例えばそれはちえのわのような   作:moti-

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 ゼンゼロ、名刺で凸欲煽ってくるのほんとよくないとおもう(パイセンの完凸名刺ほしくなった人)


モエチャッカファイア

 

「ンナ、ンナ!」

 

 微かな揺れを感じる。先程までの、意識があやふやな微睡みは、それだけでどこかへ飛んでいった。

 

「んむ……」

 

 身じろぎひとつ。体を揺さぶる、程よい大きさのそれを、そのまま腕の中に抱き込んで、寝返りをうつ。

 

「ンナっ!? ンナ、ンナナ、ンナナナナナナ……」

 

「起きるからね、ちょっと待っててね……」

 

 と言って、瞼を何度か開閉する。目の前の霞が少しずつ、消えていく。

 それから少しして、俺は起き上がった。朝の眩しさに、頭はうまく働かない。とりあえず朝食を食べようか。

 

「いくよ、大福……あれ」

 

 大福──昨日拾ったボンプに声をかけるが、俺の腕の中で一切の反応を見せない。おや、と思う。

 まぁ仕方ない。先日の影響が残っているのだろう。

 

 あのときは、あえて()()()から。そう納得して、そのままリビングへと抱えて歩いていった。

 

 

「お、おはようございます、御主人様っ! ……あ、あれ? 御主人様? あ、あの……あぅ」

 

 

 ──何故かカリンちゃんが家にいて、俺の思考は停止した。俺に人のことを言う資格はない。

 

 

 

 

「……つまり、普段うちでご飯作ってくれるとこが使用人を連れて泊まり込みの仕事に行ったから、代わりにヴィクトリア家政を雇ったと」

 

「は、はい。そうなります」

 

 そもそも俺は誰かに朝ごはん作ってとか頼んでねーよ! というツッコミはさておき。

 どういう理屈でカリンちゃんが家にいたのかは、これで理解できた。

 

「ということなので、お戻りになられる数日の間、カリンが御主人様のメイドになります!」

 

「あ、うん。嬉しいよ。ありがとね」

 

「え、えへへ……お仕事ですから!」

 

 しかし、俺に何も言わずに勝手に雇うとは。

 金を減らしたいのに、これじゃ減らないではないか。

 

 そんなことを考えつつ、食卓につく。大福は充電用のドッグに接続。

 用意されていた料理は、朝食ということで、無難にパンとベーコンエッグ、サラダにスープである。残念ながら俺は料理に詳しくないので、どういう工夫を凝らしているのかはわからない。

 

「いただきます」

 

 とはいえ、それが美味いかどうかならば当然わかる。むぐむぐと口を動かして、中に何もなくなったのを確認してから、控えるように立っているカリンちゃんへと声をかけた。

 

「すっごい美味しいっ」

 

「──お、お口に合いましたかっ? 良かったです!」

 

 とてもかわいい。

 俺みたいな汚れ系よりもカリンちゃんみたいな人がちゃんと評価されるような世界であればいいのに、と思いつつ、俺は食事を終えた。皿の上から物が消えたのを確認してか、カリンちゃんが皿を取り下げる。

 と同時に、充電していた大福が再起動し、ぴょこんと飛び上がった。

 

 とても充実した、朝の話であった。

 

 

 

 

 ルミナスクエアに行こうと思っていたのだが、カリンちゃんが家にいるのであれば話は別だ。

 

 そう思いながら防音室へと入る。この広すぎる家には防音室の他に音響室、プール、トレーニングルーム、シアタールームなどが存在するのだが、残念ながら使い方がわからないので一度も使ったことがない。

 というか俺は基本的に寝室とリビング以外を使っていない。

 

 完全に宝の持ち腐れであるが、あってしまうものは仕方ない。

 そういうわけで、気が向いたときにここを使うことにしている。この間カリンちゃんに手伝ってもらって、いわゆる「歌ってみた」を録音したことはあるが、あれは特例。昔ちょっと抱いていた憧れの埋葬である。

 

「あ、あ、あー」

 

 この間カリンちゃんが清掃してくれたので、埃っぽさはあまりない。床も衝撃を吸収する素材でできているので、多少暴れたりしても、誰も気づけないだろう。そんなことはしないが。

 

 ──歌い始める。

 

 歌はあまり得意ではないが、女性の声帯を扱えるおかげで、あまり聞き苦しくはない。

 数少ない、転生して得したことのひとつだ。

 

 もともと前世から歌うことが好きだった。息を潜めていると、やっぱり胸が苦しくなるから。

 溜まった熱を吐き出すように、俺は歌う。

 残念ながらそんなにレパートリーはない。友達に教えてもらったり、今生になって聞き覚えのある歌を歌ったり。それもすぐに手札が尽きてしまう。

 

 軽く三曲ほど歌ってみて、一息ついた。少し汗ばんできて、気分が悪い。

 人前で大声を出すことは少ない。小さくぼそぼそと声帯から引っ張り出しても、何故かよく通ってしまうから。その程度の声で人をおかしくすることができるのに、どうして声を張ろうと思うのか。

 

 だから、こうして歌うのは新鮮で楽しい。胸元をぱたぱたと仰ぎ、風を通して、防音室から出る。

 

「ふわわっ」

 

「ンナっ」

 

「んえ」

 

 妙に手応えがあると思ったら、扉の向こうにカリンちゃんと大福がいた。聴かれていたのか、と少しだけ恥ずかしくなる。

 それよりも強いのは心配だが──カリンちゃんには何か変わった様子はない。なんでだろう。

 大福は昨日きっちり(思考回路)をクラックしたので今更の話である。

 

「あは、せめて言ってくれたら良かったなー」

 

「ご、ごご、ごめんなさい!」

 

「ンナー……」

 

「別にいいよ、気にしてないから。それよりも体調は大丈夫?」

 

「え……? は、はい。カリンは元気いっぱいです!」

 

「ンナ!」

 

「そっか。それならいいんだ」

 

 いや、本当に。

 この「美しさ」という才能は恐ろしいものなのである。俺が望む・望まざるに関わらず、最悪の場合人を壊してしまうから。

 

 自分が好きになった人を壊してしまうようなことがあれば、俺はきっと耐えられないから。

 不思議そうな顔をしているカリンちゃんの頭に手をやって、俺は曖昧に微笑んだ。

 

 

 

 少し汗をかいてしまい、このまま放置すると()()()になってしまうと思ったため、シャワーを浴びる。

 とても面倒な話であるが、体臭にも気をつけなくてはならない。家の中を適温に調整して、あまり外に出歩かないようにしているのはそれが原因だ。

 

 残り香ならあまり影響は少ないが、近くに人がいるときにはこれがとても危険なのである。というのを、これまでの人の反応から俺は学んだ。

 

 そういうわけでシャワーを浴びて、タオルでよく水気を切り、ドライヤーで丁寧に乾かす。

 

 鏡の中の自分は、何か憂いているような顔をしていた。こんな人間の何がいいのか、俺にはとんとわからない。

 目線が合う。まるで深淵のような目で、自分のものながら悍ましくて、目を逸らした。

 

 そのまま着替えてリビングに戻る。

 借りたビデオを物色していると、カリンちゃんがおずおずとやってきて、俺に聞いてきた。

 

「あの、御主人様。この家にはシアタールームがございますよね? お使いになられないんですか?」

 

「使い方わかんないもん」

 

「であれば、カリンが直ちに準備いたします! どうでしょうか?」

 

 とのことなので、お言葉に甘えることにした。

 カリンちゃんに観たい映画を手渡すと、すぐに彼女は動き始める。

 そこからあまり時間を置かずに、リビングに戻ってきたカリンちゃんが、俺を呼んだ。

 

「シアタールームの準備、完了しました! 室温も快適です!」

 

「わぁ、ありがとう! そうだ、カリンちゃんも一緒に観ようよ。俺、全然映画観たことないからさ」

 

「ふぇ、よ、よろしいのですか?」

 

「もちろん! 俺が一緒に観たいんだ」

 

「で、でしたら……ご一緒いたします」

 

「ンナ!」

 

「うん、大福も一緒にいこっか」

 

 ということで、ふたりを連れたってシアタールームへと入る。これまで一度も使ったことがない場所だったが、小規模とはいえしっかりとした作りで、ふたりとボンプ一体ではどこか寂しい。

 

 映画が始まる。もともと大画面で公開されていただけあって、迫力満点で面白かった。今回選んだのはアクション映画だ。

 

 目まぐるしい展開と、ド派手なアクションシーンは、大きいスクリーンで見るのにちょうどよかった。一般住宅では鳴らせないくらいの音量で見る映画は、それはそれは素晴らしい。

 

 ──もし自分で転生先を選べたなら、こんなふうに戦える人間になっただろう。

 

 残念ながら現実はそうならなかった。もっと鬱屈した何かに成り下がってしまった。身体能力はまったくなくて、エーテル適性もない。例えばホロウの中に入って活躍する調査員や、治安官のようにはなれやしない。

 

 今更のことである。俺には残念ながら、()()()()才能がないのだ。そんなことは、とっくのとうにわかっていたことだろう。

 

 

 

 

 

 

「ヒーローになりたかったな」

 

「……そうなんですか?」

 

 子供の頃の話だけど、と付け加える。

 映画を観終わってのこと。リビングへと戻ってきて、カリンちゃんが焼いたクッキーをつまみながら話す。

 

「あは。子供のときの話だよ?」

 

 と言いながら、前世の話はできないので適当なカバーストーリーを考える。

 

「ホロウに対抗する技術が生み出されなきゃ、たぶん人類は滅亡してたでしょ──旧都陥落なんてこともあったしさ。こんな不毛の世界に必要なのは、窮地を救ってくれるヒーローだと思ってた」

 

「…………」

 

「残念ながら俺には才能がない。()()()()()()()ヒーローにはなれやしないんだ」

 

 むしろ、その逆だろう。

 

 ──ホロウやエーテリアスなんかよりも、俺はこの世界にとっての脅威になれる。

 きっと、容易くこの世界を滅亡させられる。

 

 それでも、俺には喉から手が出るほどほしかった、才能という存在であることには間違いないのだが。

 

「ちょっと思い出しちゃった。あは、ごめんね。変なこと言っちゃってさ」

 

「いえ、変ではないと思います」

 

「ンナ……」

 

 俺が本当にほしかったのは何なんだろう。

 力なのか、正義なのか。正しさなのか、優しさなのか。

 そんな、今更どうにもならないことを考えている。

 

「……カリンは」

 

「……?」

 

 少し俯いていたカリンちゃんが、ぽつりと口を開いた。

 

「御主人様に、才能がないとは思いません」

 

「……あは。そうかな? 俺からすればカリンちゃんのほうがよっぽどすごいと思うけど」

 

「い、いえ、カリンなんてそんな……。ドジばっかりしちゃいますし……」

 

 でも、と彼女は続けて、俺に視線を向けてきた。

 強く、強く。

 

「──でも、御主人様は、人を助けられるし、幸せにできる人だと思います。少なくとも、御主人様のおかげで、カリンは最近幸せです……」

 

「ンナ!」

 

 ……これはまずい。俺の目線ではわかりにくかったが、もう彼女も手遅れか? いや、でも、それにしては……。

 

 最悪の結末を想像する。違う、俺はそんなこと望んでない。けど、いや、でも。いや、違う。彼女の目は、ちゃんと、俺以外を映している。でも、ダメになってたら。

 

 頭の中がぐるぐると回る。自分に向けた賛辞が、まるで空々しい。

 彼女は、俺の人生を変えてくれた人だ。俺に意味を与えてくれた人なのだ。

 

 眼と眼が合う。

 

「それに、昨日のことは、ライカンさんから聞いています! 確かに御主人様は、さっきの映画のヒーローのように、戦ったりはできないかもしれないけれど」

 

「ンナ、ンナナ、ナ!」

 

「それでも、御主人様は、カリンみたいな人たちや、どうしようもなくなってしまった人……そんな人たちを含めて、たくさんの人を、慈しんでくれます。それが救いになる人たちだって、います、から……」

 

「……そっか」

 

 もしダメなら、

 

「ねぇ、カリンちゃん」

 

「……は、はい! なんでしょう、御主人様っ」

 

 

 

 

 

「ありがとね」

 

 目の前の、美しい女性が指をふらりと動かした。

 クッキーをつまみ上げて、にへらと笑顔をこぼす。

 

 ──きれいだ、よりも先に。

 カリンの頭の中で警鐘が鳴った。

 

 

「はい、あーん」

 

 

 その言葉と同時に。

 

 目の前の女性以外が、世界から消えたような気がした。

 

(──え、え)

 

 違う、脳が彼女以外認識することを拒んでいる。

 それほど圧倒的な存在感と、鮮烈な美にあてられて、それでもカリンの頭はかろうじて思考を続ける。

 

(ひょ、ひょっとして)

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 これまで見ていたすべての感動がくだらないように思えるほど、目の前の彼女は美しかった。頭の中が、彼女のことでいっぱいになって、もう限界だというのにどんどんと詰め込まれる。

 感覚が、引き伸ばされていく。一秒が、いや一瞬が永遠になっていくようにすら感じられる。

 あまりの美しさに脳が悲鳴をあげて、。

 

 

「やっぱやーめたっ」

 

 

 その瞬間、全てが嘘だったかのように霧散した。

 

「──っ、? あ、ぇ、ぁ……」

 

「……体調は、よくなさそうだね。ごめんね、ちょっと休もう? ベッドまでいける?」

 

「……い、いえ、カリンは。大丈夫です……」

 

「無理しないで。そうだ、隣で子守唄、歌ってあげるから。ほら、一緒に行こう?」

 

 気づけば、カリンは布団の中で寝かされていた。

 抵抗ができなかった。未だに、世界に何もかもなくなったような感覚が拭えない。

 

 少しだけ、恐ろしい。

 けれど。

 

(……御主人様は、私達が()()()なように、いつも気をつけてくれているんですね)

 

 それよりも、彼女の心根の優しさを、何より痛烈に知ることができたから。

 

「……御主人様」

 

「どうしたの? どこか痛む?」

 

「い、いえっ、違いますっ……」

 

 カリンは、目の前の彼女のことを更に深く知れたような気がして、嬉しくなった。

 

「御主人様は、やっぱり、優しい人ですね」

 

 直後、急速に意識が薄れていく。

 あの一瞬の出来事で、脳のキャパシティは限界だったらしい。そのまま、流れるようにカリンは意識を手放した。

 

 

 

 

「……君のほうが、ずっと優しいよ」

 

 心臓が、酷く暴れている。彼女の頬を撫でる手が止まらない。そこにちゃんと血が通っていることが、何よりも喜ばしい。

 

 完全に気絶しているのを確認してから、俺は布団に深めに潜り込む。

 

「──怖かったぁぁ……!」

 

 自己肯定感が薄すぎるのも問題のようだ。俺はカリンちゃんの体に手を回して、その暖かさに安心する。

 カリンちゃんは、手遅れなんかじゃなかった。むしろフラットに近い状態だった。それをちょっとの制御ミスのおかげで理解するというのは、怪我の功名というか、なんというか。

 あの瞬間、彼女が()()()()()()()から、俺は気を取り直すことができた。

 

 彼女の人格どころか命まで危険に晒す、致命的なミスだ。カリンちゃんが精神的に強くなければ、そのまま命まで喪われていた可能性があるとなると、これは喜べるようなことじゃない。

 

「よかった、良かった……ほんとに良かった……」

 

 先程から恐怖で体が引き攣ってうまく動かない。息を吸うのも難しくて、じわじわと目元に熱が溜まっていく。

 

「ンナ!」

 

「ん、大福……ありがとね」

 

 大福が、気を遣ってティッシュを持ってきてくれる。この子に関しては、今更だ。すでに中毒症状を起こしているのだから。

 

 本当に。

 

 本当に本当に本当に。

 

 

「こんな才能、ほしくなかったな……」

 

 

 ぽつりとつぶやいた。

 

 今日、俺はまたひとつ、自分のことが嫌いになった。






今回のカリンちゃんが喰らったもの:Zip爆弾、あるいは実質無量空処。
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