トンツカタンタンのゼンゼロMADが投稿されてて「俺か……?」と思いました。俺バズる前からクレウォウハマってたから。この作品のサブタイにもしてたから。そう思って確認したら投稿する過程で変更してました。
クレイジーウォウウォ!!はいいですよ。
「ふん、ふん、ふーん──」
鼻歌と共に、ゆっくりと身体の力を抜いていく。髪から雫が落ちて、小さく音を立てる。だがそれもすぐにスピーカーから流れる音にかき消されて消えた。
ひとり分の浴槽に張ったお湯は、ゆっくり入ることを考えたら丁度いい温度だ。たまにはこうしてじっくりと入るのも良い。
基本はシャワーだけで済ませるのだが、気が向いたときはこうやって長居することがある。
流している動画の音だけをぼんやりと耳に入れながら、上向いた視線の中に何を映すわけでもなく、ただただ身体を満たす感覚をゆったり味わって。
「……」
妙に一人の時間が、退屈に思えてくる。
タブレットの電源を消して、立ち上がった。体に張り付いた髪の毛を剥がしながら、扉に引っ掛けてあるタオルで軽く水気を吸い取って。
鏡に映る自分と目が合った。
どこか心細そうな顔をしていた。こんなにわかりやすい表情をしているのか、と自分自身に驚き、少し頬に触れる。
「うーん」
いつの間にか、周囲に人がいることが当たり前になっていたからか。
どうやら一人だけでいることに耐えられなくなっているようだった。それが良いことなのか、悪いことなのかは、すぐには答えを出せない。
こんな顔じゃ、変に心配されてしまう。なんとか表情を変えようと、少し頬をむにむにしてみる。思ったよりも柔らかい。
当然そんなことでは顔色が変わるわけもないので、少しだけ悩んで。
少し体を動かすことにした。そうすれば自然と楽しくなれるはずだから。
さて、どうしよう。そう考えたところで、頭の中に不自然に動作が浮かんでくる。天啓──。まぁいいや、都合が良いしやってみよう。
まず手をこうやって、その次に──あ、これかわいい系のダンスだ。
まぁいいか、誰かに見られるわけでもないんだし。
「──♪」
ゆったりとしたテンポなので、あまりそのあたりのセンスがない俺でもある程度踊れる。鏡を見ながらだから、どんなふうに見えるのかを意識しつつ、なるべく見苦しくならないように、縮こまらないように身体を動かして。
『──大丈夫? 随分と時間がかかっているようだけど』
「──っ、大丈夫。もうすぐ出るよ」
外から聞こえてきたシロさんの言葉に、すぐに中断した。
……俺は一体何をしているのだろう。妙に顔が熱い。鎮まるまで少し待って、それから俺は脱衣所を出た。
ノックノックの通知。
目を向けると、リンちゃんからのお誘いのようだった。
【今暇?】
【うん どうかしたの?】
【今日は一日空いてるよ】
【遊びに行かない?】
【いいよ どこがいい?】
【リンちゃんが決めてよ】
【俺はこういうやつ選ぶの苦手だから】
【
【じゃあそれで】
【待って】
【怒ってるみたいに見えない?】
【違うから】
【君と一緒なら俺は嬉しいよ】
【別にそんなことないよ! 気にしすぎ!】
【そうかな】
【そうなのかも】
【ごめんね】
【じゃあまた後で】
【あ】
【待ち合わせ場所を決めてない】
【適当観のあたりで待ってるね】
ということで、澄輝坪に向かうことになった。
今回はカリンちゃんも、シロさんもお留守番だ。
ほとんど一緒にいるといっても、カリンちゃんにだって自分の仕事がある。今日はたぶん一日過ごすことになるだろうし、ヴィクトリア家政もなんだかんだで忙しい。
ずっと俺が拘束するというのも良くないし、ということでカリンちゃんは今回来ない。どうしてか心配されていたが。
一人で待ち合わせできるか心配されるのはちょっとばかり俺への信用がなさすぎる気もする。
シロさんのほうも今回は同行を渋った。
リンちゃんとの約束であることを知ると、彼女は『うっ、頭が……何故かしら、あの子たちを見ると脳が疼く……』などとよくわからない発言をして、家の中に留まることになった。
所謂中二病というやつなのだろうか。お姉さんが悶え苦しんでいたのは記憶に残っている。だが心の問題だとも話していたので、俺にどうすることもできない。
ゆっくりしていれば治まるだろう。時間が解決するっておねーさんも言っていたし。
ということで、俺は電車に揺られている。
車両内はまばらに人が座っていて、どことなく落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
椅子に座って窓の外を眺める。高速で移り変わっていく景色が、なんだか気分を宥めていく。
どことなく静かだった。ゆっくりと、頭が一人を認識していく。それは染み渡るように静かに、だけどたしかに濡れていくように。
退屈だ、と思った。
俺はどうやら一人旅ができるような人間ではないらしい。
隣に誰かが座って、窓の外から視線をずらす。
目に映ったのは──耳。そのまま下に視線を向けると、見覚えのある顔と羽織が飛び込んでくる。
「雅ちゃん?」
「ああ、私だ。息災か? こんなところで出会うとはな」
「俺は元気だよ。雅ちゃんはどうしてここに? いっぱい見られて大変じゃない?」
「それも……修業だ。そもそもジューダスが言うことではないと思うが」
俺の場合はもう仕方ないことだから別に良いのだ。
「雅ちゃんも澄輝坪に?」
「ああ。その口ぶりではジューダスもか。市長に呼ばれたのか?」
「ん? ああいや、俺は普通にリンちゃんとの待ち合わせ場所にちょうどいいからってだけだよ。何かあったの?」
「ふむ、リンと……。なるほど。案ずるな。お前に迷惑はかからないように計らうつもりだ」
「んー?」
わざわざ
一体なんなのだろう。俺は何も知らないが、まぁ別に俺に話を通しておかなきゃいけないということはないし。
話してないということは俺が知る必要のないことなのだろう。ならばあまり気にしないほうがいいはずで。
「大丈夫、気にしないよ」
「そうか。ところでジューダス」
雅ちゃんが何かを言おうとしてこちらを見て、そのまま言いづらそうな間が空いた。
「……いや。私の不確かな言葉で惑わせるのも良くないな。このような見立ては、
「……なんだか、あんまり良くないことのような気がするね。見てもらったほうが良い?」
「……。どうだろうな。私にはわからない。今のままのほうが良いのか、どうか」
そう言って雅ちゃんは俺の頭へと手を乗せた。
そのまま不慣れな手つきで撫でてくる。
嫌な心地はしないので、そのまま俺は彼女の手の動きに意識を溶かしていく。
ゆっくりと。
溶けていく。
適当観の前で雅ちゃんと分かれ、俺は門に背を預けて空を見上げる。
先ほどの雅ちゃんの言葉は、一体なんだったのだろう。
彼女には俺がどう見えていたのだろうか。きっと、俺にはわからない何かがわかるんだろう。
それは勘か。虚狩りの勘だなんて、なんだか外れそうにないけれど。
ふと、振り返る。
カリンちゃんに出会う前の自分を。
あのときは、毎日が退屈だった。日々に飽き飽きとしていた。
金があれば、きっと人生は良い方向に進んでいくのだと、そんなふうに思っていた。
今から思えば馬鹿らしい勘違いだ。結局自由や金があったところで、中身が腐っていれば意味がない。何もできないし、誰かになることもできない。
だから俺は、
お姉さんはそんな俺に最初に名前をくれて、カリンちゃんはこんな俺に今生きていくための名前をくれた。
だから俺は、ジューダス・ウィクスという一人の人間になれたのだと思っていた、けれど。
「──うーん、なんだか陰鬱な面構えしてますねぇ。大丈夫ですか? 元気あります?」
声が聞こえて、そのほうへと顔を向ける。
見覚えのない少女が、そこに立っていた。事もなげに俺へと声をかけてくる彼女を、俺は見て。
「始めまして、ミスター・ノーバディさん。あたしはオペレーター番号2493──ちょっ、なっ、なんですかっ! なんですか急に──!」
彼女の手を引いて、手元に抱き込んだ。
どうしてそうしたのかは、自分にもわからなかった。頭の中がわけのわからないくらいにぐちゃぐちゃになって、■■■■■□□脳の状態を元に戻す。
エラー。元の状態がわからない。
いや。
そもそも。
俺は。
「……あー、そういうことですか。ちょっとあんた、離してください。離してくださいよ、逃げませんから。ほら」
彼女の言葉と共に、少しずつ身体か、力が抜けていった。すぽん、と彼女が俺の手元から抜け出してから、嘆息する。
「はぁーあ……酷い目に遭いましたよ、まったく……」
「……ごめんね? 俺も、なんでこんなことしたのか、わかんないや」
「いえ、それに関してはなんとなくわかりました。……話す内容が増えたようで面倒ですが。はぁ……ここからは、オペレーター番号2493よりはこっちのほうがいいですかねー」
溺れた相手に手を差し出すかのように、彼女は俺へと話しかけた。
「黒枝として──いいえ、一人のダイアリンとしてお話しましょうか。付き合ってくれますよね? どうやらお暇そうですので」
彼女はそう言って、俺の横に並んで、同じように壁へともたれかかった。
「俺は別に構わないよ」
「あら、乗り気ですね。じゃあさっそく聞かせていただきますけれど」
ダイアリンちゃんは、俺の顔を覗き込んだ。
「どうして、
自分の目が、少しだけ動いたのを感じた。
彼女には確信がある。それが見て取れた。
一体どういうわけか、俺がシロさんを助けたことを知っている。
「近ごろは散々不公平だとか喚く声が聴こえるんです。随分と不満げですよみんな。こんなの、本来ありえないんですけどね──それで、あんまりにもうるさいし、仕事にもなりませんから。苦情を言おうと思ったんですよ」
「あは。それはごめんね。それが俺とどう関わるのか、わからないけれど」
「わかりませんか? あんたはどうやら犯罪者にお優しいようで、いろいろ調べているらしいじゃないですか。それにパエトーンのお二方ともお友達なんでしょう? 知らないわけないと思いますけどねー、あんな大犯罪者のこと」
ああ、そうだ。
知っている。
俺はそれを、
「──人は、きっかけ次第で良くも悪くもなれる」
俺が、カリンちゃんと出会って生きることを決意できたように。
俺の母親が、人生に絶望して俺に対して酷いことをしたように。
人はどっちにだって転げ落ちることができる。それは、酷い話だと思う。
だから手を差し伸べたいと思った。一度落ちてしまったのを引っ張り上げて、今度は正しく進めるように道を指し示していようと。
「彼女は、生まれつき悪かったわけじゃない。それなのに誰からも望まれずに、あのまま死んでいくだけなのは──かわいそうだよ」
「馬鹿馬鹿しい。だったらそいつのせいで悪いことをしてない人が死んでるのはどうなんですか。あたしが迷惑を被ったのは、あんたの理屈でどう言い訳ができるんです?」
「別に言い訳なんかしないよ。俺は助けられるものしか助けられない。たまたま彼女が目の前にいて、ほんの気の迷いで助けたにすぎない」
「へぇ」
彼女は、不愉快そうに、冷ややかな笑顔を浮かべる。
「結局あんたは『良いこと』をしている自分に酔っているだけじゃないですか? それで自分のエゴで犯罪者を肯定して。随分と薄っぺらい正しさを振りかざすものですね」
「どうかな。自分でもよくわからないんだ」
自分が正しいとも思っていない。そんなものは生まれてきたときから持ち合わせていない。
なら、俺はどうしてシロさんを助けたんだろう。
憐れみなんだろうか。
歪んでしまった生き方を、悲しく思うのは間違っているのか?
「彼女のことを知って、目の前のものを無視してしまえば、カリンちゃんと会う前の俺に戻っちゃう気がした」
そうだ。
俺が人を救うのは、誰かを想うような高尚な理由じゃない。
これまで出会ってきた、知ってしまった人たちがいなくなるのが寂しいから。
ただそれだけの、自分勝手な理由でしかない。
だから、俺と出会うことがなかった人たちのことは想像するよりずっと多くて。
きっとそういう人たちから、俺は恨まれているんだろう。
「酷い話だけど、自分のためなんだと思うよ。悲しいことを悲しいままにしておくと、寝る前なんかにふと思い出して寝付きが悪くなっちゃうでしょ。少しでも堂々とした生き方をするために、目の前のことから目を背けたくないんだ」
「……ふぅん。随分と都合のいい話ですけど……。ま、お陰様で静かになったので、良しとしましょう。別にあんたのことを糾弾したいわけじゃありませんし、たった一人の、まだ幼い人間に『どうしてあのとき助けてくれなかったんだ〜』なんてこと言うのも恥ずかしい話ですし」
ダイアリンちゃんは、そんな言葉を零したあとに嘆息した。呆れているような、そんな響きがした。
「そもそもあのミスター・ノーバディのやることを他人がどうこうは言えませんから、どうぞご自由に。とはいえわかっていて忠告しないとあたしがこのあとどんな目に遭うかもわからないので、お一つだけ」
「あは、君が何かされることはないよ。だってそれを、俺は望まないんだもん」
「おやおや、それは助かりました。静かになったお礼ついでに忠告を二つに増やしておいてあげます」
ダイアリンちゃんは先ほどよりも、少しだけ和らいだ表情で俺に話しかける。
静かになった、と言っていたが。幻聴か何かに悩まされていたのだろうか。
彼女はすらりと、まるでなんでもないことかのように、俺へと告げた。
「まず一つ。あんたの力、もう使わないほうがいいですよ。昔の美しいだけのあんたに戻ったほうがいいと思います」
そう言って、彼女は俺の頬を指でつんと突いた。
そのまま押し込んでくるので、頬を膨らまして抵抗する。
「……これはどっちかわかりませんね……。でも、あんたも気づいてるんじゃないですか? いや、疑問に思えないのかもしれませんが……」
「んむむむ」
「ちょっと、真面目な話をしてるんですよ。あんまりふざけないでくれませんかー? そんなことされると、こんなに柔らかいほっぺたをもちもちしたくなっちゃうじゃありませんか」
「ん……する? いいよ?」
「ああ、これです、これ。気づいてますか? 少なくとも、意味もなく他人に接触を許すような人間じゃなかったでしょう? なのにほとんど知らない他人にほっぺたをもちもちさせようとしてる」
ダイアリンちゃんが両手で俺の頬を弄びながら、言った。
触れる手の温かさがなんだか心地良い。
ここまで話してくれれば、何を言いたいのかなんとなくわかってくる。
「
「ええ。あんたが奇跡を起こすたび、人はそこに何かを見出そうとする。生者も死者も関係なく。そうして人々の中で偶像化された姿は、そのままあんたに反映されてしまう」
実際、他人の思念が俺の身体に影響することはよくあるのだ。
それが俺の能力の弊害であることは間違いない。
俺が曲を継続して投稿するようになったのも、承認欲求だけの問題ではないのだ。それは他人の願望による影響が大きい。
「最初出会ったときにあたしを抱きしめてきたのも、そのせいでしょうね。そんなにあたしが辛気臭い顔に見えたんですか?」
そういうことなのだろうか。
あれは天啓による一時的な混乱だと思っていた。
だがそれは違っていて、俺という存在が他者が想像するものに少しずつ変わっていったのだとすれば。
「このまま同じように奇跡を見せびらかしていれば、最終的にあんたは願えば叶う、みんなが望んだ便利な願望器に成り果てるでしょう」
「……だから、力を使わないほうがいいってことね」
だがもはやそれは手遅れだ。
俺は大きく動いてしまった。新エリー都内部で俺のことを知らない人物は、特殊なことがなければ存在しないだろう。
今から力を使わなくしたところで、何かが変わるようには思えない。
彼女の忠告はありがたいが、どうせ変わらないのだと思えば、使うことをやめる気にはならなかった。
「二つ目の忠告です。あんたがあの女を庇い立てしたところで、過去は消えません──いつか必ず報いが追いついてきます。そもそも
それに。そう彼女は続けて。
「あんたが他人の願望を受け取るのは、きっと良いものだけじゃありませんから。死者があんたに怨念を押し付ける前に、あの女の報いが終わればいいですね」
死者。
死んだものが現世に干渉することを、俺は許さない。
だからダイアリンちゃんの言葉は、あまりピンとはこなかった。
彼女はどうも死者を意識しているようだった。会話の中でそんなワードがいくらか飛び交っていたから。
「──あれ? ダイアリン? どうしてジューダスといるの? 二人とも知り合いだったっけ?」
「おやおやプロキシさん。黒枝の裁決官が、少しばかり個人的に忠告をしていただけですよ。お二人はこれからデートですか? 妬けちゃいますねぇ。お邪魔虫はさっさと退散しちゃいましょっか」
「あ、待ってよ。ダイアリンちゃんも一緒にどうかな。ね、リンちゃん」
「うん、私は別にいいよ。ダイアリンはどう?」
「いや〜、ちょっと、お二人のお邪魔をするのは心苦しいですから……ね?」
どこか気まずそうな顔をしている。別に嫌というわけではなさそうだし、このあと予定があるわけでもないようだった。
ちらりとリンちゃんのほうを見れば、小さく頷いているのがわかる。
「ダイアリンちゃんも来てほしいな。どんなことが好きだとか、どんなことを楽しいと思うかとか。せっかく知り合えたんだから、そういうことが俺はまず知りたいよ」
俺の言葉に、ダイアリンちゃんはほんの一瞬だけ気が抜けたかのような顔になって。
そのあと、すぐに顔に笑みを浮かべた。彼女のよくする、かわいらしい、けれど中身の読みづらい笑みだった。
「……しょうがないですねぇ。ピピ〜、こちらのご依頼、オペレーター番号2493が承りました〜!」
「最初も言ってたけどそれなんなの?」
「ダイアリンはTOPSのカスタマーサポートでお仕事してるんだよ」
そうなんだ。
(うーん。やっぱり嫌いになれない。美しいっていうのは随分とズルいですねぇ)
ダイアリンは、心の中でそう零した。
ミスター・ノーバディ。
彼女のこれまでの行動は、ダイアリンにとって好ましいとは到底言いづらい──むしろ嫌悪まで感じるほど一貫性のないものだ。
ありえないほど強大な力を持ちながら、大きな事件には関わることなく、しかし日頃の些細な振る舞いで人助けを行っている。
まるで善人ぶっているように見えて、好きだとは言えなかった。
だからダイアリンは彼女のことを調べて──懐疑的に見ていたからこそ、その一貫性のなさに気づけたとも言える。
彼女の中に一本、軸となる芯のようなものはある。
だがそれだけだ。普段の立ち振舞は、まるでチグハグ。子どものような人好きのする愛嬌を見せたかと思えば、まるで親のような慈愛を見せたり、神のように上から見下ろす雰囲気があったり。
あの大犯罪者を何故だか救い出し、匿っていたり。
ダイアリンは、死者の最期の言葉を聴くことができる。
だがミスター・ノーバディがあの女を助け出して以降、そのバランスが崩れた。死者の声が、不満と絶望を撒き散らす公害へと変わったのだ。
どうしてあんなやつが助けられて、自分たちはこのままなんだ。
あの天使が救うほどの価値が、自分たちにはないのだろうか。
そんな声が、まるで津波のように押し寄せて、まるで気が狂いそうだった。
だから早急に解決しようと、偶然を装って話しかけ。
──そして最初の抱擁で、ダイアリンの中にあったものが何か木っ端微塵に崩壊した。
鼻を抜けていくほんのりとした、けれど濃い星の匂い。
ダイアリンの手を取った表情は、まるで迷子の子どものような不安と、自分の子どもが行方不明になった母親のような切実さがあった。
触れた身体があまりにも柔らかく、至近距離の顔があまりにもかわいらしい。まるでモフモフを堪能するようにほっぺたをもちもちしたいと思うほどに。
あれがあったからこそ、ダイアリンはジューダス・ウィクスという人間の構造を理解することができたのだ。
他人の願望によって、自在に形を変えてしまう。
エゴイズムを主張するくせに、彼女の存在意義の中には『自分』が希薄なままでいる。
救済のために自死すら厭わないほど『自分』に価値を感じていない少女。
そんな少女に命の尊さを教えたカリン・ウィクスがどれだけイレギュラーだったのか。彼女と相対していると、それがよくわかる。
警戒という色眼鏡を崩されて、ダイアリンはようやく剥き出しのジューダス・ウィクスを見た。
けれど、それは──
「まるで人身御供ですね」
ダイアリンは小さく呟いた。
あまり良い気分はしなかった。
人類の罪を押し付けられるために生まれてきたような在り方は、いつか犠牲に焚べられる側であったダイアリンに、当然肯定できるわけもないのだ。