SCP学園 ~鉄色の青は青春を送れるか?~ 作:SCP学園モブ
「SCP学園……? 先生、ご存じですか?」
「"いや、私も初めて聞いた名前だよ"」
SCP財団。あまり耳馴染みのないその学園の名に、その場の全員が顔を見合わせる。
「そうですね……あれはユウカちゃんに醤油を取ってもらおうと」
「ノア、その話少々待ってもらえますか。録音して記録に残したいので」
ヒマリはそう言ってデスクの引き出しからレコーダーを取り出し、録音のボタンを押す。
その様子を見て、ノアは気を取り直してユウカの目の前から姿を消したあの時の事を語りだした。その内容を聞き漏らさないため、その場の全員がノアの話に集中し、耳を傾けるのであった。
「では……あれはユウカちゃんに醤油を取ってもらおうとした時です――」
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「え……っ、え、えっここは……? っ! けほっごっ……! 煙たい……っ!」
ミレニアムの椅子、手元に箸とお弁当。彼女の半径ゼロメートルはそのままに、ノアの視界は一瞬にして一変した。突然に飛ばされた部屋には謎の成分の煙が充満している。咳き込んだ彼女はとっさに口を覆った。
突然の出来事に彼女は困惑しながら辺りを見回す。薄暗い明かりの下、灰色の壁と窓ガラスに覆われた殺風景な部屋の様子が窺える。
そのとき、窓の外から騒ぎ声が彼女の耳に入った。目をやるとそこには、白衣のような制服を着た何人かの生徒が焦っている様子が見えた。
「椅子が転移したぞ! 転移誘導場所の職員に連絡を取れ!」
「まずいです! 全転移誘導場所に椅子の存在が確認できません!」
「ん……? あ……人です! 収容室に人が居ます!」
「まさか学園外部の椅子と入れ替わった……!? 完全な収容違反だ! 誰だっ! 椅子の付近で外部の場所について言及した者は!」
なにやら揉めている様子の彼女たちの元へ、煙から逃げるようにノアは部屋の扉へと駆け寄った。それに気づいた窓の外の一人が、ノアに気づき扉のロックを解除して彼女を引き入れる。
「ひとまず一般人を外へ! どうぞ!」
「あ、ありがとうございます……! でも、ここは? あなた達は一体……?」
部屋の外に出してもらえたことに感謝を述べつつ、自身の持つ一番の疑問を助けてくれた生徒に投げかける。しかし、その生徒はばつが悪そうな表情を浮かべ言葉に詰まった様子を見せた。仲間であろう他の生徒に目線を向けるが、何やら全員気まずそうな雰囲気。
そのままノアに聞こえないほどの声量で話し合いを始めた。
「どうしましょう先輩? 生徒会から完全に怒られますよねこれ……」
「そうだろうなぁ……まぁあの部屋には例の化合部も散布している。重大な問題にはならないと願うしかないが……連絡をとるぞ」
先輩と呼ばれた方は頭を押さえながら、ポケットからスマホを取り出す。
そしてノアへ向き直し、少しの間待ってもらうようにお願いした。
「ひとまず、今から上の者……生徒会に連絡を取ります。申し訳ないですがいますねこは少々待ってもらってもよろしくお願いしますでしょうかねこはいます?」
「はぁ、分かりました……? え、ねこですか……?」
「せ、先輩……言葉が! まさかもう……!」
ノアに話しかけていた生徒の言葉に突然大きな違和感が現れた。言葉の途中に、「ねこ」「います」「よろしくおねがいします」などのワードが文脈を無視してねじこまれるようになったのだ。
その異常にその場の全員が面食らい困惑した。しかし、ノアが周りの様子を見ると、彼女以外の全員がその後に起こることに対して驚いているようにも感じられた。
そのときだった。
「――――生徒会書記の井住ねこです。よろしくおねがいします」
その場の全員誰もが気づかなかった。音もなく、前兆も無く、気づいたときには既に目の前に"いた"。よろしくおねがいします。
身長はコユキ程だろうか。白髪のボブカットに真っ白な肌、頭には猫耳のついた少女が、ノアの目の前に突然と現れた。瞳孔の開かれた瞳は一切の動きを見せることなくノアの瞳を射貫く。
「っ!?」
完全に不意を打たれたノアは急いで飛び退き、彼女と距離をとった。ここに転移した時、銃はミレニアムに置いて来てしまった。得体の知れない存在を前に自衛の手段が手元にない事実がノアの緊張感を高める。
「あぁ、そんなに警戒しなくても大丈夫です。私たちはあなたに危害を加える気はありません」
警戒を解かないノアに対し、敵対の意思はないと彼女は腰につけていた拳銃をそっと地面において蹴り飛ばした。
そしてすっと立ち上がり、端正な振る舞いで話を続けた。
「まずは、私たちの不手際によりあなたに多大なる迷惑をかけてしまったことをここに謝罪します。申し訳ございません」
「は、はぁ……」
頭を下げ謝罪をする彼女に続いて、他の生徒たちも続々とノアに頭を下げていく。
「自己紹介が遅れました。このSCP学園で生徒会の書記を担当しています、2年の井住ねこと申します。よろしくおねがいします」
「SCP学園……?」
「初めて聞いた、という表情ですね。確かにあまり名が知れた学園ではないでしょう。そのことも含め、事の経緯を説明します。どうぞそちらに座ってください」
そう言ってねこは案内した椅子にノアを座らせた。
「こちらのコーヒーもどうぞ」
「あ、はい……ありがとうございます」
「お名前、伺いしても?」
「……生塩ノアです」
そしてノアにコーヒーが渡された。
しかし、受け取ったはいいがこんなに怪しい場所で、怪しい人物から振る舞われたコーヒー。ノアがどうしても飲む気にはなれないのは当然であろう。
「大丈夫です。これは"普通"のコーヒーですよ」
「…………井住ねこさん、でしたか」
「はい」
「このコーヒー…………あなたが一度飲んでもらえますか?」
なにか毒物が仕込まれていないか、ノアはコーヒーを出したねこ自身で確かめることにしたのだ。
毒でも入っているなら確実に拒むであろう。そう考えたノアの、この人物に対する見極めでもあった。
「…………」
しばらく黙るねこ。やはり毒が入っているのかと思った矢先。
「……分かりました」
そう了承し、ねこはそのコーヒーを一口、ズズッと飲んでみせたのだ。
ノアへと戻されたコーヒーは確かに量が減っている。間違いなくねこはコーヒーを飲み、飲んでも問題のないということを証明したのだ。
「………………関節キス、してもいいんですよ?」
「っ…………」
無表情で飛ばされたいきなりのジョークに、少々面食らったノア。
目を細めて薄く彼女を睨みながら、ノアはねこが口を付けなかった所からコーヒーを飲んだ。
そういったことがありながらも、ねこは今回ノアの身に何が起こったかを説明し始めた。
「あなたが転移した部屋には元々ある異常性を持った椅子が収容されていました。その異常性は世界中の椅子のいずれかと入れ替わるというもの。あなたは椅子の異常性に巻き込まれてしまったのです」
「…………」
なんと非科学的なことだろうか。信じられないといった面持ちをノアは浮かべるが、実際に事が起きているという事実。彼女の言うことは本当なのだろうと信じざるを得ないという複雑な気持ちを巡らす。
そんな彼女の気持ちを気にかけることはなく、ねこは淡々と説明を続ける。
「その椅子は恐らく聴覚を有しています。耳に入った情報を基に転移先を決めているのです。なので転移先はある程度こちらで制御ができていて、他の学園を巻き込むことはないはずだったのです……が」
ねこは後ろに立つ生徒の方へと振り返る。その顔は変わらずの無表情であったが、確かな重圧を感じたのであろう。その場にいた生徒たちの冷や汗が見えた。
「コホン…………では、あなたの身柄を元の場所に帰させていただきます。その制服だと……ミレニアムですね?」
ねこはノアへと向き直り、ノアの身柄を穏便に返す旨を伝えた。
「ちょ、ちょっと待ってください!? まだ聞きたいことがたくさんあります!」
事が進みそうになったところへ、ノアはそこに待ったをかける。
いくらなんでも得られた情報が少ない。彼女自身のこと。椅子が収容されていたというこの建物のこと。この学園自体のこと。
だが、そんなノアの静止にもねこは落ち着いた様子を崩さずに返答する。
「そうですね……質疑応答を行ってもいいのですが……」
ねこの目が細くなる。
「――――結局忘れてもらいますので」
「えっ……!?」
その言葉を聞いた途端、ノアに強烈な眠気が襲いかかってきたのだ。
眠気に抵抗しようとして、彼女の体は椅子から崩れ落ちる。
「っ……! 迂闊でした、あの、コーヒー……っ!」
「えぇ……ちょっと、盛らせて、もらいました……大丈夫です、あなたが寝た後、先の部屋の煙……記憶処理用化合物で、少し忘れてもらうだけです……後遺症も残りません……」
ノアの身体から力が抜けていく。
それでもと必死に開けた瞼には、今のノアの状態と同じように膝から崩れ落ちるねこの姿が。
そう、あのコーヒーはあの時彼女も飲んでいたのだ。
「では、皆さん……プロトコル通りに……ねこはねます。よろしく……おねがぃ……」
ねこは言葉も言い切らぬ内に、自身の持った睡眠薬によって床に倒れ伏した。
その光景をノアは目の当たりにし、そこまでして隠したい秘密がこの学園にある。そう確信する。
「…………痛み、分け……です」
既に床で寝ているねこにだけ聞こえるような小さな声で、ノアはささやかながら悪態をつく。
ノアに対して上をとり、見事思惑を成功させたねこは、1つだけ大きな誤算があった。
それは、ノアが"完全記憶能力者"であるということだった。
ねこは彼女を寝かしたあと、記憶処理効果のある化合物の煙を摂取させ、今回の出来事をうやむや、うまく行けば完全に無かったことにしようとしているのだろう。
ノアは推察する。おそらく彼女らは今までずっとこのやり方を通してきたと。そして自分の様な完全記憶能力者を相手にしたことはないと。
この情報を吐かなかったことこそが、今現在ノアがSCP学園にできる最大カウンターとなるのだ。
「…………」
床に倒れ伏し、眠気に抗えず瞼が閉じる。ドタバタと自分を取り囲む靴の喧騒の中で、彼女の意識は深い闇へと落ちていった……。
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「そして目が覚めて、今に至る。という感じです」
「"なるほど……"」
あの時何が起こったのか、その一連の流れをノアは話し終えた。
「"なによりも、ノアが無事に帰ってきてくれてよかったよ"」
「そうよ! あの時は本当に、ノアがもう帰ってこないんじゃないかと心配で……!」
ことの経緯を聞いた皆が、ノアの無事に安堵する。しかし、事はそれで全部解決となるほど単純なことではなさそうである。
「"それにしても、SCP学園……調べてみる必要があるかもしれない"」
「私の方でも、ヴェリタスと協力して調べてみましょう」
録音完了したレコーダーを片手に、ヒマリはチヒロに連絡を取り始める。
未知の学園の登場に緊張が高まる。今の所は敵対意思を感じないが、それでも記憶を消してまで学園の情報を漏らさないその姿勢。必ず何かしらがあるだろうと先生は踏んでいた。
「"みんな、今日はありがとう。SCP学園のこと……この事をシャーレに持ち帰って調べてみることにするよ。また何かあったら呼んでほしい。直ぐに飛んでくるから"」
「あ、先生! ちょっといいですか……」
先生が一旦戻る準備をする時、ノアが声をかける。
「もし先生だけでSCP学園へ行くことになった場合、私も同行させてもらえませんか?」
ノアは提案する。その理由を彼女は説明し始めた。
「あちらは記憶処理という武器を持っています。先生だけでは記憶を消されて学園外へ戻されてしまうかもしれません。しかし、私の"完全記憶能力"はそれに対し耐性があります。つまり、私が先生の横に居るだけで、彼女らに対する牽制になります」
「"……なるほど、確かにその通りだね。分かった。そのときにはノアにも一緒に来てもらうよ"」
「ありがとうございます」
彼女の提案を先生は受け入れた。
さらに先生は思案する。未だ得体の知れないSCP学園へ行くことなった場合、自分だけではあまりにも危険だろう。アロナによる防御が追いつかなくなることも考えておくべきだと。
ノアだけでは無く、他の生徒にも護衛を依頼するべきだろうか。
「"じゃあ、私はこれで、いったん戻るね"」
誰に連絡を取るべきか、先生は何人かの生徒を思い浮かべながら、ひとまずミレニアムを後にした。
SCP-040-JP「ねこですよろしくおねがいします」
http://scp-jp.wikidot.com/scp-040-jp
簡単解説
日本のある場所にある井戸小屋。その井戸の中を覗き込んだ人は動揺し、カメラにも映らない"ねこ"をみる。それ以降その人はイエネコがすべてその"ねこ"に見えたり、暗闇からずっと見られたりするような感覚に襲われる。
そして、ねこがいることを発話や筆記などで意地でも伝えようとする。ねこはいます。これを理解してしまった人も同じ症状に見舞われてしまういますねこは。よろしくおねがいします。
今作では擬人化され生徒としてねこはいます。よろしくおねがいします。