「ネフリーさんには感謝しないといけませんね。お使いのお礼にフルコースをご馳走して下さるのですから」
やわらかな街灯の光が、空から降り続ける白い結晶を照らす。一面の銀世界――ケテルブルグの街道を歩きながら、イオンが唐突に口を開いたのだった。
「まともに休むこともなく今まで世界中を回っていたのですから、今日はゆっくりと休ませてもらいましょう。何と言っても、あの高級ホテルのフルコースです。楽しみですね」
「……イオン様、だれに話しかけてるんですかぁ? ……アニスちゃん、ちょーっと気になったりして……」
「みなさんにですよ?」
恐る恐る、それでも満面の笑みを無理矢理顔に張り付けてのアニスの問に、イオンもまた満面の笑みで答えた。
「……え、えーっと……どこのみなさんですか? ていうか、説明くちょ――」
「ははははは。それにしても陛下にも困ったものですねえ。いくら私達が世界中をまたにかけてアルビオールという名のシェリダンで復活させた創世暦時代の凄まじいスピードで飛行する譜業で旅をしているからと言って、私的な手紙を私の妹、ネフリーに届けさせるとは」
「大佐まで……。……もういいや」
悪のりするジェイドに、アニスは追求を諦めた。
「さあ、みなさん。ケテルブルグが誇る高級ホテルが見えて来ましたよ」
「今日は特に寒いですから、急いで中に入りましょう。雪国生まれの私でもこたえる程です。イオン様のお体に障るといけませんからねえ」
あらぬ方向を向いた発言を連発するイオンとジェイドだった。
「大佐はともかく、イオン様までか……。大丈夫なのかね、あの二人は」
「私、ほんとに心配になって来た……」
「……寒さにやられたんじゃねえのか」
「あの二人は誰に向かって話しておりますの?」
心配そうにこそこそと話すガイ、アニス、アッシュ、ナタリアに、前を歩くジェイドとイオンは同時に振り返って、
「みなさんにですよ?」
声を揃えるのだった。
「ルークの影響でしょ、どうせ」
にっこりと笑う二人を見ながら、ティアは全てを諦めたように呟いた。
*
「アリエッタ、落ち着いて食べなさい。シンクは私が見張っておく」
「あのよ、リグレット……。食事中に銃を出すってのは……だからトリガーハ――何でもありませんすみません」
「アリエッタ、塩取って」
「……シンク……アリエッタに、意地悪しないの?」
「折角のフルコースだからね、遊ぶより食べたい。それより塩」
「シンク、塩かけすぎ、です……」
「スープ飲んでみなよ。塩分がぜんぜん足りてないから」
「あ……ほんとだ……」
銃をちらつかせるリグレット、その横で頭をテーブルに擦りつけて謝るルーク、向かい側の席で黙々と食べるシンクとアリエッタ。
その光景を見た一同はジェイドとイオンを抜いて絶句した。
「ルーク!? それに教官も!?」
堪らずティアは叫んでしまった。ルーク達とは完全に別行動中で連絡も取ってなかったのだ。急な再開、しかも高級レストランでだ。
「ん? あれ、何でお前等こんなとこにいるんだ?」
「私達も食事に……じゃなくて。何で教官まで……」
仲良く四人で食事している光景に、ティアは額をおさえた。
「俺等は招待されたんだよ、店に。リグレットは休暇で来たらしい」
「そういうことだ。敵意はないから安心しろ。休暇中だからな」
断りもなく近くにあったテーブルを自分達のテーブルに引っ付けるルーク。リグレットはそれを横目にワインに口をつける。
「ほら、座れよ。休暇中だから大丈夫だって、リグレットも戦う気はないってよ。なあ?」
「休暇中だからな」
やたらと『休暇中』を強調する二人だった。
「そうですか、休暇中ですか。それなら心配いりませんねえ。あ、これはチケットです。早急にお願いしますね」
普段なら非情に徹して敵を叩こうとするジェイドが、『休暇中』の一言で納得して席に座る。オーダーも忘れない。
「久しぶりですね、四人共」
笑顔でイオンが続き、当然のように席に座った。
まあこの二人がいいんなら……と、皆次々と席に着いていく。
「お、おい……いいのか?」
生真面目なアッシュは最後まで戸惑っていたが、諦めたように頷くガイを見て……同じく諦めた。
「ご主人様ー!」
突如、何か青い物体がルークに飛びかかった。
「うおっ!? な、なんだコレ!?」
自分の胸にタックルをかまして来た物体を引き剥がし、ルークは警戒しながら目前に摘み上げる。
「僕ですの! ミュウですの!」
「…………」
ミュウと名乗った青い物体。小さな魔物だが、腰の辺り金色のリングをつけていて、何だか間抜けに見える。異常に短い手をぐるぐると回しながら『ですのですの』と連発する様は、もはや気持ち悪い。
遠くに投げ捨てたい衝動にかられながらも、ルークは引っかかるところがあったのか、記憶を探るように目を細めてそれを見つめる。
見つめるが、何も言わない。
「ご主人さま! 久しぶりですのー!」
「…………。…………。…………あ。ミュウ……だっけ……?」
綺麗に忘れていた。
「会いたかったで――」
「ティア……パス」
言い終わる前に、ルークはティアに向かってミュウを投げた。
「…………あー、うぜー。イヤなモノ見ちまった」
ルークの心の底からの暗いぼやきで、何とも言えない微妙な空気に場が包まれる。
「…………」
じー、と音が聞こえてきそうな程、無言で皆がガイを見つめる。
お前の役目だ。何とかしろ。
皆の目はそう語っていた。
ガイは声もなく笑い、諦めを通り越した虚ろな瞳をルークに向ける。いつだって嫌な役目は彼に回るのだ。
「なあ、ルーク。お前さっき招待されたって言ってたけど、どういう意味だ?」
「そのままの意味だよ。……まあ、招待されたのはシンクで、俺とアリエッタはおまけだけどな」
「シンクが……?」
きょとんと首を傾げて、アニスは黙々ともぐもぐ食べるシンクを見る。
「そう、シンクが。アリエッタ、説明よろしく」
「え? ……説明……アリエッタがするの?」
面倒くさいのか、ルークは向かい側に座るアリエッタに「よろしく」と言い残し、ナイフとフォークを持ち直して皿に向かった。
「え、えっと……」
皆の視線が集まる中、アリエッタは緊張しながも懸命に頑張ろうと口を開く。
「あのね、シンクは『ひょうろんか』をしてて、それで有名になって招待されたの」
良く分からなかった。
「では僕が説明しましょう」
「イ、イオン様が……また……」
笑顔でそんなことを言い始めたイオンに、アニスは本気で恐怖した。
「シンクは見ての通り、食事に関しては異常なこだわりを見せています。そのシンクが旅の間にレストラン巡りをするのは当然のこと。そして生来の毒舌を発揮して店に酷評を出すのも当然のこと」
一拍置いて、イオンは雰囲気を出す。
「しかしです。勘違いしてはいけません。シンクの舌は正確なのです。シンクの酷評を受けた後の店の売上は、百%右肩上がりなのです」
解説し終わる寸前、イオンはジェイドをちらりと見た。その合図に今度はジェイドが続ける。
「シンクの噂は料理界で確実に広まっていきました。そしてここのシェフに舌を見込まれ、招待されたという訳です」
「あの二人は誰に話しておりますの?」
ナタリアの問に、イオンとジェイドは笑顔を浮かべ、
「みなさんにですよ?」
声を揃えるのだった。
「……つーか、何でてめぇ等がそんなことを知ってやがる……」
当然の疑問を口にするアッシュに、
「『休暇中』の仕事ですから」
再び声を揃える二人だった。
「ねえねえ、ティア。みんなおかしくない? 休暇中、休暇中……って」
「わからないわ。……ルークと大佐はともかく、教官やイオン様まで……」
「免罪符だ。今日はこれで全て許される」
震えながら相談するアニスとティアに、リグレットは当然とばかりに答えた。
「九点」
唐突に、シンクが言った。
シンクは近くにいたウェイターを呼びつけ、何事かを伝える。そしてウェイターと共に厨房の方へ歩いて行ってしまった。
見れば、シンクの皿はデザートまで綺麗に片付いている。それを確認したガイが、感心した様に数度頷いた。
「へえ、九点か。高得点じゃないか」
「ガイ……違うぞ」
首を横に振りながら、こちらも皿を綺麗にしたルークが言う。
「シンクの満点は百点だ。つまりぜんぜん駄目ってことだな。……俺は美味いと思ったけど」
「ふっ……お前の舌は所詮その程度だと言うことだ」
「あん? リグレット……てめぇも美味そうに食ってたじゃねえか」
冷笑するリグレットに、ルークはガンを飛ばして嘲笑う。
「ハッ。つまりてめぇの舌も所詮その程度ってことか」
「生憎と私の舌は誰かと違って肥えていないからな。……ん、どうしたんだ、元貴族のルーク君? 顔色が悪いようだが、のどにでも詰まらしたのか? ――今後は良く噛んで食べろよ、味がわかる程度に」
「………………………………~~っ。……食い過ぎて、太ったんじゃねえのか。……舌じゃなくて、お前が」
何も言い返せず、苦し紛れに幼児じみた悪態をついた瞬間、ルークの腹に拳がめり込んだ。
苦悶の声をあげて机の上に崩れたルークを尻目に、リグレットは澄ましたし顔でデザートを口に運ぶ。……が、途中でスプーンを止めて、アリエッタに皿ごと渡した。
「……やっぱり自覚――ぐおぁっ!」
言わなきゃいいのに。
悶え苦しむルークを見ぬふりをしながら、全員が溜め息をついた。
「こほん……それにしてもこれで九点か。随分と低い評価だな」
「あのね、アリエッタは、シンクに五十点もらったよ」
顔を輝かせて得意そうに言うアリエッタに、アニスが目を丸くする。
「え! 根暗ッタってそんな料理上手なの!?」
「アリエッタ根暗じゃないもんっ!」
つい先ほど運ばれて来た、目の前にある料理の五倍。
アニスには想像できなかった。少し匂いをかぐだけで、ここの料理は美味しいとわかる。それの五倍。
そこまで考えて、アニスは納得した。
「あははは……シンクも優しいとこあるね。わざわざ嘘つくなんて」
「別に嘘ついたわけじゃないよ」
丁度厨房から帰って来たシンクが、アリエッタの頭を叩きながら言う。
「アリエッタの料理……いや、アレは料理じゃないや。まあ、アレは確かにここの料理よりかはまともだった」
「え゙、ほんとに……? ていうかアリエッタってば、料理できるんだ……」
料理は自分の専売特許だったのに……。
呆然とするアニス。顔にはちょっと焦りが浮かんでいた。
「ああ、アリエッタの作るメシは美味いぞ。レパートリーは肉の丸焼き一つだけどな」
「ま、丸焼き……? ……それが五十点?」
やっと回復したルークの補足の言葉に、ミュウをいじり回していたティアがきょとんと首を傾げた。
「そう、ただの丸焼き。だけど素材の味を生かした、中々の料……モノだったよ」
シンクは大きく溜め息をつき、続ける。
「それに比べてここの料理は……。素材だけ高級なモノ使ったって意味ないよ。過剰な自信で味付けも雑だし、基本なんてまるででなってない。いくらそこそこの味だからって、そんな料理にいい評価をつける理由は存在しないね」
「ほ、本当に評論家みたいですわ……」
「あ、ああ……。信じられねえ」
絶句するナタリアとアッシュだった。
揃って尊敬の眼差しを向ける一同。
お前は世界の危機に何やってんだ。という言葉は出てこない。
「だって休暇中だもんね」
免罪符だ。
「ていう評価をくれてやったんだけど、あの料理を作ったのは新人らしい。あろうことか僕を刺激剤がわりに使いやがったんだ」
忌々しそうに話し出すシンク。
「その新人、田舎では有名なシェフだったらしいけど、それを鼻にかけてまともな練習もしてなかったんだって。で、その鼻っ柱折ってやろと僕を呼んだらしい。新人、泣いて感動してたよ、その話を聞いて」
何だか背景で壮絶なドラマが展開されていた。
「凄まじくどうでもいいな」
「同感ね」
ぼやくルークにティアが同意した。
乱暴に席について、シンクは水を飲んだ。元から悪い目つきを更に険悪にし、ルークとアリエッタに言う。
「お詫びとお礼を兼ねてもう一回分フルコースご馳走してくれるだって。どうする?」
「今食うぞ今。明日の朝には休暇は終了だからな。それでいいな?」
「あ、アリエッタのお友達よんじゃあだめ? ……アリエッタはもう食べられないから」
「いいよ。チーグルだって入ってるんだから」
僕を利用しやがった罰だ。
不吉な言葉が聞こえた。
「え……いや、それは流石にやばいんじゃないのか」
「そうよ……大騒ぎになるわ」
止める人間の方が少ないに決まっているという異常事態に、最後の良心であるガイが静止しようとする。王族組と常識人組、アッシュ、ナタリア、ティア、アニスも揃って首を縦に振った。
大型の魔物は危険すぎる。
パニックになることは間違いないのだ。
「大丈夫だろ、多分」
泣きそうになっているアリエッタを見て、ルークが投げやりに言う。
「ほら、あいつら結構大人しいし。それになつかれたら可愛いぞ」
「絶対に呼ぶべきだわ」
だん、と机を叩いて立ち上がり、ティアが前言を撤回した。
「シンクの言う通りミュウだって入ってるのよ。差別はいけないわ」
「お、おい……落ち着け。常識的に考えて――」
「貴方――王族のくせに器が小さいのね」
拳を握りしめて熱く宣言したかと思えば、反論して来たアッシュに軽蔑しきった冷ややかな暴言を吐くティア。彼女の価値観は可愛いかそうでないかで決まるのである。
「アッシュ、安心しろ。今は休暇中だ」
リグレットの追い討ち、免罪符。それで全て許されてしまう。
「はいはーい、みなさん道を開けて下さーい。団体様のご案内でーす」
いつの間にか消えていたジェイドとイオンが『可愛いお友達御一行様』と書かれた旗を片手に、後ろに数十匹の魔物を引き連れて帰って来た。
「きゃあぁぁああっ! 魔物、魔物よっ!」
「に、逃げろっ! 殺されるぞ!」
「うわぁああっ!! フ、フロントに雪男が!?」
「ろ、廊下に変態がいるぞ!! 裸の変態がソファーで空をっ!?」
ホテル中に悲鳴が響き渡る。
「ね、ねえ……。前半も普通におかしかったけど……後半の……なに?」
「か、可愛い……っ!」
恐る恐る尋ねるアニスだったが、ティアはすでに聞いていない。ライガを撫で回している。
「雪男がラルゴで、ディストは変態だろう」
「ふーん、ラルゴとディストも来てたのか……。つーか、ディストの扱いひでぇな」
「ディストだからな。それよりルーク、お前も飲むか?」
「お、さっき頼んでたワインか。…………俺まだ未成年だけど…別にいいよな、休暇中だし」
「休暇中だからな。さあ、飲め」
回りの喧騒も意にかいさず、落ち着き払った態度で酒を煽り始めた二人。
「……俺も、飲もうかな……もう、色々と疲れた」
急に老け込んでしまったガイ。「オヤジ、酒くれ」と、虚ろを通り越してしまった瞳をあらぬ方向に向ける。もはや人生に疲れた中年だ。
「うん、今度のは七十点だね」
従業員が逃げ出してしまい、厨房に置きっぱなしになっていた料理。それを勝手に運んで来たシンクは、次々と口に運びながら満足そうに咀嚼していく。
「今度は随分と高い評価ですわね。……見た目は先程と大した違いは見れませんが」
「味もほとんど一緒だよ?」
「料理は心だよ」
首を傾げるナタリアとアリエッタに、シンクは淡々と答えた。似合わない。
「……お前……変わっちまったな……」
しみじみと言うアッシュだが、既に異常な状況を流してしまっている。
現実逃避だ。
レストランの外からは未だに『魔物』『雪男』『怪獣』『変態』『狂人』などと言った叫び声が途絶えることはない。
それでも皆は休暇を満喫したのであった。
――おしまい――
「アリエッタ、ついて来なさい」
「リグレット……どうしたの?」
「カジノだ。今からカジノの行くぞ。大人の勝負の世界を教えてやろう。……ティアも連れて行くつもりだったが……」
「私は行きません! この子達と遊びま……こほん……魔物が悪さをしないか見張っておきます」
「と言う訳だ。さあ、行くぞアリエッタ。目指せ一攫千金だ」
「おいこらリグレット……てめぇ酔ってるだろ」
「そうだ。お前も来い、ルーク。普段なら邪魔な男共が寄ってくるが、お前がいれば来ないだろう。シンクも来い、そしてアリエッタにつけ」
「人の話を聞けぇぇえええええ!!」
「うるさい黙れ」
「そうだ! アニス、お前カジノとか好きだろ!? 俺の身代わりに――」
「さっき全部なくなった」
「お、おう……そうか……。悪かったな、あんまり落ち込むなよ、な?」
「ははははは。楽しそうですねえ、ルーク」
「うるせえよ! ジェイド、てめぇが身代わりになれ。ガイは酔い潰れて使い物にならねえし……」
「すみません、ルーク。ジェイドはこれから僕と仕事があるんです」
「仕事……? なんか大変そうだな……何するんだ、イオン?」
「ええ、実は……裏工作と口封じを……」
「…………俺は何も聞いてねえ俺は何も聞いてねえ俺は何も聞いてねえ」
「話は終わったか? さっさと行くぞ」
「ま、待て、待ってくれ! ア、アッシュだ、まだアッシュがいる!」
「私はナタリア姫にまだ殺されたくない」
「ちょ、おいこら! 俺を引きずるなぁああ!!」
「……ドナドナドーナドーナ」
「売られてゆーくーよー……で合ってましたか、アッシュ?」
「……ああ、多分な」
「てめぇ等は歌ってんじゃねえよ!!」
「さあ、今度こそ行くぞ。アリエッタ、シンク、金は持ったな?」
「はい、アリエッタ、頑張ります!」
「あー、面倒だなー」
「誰かリグレットを止めてくれぇぇえええええ!!」
――ほんとにおしまい――