TOA ~突き進め、我が道を!~   作:あきあ

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アッシュの災難

「あ、『熱血』特務師団長だ」

 

白を基調とした歴史ある建造物、ローレライ教団総本山。その地下にあるオラクル騎士団本部で目立つ赤毛を発見した瞬間、誰ともなく兵士達は口々に熱血熱血と連呼し始めた。

 

「にんじん食べれるようになりましたか?」

 

「鶏肉ばっかり食べてるからトサカができるんですよ」

 

「この前はごちそうさまでした」

 

「操鬱病は治りましたか?」

 

ダアトの近くまで来たついでに寄って行こうと、決して深くはない理由で立ち寄ったローレライ教団。

 

そこで『アッシュ』は、オラクル兵達に囲まれていた。

 

「何を言ってやがる! 放しやがれ屑共が!!」

 

「またまた照れちゃってー。ところでシンク師団長とアリエッタ師団長は一緒じゃないんですか?」

 

アッシュの怒声も何のその。兵士達は笑顔でアッシュに話しかけ続ける。

 

「アッシュって人気者だったのか……」

 

しみじみと呟くガイ。昔から無愛想で無意識に人を見下していたアッシュだ。ガイとしてはここでも友達いなかったんだろうなあ、などと失礼な心配をしていたが、目の前の微笑ましい光景に安心した。ガイは善人の見本である。

 

「どうもこんにちは。えっと……貴方達は?」

 

目尻に溜った涙を拭いながらアッシュを見ていたガイに、兵士の一人が声をかけた。ガイの視線の先のアッシュは本気で抜剣していたりする。

 

「俺達はイオン様の連れの者です。アッシュとティアが一緒なら問題ないって言われたんですけど……」

 

「…………え゙」

 

ピタリと動きを止める兵士達。動きどころか生命まで停止していそうなほど凍りついている。

 

イオンはアニスと共に上にいる。やっぱり騎士団本部の見学ってやばいんじゃないかと冷や汗をかくガイ。普通内部は機密情報で溢れており立入禁止だ。

 

「どうかされましたか?」とただならぬ空気を感じたティアが尋ねるが、言葉は返ってこない。

 

「もしや――」

 

怪しく眼鏡を光らせ、ジェイドは含みしかない満面の笑みを浮かべる。

 

「『アッシュ』と『誰か』を間違えた、とか?」

 

一々強調するところがいやらしい。

 

ジェイドの言葉に兵士達は錆び固まった身体をギギギアッシュから反らし。

 

「ほ、本物だぁぁああ――――!!」

 

脱兎が落ち込みそうな速さで逃げ出した。

 

「どうされたのでしょうか?」

 

「ルークね、きっと」

 

首を傾げるナタリアに、ティアは迷いもなく断定した。

 

それからは悲惨だった。通る者全てが何故かアッシュを見て笑いながら怖がり哀れみの視線を送ると言う、良くわからない行動を取るのだ。

 

「…………」

 

「ア、アッシュ、落ち着いて下さいまし」

 

こめかみに青筋を浮かべ頬を引きつらせるアッシュを、ナタリアが必死になだめる。

 

何もアッシュはただ笑われていたわけではない。何度も何度も廊下を行く人を捕まえて説いただそうとした。

 

しかし。

 

「ア、アッシュ師団長……ぷっ…………ふひっ……ふふっ……も、もう、ダメ……ふはははははっ!」

 

「じじじじじじ自分は、ああああの、その、発言を控えさせていただきますっ!」

 

「ハ……ハゲっ……額が、額が後退し…………ひっ…ひひっ…ふふふっ……鶏のトサカが…………ふはははっ!」

 

「生きていれば――いいことありますよ。友人も恋人も何時かは、ね。相談、私でよければのりますよ?」

 

「にんじんが……にんじんのお化けが……ぷっ……ふふふっ……はははははははははははははっ!」

 

誰も話しにならなかったのだ。

 

だが一つだけわかったこともある。

 

――アッシュの偽者がここにいた。

 

どんなことをやったかまではわからなかったが、それだけはわかった。

 

というわけで。

 

「あの劣化屑レプリカァアアア! ぶっ殺してやる!!」

 

アッシュは空高くに吠えたのだった。

 

*

 

「ああん? 俺がやったって証拠があんのかよ、ええ? それにてめぇが後退型ハゲで熱血で鶏頭でにんじん苦手なのは事実だろうが。責任転嫁してんじゃねえよ、雑魚」

 

 

アッシュが怒り心頭でルークを探し出し、「教団での兵士達の態度の責任を取って殺されろ」と簡潔に要求を述べたたところ、ルークはそれをばっさりと切り捨てた。

 

「証拠も何もお前しかいないだろうが!! 第一、『自虐のアッシュ』とか『孤独のあまり壊れた』とか『死ぬ気で食堂のメニュー改革』とかその他色々、俺は全く身に覚えがないぞ!! この俺に恥をかかせた屑は皆殺しだ!!」

 

「あー…うぜー……。耳障りだぞ、雑魚」

 

「誰が雑魚だ!」

「雑魚が雑魚で雑魚っつーこともわかんねえから雑魚つってんだよ雑魚。……あ、ごめんな……雑魚。雑魚の雑魚い頭には俺が何言っても理解できないよな……ほんとごめん、雑魚。……俺、雑魚が雑魚ってこと考慮してやれなかった。許してくれるか、雑魚?」

 

「申しわけなさそうに言うなっ!!」

 

「ごめんな、雑魚……」

 

「頼むから謝るなっ!!」

 

「それによ、器の小さいアッシュも雑魚(スモールフィッシュ)も似たようなもんだろ?」

 

「がぁぁああああああぁぁぁあああああ!!」

 

誰がどう見ても最初に冷静さを欠いたアッシュの負けだった。

 

とは言っても、偽アッシュとして活動していたのは確かにルークだ。ルークには自分でも少しふざけ過ぎた自覚があった。遠慮の欠片もないルークだが、負い目はある。

 

「ま、雑魚がどうしてもって言うなら相手にしてやらんこともないぞ。ほれ、土下座して感謝の言葉でも言ってみろや、雑魚」

 

負い目はある、はずである。

 

「構えろ、屑! 今日という今日は――って、何してやがる!」

 

抜剣したアッシュを見向きもせずに、ルークはシンクとアリエッタに向かってのんびりと歩いて行く。

 

「アリエッタ、俺の荷物取ってくれ」

 

「はい。がんばってね、ルーク。アリエッタ、応援してます」

 

「おう、任しとけ。シンク、お前もよーく見とけよ。普段は手加減してやってるが、お前も一発で理解できるだろうよ。俺様が本気出したら――最強だってことをな」

 

「あっそ。どうでもいいや」

 

ゴソゴソと荷物をあさりながらルークはアッシュを完璧に無視する。

 

闘いの前の緊張感は皆無。逆にほのぼのしていた。

 

「今日もアッシュは元気ですねえ。年寄りにはとてもついていけませんよ」

 

「彼が特別なんですよ。熱血は伊達ではありません」

 

ずずずーっとシートに座ってお茶をすするジェイドとイオン。二人のせいでさらに間抜けな空気になっている。

 

他の面々も既にピクニック気分で、アニス作のサンドイッチを片手に談笑していた。

 

「さて、と。待たせたな、雑魚」

 

心底かったるそうにだらだら歩くルーク。本気を出す気などまるでなさそうに。

 

「おい……やる気がないのか」

 

剣も抜かずに気だるそうに立つルークに、アッシュは頬を引きつらせる。

 

「雑魚相手に剣なんて必要ねえよ。むしろ邪魔」

 

誰か合図頼む、とルークは欠伸を噛み殺しつつ投げやりに言う。

 

当然の如く誰も動こうとはしないので、当然の如くガイが動くしかない。ガイはため息をつきながらも、よてよてとルークとアッシュの間に歩いて行き、手を上げる。

 

「始め」

 

やる気なんて欠片もない声で短く言って、よてよてと元の位置に戻って湯呑みを両手に老け込む。

 

「ガイってばこの頃妙に年寄りくさいよね」

 

「苦労が絶えないんでしょう」

 

遥か遠くに瞳を向けるガイを、アニスとティアは労りはするが助けはしない。それもまた何時ものこと。

 

「ほら、来いよ雑魚。もう始まってんだぜ」

 

ぼりぼりと長髪を片手で掻いて手招きするルークに、アッシュは何も考えず熱血して飛びかかった。

 

普段のアッシュなら、冷静なままのアッシュならば、過去の経験から安易な行動は慎んだはずだった。

 

しかし今はそうではない。

 

「単純なやつめ」

 

だからてめえは雑魚なんだよ。道具袋に手を突っ込みつつ、ルークは悪魔も裸足で逃げ出しそうな壮絶な笑みを浮かべる。

 

「死ねぇぇええっ!!」

 

雄叫びをあげて剣を降り下ろそうとするアッシュの目の前に、ルークは素早く絶対防御の盾をつきつけた。

 

「ほら、お前の大好物だぞ」

 

料理名は知らないし存在しているかも定かではない。ついでに真っ黒な塊を料理と認めていいかも定かでない。もっと言えばそれは猛毒に近い性質をもっている。

 

だがそれは確かにキムラスカのお姫様、料理なんて召使いに作らせるのが当然ですわ庶民とは格が違うのですわおほほほほほ、と客観的に見ればそんな生活をしてきたナタリアの料理だった。

 

更に言えばアッシュの愛しい愛しい想い人ナタリアの料理だった。

 

効果は抜群でアッシュは口をパクパクさせながら固まっていた。剣は瓶に当たる寸前で止められている。一瞬の間にそれをナタリアの創った物と判断したアッシュをルークは素直に尊敬した。

 

愛ってすげえ。

 

『すげえ』と書いて『恐い』と読む。

 

だってアッシュの愛は冗談ではなく命がけなのだから。文字通り死ぬほどオイシイ料理を、アッシュは笑顔で食べるしかない。

 

 

「ま、シンクに言わせれば料理を侮辱するな汚すな馬鹿にするな舐めるなって感じだけどな」

 

流石にこれはない。瓶詰にした黒い物体、頑張れば焦げに焦げたシチューに見えなくもないドロドロとした物を見ながら、呆れた様子で投げやりにルークは呟いた。

相変わらず酸欠気味に口をパクパクさせているアッシュを見ながら、やっぱり魚みたいな野郎だと失礼なことを考えつつもルークはナタリアに笑顔を向ける。

 

「ナタリア」

 

ルークの声はとんでもなく優しく甘ったるかった。

 

「アッシュがさ、お前の料理食べたいんだってよ。よかったな」

 

ルークの天使のような綺麗な笑みに、ナタリアもぱーっと笑顔を輝かせる。それ以外の面々は達観した様子で胸で十字をきっている。

 

「まあ、そうでしたの。言って下されば何時でも作ってさしあげましたのに」

 

残念なことをしてきましたわ、はははははアッシュは照れ屋なんだよ、そうですの、そうなんだよアッシュはナタリアが好きで好きで仕方ないけど困った照れ屋さんなんだ、まあアッシュったら恥ずかしい。顔を青ざめさせるアッシュを置いて、一見ほのぼのとしたしかし実は危険な会話は着々と進む。

 

そしてついに。

 

「アッシュ、どうぞ召し上がって下さいまし」

 

ほんのり頬を赤く染めたナタリアがアッシュに死刑判決を下した。

 

「だってよアッシュ。よかったな、俺が食わしてやるよ」

 

随分前のだから腐ってるけど逃げるなよ。あ、そもそも逃げれないか。

 

小さく笑うルークに、アッシュは絶望した。あと少しで絶命する。

 

「はは、行くぜ――列破掌」

 

言って、ルークは容赦なく瓶をアッシュの口に詰め込んだ。ごり、もご、とかいった音をたてて瓶の中身はアッシュの口に移される。

 

「――――――……」

 

そしてアッシュは――声もなく白眼を剥いて気絶した。

 

合掌。

 

*

 

「ユリアシティの時と同じじゃない」

 

「あれでアッシュ生きてるんだから、ほんっと凄いよね」

 

過去の記憶、自分達がさんざん侮り心の中で侮辱してきたルークに出し抜かれたほんの少し苦い記憶を辿り、ティアとアニスは揃って苦笑した。

 

ちょっと前の自分達は同じくちょっと前のルークより、少し知識があっただけ。今では彼の方が遥かに成長してしまっている。

 

それは知識とか経験ではなくて、覚悟の差。

 

悔しいね、と風で赤い髪をなびかせるルークを見ながら二人揃って笑った。

 

「…………いいえ、おかしい何か違うわ」

 

「…………何かルークが美化されてる。卑怯なだけなのに」

 

ぶんぶんと首を振り目を覚ます。

 

変なフィルターを排除し現実の赤毛だけを見る。

 

「はっ、俺様にかかりゃあざっとこんなモンだよ。あんな雑魚、瞬殺に決まってんじゃねえか」

 

妙に高いテンションで自慢するルーク。アリエッタにかっこいいと褒められて更にテンションは斜めに高くなる。

 

「つーか噂の半分はリグレットの責任だよな。そうだろ? ほらあいつ、食堂でとんでもねえこと口走ってたし。そういやアッシュのやつ、俺に恥をかかせた屑は皆殺しだーって吠えてたよな。よっしゃ、新聞使ってリグレットに伝えてみようぜ、これでアッシュは蜂の巣だ! ふはははははっ、リグレットも悦ぶぜ、容赦ないトリガーハッピーっぷりでケタケタ笑いながら銃を乱射しぐおぁっ!」

 

ちょっと尋常ではないイタイ人みたいに笑うルークの頭に、なぜか空から降ってきた拳くらいの石が直撃した。

 

かなりの速度だったようで、ルークは頭から血を吹き出しながらその場に倒れた。

 

「あ、死んだ」

 

「ええ、死んだわね」

 

やっぱり彼は馬鹿だ。

 

アニスとティアは器用にも、微笑みながら溜め息をついた。

 

 

おしまい

 

 

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