるで墓標のように地に突き刺さったそれは、魔物たちの体を貫通していた。

 

――オォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!

 

「――――破邪の天光煌めく、神々の歌声……――」

 

形作られた即席の墓場に、魔物たちの悲鳴が響き渡る。そして、光槍の墓標に縫い止められた魔物たちの周囲を包み込む白光――ティアの第六音素譜歌グランドクロスが、その悲鳴を断末魔へと変えた。

 

「…………すごい……アリエッタたち、あんなに苦労してたおしたのに……」

 

屍と化した魔物たちを、皆は呆然と見つめる。

 

まさしく、瞬殺だった。

 

光り輝く墓場を作り出した張本人たちは、涼しい顔で振り返って言った。

 

「待たせてごめんなさい」

 

「想像以上に手応えがなかったな。何も無さ過ぎて、返って不気味だ」

 

リグレットの懸念に、神妙にジェイドが頷く。

 

「確かにそうですね。一度私たちが倒したことがある魔物を中途半端にけしかける理由など、体力を消耗させるくらいしかない。前回のように精神的に揺さぶりをかけることが目的でないのならば、もっと効果的なタイミングがあったはずです」

 

……やはり、ジェイドもリグレットも、似たような違和感を覚えている。

 

そもそもオールドラントは、人間的な思考を持っていない。故に今は、核となっているヴァンの思考回路を利用している。

 

――だからこそ、こんな生温い戦術を用いる筈がない。もっとえげつなく、もっとどうしようもない手段で来ない意味が分からない。現に以前はもっと見境がなかった。一年前なんて、障気汚染に加えて部分的な災害まで起こしてる。

 

 

矛盾してる。昔と今で、何でここまで差がある。

 

「…………昔と今の変化……あいつらに、いや、変わったのは俺らだ……戦力の集中……俺が原因……今は……」

 

「うわ、またぶつぶつ言うのが始まった」

 

「アニス……邪魔したらだめ、です。ルーク、今一生けんめい考えてるんだもん」

 

一年前、オールドラントは俺の壊れ具合を計りかねていた。だからこそ、俺と戦うことで俺を知ろうとした。

 

「だったら、今は……今は、俺を殺すため……違う、今は時間稼ぎ…………何のために……」

 

俺たちをここに留めておいて、その間に人類を滅ぼすことも出来ないことはない。しかしだ、それを実行に移した瞬間を俺は知覚できる上に、力を割いたオールドラントを喰い殺せる。

 

「……だから、だから――――」

 

カツン、と床を靴が叩く音がホールに響き渡る。

 

白亜の屋敷。その広大なエントランスホール。長い長い廊下の先から現れる――一つの影。

 

それはあたかも当然であるかのように。

 

それはあたかも必然であったかのように。

 

「―――やっぱり」

 

俺が導き出した結論を、俺に語りかけてきた。

 

「俺を殺すためだよ」

 

赤い長髪を揺らし、黒いマフラーを靡かせながら。

 

 

 

 

廊下の先から現れたその男を、皆が息を呑んで凝視する。

 

驚愕と動揺の視線に晒されながらも、男は一切動じず、揺るがない。

 

――動じず、揺るがず、俺を睨み据えていた。

 

まるで、鏡の前に立つように。

 

俺達の前に立ちはだかった者――それは、他の誰でもない、この俺と全く同じ姿形をしていた。

 

「まさか……アッシュのレプリカが、ルーク以外にも存在しましたの……?」

 

「う、うん……髪の色も、ルークと全く同じ朱色だし……」

 

紅が劣化した朱色の髪、そして服装に至るまで、全てが全て俺と同じ。唯一違っているのは、その腰に下げた剣――ローレライの鍵のみ。

 

「――――違う」

 

「――――違う」

 

ナタリアとアニスの言葉を、俺たちは同時に否定する。

 

確認するまでもなかった。問い掛ける必要もかった。打ち合わせる意味すらも、最初から存在してなかった。

 

「あいつは――――」

 

「――――俺だ」

 

だから俺たちは、声を揃えた。

 

俺という存在が、理解していた。疑問を挟む余地すら残さずに、俺の全てが宣言していた。

 

あれは――俺なのだと。

 

俺のもう一つの、可能性なのだと。

 

腰から木刀を引き抜きながら、俺は俺へと一歩歩み寄る。

 

「――何で、お前が俺の邪魔をすんだよ。曲がりにもてめぇは、俺だろうが」

 

「…………俺が、お前か。確かに、お前の言う通りなんだろうな。俺とお前は、全然違ってるけど」

 

殺意を叩きつける俺を、そして俺の後ろに立つ皆を、悲しげな瞳で一瞥して、言葉を返す。

 

「……そうだよ、俺とお前は、こんなにも違ってる。お前は俺なのに、たどり着いた場所が、何でこんなにも違ってるんだろうな」

 

もう一人の俺は、ラルゴを、シンクを、アリエッタを、リグレットを見た。

 

「俺は、俺たちは、敵をみんな殺した。ラルゴもシンクもアリエッタもリグレットも、互いに譲れない信念があったから、戦い合って、殺し合った」

 

握り締めた己の拳に視線を落としながら、もう一人の俺は悲痛な面持ちで語る。

 

「ヴァン師匠の計画を止める旅の途中で、人がたくさん死んだ。キムラスカとマルクトとの間で、戦争が起こった。イオンも、死んだ。生み出された何人ものレプリカ達が、障気を消すために犠牲になった。結婚が決まってたフリングス少将も、争いに巻き込まれて死んだ。最後には分かり合えたアッシュも死んだ」

 

そして、最後にもう一人の俺は、今にも泣き出しそうな顔で、ティアを見た。

 

「――――……俺も、死んだ。ティアとの約束を守れないまま、最後の最後で、死んだ」

 

「…………」

 

「俺とお前に、違いなんてなかったはずなんだ。なのに、何で――――何でお前だけが、何も失わないでそこにいられるんだよ!? 俺はイオンともっと話したかった! フリングス少将に幸せになって欲しかった! シンクと友達になりたかった! アリエッタにちゃんと謝って償いたかった! ラルゴとナタリアに殺し合いなんてさせたくなかった! ティアにリグレットを殺させたくなんてなかった! 俺を認めてくれたアッシュともっと仲良くなりたかった! ティアと一緒に幸せになりたかった! もっともっと、みんなと生きていたかったんだ!!」

 

悲痛だった。何時ものように嘲笑い、そして切り捨てることが出来ない。

 

俺が辿ったかも知れない未来。十分すぎる可能性があったもう一つの道。

 

フリングス少将やイオンが死んで、ラルゴとナタリアに殺し合いをさせ、シンクとアリエッタを殺して――リグレットを殺す。

 

寒気がした。本来ならば辿り着くはずだったその結末を夢想し、恐怖した。

 

何一つ言葉を返せない俺を見据えて、もう一人の俺は腰からローレライの鍵を引き抜いた。

 

「オールドラントと契約したんだ。俺がお前を否定出来れば――俺はみんなの所に帰れる。俺が、俺の生きた世界が、オールドラントが見ていた必然の未来に過ぎなくても、オールドラントの意識の中にしかない存在しない夢だったとしても――――俺はあそこに、帰りたい。俺はあそこで、生きたい」

 

揺るぎない意志をその瞳に宿し、もう一人の俺は剣を構えて宣言する。

 

「――だから勝負だ、俺。どっちが本当の俺なのか、俺たちの存在をかけて」

 

「…………」

 

むちゃくちゃな理屈だとは理解していた。そんなでたらめな理由を当然のように掲げるなと、思いはした。

 

しかし――俺の本能が、魂が、存在自体が言っている。

 

もう一人の俺が戦う理由は、この上なく正しい――と。

 

あいつは俺で、俺はあいつ。同じ俺が生きて、その結果だけが違うのだ。

 

だから俺も、木刀を構えて言ってやった。

 

「…………だったら、戦うしかねえよな。俺なのは、どっちなのか、戦い合って殺し合って、決めるしかねえよな」

 

互いに向かい合って、互いに構え合って、俺たちは互いに宣言し合う。

 

「俺は――俺は、聖なる焔の光、ルーク・フォン・ファブレだ!!」

 

「聖なる焔の成れの果て、ただのルークで、赤い悪魔が――俺だ。――――……それじゃあまあ、覚悟しろ――」

 

「――行くぞ、俺!!」

 

「――行くぜ、俺!!」

 

 

意識はすでに、冷たい殺し合いのそれに塗り変わっている。

 

ローレライの鍵を構えて立つルークへと間合いを詰め、斬り伏せる準備は出来ている。

 

「どうしたんだよ、赤い悪魔。来ないんなら、俺から行くぞ!」

 

しかしだ、何か嫌な予感がしてならねえ。本能と今までの経験が、安易に攻め込むことを否定してやがる。

 

間合いを最短距離で詰めるルークが、剣の切っ先を俺へと突き出して来る。先手を許したことに舌打ちをしつつ、斜め前方に鋭く踏み込み、剣の間合いから拳の間合いに入り込む。

 

同じアルバート流を使うもの同士、相手の手の内は読めている。

 

「穿衝破!」

 

「烈破掌」

 

豪速の突きの後に繰り出される衝撃波を伴う右の拳。俺はそれに右の掌底をぶつけ捌き、そして凝縮させていた音素を爆発させた。

 

押した負け後退したルークが、左足を軸に体を急旋回させる。再び開いた間合いは、剣のそれ。

 

「閃光――」

 

斜め下より俺を切り裂かんと閃く回転の勢いを乗せた剣撃を、縦に構えた木刀で受けて自ら上空へと飛び上がる。

 

「――墜刃牙!!」

 

次いで繰り出される閃光の如き突きを身を捻って紙一重で交わし、俺は全体重を込めた踵をルークの脳天へと叩き込んだ。

 

アルバート流、崩襲脚。決まりはしたが、手応えは浅い。

 

直撃と同時に自ら膝を折って背中から床に倒れ込み、そのまま後方へと回転して距離を取ろうとするルーク。

 

「襲爪――」

 

しかしだ、そのまま逃がしてやる道理はない。回転途中のルークとの間合いを一歩で踏破し、木刀を逆袈裟に振り下ろした。

 

地に膝をついて剣の腹でかろうじて受けたルークだが、致命的に体勢を崩した。そして跳躍と共に翻した木刀による真下からの連撃により、ローレライの鍵が宙を舞う。

 

得物を失い地に手をつくルークへと、上空から木刀を振りかぶって狙いを定める。

 

木刀に込めしは、必殺にたる十分な殺気と第三音素。

 

「――――雷斬!」

 

そして刀身と共に撃ち落としたのは――膨大な量の雷。

 

「守護――」

 

しかし、雷撃は届かない。受け身を取りながらも描ききった円陣が、地につけられた手を起点に蒼光を放つ。

 

「――――氷槍陣!!」

 

集束された第四音素が瞬時に氷の槍へと形を変え、ルークを中心に百花繚乱と咲き乱れる。

 

衝突する雷の刃と氷の槍が、凄まじい轟音を響かせた。

 

今までの一連の攻防――確かに俺が一撃を入れはしたが、ほぼ互角。俺の必殺の一撃、アルバート流の奥義は、ルークに読まれていた上に、同じく奥義で防がれた。

 

俺があの瞬間にあの奥義を使うことなど、ルークには手に取るように分かっていたのだろう。

 

同じ流派、同じ俺、互いに互いの手の内は知り尽くしている故に。

 

――だから、俺も知っていた。

 

「絶破――」

 

ルークがあの瞬間に、あの奥義を放つことなど。

 

轟音が鳴り終わらぬうちに、雷の刃によって砕いた氷の槍を、自ら集束させた第四音素を上乗せして再構成する。氷の粒が瞬時に氷塊へと変貌した。

 

着地と同時、俺は右の掌底を氷塊へと叩き込む。

 

「――――烈氷撃!!」

 

爆ぜる音素、そして再び砕かれる氷塊。

 

氷は無数の刃と化し、無防備なルークを襲撃した。

 

氷の弾丸と共に、ルークは激しく後方に吹き飛んだ。

 

「やった、直撃!」

 

「このまま勝てますわ!」

 

アニスとナタリアの歓声に、しかしガイとティアは苦い顔で返す。

 

「何か、おかしいぞ。ルークの動き、何時もほど切れがない」

 

「ええ。それにもう一人のルーク、それほど強くない。いえ、強いけど……強いけれど、ルークほどどうしようもないわけじゃない。なのに――」

 

幾つもの裂傷を負ったルークが、ゆらりと立ち上がる。横手に落ちているローレライの鍵に一度視線をやり、そして頬を伝う血を袖で拭いながら俺に冷たい瞳を向ける。

 

「強いな……やっぱり。悔しいけど、剣だけじゃあ勝てないか」

 

金色の粒子が、ルークの周囲で淡く輝く。

 

「…………っ!」

 

マジかよ、おい……!

 

ぞわりと、背筋に悪寒が走る。ここ最近長らく感じていなかった、圧倒的な死の臭い。

 

ルークは淡々と、左手を俺へと向けて突き出した。

 

「楯よ!!」

 

反射的に、本能的に、生き残るために俺は、周囲の第七音素に語りかけ、第二音素に干渉する。発現するのは絶対不可侵の楯。

 

ルークを中心に展開した土色に輝く半球状の牢獄。第二音素の本質的な力を九割九分引き出して作ったその障壁は――しかしあろうことか、ルークをその内へと閉じ込めた瞬間、跡形もなく消失した。

 

文字通り、破壊されたわけではなく、消え去った。元から存在していなかったが如く、跡形もなく、何もなくなった。

 

「…………」

 

手を下ろしたルークが、俺を強く睨みなが、横に落ちていた剣を拾う。

 

「さっきのが、第七音素意識集合体の力か。知ってはいたけど、ほんとにティアの第二譜歌みたいだ」

 

再びルークは剣を構える。ローレライの鍵に、蒼白い光が灯るのを、俺はただ呆然と見ていた。

 

「だけどそれじゃあ、第七音素の力なんかじゃあ、俺には勝てない。俺にはアッシュからもらった――第二超振動がある」

 

「…………てめぇ、何でそれを俺に教える。何で――何で今まで手ぇ抜いてやがった!」

 

「俺だけがお前の力を知ってるなんて、不公平だろ。そんなので勝ったって、意味がないんだ。だから俺は、正々堂々と正面から同じ条件で戦って、お前を殺す」

 

第二超振動――物質どころか音素の結合すらも分解する、問答無用の力。『干渉』も『支配』も及ばぬ、不合理な奇跡。

 

そんな神すらも超える力を持つルークに、俺は歯を軋ませながら叫ぶ。

 

「ふざけんな!! てめぇ、第二超振動なんて、第二超振動なんてそんな、あっちゃあいけないような、ありえちゃあいけないような力持ってて、何でオールドラントなんかに従ってやがる!!」

 

「言っただろ、俺はあそこに帰るために戦うんだ。それに――俺はお前の存在を認めない。だから俺は、お前を否定する。お前の世界を……否定する」

 

静かに、ただひたすら静かに、ルークの殺意が高まる。

 

「構えろよ、焔の成れ果て。それとも――またお前は、逃げるのか?」

 

「また逃げる? お前、何を――」

 

憎悪に満ちた瞳で、嘲るように罵るように吐き捨てたルークは、俺の疑問の声を遮って続ける。

 

「お前は何で、剣を捨てた」

 

「これ以上、人を殺さない――」

 

「――違う。お前が逃げたからだ。人を殺すことで、アクゼリュスのことを、思い出さないように。みんなの前から姿を消したのも、自分のどうしようもない愚かさを突き付けられたくなかったから。死を簡単に受け入れたのも、罪を背負って生き続けることが苦しかったから。お前はいつもいつも逃げて逃げて逃げて逃げて、辛い現実を否定し続けて、自分らしく生きるなんてもっともらしい大義名分を掲げて、へらへらと笑いながら自分にとって都合のいい道だけを歩いてる」

 

「…………」

 

「――――俺は、逃げなかった。全部ちゃんと受け入れて、辛かったけど逃げないで、駄目だった自分を変えたんだ。みんなが認めてくれたから、今の俺がある。胸を張って、俺は変われたんだって言える。胸を張って、俺は俺が生まれた意味を誇れる。この第二超振動は、俺が生涯をかけて手に入れた力だ。だからお前なんかに、罪から逃げて変わろうともしなかったお前なんかに――俺は負けない!」

 

宣言と同時、ルークが地を蹴る。小さく横に構えた剣は、威力ではなく速度、必殺ではなく必中を狙ったもの。

 

くそっ……本気でやばい!

 

反射的に木刀で受けようとする体を無理矢理停止させ、後ろに大きく飛びながら、剣を上段に構える。

 

触れるだけで全てを分解する奇跡の力、第二超振動。こんな理不尽を相手に、どうしろってんだ……!

 

「魔王――」

 

まともな打開策も浮かばぬまま、集束させた第二音素を大地を叩き割ると同時に解放する。

 

「――――地顎陣!」

 

砕けた白亜の床が、迫り来るルークへと向かって牙を向く。しかしそれは、何でもないたった一振りの斬撃で、無造作に振るわれた剣だけで、何事もなかったかのようにかき消された。

 

ルークは止まらない。何一つ恐れることなく、最短距離で俺の命を狙って来る。

 

もう一度距離を取ろうと後ろに飛んだ瞬間、ルークの剣の切っ先が俺へと真っ直ぐに向けられる。第二超振動の蒼茫たる光が、鍵の先に凝縮する。

 

「光龍槍」

 

背筋が凍る。瞬時に空中で第三音素を右手に集束。拳で大気を叩き、横に身体を弾き飛ばす。

 

煌めく光、そして腕に走る激痛。

 

切っ先より放たれた全てを分解する光の槍は、俺の右腕の一部を消滅させた。

 

判断を誤った。防御不可能という第二超振動の絶対性を、恐怖の余り忘れ去っていた。

 

「風よ!」

 

溢れ出る血液を無視し、周囲の第三音素に干渉。風を纏い身体能力を底上げし、ルークの横に回り込む。

 

俺は治癒術を発動しながら、皆に向かって叫ぶ。

 

「お前らは逃げろ! 全滅するぞ!!」

 

「逃がさない。ここで俺が逃がしても、どうせみんなオールドラントに殺されるんだ。だからこの世界を否定した俺が、みんなに止めを刺す」

 

冷徹な宣言と同時に、ルークは俺に背を向けた。その殺意が向く先は――ティアと、リグレット。

 

「第七音素使役者と、契約者……オールドラントの指示もあるけど、ティアとリグレットだけは、お前と同じように俺がこの手で絶対に殺す」

 

「ふざけんてじゃねえぞ!! てめぇ、どこ見てやがる!!」

 

奥歯を軋ませながら、ベルトに吊したホルダーからナイフを抜いて全力で投擲する。

 

無理だ。もし今ルークが俺よりあいつらを優先させたら、止めようがない。

 

例え一秒でも、一瞬でもいいから、時間を、皆が逃げるための時間を稼げ!

 

「頼むから……頼むからさっさと逃げろ! 無理だ、俺はこいつに勝てねえ!!」

 

「で、でも……! ルーク、あなたはどうするの!?」

 

「そうだ! 勝てないって、それならお前だって死ぬことになるんだぞ!!」

 

「み、みんなで戦えば、勝てるかも知れないじゃん!」

 

ティア、ガイ、アニスが目を剥いて俺の言葉に首を横に振る。それぞれ武器を抜き始めた皆に、俺は取り繕うことすら出来ずに叫び返した。

 

「いいから逃げろっ! ジェイド、お前ならわかるだろうが!! 無理矢理にでも連れ出せ!!」

 

振り返るルークが、無造作に右手を振った。たったそれだけで、ナイフは完全に消滅した。

 

もう、出し惜しみなんて出来る状況じゃない。俺は一生涯使う予定はなかった、第七音素による時への干渉を開始した。

 

座標はルークの周囲の空間。求めしは停止。第二超振動が絶対無敵でも、ルークを停止させれば時間だけは稼げる。

 

「無駄だ! 俺だって、第七音素の流れくらいならわかる!!」

 

「かき消された……!?」

 

全身から溢れる金色の光が、停止された時間を引き裂いた。そしてルークは、驚愕で体を硬直させた俺へと再び襲い掛かる。

 

斜め上から振り下ろされる必殺の剣を、纏う風に助けられ紙一重でさける。一歩後退した俺の胴に、速度と小回りだけに力を割いた剣が横から迫る。

 

「ぐっ……!」

 

再び紙一重。膝の力を抜いて地に伏せる。頭の上を、死の刃が走った。

 

縦横無尽に閃く死線。通常では有り得ない速度の太刀筋を、俺は第三音素の補助を得て必死に避け続ける。

 

突き出される剣が、纏う風ごと脇腹を浅く消滅させる。袈裟懸けに振り下ろされる剣は、肩を消し飛ばした。放たれる第二超振動の衝撃波は、頬をえぐり取った。

 

治癒術を発動する間も、風を纏いなおす暇すらもない。紙一重でしか避けられないルークの剣は、たちまち俺の体を血まみれに変え、そして動きを鈍くする。

 

幾度となく連続して繰り出される攻撃が、俺の命を少しずつ、しかし確かに削り取って行く。

 

どうする……どうする……予想外だ、予想外にもほどがある!

 

オールドラントにすらたどり着けずに、終わる?

 

まだ俺はヴァンを殴ってない。まだ俺には、守らなければならない約束だってある!

 

それがこんな場所で、終わる……?

 

何でもないはずの斬撃が、普通ならば斬ることも出来ないような、軽いだけの斬撃が、俺の右腕を深く切り裂く。

 

痛みに歯を食いしばって耐え、俺はルークを見据える。無傷で余裕の表情を浮かべているルークを、見据える。

 

勝てないのか……?

 

俺は俺に、勝てないのか……?

 

逃げなかったと言った。罪を背負って、愚かだった自分を変えて、そして生まれた意味を、自らを誇れるようになったと、もう一人の俺は言った。

 

その結果が、第二超振動。その結果が、血だらけの俺と、無傷なもう一人の俺。

 

俺たちの間にある――決定的な力の差。

 

俺の生き方は、間違えていたのだろうか。

 

みんなと決別して、罪滅ぼしをすると決意して、大犯罪者になって、赤い悪魔と呼ばれて、六神将たちと分かり合えて、一回死んで、ユリアとローレライに出会って、みんなと再会して、家族と和解して、多くの人々と交流して、リグレットを好きになって、そして、そして――――

 

ルークの瞳が、俺の後ろに向けられる。

 

「逃げないで……こいつと一緒に死ぬつもりなのか?」

 

「死ぬつもり? 寝言は寝て言え、偽物」

 

――精一杯生きた。

 

「な、何で……? お前ら、逃げろって……」

 

俺の後ろには、リグレットが立っていた。涼しげに、威風堂々と、傲岸不遜に。

 

「無理矢理、連れて行こうとはしたのですがね」

 

無理でした、と扉の前に立つジェイドが肩をすくめて見せた。その横では、皆が諦めたような半笑いを浮かべている。

 

「偽物、か。そう言えば俺、結局リグレットには死ぬまで認められなかったんだよな。それなのに、こっちの俺はリグレットと契約までしてる。ティアの師匠が、俺とか……ほんとに不思議な気分だ」

 

「少し黙れ。私はルークに話がある」

 

ただひたすら、意味がわからない状況に狼狽える俺の目を見て、彼女は吐き捨てるように言った。

 

 

「貴様、たかが偽物相手に、何を手間取っている?」

 

「に、偽物って、あいつは俺の――」

 

腕を組んで、怒りに満ちたアイスブルーの極寒の瞳で俺を睨む彼女は、短く鋭く俺の言葉を遮った。

 

「そんなこと私が知るか!! 」

 

「は……、え、いや……」

 

「私が知っているルークは、お前だけだ。よく見てみろ、誰だあれは。私はあんな生真面目で素直で如何にも思い遣りがありそうな、お前とは似ても似つかない好青年なんて知らない」

 

「し、知らない……」

 

自信満々に言い切った彼女に、俺は呆然とした。

 

え、いや……え? 好青年?

 

「私はな、お前がお前だから、必要としたんだ。もう一つの可能性だか何だか知らないが、もしもお前があのような素晴らしい人間だったら――――嫌だ」

 

「い、嫌だ……」

 

とてつもなく個人的な感情を堂々と言い切った彼女に、俺は唖然とした。

 

素晴らしい人間って……。

 

「まあ、今それはどうでもいい。話がそれた。――偽物相手にいいように踊らされて、不甲斐ないとは思わないのか、貴様は」

 

「――……って! んなことはどうでもいいんだよ! 早く逃げろ! わかるだろ、あいつは強すぎる!」

 

「強い? ふん、何を寝ぼけたことを」

 

俺の悲痛な叫び声を、しかしリグレットは一笑に付した。

 

「勘違いするな、ルーク。あいつが強いのではなく――お前が弱いだけだ」

 

「俺が、弱い……?」

 

「ああ、そうだ。少しだけ強くなったからと言って、調子に乗っているだけの弱者がお前だ。思い出せ、ルーク。今よりもっとお前が弱かった時、圧倒的強者だったラルゴに何故勝てた? バチカルを何故落とせた? 何故、世界を震撼させることが出来た?」

 

彼女の言葉に、昔の情景が蘇る。

 

泥まみれになって、血まみれになって、必死に精一杯戦ってきた。何時も何時も、命を賭けて、全てを賭けて、精一杯頑張ってきた。

 

「お前が――弱かったからだ。忘れるな、ルーク。私たちは、強くなんてない。弱者には弱者の、凡才には凡才の戦い方がある」

 

「…………」

 

ああ……そうだ。リグレットの言う通りだ。何を勘違いしてたんだよ、俺は。

 

俺はそんなに強くない。ただ昔より、あの頃よりちょっとだけ成長した、ルークでしかない。

 

「それにな、私は知っている。お前が選んだ道は、間違いなどではない。私たちは、お前がお前だったから、ここにいるんだ」

 

そうだ。六神将たちは、聖なる焔の光の歩んだ道では、死んだ。だけどみんなは、ここにいる。

 

だからリグレットが、ここにいる。ここにいて、不甲斐ない俺を叱ってくれている。

 

だから、だから――――俺が選んで歩んで来た道は、間違いじゃない。

 

「そもそもだ。お前とは何だ? 足が折れようと、這ってでも敵を殺すのがお前だろう? 手が無くなろうと、敵の喉笛を噛み切るのがお前だろう?」

 

リグレットが不敵に挑発的に微笑みながら、俺に問いかける。

 

そうだ、こんな場所で終わってる場合なんかじゃねえんだ。俺の選んだ道は、まだ終わってなんかないんだ。

 

立ち上がって、精一杯胸を張って、全身全霊で頑張って、俺は俺の道を進みたい。

 

「ん? 私が間違えているか、ルーク」

 

そんなことを言いながら首を傾げてくる魔女に、俺は気合いを入れ直して不敵に邪悪に笑いながら答えてやった。

 

「ハッ! 例え首を落とされようが、呪い殺すのが俺だ。間違えてんじゃねえぞ、契約者サマ」

 

「ふん、それでいい。頑張れ、ルーク。頑張れば、頭でも撫でてやるぞ」

 

「忘れんなよ、その約束。まあ、ちょっと下がってろ。巻き込んじまったらいけねえからな」

 

リグレットに背を向けて、俺は聖なる焔の光と再び向かい合った。

 

俺は俺で俺以外の誰でもなく、俺は俺として俺らしく生きる。

 

そうだった。そうだったんだよな。全くもって笑えるぜ。こんな初歩も初歩、超がつくほど原初なことを忘れるなんて、本気で笑うしかねえよ。

 

邪悪に笑う俺に、聖なる焔の光が不愉快そうに眉根を寄せる。

 

「まだやるつもりなのか? もうお前だって分かってるだろ、力の差は」

 

「ああん? おいおい、そう自分を卑下すんなよ、聖なる焔の光君。お前にだって勝機は残ってるかも知れねえぜ」

 

「……今更、挑発か。もういいさ、次で決着だ」

 

淡い金色の光が、ルークの周囲で踊る。俺は鞘に納めていた木刀を抜きながら、鼻で笑ってやった。

 

「おいおい、そうムキになんなよ。さっきまでは、散々好き放題言ってくれやがったのによ。ちょっとは俺の話も聞けってんだ」

 

「…………」

 

「俺が色々なものから逃げた駄目人間で、自分は精一杯嫌なことにも負けずに頑張ったいい子で、第二超振動は自分を変えたから得られた力だから俺には負けない――だったか? くはははははっ、笑わせるなよ、聖なる焔の光」

 

木刀を縦に構えて、俺は壮絶な笑みを浮かべる。

 

「俺も俺で苦労してんだ、たかがもう一つの可能性如きが俺を語ってんじゃねえぞ。まあ、有言実行あるのみだな。てめぇに見せてやるよ――――愚かだって分かってても、自分を曲げずに、ひたすら我が道を突き進んできた、俺自身の力を」

 

俺は弱かった。そして今も、弱いままだ。

 

だから俺は、俺の戦い方をしてやるだけだ!

 

『――――愚者は進み続ける、終わりの時まで……』

 

「……っ!?」

 

その詠唱を聞いた瞬間、聖なる焔の光の顔が強張る。そして体の周りで、第二超振動の光が輝く。

 

おそらくこれで、最後だ。互いが互いに死力を尽くし、どちらかが死ぬ。

 

泣いても笑っても、これで終わり。

 

俺たちの戦いは、ここで終了。

 

「――――行くぜ、聖なる焔の光」

 

ただただ邪悪に不敵に傲慢に笑い、俺は最後の戦いの火蓋を切った。

 

最狂最悪の諸刃の剣に対するは、攻防一体にして絶対無敵の鎧。死角など存在しない奇跡を纏うルークは剣を正面に構えて、死の輝きを放つ俺を凝視しながら、叫んだ。

 

「レイディアント――」

 

「斬魔――」

 

周囲に闇の帳が降りる。俺は闇に隠れて、全力で地を蹴った。

 

「――――飛燕斬!!」

 

「――――ハウル!!」

 

解放された第二超振動の力が、剣を中心に唸りを上げる。全てを分解する奇跡の蒼い光は、闇を払い、そして大気と床までもを消し去った。

 

 

聖なる焔の光を中心に球形に消滅した空間。白亜の床が削られて出来たクレーターの上に、聖なる焔の光は吹き荒れる暴風に髪を靡かせながら立っていた。

 

「はぁ、はぁ……終わった、のか?」

 

第二超振動を使い続け、最後には広大な範囲に解放した影響か、聖なる焔の光は肩で息をしながら周囲の気配を油断なく探る。

 

「う、嘘ですわ……ルークは、ルークは何処に……」

 

「まさか、巻き込まれたのか……」

 

一つしかない人影に、ナタリアとガイが震えながら息を飲む。

 

その視線の先には、聖なる焔の光の姿しかなかった。

 

「勝った……勝てたんだ、俺。これで、これでみんなの所に帰れる……!」

 

自分の手の平に視線を落として、聖なる焔の光は掴み取った勝利に喜びを噛み締め、力強く拳を握った。

 

無言でその様子を見るジェイドとラルゴは、目を見開いたまま動かない。

 

「ルークは、ルークは何処いっちゃったの……? 何で、何で一人しかいないの! おかしいじゃん!」

 

わめき散らすアニスは、アリエッタの肩を掴んで揺さぶる。

 

「アリエッタ、アリエッタなら、分かるでしょ!? ルークは、ルークは!? 何で答えないの、アリエッタ!!」

 

「…………」

 

「アニス、止めなよ。アリエッタに当たっても仕方ないだろ」

 

混乱するアニスの手を掴んで、シンクが宥めるように語りかけた。その声色は、不気味なほど平坦だった。

 

聖なる焔の光が、クレーターから飛び上がり、皆の前に立つ。

 

「……ごめん、みんな。謝っても意味がないってわかってるけど……ごめん」

 

聖なる焔の光は皆に頭を下げて、歯を食いしばりながら続ける。

 

「先に、進んでくれ。この先で、オールドラントが待ってるはずだ」

 

「……どうして? あなたは、私たちを殺すんじゃなかったの」

 

困惑に眉根を寄せるティアの目には、涙が浮かんでいた。ティアはそれでも毅然と、聖なる焔の光の瞳を睨み返す。

 

「殺せないよ、俺には。オールドラントとの契約は、もう一人の俺と決着をつけることだけだ。じゃないと……じゃないとこんな役、引き受けられない。辿って来た道は違うけど、みんなを殺すなんて、俺には出来ないから」

 

何を思ってか、聖なる焔の光は涙を流した。涙を流して、そしてもう一度六神将に頭を下げた。

 

「本当に、ごめん。みんなじゃないんだ。だけど俺は、一回みんなを、殺した。間違ってたとは思わないけど、それでも、みんなには酷いことした。だから、自分勝手だけど、謝らせてくれ。ごめん」

 

そして目を伏せるリグレットに、ルークは泣きながらもう一度謝った。

 

「ルークを殺して……ごめん」

 

頭を下げるルークに、手の平で顔を覆って天井を仰ぐリグレットは、溜め息を吐く。

 

そして困ったように微笑みながら、言った。

 

「本当に、本当に好青年だな、もう一人のルークは。生真面目で、思い遣りがあって――そして何より素直だ。なあ、ルーク。お前とは全然違っている」

 

「…………え?」

 

天井を仰いだリグレット。彼女の目は――潜んでいた天井から飛び降りた俺を追っていた。

 

俺は困惑する聖なる焔の光の真後ろに着地して、逆手に持ったナイフの刃を、ぴたりと首筋に押し当てた。

 

「本当に、な。殺すのを躊躇っちまうくらい、同じ俺とは思えねえくらい素直で、単純だ」

 

「な……っ!? 何で生きて……!?」

 

「最後の目くらましの後、俺、お前に攻撃しに行ったんじゃねえんだ」

 

何時でも頸動脈を切り下げるように刃を押し当てながら笑う俺に、聖なる焔の光は叫ぶ。

 

「だ、だってあの時お前は、アルバート流の奥義を……!」

 

「ああ、技名叫んだだけだ。それっぽい構えで、ただ単に上に飛び上がって、お前に隙が出来るのを待ってたんだよ。もちろん、あの譜術も使ってねえよ。あれ使うと俺、お前の目の前で笑ってる女に、マジで怒られるんだよな、実は」

 

「…………」

 

からからと笑う俺に、ルークはついに押し黙った。それから大きく一度溜め息を吐いて、鍵を落として両手を上げる。

 

「……俺の、負けだ」

 

からん――と、静かに戦いの終わりを告げる音が響いた。

 

 

 

 

「…………これで、本当に終わりか」

 

自らその武器を捨てたルークの身体が、淡く輝く。一瞬の発光の後には、ルークの身体は半透明になっていた。

 

互いの存在を賭けた一戦。勝者が得るのは生存。そして敗者に待つのは――

 

「ルーク……で、いいのよね。あなたは、あなたの存在は、どうなるの?」

 

向こう側が透けて見える己の手の平から、ルークはそう問いかけたティアへと視線を上げる。

 

「俺は、消えるよ。ここじゃない俺が生きた世界で、俺はもう死ぬはずだったんだ。だから、死んで音素に還る」

 

「そう、なの。何だか、悲しいわ……」

 

何処か神秘的で、何処か儚く見えるルークの微笑みに、ティアはその瞳から涙を流していた。

 

「あなたは、泣きそうな顔で、それでも必死に、あんなに必死で戦っていたのに……消えちゃうのね」

 

「はは、やっぱりティアはティアなんだな、こっちでも。優しいよ、本当に優しくて……」

 

口元まで出かけていた言葉を飲み込むようにして、ルークは明るく笑った。それは無理をしたわけでも、誤魔化そうとしたわけでもない、純粋な明るい笑顔だった。

 

「ありがとな、ティア。でも、悲しくなんてないよ、俺は。もっと生きたかったのも、約束を守りたかったのも確かだけど――――それでも俺は、一生懸命生きれたんだ。もう一人の俺と戦って、答えが出た。俺が消えたって、俺が一生懸命生きたってことは消えない。俺はやっぱり、俺だったんだ。例え俺が幻でも、レプリカでも、俺は俺なんだ」

 

そう語ったルークは、ルーク・フォン・ファブレは、ティアの涙をその儚い指先で拭って、太陽のような笑顔で言った。

 

「なあ、ティア。最後に譜歌、聞かせてくれないか。俺、お前の歌、好きなんだ」

 

「……うん」

 

ティアは小さく頷いて、そして歌を紡ぎ始める。

 

次第に薄くなり、消えてゆくルークは、目を瞑って譜歌に聞き入る。

 

深淵へと誘う旋律、堅固たる守り手の調べ、壮麗たる天使の歌声、女神の慈悲たる癒やしの旋律、魔を灰燼と成す激しき調べ、破邪の天光煌めく神々の歌声――そして名を失った最後の歌。

 

ティアの譜歌は、二巡目に入る。

 

ルークの周囲では、別れを悲しむように、旅立ちを祝福するように、七色の音素が輝き踊っていた。

 

ルーク・フォン・ファブレは目を開けて、皆を順に見てゆく。

 

ガイを。

 

ナタリアを。

 

アニスを。

 

ジェイドを。

 

ラルゴを。

 

シンクを。

 

アニスを。

 

リグレットを。

 

そして、アッシュを。

 

別れを言うように、激励を送るように、感謝を伝えるように、謝罪を告げるように――無言ではあったが、いや、無言であったからこそ、皆に様々な想いをちゃんと告げていた。

 

もはやほとんど見えなくなったルーク・フォン・ファブレは、最後に俺を見た。

 

「頑張れよ、俺。ここまで来たんだ、ここまで来れたんだ。だから、全部救うんだ。ヴァン師匠も――世界も」

 

最後の最後に、純粋にこの俺を応援するルーク・フォン・ファブレ。

 

……ったく、こいつは。

 

純粋な応援だった。純粋すぎる応援だった。だから俺は――思いっきりルーク・フォン・ファブレの横っ面をぶん殴ってやった。

 

「ッ!!?」

 

盛大に吹き飛んで馬鹿みたい目を見開くルークに、俺は指を突きつけて大声で思うがままに叫んでいた。

 

「てめぇ!! あんだけ好き放題言ったり切ったりしてくれやがって、そのまま逃げるとかありえねぇだろうが!! 死ぬ前にとりあえずもう百発くらいぶん殴らせろ!!」

 

「は!? お前今更何言ってんだよ! 勝負はもうついただろ!?」

 

「それとこれとは別に決まってんだろうが!! 生温いこと言ってんじゃねえっつーの!!」

 

「別じゃないだろ! くそっ、お前ほんとに俺より年上なのか!? いくら何でも我が儘すぎだぞ!!」

 

「それもこれとは別だボケェッ!! つーかそもそも、簡単に諦めてやがるてめぇに頑張れなんて言われる筋合いはねえんだよ!!」

 

「…………」

 

押し黙ったルークに、俺は情け容赦なく言い放つ。

 

「いいか!? その脳天気で単純な頭にしっかり刻み込んどけ!! もう今は百発殴ってる何時がなさそうだからな、オールドラントを黙らせてヴァンを正気にさせてついでに世界も救ったその後だ、次に会ったときに絶対てめぇをぶん殴る!! 嫌なら抵抗してもいいが、それでもぶん殴る! だからてめぇ、このまま消えてみろ――死んでも殺すぞ」

 

「……ッ!?」

 

冗談抜きの殺意を叩きつける俺に、ルーク・フォン・ファブレは顔を強ばらせる。そして疲れたように、ため息を吐いた。

 

「お前とは、もう戦いたくないよ。本当に恐かったからな。だから、まあ――もう少しだけ、足掻いてみるよ」

 

消え行く自らの拳を、それでも強く握り締めて、ルーク・フォン・ファブレは苦笑する。

 

「ありがとう、ティア。もう一度、今度は俺を待ってくれてるティアの譜歌を聞けるように、頑張ってみる。本当に、ありがとう」

 

――こうしてルーク・フォン・ファブレは、太陽のような温かな笑みを残して、ティアの大譜歌に送られながら、俺達の前から姿を消したのだった。

 

 

 

 

「……もう、行っちゃったのね」

 

崩壊したエントランスホールに、ティアの寂しげな声が静かに響いて消える。

 

そんなティアの後ろ姿をどこか遠慮がちに眺めていた皆の視線が、何故か徐々に俺に集まって来た。しかも不思議と全てが生暖かくなってやがる。

 

「…………何か、むちゃくちゃいい人だったね」

 

「ああ、こう、染み出てる優しさとかが、凄かったよな」

 

しみじみと言うアニスとガイの目は、意味不明なほどじっとりとしている。

 

「て言うか最後のあれ……」

 

「もう一人のルーク、さいごまでまっすぐで……かっこよかった、です」

 

シンクとアリエッタは、ちらちらと俺を横目に声を潜めて囁き合う。

 

「アルバート流を汚しやがって……信じられねえ……」

 

「わ、私は……私は、あのルークが不憫でなりませんわ」

 

本気の本気でアッシュとナタリアは戦慄した目で俺を見ていた。

 

「前半はともかく、後半は到底人に語れるような内容ではありませんねぇ」

 

「負けだな、人間として」

 

冷静に冷徹に非難するジェイドとラルゴ。

 

……ふむ、つまりあれか。みんなして、俺が悪いと思ってんのか。

 

なるほどな。うん、なるほどなるほど。あんな反則野郎を相手に頑張った俺を、労いもしないわけか。いや、別にいいけどよ。ほら、だって俺って、自分が良く頑張ったことを自分でちゃんと分かってるわけだし。

 

心配される必要なんて、これっぽっちも存在してない。

 

俺は後ろを向いて地面に座り、治癒術を発動する。これ以上血を流す前にさっさと治さねえと、後に響く。

 

もういいや。さっさとオールドラントぶっ潰して、寝よう。さっきので疲れた。

 

「……っと」

 

一瞬目眩がしたが、何とか直ぐに立ち直る。

 

まったく、あの野郎、本気で好き放題やってくれやがって。ただ切られたんじゃなく、構成音素を消し去られた身体は、予想以上にダメージを食らってる。

 

本当なら、ここで少し休むのがベストなのだろうが、敵の腹の中でおちおちはしてられねえ。

 

「ルーク? みんな心配したのよ、あなたがあんな戦い方をしたから。それに、またあの譜術を使ったと思ったから」

 

だから拗ねないで、とティアが困ったように俺の顔を横から覗き込んで来た。

 

……いや、まあ、拗ねてないか拗ねてるかと聞かれるとあれだが……うん。

 

首だけ後ろに向けて皆を見れば、揃ってうんうんと深く頷いていた。

 

むう……みんなそんな認識なのか。若干泣けてくるぜ。

 

俺はため息を吐きつつ、腰を上げた。

 

「拗ねてねえっての。それによく言うだろ、敵を欺くには味方からって」

 

「まあ、効果的な戦法だったことは確かですね。あのルークも、あの譜術を知っていたからこそあそこまで焦り、そして攻撃のタイミングを外した」

 

倫理性は無視するとしてですが、とジェイドがやれやれと肩をすくめ、その様子に苦笑しつつラルゴが続ける。

 

「全身全霊をかけた正道かと思えば裏をかく邪道……だが、裏を疑うには命をかけた前例もある。それにあの大袈裟なほどの前口上。もう一人のルークにとっては、どこまでも王道を進んできたような正直者にとっては、外道でしかないお前は最も苦手な部類なんだろうな」

 

貶してるとしか思えねえようなラルゴの解説に、納得だと頷くみんな。

 

外道とか邪道とか……もはやため息しかつけねえよ。

 

「ルーク……おつかれさま、です」

 

疲れ切った顔をして肩を落とす俺の顔を覗き込みながら、アリエッタが満面の笑みで労ってくれる。

 

ふむ、これがかの有名な飴鞭作戦か。

 

「……ったく」

 

もう一度大きく溜め息を吐いて、俺は妙ににこにことしてる皆に、苦笑しながら言ってやった。

 

「はいはいはいはい、俺が悪かったよ。紛らわしいことしてすみませんでした」

 

まったく、何で頑張った俺が頭下げねえとなんねえのかね。無茶ばかりして来たツケなんだとしたら……ほんと、人生はままならねえな。

 

頭をがしがしと掻きながら、俺は一件落着とばかりにいい感じにリラックスして気を抜いてやがる皆を睨みつけてやる。怒られたばかりで、威厳やら威圧感やらがないのはご愛嬌だ。

 

「それじゃあ、気合い入れて行こうぜ。次こそ本当の本当に最後、人類の命運をかけた最終決戦だ。俺は早いとこ終わらせて、不貞寝がしたい」

 

「人類の命運かけてる割には、いまいち緊張感ないよね。まあ、どうでもいいんだけどさ。それより僕は早く夕飯を食べたい」

 

「ア、アリエッタは……みんなでお昼寝がしたい、です」

 

それぞれ世界より目先の欲望を優先させた俺とシンクに、アリエッタまでもが続いてしまい、緊張感が皆無になってしまった。

 

いや、まあ、いいんだけどよ。どうでも。

 

「あなたたち……はぁ、もういいわ。一人だけ気負っている私がばかみたいじゃない」

 

「まあまあ、ティア。このくらいが、ちょうどいいんじゃないかな。世界よりも、身近なものを背負うくらいが」

 

手を額に当てて溜め息を吐くティアを、苦笑するガイが慰める。アッシュもそれに習ってか、馬鹿の一つ覚えのように寄せている眉間の皺を、限りなく零に近いほど若干緩めていた。

 

「身近なものか。俺は、それを守ることが世界を守ることに繋がるなら、今はそれでいい。いずれ、オールドラントが消えた後には、答えを出さなければならない問題だがな」

 

「人の幸せ、そして国の――いえ、人類の在り方と、世界との関わり方。難しい、問題ですわね。アッシュ、私も共に答えを探しますわ」

 

国を背負う者としての覚悟、か。アッシュとナタリアはその覚悟を持つ限り、自分の幸せのみを追求することは出来ない。人と世界の未来を見据えて、悩み続けながら生きるのだろう。

 

二人にとってオールドラントを退けることは、その辛く厳しい道の始まりなのだ。

 

「邪魔は、させん。それが老兵としての、親としての最低限の責任だろうな」

 

アッシュとナタリアの後ろ姿を静かに見守るラルゴの、小さな決意の声。それに応えるように、アニスとジェイドが小さく笑う。

 

「えへへへ、ラルゴ、仲間だね。私だって、イオン様の邪魔なんてさせないよ。ね、大佐?」

 

「おや、私もそちら側ですか。出来れば隠居でもして、静かな余生を送りたかったのですがね」

 

まったくそんなことを思ってなさそうなジェイドの戯れ言に、ラルゴとアニスが苦笑していた。

 

色々とあったが、泣いても笑っても今度こそこれで終わりだ。

 

それぞれがそれぞれの想いを胸に、先を見据えて佇む。

 

さて、そろそろ行こうか。

 

全てを終わらすために。

 

三度気合いを入れようとして、しかし俺は気づいた。

 

「そういえば俺、まだ頭撫でてもらってないぞ」

 

「…………」

 

「…………ふーん」

 

ふいと俺から顔を逸らして、リグレットは決して俺に視線を合わせようとしない。

 

なるほどな。要するに口から出任せだったわけか。

 

まあ、別にいいけど。騙されてちょっと頭にはきてるが、それだけだ。

 

全然まったくこれっぽっちも、心の底から気にしてない。

 

さっさと終わらせて、さっさと寝よう。いや、マジで。

 

「…………ばかじゃないの」

 

そして何故かむちゃくちゃ冷たい目のティアに、盛大に頭を叩かれた。

 

まったく。最後の最後まで締まらねえな、ほんと。

 

互いに笑いあいながら、俺たちは戦場へと歩き始めるのだった。

 

 

 

 

 

――ふと、ついつい笑ってしまうような、取り留めのない考えが頭に浮かぶ。

 

オールドラントの野郎、これはもう、致命的なミスをおかしちまったんじゃねえだろうか。

 

今までに奴は、俺たちに試練を与えすぎた。不自然なほどの、試練を。

 

数々の危機を乗り越えて、皆は確かな強さを手に入れた。

 

死者との対面で、今を生きることの大切さを改めて実感した。

 

そしてもう一つの可能性との対面で、自分たちで選んだ道を歩み続ける覚悟を再確認できた。

 

そして何より――この俺に己の根源を思い出させた。

 

だから――そう、もはや俺たちに、負ける要素なんてなかった。

 

後は全身全霊をかけて余すところなく何処までも徹底的に、精一杯頑張るだけ。

 

本当にそれだけの、単純なことなんだよな。

 

見えてきた屋敷の裏口と、その向こうに広がる丘――そして感じる、奴らの気配。

 

 

――――長い長い旅の終わりは、もうすぐそこにまで迫っていた。

 

 

* * *

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。