透き通る世界を照らす赫き星   作:お茶犬大家族

26 / 26
秘境の観光マナー

 

 

 

「まさか、こんな所にあったとはな」

 

 不知火カヤが新たな連邦生徒会長代行となり、FOX小隊・BEETLE小隊と名乗る者達と出会った日の翌日、私はとある場所へと訪れていた。

 そこは天から降り注ぐ煌びやかな光に照らされ、薄浅葱の湖を囲う形で色とりどりの草花が咲き誇る秘境。

 

 

 そう、私がキヴォトスに降り立ったあの日。星流ホムラとしての始まりの地だ。その湖の畔に生い茂る芝生に、私は背中から倒れ込む。最初にここに来た時は気付かなかったが、ここは人里からかなり離れた山奥にあったようで、改めて見つけるのには大分苦労した。

 本来なら今日もシャーレの業務をするつもりだったが、坊から最近働き詰めだと咎められた。それでも私は平気だと言い返すも、結局奴との押し問答に負けてしまい、渋々休暇を取る事にしたのだ。

 

 しかしいざ、こうして都会の喧騒から離れてみれば、久々に味わう大自然の感覚に心が洗われていく。耳を澄ますと小鳥の囀りや、草木を揺らすそよ風の音、静かに波打つ水面の音が鼓膜に伝わる。また心地よく照らす日の光や、森林が放つ独特の匂い、微かに聞こえる人間の少女の声のどれもに、かつて龍であった頃の私に戻っていくような感覚さえしていた。

 

 

(……なに、人間の声?)

 

 

 その不自然さに気がついた途端、私の体は無意識に起き上がり、すぐさま声のしたほうに目を向ける。次第に木陰から姿を現したその女は、私とって非常に記憶に新しい人間であった。

 

 

「変わっていないな、ここも――って、あれ? 君は……ホムラくん?」

 

 

 間違いない、元SRT特殊学園BEETLE小隊長の蒼鶏ツキノだ。その姿を視認した刹那、昨日の出来事が脳裏に去来した。

 

 

 

『次に会った時こそ、敵同士かもしれないね?』

 

 

「――ッ、上等!!」

 

 

 先手必勝と素早く拳銃を抜き、いざ踏み出そうとした刹那――

 

 

 

「っ! 待って!!」

 

 

 

 静止を嘆願する奴の焦り声で思わず身体が固まってしまった。私の動きが止まった事を確認し、ツキノは自身の武装をするするとその場に脱ぎ捨て、彼方へと蹴り飛ばす。

 

 

「ここでは……争いたくないんだ」

 

 

 するとゆっくりと両腕を上げ、先日のおちゃらけた言動が嘘かのような研ぎ澄まされた目で私を見据える。……ここまで無抵抗の意思を顕にされたらやる気も削がれるというもの。こちらも構えていた拳を下げ、臨戦体制を解く。

 

 

「……うん、ありがとう」

 

 

 こちらに戦意が無くなったことを理解すると、向こうも掲げていた両手をすっと下げる。そして湖の沿岸まですたすたと歩き、腰を降ろすと自身の右隣の芝生を叩いた。

 

 

「ほら、こっちおいでよ」

 

 

 その言葉に一瞬だけ、奴の罠ではないかとも考えた。しかし先程のツキノの台詞は間違いなく本心。ここで乱闘騒ぎになるような真似はしないだろうと、奴のお誘い通りに隣に座った。

 

 

「綺麗な湖だろう? ここは僕が小さい頃から足繁く通っている思い出の場所でね、僕にとっての秘密基地なんだ」

 

「確かにこれは実に美しい。訪れたくなる気持ちは重々理解できる」

 

「おやおや? 君も案外、自然の風景に興味があるんだね」

 

「私が何もかもに無頓着な菩薩に思えたか? 私だって趣味の一つや二つ持つさ」

 

 

 確かに()()()の存在こそ、私の生きる意味を決定付けるものだった。だがそれまでに、世界各地の絶景を巡っていたのは単なる暇つぶしではなかった。それは紛れもなく、私の趣味と呼べる生活習慣の一部だったのだ。

 

 

「そっか。だだ君も知っての通り、ここは滅多に人目につく事のないような場所だ。どこの観光ブックや旅行雑誌にも取り上げられていない辺境の地……の筈なんだけど」

 

 

「ねぇ、君はどうやってここまで来たの? どうやってここを知ったんだい?」

 

 

 ツキノはいきなりこちらに身を乗り出し、瞳の奥まで覗き込むように私を見る。ただ普通に聞かれているだけなのに、なんだ? その言葉の節々からどことなく圧を感じる。……納得されるかは分からんが、なるべく正直に言っておこう。

 

 

「私がここを知ったのは本当に偶然だ。ふらりふらりと旅をし、そんな中たまたま降り立った地がこの場所でな。誰かに教えてもらったという事はない」

 

「……嘘をついている目ではないね。分かった、信じよう」

 

「なんだ? この秘境を誰にも見せたくないという独占欲か?」

 

 

 依然として訝しげな面持ちではあるものの、半ば納得したように奴は身を引く。

 続けて私が放った台詞に大した意図はなかった。先日の仕返しとして、ほんの少し揶揄うぐらいの感覚でいたつもりだった。

 

 

「ははっ! 独り占めねぇ――

 

 

 

 

そんなわけないだろ」

 

 

「ッッ!?」

 

 

 その瞬間、奴から尋常ならざる殺気が放たれ、全身の毛が逆立つ感覚が走った! だが即座にそのプレッシャーは解かれ、彼女は両手をあわあわと動かせる。

 

 

「ああっ!? ごめん! 驚かせちゃったよね?」

 

「いや……気にしていない。私のほうこそ、何か気に障る事を言ったようで悪かった」

 

「もういいよ。僕も昨日やる事やってるし、お互い様さ!」

 

 

 ツキノは笑って誤魔化し場を納めようとするが、ひくついた眉からは未だに怒気が滲み出ている。

 私は一体、何を間違えてしまったんだ? どうして奴の逆鱗に触れてしまったんだ? そう自問自答を繰り返していると、対岸にある鬱蒼とした樹々の奥から何やら地鳴りが響き渡る。更にそれは段々とこちらに向かってきていた。

 

 

「なんだこの音は……?」

 

「ああ、もしかしたらあの子かな?」

 

 

 あの子? ツキノが呟いた言葉に引っ掛かりを覚えた途端、何者かが草の根を掻き分け、その正体を露わにする。なんとそいつは私にとって見覚えのある存在。それも本来ならキヴォトスに生息する筈のない生物であった。

 

 

「……まさか、最初に出会うモンスターが貴様とはな」

 

 

 眼前の生物は体中を重厚な外殻で覆い、悠然たる体格を誇る大型の牙獣種。同じ牙獣種の中でも突出したその巨体は、まさしく巨神と評せる存在感を曝け出す。

 『王域三公』という肩書きを付与された、そのモンスターの名は――

  

 

 

「なあ、剛纏獣(ごうてんじゅう)ガランゴルムよ」

 

 

 

 だがここで一つの疑問が浮かび上がる。それは私が人間に近しい出立ちであるのに対し、何故か向こうは獣の姿のままキヴォトスに転移しているのだ。奴と私の相違点、それは古龍であるかそうでないかの違いくらいだが……。

 

 

(本当にそれだけなのか? また別の意味があるのではないか?)

 

 

 などと、考え得る可能性を頭の中で練っていたところを野太い唸り声で強制的に中断させられる。その声の主は剛纏獣であり、向こうも私の正体を察したようでいつでも戦闘に入れる体制だ。

 いいだろう、貴様がそのつもりなら私は喜んで迎え討ってやる。相手にとって不足はなしだと、腰にあてた拳銃に手を伸ばした。

 

 

「はいストーップ! 落ち着いてね、お互いに」

 

 

 あと数秒も経てば戦いの火蓋が切られる。そう思われた矢先、私達の間にツキノが割って入った事でそれは打ち切られた。

 

 

「もー。ホムラくん、警戒するのは分かるけど、争い事はしないでってさっきも言ったでしょ!」

 

「……すまん」

 

「君もだよ。君は図体もデカいし強面なんだから、そう威嚇しないの!」

 

「……」

 

 

 ツキノはまるで兄弟喧嘩を収める母親のように私達を諌める。私は弁明もせずただ一言謝り、一方の剛纏獣も気まずい空気であるのを理解したようで、どこか申し訳なさそうな表情を浮かべる。そしてそっぽを向いた奴は少し盛り上がった丘のような場所までのしのしと移動し、大きな欠伸をすると徐に寝そべった。

 

 

「ふぅ〜。危機一髪、だったね。それはそうとガランゴルム――それがあの子の名前でいいのかな?」

 

「ああ。だがお前は、奴が怖くないのか」

 

「そりゃあ僕も初めて会った時はちびりそうになったよ。でもこの子を少しずつ観察していくと、何だか温厚というか無垢というか、害意とは程遠いような気性だっていうのは何となく分かってきたから」

 

 

 そう論説しながらツキノは剛纏獣の側まで接近し、その頰を撫でる。相手もまたうっすらと目を開き、満更でもないといった表情でそれを受け入れていた。

 

 

「確かにこいつは無骨な巨体とは裏腹に、かなり臆病な性格をしている生物だ。一度縄張りを決めたら滅多にそこから移動する事はなく、無駄な争いもとことん避ける。主食はキノコなどの菌類であり、他の動物の肉を喰らう事はない」

 

「なるほどね。歯の形状から大体の予想はついていたけど、やっぱり肉食動物ではなかったか」

 

「とは云え用心しろ。ひとたびそいつの逆鱗に触れるような事があれば、持ち前の圧倒的巨躯と剛力により周囲は忽ち更地と化すだろう」

 

「あはは……肝に銘じておくよ」

 

 

 私の忠告に奴は苦笑いを浮かべる。次に私はとある疑問をツキノに問い掛けた。

 

 

「その、なんだ。どうしてそこまで、この泉で暴れてほしくないんだ?」

 

 

 私はどうしてもそれが気掛かりだったのだ。ただ先の修羅場もあるため、彼女が話してくれるかどうかは定かではなかった。

 図々しいのも承知の上であったが、意外にもツキノはすんなりとこう答える。

 

 

「僕はね、ただ壊されたくないだけなんだ。この甘美な風景を誰にも」

 

「……と言うと?」

 

「この地球の歴史において、これまで多種多様な動物が誕生しては絶滅していった。絶滅する理由も様々で、生存争いでの敗北や気候変動、巨大隕石の衝突といったものがある」

 

「だけど中には、人間の汚い我欲によって乱獲されたり棲み家を追われたせいで絶滅した生物もいた。ここね、凄いんだよ。夏になると真っ暗な森林を蛍達が幻想的に灯りを点け、秋に近づけば鈴虫や松虫が素敵な演奏会を開催する。虫達だけじゃなくここは小鳥や小動物、そして今はガランゴルムも集まる大自然が生み出した憩いの場だ。それを人々が好き勝手に暴れ、終いには荒れ果てた死地になるなんて事があってはならない」

 

 

「だから僕はそいつらからここを守る。たとえエゴと言われようが、偽善者と罵られようが、僕の宝物を絶対に壊させない」

 

 

 そう説く彼女の面持ちはこれまで以上に引き締まっており、一切の混じり気がない信念がひしひしと伝わってきた。

 

 

「まさか、貴様がSRT特殊学園の人間となった目的は――」

 

「うん。特殊部隊と言うよりむしろ、自然保護官としての夢が大きかったかな。森林や砂漠、海洋に雪原といった、それぞれの環境が築いた生態系の秩序を保つため、僕は戦い続ける」

 

「なるほど。だがガランゴルムとて、言うなれば外来種だ。奴の存在そのものが、この森の生態系を乱すとなれば……お前はどうする気だ?」

 

「……その時はその時さ。『滅私奉公』それがSRT特殊学園の指針だからね」

 

 

 少し考え込むような仕草は見せたものの、いざ出した返答に偽りは無かった。そうして静寂した空気が流れること数刻、奴は突如として手を叩く。

 

 

「よしっ、しんみりした話はおしまい! あっ、そうだ。君、さっき世界中を飛び回ったって言ってたよね? こんな物珍しい生物がいた〜なんて話があれば聞きたいな!」

 

 

 淀んだ空気から一転。ツキノは無邪気な子供みたく私に問い掛けてくる。その天真爛漫な瞳に、私は自然とこう答えていた。

 

 

「一癖も二癖もある連中ばかりだ、心して聞くがいい」

 

 

 

 

 

 

「いや雌のカマキリが雄を食べたりすることはあるけどさ、番を地面に叩きつけて殺してから貪り食う虫とか初めて聞いたよ? 恐妻家ってやつかな……」

 

「緩いな。実を言うとそいつの亜種にあたる生物がいるのだが、そちらは自分の体液ブレスと共に雄を射出するような鬼畜だぞ」

 

「……ちなみにその雄はどうなるの?」

 

「普通に木っ端微塵だが?」

 

「世界って広いなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

「砂漠に潜む蜘蛛か。となると糸はあんまり使わずに、地中からの奇襲とかが基本かな?」

 

「それもあるが、当たり前のように空に糸を伸ばし、ワイヤーアクションさながらのアクロバティックな動きも見せていたな」

 

「……ねえ、それどこに糸ひっかけてるの?」

 

「やめろ、それ以上世界の闇に触れるな。死ぬ事になるぞ」

 

「えぇ……」

 

 

 

 

 

 

「マジで? そんなおっかない怪物達を一人で倒しちゃうとか、同じ人間とは思えないなぁ……」

 

「そう思うだろう? だが別の地方に送られた際、そこに棲まう鳥公一匹にそいつは完封されてしまったようでな」

 

「そんな人でもか……もしかしてその鳥って生態系の頂点だったり!?」

 

「いや、新米に充てられやすい雑魚の筈なのだが?」

 

「ごめん、パワーバランスがイマイチ掴めない」

 

「私に言われても困る」

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、面白い話を聞けてよかったよ! いい羽伸ばしになった!」

 

 

 芝生に腰を下ろしていたツキノが満足そうに笑うと、勢いよく大の字に寝転がる。

 

 

「やっぱりキヴォトスの外には、僕の知らない世界がいっぱい広がっているんだなぁ……。いつかこの目で見てみたいなぁ……」

 

「……そうだな。いつかは行けるといいな」

 

 

 そう呟き天を見上げるツキノの目は、純粋無垢な子供のように輝いていた。だが今まで話していた物事は、キヴォトスの外や並行世界のキヴォトスどころか、まったくの別世界の話なのだ。私でも方法が分からない状況で、ツキノがあの世界に行ける算段などある筈もない。

 

 

(少し意地悪かもしれないが、真実を言ったところで素直に受け取りはしないだろう。悪く思うな)

 

 

 そう心の中で奴に謝った瞬間だった。突如麓のほうから爆音が木霊し、小動物や小鳥達が一斉に逃げ回る。

 異変を即座に感じ取ったツキノはすっくと起き上がった。

 

 

「……どうやら招かれざるお客様がやってきたようだ。出来るだけ穏便に済ませたいけど」

 

「ああ。どうせ友好的ではないだろうが、やむを得ぬ場合は……」

 

「あれ、手伝ってくれるの?」

 

「無礼を働いた詫びさ。それに私も、この湖が壊されるのは堪える」

 

「オッケー!」

 

 

 ツキノは指を弾き、外していた装備を再度整えに向かう。そうして出発の準備を終えるまで十秒もかからなかった。

 

 

「お待たせ。それじゃあ行こうか!」

 

 

 その言葉を合図に、私達は同時に上空へ飛翔する。そうして彼女と下山していく最中、ツキノが不意に口を開いた。

 

 

「ねえねえ。もしかしてなんだけどさ、その超常的な君の身体機能の理由として、何か鳥類の気嚢みたいな器官を持っていたりする?」

 

「……好きに推測しておけ。それが正解でいい」

 

「ふーん。まあそれでも、音速に匹敵する速度なんて普通はありえないけど」

 

(とは言っても、現時点では音速を超えた少し先ぐらいの速度が限界だがな。いずれは音速の10倍以上に到達してみせよう)

 

 

 それにしても剽軽な性格のくせして色々と冴える頭。この手の輩は敵に回すとかなり厄介だ。いずれ本格的に敵対する事を考慮すれば、奴の戦い方を見ておいて損はない。

 あれやこれやと考えている内に、あっという間に山の麓まで辿り着く。地上から20mほど離れた高さを二人で巡回していると、数十人規模の不良集団が目に入った。奴ら、何か話しているな……。

 

 

 

「リーダーぁ、こんな未開の地に希少な生物がいるって噂は本当なんすか? ガセネタ掴まされたんじゃあ……」

 

「いいや必ずいる! 火の無い所に煙は立たねぇもんだ。それじゃあてめえら! 手分けして探すぞ!!」

 

 

 今のやり取りで大方察しがついた。何かしらの珍しい生物の噂を聞きつけ、密猟して大儲けなどと考えているのだろう。もしそうだとすれば私は無論、隣にいるツキノが許す筈ない。

 

 

「ツキノ、奴らをどうする――って、いない!?」

 

 

 隣に目を向けるが、先程までそこにいた筈の人物が忽然と姿を消した。まさかと思い地上に目を向けると――

 

 

「よーし! なら僕は空から調査しようかな!」

 

「おう、頼んだぞ――って、誰だオメェ!?」

 

 

 なんとツキノは集団の中にしれっと混ざっており、スケバン一同は突然現れた女に驚嘆する。

 

 

「なんだこの女!? どっから現れた!?」

 

「ハロー、ミスならず者。僕はツキノ、気軽に呼んで! 『スパークリングナイト』って付けてくれてもいいよ!」

 

「うっせぇ!」

 

 

 ツキノのお気楽な言動に逆上し、近くにいた不良が奴の口を黙らせようと殴りかかる。

 

 

「よっと」

 

「ぐべぇ!」

 

 

 しかしそんな一撃を喰らうほど奴は甘くなく、それをひらりと避けると背後を晒したそいつの膝裏を小突いて転倒させた。

 

 

「お嬢さん達、改めて聞くけど何が目的でここに来たのかな? さっきまでの口振りからしてピクニックなんて線はないでしょ」

 

「聞かれてたのなら仕方ねえな。なんでもこの辺で珍しい生き物がいるかもしれないって噂があってな、アタシらはソイツを捕まえ来ただけよ」

 

「ご丁寧な説明をどうも。で、その生物を捕まえてどうするつもりだい?」

 

「ハッ、決まってんだろ! そんだけ珍しい生き物ならよ、売っ払えば一攫千金を狙えるチャンスじゃねえか! なんだったらお前も仲間に入れてやろうか?」

 

 

 そう答えるリーダー格と思わしき小娘の顔は醜悪に歪んでいた。やはり薄汚れた金銭目的だったか。それが分かった今、看過する事などできん。

 

 

「どの時代にも、貴様らのような人間がいるのだな」

 

「また一人増えやがっ――いま空から来てなかったか? まあなんでもいいが、邪魔しようなんて考えはしないほうがいいぜ。この人数差が見えない訳ないだろ? それによ、猟師だって熊を仕留めて生業を立ててるんだ。似たようなもんだと思うがね」

 

「ふざけるな。あの者達は――」

 

 

「ホムラくん、やっぱり手を出さなくていいや。彼女達は僕一人で片付ける」

 

 

 戯言を言う連中にたまらず踏み出そうとしたその時、ツキノが腕で私を制止する。彼女の眼光はとても鋭く、表面上でこそ静かだが内では激しく憤っているのが一目で分かった。

 

 

「熊を引き合いに出したね。確かに彼らは時に登山客を襲い、またある時は市街地に降りて市民を脅かす。ある国では一頭の(ヒグマ)が10人以上の村人を死傷したなんて話もあるくらいだ」

 

「だけど彼らには少なくとも、君達のような悪意なんて持ってない。向こうは自分や子の命を繋ぐために人間を襲うんだ。一方で猟師は市民の安全を守るため、自然界と人間界の調和を崩さないために野生動物を討伐する」

 

 

「今の君達は、ただの密猟者だよ」

 

 

 次の刹那、ツキノが大地を蹴り、凄まじい速度で目の前の群衆に飛び出す。

 

 

「まずはその物騒な戦車からスクラップにしようか」

 

 

 ツキノが右手をすっと前に伸ばすと、裾の辺りから純白の細長い何かが噴出され、一台の戦車に夥しく巻きついた。あれはもしや、蜘蛛糸か?

 

 

「僕ってこう見えて、結構足腰強いんだよねっっ!」

 

 

 その瞬間、奴は数トンはあるであろう鋼鉄の塊を、まるでヨーヨーのように豪快に振り回す。すかさずそれを、もう一台の戦車に真上から投げ落とし、大激突した二つの車体は大きな爆発を引き起こした。

 すると爆風によって数人の小娘が外に投げ出され、その有り様にリーダーの女は苛立つ。

 

 

「チッ……! ふざけた真似しやがって!」

 

「驚いた? これは僕の愛用する小道具でね。高速移動や捕縛、トラップ等に使える万能アイテムさ。クモの糸を巧みに扱って戦うヒーロー。誰しもが一度はあれに憧れるよね!」

 

「はっ! なんだヒーロー気取りかよ! そういうのはお家でやっでッ!?」

 

 

 ヤジを飛ばしていた一人の不良が突然静かになり、仰向けに崩れ落ちる。その額からは小さな硝煙が一つ立ち上っており、他の団員達は即座に視線を前に向ける。

 

 

「だからちゃーんと訓練されているさ。正攻法での戦い方もね」

 

 

 ツキノの両手にはいつの間にか拳銃が握られ、その内の一丁が白い煙を燻らせていた。所謂二丁拳銃の使い手であるようだが、その持ち方はかなり独特だ。

 早瀬ユウカに美甘ネルなど、銃を二つ携帯させる生徒自体はそこまで珍しくない。だが目の前の奴の場合、なんと()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というなんとも奇抜な構えだった。しかし不良達はそれを気に留める様子はなく、それぞれの獲物で報復の弾丸を放射する。

 だがツキノはそれをも難なく回避してみせる。そして再び引き金を引き、一人また一人とスケバン連中を無力化していく。

 

 

「ねえ君達、もしかして試し撃ちでもしてる? 全然当たらないし!」

 

「いい気になるなよ……優位な状況こそ命取りってもんだぜ」

 

「うん?」

 

 

 順調に敵集団を潰していくツキノだったが、不良達の頭が意味深な言葉を溢す。その不適な笑みの真意を探ろうと、ツキノがきょとんと首を傾げたその瞬間だった。

 

 

「はは! 高みの見物とはいいご身分だばぁ!?」

 

 

 私の後方でこそこそしていた木端が襲いかかってきたため、そいつを鉛玉一つで黙らせる。手を出すなとは言われたが、自身に降りかかった火の粉を払う分には問題ないだろう。

 それに奴らが企てていたのは、私への奇襲ではないのだから。

 

 

「ノールックで迎撃かぁ、やるねぇ」

 

「余所見をするな。奴らの真の目的は――」

 

 

 

「もう遅えよ! 死に晒せやぁ!!」

 

 

 次の刹那、今まで潜んでいた小娘がロケットランチャーを抱えて茂みから飛び出した。すかさずその砲口が爆音を上げ、高速で飛ぶ弾丸がツキノの背後から強襲する。しかし――

 

 

「当たらないんだなこれが」

 

「んなぁ!?」

 

 

 完全に虚を突いたと思われた一矢でも尚、ツキノは真上に飛んで躱してみせた。同時に拳銃をミサイルの弾に向けて発砲。その鉛玉がミサイルと衝突した途端、大きな爆炎が巻き上がる。

 

 

「なっ、飛びやがった!?」

 

「つーか今の完全に死角だったろ! なんで避けれんだよ!」

 

「後ろにも目が付いてるような躱し方だったぞ!?」

 

「いかにも! 僕の視野は720度あるんだよね!」

 

「二周してんじゃねぇかソレ!」

 

 

 狼狽える集団とは対極的にツキノは自慢げに鼻を鳴らす。次に右手の人差し指を立てると、奴らにこう問いかけた。

 

 

「ところで君達、昆虫の中で最も速く飛べる生物は何か知っているかな?」

 

「あぁ? なんだよ急に」

 

「正解はギンヤンマ*1。そして僕はそれより速く飛べる事が可能でね。戦闘機ならいざ知らず、ヘリコプター程度の速度なんて敵じゃないんだよ」

 

 

 

「つまり僕と戦うには――」

 

 

 次の刹那、ツキノの姿が景色に溶け込むように消える。

 

 

「ぐぁっ!?」

 

「ごへぇ!?」

 

「たわば!?」

 

 

「君達は遅すぎる」

 

 

 再び彼女が姿を現した時には、既に十人以上の不良が地に伏していた。それも武器や道具も使わず、徒手空拳のみで奴らを制圧してみせたのだ。

 

 

「は……ぇ?」

 

「い、今……何が起きたんだ?」

 

「この……バケモンが!!」

 

「なっ!? ヤケを起こすんじゃねえ!」

 

 

 それはまさに一瞬の出来事。有象無象の動体視力では捉えられる筈もなかった。

 そしてここに来て次元の差を痛感したのだろう。半狂乱になった一人に釣られ、不良達は再び鉛玉の一斉射撃を起こす。またもや放たれた高密度の弾幕を、ツキノは眉を微塵も動かさず回避する。更にはその合間に返礼の弾丸を放ち、残りの団員を次々に殲滅していった。

 

 

「非常にスロー。至極トロい。残念だけど、下手な鉄砲数撃っても僕に当たることはないよ」

 

 

 その軽やかな身のこなしに、人並外れた敏捷性。縦横無尽に空を舞う機動力や、そんな状況下でも標的を確実に狙い撃てる精密さ。文字通り『蝶のように舞い、蜂のように刺す』ツキノの姿は、かの千刃竜を彷彿とさせるほどに研ぎ澄まされていた。

 

 

 

 やがて数十人はいたであろう不良集団は、わずか5分で全員が鎮圧された。それも皆仲良く粘着性の糸でぐるぐる巻きにされ、木々に逆さ吊りにされるという形で。その光景はなんというか影蜘蛛の巣とそっくりであった。

 

 

「くそ……こんな筈じゃあ……」

 

 

 そう落胆する首領の女。すっかり意気消沈したそいつにツキノが顔を近づける。

 

 

「まあまあ、そうしょげないで。仲直りのキッスでもする?」

 

「しねえよ!!」

 

「そんなに強く拒否らなくたっていいじゃん……。まあこれに懲りたら、こんな密猟者じみた事はやめるんだね。それでもお金が欲しいなら……」

 

「なんだ? まともに働けってありふれた事を言うつもりじゃ――」

 

「仮想通貨がいいよ。今流行りだし!」

 

「いや、そう来るんかい!」

 

 

 奴と漫才のようなやり取りを繰り広げると、ツキノは何か満足したのか鼻歌を刻みながらこちらに戻る。するとすかさず私の肩に肘を乗せた。

 

 

「それでどうだった? 僕の戦いぶりは」

 

「随分と軽口が目立っていたな。あれがお前の戦法か?」

 

「お喋りでごめんね。これもファンサービスの一貫なんだ」

 

「ファンサービスどころか邪魔者扱いされていたぞ。だが女好きとは言っても、奴らを駆除するのに躊躇いは見えなかったな」

 

「悪い子ちゃんのお尻をぺんぺんしてあげるのも、正義の味方の役目なのさ。あっ、そうだ。せっかくだしモモトーク交換しようよ! これも何かの縁だと思ってさ!」

 

 

 いきなり何を言っているんだこのうつけは。

 

 

「仮にも私達は敵同士なんだぞ。連絡先を交換して何になる」

 

「そんな固いこと言わずに〜。ってか、もう済ませちゃってるんだけど♪」

 

 

 するとツキノは一台のスマホをひらひらと見せびらかす。そのシルバーカラーのスマホは間違いなく私の持ち物であった。即座に取り返そうとしたが、ツキノが私の右手を引き寄せスマホを握らせる。

 

 

「はい返す。心配しないで、変なウイルスとかは入れてないから」

 

「仮にも正義の味方が窃盗とはな。やはり自分で正義を名乗る輩は碌でもない」

 

「そ、そんな事はないんじゃない? ところでホムラくん、君に最後のお願いなんだけど、彼女達をヴァルキューレに引き渡しといてくれないかな? 通報は僕が済ませてあるから、じきに到着すると思うよ」

 

 

 両手を合わせ、そう尋ねるツキノの表情には若干の申し訳なさが見受けられる。恐らく、ヴァルキューレに転属した元同胞と鉢合わせる可能性を危惧しているのだろう。

 

 

「行くならとっとと行け。面倒な事にならん内に」

 

「サンキュー! それじゃあアディオス、ホムラくん!」

 

 

 そう元気よく返事をするや否や、ツキノは意気揚々と宙に浮かび上がり、手を何度か振ってから飛び去っていった。

 その後しばらくして、ヴァルキューレ警察学校の者達もここに到着。謎の糸に巻かれた大勢の不良に彼女達は顔を引き攣らせながらも、下手人を手際よく回収していった。そう時間も経たない内に彼女達も撤収し、私はまたもや独りぼっちとなっている。

 

 

(今更湖に戻る気分にもなれんな。今日はひとまずシャーレに戻るか。ただ、それにしても――)

 

 

 蒼鶏ツキノ……奴とは少しの間交流しただけだが、基本的に裏表のない人間だと見受けられる。つい先日までは碌でなしのスケコマシという印象だったものの、今日彼女の口から聞いた理念は水晶のように透き通る輝きがあった。

 

 

 

 

 だからこそ不気味なんだ。その煌びやかな水晶に微かに混じる、()()()()()()が。

 

 

 

 

*1
時速約100km/h

彼女に合うと思う声優さんはどなた?

  • 松本梨香
  • 竹内順子
  • 朴璐美
  • 正直どれもしっくりこない
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。