例えばそれはちえのわのような   作:moti-

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ゼンゼロVer2.5神! 神! 神!


エバーフォールアンビシャス

 ミスター・ノーバディの正体としてインターノットに投稿された写真は、またたく間に拡散された。

 

 謎に包まれた銀紙の中身──それを覗きたがる人々たちの、転載に次ぐ転載──各種SNSでも大きく出回ったことによって、最早消すことができないほどの火となってしまっている。

 それは正しく熱狂であった。肖像権というベールも最早効力がなかった。理性が働いている人間のほうが少ない状況だ。人前では良くないと言いながら、裏では拡散に貢献する人たちがあまりにも多い。熱狂と言うほかない事態だった。

 

 それは偏にミスター・ノーバディの正体が刺激的すぎたからなのだろう。

 謎に包まれている、そっと心に沁み込む声音の歌うたい。

 誰かに寄り添うように言葉の螺旋を積み上げている、誰かの標の夜言遣い。

 

 その特別な正体を、誰もが知りたいと思い──そして、誰もが誰かに()()()()()()()()()()()()()()()

 だから、拡散は止まらない。

 もはや堰き止めることも隠し立てることもできない。

 これまで彼女を見つからないように虚飾の牢に封じ込めていた誰かたちは、きっと今頃大慌てなのだろう。どうしてこのような事態になってしまったのか、途方に暮れながら糾明しようとするはずだ。

 

 そんな喧騒の中、俺は「Random_Play」でリンちゃんと話していた。

 ソファーに背中を預け、リンちゃんからもらったお菓子を摘みながら、先ほどまでの一幕を思い出して大きく息を吐く。

 

「ここにくるのも一苦労だよ、まったく」

 

「ワープしてきたのに疲れるの?」

 

 そもそも最終手段であるワープでここまでくる羽目になったのだ。その決断までには、当然紆余曲折があり。

 

「家までバレてるっぽいんだよね……出待ちされてたもん」

 

「うわ、それ大丈夫じゃないでしょ! 市長には言ったの?」

 

「うん、住む場所用意してくれるって。俺は人がいても困らないけど、カリンちゃんが来るときに困るから」

 

「……まぁ、確かにジューダスは見られるのに慣れてるか。困ったことがあったら言って、できる限り手伝うから」

 

「ならヴィクトリア家政のみんなに俺の仕事ぶりをアピールしておいてほしいなぁ」

 

「あー……みんな過保護だからね」

 

 俺の言葉にリンちゃんはちょっと困ったような笑みを浮かべた。

 

「実際、エージェントとしての実力は高いと思うよ? 虚狩りに匹敵するくらいって、市長も言ってたし」

 

「ほんと?」

 

「うん。……ただちょっと、抜けてるところは目立つかも。昔はもっとちゃんとしてなかった?」

 

「やめてやめてやめて」

 

 ──実際、リンちゃんの言っていることは正しい。

 今の俺は気が抜けている。というか、これが俺の素なのだろう。

 

 気を張る必要がない。

 苦しいこともない。

 今生きている世界を、享受できている。

 

 だから、昔ほど周囲を警戒しない。

 誰も彼もを遠ざけない。みんなに気を許せてしまっている。そして大体のことが後手で何とかできてしまうから、色々と危険に()()

 

 ……話しているとみんなが心配する理由もわかってくる。今回だって、例えば俺に効く武器を犯人が使っていた場合ただじゃ済まなかった可能性もあった。まぁそんなものは存在しないのだけれど。

 反省するべきである。俺は反省した。リンちゃんがしゅんとした俺の頬を指で突っついている……。

 むー。にゃっ! 俺はリンちゃんの指に噛みついた。

 

「ひゃわっ!? ……ちょっと、ジューダスー? やってくれるじゃん……!」

 

「んむむ」

 

 はっ。追撃が来そうだ。リンちゃんの指を甘咬みしながら彼女の出方を探る。

 なお、ちゃんと痛みがないように接触部の歯の状態を弄っているのでリンちゃんにダメージはない。

 

「ただいま。……リン、ジューダス。何をやっているんだい?」

 

 帰宅したお兄さんが呆れたような目でこちらを見た……。

 

 

 

 

 

 さて。一体どうやって事態を収めようか。

 

 家に戻ってベッドに寝転びながら、俺はゆったりと考える。

 腕の中には大福が収まっている。朝から外の喧騒のせいで落ち着かないようだったが、今は気を抜いて身を預けてくれている。

 

 あんまり良い状況ではない。

 少なくとも、大福の精神衛生に良くないし。

 カリンちゃんだって俺の家に来づらくなってしまう。

 

 でも、だからといって外の人たちを自分の都合で狂わせてしまうのは──既に狂っていたのだとしても、気が引ける。

 一体どう動くのが正解なんだろうか。そう考えたところで、ノックノックの着信音が鳴った。

 

 相手はアストラさんのようだ。内容を確認して──なるほど、と思う。

 

「大福、起きて」

 

「ンナっ!」

 

「着替えるの手伝ってくれる?」

 

「ンナ、ンナナナ、ンナナー!」

 

 なるべく見栄えのする服装がいいか。ならいつぞやに着たドレスあたりがいいか? そんなことを考えながら、俺はアストラさんに返信をする。

 大福が服を整えるのに身を任せながら、俺は言葉を考えていた。

 

 ややあって、着付けが完了する。

 軽く鏡の前で回ってみて、その出来を確認する。いつのまにか大福は家事全般……というか、俺の世話が得意になっていて、もはやその道のプロの腕と遜色ないように思える。

 うん、バッチリ。労いに頭を撫でてから、準備が完了したので外出することにした。

 

 

 ──窓を開けて、外へと飛び出す。

 

 

 そのまま、足で()()()()()()()、前へと進んでいく。

 

 

「──えっ「嘘でしょ「ほ、本物?「きれい「天使「──「えっヤバヤバヤバ「なんかの撮影?「……「す、すげぇ……浮いて「かわいい「──「え、これ夢?「夢だよ「──天使」

 

 ああ、なんだ。

 どうやら俺も、結構ストレスが溜まっていたようだ。

 だから、転移で迎えばいいのに、こうしてわざわざ見せつけるようにしている。

 

「ふふ」

 

 ──ならいっそ、全部曝け出してしまおうか。

 

 家の前に集まっている人たちの上を、悠々と歩いて越えていく。時折視線を返しながら。時折手を振り返しながら。

 

 力の制御ができるようになってからというもの、魅了は前よりもマイルドになった。目にした人が狂うなんてことはない。残り香だけで人の精神を破壊していた昔とは違う。

 だからだろうか?

 

 俺が弱くなったとでも思ったのだろうか?

 どういうつもりだったのかは、犯人に聞く以外にはわからない。

 

 が、捕まえた彼はあくまで実行犯でしかないのだろう。

 

 今やミスター・ノーバディは俺を指す代名詞だ。同じ名前で動画投稿なんかすれば、それどころか声で、知っている人間はきっと気づく。

 写真の入手もそう難しいことじゃない。

 

 ()()()()()()()()()()()。監視カメラは家中にあって、基本的にどんなときも俺は誰かに見張られている。

 その録画から適当に切り抜くだけでも、俺の写真は入手可能だ。

 これまでそれがなかったのは、俺という存在を隠しておきたかったお偉方の間に暗黙の了解があっただけ。

 だからこそ、誰か一人がラインを踏み越えようとすれば、こうして簡単にバランスを崩すことができる。

 

 写真と情報。たったそれだけで、簡単に大騒ぎを起こすことができてしまう。

 そしてそれは、きっと誰かが望んだことだ。

 一体どんな意図があって、こんなことをしたのだろう?

 

 まぁ、いい。どんなつもりであっても関係ない。

 今の熱狂は面倒だから、さっさと鎮火しないと。

 

 少しだけ目を閉じる。

 

 ──そして俺は、久しぶりに、チャンネルを切り替えた。

 

 一歩進む。

 足元を始点に舞台を構築する。そして、アストラさんへと声を届ける。

 

「準備はできてる?」

 

『ええっ!? ちょっと、どこから!?』

 

 問題ないようだ。空間を繋げて、作り上げた舞台へと招待した。

 俺への関心を逆探知する──そのすべてへと干渉する。

 視界をジャックする。視点の位置は……あそこが良いかな。アストラさんにもわかるようにカメラ像を作り、位置を可視化。

 次に、仕事中などの人物の安全確保。その人たちには集中が途切れない程度の情報を送信する。仕事のクオリティは落ちない程度の情報量で、しかし俺の存在は確かに認知できるくらいに。

 俺に関心がない人たちには──俺がピースしてる姿でも一瞬映し出し、そこを糸口に視界をジャックする。あまり抵抗なく意識をこちらに引っ張ることができた。

 

 カメラに手を振って、一礼。

 そこでようやく理解が追いついたのか、それとも聴衆の前だという意識が表面を繕わせたのか。アストラさんの振る舞いが堂々としたものに変わった。

 さすが歌姫。こんな意味のわからない状況にもついていけている。

 

 よし。

 これで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「──はじめまして」

 

 流石にこれだけの無茶をすれば、底なしのようにも見えたリソースの底も見えてくるというもの。

 今俺に残されている猶予は──はじめてカリンちゃんと会ったときくらいだろう。

 いや流石に十分すぎる。

 

 隠されていることがそんなに気になるのなら、いっそ全部見せてしまえばいい。

 アストラさんの言葉は青天の霹靂だった。だから、そうする。

 

 最初は動画を公開しようかと考えたけど、なんだかちまちましたことをしているような気がしてちょっと嫌だったから、全世界を巻き込むことにした。

 

 市長が頭を抱えているのがわかる。けれど、ここで消極的な行動に出たらきっと相手の思うツボになるような気がする。()()()()()()

 だから、いっそ自分にできる最大規模で相手の度肝を抜いてやったほうがいい。

 

 孤児院のみんなが見ているのがわかる。信仰ではない純粋な応援を感じて、なんだか嫌じゃなかった。

 リンちゃんとおにーさんが見ているのを感じる。なんだか背中を押してくれたような気がして、嬉しくて舞台を更に飾り立てる。

 ヴィクトリア家政のみんなが見ている。心配と、それよりもずっと大きな信頼が嬉しくて、失敗する気はしなかった。

 

「俺はジューダス・ウィクスと言います」

 

 かつて、ヴィクトリア家政の依頼で会った人たちの気持ちを感じる。何をするのかという期待と、俺の状況を知っていたのだろうか。傍迷惑な喧騒を吹き飛ばしてやれ、なんて感情が伝わる。

 朱鳶さんが見守っているのがわかる。俺の置かれた状況を知っているからか、上手くいくことを祈ってくれている。

 

 アストラさんと視線を合わせた。こんな状況に陥った俺を心配してくれて、そして解決に手を貸してくれるその優しさを想う。

 

「そして、ミスター・ノーバディという名前で歌を歌っています」

 

 ──カリンちゃんが、俺を見ている。

 だから、俺は失敗の可能性なんて微塵も感じなかった。

 

 

 

 

 ──とんでもないことをしてくれた。

 それはきっと、ミスター・ノーバディに関わっていた全ての人間が感じたことだろう。

 

 たった一人の協定違反が、こうしてミスター・ノーバディの価値を全世界に露呈させてしまったのだから。

 たった数分の視界ジャック。この世の全ての人間の脳裏に焼き付いた自己紹介。

 虚狩りにも匹敵する、常軌を逸した力が働いている──それを、こともなげに行ってしまう、人智を越えた能力を、ミスター・ノーバディは示してしまった。

 

 ヴィクトリア家政という鎖に正当性が産まれたのは、市長にとって幸運だ。だが同時に首筋に刃物を突きつけられているかのような重みも感じられる。

 

 魅了はあくまでも毛先のような、表皮からこぼれ落ちた程度のものでしかないことが判明したのだ。

 指向性を持って扱えば、容易く世界中のすべての人間に干渉できる──そんな事実、知ったところでどうしようもないではないか。

 

 

 

 牢の中で、配信を眺め終えた男は笑う。

 まるで魂が抜けたかのように、虚ろな目で笑っていた。

 

「──天使は、縛られてはいけないんだ……」

 

 彼の視界にはミスター・ノーバディを名乗る少女しか映っていない。

 その様相は、例の少女が語る限界症状の最果てまで辿り着いたものに酷似している。

 

「始まりの主……そんなものに、何の価値がある? この世界には、既に彼女がいるというのに……」

 

 男は虚ろに笑っている。

 笑っている。

 笑っている。

 

 以降、この部屋に記述は遺らない。

 

 

 

 

「……私、あんまりいる意味なかったかも」

 

「そんなことないよぉ。アストラさんいなきゃそもそもあれやるなんて発想なかったし」

 

「うん。まずひとつ聞きたいんだけど、どうしてわざわざうちに来て反省会をしているんだい?」

 

 おにーさんの言葉に首を傾げる。

 

「だって、ここが一番信用できるもん」

 

「ええ。ジューダスちゃんの部屋は監視の目がたくさんあるらしいから内緒ばなしには向いてないのよね」

 

「……そんな部屋でよく暮らせるね?」

 

「向こうから干渉してこないし、気にならないけどなぁ」

 

 一応、おにーさんたちに迷惑がかからないように六分街についてからは監視を強制的にシャットアウトするようにしている。

 とはいえ、それもこの力をちゃんと扱えるようになってからの話なのだが……。まぁそれまで俺は二人のことをプロキシだと知らなかったし、大丈夫だろう。

 

「というか、あんなことできるんだね……ジューダスって逆に何ならできないの?」

 

「激辛料理はもう嫌かな……」

 

 というか確かに。

 俺も未だにこの力で何ができるのか、正確には把握していない。

 基本的に俺がやろうと思ったことはだいたいなんでもできるので、気にしたことがなかった。

 

「──ふぅ。それじゃ、私はもう帰るようにするわね。イヴも心配してるでしょうし……」

 

 アストラさんの顔がちょっと萎れている。中々に無茶をした自覚はあったのか、これから叱られることを想像して落ち込んでいるようだ。

 

「……ごめんね、俺のせいで」

 

「あら、違うわよジューダスちゃん。こういうときは『ありがとう』、でしょ?」

 

 そう言って、アストラさんは笑った。まるでお姉さんみたいな笑みと言葉だ、と思った。

 

「──うん。ありがとう」

 

 だから、俺は彼女に甘えて巻き込んでしまったのかもしれない。

 

 

 

 アストラさんを元いた場所まで送り届けて、俺は雲の上を歩きながら帰る。

 先ほど家の周囲にいた人たちには声をかけておいたからか、元通りの静けさに戻っていた。空から降りて、出たときの窓から部屋に戻る。

 

「──おかえりなさい」

 

「ンナナ!」

 

「うん、ただいま」

 

 柔らかな声がした。

 

「見てくれてた?」

 

「勿論ですっ」

 

 そう言って、彼女は笑った。

 いつか語った夢に、近づきつつある俺を見て、笑っている。

 俺はその目と、正面から向き合うことができた。

 

 それがどれだけ幸せなことなのか、今の俺にはわかるような気がした。

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