一度空けた風穴は、侵食されるように再び闇へと呑まれていく。
相手を完全に倒さない限りはこの闇が晴れることはないだろう。
せっかくの快晴だって台無しだ。
だから、晴らしてしまおう。
そのための力は──ある。
寄り集まった光が、暗雲の下で世界を照らす。
世界を覆う暗闇に負けないくらい、強烈な光が今、ここにあった。
「この光は、ぼくだけのものじゃない」
いや。
むしろ、この光の中に自分自身の関与はなくて。
だからなんだか立場がないように思える。
けどまぁ、これを集めて留めておけるのは、自分だけだからいいか。
「世界中のみんなが生み出した、希望の光だよ──この輝きを見て、君は何を思うのかな」
『──生み出した光、だと──? 人類に光など、ありはしない──!』
「あるんだよ。言葉にするのは馬鹿らしいし、恥ずかしいから誰も口にしないけど──みんなの心には希望の光がある」
きっと、みんなそうだ。
おそろしい風貌の人だって、嫌らしい眼つきの人だって、金を信奉する人だって、あるいは誰かを陥れる人も、周りを遠ざける人も、ぼくに優しくできなかった人も。
誰の心にも希望はある。
その灯火が、今の世界を照らしているのだ。
『──そんなもの──存在しない!』
言葉を振り払うかのように、空から落ちてくるかのように、無数の小さな群体が放出された。
ニネヴェのホーネットのような形状をしている。
それはまるでミサイルのようにこちらに迫ってきて──近くの一体へと斬撃を飛ばせば、爆発が起きた。
本当にミサイルじゃん。しかもとんでもない数だ。とりあえずまずは対処するための距離を取ろう。
そう思って、一歩踏み込んで、
──そして、想定していたよりもずっと吹き飛び、空に浮かぶ「始まりの主」をゆうに飛び越えてしまった。
「……あれ?」
『あっ、たぶん、いろいろパワーとかも上がってるから……』
『うーん、急にパワーアップするのもよくないわね』
これまでこんなことなかったんだけどなぁ。
そう思いつつ、体勢を立て直して
仕方ない。
それなら力を貸してもらうようにしよう。
どうせぼくに戦いのセンスはないんだし。
さっきだって結界貼ったせいでみんなの邪魔になっちゃったっぽいしなぁ。
と、言うことで。
『ふわっ……と、と、す、すごい……空中に立ってます……!』
『足場形成はこっちでやるから、回避は任せたよ』
『……私は何をすればいいのかしら……?』
『演算能力貸〜してっ! この高速戦闘じゃ認識追いつかないし!』
手の槍をチェーンソーへと変化させる。
そして、身体が自動的に動き始めた。
迫りくるミサイル弾を、力強く一歩踏み込んで──斬り伏せながら先へと進む。
時折上下左右を自在に入れ替えながら、夥しい数のミサイルすべてを叩き落としていく。
当然ミサイルを直接叩くため、爆発すること自体は避けられないが──それよりも早く走れるのなら、何も問題はない。
そうして、すべてのミサイルを叩き落とした。
「ありがとう」
『……どういたしまして、のほうが良いですよね?』
「うん。そっちのほうがぼくは嬉しいよ」
状況への対処が終わったので、制御が戻ってくる。
そうしてそのまま武器に光を乗せて、空へと飛ばす。
光の斬撃が咲いて、闇を一部切り飛ばした。
この程度、始まりの主には特に有効打になりはしないが。
今のところ、目指しているのは削りだ。
魂の力を使ったとして、それを再利用して相手がまた強くなるだけ。
それじゃあこの争いはずっと終わらないから。
──切り飛ばした部分は再生しなかった。
『──何をした──?』
「飛ぶ以外に、力を使ってないからね。人の心の光が、君の再生を阻害してるんだよ」
『何度も言わせるな! 光など存在しない!』
どうして、こうも見えているはずのものを拒否するのか。
疑問に眉を顰めて、槍を変化させたペンを手元でくるくると回した。あっ、やば落としそう。
カリンちゃんが慌てて手を操作して、ペンをキャッチ。
仮に誰かに当たっちゃったら大事だ。危ない危ない。
『光があるというのなら──何故サラは見捨てられた? どうしてこの世界に諍いが堪えない!』
『……さぁね。私も、全人類を信じているわけじゃないから』
なるほど。疑問にあたる部分はそこか。
「──光も闇も、どっちもあるってことじゃない?」
なら、こう回答することにしよう。
実際そうだろう。
誰だって完璧じゃないし、心の中に悪意がない人間なんて存在しない。
正しくないと理解しながら悪辣に手を染める人もいっぱいいるし、それでいうならぼくだってそうだ。
元々が身綺麗な生まれというわけでもない。言ってしまえば、売られた子なわけだし。
だから。
「悪意があることをぼくは否定しないよ。けど、だからといってその人の行いすべてが悪かったとは思わない」
人間は完璧じゃない。
不完全な存在で、だからこそ時と場合によってその心の在り方だって変わる。
「生きてたらやり直せるし、どんな悪い人だってほんの気の迷いで誰かに手を貸したくなることだってある。その逆もね」
『……そうね。人はいつだって、変わろうと思えば変わっていける』
その言葉はちょっとぼくに刺さるなぁ。
けど、まぁ。
こんなぼくだって、やろうとすれば変わっていけるのかも。
そう思えば、胸の痛みは一歩踏み出す勇気になった。
『空虚な器がよく吠える──』
「君ほんとに失礼だな」
まぁ、いいや。
どうやら向こうは対話をする気もなさそうだし。
「それじゃあ見せてあげようか、光の力ってやつを」
信じたくないというのなら、信じさせてやろう。
これが、ぼくたちの心の力だって。
光を一つ、選んで取り込んだ。
そしてそのまま、
「正直、ぼくって戦う才能ないからさ──そうだね。アウトソーシングってやつ? てことで、力を貸して」
『──仕方ないなぁ。空中戦は久しぶりだけどっ!』
脅威を悟ったのか、先ほどのミサイルと同時に空から触手が伸びてきた。
流石に拘束されるのは面倒だ。結構大変だろうけど、大丈夫だろうか。
『……キミさぁ、こんな力持て余してたの? 出力差にドン引きだよ……』
『あら、わかってたんじゃないの? この子の特異性はあなたが語っていたじゃない』
『想像してたよりもずっと隔絶してたって話!』
今は各種バフがかかってるからチートモードなんだけど。
そして、レミエールちゃんが動き始めた。
それは異常な機動だった。
まるで泳ぐかのように──いや、それよりも滑らかに。
空気の抵抗なんかないかのように空を飛び、迫りくるミサイルを翼から飛ばした光弾で時折相殺しながら掻い潜る。
『私のことちゃん付けで呼ぶなんて、たぶんキミくらいだと思うよ?』
そうだろうか。
でもレミエールちゃんは寂しがりやさんのように見えるから、こっちのほうが違和感はない。
意外とちゃんと人を見ているようだし。
『……レミレミ、わかんない!』
『……ふふ』
『それをいうならキミだってそうでしょ! インターノットのアカウント名にカリンちゃんの名前入れてるんだから!』
『ふぇっ』
バラさないでほしかったかなー!
回避を続ける間にも弾幕は更に追加され続ける。
何百どころか何千という数の攻撃を、一瞬で対応する必要があるのだから、凌ぎきってなお余裕のあるレミエールちゃんの能力は凄まじい。
任せてよかった。自分ならもう回避もせずに力で全部吹き飛ばして終わりになっていただろうから。
ていうか、レミエールちゃんに一つ言いたいことがあるんだけど。
『ん、なぁに?』
死ぬとかあんまり不吉な予言しないでよ。普通にすごい怖かったんだから。
『……そうだよね。それは、ごめん』
少しずつ、弾幕の数が減少する。
それは相手が生成し撃ち込んでくる量よりも、レミエールちゃんが誘爆させる量のほうが勝っていることの証左。
『キミは私に……それに、ベリにも似てるから。きっと自分の責任から逃げたりしない。だからきっとこうなるって、止められないって、わかってた』
買い被りすぎだと思うけどなぁ。
『ううん。実際、キミは
外面では顔色一つ変えず、弾幕を避け続けている。
『何が起こるのか、きっとわかってた。だから私は──』
そんなんじゃないよ。
彼女の言葉を、否定する。
そう。
そんなのではない。
何も考えてないし、何もわかってないし、ただ流されただけだ。
『え……?』
ぼくの行動に論理的な理由を求めないでほしいな!
『えぇ…………?』
実際、まぁ。
向こう側が仕掛けてくるなら今日だよな、とは思っていたけれど。
けれどその程度だ。
結局壁貼ってみんなの救助の邪魔しちゃったし。
想定と呼ぶにはまったく心構えができていない。
そう。
ぼくは普段、気を張ってカッコつけているだけで。
実のところ、抜けているのである──!
『いえ、それはわかってますけど……』
『いうほどカッコつけてもないわよね』
『味方に刺されちゃってるじゃん……ふふっ』
レミエールちゃんは、そう言って笑って。
『今、この結果にたどり着けて本当に良かったよ──それじゃ、さっさとあの結使をぶっ飛ばして終幕にしなきゃ』
結使ってなんだろう。
ちょっと嫌な予感がするワードだ。
『始まりの主の端末みたいなやつ! といってもあれはなんだか中に本体がいそうな気がするけど!』
なら良かった。
せっかくやることを見つけたというのに、無駄だったら悲しいから。
『──それじゃ、私はここまで』
巨人の眼前へと到達し。
体から光がすっと抜けていく。
『またいつか話そうね? ユーザーネーム『かりん党』さんっ』
『ほぇぇ……』
それやめてって言ってるじゃん!
あーもう。
まったく。
とんだ辱めにあった。
まぁいいや。
ここまで来たのなら、もうほとんどゴール。
未来へと進む道がどこにもないなら──それを作り出せばいい。
そのための力は、今──ここにある!
武器の形状を変化させる。
反りのある、見覚えのある刃に。
ぼくの中での、最強のイメージへと。
「技を借りるよ──雅ちゃん」
イメージするのは、彼女の修行に付き合った際に何度も見て目に焼き付けた剣技。
どうして人間の身体能力であんなことができるのか、理解が及ばなかった常識外の剣閃。
ずっと狙っていた、理想の決着へと至るための必殺技の
──準備は、とっくにできている。
そうして、振り抜かれた刃が世界を斬り裂き、暗雲を消し飛ばした。
綺麗な青空に散った光が瞬いて、世界を照らし出した。
断割した、始まりの主の前に立つ。
「──君はたぶん、魂の力を利用できる。ぼくと同じ体質なんだろうね」
だから、こちらが魂の力を使って倒そうとしても、向こうはそれを吸収して強くなって復活してしまう。
それじゃこの戦いはずっと終わらない。
お互いにすり減らしながら戦い続けるしかなくて。
だからこそ、決着をつける方法は魂に依らない手段で相手を倒す──これ以外にはない。
『──それで、どうする……我を倒したとして、結使が残っていればそれを媒介に復活できるというのに』
「嫌なこと聞いちゃったな。でもなおさら、それじゃ君のほうが有利だよね」
ところで。
「ぼくは、救世主として完成した──まぁ、狙ってはないんだけど……結果としてそうなったでしょ」
返事はない。
「でもぼくは死後の救いだとか、永遠の命だとか、信じてないんだよね」
いや、結果的に死後、カリンちゃんと逢ってぼくは救われたって言えるんだけれど。
それでもこの人生は苦難とともにあった。自分が消えていくような恐怖は、決して消せはしない。
「この力があれば神様にだってなれると思う。というか、もう半分くらいそうなってるか……でもぼくは神様なんて、なりたくないからさ」
てなわけで。
『──待て、何を──』
この力を
向こうはこちらの魂を自分のものにするために変換のための時間がかかるのだし。
そもそもみんなからもらった光を使えば干渉できない。
『──お前、は──!』
それに、捧げるものが多すぎる──自力でいえば始まりの主よりもぼくのほうが遥かに多い。
だから力をすべて捧げてしまえば、ぼくが死ぬまで始まりの主がこの檻から抜け出すことは不可能になる。
『──だが、お前が死んでしまえば──』
「何言ってるの、ぼくが死んだら君も死ぬよ。檻ごと消し飛ぶんだから当然でしょ?』
封印の際にそのくらいの条件付けはできる。
そもそも自分の神性をすべて擲つのだから、その程度の融通が効いてくれないと困るけど。
『──我を封印しても、ホロウは残り続ける──貴様が力を喪えば、人類は滅ぶだろう──我の勝ちだ──!』
「そうはならないよ。ぼくは信じてるから」
そもそも、ぼくはこの世界の異物だ。
それがなくなった程度で太刀打ちできなくなるような人たちじゃない。
むしろ始まりの主がここまで強くなったのはぼくの力を吸収したからというのもあって。
正直ぼくの存在って、この世界にとってマイナスのほうが大きいと思う。
と、いうことで。
「この世界に神様はいらない──ぼくも、君も、さっさと人の時代から退場してしまおう」
自分の中から神性を切り離していく。
救世主としての自分が、始まりの主を捕らえて体の奥底へと深く、深く沈んでいく。
もう二度と浮かび上がってくることはない。
みんなからもらった光が、散っていく。
もう留めておけなくなったから。
それでも、胸の中にすっと染み込んで、始まりの主の封印を補強していくのは──……たぶん、これまでホロウで亡くなってしまった人たちの想いなのだろう。
カリンちゃんも、シロさんも、この心の奥底にはもういない。
力がなくなってしまったのだから、便利に心を通わせたりなんて、することはできない。
さて。
現実に戻るんだから、そろそろまたカッコつけ直さなきゃいけないか。
「ぼく」って一人称はこの年だとダサいらしいし。
でもおにーさんには普通に似合ってるけどなぁ。
じゃ、なくて。
意識を切り替える。
「ふぅ」
目を開けると、壇上に立っていた。
体がやけに重たい。
槍が落ちてきた衝撃で、舞台はもう目も当てられないくらいに破損してしまっている。
立ってられなくなって、座り込んだ。
そんな俺に、リンちゃんとお兄さんが駆け寄ってくる。
「──ジューダス! 大丈夫!?」
「体は? 怪我はしてないかい?」
「ん、大丈夫。あー、でも疲れたかな……手ぇ貸して」
二人の手を取って、助け起こしてもらう。
軽く足を動かす。……うん、一人で立つの、結構しんどいな。
力がなくなった以上、転移ももう使えない。
……この体調で歩いて帰らなきゃいけないの?
しんど。
──と、そこで。
テレビのカメラがこちらに向いていることに気づいた。
叙勲式に訪れていた、メディアの人たちだろう。
遠巻きにカメラを向けてきている彼らの目は、一様に感激しているように見えた。
……。
「雅ちゃん、ちょっと手貸してー」
「ふむ。わかった」
そうして、雅ちゃんに支えてもらいながら、一番近くにあったテレビカメラへと近づいていく。
呆けているカメラマンの近くに、マイクがあったので軽く拝借。
「あー、あー」
これ放送に乗ってるのかな。
まぁいいや。
もう俺に力はないのだし。
ちゃんとみんなに言っておかないと。
ピースがふたつ。
なんか雅ちゃんも混ざってきたな。
「──普通の女の子に戻らせてもらいます!」
そうして俺は、『虚狩り』辞退の意を表明したのだった。