例えばそれはちえのわのような   作:moti-

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 妄想エンジェルは最高ですね~ 要素が被っていていろいろとウチのオリ主が迷惑かけそうな気配がしていますが……

 そういえば一応ゼンゼロのチャンネルを作ってみました。
 作品と関係ないので活動報告のほうにIDを貼っておきます。興味がある方はぜひ。チャンネル機能あんま使わない気がしているので本当に一応といったところです。




 

 一般用途で使われるマイクには二種類ある。

 ダイナミックマイクとコンデンサーマイクの二つだ。単純に区別するならばコンデンサーマイクのほうが拾う音のレンジが大きく、僅かなニュアンスまで拾ってくれる。

 より音を拾うというわけなので、衣擦れだとか、余計な音までも録音してしまうところが欠点といえば欠点。

 なので他の楽器やスピーカーの音が鳴り響くライブの場合は指向性を絞ったダイナミックマイクを使う。優劣とかじゃなくて想定される用途が違うというわけだ。

 以上、ネットの知識。

 

「あ〜、あ〜、あ〜」

 

 比べてみよう。

 機材に関しては詳しくないが、我が家の防音室はスタジオ品質だ。

 それに例のごとく、昨日のうちにでも「マイクの違い試したいな〜」みたいなことを呟いておけば、寝ている間に準備とセッティングが終わっている。

 いちいち差し替えが面倒なことを想定してか、複数のマイクを音量を合わせてセッティングしているようだった。一列に並んだマイクは壮観だ。

 久しぶりに金持ちの道楽らしいことをしている気がする。

 

「なんなんな〜ん」

 

 なんだかんだ、録音をするのは楽しい。

 というか、大声を出すのは楽しい。

 普段家にいるときはあまり喋らないからなぁ。喋ったとしても大きな声じゃないし。

 俺の声はやけに通るから、小さな声で喋ってもみんなに聴こえるし。

 だからこうして意図的に前へと声を押し出すというのは、あんまりやらないから楽しく感じる。

 

 ともかく、そのまま録音した音をスピーカーから流した。

 

『なんなんな〜ん』

 

「……………………」

 

 録音した自分の声って、なんか気持ち悪いな。

 ネットでは俺の声は千変万化というか、変幻自在というか、聴く人によって印象が大きく違うらしいのだが。

 自分の姿を鏡で見ても違和感が凄いのだから、みんなの感覚がわからない。みんなにはどんなふうに俺のことが見えているのか。

 魅了で意識を奪われる感覚というのは、どんな感じなのだろう。

 

 ともあれ、余計なことに意識は向けずに音色の違いに耳を澄ます。

 

「……うん」

 

 違いがあることはわかる。

 わかるけれど、比較視聴してまで気にすることか? という気分になった。必要な質は全て充分以上だし。しかもこれ、声質とかで最適変わるだろ。

 

「カリンちゃーん!」

 

「はい!」

 

 ということで、防音室の外で待機していたカリンちゃんを召喚。

 

「しゃべって。順番に録音するから」

 

「ふぇ……えぇ、ええぇ?」

 

「実験に必要だから」

 

「で、でも、そんな……カリンには難しいです……」

 

「一個めヨシ」

 

「え、ええ、ええええ、え」

 

 ちょうどいい位置にいたので……。

 不意打ちみたいになってしまったが、これも知的好奇心を満たすためだ。

 

「お願いだよ、このあとなんでも付き合うから」

 

「……わ、わかりました。カリン、頑張ります!」

 

 カリンちゃんが圧倒的に不利なおねがいを呑んでくれたので、録音の準備をする。

 だってカリンちゃんが俺に変なこと言うわけないもん。家にある服を着るとか、服を見に行くとか、そのあたりだろう。

 着飾ることにこれといって意味を見いだせないが、カリンちゃんが楽しそうなら俺も楽しい。だから、このお願いはぶっちゃけると俺ばかりが得をしている。

 

「ぁ、あ〜、あ〜、あ〜」

 

 控えめな声が、マイクに向けられる。

 

「な、なんなんな〜ん……」

 

 外で聴いてたな、これ。

 普通にノリで言っただけだから真似する必要はないんだけど。まぁいいか、かわいいし。

 そのままマイクの本数だけ同じように録音して、恥ずかしそうなカリンちゃんを尻目に録音を最初から再生する。

 やっぱり声質と声量で印象が変わるな。こうなると選択が難しい。照れて縮こまってしまったカリンちゃんを尻目に、俺はマイクについて考える。

 

 ぶっちゃけカリンちゃんの声を録る必要は俺の知的好奇心を満たす以外になかったが、これはこれで貴重な機会だ。保存しておこう。

 

 ともあれ。

 俺に一番合っているマイクがわかったので、今後はこれを使ってみよう。

 これまではなんとなく用意されてたマイクを使ってたし。今後歌をまた撮るかはまだ未定だけれど、せめて少しでも良くできたらいいなと思うから。

 ……俺の歌に、過去を濯がれる人もいるらしいし。

 

「あの、ご主人様。あちらのマイクは試さないでよろしいのでしょうか……?」

 

 ……。

 

 カリンちゃんの視線の先へと目を向けた。

 一個無視していたマイクが、先程までのマイクの一個奥に鎮座している。

 

 明らかに他と形状が異なるそれは、人の頭のような形をしていた。

 

 いわゆるダミーヘッドマイク。

 通常の録音と違う定位感を再現する、バイノーラル音声用のマイクである。

 

 俺の想定する用途ではないので使う気はなかったのだが、何故かここに用意されている。一体どんなつもりでこれを用意したのだろうか。明らかに誰かの欲望が紛れている。

 

「あはー、あれは歌用じゃないからいいんだよぉ」

 

「歌用じゃない? どういう用途に使うものなんですか?」

 

「バイノーラル録音っていう、定位表現に優れた空間録音のために使うものだね。だから今使うようなものではないね」

 

「なるほど」

 

 カリンちゃんがバババッと端末を操作し始めた。

 

「……えーえすえむあーる……なるほど……」

 

「カリンちゃん?」

 

「先程、何でも付き合ってくれるって言いましたよねっ」

 

「……うん……」

 

 こういう経緯で、俺はダミーヘッドマイクと向き合うこととなった。

 今更生半可なことで動じるようなことはないはずなのだが、公開ASMR収録は流石に気恥ずかしさが勝つ。

 余裕だと思って調子に乗っていたのがダメだったかなぁ。

 防音室の監視切っとこ……。

 

 

 

 

 特級呪物、完成──。

 

 

 

 

 おそらくこの世界で最も俺に耐性のあるカリンちゃんがダウンしたので、この音源は封印とする。

 こんなもん削除だ削除。仮にハッキングとかで流出した瞬間にとんでもないことになる。

 カメラも切っておいてよかった。誰かが変な気を起こさないとは限らないので。

 

「ふぇ……消しちゃうんですか……?」

 

「うん。また何かあったらやだし」

 

 しゅんとした顔のカリンちゃんの頭を撫でた。

 名目上では俺は妹となっているが、このように俺達の立場は頻繁に逆転する。

 そもそも身長が高いほうが姉を務めるというバトルにたった1センチの差で敗北した結果なので、実は俺達にとってどちらが姉とか妹とかの感覚はあまり存在していない。

 だからこうしてカリンちゃんが俺を嗜めるときもあれば、俺がこうしてカリンちゃんを慰めるときもある。

 

 なんというか、ややこしい関係だな。今更ながらふと思った。

 

「そんなに落ち込まないでよ」

 

「で、ですけど……前にリナさんに注意されたというのに、結局カリンは目先のものにつられて……これじゃあ一人前のメイドには程遠いです……」

 

「あはー、かわいくてごめんね〜☆」

 

「はわわっ……」

 

 公共の場じゃないから良いと思うんだけどなぁ。ヤバそうならいつでも監視は切れるわけだし。

 火鍋のときはあんなことになるなんてわかってなかったから、気をつけようがないことを責めてもしょうがない。

 しかもあの一回目に関しては話し合った結果新エリー都の中枢にこっそり根を伸ばしてた「Random_play」のAIが最終的に一番悪いって結論になったわけで。

 だから俺は、カリンちゃんがそこまで落ち込むことではないように思う。

 

「ちょっと自分に厳しすぎるんじゃないかなぁ」

 

「……そう、でしょうか?」

 

「そうだと思うよ」

 

 原因を辿ると俺が美しすぎるのが悪い。

 みんなちょっとずつのミスがあったとしても、一番問題の割合が大きいのはこんな体質で生まれてきた俺だ。

 こんなことは言ったところでどうしようもないし、余計に気を遣わせるだけなので口に出さないが。

 

「俺とか、エレンちゃんを見てよ。……や、エレンちゃんはやることやってるか。俺を見てよ、すっごくゆるいでしょ?」

 

「そんなことありません!」

 

「そう思うなら、カリンちゃんは俺のことを過大評価しすぎているよ」

 

 そんなに大層な人間じゃない。

 むしろ俺ほど志もなく生きている人間は少ないのではないだろうか。

 生きている理由すら他人に委託している状態なのに、自分に対して厳しいも何もないのだ。カリンちゃんと出会わなければ俺はそのまま何もせずに死んでいただろう。

 

 たぶん、それはどんな危機が訪れても。

 目の前に死が迫ったとして、抵抗することすらしなかったんじゃないだろうか。

 リンちゃんたちとも出会わないだろうし、やっと終われると思いながら、そのまま死んでしまうに違いない。

 

「……確かにあなた様は、服を散らかしたり、一日中布団から出なかったり、言わないとご飯も食べなかったりしますけれど」

 

「あはー」

 

 全て事実である。

 なんかこう、カリンちゃんに指摘されると心が痛むな。

 だって他の人がやってくれるんだもん。自分でちゃんとやろうとする度に「やっておきます」ってお世話する人が来るし、習慣がなくなってしまうのもやむ無しでは?

 

「それでも、お仕事には真剣で、いつもみんなのことを考えてくれています。最近は動画のコメント欄での論争全部に仲裁コメントをしていらっしゃいますし……」

 

「それは無駄に時間を使っているだけと言われてもおかしくないことだけど……?」

 

「優しさです」

 

 実際にコメント欄でレスバが勃発してたりしたら「やめようね」くらいは残しにいっているけれど。

 喧嘩の割合は少ないけれど、いかんせんコメントの数が多いので、相応にそういうコメントはある。俺としてはつまらないことで争ってほしくないので、一応注意だけ残しているのだが。

 何故かそれでその場での論争がすっぱりと切れるので不思議だ。

 

「ともかく、カリンちゃんは気負いすぎてると思うんだよ、俺は。もうちょっと肩の力を抜いてもいいと思うんだ」

 

「……肩の力を抜く……。ええと……でも、どうすれば……」

 

「ふーむ」

 

 どうもあまりイメージができていないようで、困ったような顔をしている。

 ……ふーむ。

 

 

 

 

「ゆっくり、目を閉じて」

 

 その優しい声に、カリンは促されるままに目を閉じた。

 僅かな衣擦れと、吸音されてほとんど響かない微かばかりの足音が聴こえる。視界を閉ざしていることで、そこに意識が集中する。

 

「──手、借りるね?」

 

「──っ!?」

 

 次の声は、耳元で聴こえた。

 思わず零れそうになった声を飲み込んだ。脳の裏側を撫でられているような、ぞわぞわとした感覚がする。

 手が触れる。と同時に、腕の側面に触れる感覚があった。まるで後ろから手を回されているかのような感触──というか、実際にそうなのだろう。

 つまり、体勢としては抱きすくめられているような形になっているはずだ。

 

「……っ」

 

「じゃあ、息をゆーっくり吸ってー……」

 

 こうして聴くと、喋る声すらも美しさが滲んでいる。

 ここまで近くで喋っているというのに、僅かにさえもリップノイズが聴こえない。口内環境が良いのか、それとも喋り方が余程極まっているのか。

 このような細かい部分でさえ、彼女の美しさの所以の一つだ。本当に、そうあれと祝福されて生まれてきた存在だとしか思えない。

 

「……む。リラックスできてない……?」

 

 それはそうだ。

 この状況下で緊張しない人間は存在しない。もしいたとしたら、それはきっと心を喪ってしまっている。いや、心を持たないものですらきっとこの状況にはたじろいでしまうだろうから、間違いなくいないと言い切ってしまっていいだろう。

 だというのに、むしろ頭の中は充足に満ちていた。まるで一生涯の幸福を注ぎ込まれているかのような感覚だ。

 体からも否応なしに力が抜けていく。彼女の呟くような微かな、けれど人混みの中でさえしっかりと聴こえるその声が、体から力を奪っていく。

 

 小さく吐き出された息の音が、耳を擽る。ちゃんとしているときは大人びてみえるのに、ふとした瞬間に度々幼さが滲むアンバランスさ。このギャップが、彼女の艶やかな魅力の一つ。

 

「ほら、ゆっくりと息を吐いて。そのままじゃ苦しいでしょ?」

 

 言われて、呼吸が止まっていることに気づいた。空気が貯まっていて、心臓の高鳴りが妙に響いている。肺に滞留した空気をゆっくりと吐き出すと、とろけた脳が固まってくれたのか、妙に意識がはっきりとしてきたような気がする。

 

「落ち着いてきた?」

 

 だからカリンは気づいた。

 先ほどのASMRよりもずっと鮮明で、より生々しい臨場感。

 今この状況が、いかにとんでもないのか。その事実に。

 

「どうかな? ちょっとは肩の力も抜けたかな」

 

「そ、そうですね」

 

 彼女は気づいていないのだろうか? 先ほどの収録の際は恥ずかしがっていた素振りも見せていたというのに、声音には動揺一つも存在していない。

 それが余計に、先程よりも自然さを強調していた。

 確かに言う通り、体の力はふにゃふにゃに抜けきっている。

 ただ胸の鼓動は、激しい運動の後よりも更に激しさを増していた。頭からも熱が抜けず、ただ起きたことを処理しきれずにぼーっとする。

 

「目開けていいよ。ね、カリンちゃん」

 

 ゆっくりと目を開くと、いまだに美しい少女は傍に座っていた。

 まるでしなだれかかるかのように、カリンのほうへと身を寄せている。

 

 近くにある顔を、カリンはすぐに見ることができなかった。

 自分がどんな顔をしているのかわからなかったからだ。

 緩んだ口を引き結び、彼女のほうへと顔を向けようとして。

 

 

 

「これなら、他の人の迷惑にならないよ?」

 

 

 

 ぼそり、と。

 美しい少女は、ほぼ音になっていないほど小さい吐息混じりの声で、カリンに囁いた。

 

 それだけ言って離れていく彼女のその表情を見ることはできなかった。

 悪戯っぽく笑っていたのか。

 照れを噛み潰したような幼い笑みか。

 それとも艶やかに笑っていたのか、全てがわからない。

 カリンがようやく顔を向けられたときには、彼女は先程のことなどないかのように普段通りの顔をしていたから。

 

「ぇ、え、え、え」

 

「だ、大丈夫?」

 

 頭が回らなくなったカリンを、心配そうに少女は見ていた。

 どこか頬が赤いように見えるのは、そうあってほしいと思うカリンの願望がそう見せているだけなのだろうか。

 

「今のは、ど、どういう意味ですか……?」

 

「ん……ナイショ」

 

 口の前に指を当てて、彼女はそう言った。どこか少し目線が合わないように見える。

 そのまま防音室の外に出ていく彼女を、カリンはただ呆然と、座ったまま眺めるしかできないのであった。

 

 

 

 

 

 

「……あはー、恥っず」

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