例えばそれはちえのわのような   作:moti-

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この章終わったら完結予定なので文量が増えがち。申し訳ない


キリスト

 ──死ななきゃいけなくなった。

 

 そう言ったあと、カリンちゃんはすっかり黙り込んでしまった。

 お互いに見つめ合ったまま、俺と彼女は廊下で立ち竦む。

 さて、どうしようか。どうやら魅了も強くなっているようだし、彼女に影響がないうちにさっさとホロウに向かって死ぬべきか。

 

 その場合はエーテリアスになるだろうけど、死体さえ遺さなければ大丈夫なはずだ。だとすれば──しっかりと、俺を跡形もなく消し飛ばせる、爆弾みたいなものを探さなきゃいけない。ああ、あとはいろんなとこに口止め料とか渡しておいて……ホロウの浅瀬だと止められちゃうだろうから、奥にいけるだけの鎮痛剤も必要かな。いらないぶんの金は、いろんなところに渡しておこう。

 

 無駄に蓄えた金の使いみちは、死ぬと決めたらわりとさらっと浮かんできた。

 

「……あ、あの……」

 

 カリンちゃんは、やっと言葉を呑み込んだようで、震えた声で、ゆっくりとこちらに問いかけてくる。

 

「う、嘘、ですよね……そんな、し……死っ、死ぬなんて、カリンを驚かせようとする、冗談ですよね……?」

 

「ううん、必要なんだ。……あは、安心してよ。カリンちゃんに一切害はないから」

 

「……なんで、笑ってるんですか……?」

 

 そりゃあ。

 今更死ぬことは怖くないから、としか言えない。

 

 どうせもう一回死んでるんだ。今更二回目の死を迎えたところで、何も怖くない。

 

 元は五年前に失ってたはずの命。

 しかも、生きる意味を失ってた命だ。

 それが死ぬ理由を得た以上、死ぬことなんて怖くない。

 

「生きる理由がなくて、死ぬ理由が見つかっちゃった」

 

「……っ、カリンはっ……! ……い、生きる理由には、なれないんですか……?」

 

「……うーん。そりゃ、俺も名残惜しいさ」

 

 この優しい彼女に、「大事だからこそ死ぬんだ」とは言い難い。

 そんなことを言ってしまえば、彼女はきっと気に病むから。

 だから、俺が勝手に死んだだけ──ということに話を結ぶ必要がある。

 

「でも大丈夫。本来俺はここにいなかったはずなんだから。カリンちゃんは優しい上司と同僚に囲まれて、リンちゃんっていう優しい友達もいて、それで大丈夫になる。俺と会う前の生活に戻るだけだ」

 

「──ッ」

 

 結局、転生なんてことがなければこの世界には俺みたいな人間は存在しない。

 こんな呪いのような魅了を持っているのは、神が作った体だからこそだろう。俺の存在は本来イレギュラーで、別にいなくても問題ない人間なのだ。

 

 一番欠けても問題ない。

 

「……ひど、ひ、酷いです……ぅ……な、なんで……御、主人様……っ」

 

「わっ……泣かないでよ」

 

「ぃ、い、今更っ、あなたがいない生活なんてっ、そん、そ、そんなのぉ……カリン、には、無理です……ぅぐ……なん、っ、なん、で、なんで、なんで、今、なんですか……!」

 

 何故今、こんなことを思ったのか。

 

「──幸せになるたびに、記憶をちょっとずつ取り戻してた」

 

「……………………ぇ?」

 

 そうだ、きっかけは間違いなくそうだ。

 俺はカリンちゃんと出会って幸せだったし、友達だってできたし、前世とは違ってまだまともで優しい親代わりだっている。

 

 間違いなく、俺は幸せだ。

 幸せになった。

 

「孤児院にいたときには虐待されたことを思い出したし……今日起きたときには、親にされたこと全部と、自分の末路を思い出した。どっちも間違いなく、俺は幸せを感じてたと思う」

 

 耐えきれないと判断された歯抜けの記憶が全部埋まったのだ。そのたびに精神的にかかる負荷は大きくなるし、俺はそのたびに死にたくなる。

 

 でも今回はそんなこと関係ない。

 確信があるのだ。

 

 俺が死ねば、この世界に満ちた原罪は灌がれる。

 

 ()()()()()()()()()

 

 理想は零号ホロウで死ぬことだ。うまくやれば、あのホロウを、ひいてはホロウ災害をなくすことができるはずだから。

 この世界には救世主がいない。それはもう知っている。

 だから、同じ素養を持った俺が再演する。それでなんとかなると思う。

 

「だからカリンちゃん、ありがとう。俺は誰がなんと言おうと、幸せ()()()!」

 

「──そ……んな……ぁ──」

 

 カリンちゃんの目から、大粒の涙が流れ落ちていった。

 嗚咽が止まらない。彼女の体から力が抜けていって、そのまま廊下にへたり込んでしまう。

 

「そぐ、そ、そんな、ぁ……ぅっ、なんで、なんでっ、なんでぇっ……」

 

「……そんなに泣かないで。ほら、落ち着いて。よしよし、はい、ぎゅーっ」

 

 体は小さく、柔らかかった。

 拘束具のような装飾が無骨だ。今の俺とほとんど変わらないくらいの大きさの少女だった。

 

 前世の俺よりも年が上で、今世を合わせたらニ歳ほど下な、可愛らしい子だ。

 まいったな。こうなるなら、わざわざ彼女に言う必要がなかった。気が動転していたのだろう。わかりやすいミスに、罪悪感が刺激される。

 

「……カリンのこと……きら、嫌いになっちゃったんですか……?」

 

「そんなわけない。大好きだよ。これ以上大切に思える人はいないくらい大好きさ」

 

「……じゃ……どうして、意地悪、を、言うんです、か……っ?」

 

「もともと俺は死人だよ」

 

 なんだかんだ御託をいったが、結局はそこだ。

 

 

「既に死んだ人間をコストにして、代わりにみんな()がいるこの世界を正しくできるんなら、一番安く済むでしょ?」

 

 

 

 

 家主が去って、廊下にひとり取り残される。

 

 静かで、まるで世界にひとりぼっちになってしまったような感覚だ。こぼれ落ちた涙は、未だに止まることがない。

 

 幸せになったことが死ぬきっかけになったというのなら、彼女をその死刑台へと引っ張ったのは一体誰だ?

 

「……カリンの、せい……」

 

 言葉にすると、実感が強く胸に湧いてくる。

 気づけば体は鉛のようで、動くこともできなくなっていた。

 涙だけが際限もなく溢れて、溺れてしまいそうだ。

 

 最初から、出会わなければよかったのだろうか。

 たとえば彼女が孤児院から出ることなく、ヴィクトリア家政への依頼をしなかったとしたら。

 もしそうなっていたら、今こうして辛い気持ちになることもなかったはずだ。

 

「……………………」

 

 どうしてこんなことになったのだろう。昨日はあれだけ楽しかったのに、どうして死ぬなんてことを決めてしまったのだろう。

 

 幸せを感じていたのなら、過去を思い出してしまったからといって、それを壊すようなことをしなくてもいいじゃないか。

 彼女が死人かどうかなんて関係ない。

 この世界が、夢まぼろしのようなものだとしても、どうでもいい。

 ただ、さっき抱きしめてくれた体の熱があれば、それ以外は何も望まないから。

 

 それなのに、どうして。

 

 

「ンナ!」

 

 

 嗚咽だけが暗闇に吸い込まれていく廊下を、切羽詰まったような声が駆け抜けた。

 

 ぼやけた視界の向こうに、小さいなにかが立っていた。

 目を擦って姿を確認すると、そこでボンプが腕を組んでいた。

 

「……だぃ、だいふ、く、様……?」

 

「ンナ! ンナナナ! ンナナナナナーっ!」

 

 翻訳機を噛ませていないのに、何を言いたいのかは不思議とわかった。

 カリンは涙の痕を拭き取り、ぱちくりと目を瞬かせ、そして少し目を閉じる。

 

 瞼の奥には、美しすぎる彼女の姿が焼き付いていた。

 

「……あなた様も、御主人様のことが大切ですよね……」

 

 彼女が死んだら、このボンプはどうなるのだろう。

 きっと失意に暮れてダメになってしまうはずだ。

 カリンもそうだから、よくわかる。

 

 目を開いた。

 涙に価値はない。今必要なことは、彼女の死を阻止することだけ。

 落ち込む暇はない。やることが明確になったのなら、あとは目標を達成するだけ。

 

 出会わなければよかった、なんてそんなの仮定の話でしかない。

 今この世界にいるカリンは、彼女と出会ったカリンだ。

 カリンと違う世界の人に見えたのに、根っこの部分はカリンと同じように悲観的で、素直に人に甘えるのが苦手な、かわいらしいお友達と出会えたカリンだ。

 

 悲しむのも、落ち込むのも、全て失敗したときにする。

 今はまだ、何も始まってすらいない。

 

 まだ間に合う。取り返しがつく。

 なんとしてでも、彼女が死ぬのを阻止する必要がある!

 

「大福様、ありがとうございます」

 

「ンナンナ!」

 

 わかったならいい、と言わんばかりの態度だ。今必要なことを教えてくれた彼に感謝し、カリンはDMを送信する。

 

 カリンひとりでは手が足りない。

 だから、大事な仲間と、お友達へと助けを求めた。

 躊躇はなかった。なりふり構っていられなかった。

 照れとか恥とか、そんなのは今、必要ないから。

 

「では、カリン、行ってきます!」

 

「ンナナ! ンナナナ! ンナー!」

 

 幸いなことに、強すぎる彼女の魅了を辿れば、なんとなく彼女の居場所はわかる。

 追いかけるのは簡単だ。

 

 どう止めればいいのかはわからないけど、それでも。

 

 このちえのわのような関係を、バラバラにはしたくないのだ。

 

 

 

 

「ふん、ふん、ふふーん」

 

 死ぬと決めたら清々しくて、ちょっとだけ気分がいい。

 カリンちゃんを泣かせてしまったのには凹んだが、時間が経てば忘れてしまうだろう。結局のところ、そう長い付き合いでもなかったんだし。

 でもそれは、ちょっと辛いか。

 忘れてほしい気持ちと、忘れてほしくない気持ちが同居していた。

 

 どうせ最後だ、これまでお世話になった人たちに声でもかけに行こうか。

 前世では、最後に話す必要があるなんて思ってもいなかった。

 

 たぶん脳が萎縮していた。

 今生でも頭を使うことがまったくないから、頭はまったく良くないが、こういうときにやるべきことがあるというのはわかる。

 

 とりあえず、自決用の爆弾を用意しよう。新エリー都内の適当な暴力団にでも言えば手に入るだろうか?

 こういうときに使い道があるのが交友関係。

 この間孤児院にちょっかいをかけてたやつらのリーダーに連絡を取って、情報を仕入れる。

 

 よし、居場所ゲット。

 お金を積むべきか、そのまま殴りこむか。

 歩きながら考える。

 

 普段よりも人の目がこっちを向く。ひょっとしたら、また魅了が強くなったのだろうか。

 死んだときの記憶を取り戻したからだろうか? きっとそうだろう。

 どうやら俺が過去を思い出すたびに、発される魅了は強くなっていくようだ。

 原因は不明。暴力とか死とか、そういう辛い記憶が原因なのは間違いないけれど、それと魅了の関係性がわからない。

 

 まぁ、いいか。

 こんなめんどくさい呪いとももうおさらばなのだから。

 

 適当に乗せてもらったタクシーで、教えてもらった座標の側までたどりついた。

 

 ごく普通のビルだった。こんなところに隠れ住んでるものなのか、と思いつつ、そのまま乗り込んでいく。

 

「ちょっ、誰──ぁえ?」

 

 警備に置かれていたのだろう、下っ端らしき人物は俺を見た瞬間動きがなくなってしまった。

 うーん、変だ。さっき目を奪った通行人たちと、効き方がちょっと違っているように見える。

 

 そのままストレートに、中枢部へと乗り込んでいった。

 誰にも止められることはなかった。

 誰もが俺に見惚れていた。

 正確には、俺の顔か。

 

 

「はじめまして」

 

 

 ボスらしき人物に、声を掛ける。

 部下と違い、ちゃんと意識を保って警戒をしていた彼も、それだけであっさりと陥落した。

 

 侵食に耐性を持つ素材でできたバックパックと、俺ひとりを消し炭にできるくらいの量の爆弾を確保。

 

 たしか今着てる服はめっちゃ高い服で、多少は侵食耐性もあるんだったか。

 じゃああとは鎮痛剤を用意して、挨拶に回れば、やることは終わり。

 

 ビルから出て、またタクシーを探そうとして。

 

「──み、見つけましたっ!」

 

 カリンちゃんが、走って俺の前までやってきた。

 

 あれ? めっちゃ足速くない?

 

「あはー。すごいね、俺タクシー使ったのに」

 

「が、頑張りましたので……」

 

 頑張ってどうにかなる問題だろうか。

 ともかく、彼女にはもう何をするかを話してしまっている。

 きっと止めにきたのだろう。

 

「どうするの? 俺はもう止まる気がないよ」

 

「じゃ、じゃあ、そんなことできないようにカリンがずっと見張ってます!」

 

「あは、ちょっと困るかなぁ」

 

 でも別に、俺はどういう死に方をしても良いのだ。

 監禁されてどうしようもなくなったとしても、餓えて死ぬなり、なんなりできる。

 

 俺の思う理想が零号ホロウなだけ。

 

「知ってる? 救世主の死には、信徒の裏切りが必須だったんだよ」

 

「──ふぇ?」

 

「それで裏切られた結果磔にされたんだ。さて、この場合一番酷いのは誰だろうね?」

 

「……それは、裏切った人なんじゃないですか?」

 

 どうだろう。

 

「救世主は死ぬ必要があって、神の意思に殉ずるために裏切られる必要があったのなら?」

 

「……え?」

 

「もしそうなら、()()()()()と言ってもいいんじゃないかな。あは。これなら一番酷いのは救世主になるね」

 

 人の心を掴んで、それで弄んで。

 ──それはまるで、俺みたいだろう?

 

 そういうと、カリンちゃんは何か言いたげに口を開いた。

 言葉は、続かなかった。

 

「……。さすがに急すぎたよね。引き摺らないようにしたかったけど、しょうがないか」

 

「──?」

 

「今日一日だけだよ」

 

 時間が経てば、思い出が増えれば、余計に名残惜しくなってしまう。

 それは俺の、望むところじゃない。

 

 それでも、彼女の沈んだ顔を、今この場で見ていられなかった。

 

「お出かけしよっか、カリンちゃん」

 

 それで、正真正銘最後にしよう。

 

 俺は笑った。

 彼女は、笑っていなかった。

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