TOA ~突き進め、我が道を!~   作:あきあ

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平穏は遠く~お前等出てけ~

「俺は今猛烈に抱き枕が欲しいんだよ」

 

「寝言は死んで言え」

 

「死んだら寝言じゃないぞリグレットさん」

 

テーブルをはさんで椅子に座った二人。気の抜けた脳天気な顔のルークと澄ました顔のリグレット。

 

二人の声を聞きながら、ああまた始まったとシンクはソファーの上で頭を抱えた。ルークの意味不明な一言は、シンクにとっては始まりの警報なのだ。

 

天下分目の大戦が終わったのはもう一年も前のこと。

 

今はなぜかダアトに四人で住んでいる。世界を混乱の渦に叩き込んだ張本人ルークとそれを無理矢理一番近い所で見せられることとなったシンクとアリエッタ、そしてリグレットの四人。

 

シンクとしても最初は異論はなかった。このメンバーなら自由に楽しく生ていけるだろうと安易な考えを持っていた。

 

だが現実は甘くなかった。

 

「どうしたんですかシンク。何か悩み事があるの?」

 

「過去に戻って自分を殺してやりたいだけさ」

 

隣に座るアリエッタの頭をを軽く撫でてやり、シンクは深く後悔した。覆水盆に返らず。

 

耳にまたルークとリグレットのやり取りが届く。

 

「じゃあ今日の晩飯は肉がいい」

 

「生まれ変わって脈絡というものを身につけてこい」

 

「失礼な、俺は脈絡の申し子と近所で有名なんだぞ。有名な看板青年だ」

 

「辞書のソテー辞書の蒸し焼き辞書の照り焼き辞書の煮物、どれがいい夕飯のメニューを選ばせてやろう」

 

「じゃあ唐揚げがいい」

 

無言で立ち上がったリグレットがキッチンへと消えて行くのを視界の隅に、シンクはもうそろそろ夕飯の時間なのかとぼんやり考えて。

 

「…………夕飯、食べれたらいいな」

 

何時もと同じ結論に辿り着き、盛大に溜め息をついた。

 

「シンク……元気ないです。明日のお買い物、楽しみじゃないの?」

 

「間違っても楽しみではないよ、て言うか軽く鬱」

 

明日のお買い物のリストはカーテンに時計に食器に本棚とベッド。加えて業者に壁紙と窓ガラスと寝室のドアの取り替えを頼まなければならない。もはや『お買い物』を越えてしまっている。

 

嫌なことを思い出し痛む頭を抱え込んでいると、リグレットが規則正しいリズムで床を鳴らしキッチンからテーブルに戻って行く。

 

「メニューはハンバーグで決定だ異論は認めない」

 

すとんと軽い音ではなく、ずどんと鈍く重い音が部屋に響く。それはリグレットが持って来たらしい包丁を手首のスナップだけでテーブルに突き立てた際の音。

 

「さあルーク挽き肉の準備にかかれ」

 

「あのリグレットさん材料はもしかして……」

 

「ああそうだ、分かってくれて嬉しいぞ。まだ人肉を食したことはないが、どんな味がするのか楽しみだ」

 

「そっか俺はリグレットの中で血肉として生き続けるのか。うん、これぞまさしく永遠の愛。素晴らしい提案だぞリグレット」

 

「と、近所のネズミ達が話していたとアリエッタが教えてくれた」

 

「…………って、お前は食わねえのかよ。つーか完成品が残飯扱いって酷い」

 

「何を言っている当然だろう。お前を食べるなんて考えただけでも殺したくなる」

 

「俺が死ぬのは決定なのかよっ!」

 

ばんっ、と興奮したルークがテーブルを叩いた衝撃で、深く切目の入っていたテーブルは見事に真っ二つ割れた。

 

「あ……これでまたお買い物が増えました……アリエッタ、嬉しいです」

 

ぽつりと言って、アリエッタはいそいそとメモ帳に可愛いらしい字で書き込んで行く。

 

年頃の女の子がショッピングを好むのは知っているが、今回買いに行く物を考えればそれはもう何か違うのではないだろうかとシンクは思う。

 

ふぅ……と何度目になるか数える気にもならない溜め息をついて、ざっと部屋を見渡す。

 

銃痕や拳形の凹み、黒い焦げや斬撃の痕までと部屋中に色々とある。

 

一年前の、新築の時の家具など何一つ残っていない。それどころかおそらく一年前と同じなのは、家の骨組みだけ。

 

壁も壁紙もドアも窓ガラスも床も、ルークとリグレットが毎日のようにじゃれ合って壊したり、アリエッタとそのお友達(魔物)が雨の日に屋内で遊んで壊したり、兎にも角にも誰もが壊すので一度と言わずに何度も取り替えた。

 

「何で皆して暴れるかな」

 

いい加減にしてほしいよとシンクが呟けば、アリエッタが笑顔で返す。

 

「でも……シンクだって良く壁を叩いてるもん。シンクも一緒……です」

 

「八つ当たりは許されるんだよ」

 

投げやりに言って、買い物リストをまたしても増やしてくれた二人を睥睨する。

 

だがしかし、お前等もう暴れるなと言うシンクの視線は気づいてももらえなかった。

 

「だいたいルーク、お前は何時もそうだ。仕事も雑で部下に迷惑ばかりかけて、少しは精進しろ」

 

「いやいやリグレット、俺は驚く程意外なことにちゃんと仕事をやってるんだぞ」

 

「お前の『ちゃんと』の認識は世間一般と果てしなくずれている。三回死んで二回生まれ変わってこい、そうすれば少しはましになる」

 

「それだと俺は死んだままじゃないか。ついでに認識がずれてるのはお前の方だぞリグレットよ」

 

いつの間にか説教になっており、いつの間にか説教が終わった。

 

テンポのいい会話と同時に譜銃が火を吹き木刀が閃く。木刀によって弾かれた音素の弾丸は、次々と壁や床を貫いて行った。

 

「この家って常人だったら即死だよね」

 

「シンクがちゃんと守ってくれるから安心……です」

 

音素で障壁を作りシンクは自分とアリエッタの周りを守る。ありがとうとお礼を言うアリエッタに、ついでだからと返してシンクは念のために家の至る処に配置している鉄板を自分達の前に立てた。

 

半年前に一度、家を全て鋼鉄製にしてみようかと提案したことがあった。

 

しかしその際。

 

「全部鉄って趣味悪いぞ」

 

「私は暖かみのある木の家でないと嫌だ」

 

「アリエッタもアリエッタのお友達も自然の匂いがないと暮らせません」

 

と、三人に猛烈に反対されたので家は木製のまま。

 

それならお前等壊さない努力をしろよ、とシンクはとっても言いたい。

 

勿論言いはしたが、誰も聞く耳は持たなかった。

 

シンクは自分が結構自分勝手だという自覚があった。大抵の人間が相手なら自分のペースを押し通せる自信もあった。

 

しかし、三人はシンクの予想を越えていた。

 

ルークは一々やることが常軌を逸しており、アリエッタは自由奔放な野生児で、リグレットは時々盛大に壊れる。

 

「何で僕って多からず常識ってものを持ってしまってるのかな」

 

よって、シンクは嫌々ながらもストッパーになってしまっているのだ。

 

鉄板の向こうでは言い合いと、じゃれ合いと書いて殺し合いと読む行為が続いている。

 

「一体私のどこがずれていると言うのだ。お前にそんなことを言われるとは……ショックがかなり大きい」

 

「リグレット、お前は俺がかわいそうになってこないのか?」

 

「ならないから言え」

 

「…………。いいか、俺の仕事が悪いんじゃなくてお前の仕事が完璧すぎるんだ。リグレットはそこらへんをわかってない。普通ならミスしないなんてあり得ないんだよ。仕事は出来るし可愛いし綺麗だしかっこいいし、リグレットはもっと自分の魅力を自覚するべきだ」

 

「…………」

 

鉄板の向こうにいるにも関わらず、シンクはリグレットの顔が真っ赤になったと確信した。リグレットは意外と直球に弱い。

 

最近あいつリグレットの扱いに慣れて来たなあ、と妙に感心してしまう。

 

「いや、あれが素か……」

 

前にアニスが今のルークは昔と違うと言っていた。だが少なくともシンクが行動を共にするようになった時期からのルークは、思ったことをそのまま口に出していた。

 

本人曰く、

 

「俺って馬鹿だから、変な言い回しすると誤解ばっかり受けるんだよな」

 

とのこと。

 

自分はクサイ台詞好き勝手に並び立てるのに、他人からの感謝の言葉や褒められることには全く免疫がないルーク。

 

迷惑な存在だと、正直シンクはそう思う。

 

そういう訳で、今のも本音なのだろう。

 

銃声は止み、会話も止まった。そろそろ危険は過ぎたと鉄板をソファーの下に戻して一息つく。そして二人を見て……シンクは弛んだ緊張の糸を張り直した。

 

「ルーク、お前は私をからかってそんなに楽しいか?」

 

「ちょ、おいリグレット、落ち着こう、今すぐ落ち着こう。な? それはやばいマジで死ぬから。な?」

 

照れ隠しにリグレットは本気でルークの首筋に包丁の刃を食い込ませようとしていた。

 

ルークはリグレットの手首を掴み抵抗し、最悪の事態だけはなんとか避けている。

 

「『仕事が出来る』とその他もある程度は認めてやろう……」

 

あ、そこは認めるんだ。

 

「た、ただ……私が可愛いだと? す、過ぎたお世話は首を落とすぞ!」

 

「だから先ずは落ち着こう!」

 

もはや何を言ってるかわからない。

 

リグレットもルークもかなり力を入れているのだろう、二人とも腕が震えている。

 

「アリエッタ、目瞑って。あと耳も塞いだ方がいい」

 

「どうして……ですか? 何かあるの?」

 

 

だだをこねるアリエッタを抱え上げ、向かい合うように自分の膝に座らして耳を塞ぐ。頭を固定して反対側――ルークとリグレットの方を向けないようにする。そこまでやってシンクはようやく一安心。

 

シンクは人間の首が飛ぶというショッキングな光景をアリエッタに見せない方がいいと判断した…………訳ではなく、オチが読めてアリエッタの教育に良くないと判断した。

 

シンクの経験からくる読みは、最近外れない。ほぼ十割。正直こんな読みは欲しくなかった。

「か、可愛いとはアリエッタのような者を指す言葉だ。私に言っても侮辱にしかならない」

 

可愛い、という単語を口にする度に顔を赤く染めるリグレット。それほどまでに免疫がなかったのか。

 

「…………うん、これだよこれ。この反応が、俺的にやばい」

 

言って、ルークはリグレットの力を流してくるりと反転させ、後ろから抱きしめた。奪い取った包丁は自分の後ろに投げ捨てる。

 

「な、何を……っ!? 放せ、今すぐ解放しろ!」

 

ジタバタと暴れるリグレットを更に強く抱きしめ、ルークは満足そうにリグレットの頭に頬擦りをする。

 

「リグレットっていっつもクールで取り乱さねえだろ? でも可愛いって言ったりこうやったりすると、顔真っ赤にして照れるじゃん。そこが可愛いの」

 

「セ、セクハラだ! これは立派なセクハラだ!! シンクこいつを現行犯で逮捕しろ今すぐに!!」

 

「ちょっと静かにしましょうね――ジ・ゼ・ル」

 

耳元に囁かれたハートマークが一杯飛んでそうなルークの甘ったるい声に、リグレットはぴたりと動きを止めた。顔は爆発しそうに赤い。

 

ジゼル・オセロだったかジゼル・ストローだったか、兎に角そんな感じの名前がリグレットの本名だとシンクの記憶の隅に残っていた。

 

本名なんてシンクにとってはどうでもいいのだが、なぜかリグレットは本名に弱い。特にルークが本名を呼べば、停止する。

 

「さっき俺、肉が食いたいって言ったよな?」

 

「………………言っていた」

 

こくりと小さく頷くリグレットに、ルークは意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「抱き枕が欲しいとも言ったよな?」

 

「…………? 言っていたが……」

 

怪訝そうにしながらもまた小さく頷いたリグレットに、ルークは勝ち誇った笑みを浮かべた。

 

「俺さ、リグレットが可愛い過ぎて我慢できなくなって来た」

 

ルークは後ろからリグレットを抱え上げ、いわゆるお姫様抱っこをする。

 

「だから今からリグレットを食べてそのまま抱き枕にしようと思うんだ」

 

「――――……っ!?」

 

目を見開くリグレットを華麗に無視し、『ルークとリグレットの愛の巣』と冗談としか思いたくないプレートが掛かった部屋に向かうルーク。でも『愛』の文字は譜銃の一撃で半分以上消し飛んでいる。

 

愛はいつでも痛いんだよ、とルークが以前言っていた。シンクには相変わらず意味がわからない。

 

「ぐっ……! 私としたことが最初の『抱き枕』が伏線だと気づかなかったとは……」

 

「ああ……もう、ほんと可愛いなあリグレットは。うりうり~」

 

「や、止めないかルーク……くすぐったいぞ……」

 

「ほんとは嬉しいくせに」

 

リグレットの微妙にずれた発言とルークの上機嫌な鼻歌を遠くに、シンクはああやっぱりと呟て。

 

「今日も夕飯は出前か…………。ていうか家出したい」

 

さりげなく現実逃避していた。

 

シンクは同居人達の破天荒っぷりに嫌気がさし、過去にも何度も何度も家を出ようとした。

 

しかしその度に。

 

「シンク……アリエッタ達のこと嫌いなの? アリエッタは……シンクにここにいて欲しい……です。シンクが出て行ったら、アリエッタやだもん」

 

アリエッタに泣き付かれて邪魔される。

 

そして今回も正面から抱きつかれて邪魔された。

 

「出てっちゃあ……ダメです」

 

「わかったから放しなよ。それより出かける準備して。あの二人、一時は出てこないだろうから今日は外食ね」

 

もう諦めるしかないのかもしれない。

 

諦めて、平穏とは程遠いこの危険極まりない暮らしを受け入れるしかないのかもしれない。

 

「いやちょっと待て……僕じゃなくてあいつ等が出てけばいいんじゃないか」

 

シンクは徹底的に散らかした挙句、何か見てるだけで頭痛くなる空気を出しながら寝室に向かった二人を頭の中で撲殺しておく。

 

「…………ほんとに実行してやろうか」

 

ぼそりと怖いことを言って、現実的に別居を考える今日この頃。

 

とりあえず出かける前に散らかった部屋を片付けておくことは忘れない。

 

この家のことなどどうでもいいと思っているが、日頃の習慣を反射的にやってしまってる辺り、シンクはもう手遅れだったりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~おしまい~

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