八坂怪異相談所 作:羽藤西奈
昔々、あるところに人魚がいました。人魚は海の底に住み、家族と一緒に楽しく暮らしていました。
〈ねぇさん、見て!今日はサメさんとお友達になったのよ!〉
〈すごいじゃない!さすが、私の妹ね〉
〈そうでしょ、そうでしょ!〉
〈あらあら、そんなにはしゃいで一体どうしたのかしら〉
〈あ、ママ!あのね、今日、サメさんと友達になったの!〉
〈それは良かったわね〉
〈うん!明日はどんな子と友達になろうかなぁ〉
人魚はとても元気で明るく、家族や魚達からとても愛されていました。ですが、そんなある日のことです。
〈あれ、なんだろう〉
新たな友達を作ろうと、外に出ていた人魚の目の前に、キラキラと輝く小さな石がありました。
〈もしかして、宝石かしら。ねぇさんに渡したらきっと喜んでくれるわ!〉
人魚はそう思い、石を手に取りました。その瞬間のこと。
「お、かかったわい!」
人魚は気が付くと、船の上にいました。なんということでしょう、石は人魚をおびき寄せるための餌だったのです。
〈い、いや、離して!早く海に帰して!〉
人魚は叫びました。ですが、人間に人魚の言葉は通じません。
「な、なんじゃあこりゃ!」
人間は驚きました。まさか、人魚が釣れるだなんて思ってもいなかったからです。
「ひっ、き、気味が悪い!こんなのどうしろってんだ!」
人間は人魚を知らなかったので、村長に相談することにしました。
「なぁ、村長さん。今日海に行ったら、こんなのが釣れたんだ」
村長には病弱な娘がいました。村長は人魚と、人魚の肉を食べると健康になるという伝説を知っていました。村長は人魚を引き取りました。
「すまんな、人魚よ。わしの娘のために、死んでおくれ」
〈ごめんなさい、ごめんなさい!〉
人魚はその日の晩、村長に殺され、病弱だった村長の娘に食べられてしまいました。翌日から村長の娘は健康になり、その後、村一番の好青年と結婚し、幸せに暮らしました。
☆☆☆
「ねぇ、零くん。零くんはさ、人魚って知ってる?」
───6月29日、金曜日。午後1時30分。終業式を終え、明日から始まる夏休みに心踊らせていた俺が帰路につこうとしていると、白澤から話しかけられた。
「ごめんね。突然、変なこと聞いちゃって」
白沢知恵は俺のクラスの委員長だ。その優しげな目付きと、誰に対しても平等に優しく接するその態度から、クラスメート達に【女神様】なんてニックネームで呼ばれている。
「人魚、ね。知ってるかって言われりゃ知ってる。でも、そんなに詳しいことまでは知らないな」
人魚。そう言われて最初に思い付くのは、八百比丘尼伝説だろうか。たしか、少女が人魚の肉を食べ、不老不死になった、というような内容だったはずだ。その後、少女は尼となり、どこかの洞窟で行方不明になった。他にもいろんなものがあるが、一番オーソドックスなのはこれだ。
「それで、どうした?急に人魚だなんて」
「ううん、別になんでもないの。ただ、その」
知恵は少し疑問そうな表情を浮かべた。
「───急に、夢に出てきたの。人魚が」
「そうか」
「本当に人魚なのかは分からない。でも、夢の中の海で、確かに見た。下半身が鱗に覆われてて、足の所が尾鰭になってる人間の姿を」
「───そうか」
白澤知恵は白沢である。白沢とは6本の角と9本の眼を持ち、全ての知識に精通すると言われている牛の神獣だ。知恵は数ヵ月前、とある一件から先代の白沢に気に入られ、彼女は現代の白沢のして能力を一部受け継いだ。当時の記憶は俺が消したため、何も覚えていないが、彼女は人間ではなく神様なのだ。今回の夢は、これから未来に起こることを指す、所謂予知夢というやつなのだろう。
「ごめんね、零くん。せっかく楽しい夏休みが始まるのに、こんな気味が悪い話しちゃって」
「いや、大丈夫だ。誰だって、怖い夢を見たら不安になる。俺に相談してその不安が少しでも安らいだなら、俺は嬉しい」
それに、僕はこの後何が起こるのか知ることができる。これこそWin-Winの関係というやつだ。彼女を黙って利用していることに良心の呵責がないわけでもないが、困っている誰かを救うためだ、許してほしい。
「零くんと話せてちょっと落ち着いたかも。それじゃあ、またね」
「あぁ、またな」
知恵を見送る。その後ろ姿は、神様とは思えない、普通の少女のものだった。
☆☆☆
「ただいま」
「お、もう帰ってきたのか。早かったな」
鞄を下ろし、制服のボタンを外す。それだけで、どこか開放的な気分になった。やはり、制服の拘束力は凄まじい。着ているだけで、何かルールに縛られている気がしてならない。
「今日は終業式だけだからな」
「あぁ。そういえばそうだったな。忘れてたよ」
そう言いながらパソコンを触っているのは八坂綾子。俺の養母で、この【八坂怪奇相談所】の所長でもある人物だ。7年前、俺を拾った時から一切見た目が変わっていないという、美魔女ということも付け足しておこう。
「うーむ」
見れば、綾子がパソコンをにらみながら、額にシワを寄せている。珍しいことだ。普段何がおこっても【ま、なんとかなるだろ】と楽天的な事を言いながら本当になんとかする綾子にしては、とても珍しい。
「どうした、綾子。仕事で何かあったのか?」
「呼び捨てにするな。綾子さん、もしくはママとよべ。私はママの方がいいぞ。我が息子よ」
「────綾子さん。仕事で何か悩み事ですか」
「くっ、そっちを選んだか」
高校生にもなって、ママはないだろう。ママは。息子と認めてくれることは嬉しいが、さすがにそれは無理だ。
「まぁいい。今は我慢してやろう。だが、いつか必ずママとよばせてやるからな」
「絶対に呼ばない。それで、何かあったのか」
「いや、逆だ。何もない」
「なら良いじゃないか。ゆっくり休める」
人間にとって、休むことは非常に重要なことだ。人間が生まれてから40万年程が経つが、その内39万年は獣を殺しては食べ、後は休むという生活を送っていたのだ。時代が変わって八時間労働なんて常識ができたが、そう簡単に、生物の体の造りは変わらないし、変えられない。
「はぁ、お前な。いいか、怪異ってのは起きていて当然なんだ。むしろ、起きないとおかしい。ODやらパワハラやらいじめ、虐待、そんなのが蔓延ってる世の中なんだ、恨みから生まれる怪異が毎日のように生まれて当然。それが、ここ1週間は0ときた。おかしい。絶対におかしい」
はぁー、と綾子がため息をつき、傍にあったコーヒーを飲んだ。
「だが、私には原因が一切分からん。そこで、だ。零」
「なんだ?」
「ここ最近、何か変な事は起きてないか?なんでもいいぞ」
「変な事?」
変な事と言えば、知恵の夢の事しかない。
「そういえば」
「なんだ?」
「白澤知恵、覚えてるか?」
「あぁ。あの白沢の子だろ。それがどうした」
「夢で人魚にあったらしい」
「人魚、ね。ふーむ。ちょっと気になるな」
綾子はパソコンを閉じ、数秒程考えた後、立ち上がる。
「行くぞ、零。四十秒で支度しな」
そう言う綾子の顔は、久しぶりに仕事が出来るからか笑っている。この様子じゃ、俺が何を言っても連れ出されることら確定している。
「わかった」
休む、という至高の行為を諦めながら、必要最低限の荷物をリュックに詰め込み、相談所を後にした。