例えばそれはちえのわのような   作:moti-

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 クレーンゲームって心底(マジ)つれぇ……


アイデンティファイ

 ジューダス・ウィクス、縮む──。

 

「ふむ」

 

 体の感覚は子供のときのものと同じだ。違和感はない。軽く跳ねてみて、カリンちゃんの腕の中に収まりながら、何が起きているのかを考える。

 おそらく自分由来ではない。他人が影響している。では一体何が?

 少し考えてみると、頭の中に理由が浮かんできた。

 

「──他人の願望の影響を受けてるみたいだね」

 

「他人の願望……前言ってた天啓みたいなものかい?」

 

「それが一番近いかなぁ」

 

 カリンちゃんの手を振りほどき、自分の形を変化させる要領で元の姿に戻る。

 今ので感覚は掴めた。なるほど、戻るのは結構簡単だ。

 

「そ、それは大丈夫なんですか? なにか不都合なことが起きたりは……」

 

「大丈夫だとは思うんだけど」

 

 しかし厄介な体質だ。いつか自分自身の姿を忘れてしまえば、二度と戻れなくなるのかもしれない。

 

「ジューダスって、ほんとなんでもありだね……」

 

「ンナ、よくわからないけど、そういうこともあるよね~」

 

 あるのか?

 

 

 

 

 

「ふむ」

 

 家に戻って、俺は一人息をついた。

 温かな喧騒はもうなく、冷たい夜の冷たさが響く。

 大福はリビングで充電中。寝室には今、誰もいない。

 

「ふーむ」

 

 やはり釈然としないのだ。

 救世主という体質の一つで片付けていい話じゃない。姿が変わるという特性はあまりにも異常にすぎる。

 いや、それを無視したとしても──どうして子供の姿になった? それがおかしな話なのだ。

 

 誰の意思を受信した?

 カリンちゃんたちだろうか。いや、違う。むしろみんなは今の俺を肯定する意思のほうが強い。

 たとえ興味があったとして、今の俺よりもそれを求めるほどの出力はない。だってみんな、俺のことを好きでいてくれるから。なんか照れるな。

 

 少なくとも一般人の願いではない。

 美しさというものは悍ましいもので、今の俺が脳裏に焼き付いた人間はそれを至上のものだと据えてしまう。

 子供の頃の俺を想像する余地などないのだ。

 

 じゃあ孤児院のみんなか? これもまたカリンちゃんたちと同じ理由で違う。

 

 じゃあ誰だ?

 誰が子供の俺を想定した?

 

 いや、こう言い換えることもできるか。

 

 ()()()()()()、望むとすれば誰がいる?

 

 

「──みーつけた」

 

 

 意識を手繰って、見つけ出す。

 そのまま手で掴んで引っ張った──強い抵抗。部屋に風が吹き荒れて、髪の毛が瞬く。だがそれだけだ。片っ端から相殺して、部屋に風以外の影響を及ぼすことはない。

 

『──ぎ、が──』

 

「ふむ」

 

 随分と強いエネルギーだ。そしてその力の性質も俺に近いものだろう。市長から聞いた話と合致する。

 なるほど。

 

「君が始まりの主ってやつか」

 

『なぜ、お前のようなものが──存在する!?』

 

「さぁ、どうしてかな? というか君、思ったより元気だね。()()()()()()()、リンちゃんたちに負けたってこと」

 

『その力──存在してはならない、()()()()()()()()()()を、なぜ持っている!』

 

 いや、全く、本当に。

 

「──人を弄ぶなよ。不愉快だ」

 

 ()()は、その先の言葉を待たずに握り潰した。

 抵抗も意味はない。押し返す力は全く意味を持たない。容易く存在ごと破壊できる。

 

「……逃げた」

 

 大部分を削いだが、核の部分は潰せなかった。

 押し返せないと悟って全能力を逃げることに使ったようだ。

 ため息一つ。

 でもこれでもうちょっかいをかけてくることはないだろう。

 ため息二つ。

 

「あーあ」

 

 市長経由でリンちゃんがどんなことをしてきたかは、概ね聞いている。

 衛非地区での頑張りも。修行の様子をこっそりと覗きにいったこともある。そのときに儀玄さんに軽く挨拶をしたりなんかもした。

 

 だから、知っている──あんなものに縋るしかなかった人たちのことも。

 

「はぁ」

 

 それは俺に救えないものだ。

 いや、そもそも何かを救おうなんて──そんな考えが傲慢なのかも。

 

 でも。

 旧都陥落のとき、俺はまだ生まれてなかった。

 ホロウ災害が発生した当時だって。

 そのときに俺がいれば誰が救えたんだろう?

 

「──はぁ」

 

 結局、手の届く範囲を助ける気しかなくて。

 それなのに、この世界には過剰な力を体質として引っ提げてしまっている。

 力を奮ってみんなを助けられるならそれでもいいのに。

 ああ、やっぱり俺は中途半端だから。

 

「寝よ」

 

 思考を中断する。

 瞼を閉じて、意識を意図的に遮断する。

 

 それはまるで死ぬときの気分とそっくりで。

 意識が落ちる瞬間が怖いって、どこか遠くで思ったのだ。

 

 

 

 

「強さって何だと思う?」

 

 そんな声に、意識を起こす。

 知ってる声だ。大好きな声だ。懐かしい声だ。あの人の声だ。

 

「少なくとも、力ずくで誰かをねじ伏せることじゃないよ」

 

 俺は皿の上のパンを半分に分けて、片方を彼女に差し出した。手を合わせてから、口へと含む。

 

「だから、俺は間違っているんだ」

 

「どうして?」

 

「俺の力は、歩幅を合わせるものじゃない。先を歩いていくものだ。でもそれじゃ手が離れちゃうから」

 

「ふぅん。そうかなぁ?」

 

 と、いうと?

 

「星見雅ちゃん。君は彼女を否定しないでしょ?」

 

「そりゃあそうだよ。だって雅ちゃんはすごいんだし」

 

「彼女の力と君の力、何が違うっていうの?」

 

「何もかもが違うよ」

 

 だって、俺の力は。

 

「自分勝手な力だもん」

 

「でも、力ってそういうものじゃない?」

 

 彼女は言った。

 

「そもそも力なんて、自分勝手を通すためのものでしかないよ。大事なのはそれそのものじゃなくて、通そうとする意思のほうだと思うけどなぁ」

 

「……でも、それでいろんな人を傷つけるのは良くないことだよ?」

 

「ないよりはあるほうがいい、使い方を選べるから。今の君にはいろんな選択肢があって、いろんな道を選べるけど──昔はそうじゃなかったでしょ」

 

 それは、そうだ。

 けれど、俺は。

 

「傷つけるのが怖い?」

 

 彼女は的確に、俺の心を言い当てた。

 

「何かあったでしょ。当ててみよっか? 君のことだから、そうだね……」

 

 彼女は口元に手を当てた。眉を寄せて、悲しげな顔で。

 

「……誰か、殺そうとした? でもそれができなくて、心を奪うのと何が違うのかって悩んで、中途半端な自分に落ち込んでるんだ」

 

「……なんでわかったの?」

 

 びっくりした。

 もう暫く会っていないのに。いや、そもそも彼女は俺の現状を知らないはずなのに。

 

「そりゃ君の声優だし……あっ、違う。今のなし。君が変わってないなら、だいたいわかるよ。だって私は──」

 

 

 ──『お姉さん』、だからね!

 

 

 と、彼女は言った。

 ちょっと怪しいワードがあったぞ。

 

「声優って何?」

 

「誤魔化せないかぁ」

 

 そりゃそうだ。じとーっと眺めれば、彼女はいつも通りにしどろもどろになっていく。

 なんだかそれが懐かしくて、俺はちょっとだけ笑ってしまった。

 

 これは夢だと思っている。眠った自覚があるからだ。

 でも目の前のお姉さんは、なんだか本物みたいに感じられる。だから気持ちが落ち着いてきて、寝る前の気分だって忘れられそうだ。

 

「んー……笑わない?」

 

「笑わないよ」

 

「じゃあ言うけど……私、今は声優やってるの。君がいなくなって、なんとかしなきゃって思って、いろんなことに手を出してさ。そしたらなんか色々とうまくいっちゃって……余裕ができたからですね。あの、色々とやってみようと手を出したんだけど」

 

「うん」

 

「そしたらなんか是非ってオファーがきて」

 

「うん?」

 

「結果として、今ジューダス・ウィクス役を務めさせていただいております……」

 

「ちょっと待って?」

 

 笑うとかいう次元ではなかった。

 頭が混乱してぐるぐるする。

 あれ? ジューダス・ウィクス役?

 ジューダスって俺では?

 

「あの、つまり」

 

「うん」

 

「俺のあれこれって、そっちの世界でお話になってるってこと……?」

 

「そうなんです」

 

 頭を抱えた。

 ということは俺の過去のやらかしのあれこれも……? 恐る恐るお姉さんの顔を見ると、彼女はゆっくり頷いた。

 

「は、恥ずかしいぃぃぃ……。んんん……ちょっと、あんまり見ないで」

 

「やーだ。しっかりとパスキー付きフォルダに保存させていただきます」

 

「ど、どこまで知ってる? それ次第だけど」

 

「んー……」

 

 んん、と喉の調子を確かめるようにお姉さんは声をこぼして。

 

「『既に死んだ人間をコストに──』」

 

「やめて。やめて。わかったから。ね」

 

 お姉さんの俺を見る目はちょっと冷たい。どうやら思うところがあるみたいだ。

 怒られの気配……。しゅんとして身を小さくした。

 

「君は死んでも変わらなかったねぇ。むしろ悪化した? 余計に命を粗末に扱って」

 

「だ、だってぇ……あのときはそれが一番いいと思ったんだもん……」

 

 じとーっとした目が……。

 

「カリンちゃんには感謝しなきゃだね」

 

「……うん」

 

 彼女はそういって、こちらの頭へと手を乗せた。軽く揺するようにして、そのままこちらの頬へと手をすべらせてくる。

 人のほっぺをもちもちしながら、にへらと笑った。

 

「君は気負いすぎなんだ。もっと自分勝手に生きていいんだよ」

 

「でも、俺が躊躇ったせいでなにか取り返しのつかないことになったら?」

 

「考えすぎだって! できるからといってやらなきゃいけないなら、のび太くんは戦わなきゃいけなくなるんだし。──酷い言い方になるけど、君がいなくても世界は続くんだ。たったそれっぽっちの()()()()に、そこまでの責任があるとは思えないね!」

 

 両手でほっぺをうりうりと捏ねられる。

 頬から伝わる手の温もりは、どこか懐かしくて、心が落ち着くのを感じた。

 

「……続くんだよ、いなくても。だから君は、自分が笑って生きられる生き方をしてよ」

 

「……うん」

 

 よし、説教終わり! と言って、彼女はほっぺから手を離した。

 

「君のお母さんに会ったよ」

 

 唐突に呟かれた言葉に、思考が止まった。

 

「後悔してた。君を妬んでしまったこととか、君に酷いことをしたこととかを謝りたいって──今更って顔をしてるね」

 

 そりゃあそうだ。

 だって、今更そんなことを言われても。

 

「君のお母さんね、処女受胎だったらしいよ。それで不倫を疑われて離婚して、実家からも縁を切られて、君と向き合うことができなかったって言ってた。君を見ると、どうしてもそれを思い出してつらく当たってしまってたって。最後、君を捨てられなくて、家に帰ったけどそこに君はもういなかったって」

 

「……………………」

 

「悪い人には見えなかったよ。どこにでもいる、不幸な人の一人だった。今も墓参りで会うんだ」

 

「……そっか」

 

「複雑そうだね。──残念だけど、人ってのはそんなものだ。感情に支配されるし、正しい選択ができないし、迷って、間違って、ぐちゃぐちゃで、意味がわからないものだ。私もそうだよ」

 

 お姉さんは、何かを思い返すかのように、少し上を見上げて。

 

「わかり合おうとして拒絶して、助けようとして傷つけて、だから私たちの世界は本当の意味で繫がっていない。個人単位で断絶している」

 

「……それでも、みんなで世界を回しているよ」

 

 そうだ。

 本当に世界がそんな小さいのなら、俺達はきっとここにはいない。

 今生きている世界はきっとホロウに全部呑み込まれてしまって、滅んでしまっているはずだ。

 そうなっていないのは、たとえ最初は個人だけの世界だったとしても、そこに誰かを想う心があったからで。

 

 きっと俺にも、その気持ちはある。

 

「……お母さんのことは、正直わかんないや。嫌われてたのに理由があっても、嫌われるのってつらいことだから」

 

「うん」

 

「でも、おかげで俺の悩みはちょっと晴れた気がする」

 

 俺は。

 

「人の心を奪うのと、殺すのは何が違うのかと思ってたけど。生きてさえいればいくらでもチャンスはあるんだよ」

 

 たとえそれがどうしようもなく敵対的で、わかり合えないような思想をしていても。

 破滅を齎すようなものであっても。

 いろんな人の天敵だとしても。

 

「なんて言えばいいか……ちょっと難しいけど、そうだね」

 

 たとえ、この答えは正しくないのだとしても。

 多くの人から恨まれるようなことだとしても。

 綺麗事でしかなくて、結局その振りかざす本質は悍ましい、暴力と変わりないようなものでしかなくても。

 それでも。

 

「──死んでいい人はいないんだ」

 

 みんなが、今この瞬間を必死に生きている。

 そこに一切の貴賤はなく、誰も死んでいい人はいない。

 ホロウ災害が許せないのは、人々の意思を馬鹿にするみたいに、無慈悲に呑み込んでしまうからだ。

 無尾や始まりの主が許せないのは、生きている人間を破滅に引き摺り込もうとするからだ。

 けど、その全てが憎いわけじゃない。彼らもまた、いつか堕ちてしまった(たましい)でしかなくて。

 ただ力を持ってしまっただけで、その心根はきっと、俺がこれまで憐れんだ犯罪者たちと同じなのだろう。

 

 だから、俺は。

 

「とりあえず、俺にできることを精一杯やってみるよ。救世主とかそんな役割は関係なくて、正しいかどうかも構わない。俺のやりたいことをやってみる」

 

「……そっか。じゃあ、君の活躍を期待してる。大丈夫、君ならやれるよ!」

 

 そう言って、お姉さんは親指を立てて、こちらに向ける。

 

「S級実装されたら完凸するからね」

 

「Sきゅ……えっ?」

 

「あ、ごめんこっちの話」

 

 なんだかはぐらかされたけれど、まぁいいか。

 

「……そろそろ時間なの?」

 

 お姉さんは、なんとなく察したように、こちらに聞いてくる。

 

「うん。憑霊の一種というか、演者であるお姉さん自身がアトリビュートとして俺と同一視されることによって、寝てる間、視界ジャックの応用でお姉さんの夢に意識だけ持っていけるみたい」

 

「なるほど……?」

 

「そろそろ俺の体のほうが起きちゃうみたいだから、ここまでかな」

 

 どうして夢が繫がったのかといえば──俺が望んだからだろう。

 そしてたまたまお姉さんが俺の声優をやっていたことにより、同一人物としてのラインが繫がって、意識だけを降ろすことができた、と。

 要するにこの間、「ビッグ・シード」にやったことの逆だ。そして自分自身の精神だからか、あるいはラインが強固だからか、自分の負担は思ったよりも小さい。

 

 つまりやろうと思えば毎日でもお姉さんの夢枕に立つことはできる。

 

「……また話せるよ。そのときは、楽しいことの話でもしよう?」

 

「ん〜……ダメ!」

 

「えっ」

 

 体の前で手を交差させて、彼女はこちらにダメ出しをする。

 

「もう私たちは、別々の世界で生きてるでしょ? あんまりこっちに来ちゃダメだよ。ただでさえ私たちはお互いに依存してるんだから、きっと現実に帰れなくなる」

 

「────」

 

「次会うときはお互い、よぼよぼのおばあちゃんになった後で」

 

「……うん、わかった」

 

 頭が妙に冴えた。それくらいの衝撃だった。

 だから、俺は何も言えなくなって。

 

「じゃあ、いつかまた」

 

「うん、またね」

 

 最後に触れた手の暖かさを、忘れないように、心に刻み込んだ。

 

 

 

 

 朝目覚めると、部屋に昨日の痕跡はない。

 誰も昨日ここで何があったのかを知らない。

 一つ欠伸をこぼしてから、体にぐっと力を入れて起き上がった。

 

 少し探ってみたけれど、始まりの主の痕跡は察知できない。

 おそらくかなり弱ったことと、こちらを警戒していることが原因だろう。

 どうせしばらくは動けない。今探しても逃げ切られてしまうだろうし、一旦思考を打ち切ることにする。

 次に浮かんでくるものは。

 

「──お母さん、ねぇ」

 

 なんとなく。

 あのとき、神様を名乗るあんちくしょうと話したときのことを思い出す。

 

「あいつ、隠しやがったな」

 

 たぶん意図的に。

 必要ないと思ったのか、それとも何かの意地悪か。

 まぁ、いいや。

 

 ならせめて、俺はあのひとを許そう。

 そのことを伝えることはできないけれど。

 

 窓の外を眺めた。やわらかな日差しが差している。

 今日の予定は……そういえば、ヴィクトリア家政の仕事があるんだっけ。

 少し離れたビルから向けられたカメラに手を振ったあたりで、大福が部屋の扉をノックした。

 そろそろ出勤の時間らしい。

 

「さ、仕事しよっか」

 

 俺はそうして、部屋から出た。

 今日はどんな依頼なのかと思いを馳せながら。

 

 ……この日々も全部、お姉さんには筒抜けなんだよな。

 ヤバい、普段監視されていることなんかよりもずっと恥ずかしい。

 

 せめて恥ずかしくない生活をしよう。ちょっとだけ背筋を伸ばして、俺は家を後にするのだった。

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