TOA ~突き進め、我が道を!~   作:あきあ

6 / 37
第五話 真っ赤な噂

頭部に受けた衝撃で目が覚めた。

 

「ん…あれ……?」

 

仰向けのまま重い瞼を擦り、ボヤける焦点を真上に合わす。シンクが呆れ顔で俺を見下ろしていた。状況から察するに、シンクに蹴り起こされたらしい。

 

「……あ。ふて寝したんだったな、そういえば」

 

潮風で寝冷えしてしまった体は少し不調気味。タルタロスの中で寝ればよかった。

 

立ち上がって大きくあくびをし、辺りを見回す。どうやら既に目的地に到着したようで、皆は荷物を持ってタルタロスから降りる準備をしている。

 

「んっと……ローテルロー橋だったか……」

 

タルタロスはかつては巨大な橋だった物の残骸に横付けされていた。直接グランコクマに行くと思っていたが、シンクが言うには戦争に備えて既に町自体が要塞化しているので海からは入れないとのこと。

 

「まあ、俺等からすれば好都合か」

 

グランコクマまで行くより、ここからの方が動き易い。シンクもそう思って俺を起こさなかったのだろう。

 

船内に入り荷物をまとめて、外にでる準備をする。ふと、窓からローテルロー橋が見えた。

 

俺はそれをぼんやりと見ながら、屋敷から飛ばされたばかりのことを思い出す。

 

タタル峡谷を抜けて、ローテルロー橋を渡った。何も知らない、何もわからない、屋敷の外の世界を見たことがなかった俺は、この巨大な橋に大いに感動した。それからも色々あり、見るもの見るものに感動し恐怖し共感し、そして嫌悪して、俺は少しだが『世界』を知った。

 

「…………さてと、さっさとヴァン師匠とスコアをシバいて――ついでに世界でも救ってみようじゃねえか」

 

狭かった俺の世界はもうない。今は『ここ』だけが、皆が生きている世界が、俺の世界なのだ。その世界の一部を壊してしまったのだから、その分はしっかりと働こう。

 

「まずは戦争の防止――目的地はバチカルだ」

 

*

 

街の中心に位置する大樹が、絶えることなく清涼な空気をつくり続ける。恵まれた地で育った草花は一面に広がり、街に彩りを与える。自然と共存する町、セントビナー。

 

「あー……やっぱりここの空気は最高だ。癒される……」

 

アリエッタと魔物達は草花の絨毯の上でくつろぎ、シンクはあくびをしながら寝転んでいる。

 

そして俺は空を見上げて現実逃避をしていた。

 

遠くの方で意味不明な怪しい呪文と奇声が聞こえるのは俺の気のせいであってくれ。本気で。

 

そもそも、だ。

 

始まりからして失敗してしまったのだろう。

 

鬱になりながらもタルタロスで皆と別れた時からのことを思い出すと……更に鬱になりました。

 

*

 

「じゃあな、みんな。最後に一つ言っとくが、お前達は今日誰にも会わなかった。ルーク・フォン・ファブレのレプリカと六神将なんてもっての他だ。オーケー?」

 

「どういう意味ですの?」

 

お願いとは程遠い命令口調で告げた言葉に、ナタリアが疑問の声を上げる。

 

「私達が貴方と会ったことに、何か不都合がありまして?」

 

「俺に不都合はないけど、お前達は今日俺に会ってないってことにしとけ」

 

ジェイドに視線を送り、フォローを頼む。ジェイドならば俺が何をするつもりか予想がついているだろう。

 

「わかりました。私達は今日貴方と会っていない。皆さんもそれでよろしいですね?」

 

「サ、サー、イエス、サー……!」

 

ジェイドにギラリと一睨みされて、皆は一斉に敬礼する。……ああいう大人にはなりたくない。

 

「何か失礼なことを考えているようですが、まあそれは置いておきましょう」

 

訂正。こいつは既に人間じゃねえ。

 

当然のことを考える俺に、ジェイドは「相変わらず失礼な人ですねえ」とぼやきながら、懐から取り出した手紙を手渡す。

 

ジェイドの名前が書かれただけのシンプルな手紙だ。印章さえも押されていない。

 

「マクガヴァン元帥宛てです。すみませんが、バチカルに行く前にお使いを頼まれて下さい。その手紙には外郭大地の崩落、セントビナーからの撤退の可能性がある、と言うようなことが書いてあります。それと貴方達を手助けしてもらえるように書き添えておきました。お使いのご褒美だと思って下さい。バチカルで何をするつもりかは知りませんし、私達も知らない方がよいでしょうが、何をするにしても下準備は必要でしょうしねえ」

 

悪い話ではないでしょう? と怪しく笑うジェイド。いや、別に普段と同じ笑顔だが、ジェイドの笑顔は全て怪しいのだから仕方ない。

 

「手助けって、どの位までだ?」

 

「両国の法に触れなければ問題ありません」

 

国際的な問題になるようなこと以外ならばいいと。……中々都合のいい話だ。

 

俺もジェイドに倣い、怪しげな笑みを浮かべてシンクとアリエッタを見る。

「断る理由がないね。死霊使いの言う通り、準備は必要だったんだから」

 

「お使い……アリエッタ、頑張る……!」

 

打算的な笑みと、純粋な笑み。アリエッタの方は見なかったことにするとして、シンクにも異存はないようだ。

 

「そうそう、言い忘れていました。貴方が誰だか元帥以外に気づかれないようにお願いしますよ」

 

「わかってるって」

 

「証拠は残さないように、これ基本ですよね」

 

イオンが笑顔で言う。最近イオンもイイ性格になって来た。

 

「なんだか心配になってきたわ……」

 

ふふふふふふふ、と怪しく笑う俺達にティアが額を押さえながら溜め息をついた。

 

*

 

「じゃんじゃんじゃんじゃん刷れえい! これで、これでようやくワシの夢がぁああ!! 毎日マクガヴァンがぁああ!!」

 

「ソイルソイルソイルソイルソイルソイルソイルソイルソイルソイルソイル」

 

 

怪しい奇声と呪文で現実に帰って来た。

 

「……まさか、こんなことになるなんてなあ……」

 

そう。セントビナーに来るまでは調子が良かった。良すぎたのだ。

 

その反動なのか、今はカオス。

 

全てが壊れたのは、マクガヴァン元帥にジェイドの手紙を渡し、バチカルで行動を起こす為のブツを用意してもらおうと依頼した瞬間からだった。

 

「そ、それは本当か!? ビッグニューーース、これで、これで一気に部数が!! 全てワシに任せい、ワシの会社で全て請け負う。いやな、年寄の道楽で始めたことじゃったが、極めたくなってのう。ぐふふふふふ、数日後には『毎日マクガヴァン』が全世界に……」

 

いきなりマクガヴァン元帥は吠え出したのだ。

 

そして俺が折れた木刀の代わりになる武器を紹介して貰おうと思い、聞いた瞬間、

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

また吠えたのだ。

 

「木刀は真なる強者の証!! 全てを極めた者は必ず木刀に帰る!! 今、道は開かれた!! やつを、やつを呼べい!! ここに木刀の使い手が現れたぞぉぉおおおおおおおおお!!」

 

俺は一体何をしてしまったんだ。マクガヴァン元帥が完膚無きまでに壊れたのは、俺のせいなのか。未だにわからない。誰か助けてくれ。

 

何をどうやったってあの状況を打開できる気はしなかったので、鬱状態のまま呆然としていた。

 

「ほほほんとかのう、マクガヴァンさんや」

 

しばらく待っていると、生きているのが不思議なくらいの老人が来たのだ。もはや男か女かもわからない程。生ける屍(リビング・デッド)だ。

 

マクガヴァン元帥は真剣過ぎる表情でリビング・デッドの手を取った。

 

「ああ本当じゃ。この赤毛が、伝説の――勇者じゃ」

 

もう、諦めたね。

 

呆けた老人には何を言っても無駄だと思い、俺は流れに身を任せたのだった。

 

それからの老人二人の動きは早かった。

 

マクガヴァン元帥は部下に指示を出し、俺の注文の物を大量に用意させ始めた。リビング・デッドはなんと町の中心に立つ聖樹・ソイルの木の一番太い枝をぶった切ったのだ。

 

そして今の状況に至る。

 

部下に奇声を上げるマクガヴァン元帥と、ソイルの木の枝を加工しつつ呪文を唱えるリビング・デッド。

 

俺はそれを視界に入れないように、空を見上げ続けている。夢なら覚めてくれ。

 

「ルーク、大丈夫?」

 

いつの間に寄って来たのだろうか、アリエッタがぼーっとしている俺を下から覗き込む。

 

「えっと……元気ないよ? どこか悪いの?」

 

「実は頭が悪いんだよ」

 

「ここが悪いの?」

 

なでなで、と言った感じで心配そうに俺の頭を撫でるアリエッタ。ゆっくりとした喋り方も行動もいちいち子どもなのだが、流石にもう慣れた。

 

「んー……アリエッタは可愛いなあ。そうかそうか、アニスがアレな分、お前がこうなったわけだな。うん、納得だ。世界は良く出来てる」

 

お返しとばかりにアリエッタの頭を撫で回してやる。動物のようにのどを鳴らしているので、喜んでいるのだろう。

 

「なに際どいこと言ってるんだよ、あんたは……」

 

呆れた、と鼻をならすシンク。眠たそうにはしていたが、寝てはいなかったのか。……いや、今のカオス状態で寝れるならば、俺はシンクを尊敬する。

 

「…………」

 

「何だよ、その目は」

 

アリエッタは得意そうにシンクを見る。寧ろ勝ち誇っている。

 

「撫でられた……」

 

「自慢にならないよ、それ。逆に汚点だから」

 

そうなの? と、不安そうに瞳を揺らすアリエッタに、俺は一辺の曇りもない爽やかな笑顔で言ってやる。

 

「シンクの言うことなんか信じちゃダメだぞ。あいつはアリエッタが羨ましくてあんなこと言ってるんだ。子どもだなあ、シンクは」

「シンクは子どもなの?」

 

「ああそうだぞ。見た目も中身もな。アリエッタの方がお姉ちゃんだ」

 

「えへへへ……シンクのお姉ちゃん……」

 

笑顔を輝かせるアリエッタ。…………うん。ちょっと無理があるな。

 

「アリエッタより子ども……? しかも信じられた……自殺もんだよ」

 

皮肉で言ってるのか本気で言ってるのか。俺としては後者かと思う。シンクにとっては余程ショックだったのだろう。

 

「いや、でも待てよ……。もしかしなくてもこの中で一番歳上なのって…………」

 

ふと気づいた驚愕の事実。恐る恐る呟いた俺に続き、シンクが呆然として言う。

 

「…………アリエッタ、だよね」

 

俺、七歳。

 

シンク、二歳。

 

アリエッタ、十六歳。

 

「いやいやいやいや、もう一回待てよ。そうだ、実年齢なんて当てにならない。身体年齢でいこう」

 

俺、十七歳。

 

シンク、十四歳。

 

アリエッタ、十六歳。

 

「よっしゃ! 俺は勝ったぞ!!」

 

「ま…負けた……。どっちにしても……負けた……」

 

ガッツポーズを取る俺と、打ちひしがれるシンク。…………勝ち負けの問題ではない気がする。不毛だった。

 

バカな会話をして時間を潰した。この後はバチカルでシリアスモードにならなければいけないので、一息つけたと思うことにする。

 

 

 

「ではワシは期日に動く。頑張るのじゃぞ――勇者」

 

セントビナーの大門で、マクガヴァン元帥が俺達を見送ってくれる。後半の壊れ具合がなければいい人なのに。ほんとに残念だ。

 

俺達の手には旅の道具以外にも大きな袋がいくつか。マクガヴァン元帥が用意してくれたものだ。

 

「色々ありがとうございました」

 

「気にせんでええ。ワシにとっても得な話じゃった」

 

「はあ…そうですか……。ていうか俺もびっくりでしたよ、元帥が『こんなこと』やってるなんて」

 

手にぶら下げた大きな袋を見せる。趣味だとか言っていたが、どんな趣味なんだよ一体。

 

「で、あの木刀ってどうなったんですか?」

 

リビング・デッド……木刀作ってくれいたはずの老人はいない。本人と会話してもいないし、約束した覚えもないのだが、会話を聞く限りでは俺のために木刀を作ってくれていた……のだと思う。

 

「ああ……あやつはな――生涯の役目を果たした」

 

…………。

 

「…………生涯っすか」

 

「生涯じゃ」

 

聞かなかったことにしよう。

 

「勇者よ、これを受けとれ」

 

マクガヴァン元帥が、やたらと厳重に封をしている包みを取り出す。……あの、鎖とか札とかいっぱいなんですけど。

 

「銘は『聖樹の御剣』。大事に使ってやってくれ」

 

俺の前に差し出される包み。冗談抜きの封印っぷりを見る限り、呪いの魔剣に見えなくもない。正直かなりビビりながらも封を解くと――出て来たのはただの木刀だった。

 

「スバラシイ名前の木刀だね」

 

シンクが吹き出すのを我慢しながら言う。俺もそう思う。だってどう頑張っても木刀なのだから。

 

「ま、綺麗ではあるけど……」

 

聖樹から削り出されただけあり、見た目はスバラシイ。仄かに光輝いている気がしないでもない。柄に彫られている譜陣のデザインもいい。手触りも良く俺の手にジャストフィットしている。

 

「ちょっと貸してみなよ」

 

「アリエッタにも見せて」

 

二人が珍しさの為か、外見はいい木刀を俺の手から奪おうとする。

 

「やめい! その剣に触るでない!」

 

瞬間、マクガヴァン元帥が叫んだ。

 

シンクとアリエッタの手を払いのけ、木刀から離れさす。

 

「急に叫んですまんのう……。じゃが、覚えておけ。持ち主以外がこの剣に触れると……こうなる」

 

元帥は俺の手から木刀を取り柄を握る。

 

「ぐっ……」

 

うめいたかと思えば、ぐらりと揺れる元帥の身体。最初から仄かに光っていた木刀だが、その光が若干強まった気がする。

 

マクガヴァン元帥は苦しげな表情で俺に木刀を返した。

 

「音素が……吸われてた……」

 

「なるほどね……だからあんな封印が……」

 

目を見開いて呟くアリエッタ。顎に手を当てて頷くシンク。

 

「…………ってえ、マジで呪いの魔剣じゃねえか!!」

 

俺は堪らず木刀を――遥か彼方にぶん投げた。

 

「アレのどこが聖樹の御剣なんだよ! 聖とか意味わかんねえ!!」

 

「大丈夫じゃ。お前さんなら制御できる――選ばれた勇者よ」

 

もうだめだこの爺さん。

 

「二人とももう行くぞ。さてと、武器は適当な店で買うか」

 

やってられるか、と俺は門の外に歩き始める。次の目的地はお土産屋だ。なるべく人を殺したくないので、武器は木刀以外を使う気はない。

 

「ル、ルーク……」

 

「どうした、さっさと……って、お前等何で青ざめてんだ?」

 

さっきの位置から全く動いていない二人。

 

青ざめるどころかアリエッタにいたってはガタガタと震えている。

 

「腰の鞘の中……」

 

「ん? 鞘がどうした?」

 

シンクに言われて後ろに吊してある鞘を触ってみる。今は何も入れてない…………はずだったはずですよ!?

 

「うお!? なななな何で中身が!? ――つーかこれ、『聖樹の御剣』じゃねえか!!」

 

腰の鞘にはしっかりとあの木刀が収まっていた。何故だ! 遥か遠く、ゴミ箱の方に向かって投げたのに。

 

「それがその剣の力じゃ。主が生きている限り、その剣は死なん。お前さんが木刀を求める限り――聖樹の御剣はお前さんの元に帰ろうとする」

 

俺は呪われた。

 

*

 

聖樹から削られた呪いの木刀。ありえないほど矛盾した物体に取り付かれたが流石は俺、何とか気を取り直してバチカル城を眼下に深呼吸をしていた。ちなみに今は俺一人。フレスベルグ、愛称『ふーちゃん』に乗っての空の旅だ。

 

セントビナーから魔物に乗って、バチカル付近まで最短距離でやって来たのが数刻前。もう既にマクガヴァン元帥は行動を起こしていることだろう。

 

今は夕暮れ時。そろそろ頃合だ。

 

「よし。ふーちゃんよ、俺は突撃する。合図があったら頼むぞ」

 

魔物に言葉は通じないが、一応言っておくのが筋ってもんだろう。何の筋かは意味不明だがな。

 

軽くふーちゃんの頭を叩いて――俺は夕焼け色の空に飛んだ。

 

バチカル城の謁見の間。目的地に向かって方向を修正しつつ、木刀を抜く。

 

落下による空気抵抗で髪と服がはためき、容赦なく身体を叩きつける風の音で耳が正常に機能しない。目を開けるのが困難すぎるが、城をしっかり見据えて構えを取る。

 

「いくぜ――襲爪――」

 

 

聖樹の御剣に周囲の音素が驚くべき速度で収束して行く。俺自身のフォンスロットを通して集められた音素も木刀に帯びる。

 

通常では不可能なほどの量の音素を纏い、聖樹の御剣は大上段から降りおろされた。

 

「――雷斬!!」

 

爆音と共に辺りに走る雷光。刀身から解放された雷は、バチカル城の屋根を貫く。落下の勢いは放出された音素に若干殺され、俺は崩壊した屋根の残骸と共に謁見の間に降り立った。

 

「な……っ!?」

 

細部に至るまで豪華極まりない部屋。そこに居あわせた全員が全員そろって唖然としていた。

 

「ふぅ……死ななくてよかったぜ」

 

冷や汗を拭いながら呟き、状況の確認を済ませる。玉座に座った陛下、向かい合うファブレ公爵、隣に立った側近。そしてなだれ込んで来る兵士達。

 

「おー……来た来た。サクッと済まさねえと本気で死ぬな」

 

後ろを兵士達に囲まれてしまったが、まるで状況が掴めていない様子。まあ当然だろう。何せ天井をぶち破って来る侵入者なんて誰も想定していなかっただろうからな。

 

俺は故意に音を立てながら玉座に向かって歩む。

 

「お久しぶりです、陛下」

 

「ル、ルークか……?」

 

流石は一国の主だけあり、動揺はすぐに消え失せた。陛下は「何の真似だ」とばかりに強く俺を睨みつける。

 

「いいや、違うぜ。俺もつい最近知ったことだが、俺は七年前のあの日から本物のルークと入れ替わった――偽物(レプリカ)だ。記憶喪失なんかじゃなくて、端から記憶なんてなかったってことだよ」

 

相手の気を逆撫でるように乱暴な口調で言ってやる。

 

突然の告白だが、陛下とファブレ公爵は絶対に信じるだろう。確信があった。何せ俺が『ルーク・フォン・ファブレ』の名前で、余すことなく真実を記した手紙を送ったのだから。

 

「そうか、レプリカルークの方か……何のつもりだ」

 

予想通り陛下は驚くこともしなかった。俺はその反応がさも意外だったかのような声を上げる。

 

「へぇ、もっと驚くと思ってたのに。ははははっ、まさか最初から知ってたとか? 知らなかったのは俺だけだったってことか?」

 

「本物のルークから手紙が届いてな。まさかレプリカと入れ替わっておったとは……」

 

「はっ、アイツ等生きてたのかよ。せっかく人が魔界の障気の下に埋めてやろうとしたのに、残念だな」

 

レプリカに殺されかけた、実は外郭大地の下に魔界が、などの情報もしっかりと手紙に書いておいた。流石は俺、見事な悪役っぷりだ。

 

邪悪にケタケタと笑い、狂気にかられたかのように振る舞う。鬱状態から反転し、半分躁状態になっている俺には難しい演技ではない。と言うより半分は演技ではない。

 

「今日はさ、お前等に復讐に来たんだよ。七年間も軟禁してくれやがったのと、俺もろともアクゼリュスを消滅させるつもりで送り込んでくれやがったお礼にな」

 

『ルーク』がアクゼリュスと一緒に消滅してそれから何やかんやで戦争が始まってそれでキムラスカが戦争に勝って幸せに、みたいな感じのユリアが残した六つ目のスコア。

 

陛下達がスコアの内容全てをモースから聞いているかどうかは知らないし、知っておく必要もない。

 

重要なのは、このまま何もしなければ戦争が起こってしまうと言うことだ。

 

「復讐、だと……? お前は自分が何を言っているのか理解しているのか?」

 

仮面を張り付けたかのような無表情。色々と思うところはあるのだろうが、ファブレ公爵は責務を優先させた。息子と思って育てて来たモノが実はニセモノで、更にそれが城に特攻をしかけて来たのだ。俺だったら悪い冗談としか思いたくない。

 

「いくら俺の頭が悪いっつっても、その程度のことならわかってるさ。ま、ここまで俺を育てて下さったファブレ公爵のためにもう一度だけ言ってやるよ」

 

 

「――てめぇ等全員ぶっ殺してやる」

 

 

俺の宣言に、兵士達が身構えた。剣を構えて前傾姿勢を取り、号令一つで何時でも突撃できる状態。しかし俺は慌てず騒がす両手を前に突き出し大声を張り上げる。

 

「動くなよ! 陛下ならわかるよなあ、俺は一人で超振動を起こせる。てめぇ等全員アクゼリュスみたいに消し飛ばすぞ!!」

 

脳裏に深く刻まれた光景がフラッシュバックし、嘔吐しそうになる。だがここは正念場なのだ、がまんがまん。

 

勿論、超振動でここら一体を吹き飛ばすなんて出来ない。あれはパッセージリングが壊れたからこその消滅であり、今のはただのハッタリ。

 

だが、そんなことを知らない人間には効果は十分だった。無言で首を横に振る陛下を見て、兵士達は悔しそうに剣を下ろす。

 

「さて、と。死ぬ前に面白い物見せてやるよ」

 

既に憎悪なんて言葉では足りない視線を送ってくる陛下と公爵に、俺は道具袋から取り出した物――新聞紙『毎日マクガヴァン』を放った。

 

「今ごろ世界中が大騒ぎだろうな、キムラスカの王様の殺害犯とアクゼリュスを消滅させたのが――ニンゲン一人の力だって言うんだからよ」

 

戦争を手っ取り早く防ぐ方法は――俺自身が世界共通の敵になること。

 

キムラスカは間違いなくマルクトに、アクゼリュス消滅と、『ルーク』とナタリア・王族の殺害未遂を大義名文に、戦争を仕掛ける予定だろう。

 

シンクもそう言ってたから間違いないはずだ。

 

だから、一人で超振動を起こせる人間兵器――レプリカルークが全てをやったと世界中に知れ渡れば、戦争なんて起こせるはずがないのだ。

 

青ざめた顔の陛下に、俺はゆるりと近づいて行く。

 

邪魔する者は、いない。

 

「暝土の土産にいいことを二つ教えてやるよ」

 

木刀はこの緊張した空気をぶち壊すので抜かない。変わりに音素を手に集めて光らせる。

 

「一つ。その新聞、世界中にばらまかれてるぞ。マクガヴァンもいい仕事してくれたぜ、脅したかいがあったってもんだ。退屈な七年間を過ごした分、これからはやっぱ派手にいかねえとな」

 

アクゼリュスの消滅の犯人、バチカル城襲撃の犯行予告。ヴァン師匠の『レプリカ計画』のことは、不都合になることが多いので書いてない。しかし、その他にもあることないこと書きまくった新聞は、マクガヴァン元帥が世界中にばらまいてくれている。バチカルには俺の襲撃と同時に、シンクとアリエッタが。

 

「二つ。お前等が大事に大事に大ー事にしてきたスコアは、もう当てにはならねえぞ。なんたって――俺がここにこうして存在してるからな」

 

スコアに俺の存在は詠まれていない。ついでに言うと、死ぬと詠まれていたはずのアッシュこと『ルーク』も生きている。……まあ、当てになるかどうかなんて俺は知らないのだが。つまり、またしてもただのハッタリだ。

 

なるべくなるべく、なるべーくゆっくりと歩く。

 

俺の態度が不気味に見えるのだろう、この場にいる全員が固唾をのんでいる。

 

しかし俺はそれどころではない。嫌な汗がだらだらだ。

 

「最後に何か言いたいことはあるか? お前等が無駄な抵抗しなかったら、何の罪もない民は助かるんだ。さっさと人生諦めて、遺言の一つでも言ってみやがれ。お前等の可愛い可愛い子供達に伝えてやらんこともないぞ」

 

ついに玉座の真ん前まで来てしまった。もう色々と焦りすぎて、ちょっと精神状態が尋常ではない凶悪な笑みを浮かべてしまう。

 

「お、お前は、今まで育てられた恩を仇で返すつもりか……!」

 

人間追い詰められたら結構しょぼいことしか言わないんだなー、ともう何か可哀想な表情の陛下を見ながらぼんやりと思う。

 

「この国には陛下が必要だ。私の命ならいくらでも差し出そう。だから陛下の命は――」

 

この状況で冷静に説得を始めるファブレ公爵。むしろ公爵の方が国の役に立ちそうだと思う。

 

と言うか、そろそろ限界だ。これ以上は時間を伸ばせない。

 

「そこまでだっ!!」

 

半分本気で陛下に手を伸ばしかけた瞬間、少年特有の高く通る声が部屋に響いた。

 

俺は弾かれたかのように振り返り、声の主を睨みつける。それはもう殺意を込めた瞳で。

 

「くそっ! 六神将か!!」

 

鳥の嘴のような仮面に、黒い胴着。シンクだ。

 

脳天直撃コースで飛んで来たナイフをとっさに避ける。打ち合わせ通りとは言え、シンクの野郎本気で投げてきやがった。

 

「よくも恩を仇で返してくれたね! 牢獄にぶち込んでやるよ!!」

 

シンクは陛下と同じセリフを吐きながら懐から黒い箱を取り出す。それを確認して、俺は大袈裟に動揺してみせた。

 

「『封印術』か! 厄介な物持って来やがって!!」

 

「超振動を放つのと僕がこれを投げるの、どっちが早いかわかるよね?」

 

シンクが言い終える前に、俺は窓に向かって走り出していた。

 

「追えっ! 奴を逃がすな!」

 

後ろからシンクを筆頭に兵士達が追いかけて来るが、脇目も振らず窓を割って脱出し、城内の廊下を疾走する。

 

幸い殆どの兵士が謁見の間に集まっていたので、容易に城の外に出ることができた。ただし、またしても窓からだが。

 

「うおっ、あぶねえ……」

 

弓矢やら譜術やらが後ろから飛んでくるが、こればかりは当たらないことを祈るしかない。

 

少々無理をして、昇降機を使わずに中心街に飛び降りた。例の新聞と城が襲撃されたことで、町中大騒ぎだった。

 

兵士の何割かは町の混乱をおさえる為に奔走している。

 

本来なら一人で一国の軍隊を敵に回して逃げ出せるはずがないのだが、バチカルの民全てが大騒ぎしている今、死ぬ気で頑張れば何とかいける計算だ。

 

バチカルは大地の巨大な窪みの中にある。中とは言っても窪みの中心は盛り上がっているので、正確には町の周りに自然の堀がある状態なわけだ。

 

つまり町の外に出るには窪みの内と外を繋ぐ橋を通るか、天空客車に乗り港まで移動し、そこから船で海に出るかしかない。

 

当然、城が襲撃された時点で橋も港も封鎖されているはずだ。

 

普通に考えれば、もう逃げ道は何処にもない。

 

――だが実は、裏技があったりするのだ。

 

俺は普段誰も来ないような町の端、つまりある程度頑張れば乗り越えられる柵まで命からがら逃げて来ていた。

 

柵を越えれば、下は断崖絶壁。

 

「頼むぜ、ふーちゃん……」

 

柵を登り、深呼吸する。

 

ぐずぐずしていれば、本気でここで捕まってしまう。

 

混乱した大群衆の波に揉まれてかなり減りはしたが、シンクと兵士達が駆けて来る。

 

「あいつ死ぬつもりか!?」

 

非常に嫌だったが、俺は覚悟を決めて柵から飛んだ。

 

最後にシンクの叫び声が聞こえた気がしたが、もうそんなこと気にする余裕はなかった。

 

本日二度目の落下体験だが、こんな自殺未遂に慣れることはできない。

 

……と言うか、急がないと死ぬ。

 

俺はいそいそと首にぶら下げていた小さな笛を口にくわえて、力一杯吹いた。

 

次いで、腰の木刀を抜いて崖に突き立てる。もちろんそれで止まれはしないが、勢いを殺すことはできる。

 

だが、それでも楽に昇天できちゃいそうなスピード。

 

そんな状態で地面に叩きつけられる寸前、俺の身体は宙に浮いた。

 

「ふぅ、流石に死ぬかと思ったぜ……。ありがとな、ふーちゃん。ジャストタイミングだ」

 

吹き出す嫌な汗を拭い、俺は身体を持ち上げくれたフレスベルグに礼を言った。

 

飛び下り自殺そのまんまの脱出。命がけだけあり、結構なメリットはあった。

 

兵士達はすぐには追ってこれないし、上からでは角度がきつく俺がフレスベルグに助けられたところを見ることができなかったはずだ。

 

「……それにしても、もう色々と後戻りできねえな」

 

これで晴れて世界中から憎悪と恐怖の念を抱かれる大犯罪者だ。

 

覚悟はもう済ませたはずだったが、やっぱり精神的にきつい。

 

しかしこのくらいやらないと、スコアに詠まれた……いや、確定された未来を壊すことなんてできない。

 

「ん? 確定……? …………うーん、まあいっか」

 

自分で言った言葉に疑問を覚え始めるあたり、そろそろ本格的にやばいかもしれない。

 

ふーちゃんと一緒にいる姿を見られるのは非常によろしくないので、一旦ふーちゃんとは別れて以前通った廃工場に向かった。

 

俺の身体は周囲の岩肌と同色のマントに覆われている。バチカル市街(上)からだと結構距離があるので、こんなちょっとした偽装でも効果はかなりある……予定だ。

 

「ばっちり見えてたら間抜けなことこの上ないよな……」

 

捜索隊がこない内に、駆け足で進んだ。

 

予め廃工場の入口から垂らしておいたロープを登り、証拠隠滅の為にロープを回収。襲ってくる魔物を適当に流しつつ、全速で排水口から砂漠に出た。

 

「おつかれさま、です。ルーク、怪我してない?」

 

燦々と照り付ける太陽の下でずっと待っていたのか、とことことアリエッタが駆け寄って来た。額には汗が浮かんでいる。

 

「おう、大丈夫だったぜ。シンクが中々来なかったからちょっと焦ったけどな」

 

本来の計画では、レプリカルークが襲撃者であることをあの場にいた者に確認させるだけでよかったのだ。

 

なのにシンクが予定より遅れたせいで、俺は危うく本当に陛下をぶっ殺しちまうところだった。

 

「はい、どうぞ。これ、ルークの分です」

 

アリエッタが紙袋を渡してくれる。開けて中を見てみればパンが入っていた。

 

「新聞を配るのを町の子供にお願いしたあと、シンクと一緒に並んで買ったの。すごい人気で人がいっぱいいました」

 

笑顔で得意そうに話すアリエッタ。俺はとりあえずアリエッタの頭をくしゃくしゃと撫でてやり、後でシンクをぶん殴ってやろうと決心した。

 

あの野郎、人が冷や汗だらだらで特攻してる間、町で遊んでやがった。

 

「まあ、人を雇うってのはいい考えだな。それで遅刻しやがったのはありえねえけど」

 

てっきりアリエッタとシンクが新聞をばらまくのだと思っていたが、良く考えれば目撃されたら終わりじゃないか。

 

そんな簡単なことにまで頭が回らなかったなんて、相当緊張していたらしい。

 

今後はもっと冷静かつ慎重に行こう。

 

「よし、アリエッタ。シンクは後で制裁するとして、まずはさっさとベルケンドに行こう。美味い飯と柔らかいベッドが俺等を待ってるぜ」

 

パンを頬張りながら日影でだれているライガとフレスベルグに向かう。が、服の裾を捕まれたのでアリエッタの方に振り返る。

 

「どうした? シンクは向こうで合流だから、待っててもここには来ねえぞ」

 

「あのね、ルーク。ルークはもう町に入れないよ?」

 

「あ゙」

 

忘れていた。俺は世界的大犯罪者になったばかりではないか。

 

…………。

 

よし、次こそは、次からこそは冷静かつ慎重に行こう。

 

何事もポジティブに、だ。

 

*

 

魔物に乗ってベルケンドの近くにあるワイヨン鏡窟とやらにやって来た。レプリカを作るための材料となる鉱石がある洞窟らしい。

 

中は洞窟だけあり暗くじめじめとしているが、俺はそんなこと気にせずシンクが来るまで昼寝をしていた。

 

アリエッタも退屈なのかライガの腹を枕代わりにすやすやと眠っている。

 

「とりあえず報告しとくよ。キムラスカはレプリカルークを指名手配、マルクトにもそれを通達。アクゼリュスのことは全部レプリカルークの犯行ってことで改めて世界中に発表するってさ」

 

世界中にばらまかれた新聞は、それに書かれていたバチカル城の襲撃が実際に起きたことで、信じるにたる物となった。人々は今さらアクゼリュスの事件をただの作り話だと一笑することはできない。

 

つまり国がいくら情報操作をしようが、もう手遅れなのだ。

 

「で、やっぱりあの演技はかなり効果があったよ。レプリカルークを助けたことを帳消しどころか、今度国王直々に感謝状を送るってさ」

 

俺がバチカルから逃げ出した後、シンクは上層部に適当な嘘の情報を伝えた。

 

アクゼリュスが崩落してすぐに、ダアトの近くで『六神将・鮮血のアッシュ』が倒れていた。

 

シンクは『アッシュ』を保護し、ダアトに連れ帰る。

 

しかし『アッシュ』は記憶を亡くしており、普段とは随分と雰囲気が違った。

 

そして数日後、『アッシュ』は姿をくらました。シンクはアリエッタと強力し、『アッシュ』の捜索を開始。セントビナーで『アッシュ』の情報を得て、そこで初めて『アッシュ』が『レプリカルーク』だと知った。

 

で、バチカルに文字通り飛んで行った、という真っ赤な嘘だ。

 

しかしキムラスカだって俺とアッシュの入れ代わりに七年間も気づかなかったのだから、シンクに責任を取らせることはできない。

 

七年前の手口をそのまま真似るなんて、最高の皮肉だ。

 

……まあ、俺がダアトで下手に目立たなければすんだ話だったのだが。

 

そこら辺は仕方ないことだし俺は悪くないと思う。きっと。

 

「それはそうとシンク、ちょっとこっち来いや」

 

「やだね」

 

俺の殺気に気づいたのか、シンクは冷静に距離を取る。しかしここは元ヴァン師匠のアジトとは言えやはり洞窟の中なわけであり、シンクはやたらとでかい音機関を背後にすぐに追い詰められた

 

「予定より随分と遅い登場だったじゃねえか、キムラスカのヒーロー君よ」

 

「当然さ。時間に余裕持って来たらヒーロー失格だよ」

 

「焼きたてのパン詰めた袋片手に颯爽と駆け付けるなんて、とんでもなくかっこいいヒーローだな」

 

「パンじゃなくてクレープの袋だよ。早とちりは良くないね、犯罪者。あ、今のアリエッタには内緒ね、一人分しか買ってないから」

 

「てめえはどんだけ遊んでんだよ!」

 

結構頭に来のでシンクに全力の双牙斬を放ってやった。

 

しかし憎たらしいことにシンクは横に飛んで回避する。

 

渾身の一撃が空を切っただけに終わるかと思われた瞬間、鈍い手応えと同時に鈍い音が辺りに響いた。

 

「あ……」

 

当然一度放った技を途中で止めるなんてこと無理なわけで、俺の双牙斬はシンクの後ろにあった音機関を見事に直撃していた。切り下ろしと切り上げ、二つ分の斬撃の痕からは火花が散っている。

 

うん、壊しちゃった。

 

「シンク、これってあれだろ? お前が前に言ってた、レプリカ作るやつ」

 

「そうだよ」

 

「そっか、なら別に壊したって問題ないな。どんどん壊しちまおう予定通りに」

 

「そんな予定なかったよね」

 

「木刀の錆にしてくれるわ」

 

「無視するんだ」

 

「超振動の練習に使うのもいいな」

 

「無視を貫くつもりなんだ」

 

「それとも解体して部品を売り捌くか」

 

「とことん無視するんだ」

 

「…………もういいっつーの! ああそうですよ、俺が悪かったよ!!」

 

冷たい視線を送り続けるシンクに、俺はついに諦めた。ここで譲ってあげるのが大人の対応なんだと思いたい。

 

とりあえず八つ当たり気味に音機関をバラした。資金はあればあるほどいいので、使えそうな部品はベルケンドで売る方向に決定した。

 

「それにしてもその木刀、凄い威力だね。城の天井ぶち抜くは鉄の塊を楽々えぐるわ……既に木じゃないよ」

 

未だぐっすり眠っているアリエッタの髪で遊びながら、シンクは呆れたような瞳で聖樹の御剣を見る。

 

「まあな、確かに呪いの魔剣だけのことはある」

 

しかし呪いには呪いたる所以がある。何事もただとはいかない。……いやまあ呪いってのは俺が勝手に言ってるだけなのだが。

 

「ただなあ……制御するだけでかなり疲れるんだよ。なんつーか、使えば使う程精神が擦りきれそう」

 

俺の意志で周囲の音素を収束する木刀。しかし音素を留めておける限界もあるし、放出するにはありえないくらい疲れる。

 

この木刀の力を最大限に引き出し、かつ最近覚えた自身の身体で音素を扱う技術を用いて戦えば、恐らく今までの半分の時間も集中力がもたない。

 

「つまりそれはブースターってことか。精神力と引き替えの莫大な攻撃力……使いどころを誤れば死に繋がる。何とも扱い難い代物だね」

 

興味深そうに頷くシンクだが、今現在シンクの興味は全てアリエッタの髪に向いている。

 

ストレートから始まりポニーテール、ツインテール、三編みと続き、今のアリエッタの髪はそれはもう大変なことになっている。

 

「シンクよ、是非とも俺にその髪型の名前を教えてくれ」

 

「かの有名な七本縛り」

 

「それはどこのどんな世界での話だよ」

 

こいつ実は馬鹿なんじゃあないかと思う。

 

放っておけばその内逆転の発想でアリエッタが丸坊主になってしまいそうなので、そろそろ止めてやれと注意しておいた。

 

それからしばらくしてアリエッタは目を覚ました。とりあえず頭は無事ですんだ。

 

戦闘訓練に夕食。今日の予定は全て終了し、後はもう寝るだけなのだがどうにも寝つけない。

 

アリエッタはあれだけ昼寝をしていたにも関わらず、もうぐっすりと睡眠中。

 

短期間に色々ありすぎたせいで、アリエッタは精神的に参っているのかもしれない。

 

「ねえ、アリエッタのことなんだけどさ……」

 

つらつらと適当なことを考えていると、唐突にシンクにしては歯切れが悪く切り出してきた。

 

「全部が終わったら、ほんとにあんたを殺すつもりなのかな……」

 

ほらだってアリエッタってルークになついてるじゃないか、最後だけシンクは無理に茶化した。

 

光がないので、シンクの顔もアリエッタの顔も見えない。聞こえるのはアリエッタと魔物達の寝息だけ。

 

「殺すだろ、そりゃ」

 

「だから何でそんなに軽いかな……」

 

軽く言ってやれば、シンクは盛大に溜め息をつく。

 

「だってそうだろ? なつくとかそんなことは関係なくて、俺は仇なんだから」

 

アリエッタは生き死にに関してはシビアだ。意思疎通ができる魔物でも、食べるためであれば、生きるためであれば迷いなく殺す。

 

アリエッタが俺達を許せないのは、チーグルとライガの問題に不自然なカタチで関与した上での殺しだったからだ。

ローレライ教団と縁のあるチーグルを救いたいという気持はいい。アリエッタも当然家族や友達を優先させたいと言っていた。

 

ただ、エンゲーブの食物の盗難をライガの罪にするのは間違えている。

 

罪を負うべきはチーグルなのだ。

 

食物の提供はライガとチーグルの、弱肉強食という自然界の法則の上でも、損害賠償という人間の法律の上でも成り立つ、どこまでも公平な取り決めであったのだから。

 

ライガが人間の子供を襲うというのも、よく考えればでたらめだとわかる。

 

人間には圧倒的な兵力と火力がある。あれだけの知能を持ったチーグルと取引できるライガが、人間を襲うことのリスクをわからないはずがないのだ。

 

ライガが襲うのは、自分達のテリトリーを侵した者だけ。人間が防衛のためと町を襲う魔物を狩るように。

 

だから、アリエッタは許せないのだ。俺達の勝手な思い込みによる殺しを。

 

「シンクも知ってんだろ? アリエッタは俺を殺すのを躊躇わないし、それで後悔することもないって」

 

「…………」

 

暗闇の中、なぜかシンクが小さく溜め息をついた。はて、俺は何か変なことを言っただろうか? ちょっと心配になって来たので補足しておく。

 

「俺もそれでアリエッタを恨んだりはしねえぞ。元は俺からした提案なんだし」

 

「はぁぁ……」

 

今度は盛大に溜め息をつかれた。もう意味わからん。

 

「ほんっっっとルークって馬鹿だよね、何にもわかってないのかと思えばちゃんとわかってたり、でもやっぱり逆だったり。もういいよ、相手にするのも疲れたしそろそろ寝る」

 

「お前から話しかけて来たんじゃねえか」

 

「…………」

 

シンクからの返答はなく、俺の声だけが虚しく響いた。…………野郎、本気で寝に入りやがった。

 

シンクのことだから、もう何を言っても無駄だろう。俺もそろそろ本格的にブウサギでも数えて眠りにつこうかと思ったが、どうにもシンクの最後の言葉が気になる。

 

――何にもわかってないのかと思えばちゃんとわかってたり、でもやっぱり逆だったり。

 

…………。

 

逆だったり、ってことはつまり俺は何もわかってないってことになるのだろうか。

 

うん、何かムカつくな。

 

馬鹿だってことは認めるが、馬鹿にされるのは面白くない。矛盾してる気もしないでもないが、そこは気にしないでおこう。

 

うん、気のせいだな。きっと。

 

 

 

――と、そんな風に終わった俺達の一つの計画。

 

間抜けなやり取りをする俺達とは逆に、世界には恐怖が瞬く間に広がった。

 

たった一人でアクゼリュスを消滅させた赤色。その手口を一切見せずにキムラスカの誇る最高峰の防備を潜り抜け、未遂には終わったが国王の命を奪いかけた赤色。

 

人々は胸に大きな不安を抱きながらも囁き合うことしかできない――真っ赤な噂を。

 

 

 

……とまあかっこいいこと言ってみたんだが、太陽に透かせば橙色なんだよな――俺の髪って。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。