TOA ~突き進め、我が道を!~   作:あきあ

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酔っ払いのストラテジー

「今から作戦会議を始めまーす。だからさっさと起きなよ」

 

「あう……やだやだやだ、アリエッタ痛いのやだぁ……」

 

「いいや、アリエッタは痛いのが大好きさ」

 

呂律が回っていないアリエッタのほっぺたを、仮面を外した妙にテンション高めなシンクがむにむにとやる。

 

「うぅー……シンクの意地悪ぅ、ばかぁ」

 

「アリエッタは意地悪されるのが大好きだもんね」

 

「違うもん、アリエッタ違うもん……ばかばかばかぁ……うにゅ……」

 

半分閉じた目はそれでも開かず、ほっぺたをむにむにされ続けてるアリエッタは、不思議な可愛らしい唸り声を上げてシンクの胸ををぽかぽかと叩く。

 

うん、まあ……どうでもいいけど、シンクがすっげぇムカつく。とりあえず急性アルコール中毒で倒れればいいのに。

 

「ん? 違う、急逝の間違いだ。誤字脱字かっこわるい、この世の間違いは俺が正さねえと」

 

よし、間違いだらけのシンクを消そう。

 

ワインの空き瓶を拾い、シンクの脳天かち割ろうと構えたが、何故かぼやける視界のせいで横のベッドにあえなく転倒。

 

うん? 何だこれ? 頭がくらくらするぜ……。

 

流石は元俺の部屋。倒れ込んだ先のふかふかのベッドは気持ちよく、俺は懐かしい匂いのする布団に迷わず顔を埋める。

 

「うー……まだ寝るな、寝るの禁止だ」

 

「寝ねえよ、ただ気持ちいいだけだって」

 

「うん、ならいい。私もやるから代わってくれ。ぐりぐりやりたい」

 

ぐりぐりと布団に顔を押しつけてると、リグレットが俺の服を引っ張りベッドから引きずり下ろそうとしてくる。

 

ちらりと後ろを振り返って見てみれば、リグレットは赤い顔でワイングラスを片手に持っていた。

 

危ないことこの上ない、溢れたらどうすんだよ。

 

「リグレット、酒、酒が……ん? 酒が……アレだ、アレしそうだ」

 

「アレ……? ああ、まだいっぱいあるぞ。ほら、飲んでいいぞ」

 

「んん? おう、飲む飲む」

 

リグレットがよじよじとベッドに上がって来てグラスを傾けてくるので、口を開き寝たままワインを飲む。相変わらず味とかいまいち分かんねえけど、とりあえず美味い気がする。

 

「……そういや、シンク潰さねえと」

 

ふと思い出し瓶を投げようとしたが、いつの間にか落としていたらしい。ベッドから床に手を伸ばすと、大量に空き瓶が見つかった。

 

ざっと二十はある気がする。

 

「こんなに飲んだっけ? 飯の時にも結構開けたし……つーか俺等何かしなきゃいけなかったような……」

 

「だからー、作戦会議だって。アリエッタをどうやってイジメたらいいかっていう。ほら、ほらほらほら」

 

「うにゅ、うにうにうにー……」

 

相変わらずほっぺたを引っ張って遊んでるシンクと、不思議な鳴き声を上げてるアリエッタ。

 

晩餐会終了後、酒の瓶を大量に抱え俺の部屋に戻ってから、シンクとアリエッタは床に倒れ込むように座ってからずっとこの調子。

 

「シンクの奴、完全に酔ってるな。だからあれほど飯ん時くらい仮面は外しとけって言ってんのによ」

 

「私にはお前が何を言っているのかさっぱり分からないから、そこのワインを注いでくれ」

 

「から……? 何か繋がってねえ気がするけど……まあ、どうでもいいや。つーか痛えから」

 

リグレットが割りと容赦なく後ろ髪を引っ張ってくるので、床に転がってる瓶を拾い栓抜きを探す。

 

「んー……、ねえじゃん、栓抜き」

 

何故か視界がぐらぐら揺れるので捜索を放棄して、手刀で瓶の口を叩き切る。

 

「宴会芸とは気が効くな」

 

「芸じゃねえから。グラス出せよ」

 

「ん、紹介だ」

 

うん、紹介って何だ?

 

大真面目にグラスを出してきたリグレットは、多分……って言うか絶対酔っている。

 

まあ、あれだけ飲めば仕方ねえか。もう何かさっきも親父と飲み比べとかしてたし、これで酔ってなきゃ化物だ。

 

「ったく、お前ちょっとは二日酔いの心配とかしろよ。肩がこっても知らねえぞ」

 

「だから、私はさっきからお前が何を言っているのかさっぱりだ」

 

グラスにワインを注いでやって顔を覗き込むと、心底不思議そうに首を傾げられた。俺も何か色々さっぱりだ。

 

「そこの酔っ払い二人ー、アリエッタいじるの手伝って。僕だけじゃあ手が足りないから」

 

「おう、紹介だ」

 

「馬鹿ルーク、紹介じゃなくて了解だ」

 

助けを求めるシンクに手を挙げて答えたら、リグレットがまたしても髪を引っ張ってきた。それにしても何でだ? 今ありえねえ程の理不尽さを感じたんだが……。

 

でもまあどうでもいいや。俺は細かいことは気にしない、心の広いナイスガイ……ん? 俺はガイじゃなくてルークだった。

 

ベッドから下りて二人の所に向かい、シンクの言う通りアリエッタの服を脱がそうとしたら俺の頭が割れた。

 

「が、がぁああああぁぁああああ!!」

 

凄まじい……つーか痛々しい音を響かせ、粉々に砕けた硝子が舞う。……うん、俺の頭で割れた瓶の、破片がね。

 

つーか痛えっ! まじ死ぬっ! やばい、頭が終わったっ!

 

痛すぎて、ちょっとやばめな悲鳴を上げて悶え苦しむ俺を、仁王立ちするリグレットが極寒の瞳、もうそれはそれはゴミを見るような瞳で見下ろしていた。

 

「救いようのない本当のクズになるのと、少々痛い思いをしてでも踏み止まるの――どちらがよかったか言ってみろ」

 

「後者に決まってますよ! はいっ!ご指導ありがとうございました!」

 

俺は迷わず敬礼した。

 

だってさ、だって……割れてギザギザになった元瓶であったもの、現凶器……しかも血がしたたるというおまけ付きを向けられたらさ、どうしようもないと思うんだよな。

 

「座れ、破片は刺さっていないはずだ。治してやる」

 

「了解であります! 只今直ぐに!」

 

脊椎反射で正座する頭から血を流す俺に、リグレットは若干引いた感じだった。

 

「まだ酔っているのか? 私はお前が危な過ぎる行動に走った瞬間に酔いが醒めたが……」

 

「ばっちり醒めてますよ! はい、ばっちり!」

 

「…………」

 

今度は本気で引かれた。

 

頭が痛そうに額に手を当て、詠唱を始めたリグレット。確かにまだ酔ってるが、さっきよりは相当ましだ。いや、マジで。

 

「つーかさ、別に俺はロリコンじゃねえし、そこまで怒ることねえじゃん」

 

「どういう言い訳だ、それは……。素直に床に頭を擦りつけて朝までアリエッタに謝り続けろ、性犯罪者」

 

「じゃあシンクは?」

 

リグレットの治癒術を受けながら、アリエッタの上着を脱がしているシンクを指さしたら……うん、シンクが床にめり込んだ。

 

「ふにゃ……? シンクの頭がなくなった……」

 

毎日九時には寝るいい子なアリエッタは、うとうととしながら目を擦る。

 

リグレットの踵落としを脳天に喰い、頭だけ床の下に行っちゃってるシンク。むしろ逝っちゃった感じだった。

 

 

*

 

 

「えー、じゃあ改めて作戦会議を始めます。議題はヒゲ科ヒゲ・ヴァンデスオカルト・ムスカ・フケガオ・フェンデ捕獲の方法について」

 

ついに眠ってしまったアリエッタの頬をぺしぺし叩きながら、シンクがようやく会議の進行を始めた。

 

それにしてもヴァンの本名ってやたら長いし面倒だ。ティアとかガイもそうだし、ホド出身は皆そうなのかね。

 

酔いが醒めて視界がぐらぐらと揺れることはなくなったが、今度は無性に喉が渇くし体が熱い。はて、何でだろう?

 

「ちょっとリグレット、水くれ水。そこらへんに水のボトルがあっただろ?」

 

「ん……これだな。グラスを」

 

グラスを渡して暫く待つと、赤い液体が注がれて帰ってきた。

 

……赤い水ってのは珍しいな。

 

「おう、ありがとな」

 

礼を言って飲んでみると、苦味と酸味がなかなかイケる。やっぱり人間、基本は水だな水。喉カラカラで飲む水は美味い。

 

「そこの二人、真面目にやれよ。罰としてルークとリグレット、オラクル二万人の対処法」

 

何とか目を覚ましたアリエッタを膝に座らせ、寝ないように時々頬をつねってるシンク。頭がちょっと赤く染まっている、椅子に座りなおしたシンク君。到底真面目に見えない土下座させられたシンク君は、親の仇を見るような目で、ベッドに座る俺達を睨んできた。

 

「んー、ちょっと待ってくれ土下座少年。もうちょっとでいい案が出そうなんだ、土下座」

 

「黙れ酔っ払い。せめてその酒を置いて口開け。酒臭いんだよ、あんた」

 

酔っ払いは自分の方だってのに、何か意味わからんことを吠えるシンクに、俺は手をひらひらと降る。

 

「いいこと思いついた。全員正面から突撃、十一人だから……一人ニ千殺でオーケーじゃね?」

 

「馬鹿ルーク、実際に戦うのはこのメンバーと、増えてもラルゴだけだと前にも言っただろう。だから一人五千殺だ」

 

「今すぐ突撃して死んで来なよ。誰も止めないから」

 

発案俺、修正リグレットのナイスな作戦を、シンクが高速で却下しやがった。ちょっとムカつく。

 

「じゃあお前は何かあんのかよ?」

 

聞いてみればシンクは暫くして、至って真面目に答えた。

 

「料理を振る舞えばいいと思う。美味しい物は世界を救うんだ」

 

「今すぐ病院に突撃してこい」

 

そんな常識を語るような感じで言われても困るぜ……マジで。

 

呆れながらグラスの中身を飲み干し、何故か燃えるように熱くなった喉から胃を冷ますために、大きく空気を吸い込む。それでもまだ身体が熱く、邪魔な上着を脱ぎ捨てた。

 

「で、誰か他になんかねえのか? いい加減無駄話やめて、早いとこ済まそうぜ」

 

「…………」

 

「ん、どうかしたか?」

 

後ろに視線を感じて振り返ってみれば、リグレットが俺の右の脇腹を凝視していた。

 

ヘソ出しルックを実現するために、上着どころかアンダーシャツまで超丈が短い特注品なので、ぶっちゃけ俺の上半身は半分くらい露出している。恥ずかしいとは思わないが……いや、やっぱここまで凝視されると恥ずかしい。

 

「おいこらリグレット、何お前? あれか? 脇腹が大好きなのか?」

 

「そんな奇っ怪な趣味の人間いないから。四六時中腹筋見せとくのが趣味っていう、ふざけた人間なら実在してるけど」

 

馬鹿も休み休み言いなよ、と鼻で笑ったシンク。相変わらず可哀想な奴だ、人と感性がズレまくってるなんて。

 

「――って! うぉあっ!?」

 

「ルーク、この傷……」

 

「冷てえから! 心臓に悪いから!」

 

シンクの不憫さに同情していた俺は、急に脇腹に当てられた冷たい手の平にびびって声を上げる。リグレットはそんな俺に構わず、ぺたぺたと脇腹を触って眉を寄せる。

 

「この傷……ロニール雪山で、私達をかばった時の……」

 

発せられた言葉は悲痛さに満ちており……全く違うものだと一番良く知ってる俺としては、うん、微妙な顔をするしかなかった。

 

「ルーク……ごめんなさい……」

 

「悪い、全然違うから、これっぽっちも合ってないから泣かないで欲しい。ほんとごめん、頼むから泣くな、久しぶりに良心が痛い、マジで痛いから」

 

「ち、違うのか……?」

 

うっすらと瞳に涙を浮かべて戸惑うリグレットに、何かさっきから胸がズキズキと痛む俺は頭を下げていた。

 

「これはあれだ……ダアトにいた時に喧嘩売った火山のドラゴンに、グシャッ! ってやられた時のやつ」

 

訓練の為に強敵を求めて地で火の中を突き進み、火山に住み着いていた巨大なドラゴンに一人で挑んだ結果、脇腹を喰い千切られたのだ。治癒術がなかったら、軽く死ねてた。治った今だって、背中の右側からかなりでかい傷痕が残ってるのだから。

 

しかし十回ぐらいドラゴンに挑んで、色々反則技使ったりして何とか勝利を収めた頃には、愛称で呼んだらグルグルと嬉しがるまでに親しくなっていた。いかつい岩のような顔をしてるが、ドラゴンのゴン君は意外とお茶目で可愛いとこがあるのだ。

 

「そういや、ゴン君は元気にしてんかねえ。最後に一戦やって、一緒に飯を食ったのって何時だっけ?」

 

「ドラゴ……ゴン君? 喰い千切られたって……え?」

 

「可愛いぞ、ゴン君は。あのめちゃめちゃ凶悪そうな顔で、グルグル鳴くんだ。仕留めた獲物分けてくれるし、訓練に付き合ってくれるし、ごめん、前は調子のり過ぎた、って言って傷痕も舐めてくれたし。今度アリエッタと一緒に行ってみろよ、かなり和むぞ」

 

「…………お前、つくづく危ないものに好かれるな。木刀もそうだし、魔物達もそうだし、セクハラ皇帝もそうだし」

 

御払いって効果あるのかしら……。

 

ぺたぺたと傷痕を障りながら、心配そうに小さく呟いたリグレット。尋常じゃないほどの可哀想な人を見る目に、俺はもう死にたくなった……マジで。つーか最後のセクハラ皇帝って何だ、セクハラの第一人者ってことなのか。だとしたら……俺の貞操はヤバイんじゃないのかな……。

 

……ふぅぅぅ……鬱だ、激しく鬱だ……死にたい……。汚される前に死のう……綺麗なまま死のう……ああ、もうホント鬱だ……。

 

「アリエッタは、それがいいと思う……」

 

「ちょっと俺マジで死ぬ。もう誰が何と言おうと死ぬ。死ねばいんだろ、死ねば」

 

眠たそうにアリエッタに言われた言葉に、俺はナイフを探し始めた。リストカットと首筋切るの、どっちがいいかな。首吊るのもいいかも。

 

「ル、ルーク……? どうしたんだ、何でいきなり死ぬなんて……」

 

「だから酔ってるんだよ、そこの馬鹿は。ていうかリグレット、あんたもいい加減飲むのやめろ。で、今すぐ泣き止め」

 

ナイフが見つからないから、さっきリグレットが割った瓶を逆手に持って構える。

 

何でもホドには『切腹』なんつーグロ過ぎる文化があるらしい。ガイの説明によれば、短刀を自分の腹にぶっ刺し更にそこから切り開くんだとか。考えた奴は絶対変態だが、実行さえすればかなりの確率で死ねる。

 

うん、切腹……いいんじゃねえかな。

 

「よっしゃ! 逝くぜ!」

 

「逝くな馬鹿!」

 

「きゃっ……!」

 

キレ気味のシンクが蹴飛ばしたリグレットが、気合いを入れて割れた瓶を腹に突き刺しかけていた俺にぶつかり、切腹は失敗に終わった。

 

しかし切腹とかそんなことより、俺はちょうど膝の上にうつ向けに倒れているリグレットを呆然として凝視するのに夢中だった。夢中過ぎた。

 

「きゃ、きゃっ……?」

 

「きゃ、きゃっ……?」

 

「リグレット……何時もと違う」

 

『きゃっ……!』推定、悲鳴。魔弾のリグレットの、悲鳴。すっごく女っぽい、悲鳴。

 

もう何か半分固まりかけてる俺達。まじまじとリグレットの頭を視線を固定していたら、リグレットがむくりと起き上がり、そのまま膝に上って座ってきた。

 

「やっぱ熱あんのか、お前。きゃっ、なんて大丈夫かよ、マジで」

 

「リグレット、寝た方がいいよ。流石に僕もまだ会議に参加しろなんて言わないから」

 

「リグレット……大丈夫?」

 

膝の上でもぞもぞと動いて何度も座る位置を変えたりしてるリグレットに、俺達は心の底から心配して声をかける。しかしリグレットは完全無視で、仕方なく座り直して片膝を立てた俺の足の間に落ち着き、もたれかかってきた。

 

「自殺しないようにここにいるが、いいな?」

 

「ん、別にいいぜ。つーかやる気失せたし、もう死ぬ気はねえよ」

 

「……どうして自殺にやる気が必要なんだ。おかしいだろう」

 

淡々と話すリグレットに、俺は確信した。

 

こいつ……さっきのなかったことにする気だ……。

 

しかしまあ、雪山でも似たような悲鳴出してたし、案外気を張ってなきゃ、あんなもんなのかもしれない。

 

雪山で思い出したが、あの時もこんな体制だった。で、多分だがあの時みたいに、くすぐったら面白いことになる。

 

まあ、死にたくないからやらねえけど。つーか雪崩の時に二人をかばって、氷柱がグッサリといった左側の背中の傷が見られないから、この体制になって一安心だ。

 

「…………」

 

「何だよ、シンク」

 

「……まあ、別にいいんだけどさ。あんた達って何かズレてるよね。ていうか、恥じらいって言葉知ってる?」

 

何かじっとりした視線を送ってくるシンク。こいつは俺を馬鹿にしてんのか。

 

「お前、知ってるも何も恥じりゃい…………」

 

……うん……噛んじゃった。恥ずかしい。

 

「それで、何を恥じらうんだ?」

 

落ち込む俺をよそに、眠たそうにリグレットがシンクに問う。完全に俺に体重を預けてるからか、さっきから舟を漕いでいる。

 

「いや、何って、人前で半裸の男と抱き合うって頭は無事なのかなっていう、純粋な心配」

 

「逆に聞くがお前達が何をしているか言ってみろ」

 

「いじめ」

 

「抱っこ」

 

ほっぺたをむにむにやりながら淡々と答えたシンク。ほっぺたをむにむにやられながら嬉し気に答えたアリエッタ。微妙なすれ違いだった。

 

「で、あんた達は?」

 

「椅子に座ることに、何を恥じらう必要がある」

 

「抱き枕は人類の英知だと思うんだよ、俺は」

 

至って真面目に答えたリグレットと俺。微妙なすれ違いはなかったから、何か勝った気がしてシンクを鼻で笑ってやった。

 

「うわ、何かすごくむかつく。意味不明なとこで笑われたんだけど、気味悪いんだけど」

 

シンクにしては嫌に率直な言い方だった。何時もはもっとこう……うねってねじ曲がってる感じなのに。膝にアリエッタを乗せてるし、案外酒で頭がわいてんのかもしれない。

 

俺の思いやり溢れる視線に歪んだ心が堪えられなかったのか、シンクは唾を吐き棄てながら顔を背けた。舌打ちのおまけ付きで。

 

まったく、照れ隠しの激しい奴だ。

 

「まあいい。それで、アリエッタ。さっき、それがいいと言っていたが、何のことだ?」

 

「…………?」

 

相変わらずシンクの膝でうとうとしているアリエッタは、リグレットの唐突な質問に目をぱちぱちとさせて小さく首を傾げた。

 

「ルークが自殺する前に言っていたでしょう」

 

「あ……。えっとね、ルークが魔物とお友達になったみたいに、みんなとお友達になったらいいって……えっと……そう思っふぁ、ふぃんふ、いひゃいっ!」

 

「あ、ごめん」

 

つい、といった感じでアリエッタの頬を思いっきりつねったシンクは、アリエッタの涙声に素直に謝った。

 

……マジで普段と差があり過ぎて不気味だ。

 

つーかそれより、だ。

 

「リグレット、お前ってまだ――人間と認めて欲しくばこのリグレット様のために馬車馬のごとく働け下僕共よ!――みたいなことオラクルの兵士に言えんの?」

 

「生まれてこの方そんなことは一度も言ったことがない」

 

「言えることは言えるんだよな?――悦べ、私の為に死ぬことを許してやる、とか」

 

「お前が聞きたいことは理解できるが、その例えはまるで理解できない。お前の中の私は一体どういう性格をしている、そんな変態になった覚えは一切ない」

 

「いや、お前のキャラはそんなのだ。俺はちゃんと知ってるから安心しろよ」

 

「何を安心すればいいの? その前に何を知っているの?」

 

珍しく泣きそうな顔をして、上半身を反転させて俺にすがりつくリグレット。何をそんなに嫌がってるのか知らないが、何か可哀想だったので頭を撫でてやった。細いのに柔らかい、綺麗な金色の髪だった。ティアみたいに長く伸ばせばいいのに、勿体無い。

 

「あのな、俺って一時ダアトにいただろ?」

 

アリエッタにするようにゆっくりと優しく頭を撫でてやっていると、ちょっとは落ち着いた様子で俺の言葉を待つ。

 

「その時によ、ちょくちょく聞いたんだ。兵士とか教団の奴等が――リグレットおねえさまに踏まれたい――とか言ってるの。……くははっ、マジで意味わかんねえよ……な……あ……?」

 

そんな意味不明なこと言って悶えてた奴等を笑っていた俺は、余りの衝撃に停止した。

 

リグレットが、瞳から涙を溢れさせ、泣いていた。

 

「は? いや、ちょっと……え? なんで泣いてんの、お前?」

 

「…………いい……」

 

大きく開いた瞳から、大粒の涙をぼろぼろと溢すリグレットは、ぽつりと呟く。

 

「…………べつに、いい……。どうせ閣下も……私がそんなのが趣味の人間だと思ってる……ルークだって、そうに決まってる……。…………だからあんな変な噂が…………違うのに……」

 

「あ、あの……リグレットさん? いや、何か……ごめん。みんなほら、冗談半分で言ってるだけデスヨ?……たぶん」

 

「いま……たぶ――」

 

「多分に誤解が含まれてるんだって言おうとしただけだから、そっちの多分じゃないから! いや、アレだろ? お前はこう、えっと……そう! 女だし若いしで、下から舐められないように頑張ってたんだよな! だからこう、変な誤解受けたりアレしたんだよな!」

 

リグレットはやっぱり相当酔ってるらしく、ちょっと冗談じゃないくらいに悲痛な表情を浮かべたので、俺は必死に腕で頭を抱きしめ撫でてやる。

 

……くそっ……社会の荒波と日常のストレスの恐ろしさを甘く見ていた……まったくもって空前絶後の不覚だ!

 

頑張れば頑張る程それに比例して下劣な噂が流れ、逆だと下から舐められ話にならない。そりゃあ男にも言えることだが、やっぱりその比じゃないだろう。

 

これが女将官の実態か……恐すぎるぜ……。

 

「よしよし、リグレットも完璧人間じゃねえもんな。今度からはシンクとかアリエッタとか、ヴァンとかにちゃんと相談しろよ。そういうちょっと弱いとこ表に出したら、変な噂も多少はマシになると思うぜ」

 

リグレットの言う噂がどんなのかは知らないが、どうせろくでもないものには違いないだろう。

 

……俺が聞いた中にも、今の地位はヴァンに飼われてるから――とか、そんな実力無視のふざけた噂が、あるにはあった。

 

あのヴァンが、カタチだけの人間を側に置くはずがねえってのに。

 

そういうめちゃくちゃな噂が流れるのが社会の常識ってものだとは、最近ようやく理解できるようにはなったが…………まあ、世知辛いってのは、こういう時に使うんだろうな。

 

「……ルーク…………顔がこわい……」

 

「ん、悪い悪い。何で俺はこんな意味不明な状況になってんのかって思ったらな……マジで……たるいぜ」

 

死にたい……と続けそうになって慌ててやめた。俺はどうせ後少しで死ぬんだ。それこそ今みたいに慰めてやることも、相談にのってやることも、何にもできなくなる。

 

冗談でも、今ばかりは気が引けた。

 

 

――それからはいまいち良く覚えてない。

 

気を取り直すために、皆でまた酒瓶を開けて飲んで。

 

会議の続きをやって、一度アルビオールから兵士達を説得してみることになって。

 

その際、アリエッタに恋愛感情を抱いている危ない連中「アリコン」なる輩がいることが、復活したリグレットの口より判明して。

 

シンクにも「ツンデレ可愛い、男の子でも楽勝でイケル」なんてことを言ってくれるコアな男のファンがいることが判明して。

 

シンクがガクブルで「オラクルなんて辞めてやる!」と本気で喚き散らして。

 

ラルゴは一部で真面目に『パパ』とか呼ばれてるとかわかったりして。

 

――何となくだけどそんな記憶と、作戦をまとめた紙が残ってる。それだけが、俺の中に残っている。

 

だから――

 

 

「……まだ、ちゃんとここにいる。お前の体温も、匂いも、存在も……ちゃんと感じられる。頼むから、頼むから――――消えないで。私に幸せをくれると言うのなら――あなたは生きて。あの方に思いが届いても……あなたが幸せになれないのなら、私も幸せになれないの。…………だから、だから――――……ごめんなさい」

 

灯りを落とし、瞼を降ろし、意識を落とした明け方。そのまま横になった、あのままの体制で、強く強く――存在を確かめるかのように強く俺を抱きしめ――そう懺悔する人がいたことなんて――きっと俺の中には、残っていない。

 

だって――

 

彼女は知っていて、

 

俺も知っているから。

 

――深淵を覗き踊り出した俺は、もう落ちるまで止まれないことを。

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