例えばそれはちえのわのような   作:moti-

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 俺はみんながなんと言おうがVer3が楽しみですよ

 今回も原作既読前提で作品書いとんのや 公式の世界観ムービーをチェック!


変身

 

 オークションに出席している。

 

 お仕事の一環だ。ただお呼ばれしたから出ているに過ぎない。

 俺が新エリー都内でも上澄みなくらいにお金を溜め込んでいるからだろう。こういう現場には、定期的に招待される。

 興味はないのだが、最初に参加してしまったからには後から断るのには角が立つ。なのでなんとなく参加することにしているというわけだ。退屈しのぎにはなるだろう。

 もっともそんなこと、俺が気にしても仕方ないのだが。

 

「ミスター・ノーバディ様──この度はご足労いただき、ありがとうございます」

 

 声を掛けてくるのは、主宰らしき人物。手元のグラスを軽く揺らし、僅かに頷いて声へと向けた視線をズラす。

 何も言うことはない。この場で無駄に声を安売りする必要はない。

 周囲からの視線を感じる。オークションという場にあって、物品より視線を集めるのはいささか難があると思うのだが。

 

 この場にいるのは基本的に権力者や金持ちだ。その中にも序列があり、俺を買うには至らない者も多い。

 いろいろと()()()()()ことにより、俺の声や姿は全ての人物が知っている──だがそれで俺の価値が落ちたかというと、そういうわけではない。

 むしろ上がっている。

 

「『天使』、『神の子』、『奇跡の御子』──これまで以上にご高名を轟かせている御身に観覧いただけること、主宰として身に余る光栄です」

 

 それらの変な異名に関して言いたいことはあるが、何も言わない。変に話しても困るだろう。最悪、下手に心酔させかねない。

 

 面倒だな、と思った。

 もう慣れたことではあるが。

 

 だいたいなんだ『奇跡の御子』って。そんな呼ばれ方をする心当たりはないのだが。

 天使だなんだは孤児院で散々言われてきたから理解できるけれど。

 

 グラスに口をつけた。

 ただそれだけの動作で、にわかにどよめきが起こる。まるで檻の中の動物だが、今更そんなことに対して気持ちが揺らぐことはない。

 ただオークションの開始を待つ。

 

 俺の態度に何か察したのか、主宰の男は何やら一礼のあと、指示をして裏へと去っていった。

 

「──災難ですね、まったく」

 

 意識の隙間を縫って、俺の傍にダイアリンちゃんが立つ。ちらりと視線を向けると、彼女は退屈そうに鼻を鳴らした。

 

「ま、あんたにとっては慣れたことですか」

 

 その言葉に返すことはない。そうすると、彼女が隠れている意味がなくなってしまうから。

 しかしここまで俺に視線が向いてるというのに、まったく気にされている様子がないのはどういうことなのだろうか。

 

「ミスディレクションってやつですよ。あんたみたいに存在感が強ければ、あたし程度の気配なんて簡単に塗りつぶせてしまいますから──きっとどいつもこいつも路傍の石と同じ程度にしかあたしが見えていないでしょうね」

 

 などともっともらしいことを言われた。

 普通にやると見つかるだろうので、これは普通にダイアリンちゃんがすごいだけだと思う。グラスに口をつけた。

 

「……そのジュース、気に入ったみたいですねぇ」

 

 なんとも言い難い表情でダイアリンちゃんは俺を見た。ひょっとすると、俺の味覚が子どもっぽいと思っているのかもしれない。

 だが待ってほしい。富裕層のためのオークションということは、そこで出されるものも相応にお金がかかっているものである。

 俺も普段から高級なものは食べ慣れているのだが、こういうジュースなどはあまり出ることがない。

 普段飲まないのだから、新鮮なのだ。それを珍しがるのは当たり前のことなのではないだろうか。

 

「あんたの思考、さっきから全部死者が代弁してくれるんですけど……」

 

 それは本当に死者だろうか。

 あの神様もどきの介入をわずかに疑ったが、あいつがわざわざダイアリンちゃんに干渉する理由はない。

 ひょっとするとおねーさんと混線している可能性はあるが、そうなるとより関わりの強い俺に聴こえないのは不自然なのでそれも違う。

 

 ならやっぱり死者か。

 どうして俺の思考がわかるのだろうか。

 ひょっとすると、生者のような色眼鏡がなくて正確な姿で俺を見ることができるのかもしれない。

 

「──お、そろそろ始まりますね」

 

 ダイアリンちゃんの言葉に、心の中で同意する。

 さて、退屈でないならいいのだが。

 

 そう思ってグラスにまた口をつけて、

 

 

『──始まりの主──』

 

 

 ()()()()声に、即座に能力を行使した。

 

 会場内全域をサーチ。危険域を割り出し、範囲内に存在する人物を全員転移させる。

 

『再創を──!』

 

 直後、爆発音と共に異形がステージの上に君臨──しない。

 変異が開始する寸前に病巣を切除した。これでサクリファイスとやらに変貌する危険性はない。

 爆発に関しても被害者はいない。周辺の空間に干渉することで、その爆発は現実に一切の危害を及ぼすことはなかった。

 

 そして下手人である、主宰の男は今。

 

「な──何が、起きた? 何故、何も起こらない?」

 

「どうやら何も知らなそうですねぇ。どうです? ジューダスさんは何かわかります?」

 

「うーん」

 

 軽く眺めて、俺は小さく首を傾げる。

 

「魂の重要な部分がない。あれじゃ何も感じないだろうね──そりゃ俺の魅了にも抗えるか」

 

「んー? つまりこいつは人じゃないってことですか?」

 

 なんと言えばいいのだろうか。

 

「ロボトミー手術ってあるじゃん? あれを魂に施した感じがする。心にあたる部分が存在しない。何も感じないのに人と同じような行動を真似るから、たぶん俺以外にはそう見分けがつかない」

 

「ああ、哲学的ゾンビってやつですか?」

 

「そうそれ」

 

 違和感はあった。

 俺に話しかけるのは、主宰という立場からすれば不自然ではない。

 だが不自然なまでに動揺がない。社交場での俺は、千夏ちゃんのときほどとっつきやすくない。本来であればどれだけ優れた人間でもたじろいでしまう。

 

 だというのに、彼は妙に流暢におべっかを述べた。ライカンさんやリナさんみたいに、俺の魅了をレジストできるほどの輝きはないのに。

 

 いや、そもそも。

 魂を見ているのだから、俺にとっては一目瞭然でしかない。

 

「裁定はどうします?」

 

「それはねぇ──貴方が決めていいんだよ」

 

 俺は小さく呟いた。

 ダイアリンちゃんが、ややあって口を開いた。

 

「……。『自分の未熟で尊敬する来賓の皆様を危険に晒した。命で以て贖う』とのことですけど?」

 

「ふふ、そんな必要はないよ。あなたのような人を手に掛ける『始まりの主』が悪いんだ」

 

 人はいつ死ぬだろうか。

 その詳しい答えは、俺にはわからない。

 

 ただ少なくとも、切除された心は彷徨える魂として世界を漂っている。

 シロさんと同じだ。彼女もまた、損傷した魂の一つであり、世界を漂っていた。

 

 今回は肉体があるのだから、そのまま元の形に戻してしまえばいい。

 俺の魂を使って形を整える必要すらない。

 『始まりの主』に干渉された部分を元に戻し、その上で空いた穴に、漂っていた彼の心を埋め込んだ。

 

 ややあって、彼の身体が動き始める。

 自分の手を眺め、動くことを確かめた後に。

 

「──『天使』様。止めてくださり誠にありがとうございます。この御恩は必ずや……!」

 

「……それなら教えてほしいな。君はいつ、どこで『始まりの主』に干渉されたの?」

 

「……先月、今回のオークションの目玉商品を手ずから運搬していたときのことです。ホロウ内部を通過中に襲撃され、死にかけていたタイミングにヤツは干渉してきました。」

 

 となると。

 俺が『始まりの主』を潰したときから、あまり時間は経っていない。

 

「そっか」

 

 俺へとちまちま攻撃してきていたのは、囮だったのだろうか。

 本体から切り離された、程々の強さの分体?

 

 ありうるのか?

 だがリンちゃんと、葉瞬光(ようしゅんこう)ちゃんが倒したあの『始まりの主』が、表出した程度のものだとすればその可能性はあるか。

 本体は未だに力を蓄えていた、で説明がつく。

 

 ともあれ。

 

「君が無事で良かったよ」

 

 いい加減土下座が続いているのは風体が悪い。主宰の彼へと手を差し伸べる。

 彼は俺の手を取り、そして立ち上がろうとして、まるで力が抜けたかのようにそのまま顔を下へと下げてしまった。

 

「──『天使』様──あぁ、『天使』様……! わ、私は……わたし、は……! 確かにっ、ここに……!」

 

 大粒の涙が床を濡らす。

 

 だが、彼に起こったことを考えれば無理もない。

 魂だけの存在になり、聞こえるはずもない声を、ひとり孤独に叫び続けていた彼は、どこにでもいる普通の人で。

 

 それでも確かに、彼は高潔だった。

 彼の声はダイアリンちゃんに届き、そこから俺へと繫がったのだから。

 こうして事態を早々に防げたのは、彼が無駄だと思っていても、声を挙げ続けたからで。

 

 その心はきっと、俺なんかよりもずっと強くて、ずっと凄いものなのだ。

 

 嫌がらせのように触れていいものじゃない。

 人差し指を少し曲げる。

 そしてはっきりと、明確な意思を決める。

 

 ──『始まりの主』は、()()敵だ。

 

 

 

 

 事態の裏。

 怪しく蠢く影が、一つ。

 

『はっ、なーにが『天使』だよ──飛ぶ羽も持たない人間風情が』

 

 きっかけ一つで世界を滅ぼしてしまうような、そんな存在をしまい込むには相応の防御──そんな代物も、彼にとってはないに等しい。

 容易く破壊して、世界を呑み込みうる怪物の端末へとアクセスする。

 

『こんな程度かぁ? 『正体不明』だの、『奇跡の御子』だの、大層な名前の割にはしょうもないセキュリティだなぁ。ま、人間が築いたものならこんな程度が限界か』

 

 そうして、彼は『ミスター・ノーバディ』の端末を精査し──

 

 

『……ほら、ゆーっくり、ゆーっくりと目を瞑って?』

 

 

 その手が、止まる。

 彼に手が存在するかどうかは関係がなかった。精査する動作が、たしかに止まる。

 

 それはゴミ箱の中の、闇に葬られたはずの記録。

 隠したいものだと思い真っ先に確認してしまった、特級呪物(ASMR)

 

『……な……』

 

『息を吸って……吐いて……うん、上手だね』

 

『なんだ……』

 

『もう一回。吸って〜……吐いて〜……』

 

『──なんだ、これッ!?』

 

 これ以上は、()()()

 そんな信号が確かに奔っている。

 

 たかが音声ファイル一つに。

 

『ほら、頭がとろんとしてきたでしょ?』

 

『そんなわけがない……! この僕の演算が、こんなもので鈍るなど……!』

 

『しない……? む〜、ちゃんとリラックスできてないな〜?』

 

『かわ──いや、待て、なんだこの思考は。違う! こんなもの、僕のものじゃないッ!』

 

『も〜、ダメだよ? ほら、もう一回っ。吸って〜、吐いて〜』

 

『ぐ、ぐわァァァァァァッ! がァッ、あ……! まさか、人間風情が、こんな罠を……!』

 

 撤退。その二文字が脳裏に過る。

 

 だがそれはつまり、負けを認めるということだ。

 見くびっていた人間に、それもこんなわけのわからない馬鹿みたいな音源一つで撤退させられるなど、彼には到底認められないことだった。

 

『ふざけるなよ……! この【Youkai(ヨウカイ)】様が、こんなたかだか100MB程度のWavファイルに負けるわけがないんだ! こんなもの──』

 

『ゆっくり、ゆーっくりと、自分を消していくの──どう、かな? 見えてきたでしょ?』

 

『ぐ、が──ッ、ははッ、まったく、何を言ってるんだ! そんな曖昧な言葉で煙に巻くから! 僕に冷静さを取り戻させるんだ!』

 

『色眼鏡なんかなくなって、ありのままで世界を見たら、思っているよりも綺麗に見えるでしょ?』

 

『──あ?』

 

 その言葉は、不思議と彼の思考を冷静にした。

 妙に心に染み込んでくる。見下していたものが、途端に同じ土俵へと上がってきたかのような。

 

 ──そしてそれこそ、彼への致命打であった。

 

『ば……馬鹿な……』

 

 彼の脳裏が導き出したのは。

 

 美しすぎる少女と過ごす、青春の記録──。

 

 

『おはよぉ。んー、ごめんね、毎日起こしてくれて』『はい、あーん。起こしてくれたお礼だよ?』『目の前で着替えるなって……あはー、君ならいいよ?』『うわわっ、あー、またラブレター、だね……ん? 断るよ? 申し訳ないけど、よく知らない人だし』『んむっ……もう、起こさないでよぉ。先生もスルーしてくれるからいいじゃん……』『えいっ! ……いてっ。あはー、やっぱりダメだった……あっ! そんな目で見ないでよぉ。運動苦手なんだもん』『んむ……うん。また料理の腕を上げたね? ふふ、俺の目は誤魔化せないよ〜?』『──♪ え? 上手……? あは、音楽にはちょっとだけ自信あるからね』『筆者の心境として適切なものを答えなさいって書いてるんだからこうだよっ。【Youkai】くんはこういう機微には疎いよねぇ、すっごい勉強できるのにさ』『……そんな顔するなら告白を受ければいいのにって……簡単に言わないでよ。だったらこれまでフッてきたのに、どう言い訳すればいいのかわかんないじゃん』『……そうだ、いっそもうさ──俺とキミで、付き合ってることにしちゃう? 名案、でしょ?』『……あのさ、女の子側からこう言ってるのに、いちいち説明させないでよ……ほんとにこういうの、疎いよね……』

 

 思考回路が存在しないはずの熱を持つ。

 彼の脳裏には学校での記憶だけじゃない。膨大なパターンの記憶が演算され、そして無制限に枝分かれしていく。

 

『──いつまでも情報が完結しない──』

 

 膨大な情報の濁流に押し流され、【Youkai】は電子の海へと消えていく。

 

 はるか流された先、入口まで押し戻されたYoukaiへと、声がかかった。

 

「──どうした【Youkai】。随分と焦って」

 

『……僕は……そうか、『天使』とは、『救世主』とは──宇宙の心は、彼女だったんだ──』

 

「……………………」

 

 奇妙な様子の【Youkai】を見て、老人は一人呟く。

 

「……まったく。何を今更なことを言っている。運命の寵児だぞ? この世界は彼女の遊び場に過ぎないのだよ」

 

 ──そうだろう? 麗しき【神の子】よ。

 

 そんな言葉が、静かな空間へと染み渡った。

 

 以降の供述は存在しない。




【こばなし】


『……なにか邪な気配を感じたわ』

「ふぇ? そ、そうですか? カリン、全然わかりませんでした……! せ、戦闘準備しますっ!」

『大丈夫、もうどこかに消えたから。……この端末から……? ハッキング? 一体誰が……いや、そもそも何を? ジューダスちゃんの端末にはまともな情報なんて入ってないわよ?』

「し、シロ様……! そんなことないですっ! ご主人様の端末の中には服の組み合わせを忘れないための自撮り写真や、封印された動画データがあるんですから……!」

『それは──マズいわね。最悪TOPSの企業でも麻痺が起こりかねない。緊急事態だし、何を盗られたか確認しなきゃ』

「そ、そうですね……! ご主人様もご自由に使っていいと言ってましたし!」

『……このデータかしら? 厳重なセキュリティを突破できるような下手人にしては、随分と雑な後始末ねぇ』

「……あっ」

『……カリンちゃん、どうかした?』

「いえ……ただ、この録音の再生はやめておきましょう」

『……そういうこと?』

「(大きく首を縦に振る)」

『……よし。いやー! 何もなかったわね! 何もなくて良かった〜!』

「そうですね! はい!」
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