お盆終わったんで更新ペース緩みます。
これは土下座なんですけど、カリンちゃんのエレンの呼称を完全に勘違いしていたことに気づいたんで修正しました。
「ちゃん」じゃなくて「さん」でした。わりと確信持って書いてたのでショックを受けています。申し訳ありませんでした。気をつけます。
数日が経って、カリンちゃんの雇用期限が終了した。
いつもどおり広すぎる家の中で、俺は過ごしている。
一人ではない。大福がご機嫌に遊び回っているので、見ていて退屈しない。
そういえば、ここ最近は忙しかったな。同衾を頼まれることもなかったし。──思えば俺が金を使うと決めてから、その話は寄ってこないようになっている。
おそらく配慮されているのだろう。そんなに気にすることじゃないのに、と思いながら、俺はまたベッドの上で身じろぎした。
とはいえ、そう簡単に自堕落が治るわけではない。ベッドの上でぼーっとして、時々かまってもらいにくる大福を撫でているだけでも、時間はつつがなく進んでいく。
意識がふわふわとする。眠たくはない。ただ、目を開けていられない。目を閉じたら、夢と現実の境目がまたたく間に曖昧になった。
夢を見ている。
誰かが、誰かを、殺している。
まだ若い女性のように見えた。血が流れている。吊るされている遺体から、ほんのわずかだけ血が滴り落ちていた。
血抜きをしていた、と気付いたのは、下に置かれた桶に血が集められていたからだ。わざわざザルまで設けて、血を集めている。
人を食うような夢を見ていた。
皮を剥ぎ、肉を切り取っている。
死んでいるのは、性別も、顔もわからない誰かだった。
両腕をくくりつけられて、だらりと垂れ下がっていた。
そして女は解体したばかりの生肉で腹を満たし、血で喉を潤した。
祈るようになにかを言った。
あるいは、白状するかのように。
俺はそれを見下ろしていた。
どこか安心しながら見ていた。
そんな翌日のことである。
また無気力に日々を過ごす予定だった俺のもとに、ノックノックのDMが届く。
特に予定はなかった。ひょっとするとリンちゃんから何かしらのお誘いかと思ったが、差出人を見るかぎりどうやら違うらしい。
送信相手は、カリンちゃんだった。
意外に思う。彼女がこのように連絡を送ってくるイメージがなかったからだ。
実際、DMの履歴を見返してみても、話題はこちらから振っていることが多い。
「『Random_Playに同行してくれ』、ねぇ」
リンちゃんと、そのお兄さんの経営するビデオ屋に行く、と。
他でもないカリンちゃんの頼みである。深く考えることもなく、即座に了承を返した。
さて、そうと決めたら着替えなくては。
押入れから服をいくつか引っ張りだす。
「大福、これから君にお仕事を与えます。いいかな?」
「ンナ? ンナっ!」
着替えつつ、指示を出す。こちらから何かお願いをしたことがはじめてだからか、大福はやる気をアピールするように手を掲げている。かわいい。
「これが①!」
「ンナ!」
一着目。軽く回ってみて、全体像をさっと見せる。
ベースボールキャップにラインを隠せる、少しオーバーサイズのTシャツ。ズボンはハーフパンツで。
いわゆるストリート系ファッションのテンプレートである。俺の雰囲気とはかなり違うと思うが、気分転換としては良いだろう。
軽く見せたら、すぐに脱ぎ捨てる。
「そしてこれが②!」
「ンナナ!」
次はベレー帽とワンピースだ。
シンプルかつ、大人しい感じで良いのではないだろうか。髪の毛はどうしようか、少し弄るのもいいかもしれない。
これは方向性としては、俺の印象に合っているかもしれない。基本的に陰気かつ無気力な人間なので、落ち着いた感じのする服とは相性が良いのである。
次。
「これが最後の……③だぁっ!」
「ンナナナー!!」
黒のドレス。少し装飾過多で、どちらかというとロリータファッションの系譜だろう。この通りほら、フリルもいっぱいである。
これは貰い物である。同衾のときにこれ系統の服を着てほしいとの要望があって、お仕事用と普段着用で何着かもらったのだ。
めんどくさいからあまり着ることがないし、一人で着るのが難しいから、これになった場合はカリンちゃんに手伝ってもらうことになる。
さて、大福の判決は。
「ンナ!」
③だ──っ!
知ってた。順当な結果である。
ということで、髪もふんわりと整えて、カリンちゃんに手伝ってもらって装備変更。
基本的に楽な服装しかしてこなかったからか、家に到着して俺の姿を見て、カリンちゃんは硬直。
しかし俺が着替えの手伝いを要求したので、あっという間に再起動を果たしてしまった。
写真でも撮っておけばよかった、とわずかに後悔している。
「お姫様みたいですね、御主人様っ」
「それなら、カリンちゃんはお姫様のメイドってことで、すごいことなんじゃない?」
「そ、そうでしょうか……? ……光栄ですが、カリンにはちょっと荷が重いです……ライカンさんや、リナさんのほうが……」
「そんなことないよ。誰でもいいってわけじゃないんだ」
軽く振り向いて、頬を撫でる。
そのまま、両手で顔を固定した。
正面から見据えると、顔を動かせないから、必死に目を逸らそうとする。逃げるその目を、上半身を動かして、追いかけた。
少しして、彼女は諦めたかのように目を伏せた。
「俺が一緒にいてほしいのは、カリンちゃんだから」
「──そ、そうなのですね……」
俺の言葉に、カリンちゃんは目を見開いて、頬を赤く染める。
彼女はなにか言いたそうに口を何度か開閉し、困ったように眉を曲げる。
言いたいことは言ったので、彼女の頬を解放する。
すごくもちもちであった。
「ご、御主人様」
動き出そうと背を向けた俺に、カリンちゃんからの言葉がかかる。
「か、カリン……御主人様のおかげで、一人前のメイドさんに近づいてると、思います。本当に、ありがとうございます!」
「あは……それなら良かったよ」
一度振り向いて、笑って、またすぐに背を向けた。
レンタルビデオ屋、「Random_Play」の店内にて。
「おや、ようこそいらっしゃいませ」
店の中に入った俺達を出迎えたのはリンちゃんでも、お兄さんでも、はたまた店番のボンプでもなく、白髪の、メイド服を着た女性だった。
カリンちゃんと服装の意匠が似ている。おそらくヴィクトリア家政のメンバーの一人なのだろう。
「はじめまして、ミスター・ノーバディ様。私はアレクサンドリナ・セバスチャン。ヴィクトリア家政のメイド長を務めていますわ。どうかお気軽に、『リナ』とお呼びくださいませ」
「つまり、カリンちゃんの上司か。よろしくね、リナさん」
「ええ、こちらこそよろしくお願い致します」
しかし状況が読めない。なぜ彼女がここにいるのか、果たしてリンちゃんたちはどこへ行ったのか。
説明を求めてリナさんとカリンちゃんの間で視線を動かす。
「そうですね、少しややこしい状態でして、説明が長くなってしまいますので……こちらにお菓子を用意してあります。こちらを戴きながら、お話をいたしましょうか」
「ふぇぇっ!?」
カリンちゃんが派手に動揺する。
直後、取り出されたお菓子は──なんというか、あまり美味しそうな見た目はしていなかった。
「あら、カリンちゃん? どうかしましたか?」
「い、いえ……そのぅ……」
「いただきます」
まぁ、食べられないことはないだろう。
口に入れる。
「あぁ……あっ……」
「んむ」
先ほどからカリンちゃんが明らかに慌てている。
まぁたしかに、これはかなり、食べてはいけないものに近い味がしている。
というか食べ物への冒涜と言いたいような味である。なぜ料理をしてこれになってしまうのだろうか。何入れたらこんなことになるんだ。
しかしまぁ、食べられないものではない。
無言で二つ目に手を伸ばすと、カリンちゃんが「信じられない」とでも言いたげな目を向けた。
やっぱ身内視点でもヤバいんだこれ……。
「まぁ! 気に入ってくださいましたようですね」
「あは、まーね。でもちょっと特徴的で、人を選ぶ味だから、苦手な子もいると思う。あんまり無理強いしないようにね?」
「ふぇぇぇぇ……?」
カリンちゃんがさっき着替え手伝ったときくらい機能停止してる……。
おそらく、おおよそ食べ物という体をかろうじて為しているだけのこのお菓子を彼女も食べたことがあるのだろう。
確かに俺はこの間、激辛の火鍋でノックアウトされた。しかしそれはあくまで辛さが原因だ。
逆に言えば俺は、
だって辛いのって、痛いし、苦しいじゃないか。
なんであんなの好んで食べるのかわからん。俺に言わせてもらえばこっちのほうがまだ食べられる。
まぁ、あの火鍋は辛いのに美味しかったけど……。辛い時点でマイナス。
「さて、では今回の件についてお話致します。先日、ミスター・ノーバディ様と店主様、カリンちゃんの三名で火鍋を食べに行ったとのことですが……」
「うん。そうだね」
「その際に、店主様が撮った写真が、こちらにございます。それがその、少々刺激が強い代物でして……」
ああ、なるほど。
つまり写真を撮ったリンちゃんが気を取り直してから再度写真を見て、何かしらの支障をきたした、と。
「複製・現像しようと写真データをコンピュータで読み込んだところ、「Random_Play」のシステムに問題が起こったようでして。店内のボンプの回路がショート、コンピュータのシステムがダウン、更には店主様方も魅了に当てられてダウン……とのことですわ。しかもここのコンピュータはとても高機能で、街の色々なシステムとの交流があったらしく……現在新エリー都内にある多くのネットワークシステムがダウンしているようです。世間ではサイバーテロか、との噂で持ち切りですわね」
──だ、大惨事!
まさかの事態である。
とはいえ写真だけでクラッキングができるほど、俺の魅了というのは強力ではないはずだ。
人間ならまだ可能だろう。しかし、写真越しにボンプやコンピュータへの干渉ができるほどの能力はない。
そもそもボンプなどの機械に対して干渉を行うには、人間に向けるよりもより強く魅了を当てる必要がある。
だから大福を拾った際、わざわざ自分の中で意識を切り替える必要があったのだ。
あれを多用していると自分の中で制御が甘くなっていく気がするから、あんまりやりたくないんだけれど。
ともあれ、自分の中で能力の限界値を、あらかた理解しているからこそ、その言葉は素直には信じられなかった。
「リンちゃん方はともかく、コンピュータ? それは写真じゃ無理だよ。一応コンピュータへの干渉もできるけど、その場合はコンピュータに触れた状態じゃないといけないし、人体に有害なレベルの出力が必要だから」
「うふふ、美しさをまるでなにかの能力かのように仰るのですね。コンピュータに影響が出た理由は、店主様から推測を伺っていますわ。何でも、このお店のコンピュータには高性能なAIを搭載しているようでして……そのAIが、貴方様の美しさによってエラーを起こした、というのが原因のようだ、と」
「あは……」
愛想笑いをするしかなかった。
なんて玉突き事故。偏にこのお店のAIが超がつくほど高性能なせいでこうなるとは……。
俺のあの写真を読み込んで影響があるということは、そのAIには人間と変わらないほどの思考力と感性があるということだ。複雑な事象を「理解」できるAI、ということになる。
なぜこんな小ぢんまりとした街のビデオ屋に、そんなAIを搭載したコンピュータがあるのか。
まさかの事態になっていることに、俺は頭を抱えた。
どうしてこんなことになるんだよ。誰が予想できる。
「というかなんでリナさんはこちらへ? この一件にはあんまり関係がないような気がするんですけど……」
「それは、ですが……」
と、ここで彼女はカリンちゃんを見る。
視線を向けられた気弱な少女は、チェーンソーを抱いてびくりと肩を震わせた。
「店主様に『お願い』されたのですわ。それで、友人として事態の解決のお手伝いを、と。それにどうやら、彼女が写真を電子化した理由は、カリンちゃんに複製データを送るためだったようでして……」
「す、すみません! ぜ、全部、ぜんぶカリンのせいですぅ……!」
「いえ、こうなるとは誰も予想できなかったことですし……それに、ご友人との私的なやり取りにまで口を出す気はありません。あまり落ち込まず、次に同じことを繰り返さないように気をつければ良いのですわ。とはいえ、失態であることは事実。ですので、我々ヴィクトリア家政はこの一件を完璧に解決しなくてはなりません」
「しょうがねーナ!」
「しょうがナイ! しょうがナイ!」
「……………………」
まぁ、たしかにカリンちゃんもあの場にいたし、すんごい笑顔だったけれど。
とんでもない事態になったけれど、リナさんはカリンちゃんを責める気がないようだ。更に、彼女の左右で浮いていたボンプも、ふわりとカリンちゃんの方向へと移動して、落ち込んだ彼女を慰めている。
「俺に何をしてほしいの?」
「……店主様が、どうも夢うつつというか、意識が朦朧としているようでして。おそらく貴方様以外の声には反応しないような状態なのです。おそらくは、貴方様以外に立ち直らせることのできる方はいません。非常に申し訳のないことですが……お力を貸していただきたく。勿論、貴方様の手を借りるだけの報酬は用意いたしますわ」
そう言って、彼女はこちらに頭を下げた。
「あは。いいよ。報酬なんかもいらないし──むしろ、ここで言ってくれなくて、そのままお店の人たちが寝たきりってなったら、そっちのほうが許せないもん」
うん。だから、何も頭を下げる必要なんかない。
だって、友達を助けるのに、理由も見返りもいらないから。
とはいえ、ちょっと困る。これはうまくいくかどうかもわからないから。
要するに、今のリンちゃんたちは、脳に送られた膨大な情報が抜けきらないのだろう。
しかし人間の脳には忘れる機能がある。
つまり、その膨大な情報を忘れ去るだけの何かしら一つの強い情報を一時的に当てて、上書きすれば良いのかな……?
──やってみるか。肺の中の空気を入れ替えて、俺の中でチャンネルが切り替わった。
「──それで■■様は、どうでしたか……?」
一連の騒動は、無事に解決した。あの美しい少女は、無事にあの難題を解決してみせた。
ここからは、また別の話。
店主たちがお礼を言い、カリンが美しい少女を家まで送って、ヴィクトリア家政の使用人が待機する部屋に戻ってきてからの話。
「そうねぇ……」
見ているだけで心を失ってしまいそうなほど美しい写真を覗き込みながら、アレクサンドリナ・セバスチャンは考える。
あの美しい彼女についての話である。
今回、彼女を頼ったのにはもう一つの理由がある。
それはカリンが見たあの少女の像が、本当に正しいのかどうかを調査するためだ。
他でもないカリンからの『お願い』である。
一度も美しい女に会ったことがない上に、驚くほど憔悴したカリンからのDMを受けて心配もしていたリナに、それを断る気はなかった。
「一つ言えるのは……彼女は、幼少期にあまり良い扱いを受けていないのでしょう。節々にその痕跡が見えますわ」
たとえば、誰に対しても愛想の良い笑顔で、無難な対応をやりすごすところ。
口癖となっている「あは」というとってつけたような愛想笑い。
私生活での無気力な様子。
大金を手にしてもその使い方がわからないところ。
感情の制御が甘く、すぐに表情が変わるところ。
何かしら訳ありな人間に対して同情的な姿勢であるところ。
これらを挙げていくと、カリンは思うところがあったようで、顔を曇らせて俯いてしまった。
「──あの美しさはきっと、彼女を守るための盾ですわ。人はそれに目が眩んで、彼女の本当の姿が見えなくなるのでしょう。現に、私はカリンちゃんが告げた彼女の『本名』を認識できないままでいる」
「……そ、そんな……リナさんでも、ダメなんですか……?」
「私だけではありませんよ。店主様もそのようです。つまり……カリンちゃん以上に、彼女のことを深く理解して、気を許されている人物は、おそらくいないでしょう」
「……………………」
そんな美しさなんてものが、天然で生まれてくるのだろうか。それもひどい環境で過ごしていた人間が、持っているようなものだろうか?
などという懸念はあるが、それでもリナは、「そうなのだろう」と直感していた。
あれは盾か、あるいは囲いだ。彼女の一番大事な部分を守り、覆い隠すための。
「ですのでカリンちゃん。あなたが彼女を特別で、大事だと思うのであれば、今のまま関わっていくのが良いと思いますわ。彼女、今回の騒動でカリンちゃんに原因があると言った際、かなりムッとしていましたから。愛されていますわね」
「ふぇっ──」
カリンが、動揺して頬を染めた。
おそらく、あの少女は人間を好きになりやすい気質の人間なのだろう。何度か関わった人間に対しては愛情深い上に、あの能力で人を狂わせてしまわないように細心の注意を払っていることもわかる。
そんな少女が、あれだけ心を閉ざすようになった過去を考え、リナはわずかに目を細める。
(──あまり、いい気分はしませんね)
鳥籠の中で、誰にも心を許さず閉じこもっていた少女。
そんな彼女が、少しずつ前向きに生きられるようになっている現状は、喜ばしいことだろう。
などと、今日初めて会った少女のことを考えている時点で、美しさに当てられているのだろうか。
そう思って改めて、その美しさが人智を超えたものなのだとリナは実感した。けれどもそれは、嫌な気分ではなかった。