TOA ~突き進め、我が道を!~   作:あきあ

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第四話 ココロの闇

 

「……ルークのお友達は、ダアトに来るはず、です」

 

今からグランコクマに行くと伝えたら、アリエッタはしばらくの沈黙の後、ぽつりと言った。

 

「なんでさ? 確かに向こうには導師イオンがいるけど、セントビナー辺りが落ちるのはアッシュが知ってるんだから」

 

「え、えっと、あの、リグレットが言ってた、です……」

 

気遣いなんぞ知らないシンクの声に、アリエッタはあたふたと慌てながら答えようとするが、正直意味わからん。

 

「アリエッタ、とりあえず落ち着け。はい、深呼吸。吸ってー……、吐いてー……、吸ってー……」

 

目を瞑って大きく深呼吸するアリエッタ。落ち着いたところでゆっくりと話し出す。

 

「イオ……イオン様をダアトに連れて来るように、モース様に言われたって、リグレットが言ってたです」

 

ああ、納得だ。和平の妨害はモースの専売特許じゃないか。イオンを監禁するために、モースの指示が出ているわけだ。シンクも「そりゃそうか」などと頷いている。

 

「僕達から動かなくても、向こうから勝手に来てくれると……。ていうわけでお休み、朝が早かったから寝不足なんだよね」

 

ベッドにダイブしたシンクの襟首を掴み、俺はアリエッタに手招きする。

 

「アリエッタ、頼みがあるんだけどよ、譜術教えてくれねえか? 昨日やってみたんだけど、中々上手くいかなくてよ……」

 

音素制御の術が主な目的だが、習えるものは習っておいた方が得だ。

 

「……で?」

 

不機嫌丸出しのシンク。用がないなら放せと睨んで来る。

 

「シンクは戦闘訓練を手伝ってくれ。今のままじゃ駄目なんだ……俺は強くならないと」

 

今の俺に足りないのは経験だ。このままじゃあ、ヴァン師匠はおろかアッシュにも勝てない。……まあ、卑怯な手を使えば勝てたんだが。

 

「頼む、手伝ってくれ」

 

「は、はい! アリエッタ、頑張ります!」

 

力強く頷いてくれるアリエッタに、シンクは冷めた目を向ける。

 

「なんでそんなノリノリなのさ? 面倒なだけじゃないか」

 

「だ、だってアリエッタ、人に何か教えてあげるの、はじめてだもん!」

 

「……あー、そうだったね。アリエッタはどっちかって言うと、教えてもらう立場か。役に立つといいね……無理だろうけど」

 

「無理じゃないもんっ! アリエッタ頑張るもんっ!」

 

「はははは、ルーク、僕もやっぱり手伝うよ。生きてたらね」

 

「死なないもん! アリエッタはちゃんとできるもん!」

 

…………。…………。…………大丈夫、ですよね……?

 

* * *

 

意外にも、アリエッタの音素学はわかりやすかった。本に載っていた難しい言葉ではなく、感覚的で簡単な言葉での説明はよく理解できた。

 

おかげで、譜術は無理だったが音素についてはなんとか体感することができた。意識的に空気中の音素を体内に取り込み、制御して放つ。

 

とは言っても、時間がかかるので戦闘中に扱えるレベルでは到底ないのだが……。

 

シンクとの戦闘訓練では……ボコボコにされた。こいつ、強すぎる。

 

「今回のことで一つわかったことがある。これさえ解決すれば、ルークの戦闘力は格段に上がるよ」

 

仰向けで寝転がる俺を見下ろし、シンクは至って真面目な口調で続ける。

 

「真剣使え。木刀とかあり得ない」

 

曰く、体内の音素を纏った木刀でもそれなりの攻撃力を持つ。しかし、木刀は木刀であり木刀でしかないらしい。

 

「……つーか、素手のお前に負けた俺はなんなんだよ」

 

シンクは木刀すら使っていないのだ。意味がわからん。

 

「僕のは『ダアト式譜術』だから。武器持って戦うより、素手の方が便利なんだよ」

 

「『ダアト式譜術』ってあれだろ? イオンが使ってる……」

 

「正確には、『体術』と『特殊な譜術』の組み合わせが『ダアト式譜術』。あいつのは『特殊な譜術』だけ。……まあ、それでも十分強力なんだけどね」

 

むう……奥が深い。武器を持たない方が戦いやすいとは……。

 

「そういえば、ダアト式譜術で思い出したんだけど……、あの剣士、ゲ……ゲイだっけ?」

 

真面目に聞いて来るシンク。俺はかつての親友に心の中で合掌しておいた。

 

「ガイな、ガイ。ただでさえ少ない知り合いの中に、そんな可哀想な名前の剣士はいない。で、ガイがどうしたんだ?」

 

「あいつ、キムラスカのお姫様とあんたに殺意を抱いてるよ。アクゼリュスの件とは関係なくね」

 

「は……?」

 

「だから、あんたとナタリア姫を殺したいって思ってるのさ。何でかは知らないけどね」

 

シンクの雰囲気からは、とても冗談を言っているとは思えない。

 

「……ほんと、なのかよ」

 

何とも情けない声が出た。だって、あのガイがだぞ。いい奴代表のガイが……。俺はいったい何をしたんだよ。

…………ふぅぅぅぅ…………はあぁぁぁぁ…………鬱だ。親友だと思ってた奴に殺意まで抱かれていた。

 

「とは言っても、そんなに深い殺意ではなかったよ。昔のことなんだろうね、多分」

 

昔ということは、今はそうでもないってことか? それならまだ救いがある……気がする。

 

「気になるんなら聞いてみなよ、本人に。アリエッタの言うことがほんとなら、そのうちダアトに来るだろうし」

 

「……そう、だな」

 

悩んでいても仕方がない。行動あるのみだ。

 

……しかし、俺にだけじゃなくて、ナタリアにもか。俺の予想以上に、複雑な話なのかもしれない。

 

その後、アリエッタの譜術講座・発展編や、シンクの訓練という名の虐待、ライガとの追い掛けっこで時間を潰し、夕食の時間になった。

 

ぐだぐたとしている時間はないのだが、セントビナー崩落のこともマルクトの上層部に話を通さないことにはどうしようもない。

 

とりあえずは、グランコクマとバチカルに俺達が生きている旨を書いた手紙を送ったが、あてにはならないだろう。……俺の予想では、陛下も父……ファブレ公爵も、スコアの内容――俺によるアクゼリュス崩落を知っていたはずなのだから。

 

ヴァン師匠の本拠地だと思っていたダアトだが、実は違うらしい。何でも仮の拠点が幾つかあるらしく、その中にはシンクもアリエッタも知らない場所があるとか。

 

「……ってことは、ヴァン師匠の居場所はわからず終いか」

 

「ごめんね、アリエッタ、役に立たないで……」

 

夕食を取りながらの俺のぼやきにアリエッタが落ち込む。

 

「気にすんなよ、十分助けになってるから」

 

ちょっとビクビクしながらも頭を撫でてやると、アリエッタは顔を輝かせてシンクに得意そうな笑顔を向ける。

 

「アリエッタ、ほめられた……」

 

「自慢でもしてるつもり? ばっかみたい」

 

「アリエッタばかじゃないもんっ!」

 

何度目か数える気にもならないやり取りを聞き流し、俺は訓練を終えた後ダアトで集めた情報を整理する。

 

リグレットが俺達を放っておいたことから予想はしていたが、ヴァン師匠についてわかることは何もなかった。しかし、モースについて幾つかわかったことがある。

 

モースはアニスの恩人らしい。しかしアニスは導師守護役。……怪しい。

 

 

で、そのモースだが…………。……うん、モースは今、寝込んでいる。…………レストランからの請求額が、凄まじかったらしい。

 

そのおかげで自由に動き回れたのだから……結果オーライってことで。

 

……しかし、やることが増えてしまった。シンクがガイにかけたという『カースロット』の問題。アニスとモースの繋がり。ヴァン師匠の『レプリカ計画』、キムラスカとマルクトの戦争、その両方ともに直接は関係がないのだから、難儀な話だ。

 

「でも、ガイのことだけは絶対に何とかしなきゃなあ……」

 

俺はガイに恩がある。何をどうすればいいのかは全くわからないが、その恩を返したい。

 

「ガイが俺を殺したがってる、か……。どうすりゃいいんだよ……」

 

オラクル騎士団の食堂で、俺は盛大に溜め息をついた。……つーか、兵士達は俺が部外者だと知っているが、完全にスルーだ。お前等大丈夫かよ……。

 

「あー、緑っ子と桃っ子と赤っ子、本気で和む……」

 

「そういや、桃っ子と緑っ子がライガと遊んでる写真買ったんだ」

 

「うわ、お前しょぼいな。俺のはそれに赤っ子と金髪お姉さんまで写ってるぜ」

 

「な、なんだってぇぇっ!! ありえない。だって金髪お姉さんは、食べほうだい事件の時しか――」

 

「それだよ。あれに行かないで、激写していた奴がいたんだよ」

 

…………何の暗号だ。

 

* * *

 

イオンとナタリアが教団に連れて来られたと連絡を受けたのは、早朝のことだった。夢見が悪くありえないくらい早く目が覚めたので、一人で訓練をしていると、アリエッタが教えに来てくれた。

 

「シンクは?」

 

「あのね、眠いっていってた。起こそうとしたんだけど、まだ寝るって」

 

「……シンクの奴、だんだんとダメになっていってるな」

 

「アリエッタ、もう一回行ってくる」

 

「いや、いいよ。みんながイオンとナタリアを助けに来る時には、起きてるだろうし」

 

 

そこまで言ってから、失敗したと思った。

 

「なあ、アリエッタ。……今からレプリカイオンと会うわけだけど――シンクがいたほうが心強いか?」

 

数秒して、アリエッタは首を横にふる。

 

「大丈夫、です。アリエッタのイオン様は、もういないって、わかってる」

 

しっかりとした口調で言うアリエッタ。俺は素直に、アリエッタは強いと思った。昨日一日、シンクはなるべく仮面を外した状態でアリエッタに接した。そのおかげでアリエッタも、オリジナルイオンとシンクは違う存在だと、ちゃんと納得できたのだろう。

 

シンクは、気遣いがないのかあるのか、良くわからない奴だ。

 

「あ、あの……」

 

言い難そうに口をもごもごと動かし、ぬいぐるみを抱きしめるアリエッタ。昨日一日でかなり打ち解けたが、元の性格が控え目なのだろう。

 

「どうした?」

 

「ルークは、平気? ナタリア姫にあって……」

 

「あー、……まあな」

 

正直に言うと、ちょっときつい。俺はナタリアと約束、婚約した『ルーク』ではないのだから、負い目みたいなモノを感じている。……とは言っても、逃げていたって仕方がない。

 

「ナタリアとも、ちゃんと話してみるよ。…………向こうが拒否するかもしれねえけど」

 

アッシュがまだ来てなくてよかった気がする。もしあいつがいたら、会話にすらならないだろう。

 

「お互い頑張ろうぜ、アリエッタ」

 

「うん。アリエッタ、頑張る」

 

そんな会話をしながらオラクル騎士団の施設を歩いて行く。イオンとナタリアは上の階にある教団の私室ではなく、ここに監禁されているらしい。多分、皆が助けに来ることを想定した上でのモースの指示だったのだろうが、モースの奴は寝込んでいるせいで俺がここに潜り込んでいると知らない。

 

全ては俺の計画通り……と言えたらよかったんだが、ただの行き当たりばったりだ。

 

イオンとナタリアが閉じ込められている部屋。扉の前に立っている見張りの兵士を確認して、俺はアリエッタにメモを手渡した。確信は持てないが、モースの直属の兵士である可能性が高い。よって強行手段を取るのだ。

 

メモを確認したアリエッタに一度頷き、俺は見張りの兵士に向かって声を張り上げた。

 

「ここに居られるお方を誰と存じる! かの六神将『妖獣のアリエッタ』様であらせられるぞ! 者共、頭が高ァい!!」

 

「……は、はあ」

 

「返事が小さぁぁあああい!!」

 

「は、ははぁっ!!」

 

「アリエッタ様、どうぞお言葉を」

 

「え、えっと……ソコヲドキ、ワタシ……」

 

「アリエッタ、棒読みダメ。メモはなるべく見ない。自然体でもう一度最初から。三、二、一、はい」

 

「……えっと……そこを退き、私を通しなさい。これは命令である」

 

「わかったな! ……はあぁっ? モースの命令だから通せないだぁ!? モースは今寝込んでんだろうが!! 事情が変わったんだよ、世界の危機なんだよ、世界の歩みは止まらねえんだよ、現場舐めんなよ!! てめぇの頭が回らないせいで世界が滅びたらどうすんだよ、責任取れんのか、取れるはずねえよな!!

そんなにモースの言葉が大事なら寝込んでる豚野郎叩き起こして確認してきやがれ! あー、また世界の破滅が近づいた、てめぇがちんたらやってるせいで世界の破滅が近づいた。世界中の人間がてめぇのせいで死んでいく。あー、また近づいたー。てめぇは世界の破滅よりもモースの命令が大事だって言うんだな? モースが寝込む前に出した、今とは全く事情が違う時の命令が世界よりも大事だって言うんだな? ああ、あああ、ああ、よーくわかったよ、この極悪非道の虐殺野郎が!! 覚えとけよ、死んでもお前に安息の地はないからな。お前が殺した人間が、お前を許してくれるはずねえからな! お前が無知でよく考えなかったせいで死んだ人間が、お前を許してくれるなんて都合のいい話が、あるわけねえんだからな!! それが嫌なら、さっさとモースのところにでも行け!!」

 

完璧だ。俺の言葉に耐えきれなくなった兵士は、走って逃げて行った。……何度でも言おう、作戦は完璧に成功した。

 

いつの間にか俺の服の裾を握っていたアリエッタの頭を撫でてやり、俺は意気揚々と扉をノックする。

 

「おーい、イオンにナタリア、入るぞ」

 

扉を開けようとしたところで、アリエッタがまだ服の裾を握っていることに気づく。俺の怒鳴り声に驚いたのかもしれない。十六歳のアリエッタだが、常識が通じないのは知っている。もしかしないでも、精神年齢七歳の俺よりも子供っぽいのだから。

 

「どうした、アリエッタ? 大声出したのが不味かったか?」

 

ふるふると首を横にふり、真剣な眼差しで俺を見る。

 

「ルーク、大丈夫? あの、アリエッタはママの敵討ちしたいけど……今はルークの味方だから……。あの、えっと、シンクもリグレットも、ルークは悪い人じゃないって知ってる……と思います」

 

「おう、ありがとな」

 

最後なんて声が小さくて殆ど聞こえなかったし、リグレットの名前が出てきたあたりで意味が分からなくなったが、アリエッタに何時もの調子で「あー、うぜー」なんて言うと泣かれそうなので適当に答えておいた。

 

……しかし、どうしたんだろうね。熱くなって途中から何言ったかよく覚えてないが、変なことを言っちまったのかも……。

 

「ルーク……ですか?」

 

自分の発言を思い返していると、扉がそっと開かれた。

心配そうに開かれた隙間から顔を出したのはイオン。俺の顔を見て、ほっと一息つく。

 

「よかった……借金取りかと思いましたよ」

 

笑顔で言うイオン。リグレットに散々言われた『不良』を思い出し、俺は凹む。復讐の意味も込めてからかっておこう。

 

「よう、イオン。早速約束破りやがったな、あれほど恥ずかしいから皆には言うなって言ったのに」

 

「…………。はははは、ナタリア、やはりルークではありませんでした。彼はいったいどこに行ってしまったのでしょう」

 

笑顔で扉を閉めようとするイオン。完全に閉まりきる寸前のところで足をねじ込んだ。

 

「元気そうだな、イオン。乱暴はされなかったか?」

 

「はい、大丈夫でしたよ。助けに来てくれてありがとうございます」

 

イオンは扉を開きなおして部屋から出て来る。そして、俺の後ろにアリエッタを見つけ、息を飲んだ。

 

「アリエッタ……」

 

「イオン、話したぜ本当のこと。シンクのことも、アリエッタはもう全部知ってる」

 

自分から言い出したことだが、唐突すぎたのだろう。何を言っていいのかわからず、イオンは戸惑い言葉を発せない。

 

先に動いたのは、アリエッタだった。彼女はイオンの前に立ち口を開く。

 

「アリエッタは本当のことを、あなたから聞きたい」

 

覚悟はできている。アリエッタの目はそう言っていた。イオンも覚悟を決め、一度目を瞑ってからアリエッタをしっかりと見据える。

 

「僕は、アリエッタの知るイオンではありません。死んだ彼の替わりを務めるために、彼の名前と居場所を奪ったレプリカです」

 

「…………わかり、ました。本当のことを言ってくれて、ありがとう。アリエッタは、アリエッタのイオン様と……お別れできました」

 

目に涙を浮かべながらも、アリエッタはしっかりと告げた。

 

「アリエッタ、泣きたいんなら泣いていいぞ」

 

頭を撫でながらそう言うと、アリエッタは首を横にふる。

 

「シ、シンクに、泣き虫って…い、いわれるもん……。ルークに、しんぱ…心配かけたく…かけたく、ないもん」

 

すすり泣きながらも、アリエッタは前のように泣き崩れることはなかった。

 

「そっか。……でもさ、お前に無理させちまったら、俺がリグレットに殺されるから。泣きたいときは泣いていいぞ。シンクもいないしな」

 

ふと思った。シンクの奴、こうなると見越して来なかったんじゃないか。そうだとしたら、あいつにも気遣いというモノが存在していたことになる…………が、俺にだけ押し付けたことを後で後悔させてやる。

 

泣き声を抑えるために、ライガに顔を埋めるアリエッタ。俺とイオンは同情と罪悪感を隠せなかった。

 

気持ちを切り替えるためにイオンが出てきた部屋を覗いてみると、ナタリアが居心地が悪そうにソファーに座っていた。

 

「なあ、イオン。お前のことみんなにも言ったのか?」

 

「はい……ルークがあれだけの決意をしているのに、僕だけ全てを隠しておくというのは少し……」

 

どっちかって言うと、開き直りだ。言わないけどね。

 

「戦争の件が一区切りつくまで真実を伝えるのは避けようと思っていましたが、みなさんなら秘密は守ってくれるでしょう。世界中に公表するのは、ユリアシティで言った通り、全てが終わってからですね」

 

だからナタリアはイオンとアリエッタの話を聞いても驚いていなかったのか。俺の予想では、ナタリアがとんでもない勢いで問い詰めてくるはずだった。「どういうことですの!? 私には王族として真実を知る義務があります!! さあさあさあ!」

みたいな感じで。

 

「まあ、それはおいとくとして……」

 

面倒なことになる前に、さっさとダアトを出たい。部屋の中のナタリアに向かって手招きする。

 

「ナタリア、聞きたいことは山ほどあるだろうけど、今は脱出が先だ」

 

あからさまにアリエッタに疑いの眼差しを向けるナタリア。仕方がないだろう、なんせアリエッタは敵だったのだから。

 

早朝だけあって、廊下に人は少なかった。外までの道は知っているので、誰にも見つからずに出ることは難しくなかった。

 

「あ、無事だったんだ……、残念だったよ」

 

教団から出ると、シンクが欠伸を噛み殺しながら待っていた。

 

「ルーク……」

 

身構えるイオンとナタリア。簡単に説明だけはしておいた方がいいかもしれない。

 

「大丈夫だ。シンクとアリエッタは敵じゃない。なんつーか……俺に協力してくれることになった」

 

「ルーク! 貴方正気ですの!?」

 

我慢の限界だったのか、ナタリアが爆発した。

 

「罠だったらどうするつもりですの!?」

 

「あー……、うぜ……じゃなかった。大丈夫だろ、多分」

 

確証はないが、そんなこと知らん。今の結果そのものが誤算なのだから、裏切られて元々だ。

 

「話しは後でな。今はさっさと逃げるぞ」

 

全然納得していないナタリアを半分無視しながら、港まで逃げた。

 

で、あり得ないくらいのタイミングの良さでティア達が現れる。……今までが都合よすぎな分、そのうち不幸が起こりまくりそうで怖い。

 

イオンの説得で、犯罪者(俺)と容疑者(シンクとアリエッタ)と愉快な仲間達(ライガ数匹)をタルタロスに乗せて、俺達は海へと逃げた。

 

艦橋に集まって、情報交換と行きたいとこだが……。

 

「…………」

 

空気が重い。みんなして俺と顔を合わせようとしない。

 

「ああ、これがいじめか……」

 

「ルーク、いじめられてるの?」

 

泣きやんだアリエッタが心配そうに俺を見上げる。

 

「リグレット……、お前の忠告守れそうにないわ。……俺、もう死ぬ!!」

 

冗談三割で海に飛び込もうとした俺をシンクが蹴り倒す。ちなみに七割は本気でした。

 

「朝食の後でならいくら死んでもいいよ。て言うか、この船食べる物ないの?」

 

「ルーク、死んだらダメ……です。ルークを殺すのは、アリエッタだもん」

 

「あー、そうだったな。でさ、言い忘れてたけど、ライガに俺を食わすのだけは止めてくれよ。流石にそれは嫌だ」

「え? 食べたらダメなの?」

 

「ダメです」

 

間抜けで、ところどころ不穏な会話をする俺達を見ながら、ガイが意を決したように口を開いた。

 

「ルーク……、すまなかった!」

 

突然の謝罪に俺は本気でびびる。ガイにつられたかのようにアニスも頭を下げる。

 

「ごめん、ルーク。私も言い過ぎちゃった……」

 

続いてティア。

 

「私も、あなたに謝らないと……。イオン様に聞いたわ、あなたが兄に無理矢理超振動を起こさせられたって……」

 

「え、あ……はい、どうも……じゃなくて! 俺がやったのは事実だし……」

 

 

突然の事態にあたふたとしていると、今度はナタリアが口を開く。

 

「貴方はそれでアクゼリュスを救えると騙されていたのでしょう? その思いは、王族として素晴らしいものです」

 

「いや……俺、王族じゃねえし。それに非っ常ーに言いにくいんだが……俺、ダアトに亡命する気だったし……」

 

ジェイドが眼鏡を押し上げる。

 

「亡命、ですか。それは初耳ですね。ヴァン揺将にそう言われたのですか?」

 

「そうだけど。いや、俺が成人してもキムラスカに兵器として軟禁され続けるって聞いたからな、全く疑いもしないでな、こう、飛び付いちまったわけだよ」

 

我ながら馬鹿丸出しだと思いながら説明すると、ジェイドが珍しく本気でため息をつく。

 

「亡命ときましたか……。やってくれましたね、ヴァン……」

 

「何がだよ?」

 

「貴方はヴァンに口止されていましたね?」

 

「当たり前だろ、そりゃ。言ったら亡命とか不可能じゃねえか」

 

「だから貴方は私達に何も言わなかった」

 

あ。

 

確かに……。

 

「いや、でも待てよ……。多分、亡命がなくても相談とかはしなかったぜ。だって俺、スコアも師匠も、欠片も疑ってなかったし…………っつーか、なんだよこの会話!!」

 

考えていたら頭にきた。

 

「今さら俺がバカだって話しても不毛すぎるだろ!! つーかお前等、なんか、えっと、気持ち悪い!! お前等のキャラじゃない!!」

 

「叫ぶなうるさい」

 

「ぐおっ!」

 

後ろからシンクに蹴られて盛大にこけた。もうコイツやだ。

 

「さて、では情報交換といきましょうか」

 

やはりと言うべきか、場を仕切るのはジェイドであり、ジェイドが適任すぎる。

 

「まずはシンクとアリエッタのことをお願いします」

 

まあ、当然だろう。そして俺が説明するのも当然だろう。だってシンクは飯探しに行ってしまったし、アリエッタはライガの背中でお昼寝の準備を初めてしまったのだから。

 

「ちょっと待ってくれ。その前にベルケンドでどこまでわかった?」

 

「あ、そういえば……」俺の質問に答えたのはイオン。「先ほどのこともですが、なぜルークは僕たちのことを知っていたのですか?」

 

約束破ったー、とかのことか。一人離れたところにいるアッシュを指差し、答える。

 

「アッシュが連絡入れてきやがっただろ? あの時に何でかは知らねえけど、逆のことが起きちまったみたいなんだよ。――だから俺が外道で泥棒で犯罪者でアニスが守銭奴で逃げ出したチキンで……チキンは大好きだけどな……イオンが約束破ってアッシュが短気で机をぶん殴った――ってとこまでは知ってるぜ。……は? わざと言ってるだあ? 俺は記憶力がねえんだよ、その程度しか覚えてねえんだよ、ばかを馬鹿にするなよバカヤロー」

 

で、ジェイドによれば大したことはわかってないらしいので、俺の方から知ってることを話した。パッセージリングからのセフィロトツリーの操作、外郭大地の崩壊、そしてレプリカでの世界創造。

 

「で、シンクはスコアぶっ壊して『この世界』で遊び人として生きるため――いってぇっ! シンク、ソース瓶を投げるな! お前、まんま遊び人じゃねえか!! ……ごほん。……で、アリエッタは世界を壊さずスコアを壊す方法でヴァン師匠に恩返ししたいから。うん、シンクのお陰でレプリカとオリジナルは違うって気づいたわけだよ。あ、後、俺を殺すため」

 

「はぁっ!?」

 

うお、びっくりした。なんと、あのジェイドまで驚いているのだ。アリエナイ。

 

「ちょ、ちょっとルーク! あなた何を!?」

 

「ティア……お前驚きすぎ。うんうん、リグレットがティアはまだ子供で未熟でそこがまたいいとか意味不明なこと言ってたのもわからんでもないな」

 

「なっ!?」

 

顔を真っ赤にするティア。このまま一気に話の流れを変えてやろうとしたところで、呆れ顔でガイが言う。

 

「ルーク……お前なあ……。何でそんな軽く……というか、リグレットって……」

 

「へぇー、ルークよく生きてたね。リグレットって、むちゃくちゃ強かったのに……。アニスちゃんびっくり」

 

そんなことを言いながらも俺から財布を奪おうとするアニス。守銭奴め。

 

「まあ、最終的には三プラス一対一だったから戦ってはねえよ。それでも生きてたのはびっくりだけどな。『トリガーハッピー』って可愛い愛称で――うおっ、何か寒気が!? ……まあ、そう呼んでやったら俺の後ろの壁が蜂の巣になったし」

 

苦笑を通り越した笑い方をする一同だった。

 

最初のような気まずい雰囲気はなくなって、逆に和やかな雰囲気になって来た。

 

「さて、皆さん」

 

大きく脱線してしまった話を戻すため、ジェイドが手を打ち皆を自分に注目させる。

 

「我々はこれからグランコクマに向かいます。報告しなければならないことが山ほどありますからね」

 

ジェイドはちらりと横目で俺を見る。どうするつもりか言え、ということか。

 

「俺は一緒に行かねえぞ」

 

何か言われる前に、続ける。

 

「この面子だと色々と動きづらいから、俺はシンクとアリエッタと三人で行動する」

 

「そうですか、それは残念ですねえ。貴方がいてくれると心強かったのですが」

 

もちろん私は予想していましたよ。こちらにはアッシュが入ったので戦力は前と変わりませんし、何の心配もいりませんね。

 

皮肉と冗談の成分を取っ払うと、そんなところだろう。

 

「俺達はバチカルでちょっとイケナイことやった後、ヴァン師匠の妨害に徹する予定だ」

 

「ルーク! イケナイこと、とはどういう意味ですの!?」

 

やっぱりアッシュとナタリア、短気なところとかよく似てる。適当なことを考えながら、矢の射程外に逃げる。

 

「別に虐殺しようってわけじゃねえよ。ちょっとした不法侵入と国家反逆だから全然心配はいらねえって」

 

「そうでしたか……それなら……え……?」

 

首を傾げるナタリアを無視して、ジェイドに「お前等はどうする?」 と話をふる。

 

「それなら私達は、戦争の回避と外郭大地の崩落をどうにかしましょう。皆さん、それでよろしいですか?」

 

ジェイドの意見には誰も逆らわない、俺はそう考えていたが、どうやら違ったようだ。ガイが控え目に手を上げた。

 

「俺は……ルークと一緒に行っちゃあ駄目かな?」

 

苦笑しながら、続ける。

 

「一度は見捨てちまったけど……やっぱり俺は、ルークが心配だ。それに俺はルークの保護者で、親友だから。…………一度は、見捨てちまったんだけどな」

 

「ガイ…………お前、そんなだからタラシって呼ばれるんだよ。その内男までよってくるぞ、絶対」

 

ついついガイの優しさに甘えそうになってしまうが、首を横に振って自分を持ち直す。

 

「嬉しいけど、ほんとにほんとにほんとに嬉しいけど、無理なんだよ。本音を言えば、三人でも多いくらいなんだ。できれば俺だけで動くのが一番なんだけど、万が一を考えるとな……。それに前衛がいなくなると、皆が困るだろ?」

 

「そっか……それなら、仕方ないよな……」

 

戦闘でのガイの働きは大きい。ガイがいなくなるだけで、根本から戦い方を変えなければならなくなる。

 

ガイもそれを理解した上での提案だったのだろう、しぶしぶながらも納得してくれた。ちょっと罪悪感。

 

「ま、俺も簡単には死なねえって。そこらへんは安心してくれよ」

「…………ルーク、お前さっき自殺――」

 

「ああー!! 忘れるとこだった! ガイとナタリアとアッ……シュ……じゃねえや、ルーク・フォン・ファブレ、こっち来てくれ」

 

「俺はもうルークじゃねえ!」

 

「知るかそんなこと!」

 

怒鳴るアッシュに怒鳴り返して、俺は皆から会話を聞かれないように離れた位置に三人を呼ぶ。

 

で、回りくどく言っても仕方がないので、正面切ってガイに質問をぶつける。

 

「あのさ、ガイ。ぶっちゃけお前、俺等のこと殺したいのか?」

 

「――……っ!」

 

「シンクがさ、ガイにカースロットとかいう変な術をかけたらしいんだよ。それでわかったんだ」

 

ガイは驚愕、アッシュとナタリアは疑問の表情を浮かべる。

 

「それでな……。……えっと……あー……」

 

何と言えばいいのか。だんだんと考えるのが面倒になって来た。

 

「おい屑! どういう意味だ、説明しろ!」

 

相変わらずボキャブラリーの少ないアッシュの言葉で、俺はもう開き直った。

 

「うるせえ雑魚! もういい、雑魚とガイ! てめぇ等二人、剣抜いて構えろ!」

 

俺は木刀を抜いてアッシュとガイに突きつけた。

 

「そこの雑魚! 雑魚って言われるのが嫌なら死ぬ気でかかってこいや!」

 

「こ、この劣化レプリカ……!!」

 

「ガイ! アッシュを殺したいんなら殺せ!! 俺も協力するぜ!!」

 

「な!? レプリカ、てめぇ!!」

 

顔を真っ赤にして剣を抜くアッシュ。ガイも戸惑いながらも剣に手をかける。

 

「ガイ、こっち来い。作戦会議だ」

 

「え? あ、ああ……」

 

「ガイ! 覚悟ぉぉおおお!!」

 

近寄ってこようとしたガイに上段から思い切り剣を振り下ろす。が、とっさに横に飛んだガイには当たらなかった。

 

「なっ! ルーク!?」

 

「ふっ、油断したな。騙されてんじゃねえよ、お人好し」

 

鼻で笑う俺に、ガイは青筋を浮かべる。ついでにアッシュの顔も真っ赤に染まっている。

 

もう一息といったところか。俺は目を瞑り精神を集中させた後、今にも爆発しそうな二人に、片手で手招きする。

 

「来いよ、雑魚にゲイ」

 

ぶちり。はっきりと音が聞こえた。

 

「「ぶっ殺す!!」」

 

吠えながら俺に突っ込んで来る二人。

 

「ルーク!! お前にはちょーっと教育が必要みたいだなあ!!」

 

「この劣化屑レプリカ野郎がぁぁああ!! 生まれて来たことを後悔させてやる!!」

 

激昂する二人を見据え、俺は集中を高める。

 

間合いに入られる寸前に木刀を逆手に持ち替え、足元に突き刺した。

 

体内に取り込んだ音速を、一気に解放する。

 

「――守護氷槍陣!!」

 

剣を中心に、爆発的な勢いで氷の刃が形成される。

 

「ぐっ……!」

 

「しまっ……!」

 

流石と言ったところか、ガイもアッシュも直撃は避けた。しかしガイは右足、アッシュは脇腹に、それぞれ氷の刃を受けている。

 

「続けていくぜ――風迅剣!」

 

足に傷を負いスピードを殺されたガイに、俺は少量だが第三音素を纏った突きを繰り出す。

 

「クソ……っ!」

 

剣で受け止められたが、ガイは勢いを殺せず後ろに後退した。急いでアッシュに視線を向けるが、そこには誰もいない。

 

「喰らえ屑――崩襲脚!」

 

視線の上――死角からの強烈な蹴り。俺は反射的に後ろに飛び、勘だけで剣を横に振る。

 

「ちっ! 避けたか……」

 

上手い具合にアッシュの足に剣が当たり、その反動も手伝って後ろに大きく距離を取れた。

 

三者三様に構え、睨み合う俺達。

 

「ちょ、ちょっと……どうしちゃったの、あの三人……?」

 

「わ、私にもわかりませんわ……。話の途中で急にルークが……」

 

音で気づいたのか、慌てて駆け寄って来たアニスが聞くが、ナタリアは困惑しきった状態で上手く言葉をつむげない。他の面々も近寄って来て、状況を把握しようとする。

 

「ルーク……また貴方は……」

 

遠くから見ていたらしいティアが首をゆっくり横に振り、心底呆れたように大きく溜め息をついた。

 

知らない。聞こえない。見ていない。

 

俺は自分に言い聞かせる。そんなことより、今は喧嘩が先だ。

 

「お前等、手ぇ出すなよ! 事情は全部終わった後で説明するから」

 

言って、俺はアッシュに向かって走り出した。

 

アッシュは譜術を使える。時間を与えたら危険だ。

 

「はあぁっ!!」

 

気合いを入れて、木刀を振り下ろす。技でも何でもない、速度を重視しただけの一撃。

 

「ちっ……!」

 

小声で詠唱をしていたアッシュは、剣を振り上げることで俺の剣を弾く。

 

「後ろががら空きだぞ!」

 

背後からガイの横の斬撃。俺はアッシュの切り返しの反動を利用した後方宙返りで斬撃を避けて、ガイの後ろに着地した。

「いってぇ……切られちまったか……」

 

背後を取ったが攻撃には移らず、そのままバックステップで距離を取る。

 

宙返りをした時に、右腕に痛みが走った。見てみれば、二の腕に切傷がある。

 

「……数日見ない間に、随分とアクロバットな動きになったな」

 

驚き半分、呆れ半分の顔で言うガイ。

 

「シンク直伝だ。……ちょっとミスったけどな」

 

ガイの斬撃を予測は出来ていたが、俺は空中での姿勢制御で精一杯だった。シンクなら蹴りの一発でも入れていただろう。

 

「まだまだ俺も修行不足ってことか」

 

幸い傷は大したことないし、利腕でもない。まだまだやれる。

 

「よっしゃ、ガンガン行くぜ!! てめぇ等も頭空っぽにして、全力でかかってこいや!!」

 

叫びながら俺は再び剣を振り上げ走り出した。

 

*

 

「……くそっ……これじゃ…きりが…ない……っ」

 

「屑共が……っ! いい加減……諦め……やがれ……」

 

「はははは……っ! ……この俺様が……負けるわ――ごほっ、げほっ……負けるわけ、ねえだろ……っ!」

 

一対一なら決着がついていてもおかしくないはずだが、三人での戦いは予想外に長引いた。互いが互いを邪魔しあうからだ。

 

息も絶え絶えに俺達は三人で切り結ぶ。一番死にそうなのは俺だったりする。ここで体力の差が浮き彫りに……。

 

「ああぁぁあああ!! 死ぬ! 疲れ死ぬ! ……もう次で決着つけてやる!!」

 

ガイとアッシュが切り結んでいる間に、俺は走って距離を取った。

 

俺の意図がわかったのか、二人も慌てて離れる。

 

暫しの静寂。

 

目を瞑り、精神を集中する。

 

空気中の音素を体内に取り込む。雑念を全て捨て、思考をフォンスロットだけに集中する。

 

「……ふぅ……準備完了だ」

 

今できる限界までの音素制御。取り入れた音素は体内から溢れ、手に持つ剣にまで行き渡った。

 

見れば、ガイもアッシュも剣を握りしめている。

 

「おやおや、やっと終わりですか。いい加減に観客としても飽きてきましたからねえ」

 

ジェイドの皮肉を皮切りに、俺達は駆け出した。

 

「――炎よ、集え……! 魔王――」

 

「――ぶっ潰れろ……! 烈震――」

 

「――受けろ雷撃……! 襲爪――」

 

身体を音素の赤い光で染め、ガイが高速の斬撃を繰り出す。

 

高速の突きを放ったアッシュが、土色に輝く左拳を握り込む。

 

空高くに飛び上がった俺は木刀に雷を纏わせ、頭上に構える。

 

「――炎撃破!!」

 

――放たれる、炎の刃。

 

「――天衝!!」

 

――拳と共に、地が巻き上がる。

 

「――雷斬!!」

 

――刃から堕とされる、雷光。

 

三人の必殺の技が交差した瞬間、空間が爆ぜた。

 

「げ……っ!」

 

宙に浮いていた俺は荒れ狂う音素に巻き込まれて、ゴミのように吹き飛ばされる。

 

「いで……っ!」」

 

タルタロスの壁に叩きつけられることでようやく止まれたが、凄まじい衝撃で身動きを取れなくなってしまった。

 

霞む目を擦り前を見てみると、アッシュとガイも倒れている。

 

「よう、生きてるか?」

 

「まあ、な……」

 

「…………ちっ」

 

こくりと頷くガイと、舌打で返すアッシュ。

 

二人も動くのは無理な様子。俺はついさっきまでの戦闘を思い返して、ガイに言う。

 

「ガイ……やっぱりお前、もう俺等を殺す気なんてなかったんだな」

 

「…………」

 

ガイの剣には、殺意はなかった。実際に剣を交えてみて、それを確信した。

 

「ごめんな、ガイ。何したかはわからねえけど、とにかくごめん。最初から素直に謝ればよかったんだろうけど……」

 

「……くくくく……いや、助かっよ、ルーク。馬鹿みたいに暴れて、何かすっきりした」

 

楽しそうに笑って、ガイは続ける。

 

「いい機会だから全部話すよ。皆も聞いてくれ」

 

ガイの表情には暗さも戸惑いもない。自分で言ったように、本当にすっきりしたらしい。

 

勢いで始めてしまった戦闘だったが、結果オーライってことですまそう。結果良ければ全て良し。

 

「俺はな、マルクトの人間だったんだ。ガイラルディア・ガラン・ガルディオス――それが俺の本名だ」

 

自分を正当化している最中に放たれた、ガイの爆弾発言。

 

ガイラ……なんたらガラなんたらオス……長い。

 

「…………風が強くて聞こえなかった」

 

一度では覚えられず、本人に聞くのは流石にマズイと思いつつ、説明係であるティアの方を向く。

 

「…………」

 

しかしティアは何も答えず、彼女にすれば珍しく呆然としていた。俺は疑問に思いながらもジェイドに視線を移す。

 

「ガイラルディア・ガラン・ガルディオス。ガルディオス家は、ホドを領地としていた伯爵家です」

 

聞いていないことまでも律義に答えてくれたジェイドだった。

 

「続けてもいいか?」

 

「おう。もちろんだ、ガイラルディア・ガラン・ガル…ガル……ガル…………。……おう。もちろんだ、ガイ」

 

「ったく……お前は……。ガルディオスな、ガルディオス」

 

俺の苦しすぎる誤魔化しに、ガイは怒るでも呆れるでもなく、ただただ笑いを噛み殺しただけだった。……馬鹿にされた。

 

こほん、と一つ咳ばらいをするガイ。

 

「ジェイドが言った通り、俺はホドの生まれだ。で、ちょうど俺の五歳の誕生日の日――戦争が始まったんだ」

 

「ホド戦争……か」

 

アリエッタの故郷を調べた時、隣に記載されていたホド戦争についても少し目を通していた。

 

「キムラスカ軍を指揮していたのは……ファブレ公爵……」

 

ぽつりと俺が漏らした言葉に全員が目を見開いた。「なぜお前がそんなことを知っている!?」と、驚愕の眼差しを向けられる俺は何なんだ……。

 

「……ジョ……ジョーシキじゃねえか、そ……そのくらい俺だって……」

 

言ってはみたものの、自分の評価の低さに虚しくなって途中でやめた。

 

ガイを睨みつけ「さっさと話せ」とアイコンタクト。

 

ガイはまた苦笑しつつ頷く。

 

「その日、俺の誕生日を祝うために親戚中が集まってたんだ。そして……ファブレ公爵の、いや、キムラスカが、俺から全てを奪った。俺の目の前で……家族も親戚も、使用人達も、全員が殺されたんだ」

 

ガイの表情は、暗くはなかった。声だっていつもと同じで、辛そうではない。

 

だけどそれは演技だ。

 

俺だって、そのくらい分かる。

 

「生き残った俺は、ファブレ公爵家に潜り込んだ。……公爵に、俺と同じ苦しみを与えてやろうとしたんだ」

 

「ガイ……」

 

大きく息をつき、うつ向いてしまったガイ。辛い過去を思い出すのは、とんでもない苦痛なのだろう。

 

俺は、ガイに何と声をかければいいか分からなかった。

 

慰めることも、励ますことも、俺には何も出来なかった。

 

 

「だけどな――」

 

唐突に、ガイの顔が上げられる。

 

「いつの間にか、復讐しようって気持は、なくなっていた」

 

俺の予想に反して、ガイは微笑んでいた。

 

言葉通り、その表情は復讐なんてものとはかけ離れている。

 

心底楽しそうに、ガイは微笑みながら続ける。

 

「過去に捕われていた俺に、復讐しか考えていなかった俺にな、『過去なんてどうでもいいっつーの、それより今だよ今』って……馬鹿みたいに言ってくれた奴がいたんだ」

 

「うわ、最悪だなそいつ。ありえねえ。『どうでもいい』とか言うなよ。誰なんだよ、そいつ? ガイが辛い過去持ってるんじゃないかなー、とか考えるだろ、普通は」

 

ガイはそんな言葉を聞いてどう思ったのだろう……?

 

あまりにも無神経すぎる言葉だ……。

 

「…………」

 

「ん? どうしたんだよ、ガイ。そんなに顔引きつらせて」

 

見ればガイは面白いくらいに顔をぴくぴくとさせていた。

 

何が何やらで、皆の方を見てみると……皆は苦すぎる苦笑をしている。

 

「…………。……お前だよ、ルーク……」

 

可哀想なモノを見る目を向けて来るガイ。非常に気に入らない視線だが、それ以上に何を言いたいか意味不明だ。

 

「何がだよ……」

 

「…………」

 

沈黙してしまったガイ。ふぅ、と溜め息までついている。非常にむかつく。

 

「だからな……俺にそう言ったのは……ルーク、お前なんだよ」

 

「…………」

 

…………。

 

……………………。

 

「え、マジで?」

 

ガイは無言でこくりと頷いてしまった。

 

「…………」

 

痛すぎる沈黙。

 

これは良くない。非常に良くない。全面的に良くない。痛いのは沈黙ではなく、寧ろ俺の方だ。

 

……状況打開の為には行動あるのみだ。

 

という訳で、

 

「…………よし、そろそろ俺等は行くわ。みんな、元気でな」

 

逃げることにした。

 

突き刺さるという表現をを既に余裕で通り越してしまっている皆の視線。だがそれは気のせいのはずだ。きっと。

 

「ほら、アリエッタ起きろ。シンクもいつまでも飯食ってんじゃねえよ」

 

昼寝中と食事中の二人。なんてマイペースな奴等なんだ。呆れながらも二人を促し、出発の準備を始めようと立ち上がる。

 

「……って……あれ……?」

 

しかし立ち上がった瞬間、足の力が抜けてその場に膝から崩れてしまった。戦闘で受けたダメージが抜けてなかったらしい。

 

……ヤバい、どうしよう。逃げられない。

 

「ルーク。勘違いしてるぞ、お前。俺はお前を怨んでるんじゃなくて、感謝してるんだよ」

 

汗をだらだら流す俺を笑いながら、そんなことを言うガイ。

「お前はさ、記憶を失って言葉も話せないし、歩くこともできなくなってた。……まあ、結局は記憶喪失じゃなかったがな。それなのに……そんなことがあったのに、お前は何時でも前だけを見てた。俺はな、ルーク――お前に勇気をもらったんだ。過去だけしか見えてなかった俺に、お前は今を生きることの大切さを教えてくれたんだ。どんなに辛い過去があっても、『今』を忘れたら駄目だってな。『今』を生きる為の勇気を、お前にもらったんだよ」

 

…………。ちょっと待ってくれ……。

 

「結局のところ、俺は復讐を理由に『今』から逃げてたんだ。じゃないと、俺は過去に押し潰されてた。……だけどそれに気づいてからも、いや、今でも復讐したいって気持は確かにある。それを消すことはできなかった」

 

情けない話だけどな、とガイは力なく笑う。

 

……いや、ちょっと待ってくれ……。

 

「だから俺は、賭けをすることにしたんだ。もしもルークが……もしも敵の息子であるルークが、俺が認めることができる一人前の男になったら、心の底からルークに忠誠を誓い復讐は忘れよう――ってな」

 

「ちょっと待てぇぇえええええ!」

 

堪らず、絶叫してしまった。

 

「ちょっと待て、ガイ! 俺はお前が言ったような人間じゃねえぞ!」

 

確かに、過去に縛られ続けるのは良くないとは昔から考えていた。

 

しかし、だ。

 

「俺はそんな深くまで考えて生きて来なかったんだよ!!」

 

ガイに言った言葉だって、軽い気持で言ったはずだ。記憶にまったく残っていないのがいい証拠だ。

 

「何かとてつもなく申し訳ないんですけどっ!!」

 

適当に言った言葉でガイの人生をかえちまってよかったのか、いや、いいはずがない。

 

「…………深く考えてない言葉だから、こいつに届いたんだろ」

 

今の今まで黙っていたアッシュ――もう『沈黙のアッシュ』で良くねえかな――がぽつりと言った。俺には意味不明だったが、ガイはアッシュに向かって笑う。

 

「ははっ、そうだな。『こっち』のルークは昔から頭が硬かったもんな」

 

「……うるせえ」

 

楽しそうな二人。……何が楽しいんだよ。

 

「おい、暗号使って話してんじゃねえよ。俺にも理解できる言葉で話せや」

 

笑ったまま、ガイは一言だけ言う。

 

「お前の強さに俺は憧れたってことだよ」

 

そして爆笑し始めるガイ。……果てしなく馬鹿にされた気分だった。

 

もう何を聞いても駄目だったが、暫くして唐突にガイが言う。

 

「そういえば、賭けは負けたことになるのかねえ……。お前は俺の予想以上の奴になっちまったし……。認めるも何も、お前が何をしでかすのか予想もつかなくなっちまった。敵と飯食って、仲間にするなんて……くくくく、ははははっ」

 

また爆笑するガイ。

 

……そうか、そうか。何を言ってんのかカケラもわからねえが、ガイは俺に殺されたいらしい。

 

「よし……覚悟しろや、ガイ」

 

先ほどと同じ轍を踏まないように、今度は木刀を杖代わりにして立ち上がろうとする。が、力を込めた瞬間手元から軋むような嫌な音が聞こえ、俺は支えを失った。

 

「……って……いってえっ!」

 

そして俺は顔面から盛大に地面に落ちた。木刀を見てみれば、真ん中辺りで折れている。

 

「な、ななな……!!」

 

何度見ても、木刀は折れている。それはもう綺麗に折れている。

 

俺は手元を見つめたままただただ呆然とし、しばらくの後に絶叫した。

 

「俺の相棒がぁぁあああああああああああああ!!」

 

皆が皆、俺の大音量の叫びに耳を塞ぐ。近所迷惑だ、とか聞こえたがここは海の上だ。つーかそんなことどうでもいい。

 

「ありえねえありえねえありえねえ! マジでありえねえ!! 折れた!? 折れてる!? 俺の木刀が折れてる!?」

 

剣術を習い始めた頃からずっと使って来た木刀だった。それなりどころか、かなり愛着があったのに。…………とんでもなくショックだ。

 

「……ああ……もう嫌だ……俺の木刀……」

 

途中で折れた刃を引っ付けてみるが、当然元には戻らない。それでも諦めきれず、再度挑戦してみる。

 

「……ひっつけ……ひっつけ……ひっつけ……」

 

やはり無理っぽい。

 

涙が出てきた。

 

「ルーク、今は自分の傷を治しましょう?」

 

崩れ込んでいる俺に、イタイモノを見る目のティアが治癒術をかける。すごく悲しくなってくるんですけど……。

 

「……うっ……うっ……一応ありがとうな、ティア……」

 

「ルークがお礼を……っ!?」

 

とんでもなく失礼に驚愕するティア。信じられないことに、自分の頬までつねり始めやがった。

 

「大丈夫かよ、お前……」

 

「ルークが他人の心配を……っ!?」

 

叫んでくらりとティアは倒れた。気絶してくれやがりましたよ、こいつ。……もう怒る以前に凹んだ。木刀とティアの反応、ダブルで凹んだ。

 

もう全てに疲れた。

 

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