剣閃が空間に刻まれる。
それは目にも止まらぬ速さで幾度も咲いて、美しささえ感じさせた。
俺はそれを座ってみている。
とはいえ、ただ黙って見ているだけではない。時折力を使い、相手の意識を揺らしたりして、適度に茶々を入れている。
それが本人たっての希望だから。
俺が力を使う度、彼女は弾かれたかのように剣を振るい──
一体どんな見当識をしているのか。俺の力は本来現実には存在しない、あくまで純粋な魂の塊だ。それを斬るなど、本来不可能なはず。
言わば絵の中に干渉するかのような、常識ハズレの行動なのだ。
「──千。約束通り止めにしよう。ジューダス、付き合ってくれて感謝する」
「ん。お疲れ様、雅ちゃん」
刀を鞘にしまい込んだ彼女──星見雅に、俺は労いの言葉をかけた。
実のところ、彼女とはカリンちゃんよりも長い付き合いである。
昔、金持ち専用動物園の珍しい生き物みたいな扱いだった頃に、俺と雅ちゃんは遭遇している。どこかのパーティーで会った雅ちゃんの父親からの勧めで会ったのだっけ。
その頃の俺は魅了が使えるだけのクソザコであったが、何かが雅ちゃんのお眼鏡に適ったのだろう。たまに招待される形で会うことがあった。
で、先日。
俺が全世界強制配信を行ったことで俺の力に何かを感じたのか、こうして彼女の修行に付き合っているというわけである。
「……その力」
雅ちゃんはふと、思いついたかのように呟いた。
「無尾でなければ斬れなかっただろう。そういう確信がある」
無尾。彼女の刀のことだろうか。
まぁ、その言葉は間違いではない。あの刀には
そもそもそれが人間には不可能だから、救世主という存在は世界でも数えるくらいしか生まれていないのだけれど。
むしろこの場合、雅ちゃんのほうが凄まじい。
認識できない攻撃が自分の警戒域に触れた瞬間に斬り伏せてしまうのだから。虚狩りの名は伊達ではない。
「まだまだ精進が足りない。『魂を認識する修行』にまた付き合ってくれるか?」
「いいよー。というかお給料出てるもん、ちゃんとやらなきゃ」
お仕事とあらばこちらに否やはない。……いや、普通にわがままは通せるんだけれども。自分がもやもやするから、お金をもらっている間はちゃんとするのだ。
魂の理解までは不可能だろう。だがその先触れだけなら、彼女であれば認識できるかもしれない。もしそうなれば、彼女は今より更に強くなるだろう。
才能というものは羨ましいものである。
ちなみにこの修行は俺にもメリットがあるので、そういう意味でも良い。
この間の一件でわかったことがある。
俺はまだこの力をうまく使いこなせてはいない。
やろうと思えばなんだってできてしまう能力は、逆にいうとやろうとしなければかなり限定された用途にしか使われない。魅了とか。
そしてその最低限の用途だけであらゆることがわりとなんとかなってしまうのが問題である。
この間だって、やろうと思ったから世界中の全ての人間に干渉して、俺の姿を脳裏に焼き付けることができたが。
家で寝ているだけの俺であれば、そもそもあんなことはやろうと思わないだろう。
そしていざ突発的な事態が起きたとき──間違いなく俺は焦る。そして焦って何かやらかす。それが既に予想できてしまっている。
そういうわけで、雅ちゃんの修行に付き合いながら、俺も能力の扱いを練習しているというわけだ。うっかり強めに力を使ったとしても、雅ちゃんなら対応できるだろうし。
とはいえ、あまり力を使うということに対してイメージが浮かばない──俺がワープとサーチをすぐ覚えたのは、自分に必要なものだからだろうし。
ワープは移動が面倒だから。あと、あの瞬間にワープを使えないと普通に墜落して死んでいただろう。
着地のイメージができればカリンちゃんに負担をかけることはなかったのだろうが、あのときの俺は死ぬのが怖かったから、墜落という終わりを意識してしまって安全な着地を想定するのは難しかった。
サーチに関しても、ホロウから出ないと危険な状態だったからだろう。そもそもサーチは昔使っていたのだから、余計に簡単だ。
「……人間の精神にも干渉可能な、認識不能の力。無尾と対話したあのときと似ている。故に、斬ることができたのかもしれない」
「──へぇ?」
雅ちゃんのその呟きに、俺は刀へと目を向けた。対話が可能な刀……まぁ、そんなこともあるのだろう。所謂妖刀と呼ばれるものは、怨念や情念を背負い込んでいるものなのだろうし。
だが。
甦りもしていない
俺の視線に、刀がガタリと動き、雅ちゃんに抑え込まれた。
「──止めろ。これは私の武器だ。無闇に刺激するのはよせ」
「ん、ごめんね」
呪いもうまく使えれば力だ。
俺の魅了と同じである。望んでいなかった昔の俺とは違い、雅ちゃんは既にそれをものにしているのだから、下手な手出しは良くないか。
「雅ちゃんなら大丈夫か。あはー、ちょっと早とちりしちゃった」
「問題ない。しかし魂というのは凄まじいな。無尾にまで干渉できるとは」
「基本なんでもできるよー。人の言葉でニュアンスを伝えようとすると魂って言うしかないだけで、正確に言えば別物……なんていえばいいんだろ」
少し悩み。
「
だから、すごい人の魂はより強く、太く、大きい。昔の俺がライカンさんや朱鳶さんみたいな人たちに魅了をレジストされたのも、彼らの意思が強いから。
素養がある救世主以外では、ほとんど滲むことのない──けれど確かにそこにあって、光り輝いていて、世界を動かしているのが魂だ。
「世界は、強い意思を持った人たちが、少しずつ……雨粒みたいに少しずつ、枷を壊して進んでいくんだ。その繋がりが、今の俺達を作ってる」
俺もそうだ。
みんなのおかげで生きている。救世主とは違う、意思による僅かな魂の表出──それが世界を押し動かしている。
運命を変え続けている。
「……成程、そうか」
雅ちゃんは刀の鞘に触れ、小さく呟いた。
「……ジューダス。今一度修行に付き合ってもらえるか? 『友人と共に甘味を食す修行』、だ」
「……あは、勿論いいよ!」
雅ちゃんとお話ししながらのんびりとおやつを堪能した帰り道。
道を悠々と歩いて帰る。視線がこちらに向かないように、存在感を街頭ビジョンに移して。
意外とやってみればできるものだが、力配分が意外と難しい。だが周囲からの認識を誤魔化せるのは便利だし、使えるように覚えよう。
「──?」
と、そこでふと手に何かが触れた。指の隙間に何かが入ってきたような感覚。
疑問に思って手を見ると、何かの紙片が挟まっていた。何度か目を瞬かせても変わらずそこに紙はある。
内容は──よくわからない文字列と、落書きだ。
ふと、匂いがした。
どこか懐かしい匂いだと思った。
「見つけたよ〜」
目の前で声が聞こえる。
視線を向けると、見上げるほどに大きな機械から身を乗り出した水色の髪の少女が、こちらを覗き込んでいた。
一体いつからそこにいたのだろうか。いや、それよりも。
──どこか、気配がリンちゃんたちに似ているような。
「ん……やっぱり、思った通り、君は不思議な匂いがするね?」
「……ふむー、どこかで会ったことあるかな?」
「どうかな〜? 記憶にはないけどね〜?」
用件がイマイチわからない。おそらく先日の一件がきっかけなのだろうが……。だが、彼女の乗るロボットの意匠は記憶にある。おそらく防衛軍関係者だろう。
ふむ。
「場所を移さない? ここじゃお話しにくいからね」
「いいよ〜、それじゃ」
直後、俺の体が宙に浮く。
「うぇっ」
そしてそのまま持ち上げられ、コックピットの中に吸い込まれるようにして落ち込んだ。
「でっぱつだー!」
「にゃわーっ!!」
そのまま、機体が動き始める。
こうして俺は、名前もわからない少女とドライブ……ドライブ? 暫くの空中散歩に勤しむのであった。
「ちなみに今どこに向かってるの?」
「市長のオフィス!」
「明日の新聞の一面にはなりたくないかなぁ!」
──というのが空中でのハイライト。
何とか説得して市長のオフィス襲撃は阻止できた。なんでこんな苦労してるんだろう。なんとなく興味が惹かれたからってついてくるんじゃなかった。
「で、俺に何か用が?」
バレエツインズ前にて、彼女に問いかける。自動販売機で買ったジュースを一つ手で弄びながら、もう片方の手で彼女にジュースを差し出す。
「うん。君は、特別な力を持ってる。この間、みんなが遠く離れた君のことを見たよね?」
「んまぁ、そうだね。そういう風にしたから」
「そんな特別な力があるなら、ひょっとしたらできるのかなって」
彼女の瞳がこちらを見た。
どこか縋るような目だった。
「ねぇ。君の力なら、壊れちゃった倫理コアも元に戻せたりするのかな」
その目を、俺は見ていることができなかった。
気まずさから逸らして、答える。
「……元には戻らないよ、ごめんね」
命は元には戻らない。だから、簡単に捨てちゃいけないものだし、みんながたくさんの覚悟の上で生きている。
逸らした視線の先、彼女の手がぎゅっと握られた。
「……そっか」
ぽつりと呟かれた言葉が、胸を抉る。
──力を行使することで、こうなることは予期できていた。
人間を超えた所業は、人々が夢を託すには充分すぎるものだ。
過去の文献だけでも信仰が大きく広がるのだから、実際に経験してしまえば、「もしかしたら」は拭えない。
でも、俺にできることには限りがある。
死んでさえいなければ。
まだそこにいるのであれば、何とかできる。
けど、終わってしまった命には、何もできない。
救世主といえどそんなものだ。
俺がこの世界に生まれる前、ホロウ災害が始まった瞬間の死者は、俺にはどうすることもできないし。
旧都陥落で傷を負った沢山の人たちが、一晩だけ悲しみを感じなくすることはできても、結局それまでだ。
命は戻らない。
戻ってはならないから、戻らない。
キリストならば可能だっただろう。聖書にも記述がある。
けれど、俺はそれを受け入れられない──死に安堵してしまった俺には。
「……どんな
俺は彼女に声をかけた。
きっと、彼女が求めていたのはさっき乗ってきたあの大きなロボなのだろう。『ビッグ・シード』と呼ばれていたか。
その言葉の中に込められた愛着に、気付けないわけがない。
「……僕に、心を教えてくれた」
「良い人だったんだね」
「……うん……」
どうして彼女に興味が湧いたのか、わかった気がする。
俺はお姉さんに拾われたから、人間として生きていけるようになって。
きっと彼女は、『ビッグ・シード』に拾われたから、人間として生きていくことができるようになった。
そのシンパシーが、彼女の言葉を聞いてしまうのだろう。
──チャンネルを切り替えた。
死者を蘇らせることは俺にはできない。
でも、そうじゃないなら、一つだけできそうなものがある。
あれは自称神様のあんにゃろうがやったことだし、あいつがやったことの逆だが、そもそもの素養はあるのなら俺にもできるはずだ。
手を触れる。
意識を探る。
向こうに消えてしまったその魂の縁を辿る。
──成功する保証はない。
だけれど、失敗する気なんかしなかった。だって、そうだろう?
その声は、その想いは、すぐわかるほどに大きいだろ?
『──「シード」』
「──! 『ビッグ・シード』……?」
俺は一度、生きている人の声を届けてもらっている。
そうであるなら、繋がりさえあるなら──逆だって
それに、この世界は魂がモノに留まっていることも多くある──雅ちゃんのあの刀みたいに。つまり、死者もある程度現世との繋がりを持つことが可能。
だからこんな無理だって通せる。
──が。
随分と負担が大きい。
そりゃあそうだ。本来の摂理に背いて、無茶をしているのだから。
どうやらそのことを、『ビッグ・シード』も理解したようだ。
言うべきことは何かを僅かに考えるような間の後。
『……大きくなったな』
そう言って、会話は途切れた。
声に立ち上がっていた少女は、力が抜けたように座り込む。ぐしぐしと手で目元を拭って、ややあってから、
「……ありがとう」
そう言った。
「……ごめんね、もっと話したかっただろうけど」
「ううん、いいんだよ」
「シード」と呼ばれた彼女は首を振って、遠くにいってしまった
「いいんだ」
その目が、何を思っているのかはわからない。たくさんの感情が、彼女の中で渦巻いている。
けれどそれは悪いものじゃなく見える。彼女の中で、一つ何かの踏ん切りがついたような清々しさで、儚くも彼女は笑っていた。
悲しさの先を見たのだろうか。
その笑みの中に希望があるように見えた。
俺もそうあれるだろうかと、彼女の強さが羨ましく感じた。