しかもスシローコラボもくるぞ! ライトほしいよライト
「雲嶽山」はある日を境に「Random_Play」の店主ふたりがお世話になるようになった流派だ。
ざっくり言うと仙術のようなものを学ぶ一門で、衛非地区という場所に存在している。
イメージとしてはなんとなく中華系の趣を感じるもので、おねーさんと一緒に見た昔のカンフー映画を思い出したのは誰にも言わない話。
保有する戦力も凄まじい。
今の「雲嶽山」を率いている
なんならつい最近もう一人虚狩りが爆誕した。
で。
俺は今、その新しい虚狩り──
市長いわく、彼女の様子を見てほしいとのことなのだが。
紅茶をほんの僅か口に含む。そうして、ちらりと前を見やった。
重なる視線。つい、と下へと目を向ける。
ふむ。
なんというか、気まずい。
雰囲気がなんというか。
妙にこちらが注視されているというか。
一体どうしたというのだろうか。顔を合わせて数分ほど。既に三杯目の紅茶が底をつき、またティーポットへと手を伸ばす。
「そ、そんなに飲むと眠れなくなっちゃわない……?」
「あは。俺にカフェインの効果はないよ」
「そうなの? それが例の
「うん」
角砂糖をいくつか……六つほど放り込んで、溶かす。
このときに中に軽く干渉して、すぐに溶けて混ざるように調整する。
軽くティースプーンを一回しすれば、ほどけるようにカップから角砂糖の姿が消えた。
「ひょっとして、甘いものをいっぱい食べても大丈夫だったり……?」
「そうだね。必要以上に摂取したエネルギーはストックされて食べなかったときに回されるようになってるよ」
最近判明した事実である。
このストックがない場合は維持のために俺の魂の強さが少し削られる。他人の願いとともにそれは補填されるから、別に食べなくても問題はないのだが。
…………。
なんというか……。
いや、やめておこう。
下手に自分で気づいてしまったら本当にそうなりそうな気がする……。
「えーと」
気不味い。
そう思っているのは俺だけじゃないようで、向こうのほうもどこか固い表情のままだった。
敬語やめてって言ったせいかなぁ。
それを見ていると、俺が緊張しているのもなんだか馬鹿らしいように思えてくる。
「その力に、副作用みたいなのはないの?」
「ある……といえばある。人の願いを受け付けて、それを叶えるように
皮肉なものだと思う。
この世界で生きてやると、救世主にならないことを誓ったはずなのに──俺は今、以前よりもずっと救世主らしくなってしまったのだから。
思っていたよりも、完成した自分の体質が重たいものだった。
甘く見ていた部分はあるし、自分のミスも当然ある。下手なことをして世界に自分の姿を知らしめてしまったのは、当然大きなやらかしだ。
「……それは……」
「あんまり心配しなくていいよ。思想や内心が変わることなんて、別に普通のことなんだから。こんなのただ、そのサイクルが早いだけさ」
「ワタシはそうは思わない。自分だけが勝手に変わっていくなんて、そんなの、悲しいことでしょう……?」
その言葉に。
彼女がどういう状況にあったかを思い出す。
瞬光ちゃんは
たしか、力が強大すぎて、使えば使うほど使用者の身体を蝕んで──最終的には五感と記憶のすべてを奪われ、死に至るのだったか。
似ている……と言えば、似ているのかもしれない。
俺の感覚としてはそんなことはないのだが。
……どうなのだろう。
そんなことを疑問に思う心すら、変質して喪ってしまっているのだろうか。
「悲しくないよ」
少し考えて、違うと気づいた。
いくら変わろうが、きっと根っこの部分は変わらない。俺を構成する一番大切な部分は、そのまま残っている。
「俺のことを覚えていてくれるみんながいるから」
俺のことを大切と言ってくれる人がいる。
世界が変わっても、ずっと俺を思ってくれる人がいる。
たぶん俺より、俺のことを知ってくれている人がいる。
彼らがいれば、本当に大切なところが欠けることはない。
「俺と君とは違うよ。君のほうがずっと、茨の道を進んできた」
「……そこに大小はないわ。どっちも怖くて、辛いことでしょう?」
「そうかな」
どうにもその感覚が俺にはわからない。
疑問に思う心すら、奪われてしまっているだけなのかもしれないけれど。
紅茶を飲み干す。
「……例えば。ホロウの中で遭難して、どうしようもなくなったりとかして。助けを求めようにも、誰にも届くことはない。そんな人がいた」
きっと、そういう人たちはどんな時代にもいるのだろう。
ともすれば、今も。
「そういう人たちの、切実な願いが──俺には届く。命にしがみつく人たちの心が、俺にはわかる。そしたらさ……助けたいって思っちゃうじゃん」
「──……」
みんなを助けたい。
それでも全員は助けられない。
だから、せめて自分が嫌な気分にならないように手の届く範囲だけを助ける。
──その「手の届く範囲」が、世界中まで伸ばせてしまう。
だから俺は、自分にできることをやっているだけだ。届いた時点で安全な場所に転移させる程度のこと、眠りながらでもできる仕事で。
それが救世主にならない俺が、最大限できる償いでもある。というと、少し義務的すぎるか。
「そうね」
と瞬光ちゃんは言った。
どこか難しそうな笑みだった。
「ワタシがアナタに何か言える筋合いはないみたい」
「……? んっと、そうなの?」
「そうなの」
そうらしい。
「けれど、そうね……一つだけ。少し視野を広げてみて。手に負えないときは誰かに頼るのも大切よ」
そう言って、彼女は笑う。
誰かに頼る──か。
勿論俺にはできないことだらけだ。例えば家事全般はカリンちゃんや大福にもう任せきっている。
それに戦いにしたって、俺にできるのは能力のゴリ押しだけだ。
例えば──例えば、だけど。
雅ちゃんのように魂の存在に気づき、それを斬ってしまえる相手がいたら。
たぶん、俺はすぐにやられる。優しい言い方をする必要はないか。
死ぬ。
「…………」
死。
意識すると、あの感覚はいつだって思い出すことができる。
少なくとも、気分が良いものではない。
「…………」
だがそれより、友人の顔が頭に浮かんできて。
会えなくなることのほうが、ずっと怖く感じてしまう。
──そんなとき。
妙な胸騒ぎが、突然走った。
「──!」
「ど、どうしたの? ……ひょっとして天啓?」
「うん。でもなんか……変だ」
普段のものとは違う。
そしてそれは、零号ホロウの方角からやってきたものだった。
「──」
少し、迷う。
仮に何かが起きていた場合、初動が遅れることが問題だ。別に軽く様子を見に行ってみて、何もなければそれでいい。
瞬光ちゃんを見る。
「…………」
こちらをじっと見ている。
やや考えて。
「瞬光ちゃん。これからこっそり零号ホロウの様子を見に行くよ、出れる?」
「……勿論!」
俺の問いかけに、瞬光ちゃんははっきりと頷いた。
「あ、でもリンたちには声をかけておいたほうがいいかも」
ということで、一応リンちゃんたちに一報を入れてから出ることにした。
──零号ホロウに入る。
ホロウ特有の異質な違和感の後、更に異質な光景がずらりと広がっていた。
「──なに、これ? エーテリアスの数が多すぎじゃない!?」
『……ホーネット……まさか!』
瞬光ちゃんと、ついてきたリンちゃんの言葉に同意する。これは明らかに、普通じゃない。
まず最初に、周辺をサーチする。ここから先は危険域だ。逃げ切れていない人を、そのまま全員外へと飛ばす。
「ふむ」
明らかに異常活性だ。原因は不明──いや。
見かけたエーテリアスを倒しつつ少し進めば、悠々と宙を行く、巨大なエーテリアスを見つけた。
『やっぱり、ニネヴェだ──でもなんで? 活性化が早すぎる! このままじゃ、すぐに全域のエーテル濃度が上がって手の施しようがなくなっちゃうよ!』
「誰かが何かしたのかもねぇ」
俺がそう呟くと、二人も同じ相手を思い浮かべたのだろう。
「『始まりの主』?」
「だと思うけれど。でもどうやって干渉してるのかはわからないな」
ともあれ、そうであるならすぐさま対応する必要がある。
本当は瞬光ちゃんも今すぐ帰らせたいところではあるけれど──そう思って、彼女の顔を見たら、見透かされていたのか少し眉を寄せてこちらを見ていた。
仕方ない。リンちゃんを抱き上げて、ニネヴェの追跡を開始する。
「無茶はしちゃダメだよ?」
「アナタがそれを言うの?」
『どっちもどっちだよ、あんたたちすぐ自己犠牲しようとするんだから』
「「…………」」
俺は大丈夫だ、と言おうとして、やめた。
ふと頭の中に、さっき考えた可能性が過ったからだ。とすれば、俺も絶対大丈夫だとは言い難い。
だが今はそれよりも、事態の改善のほうが重要だ。思考を中断する。そもそも回避すれば良いのだ。そうすれば問題ないし、やられたら終わりなんてのはみんな同じ条件なわけで。
何も問題はない。
そう納得して、ふわり、と宙を足で掴む。
そしてそのまま、前へ体を飛ばした。周辺の敵は適当に魂を飛ばして粉砕する。最近かなり余剰があるからできる力技だが、これが意外と効力がある。
瞬光ちゃんも並走しながら、剣を振るって周辺の敵を倒してくれていた。
「リン、どう対処するのが正解?」
『とにかくニネヴェを殴って! 今、私のほうにも「刀耕作戦」が開始されるって連絡が来たよ!』
「……師匠にも声をかけるべきだったわね、まさかこんなに大事になるなんて!」
だがやることは思っていたより単純だ。
要はあの「ニネヴェ」というエーテリアスを削ってしまえばいいというだけだろう?
確かに移動速度は早いが、瞬光ちゃんも俺も障害物を無視しながら進むことができる。散らばった敵の処理に惑わなければいずれは攻撃圏内に入る。
「攻撃圏内に入ったら──青溟剣を使うわ」
『──瞬光……』
「大丈夫よ。ジューダスさん、さっきやってた『状態の固定』でワタシの身体を保護してくれない? 流れ込んできた力で、傷つかないように。それならきっと、ワタシたち三人でも大幅に削ることができるはずよ」
『……できるの? ジューダス』
「……うん、いける」
少し考えて、可能であると結論を出した。
先んじて彼女の身体の状態を固定する。魂の力で覆いかぶせるようにして、干渉するように保護をする。
「……温かい。ふふ、アナタの
「あはー……別に関係ないと思うけど……」
どうなのだろう。確かに魂というのはその人の生き方の表出であることに違いないのだが。
俺の場合は他人の願いを受け入れることで無制限に量を増していくわけで。
仕組みを考えると別に関係ないんじゃないかと思う。うん。瞬光ちゃんには悪いけど、たぶん関係ない。
──進む。
確かにニネヴェとの距離は縮まっていく。
しかし僅かに近づいていくだけで、敵の強さのレベルは見違えるように上がっている。それが体感で理解できる。
「あとちょっとで、射程に入るわ!」
「よし、それじゃその『ちょっと』を埋めよっか」
イアスちゃんを落ちないように、服の中に隠す。
『!?!?!?』
「ごめんね、窮屈だけど」
そして両手で瞬光ちゃんを担ぎ、ついでにその身体でイアスちゃんを吹き飛ばないように押さえる。
とん、と軽く地面を蹴って、空へと飛び立って。
足裏で、魂を直接叩きつけた。
純粋な力の本流が、その仮想の質量が、地面に着弾して爆ぜる。
そのまま、消し飛ぶようにして周辺のエーテリアスが全滅し──そのエネルギーの勢いを利用して、俺達はニネヴェへと近づき、
追い越し、
「青溟剣気、九天を裂く──!」
そして、青溟剣が引き抜かれた。
世界が歪むかのような力の本流が、瞬光ちゃんから立ち上る。
そして、千──いや、万をゆうに超える数の、数多の剣が、放たれた。
夥しい数の剣が瞬光ちゃんの意志に従い、ニネヴェの身体へと躍りかかる。
生み出されるホーネットたちは、産まれたその瞬間に剣が貫いて爆散させた。
見せかけの数だけではない。その一本一本が必殺と呼べるほどの威力。
そしてそれが際限無く増え続け──今や、ニネヴェの巨体全てを覆い尽くすほどの数になっている。
『──ぷはっ、瞬光! 大丈夫!?』
「ええ、問題ないわ。さすがはジューダスさんね」
「あはー、ありがとう……?」
保護を施しているこちらの魂の総量は、目に見えて削られているのだが。
だがそのぶん瞬光ちゃんは青溟剣の出力を高めて利用できているようだし、まぁ良いだろう。
そうして。
一点に集中して撃ち放たれた剣は、まるで閃光のように煌めいて空を叩き割り。
『──────』
大きく削られたニネヴェが、そのまま逃げるように空を泳いでいく。
「……追う? またこんなことが起きたら困るもの」
「……いや、やめておこっか」
充分以上に削った。エーテルの活性はもうなく、寧ろ少し減退しているくらいだ。
脅威は去った。
帰ろうと、剣を納めた瞬光ちゃんに手を伸ばし。
その瞬間に、背後の空間が割れる。
「詰めが甘いな、二人とも」
そこから飛び出してきた影を、俺が対処しようとするより速く。
現れた誰かが、顕現しようとする姿を、斬って元の場所へと送り返す。
それを確認し、空間の裂け目を閉じた。
「勝って兜の緒を締めよ、と言う。まだ残心が足りていない」
『雅さん!』
「だがよくやった。私が駆けつけるより先に解決するとはな。私もまだ精進が足りない」
「そうかな……?」
瞬間移動が使える俺に追いつけるのはおかしいのでは……?
──ともかく。
こうして、零号ホロウの暴走は、恙無く終わったのだった。
「──それで。瞬光から見て、どう思った?」
「そうね……」
その言葉に、葉瞬光は例の少女のことを思い返す。
「ちょっと、似てるなって思っちゃった」
「……似てる……ああ、確かに」
相対するリンは、瞬光の言わんとすることになんとなく察しがついて。
同意すれば、瞬光はどこかはっとしたようにあわてて言葉を言い連ねる。
「ち、違うからね! 別に自分のことを綺麗とか思ってるわけじゃないわよ!? ただ、彼女が言ってることもわかるなって……!」
「大丈夫。そんなに否定しないでも、ちゃんとわかってるよ」
確かに、似ている。
似ている──からこそ。
リンは思い出す。瞬光が「始まりの主」と相対したとき、一体どういう行動を取ったのかを。
「……瞬光みたいに、自分の身を犠牲にする性分ってことだよね。たぶんそれは、ジューダスの性質のせいで……だから、あの子が今の生き方を曲げない限り、レミエールの言う死からは逃れられない」
だが、ジューダス・ウィクスという少女が決めたことを簡単に曲げない人物であることは、嫌というほど知っている。
かつて、「パエトーン」の二人の説得では止められず──カリンが本人が見ないふりをしていた本心を直接刺激することでしか、止めることができなかった彼女だ。
いざその瞬間がきたら、彼女は迷いながら──それでも自分の意志を貫いてしまう。
その姿は、簡単に予見できる。
「……どうすればいいのかな」
「……ん? そんなの簡単じゃない?」
そう言って、迷う姿に、瞬光はあっけらかんと言い放った。
「リンが助けてあげればいいのよ。ワタシのときみたいに──ね? 簡単でしょ?」
別に、瞬光だって本当に簡単だと思っているわけではない。
上手く行く保証もないし、それはつまりリンが危険に巻き込まれるということでもある。万が一のことを考えたときに、少し怖くなるところもあった。
それでも、瞬光は信じている。
目の前の彼女なら、きっと上手くやってみせると、そう思って疑わない。
「……簡単に言うなぁ」
その内心を、なんとなくリンは察して。
期待の重さに少しだけ尻込みする気持ちと、信頼の大きさが嬉しい気持ちの二つが溢れてくるのだった。
「でも、そうだね──ずっと怖がってばかりなのも、良くないか」
レミエールの不吉な予言。それだけならばここまで重く見てはいなかっただろう。
だが、それを聞いたとき、リンにはもうひとつ、思い当たるものがあった。
ジューダスが店番をしているときに、リンの友人であるところの、ビビアンが店に来たときのこと。
二人が出会ったとき、ビビアンの目からは──
ビビアンは特殊な能力を持つ。
見た人物の死を、予測してしまう能力だ。
その能力の発動の際、彼女の目からは涙が流れて──つまり。
それでも──運命はきっと、覆せるのだと。
そう気持ちを奮い立たせて、リンはより強く決意を固めるのだった。