TOA ~突き進め、我が道を!~   作:あきあ

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第七話 世界が動く

ヴァンとの会談が終わった後、その足で研究所に踏み込む予定だった。スピノザとかいう老研究者をふん縛るために。

 

何でもシンクによれば、俺達レプリカを作ったのはヴァンに依頼されたスピノザらしい。だからスピノザに生体フォミクリーの技術を全部廃棄させたかったのだ。

 

もうこれ以上、他人の勝手な都合で俺達のような者を作らせはしない。

 

とまあ決意はしていたのだが、俺が気絶したため、仕方なくワイヨン鏡窟に撤退したわけだ。その後、シンクとアリエッタで目的は達成した。

 

リグレットに殺されたくなかった俺はお留守番だった。

 

指名手配って辛い。

 

「まあ、僕がちゃんとヤっておいたから」

 

「アリエッタも、頑張りました」

 

二人が何をヤったのかは知らないが、俺は念のためスピノザの冥福を祈っておいた。

 

と、それが一月前の話。

 

俺達は今、ダアトに来ていた。

 

その一月の間にたくさんのことがあり過ぎて、世界の事情は大きく変わった。

だから俺がダアトにいれるわけだ。

 

先ず、驚くべきか呆れるべきか、俺達がヴァンと話した直後に何とオラクル騎士団の半数以上が行方をくらました。言うまでもなく、ヴァンが教団という隠れ蓑を捨てたのだ。

 

次に、セントビナーに続いてルグニカ平野とケセドニア辺りが全部魔界に落ちた。

 

以前にその可能性と、世界中のパッセージリングの位置をアッシュ達に伝えておいたので、落ちたと言ってもアッシュ達がセフィロトツリーを操作して人為的にゆっくりと大地を降下させただけ。よって、死者は出てない。シンクとアリエッタの情報が、かなり役に立ったわけだ。

 

ただその時、全てのパッセージリングが暴走状態にあり、いつ壊れてもおかしくない状況ということがわかったらしい。パッセージリング消滅の暁には、外郭大地は全て崩落する。

 

そのことは真っ先にアッシュ達が両国のトップに伝えたとのこと。

 

そして最後に、キムラスカとマルクトが和平を結んだ。

 

俺こと大犯罪者が世界にばら蒔いた情報の影響。

 

ヴァン・グランツの暗黙のうちの反逆(ヴァンの計画はアッシュ達が全て話した)。

 

外郭大地崩落の可能性。

 

そして最後に第七譜石の内容(第七譜石のことは魔物を使ってアッシュ達に届けた手紙に書いておいた)。

 

これらが和平が結ばれた理由。

 

キムラスカの王族アッシュとナタリア、マルクトの重鎮ジェイド、教団のトップイオンの尽力で成し得た、史上最短の和平調印だった。

 

「――とまあ、たった一月でここまで世界が動いちまったわけだがよ…………引きこもってた俺には、いまいち実感ないんだよな」

 

ローレライ教団の一室で、俺は集まった面々に開口一番そんなことを言った。

 

ヴァンと騎士団の半数以上が抜けたことで地獄のように混乱していた教団。ちょっと変装するだけで簡単に潜り込めるような状態だったので、俺達は一月近く前からずっと教団を拠点に行動していたのだ。

 

「貴方に実感がなくとも、間違いなく全ての元凶は貴方なんですがねえ」

 

眼鏡を押し上げて頬をひきつらせるジェイド。ジェイドは忙し過ぎて数日前までほとんど寝てなかったらしいので、八つ当たりがしたいんだろう。きっと。

 

「久しぶりの再会だってのに随分と機嫌悪そうだな」

 

テーブルに座る皆の顔を見れば、なんか死にそうなほど顔が青い。ちゃんと体調管理くらいしろよ。

 

「あのな、ルーク。こっちは大変だったんだぞ、みんな寝る暇がないくらい」

 

俺の視線に気づいたのか、疲れたように嘆くガイ。皆はそれにこくこくと頷いて合意し、アニスとアッシュが愚痴り始める。

 

「イオン様とナタリアと私は主に和平のために不眠普及」

 

「死霊使いとティアとガイと俺は世界を回って休み無しでパッセージリングの操作」

 

過労死しかけた、と揃って俺を睨みつける二人。なんかアニスとアッシュって息が合ってるなあ、とか思ってたらまた睨みつけられた。

 

「まあいいじゃねえか。俺等も結構色々やったし、お相子ってことで」

 

へらへら笑って適当にやりすごす俺に、ティアがきょとんと首を傾げる。

 

「そう言えば、ルークは何をやっていたの?」

 

「俺か? 俺はだな――」

 

 

――大詠師モースの家が泥棒に入られただって?

 

――あ、あの豚野郎(モース)……機密情報たんまりの報告書、金庫ごと持ってかれちまったらしぞ……。

 

――報告書!? 報告書って、あの……例の……報告書か……?

 

――そうらしい……。しかもよりによって特Aクラスの書類を……数枚……。

 

――特A!? くそっ! あの豚(モース)、どうしてアレを当日に処分してないんだっ!!

 

――それだけじゃない…………泥棒に入られたのは豚小屋(モースの家)だけじゃないんだよ! 教団の豚小屋(モースの執務室)もなんだよ!

 

――な、何が盗まれたんだ?

 

――禁書庫の鍵――って、だ、誰かーっ! 誰か来てくれ! 倒れた、人が倒れたーっ!!

「――こんな感じのこととか……」

 

とある上層部のお方の会話の一部をそのまま引用して、ついでに書類を数枚テーブルの上に置く。

 

「他には――」

 

 

――き、禁書が盗まれた!?

 

――はい……それはもう、何一つ証拠を残さない鮮やかな盗みっぷりで……。凄いですよね、ほんと。

 

――犯人を誉めるなっ!! 見張りの兵は何をしていたんだ、寝ていたのか!!

 

――はぁ……見張りはいませんでした。総長は当然として、師団長も部隊長もほとんどが抜けちゃってるんで、命令系統がズタボロなんですよ。実質、騎士団は機能してない状態ですね。

 

――この役立たず共がぁぁああ!! 命令がなくとも自分達の判断で動けっ!!

 

――……無茶言うなや、豚。そもそも禁書庫の鍵はてめえの部屋から盗まれたんじゃねえか。

 

――何か言ったか!!

 

――いいえ! 私は何も言っておりません! 豚の空耳あっ……!!

 

 

「――こんな感じのこととか……」

 

とある兵士と豚(モース)の会話の一部をそのまま引用して、ついでに古ぼけた創世暦時代の本をテーブルに置く。

 

「他には――」

 

 

――今から、君達には殺し合いを始めてもらう。

 

――始めてもらいます。

 

――シンク師団長ー、アリエッタ師団長ー、意味がわかりませーん。

 

――そーだそーだ、横ー暴だー。て言うか残った師団長がお子様二人なんて、うん、何なんでしょうね?

 

――殺し合い観賞なんて物騒な娯楽、子供のころから見てたら色々やばいですよー。お兄さん(三〇歳)の言いたいこと、わかりますよね?

 

――ヴァンがあんた達を連れて行かなかった理由、何となくわかったよ。

 

――みんな、幸せそう……です。

 

――な!? 俺達は連れて行かれなかったんじゃなくて、ついて行かなかったんです!

 

――そうだそうだ! 騎士団に残った自分達は、昔にみんなで約束したんです。『死が我等を引き裂くその日まで、共に此処を守ろう。生を受けた場所は違えど、我等の居場所は此処だ。世界全てを守ることは出来ずとも、我等が出会えたこの場所を――共に守ろう』――自分達は、そう約束したんです!

 

――そうですよ、俺達は守らなきゃ駄目なんですよ! 約束を交した場所、俺達の絆の象徴である――あの雀荘を!!

 

――殺し合いと言っても、実際は新しい部隊長の選出なんだけどね、バトルロイヤル形式の。適当な選出方だけど、実力主義ってことで気にしないで。

 

――スルーされた!? 俺達の思い出が簡単にスルーされた!?

 

――シンク師団長の鬼! 悪魔!

 

――あの……一番になった人には、ちょっとだけ賞金が出ます。だから頑張ってね。

 

――賞金は俺がもらったぁぁあああ!! バトルロイヤル上等!!

 

――賭だっ! 弱い俺には賭しかないっ! トトカルチョだ!!

 

――……こんなのしか残ってないって、ローレライ教団も本格的に危ないね。

 

 

「――こんな感じのことをしてた」

 

教団に残った兵士達とシンクとアリエッタの会話の一部をそのまま引用して、ついでに優勝賞金と配当金をテーブルの上に置いた。

 

半分以下……いや、三分の一程度に減ったとは言え、それでも結構な数になるオラクル騎士団員。一度で全ての団員を戦わせるのは無理なので、バトルロイヤルは十回に分けて行われた。

 

そして修行の為に変装して出場した俺は、八回優勝した。

 

死ぬ気で頑張ったのだが、最後の二試合は体力が持たなかったのだ。無念。

 

テーブルに並べられた、かなりヤバめな報告書と古ぼけたた書物と金。

 

ジェイドが軽く報告書に目を通し、イオンにそれを渡した。

 

「私もある程度は想像していまたしたが、教団がここまでやっていたとは……」

 

珍しくも動揺した様子を見せるジェイドに、皆は何事かとイオンに渡された報告書を覗き込む。

 

「…………うそ……こんな……っ!」

 

「え、何で……何で教団が……」

 

ティアとアニスが息をのむ。教団の一員である二人には、ショックが大きかったのだろう。

 

「それ、本物だぜ。ローレライ教団の上層部、それも実質は教団の実権を握ってる奴らは、スコアを守り通すためなら何でもやる。暗殺なんて軽い方だ」

 

世界をスコア通りに、という目的のためだけの、人道をどこまでも無視した活動。上層部以外には知られていない特殊な実行部隊によるその活動の報告書こそが、ここにある物だった。

 

暗殺、恐喝、洗脳。教団は手段を選ばない。極めつけは、アクゼリュスの崩落と戦争。吐き気がしてくる。

 

「イオンも知らなかったんだろ? 言ったら悪いけど、イオンは教団のお飾りだから」

 

「はい……知りませんでした。僕達導師派も、大詠師派のこのような活動を疑ってはいました。しかし、証拠が何一つ出て来ませんでしたから……」

 

疑うの域を出なかった、とイオンは悔しそうに目を伏せた。

 

「ま、仕方ねえだろ。これもまた言ったら悪いんだけど、導師派って弱いし」

 

気にすんなよ、と俺はイオンに向かって軽く笑う。

 

大詠師派とはスコアは遵守されるべきだと主張する保守派、導師派とはスコアは不幸を事前に防ぐために利用すべきだと主張する革新派と言い換えれる。

 

導師派はつい最近できたばかりの革新派だけあり、まだ勢力が弱い。大詠師派にとっては、大したどころか全く脅威ではないのだ。

 

「それによ、大詠師派も必死に尻尾を捕まれないようにしてたんだ、報告書は読んだらそく焼却ってな具合に。しかも俺の調べた限りじゃあ、こんな活動の存在を知ってたのはたったの十人だけ。大詠師派のトップ達と実行部隊のな」

 

そんな少人数で極秘にやっていたのだから、そうそう証拠なんて残らなかったのだ。

 

「だったら何でルークはこんな物があるって知ってたんだ? シンクとアリエッタか?」

 

ガイが報告書を嫌そうに指先でつまみ、ひらひらとさせる。報告書自体が汚いわけじゃないんだから、そんなことしなくてもいいだろに。

 

……まあ、気持はわからなくはないが。

 

「僕達も知らなかったよ。それなりに高い地位にいるけど、モース達からは信用されてないからね。アリエッタは…………言う必要もないでしょ」

 

ちらりとアリエッタを横目で見て、肩をすくめるシンク。皆もそれで納得したようで、アリエッタに対する追求はなかった。

 

必死に話について行こうと頑張りながらも、話について行けてない。そんなアリエッタを見ていると、何だか和む。

 

こういう時はアリエッタの性格は特だなあとか思っていると、ストレスで気が短くなっている皆が視線で「早く説明しろ」と訴えてきた。

 

「リグレットだよ、リグレット。あいつが教えてくれたんだ。で、それが処分されてなかったのはモースが過労で倒れるほど忙しかったから」

 

ちなみに過労と盗難のショックで今モースは寝込んでいる。俺のせいではないと思い込みたい。

 

「教官が……?」

 

首を傾げるティア。リグレットがわざわざそんなことをする意味がない、誰でもそう思うだろう。

 

俺は小さく折られた手紙をティアに渡してやる。手紙といってもどこまでも事務的な飾りけのない物で、そこがまた妙にリグレットらしい手紙だ。

 

「ベルケンドでヴァンと話した後、リグレットに虐待されたんだ」

 

「…………」

 

何を言い始めてんだこいつは、と皆が見てくるのだが、事実は事実だ。

 

「その時はもう虐待される意味がわかんなかったけど、後で服の中にその手紙が入ってたの見つけて…………いや、やっぱあそこまでする必要なかったよな? コブになってたんだぞ」

 

治るまで相当痛かった。いくらヴァンの目を誤魔化すにしても、もっとスマートなやり方がいくらでもあったと思うわけだよ。

 

そんな意思を込めて皆を見てみたけれど、続きを話せと取り合ってくれない。

 

何か非常に納得いかないが、とりあえずここは俺がゆずることにする。

 

「初めてリグレットとまともに話した時にな、お前等の戦う理由を教えろ、みたいなことを俺が言ったんだ」

 

つい最近のことのように思い出せるが、もうそれなりに時間がたっている。そう思うと何だかおかしくなって来て、少し笑ってしまった。

 

「何を笑ってやがる、気持わりぃ」

 

アッシュが何か言っているが無視。

 

「でさ、リグレットはそれをちゃんと覚えてたらしいんだ。聞いた時にも答えはしてくれたんだけどよ、今回は細かいとこまで教えてくれたってわけだ」

 

「いちいち回りくどい、もっと簡潔に話せ」

 

悔しかったのか更にアッシュが吠えるが、これも無視。言われなくても今から話す。

 

「ヴァンとリグレットもさ、例の十人の中に入ってたんだよ。そんな犠牲の上に成り立つスコアに縛られた世界なんて、そんなスコアを盲信する世界なんて、私は認めたくない。私の話が信じられなければモースの部屋にでも忍び込め……って、そう手紙に書いてあった。教団の非道なやり口が、ヴァンに賛同する決定打になったんだろうな」

 

唯一の肉親だった弟のことと合わせると、この世界に絶望してしまう理由には成り得る。

 

そんなリグレットの心の拠り所になったのが、ヴァンというわけだ。ヴァンと出会う前にもっと別の希望みたいなモノを見つけられていたら、世界を壊そうなんて思うこともなかったかも知れない。

 

過去のもしもの話を考える意味はないって、ちゃんとわかってはいるのだが…………その辺りまだまだ俺は弱い。

それにしても、考えてみれば考えてみるほど、リグレットの過去が苦労と苦痛に埋めつくされていると再認識させられる。素が優しいだけに、相当辛かっただろう。いや、今も辛いのか。

 

現在のことはともかく、他人の過去のことまで心配する余裕なんて今の俺にはないはずなのに、それでもついつい思考を続けてしまう。

 

「ほんと、あいつって馬鹿みたいに律義で真面目で頑固で頭固くて…………優しすぎだろ……。敵対したアリエッタのこともティアのことも心配し続けてさ、挙句の果てにこんな手紙よこしやがって……敵の悩みを解決してどうすんだよ」

 

はぁ、と大きく溜め息までついてしまう。俺の精神状態を不安定にしようって作戦じゃないだろうな。……いや、本気で。

 

「あ~、ルークってばもしかして」

 

にたにたと音が聞こえてきそうな嫌らしい笑顔を浮かべたアニスが、肘で俺をぐいぐい押してきた。意識が変なところに飛んでいた俺はよく意味がわからず、つい思ったことをそのまま口にする。

 

「アニス、目の前にいくらこんなに金があるからって、そんなにニヤニヤしてたぐお……っ!」

 

「リグレットに恋しちゃったとか?」

 

肘を俺の横腹に猛烈な勢いでめり込ませて、星が飛んでそうな声で聞いてくるアニス。行動と口調のギャップが恐怖以外の何でもない。

 

「まあ、そうでしたの? ですがルーク、彼女は敵ですのよ」

 

「俺は……ルークを応援するぞ。あのルークがなあ……成長したなあ……」

 

「…………ばか」

 

黄色い声を上げながらもたしなめるナタリア。しみじみと感動して独りごちるガイ。寂しげな感じなのに妙な迫力を持った声で呟くティア。

 

「皆さん若くていいですねえ。年寄りには無縁な話ですから」

 

「僕はいいことだと思いますよ」

 

「お、お前、本気か……!?」

 

急に弱々しく老け込んで見せるジェイド。にこにこイオン。驚愕アッシュ。

 

「え? どういう意味なの?」

 

「……バカばっかだね」

 

何一つわかってないアリエッタ。呆れ果てるシンク。

 

何ともバラエティに富んだ反応だった。

 

つーか、この食い付きようは何なんだ。ジェイドとイオンとシンクは遊んでいるだけとしても、残りは本気の反応だ。

 

シンクじゃないが、もう呆れた。

 

「……お前等はバカかよ。忘れてねえか? ――俺はもうすぐ死ぬんだぞ」

 

「――――……」

 

水を打ったような静寂が、一瞬で部屋を支配した。

 

先ほどまでの空気と対極なだけあって、相対的に静寂が重く感じられる。

 

…………えっと……あれ? ……このイタい空気って、俺のせい?

 

「いや、ほら、違うぞ? 俺が言いたいのは、もうすぐ死ぬってことじゃなくてだな……えっと、あれだ、恋とか愛とかそんな重たい感情が無駄ってだけで、あれだ……うん、それだ」

 

何とかしようと試みたが、空気が重たすぎて、何を言ってるのか途中でわからなくなった。むしろ途中から俺の頭がイッていた。

 

更に部屋の空気は重たくなってしまい、俺は自分の頭の悪さに失望した。もう俺の頭イヤだ……。

 

「お、俺は悪くねえ! こんな空気になったのは俺のせいじゃねえ! 悪いのは……悪いのは…………とにかく俺は悪くねえ!!」

 

とりあえず誤魔化そうと叫んでみた。何も誤魔化せてないのがさらにイタいが、俺の必死の気持は届いたらしく、ジェイドが手を打って皆の注意を引いてくれる。

 

「これ以上馬鹿な発言に苛々させられたくはありませんので、次に移りましょうか」

 

さりげに過去の再現をしてくれやがったジェイドは、俺が盗み出した禁書を手に取って、パラパラと捲り始める。

 

「禁書ということだったけど、どういう内容なの?」

 

ちらりとジェイドの持つ禁書を覗いたティアが、シンクに向かって尋ねた。創世暦時代の書物なので、俺達三人の中で一番学のあるシンクに聞くのは当然のことなのだが、どこか釈然としない。

 

「今まであんた達がやらされて来た、外郭大地降下作戦の原案だよ。創世暦時代の人間……まあ、ユリアなんだけど、ユリアが発案した、障気と大地の液状化に対するもう一つの解決策ってわけ」

 

外郭大地降下作戦。世界が一丸となって行う、初の大規模な作業だ。

 

第一段階として、液状化したこの星の元の大地、つまり魔界の大地を固める。

 

大地の液状化の原因は、プラネットストームを発生させることによって起こる地核の振動。だからその振動を、音機関で発生させた全く同じ振動をぶつけることで止めるのだ。

 

第二段階に、固まった大地に外郭大地を降下させる。

 

その際に魔界の障気は、外郭大地を支えているというセフィロトツリーから発生する圧力によって、地核に押し込められるのだとか。

 

原理は良くわからないが、簡単に言うと「臭い物には蓋をしろ」ってことになるらしい。

「なるほど。音機関の設計図まで含めた作戦の草案が、どうして貴方から送られて来たのか、これでようやく解決です」

 

もう読み終えたのか、ジェイドが禁書を閉じて机に置く。それを見て、シンクは顔をしかめた。

 

「そんなに早く読めるんなら、禁書ごとあんたに送ればよかったよ。こっちは解読するだけでもかなり苦労したっていうのに」

 

禁書を解読して、それを外郭大地降下作戦として形にしたのは、全てシンクによる仕事だ。

 

辞書片手に頑張っていたシンクの姿を思い出してみれば、なんだか無駄な努力に思えて同情を覚えた。

 

「いえ、私も作戦の内容を知っていなければ、ここまで早くは読めませんでしたよ」

 

謙遜したジェイドに、シンクが「どうだかね」と肩をすくめた。

 

さて、ジェイドとシンクを無視して、話を進めることにしよう。最近働きすぎでストレスが溜まっているシンクは、ジェイド相手に一時は発散を続けるだろうから。

 

「今のところ、作戦ってどのくらい進んでるんだ?」

 

「はい、七割はすでに終了しています。あとは、地核の静止のために、タルタロスに搭載した音機関を地核に沈める作業と、三つのパッセージリングの操作です」

 

「残りのパッセージリングは、ダアトのと、ラジエートゲートとアブソーブゲートか?」

 

「いいえ、ラジエートゲートではなく、ケテルブルグのです。この後すぐにダアトのパッセージリングに向かう予定です」

 

そこが終われば残りは二つですね、とイオンはよどみなく答えてくれた。

 

む、ラジエートゲートにはもう行っていたのか。少し予想外だったが、考えてみればすぐに納得した。

 

だってケテルブルグのパッセージリングは、雪山にあるのだ。一番辛い場所なので、後回しにしたのだろう。

 

「そういえばさ、ヴァンの妨害ってあったか? アリエッタが調べた限りじゃあ、ヴァンはアブソーブゲートに潜んでるんだけど。オラクル騎士団の半数と」

 

アリエッタが魔物に偵察して来てもらったが、ヴァンに動きはなかった。それも全く。

 

案の定、パッセージリングにも細工はなかったらしく、皆は一様に首を横に振った。

 

「妨害はなかったけど……」

 

ガイがどこか気まずそうに言う。そして少しためらった後、ガイはティアに視線で確認を取って、ぽつりぽつりと話し始めた。

 

「実はさ、俺はまだルークに言ってないことがあるんだ」

 

語り始めたのだが、多分そのことについて俺は知っている。

 

ガイも話し難いことだろうから、俺から言った方がいいだろう。

 

「ヴァンとガイが昔の知り合いだってことだろ? あとはヴァンの本名が、ヴァンデス……えっと……とにかくやたら長い名前で、ホドを疑似超振動で落とさせられたってこととか。まあ、一応、そういうのは知ってるから」

 

少しでも情報が必要だと思い、シンクとアリエッタにヴァンに関することは全部聞いた。他にも六神将についてわかったことがあるが、今はそれは置いておく。

 

微妙に顔をひきつらせるガイやティアに、俺は「気にするなよ」と声をかけた。

 

「ガイがヴァンに協力して世界をぶっ壊せるような人間じゃないってのは、よく知ってるし、ヴァンの過去を知ったからって、俺はそれに同情してヴァンの計画を容認してやるようなお人好しじゃねえよ」

 

俺とヴァンが似たような体験をしているという、近親感みたいものは覚えた。

 

しかし、だからそれが何だっていうんだ。ヴァンの計画を認める理由には欠片もならねえ。

 

「まあ、俺がヴァン側の人間じゃないって信じられてたのを、喜ぶべきなのかねえ」

 

適当に笑って言う俺に、ガイは溜め息をついた後、頭をくしゃくしゃと掻きながら照れ臭そうに笑った。

 

…………いや、言っちゃあ悪いが、復讐しようとしていた相手の息子(実際は違うが)を本気で親友扱いしちまうようなお人好しに、世界を壊そうなんて大それた真似が出来るはずないだろ。

 

相変わらずの善人面で、相変わらず照れ臭そうに笑うガイ。

 

うん、やっぱガイには無理だろ。

 

つらつらとそんな愚考をしていると、シンクの八つ当たりを避けるためか、ジェイドが話に割り込んで来た。

 

「今のこの状況――世界全体のスコアからの脱却は、間違いなくあなた方の活躍によるものです。今ここで、マルクトを代表してお礼を言わせていただきます。ルーク、シンク、アリエッタ、ありがとうございました」

 

「……あのよジェイド、そういう真面目な台詞を逃げ道に使うなよ」

 

「いやですねえ。正式ではないとは言えマルクト皇帝の代弁ですので、真面目どころか超が付くほど重要な台詞ですよ」

 

「尚更じゃねえか!」

はははは、と実にいい笑顔で笑うジェイド。ふと思うのだが、俺はジェイドと会話して溜め息をつかなかったことがあっただろうか?

 

「まあ、皇帝のアリガタイ感謝の言葉なんて、犯罪者代表の俺には不必要だよ。つーかむしろ邪魔」

 

「ルーク、そう卑屈にならないで下さい」

 

別に卑屈になんざ欠片もなっていない俺を、イオンが笑顔でやんわりとたしなめる。

 

「事実、和平の調印もスコアを未来の可能性の一つとして見る政策も、あなたがモースの動きを妨害してくれたからこその成果です。もちろん外郭大地降下作戦も」

 

そう言ってくれるのは嬉しいのだが、少し複雑な気分もでもある。

 

「でもなあ、モース達が動けなかったのも和平がすんなり進んだのも、ヴァンが教団から抜けたのが一番の理由なんだよな。外郭大地降下作戦だって、一時的なもんだし」

 

障気を地核に押し込めたって、それはプラネットストームと一緒にセフィロトから溢れ出してしまう。

 

今はパッセージリングにある濾過装置が働いているため、そういったことは起こらないが、ジェイドの見立てではあと数年後にはパッセージリングそのものが壊れる可能性もあるとのこと。

 

ヴァンの本来の計画は、パッセージリングを暴走させ壊すものだった。シンクとアリエッタがこちら側についたおかげで、今のところそれは未然に防げているのだが、それにも限界はある。

 

俺としては何故ヴァンが今の段階でパッセージリングを破壊しようとしないのか、不思議でならない。

 

いくら各地のパッセージリングを、キムラスカとマルクト両国の兵が防衛していると言っても、ヴァンなら不可能ではないはずなのに。

 

それにヴァンが教団を捨てた時期も気になる。まだ利用しようと思えば、いくらでも利用できたはずだ。

 

何でこんな早くに……。

 

ヴァンが何を考えてやがるのか、全く想像がつかねえ。

 

「……あー、くそ! 意味わかんねえ!! 最後の最後で何か狙ってやがんのか……? それだと地核の静止も妨害してこねえことに……いや、でもそれだとレプリカ計画が潰れる……レプリカを作るには大量な第七音素が必要で、それはパッセージリングの暴走で解決するしかねえし…………動かねえってことは、レプリカ計画を放棄したってことか……? いや、それは……でも有り得なくはないのか……」

 

ヴァンは動いていない。教団から抜けてから、まだ何もしていない。

 

だから、裏がありそうで恐い。いや、絶対に裏がある。ヴァンが何もしないで終わるなんて、ありえない。

 

「…………ちょっと待てよ……ヴァンが教団から抜けたのは俺と話してすぐ……俺はあいつと何を話した……? …………あいつが一番動揺を見せたのは第七譜石のこと……てことは、それが原因か……? 第七譜石は人類滅亡のスコアで……だからヴァンは……いや違う、ヴァンの話じゃなくて人類だ……なんで人はスコアを盲信する……なんで気づかない……なんでスコアは……スコアが詠まれた理由……理由は、ユリアがスコアを詠んだ理由は人類滅亡の未来を覆すため…………ヴァンはそこまでは元から知っていた……知らなかったのは……知らなかったことは……いや違う、ヴァンは何かに気づいた……? ――つまり第七布石には……いや、スコア自体にまだ何かある……? ……スコアは星の記憶粒子を、第七音素を詠んだもので…………だから……だから……――違う。違う、スコアが未来を決めてるんじゃなくて――スコアは未来を詠んでるだけだ……じゃあ未来を決めるのは、未来を書いたのは…………ぐおぁっ!」

 

頭に激痛が走り、俺は堪らず机に突っ伏す。

 

「な、何しやがるっ! つーか誰だこの野郎!! 俺の、俺の頭が……またコブが……」

 

頭を押さえながら視線を上げれば、皆が心配そうに俺を覗き込んでいた。

 

「だ、大丈夫か……ルーク?」

 

「大丈夫じゃねえよ!! 心配するぐらいなら殴るな!!」

 

拳を擦りながらおどおどと聞いてくるガイに、俺は当然キレた。

 

「…………って、何だよその目は?」

 

しかし、皆がほっとしたように息をついているのを見て、結局は何が何やらで首を傾げるだけに終わる。

 

「よかったー……いきなり危ない目でぶつぶつ言い始めたから、ついに精神崩壊しちゃったかと」

 

「ルークはいつもとおんなじだもんっ! おかしくなんてなってないもんっ!」

 

こーんな感じで、とちょっとイッちゃってる人の目を真似ながら失礼なことを言うアニスに、アリエッタが抗議の声を上げる。

 

「ルークは一日に一回は一人でぶつぶつ言うから、いつも通り、です」

 

……アリエッタ、何のフォローにもなってねえぞ。

 

心の中で嘆くが、事実だったりするので否定はできない。

「アリエッタの言う通り、何時もこんな感じだから心配しなくてもいいよ。もう手遅れ」

 

シンクがさらなる追い討ちをかけてくれやがったので、皆から何とも言えない憐愍の視線が送られて来る。

 

…………うん、これで俺は可哀想な人と認定されてしまったわけだ。

 

勘弁してくれ、もうイヤだ。

 

「ル、ルーク……よろしいですか……」

 

現実逃避に聖樹の御剣の手入れを始めた俺に、ナタリアが恐る恐る声をかけてくる。

 

「パッセージリングまで案内してくださいませんか? 私達はそろそろ行かなければなりませんの……」

 

「アリエッタとシンクに頼んでくれ。俺は今相棒の手入れで忙しい。呪われてたって俺のトモダチはこいつだけなんだ」

 

複雑な譜陣が彫られた柄を磨き、刀身も綺麗にしてやる。聖樹から切り出された呪いの魔剣という凄まじい一品だけあって、未だに傷一つついていないが、感謝の気持ちを忘れてはいけないのだ。

 

「……その木刀、どこで手に入れたのですか?」

 

若干張り詰めた様子のジェイドが、木刀をまじまじと見つめる。

 

「この譜陣は、音素の集束……いや、それだけではなく……」

 

急にぶつぶつ言い始めたジェイド。やってることは俺と同じなのに、皆から向けられる視線は全く違う。この世界はどこまで不公平なんだよ。

 

「マクガヴァン元帥から聞いてねえのか? セントビナーで作ってもらったんだよ」

 

「……聞いていません。念のために、あなたのことは全て聞いたはずですが、新聞発行を依頼しただけとしか」

 

嘘を言うなとジェイドが睨んでくるが、俺は嘘なんてついていない。

 

しかしジェイドの方にも嘘をついている様子は見られない。

 

どういうことだ?

 

首を捻る俺に、ジェイドは珍しく本気で溜め息をついて言う。

 

「それにその柄に彫られた譜陣ですが、少なくとも私は見たこともありません。これでも譜陣に関しては権威だと自負していますが……解読することもできそうにないですね。私達の扱う譜陣とは、根本から構造が違っている」

 

根本から……構造が違う?

 

…………。

 

……………………。

 

いや、ちょっと待て。落ち着け、俺。整理して考えてみよう。

 

マクガヴァン元帥は、聖樹の御剣のことを覚えていない……もしくは、知らない。

 

そして聖樹の御剣には、ジェイドでさえ理解できない技術が使われている。

 

そして最後に、俺の記憶が正しければ木刀の製作者のご老体は……死んだみたいなことを聞かされた気がする。と言うか元から半分死んでた気もする。

 

…………。

 

……………………。

 

「うおぁぁあああああああ!!」

 

恐怖の絶叫とともに、俺は全力で木刀を窓の外に投げ捨てた。

 

いや、え……? だって、ありえないだろ……誰一人あの木刀の詳細を知ってる人間がいないって……。

 

急いで窓を閉め、鍵をかける。だがしかし、俺は甘かった。

 

「ルーク……前とおんなじ……」

 

アリエッタの震える声に、恐る恐る腰の鞘に手を伸ばしてみる。

 

「やっぱりか……」

 

鞘の中には、捨てたはずの木刀がしっかりと収まっていた。

 

呪いはすさまじい。

 

「はぁ……ま、仕方ねえか。今のとこ害はねえし、役に立ってるし」

 

誰が何の目的で俺にこんな物を押し付けたのかは知らないが、いつかはそれもわかるだろう。目的もなくこんな物を作る馬鹿はいないはずだ。

 

そう割りきることにして、俺は机に置いてあった書類を取る。

 

「ほら、イオン。これはお前が持っとけ。モース達の各国への影響力は殆どなくなったけど、教団をあいつらから完全にぶん取るのはちょっときついだろ。だからこれ使ってモース達をおどせ」

 

イオンに例の人道完全無視の重要書類を渡して、俺はにっこりと笑った。

 

「はい、ありがとうございます。これで教団は完全に僕のものですね」

 

なんか最後の方が怪しかったが、イオンもにっこりと笑い返した。

 

「はははは、トップが少人数ってのは尻尾掴むのはきついけど、潰す時は楽でいいよな」

 

「そうですね。大勢いれば、打ち漏らしが出てきますから。今回は十分すぎるほどに材料が揃ってますから、張り合いがないくらい簡単に乗っ取れるでしょうね」

 

やっぱり最後が怪しかったが、ははははははと笑い合う俺とイオンだった。

 

「ルーク……あなた、変わったわね」

 

声が聞こえて視線を向けてみれば、どう言えばいいのか色んな感情を含んだ複雑な表情をしたティアが、リグレットの手紙を俺に差し出していた。

 

ティアの表情を不思議に思いながら、俺は手紙を受け取って道具袋の中にしまいこむ。

 

「変わったって、俺がか?」

 

「ええ。以前より随分と大人になったわ」

 

大人に、ねえ。

 

微妙に皮肉に聞こえちまうのは……まあ、気のせいなんだろうが。

 

俺は頭を掻きながら、一応誉め言葉、でもやっぱり皮肉っぽい言葉を否定しておく。

 

「それは成長って言うんじゃねえのか。俺はきっと成長期だったんだよ」

 

「あら、本当ね。成長の方が正しいわ」

 

顎に指をあて、ティアは目をぱちぱちとさせた。どうやら本当に皮肉で言ったわけじゃあないらしい。

 

と言うことは、さっきのは正真正銘の誉め言葉だったわけで、そう考えると妙に気恥ずかしくなって来た。

 

「確かに、ただ成長するより、俺みたいな馬鹿は丸っきり変わった方がよかったかも知れねえな。……まあ、無理だったんだが」

 

「無理って、どういう意味なの?」

 

適当なことを言っちまったせいで、ティアに突っ込んで聞かれてしまった。俺は馬鹿か……いや、馬鹿なんだった。

 

まあ、別に聞かれて困ることってわけではないので、問題はないが。

 

「いや、ほら、今までの自分と変わるってのは結構大変だろ? だからもう面倒だったわけだよ」

 

「全く理由になってないじゃない」

 

あ、ほんとだ。

 

俺の発言がそんなに癇にさわったのか、半分キレ気味のティア。

 

うん、弁解した方がよさそうだな。むしろしないと危険。

 

「だってよ、俺の場合時間に余裕がないだろ? そりゃあさ、俺だってやった方がいいことは全部やった方がいいと思うけど、今は必要最低限やらなきゃならないことだけでも精一杯なんだ。だから俺の性格改善なんかに割く時間はねえの」

 

気に入らないモノは頭から否定するという、俺の我が侭貴族お坊っちゃん時代からのスローガン。今のところ、そのスローガンに則ればヴァンの野望をぶっ潰せるから問題はないのだ。

 

それを軽く言ってやろうとして、ふと皆を見てみれば、何かまたしても微妙な空気になりかけていた。

 

うん、本気で意味わかんねえ。

 

対応するのもそろそろ疲れて来たので、もう皆には退室してもらおう。

 

「つーかさ、お前等もう行けよ。俺はちょっと寝るから」

 

「うわ、ほんとだ。根本的には変わってないじゃん。ルークってば相変わらず我が侭ー」

 

アニスがばんばんと俺の背中を叩く。加減なんて全くなしで。

 

「おいこら、アニス。お前、猫が剥げかけてんぞ」

 

「えっ!? ア、アニスちゃん何のことだか……」

 

若干引き気味の皆の視線を受けて、アニスは焦りながも猫を被りなおす。しかしそれにしても、ひどい演技だ。

 

「行くんならさっさと行くよ。昼食は逃したくないからね」

 

鼻をならしてシンクが急かすので、皆は席を立った。シンクとアリエッタを先頭に順に部屋を出て行く。

 

俺はそんな中からがっしりとアニスを肩を掴み、部屋に連れ戻した。

 

「あー、アニスはちょっと借りるぞ。説明は全部後でする」

 

それだけ言ってドアを閉める。最後に困惑するイオンの顔が見えので、にっこりと笑ってやった。

 

部屋の外ではシンクが適当に誤魔化しているだろうから、問題はない。

 

「え? ちょ、ちょっとルーク?」

 

意味がわからない、と焦るアニス。俺は焦らず騒がず、ただ一言。

 

「モース」

 

「――っ!!」

 

ただそれだけで、アニスは面白いほどピタリと停止した。

 

別にアニスを苛めようとは思ってはいないので、俺はさっさと話を進める。

 

「アニス・タトリンの両親は超がつくほどのお人好し。困っている人がいれば助けずにはいられない。その厄介な性格のため、多額の借金を作る。そこにモースが現れ借金の肩代わりをした。アニス・タリトンはそこに漬け込まれ、モースのスパイとして活動。…………と、まあ色々と調べさせてもらった」

 

淡々と告げられる言葉に、アニスはだんだんと顔を青くして行く。身体は震え、目には涙が浮かびかけていた。

 

「あ……わ、私は……」

 

意味をなさない言葉を呟くアニス。こうなることは一応予想しておいたので、俺は慌てることもなくアニスの肩に手を乗せる。

 

「アニス、真剣に答えろよ――イオンのこと好きか?」

 

「え……?」

 

何の脈絡もない俺の言葉。アニスは困惑して、目を見開いた。

 

「もう一回聞くぞ、イオンのことは好きか? 好きなイオンを騙すのは、辛かったか?」

 

「……い…」

 

消えそうな声で呟いたアニス。目からはもう涙が溢れていた。

 

「辛いに、決まってるじゃん……!! みんな馬鹿だもん……! 騙されてるって気づかないで……簡単に人信じて……!!」

 

もう我慢の限界だったのだろう、アニスは泣き叫び出した。

 

何時も笑顔なアニスだから、その姿は少しだけ衝撃的だった。

 

「あー……やっぱ急すぎたか。悪いな、次があったらもう少しやわらかく行く」

 

アニスの頭を撫でて、多少落ち着くまで待った。

 

アニスは俺の最初の質問には結局答えなかったが、まあ実際は必要のない質問だったかも知れない。

 

アニスのイオンに対しての罪悪感の持ちようを見れば、もう答はわかりきっている。

 

一応泣き止んで、今は俺の対面の席に座っているアニス。俺達の間には、例の優勝賞金と配当金。

 

「じゃあ、アニス。今からはビジネスの時間だ」

 

「ビジネスって……このお金のことだよね?」

 

十分程度で表面状はすっかりと調子を取り戻したアニスは、ひーふーみーと金額を数えてたりする。

 

「アニス……お前ちょっと不自然すぎ。無理すんな」

 

「うっ……。ちょっとスルーしてくれるとアニスちゃん嬉しいなー……なんて思ったり」

 

「…………まあいいや、話戻すぞ。簡単に言うと、俺はこの金でお前に仕事の依頼をしたい」

 

「この金って……これ全部!?」

 

テーブルの上に積み上げられた大金。アニスは手を横でバタバタとさせ、本気で驚愕する。

 

「これだけあれば、借金全部返してもお釣りが……」

 

「仕事の内用なんだが……話していいか?」

 

頭の中で算盤弾いていたアニスは、はっとして姿勢を正した。やっぱりアニスは色々とすごい。さっきの涙は嘘なんじゃないかと疑ってしまうほどに。

 

もう脱力してしまって、俺は席を立った。

 

「仕事の内用はこれからもイオンを助けて行くこと。イオンはもうすぐ正真正銘のトップになるだろ? だからお前が支えてやれ。期限はお前に任せるわ」

 

「え、ちょっとルーク、どこ行くの……じゃなくて仕事ってそれだけ……じゃなくて……」

 

勝手に混乱しているアニスを無視して、俺は扉に向かって歩く。ノブに手をかけて、最後にアニスに言う。

 

「モースにしっかり利子つけて金返したら、みんなにも説明しとけよ。その後は家族会議で親に文句でも言え」

 

扉を開けて廊下に出かけた俺の背に、アニスの泣きそうな声がかかった。

 

「ルーク、ありがとうね! ほんとに、ありがとう……」

 

「ああー! 礼なんて言うなよ! 仕事だって言っただろ、イオンのことは任せたぞ!」

 

何だか恥ずかしかったので、背を向けたまま叫んで思いきり扉を閉めてやった。

 

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