当初の予定ではサブタイがドルチェ・イマジネーションかデッドエンドになる予定だったのに
──どうしてこんなことになったんだろう。
強いていうなら運が悪かった、とでもいうのだろうか。
いや、そもそも近頃ホロウの活性挙動がおかしいことは知っていたのだから、これはただの判断ミスだ。
あるいは、自分はなんとかなるという無根拠な自信。
一体何が悪かったのかを考えても、結局自分が悪かったという結論へと落ち着いてしまう。
「…………っ」
だから千夏は、小さく息を吐くことすらもうまくできないくらいに、現状に縮こまっていた。
気分が晴れないから訪れた「秘密基地」は、普段と様子がめっきり違ってしまっていた。
入るぶんには何も問題はない。
それでも、出ようとすると明らかに異質な構造に惑わされる。
そして最後には必ず同じ部屋へと戻されてしまうのだ。
まるで迷宮のように、人を閉じ込めて離さない。
だから、出られない。
そして閉じ込められた人は、やがて徘徊する怪物に、命を摘み取られてしまうのだろう。
逃げ惑うだけで、出られないのなら、いずれは追いつかれてしまうから。
千夏は膝を抱えたまま、か細い呼吸を短く繰り返す。
「……あー、腹、減ったな……」
小さく、声がした。
この場にいるのは千夏だけではない。
他にも二人、千夏と同じように力なく座り込んでいる。
対侵食用の防護服に身を包んだ、ホロウレイダーらしき男性が一人。顔が隠れているから年齢はわからないが、声から察するにまだ少し落ち着きのなさが窺える年齢のようだ。
そしてそのプロキシなのであろう──まるで神父然としたカソックに身を包んだ、中性的な人物が一人。
千夏がこのホロウに閉じ込められる前からここにいたようで、もう随分と弱ってしまっている。
「……助けがくるはずですよ。仲間の人だって、戻らないことに気づけば必ず助けにきてくれるはずでしょう?」
「……それはそれで、困る。出られないヤツが増えても無駄に犠牲を生むだけだ」
防護服を着た男は、そう言って頭を押さえた。
「俺が閉じ込められてから……三日だ。三日経った、んだよな? 時間感覚が狂うからハッキリとは言えないけどさ……そんだけ経って、ホロウの異変が知れ渡ってないとも思わねぇ。ここのホロウはなんだかんだレイダー多いしな……」
「こんな異変なら、『H.A.N.D』が既に駆けつけてきててもおかしくないですからね」
「それがないってことは、外から異変が目に見えてねぇってことで……つまり、
その言葉に。
千夏は、心臓を掴まれたような感じがした。
「あんまり悲観的な空想はやめましょう。きっと助けはきます。天使は、我々を助けてくれるはず……」
「それもそうか……悪いな嬢ちゃん、余計なこと言ってビビらせちまった」
「あっ、い、いえっ、うちは、大丈夫です……あっ、もしよかったら、これ食べますか……?」
そう言って千夏が手渡したのは、バイト先でもらったお菓子だ。といっても、小さいクッキーを詰めたものだが。
「……あんがとな、一個もらうわ」
彼は僅かに悩み、防護用のヘルメットを取って、一欠片だけを食べた。
最初は暗かった表情も、僅かに明るくなる。
「美味い。神父さんも一個もらっとけよ。アンタだって何も食ってねぇだろ」
「……えっと、良いのですか?」
「も、もちろん! なんなら二人で分けてください!」
「いえいえ、残りは帰ってお友達と食べてください。私たちなんかに振る舞うのは勿体ないですよ」
「おう、言ってんな」
友達。
その言葉に、千夏は少しドキリとした。
千夏は今、こっそりと秘密基地へと訪れている。
もしそれで、このまま帰れなくて──友人たちが、千夏を追ってここまで来たら?
その可能性が、自分だけがここに閉じ込められた恐怖よりも、ずっと千夏を脅かしている。
だから、その恐怖を和らげるために、千夏は逃げるように、言葉を紡いだ。
「あ、あの……神父さん、さっき言ってた、天使、っちゅうのは……?」
「ん? あ、確かに。天使ってなんだ? あ、待て。俺が当ててやろう。ミスター・ノーバディだろ」
「ふふ、正解です。実は私、彼女の幼い頃を知っていまして」
「えっ!?」
「マジで!? 羨ましいじゃねーの……」
なるほど、通りで。
ミスター・ノーバディが世に知れ渡ってからあまり時間は経っていない。
その割にあの神父服は、年季の入っているように見える。
だがそれも、昔からあのジューダス・ウィクスという少女を知っているのなら。
ずっとあの服で過ごしてきたというのなら、納得がいく。
ふふん、と勝ち誇るように笑う神父。
それを見ると、なんだか千夏の胸からもふつふつと対抗心が湧いてくる。
「じ、実はミスター・ノーバディってうちのバイト先の常連さんなんよ〜……」
「えっ!?」
「マジで!? 羨ましいじゃねーの……」
「マジのマジですか? ちなバイト先はどこで……?」
「る、ルミナスクエアの『COFF CAFE』……です」
「……っ! たしかに目撃情報があった……! ──ありがとう。君のおかげで生きなきゃいけない理由が増えた」
そう言って、神父は大げさに千夏へと頭を下げた。
「あっ、え、えーと……どういたしまして?」
「いいねぇ、出会いに恵まれてて……俺も一回近くで見てみたいもんだぜ……。つーか嬢ちゃん、ずっと聞こうと思ってたんだが、なんだってこんなとこにいんのよキミは。明らかにホロウに入る服装じゃねーぞ」
「あっと、それは、えーと……ここ、うちの秘密基地があって……」
「はーあ、最近の子は随分豪胆ねぇ。俺等が若い頃は、旧都陥落ド真ん中でホロウが嫌いな連中ばっかだったってのによ。中にはホロウを見るだけで錯乱するような、ホロウ恐怖症なんてのになったやつもいるんだぜ?」
共通の話題があったからか。
同じ食べ物を分け合った仲間だからか。
それとも、全員内心では心細かったのか。
まるで何かに促されるかのように、言葉が交わされ始める。
「えっ!? マジで? 嬢ちゃんアイドルなの!?」
「あっ……は、はい。その、まだまだ駆け出しやけど……」
「いーや、立派じゃねぇ? んな世の中だからこそ娯楽は大事だって。神父さんもそう思うだろ?」
「ええ。夢を追いかけるというのは、勇気のいることですから。私には無理なことでした」
「グループ名教えてくれよ。折角だし帰ったら──あー、いや」
そう言って、男の言葉の歯切れが急に悪くなる。
その様子を見て、千夏もまた、自分たちが今絶体絶命の窮地にあることを思い出した。
「……その、グループ名は『妄想エンジェル』、です」
だからだろうか。
彼女は、なけなしの勇気を振り絞って。
「あ、の。もし良かったら、ううううちの歌、聴いてくれませんか……っ!?」
ついつい、そう言ったのだった。
「……いいのか?」
「はい。……あ、でも、音源ないから、アカペラになるんやけど……それでもいいなら」
「いや、いい。むしろそれがいい」
「ええ。記憶に残る特別なライブになりますよ」
「は、ハードル上げんとってくださいよ!」
そう言って、三人で笑いあった。
僅かな静寂。
すぅ、と息を吸う。
目の前の二人が、居住まいをすっと正した。
緊張は、ある。
怖さも、ある。
それでも千夏は、ゆっくりと言葉を奏でるように、紡ぎ出した。
「──────」
歌い終わったあと、小さな拍手が、頭に熱の昇った千夏を出迎える。
どこかやり切ったような気分があった。
のぼせてしまいそうな意識の中で、千夏は少し目を瞑った。
自分の壁を、一つだけ越えたような感覚。
清々しさと、じんわりと沁み込む嬉しさが、千夏を満たしている。
「──ありがと──」
感謝の言葉は、最後まで言えなかった。
身体が、吹き飛ぶような感覚。
視界が瞬間的に横へと倒れていく。
その中で、見えたのは自分が先程までいた位置に立っている、防護服の男の姿。
「あがっ……!」
血飛沫が、舞った。
「走りますよッ!」
そう言って、神父が千夏の手を引いて、助け起こす。
状況が理解できない。
だから、顔を後ろに向けて、見た。
先ほどまで千夏が立っていた場所のすぐ後ろ。
そこに、異形の怪物が立っていた。
その目の前に、防護服を着込んだ人物が、膝をついている。
「──ッ!?」
どうして?
何故、急に現れたのだろう?
そんな思考が、一瞬で頭の中をぐちゃぐちゃに埋め尽くす。
ただ一つわかることがあるとするなら。
千夏は、彼に命を助けられたのだろう。
「──ま、待ってくださいっ! あの人もっ!」
「ダメだ!」
「なんでっ」
「このままじゃ全員共倒れだからです! 彼だってこうする!」
「でも、あの人がっ」
「
──頭を殴られたかのような衝撃だった。
何も言えず、千夏はただ、手を引かれるままに走る。
息苦しさも、何も感じなかった。
ただ、頭がふわふわしていて。
それでも、先程のような高揚感とは真逆に、心は冷え切ってしまっている。
そして、
「「──ッ!?」」
まるで、当然かのように、距離を無視して現れた。
無造作に。
無慈悲に。
軽々と、腕の刃が振り下ろされる。
「──俺を無視してんじゃねぇぞ!」
瞬間、爆風が巻き起こり、斬撃の軌道をかろうじて千夏から逸らしきった。
後ろから、右肩に大砲を担いで男が走ってくる。
左腕はだらりと垂らされている──血が滴る様子からして、どうやら先程斬られたのは左肩のようだった。
「そんなに
「──行きますよ、先へ!」
また、手を引かれて走り出す。
後ろから、激しく戦闘音が響く。
爆発音や、金属音。
少し進んで、どうなっているのか、千夏はふと後ろを振り返った。
男が、肩から斜めに、切り裂かれていた。
「──ひ」
千夏の喉が引きつって、不格好な息が零れ落ちた。
だらり、と不格好に上半身が、ズレる。
完全にこぼれ落ちなかったのは、かろうじて背面の肉が繫がっているため。
致命傷であることは変わりない。
人の体に、あれだけの血が入っているのものだと、千夏は知った。
吹き出した血は床や壁に留まらず、天井までもその勢いのまま汚していく。
倒れた男の指先が、ほんの僅かに動いたあと、動きを止めた。
もう僅かにも動かなかった。
そして、千夏たちの前に、また怪物が現れる。
まるで何事もなかったかのように立っていた。
先ほどまでの戦闘など、蚊を払う程度のものだと言わんばかりに、そいつは悠々と立っていた。
「──大丈夫。大丈夫です」
二人の足は止まっていた。
神父は安心させるように、千夏のほうを見て笑っていた。
「キミはきっと、救われます。キミのような優しい子を、あの子は絶対に見捨てない」
引きつったような笑みに見えた。
それでも、どこか受け入れたような笑みだった。
「それまでは、俺が必ず、あなたを守りますから」
エーテリアスが、刃を飛ばした。
それを包み込むように、受け止めるように、神父は身体で覆い隠す。
回転する刃が、身体の前面をズタズタに引き裂いても、彼は手を離さなかった。
自分の肉で勢いを殺して、そうしてようやく彼の手から、力が抜ける。
エーテリアスが、刺突を繰り出した。
神父は両手を広げ、一歩前へと歩み出た。
貫通して、千夏へと刃先が届かないように。
無造作に、何度も繰り出される刺突が、身体を貫いても、千夏には彼の血以外届かない。
神父の身体は、最早人の形とは言い難いほど歪に穴が空き、削れてしまっていた。
まだ微かに息があることのほうが奇跡というほどの様相だ。
そうして、神父は倒れていった。
きっともう二度と、起きることはない。
そこまでやって、稼げた時間は僅か数秒。
逃げるには到底足りない時間。
足が竦んだ千夏が、立ち上がるにも満たない時間。
非常事態に浮かされていただけだったとしても。
まるで天地がひっくり返るくらいに珍しい気まぐれで、勇気を出して、楽しく会話することができた人たち。
そんな二人が、千夏を守ろうとして、そして無造作に踏み潰されるかのように死に瀕している。
千夏はもう、限界だった。
「──だれか!」
追い詰められた人間は、ただただ叫ぶ以外に何もできないのだと、千夏は知った。
「誰かぁっ! 助けて──!」
このままじゃ。
このままじゃ、死んでしまう。
自分を助けてくれた二人が死んでしまう。
そう喚いても意味がないと、助けがきたところで生存できるような傷じゃないと、考える余裕すら千夏にはなかった。
エーテリアスが千夏の前に立つ。
無様に喚く千夏を、のろまで警戒心のない生き物が不思議だと言うように、僅かに眺めている。
その横っ面に、巨大な拳が叩き込まれた。
巨大な、ロボットのような姿の人物が、勢い良くエーテリアスを殴りつけていた。
果たしてどれだけの衝撃だったのだろうか。
エーテリアスの姿を軽々と吹き飛ばし、壁へと痛烈に叩きつける。
そうして、まるで重力などないかのように軽やかに。
千夏の前に誰かが立った。
落とした視線の僅か先。
神父の傷が、
またたく間に、神父は元通りになった。
まるで眠っているかのように、穏やかに呼吸をしている。
「遅くなってごめん、千夏ちゃん」
蕩けるほどに綺麗な声音だった。
千夏はそれを、知っている。
「──ジューダス、さん……?」
「うん。とりあえず……」
──世界が、凍りついた。
ぱきり、と空間が歪んでいく。
世界のほうが隷属するかのように、姿を変えていく。
その瞬間、少女の周囲は、彼女にとって都合がいいように変化した。
彼女のすべての行動を、世界が祝福しているかのようだった。
一挙手一投足が、彼女にとって都合の良いように補助されていく。
美しさの奔流が迸っても、最早隔絶しすぎて千夏には認識ができないほどだった。
あるいは、千夏に影響がないように、彼女の周辺の世界が身勝手に断絶していた。
まるで、あの美しい少女の意思に忖度するかのようだった。
どんなに美しい宝石でも、地球から太陽にある数センチの大きさのものを肉眼で見つけられはしないように。
ジューダス・ウィクスの周辺の空間は、無限にも思えるような距離が圧縮されている。
だから、彼女が制御をせずに力を振りかざしたとしても。
マズいと感じたのか、ホロウ内部の空間が変化する。
ジューダス・ウィクスを狙っているかのように、空間の裂け目が展開されていき──そのどれもがねじ伏せられるかのように、潰されていく。
一瞥もせずに、一息すらいらずに。
破壊しようなんて意思すら必要ない。
ただ、そこに存在するだけ。
それでも全てを呑み込み、潰し、破壊してしまう。
そんな離れ業を、容易くやってのけた彼女は。
「あれを片付けてから、話そっか」
千夏の目から見ても明らかなくらい、はっきりと──怒っていた。
彼女の圧力を察したのか。
エーテリアスの数が一つ、
似た姿のエーテリアスが、まるでダンスを踊るかのようにひらりと一礼して、刃を向ける。
そして、エーテリアスが弾け飛んだ。
まるで何か、引き剥がされるかのように、吹き飛んだ。
少女が一瞥を向けただけで、あれだけ恐ろしかった怪物は、消えてしまった。
「さて、千夏ちゃん」
「ひゃいっ!?」
「ダメだよ、ホロウなんかに入っちゃ。こんな危ない目にも会うんだからね?」
そういって、千夏の頬を軽く撫でて、そのままぷにっと摘む。
まるでさっきまでの怒りなど、かき消えてしまったかのようだ。
彼女は少しじとっとした目で千夏を見て。
そのまま、困ったように笑う。
「でも、無事でよかった」
そうやって笑う少女の姿は、年相応の女の子のようで、千夏はどれが本当の彼女なのか、わからなくなった。
「ん〜、結局僕あんまり出番なかったね?」
「そうでもないよ? すごく助かった」
少なくとも一度は窮地を救われている。それは否定できない事実なのだし。
また後日。
妄想エンジェルのライブへと、俺は足を運んでいた。
あの一件が千夏ちゃんのトラウマになってて、ライブもままならないなんてことになっていたら悲しいから、様子を見に来たのである。
一応、ちょっと強めに魅了を当てて残酷な記憶より強いショックで上書きを試みたのだが。
その成果か、はたまた俺が思っている以上に千夏ちゃんの心が強かったのか、今ステージにいる彼女は先日の事態の影響などないかのようにパフォーマンスを披露している。
観客席の少し後方で静かに、されど豪快にサイリウムを振って応援をしている男性が、目についた。
彼はきっと、あのとき防護服を着ていた人物なのだろう。かろうじて俺が治せる範疇でよかった。
胴体はほとんど切断されていたのだが。
わずかに繫がっていたおかげか、命が尽きるギリギリに俺が間に合った。
それはきっと、彼が生へと必死にしがみついていたからだろう。
「すごいびゅんびゅんしてる人がいるよ? あれはなにかなー?」
「応援だね。やってみる? 結構楽しいよ」
「ふーん? じゃあ僕もやってみよっかな〜」
そう言って手渡したサイリウムを持ってシャカシャカと手を動かし始めた「シード」ちゃんを尻目に、俺はもう一人に声をかける。
「ねぇ」
「どうしました? 天使様」
「天使はやめろって言ってるでしょ。全く、死にかけてさ」
あのとき、千夏ちゃんの前に倒れていた神父服の男。
彼は孤児院の年長組だ。俺が入った当時に面倒を見てくれていた覚えがある。
「そうやって自分が矢面に立つのはお父さん譲りかなー?」
「え? いや……え? あー、はい。そういうことで」
「なんか言いたげだね」
「いえいえ、何も。ああそうだ、次はいつ帰省するんですか? チビたちがぶーたれてますよ」
「んー……まぁ、いつかね」
孤児院に顔を出す、か。
果たして、それは俺が生きている間にできるのだろうか?
未だ俺は変わらずに既定路線を進み続けている。
レミエールちゃんの言っていた死の未来からは、おそらく抜け出せていない。
──こうして、流されるままに「救世主」へとなりつつある俺は、きっと。
「ねぇねぇ、何話してるの? ほら、君もこれ持って。ほら、ぐるぐる〜!」
「ぐるぐる〜」
「ふふっ」
「笑うんじゃないよー」
「いや、失礼。良い友達を得たようで」
友達。
……まぁ、そうか。
確かに俺と「シード」ちゃんの関係は、友達と呼ぶのが一番近いような。
まぁいいや。
不吉な未来のことなんて、今は考える必要はない。
そうやって先延ばしにするのは、果たして俺の思考が「救世主」であろうと誘導されているからか。
はたまた生来の怠惰のせいか。
どうにも判別がつかないし、考えるのも面倒だから、俺は思考を打ち切った。
ところで、何故「始まりの主」はバレエツインズのホロウで実験のようなことをしていたのだろう?
外に放り出されたとき、天啓が強く訴えかけてきたものがあった。
「シード」ちゃんのおかげで助かったのだが、あれは一体なんだったのだろうか。
今回俺がやったことはあくまで「始まりの主」の干渉を無効化する程度だ。
バレエツインズのホロウ自体は維持を続けているし、あのエーテリアスも勝手に強化されたぶんだけを全て引き剥がしただけで、別に倒してはいない。
それはどこか、やってはいけないことのような気がしたから。
不可解なことがいくつもある。
これまでの「始まりの主」の行動からは、随分とかけ離れた挙動のように思える。
何故人をホロウに閉じ込めたのか。
何故俺は最初に追い出されそうになったのか。
──俺の力を測っていたのか?
何のために? どういう理由で?
干渉がなくなったのは、データを取り終えたから?
それとも事件を解決させようとしたのか。
仮にそうだったとして、そこになんの意図があるのか。
わからない。
わからないからこそ、恐ろしい。
俺の首筋を撫ぜる予感が、ずっと消えてくれない。
「ただいまー」
無意味に広い家へと、戻ってくる。
折角だからとさっき千夏ちゃんへ秘密基地の代わりにしていいよと言ったけれど。
きてくれるかなぁ。あの子は遠慮してしまいそうだ。
リンちゃんたちからのレアキャラ度は俺より高いっぽいし。
俺が部屋に入ると、カリンちゃんとシロさんが揃って出迎えた。
「おかえりなさいませ」
『あら、おかえり。ライブは楽しかった?』
──激しく、警鐘が響く。
先日のホロウ内なんか比じゃないくらいに、俺に天啓が伝わってくる。
思わず反応しそうになった体を、無理矢理に抑え込む。
「うん、すごかった」
平静を装って、言葉を捻り出す。
視界の向こうでカリンちゃんがなにか訝しげに、意味深に覗いた。
その顔すらどこか引っかかる。
天啓が、二人から離れろと強く叫ぶ。
俺の意識が、どこか二人を強く恐れている。
ため息一つ。
どうやら天啓がバグっているらしい。
あのときの裂け目も誤作動か。
そう思って俺は全ての警戒を轢き潰した。
今更二人が俺を裏切るようなことなど、ありはしないのだ。
ソファにもたれ掛かって、笑う。
仮にこれが本当だったら。
俺はきっと、耐えられないから。
そこまでを思って、はじまりの救世主もこんな気持ちだったのかな、だなんて。
少しだけ気持ちがわかったような気がした。
アイデアロール致命的失敗