透き通る世界を照らす赫き星   作:お茶犬大家族

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前回は泣く泣く割愛致しましたが、戦闘描写は人間態になったら書いていく所存です。下手なりに頑張って参りますので、どうか温かい目でご覧下さい。



龍の禊

 

 

 小さく唸り声を上げていた眼前の龍、天彗龍バルファルクが己の瞼をゆっくりと閉じた。微かにしていた息遣いも聞こえなくなったため、恐る恐るその胸に耳を近づけ、心臓の鼓動を確める。すると――

 

 

「――やはり、もう駄目か……」

 

 

 バルファルクの心臓は、完全に停止していた。数千年という長いその生涯に、幕を閉じたのだ。

 彼の龍の命が奪われるきっかけとなったのは、この僕。そう、()()()()()

 しかしこれで村や世界は救われる。人類だけでなく、生きとし生ける者達の平穏も無事に保つことができたのだ。

 

 

 

 

 

 本当にこれでよかったのか?

 

 

 

 

 

 さっきも言ったが、きっとバルファルクは人間に対し何の悪意も抱いていなかっただろう。ただ自分の思うが儘に、己の生を謳歌していただけなのだ。

 しかしその生き様こそが、数多の生物を滅亡させることに繋がってしまうなど、そんな不条理があっていいのだろうか? 自身の与り知らぬ所で大きな被害を齎しているがために、一体何がなんだか分からないまま討伐されるという理不尽な運命が。

 

 今回僕のやったことが正しい事とも、悪い事とも思っていない。僕に天彗龍を討伐するよう指令した人達も、何も間違ってはいない。

 ただ皆、()()()()()()()()()()のだ。

 

 ゴツゴツとした大きな頭にそっと手を乗せると、無機質な冷感が指先から伝わる。亡骸となる前の天彗龍に、数多くの狩人が犠牲となってきた。だが――

 

 

「皆に恐れられていた事が君にとって、どんな風に思われていたかは分からない。喜ばしいことなのか、腹が立つことなのか、悲しいことなのかも」

 

 

「でもせめて、次に生まれる時はそんな存在じゃなく。人々に親しまれ、共に生きていけるような存在になってほしい」

 

 

 そう願うことくらいは許されるだろう。離した手をおもむろに合わせ、息絶えた龍に黙祷する。数秒後、祈りを捧げ終えた僕はゆっくりと立ち上がり山道のほうへと踵を返す。

 

 帰ろう、みんなが待っている。人々は僕のことを何て言うだろう。英雄? はたまた救いの神?

 いや、僕はそんな崇高な存在には程遠い人間。ただの一人のハンターだ。

 

 

「それ以上でもそれ以下でもない」

 

 

 そう言い残した僕は故郷に帰るべく、ここまで来た道をつかつかと戻っていった。

 

 

 

 龍のほうへ振り返ることもなかった。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 一旦、状況を整理しよう。

 

 

 

 かつて龍の姿だった私は一人のハンターと戦闘を行っていて、そいつに敗れた後に意識が途切れ、目を覚ますといつの間にか別の場所へと転移。すぐ側にあった湖の水面を覗き込むと、何故か私の肉体は人間の女子のものになっていることに気が付いた。

 

 

 うん、意味が分からない。悠久の時を過ごしてきたこの私の叡智たる頭脳を以ってしても、流石に今の状況を即座に理解しろと言うのは無理がある。

 もしかすると、死後の世界では全ての生物は人間の体になるというのだろうか? なんてことも考えたが、姿全体をよく見れば何も奴らと全く同じ造形という訳ではなかったようだ。

 

 頭や四肢に胴体こそ、以前の鱗や甲殻で覆われた頑強な身体から程遠い、薄橙色の艶やかな肌をした人間の雌の裸体である。しかしその背面からは私の象徴とも言えた雄々しい翼が生えており、更に臀部の辺りには強靭かつしなやかな尻尾も健在であった。

 それだけなら、単に人間の体に以前の姿の一部が組み込まれている。と、割かし理解できたのかもしれないが――

 

 

「一体なんだ、この頭上の物体は?」

 

 

 奴ら、こんなもの頭に浮かべていただろうか? これまで数多くの狩人達が私を討とうと多種多様な武器や装備で挑みに来ていたが、誰一人このようなヘンテコな発光体を頭に乗せてはいなかったと思うぞ。

 まあ中には頭上どころか全身が七色に発光するデブ猫が居た気がしなくもないが、今はそんなことどうでも良い。

 

 

「ひとまず……この世界の事を知りたい」

 

 

 いつまでもこんな所で立ち往生していても仕方ない。まずは情報を手に入れ、此処がどういった世界なのかを知る必要がある。この奇妙な物体の正体もそこで分かるかもしれない。

 となればここを離れる必要があるが、今の肉体での動作に問題はないだろうか。少々不安だな、ちょいとばかし試してみるか。

 

 手足を回しばたつかせ、何不自由なく動かせることを確認する。尻尾も大きく左右に揺さぶってみたが特に違和感はなかった。

 だが一番の懸念はやはり、この翼だろう。こいつを使い物にできなければ、将来の活動に大きな支障となってくる可能性がある。言うなれば死活問題だ。

 上手くいくかは分からんが一旦、以前の要領でやってみるか。私のトレードマークとも言えるこの剛翼を、ただの張りぼてにするわけにはいかんのだから。

 

 

 

「フゥゥゥッッッッ!!」

 

 

 

 胸に力を込め大きく息を吸うと、甲高い吸引音と共にありったけの空気が肺へと送られる。すると体内に取り込まれた酸素が何やら、特殊なエネルギーへと変換されていくのが温もりとして感じ取れた。

 そう、このエネルギーこそが私の力の源であり、人間達には『龍気』と呼ばれていたものである。この精製した龍気を翼の端にある噴出口から放ち、主に戦闘時や飛行時に利用していたのだ。せっかくだ、確かめるついでに少しお見せしてやろう。

 

 その場で軽く飛び跳ね、創造したそれを翼に集中させる。すると噴出口から赤黒い炎のようなプラズマが、轟々と噴き出しているのが見て取れた。これぞまさしく龍気。私だけが持つ唯一無二の力。これによって他の追随を許すことなく、無限に広がる大空を我が物としていたのだ。

 龍気を駆使して数秒間の滞空を続けた後、湖の上をぐるりと三周してから最初に私がへたり込んでいた地点へと着地した。うむ、どうやら翼も大きな問題はないようで何よりだ。戦闘の際はともかく、普段生活していく上では十分と言える出来だろう。ヘマをすることもそうそう無いな。

 それにしても大きく身体の造形が変わったというのに、こうもあっさりこなせるとは流石は私。伊達に数千年生きていたわけではないということだ。

 

 さてと、身体の調子も悪くないと判明できたわけだ。そろそろ本来の目的に移るか。この世界の事や、どうして私はこの様な姿にされたのか等、知りたい事は山程あるのだ。散歩も兼ねて探索するとしよう。

 

 

「さあ、旅立ちの時だ」

 

 

 先程よりも高い出力の龍気を放出し、爆音と共に天高く飛翔する。十秒もかからない内に雲の上まで昇り詰めると、ギラついた太陽の光を諸に浴びることになった。雲海を照らす金色の朝焼けは、少々眩いが実に美しい。このような華美な風景をまた見られるとは思いもしなかった。

 私をこの世界に招いた神がいるとするならば、どれだけ慈悲深い(阿呆臭い)存在なのだろうな。数多くの命を葬ってきた私から、そのツケとして以前の肉体の大半を奪おうとも、大空を舞う楽しさや絶景を眺める悦びだけは残してくれるとは。

 

 

「ははっ! 実に晴れやかな気分だ!」

 

 

 一応感謝しておくぞ神よ。貴様より授かった身体で、この世界を思う存分堪能してやる!

 

 

 

 

 

 だが、この時の私は知る由も無かった。あの湖が後々、私にとって()()()()()()()()()()()()ということを。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 カチッと音を鳴らした電子ポットを持ち上げ、煮え立つ熱湯をカップへと注ぐ。中にあったカフェオレの粉末と溶け合い芳醇な香りを漂わせ始めたそれを、香ばしい匂いを放つホットサンドの隣に置いた。

 そうして出来上がったのは私好みのシックな朝餉(あさげ)。素晴らしい一日のスタートを切るためにも、これは欠かせないのだ。

 

 現在私がいるのは、自身の職場であるシャーレ。その一部に設けられた居住区である。一応自宅は所持しているのだが、激務の日々に追われているがために中々帰ることができずにいるので、ここを別宅として扱っている。

 

 今日も未明の時刻から起床し、つい先程午前5時を回ったというのをデジタル時計の時報に伝達された。そんなハードな日々を生きる男を癒す、至高の朝食。自身もソファに腰を下ろし、ブラインドの隙間を潜り抜ける微かな光をちらりと見ながら、香り立つカフェオレを口元へと運んでいった。

 

 

 休息のひとときだ――

 

 

 

 

『先生っっ!! おっはようございまぁぁぁす!!』

 

「"ブフゥゥゥッッ!!"」

 

 

 

 私のハードボイルドは泡沫のように散った。

 

 

『あわわ! 大丈夫ですか先生!?』

 

「"あ、アロナ……びっくりしたじゃないか。急に大声を出すなんて……"」

 

『同意。先生の言う通りですよ先輩。いつになくカッコつけようとしたのを台無しにさせては、彼が気の毒ではないですか』

 

("プラナの良心が逆に痛い……")

 

 

 私が座り込んだ位置の真横にあったタブレットには、二人の少女が映し出されていた。

 片や、私がキヴォトスに来てからずっと隣でサポートをしてくれた、短い青髪が可愛らしいアロナ。もう一方は、とある人物から身柄を託された少女達の内の一人。白い長髪が特徴的なプラナだ。

 彼女達の実体はOSであるため現実世界での肉体を持っておらず、基本的には『シッテムの箱』というこのデバイスの世界で生きている存在ではあるが、それでも私の大切な生徒達である。

 

 

『うう……ごめんなさい先生。今日は珍しく早起きできたので、ついつい張り切ってしまいました……』

 

「"いいんだよアロナ。それにしても今日は本当に早起きだね、感心したよ"」

 

『むっふん! アロナちゃんは先生の敏腕秘書ですから! 賢くスマートに、インテリジェントな子でいないと駄目なのです!』

 

『先輩、それらは全て意味が同じですが……』

 

『あええええ!?』

 

 

 元気いっぱいのアロナと落ち着いた性格のプラナという正反対な二人ではあるが、それで啀み合ったりする事は無くとても仲の良い関係性を築けている。その瓜二つな外見も相まって、本当の姉妹だと言って他の人に見せても誰も疑わないだろう。

 

 

「"さてと……とりあえず気を取り直して、今日の朝日でも浴びて来ようかな"」

 

 

 予想だにしない形ではあったものの、彼女達への朝の挨拶も済ませた。カップをテーブルに置き直してから立ち上がり、うっすらと日の光が差し込んでいる窓ガラスまで近づく。

 垂れ下がっている紐を引っ張り、ブラインドが上昇するとそこには――

 

 

 

「"うん、いつ見ても綺麗な光景だ"」

 

 

 

 キヴォトスの象徴とも言える透き通った青色と、まだ早朝であることを示すかのように、眩い黄金色も入り混じった大空が広がっていた。

 こんなにも美しい空が奪われてしまった事が一時期あったのだが、この世界を想う大勢の人々の協力を得て、無事に取り戻すことができた。誰か一人でも欠けていたらどうなっていたか分からない。正真正銘、皆で勝ち取った景色なのだ。

 

 開けた窓から入ってくるひんやりとした風や、ぽかぽかとしたお日様の光が心地よい。周囲が静かなことも相まって尚更リラックスできる。この世界は外よりも若干物騒な所ではあるものの、今の時間帯で大暴れするような人間は流石にいないみたいだ。

 なんてことを考えながら、地平線のほうに目を向けた時だった。

 

 

「"うん? あれは……?"」

 

 

 

 その方角の空には、なにやら長く尾を引いた真っ赤な光が輝いている。流れ星だろうか? 生憎天文学には詳しくないので、こんな時間でも見られる物であったか定かではないが、これは思いがけない巡り合わせだ。

 

 

「"まあせっかくだし、お願い事でもしてみようか"」

 

 

 よし、ならば早速行動に移そう。私の願っている事はただ一つだから、言う内容を考える必要もなかった。手をそっと合わせ目を閉じ、思い浮かべていた言葉を唱える。

 

 

("この世界と人々が、また平穏な日々を過ごせますように")

 

 

 そう三回念じた後、目を開くと赤い光は地平線の奥へと消えた。それにしても流れ星を見たのなんていつ以来だろうか。いや、恐らく人生で初めてのような気もする。

 なかなかどうして素晴らしい寝覚めになれた。もしかすると今日は何か特別な一日になるかもしれない! と上機嫌に窓を閉じる。

 

 食事や洗濯等の支度を済ませ、居住区を後にしオフィスへと向かう。白とブルーの二色で彩られた廊下をゆったりと移動すること数分後、ようやく執務室の扉の前まで到着。扉を開いて仄暗い部屋の中を壁伝いに歩いていき、照明のスイッチを点けた。

 明るくなった室内で最初に目に映った物とは――

 

 

「"……別のお願い事にするべきだったかな"」

 

 

 自身のデスクに、卓上にはパソコンと積み重なった書類の山々。つい先ほど見た流れ星とは対照的に、かなり見慣れた光景。

 上々だった気分が一気に冷めていく。前言撤回、今日も今日とて仕事漬けになりそうだ。




 現時点での目標と致しまして、このプロローグ編は最後までの構成がほぼ決まっているため、極力完走させたいと考えております。
 カルバノグの兎編。並びに百花繚乱編以降も可能な限り続ける所存でありますので、これからも引き続きご贔屓にして頂けると幸いです。

 そして次回こそ、人間態バルクさんの詳しい容姿が明らかになるでしょう。
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